「こっちに来い!!連中はあっちに掛かり切りだぜ!!」
「そうか!!おしっ!」
「“剣神”と互角の男を相手取ってくれてる阿晴さんのためにも、俺達がヘマするわけにはいかねぇよな!!」
阿晴配下の構成員の一部が、砂と葉の嵐が吹き荒れる一角から投げ掛けられた聞き覚えのある『声』の方へ殺到する。
彼等は“巨人”に対処している北部方面の前線部隊を援護するのが主目的である。その行く手を阻む敵の隙を見出したことで気勢が上がる。
“剣神”と同等とされる男を自分達の上司が相手している間に、何としてでも敵の妨害を掻い潜って援護に向かわなければならない。
「チンタラすんな!!早く来い!!」
「わかってらぁ!!」
『声』が急かしに急かす。それだけ慌てている―千載一遇のチャンス―のだろう。その気持ちは痛い程よくわかる。
敵の能力と思われる大気系能力に手こずり、今の今まで敵の防衛線を突破することができていなかったのだ。
この機会を逃すわけにはいかない。逸る気持ちを抑えられない構成員達が『声』が聞こえる場所に到着した瞬間目にしたのは・・・
「残念でした!!」
「「「!!!??」」」
ゲコ太マスクを被ったウルフカットの男―仲場―であった。『声』も本来の仲場の声に戻っている。
構成員達は罠に嵌ったことを瞬時に悟る。おそらく、あのマスクに変声機のような機器が搭載されているのだ。
だが、仲場は相手に対処させる暇を与えない。その両手に握られていた砂混じりの土団子―同僚の穏健派救済委員である農条から貰ったモノ―を構成員達の顔面目掛けて投射する。
「自然を舐めんなよ!!!」
「グアッ!!?」
「ゴホッ!!?」
正確無比に構成員達の顔面に土団子を投射できるのも、救済委員活動時の相棒でもある遠距離狙撃銃(ゴム弾式)を扱ってるが故である。
普段とは違い風紀委員と行動を共にしているので、相棒を使用することが実質不可能な仲場の射撃センスを農条の製作品で活かしているのだ。
「秋雪殿!!今でござる!!」
「よ、よしっ!!お姉さんも舐めるんじゃないわよ!!!そ~れ!!」
少し離れた場所から観察していたゲコ太マスクが178支部風紀委員の秋雪に合図を送る。『風力使い』によって集まった風の塊が砂と葉を巻き込んで構成員へと降り掛かる。
ズドオォッ!!
「「「ガアアアアァァァッッ!!!」」」
「(よしっ!!)」
早急に離脱した仲場とは違って、土団子による目潰しにより身動きが取れない構成員達は風の塊をまともに浴びた。
凝縮された大気の流れにより四方八方に吹き飛ぶ『
ブラックウィザード』。この光景を生み出した自身の能力に、秋雪は心中でガッツポーズを決める。
「さすが秋雪殿!!お見事でござった!!」
「べっぴんさんは腕も確かだよな!!」
「こ、こらぁ~。お姉さんをからかうなって何度も・・・べ、別に褒める分にはどれだけ褒めてもいいとは思うけど」
「(何という・・・)」
「(わかりやすさ!!)」
ゲコ太と仲場の賞賛に最初はあれこれ言うものの最後はいい気分になって受け入れる秋雪の素直さに、男2人は色んな意味で戦慄する。
もし、悪い男に引っ掛かったらどうなるのだ?その先を想像するのがとても容易で、少々顔が引きつる男2人に秋雪は仲場の立てた作戦について言及し始める。
「にしても、仲場のマスクに内蔵された変声機がこんな場面で活きるなんてね。お友達が開発マニアなんだっけ?」
「ま、まぁな。でも、一度被ったら1日中外せない仕様になってるけどな。暑ぃ~」
「嘘っ!!?こんな暑い時期に1日中!!?それは地獄よねぇ」
「(こころ殿は『根焼』の店長と気が合うやもしれぬなぁ)」
仲場のぶっちゃけに秋雪が同情し、ゲコ太が“カワズ”を製作した『根焼』の“変人店長”を思い出す。
仲場が被っているマスクは同じ穏健派救済委員で
十二人委員会の1人
鉄こころの発明品であった。
外界の音を採取し、分析し、変声機を用いて自分が放つ『声』として再現するという機器が内蔵されているが、どうしてか一度被ると丸1日は外せない仕様となっている。
彼女が作成する発明品は基本的にどれもこれも一癖二癖がある代物ばかりで、効果は絶大なのだが何処かしらに抜けがあるという感じである。
「まっ、この戦場を生き抜けられるなら何でもいいぜ!!気を抜くなよ、2人共!!」
「それもそうねぇ・・・。にしても、啄さんは大丈夫かしら?彼のようなイケメンにあんなブサイクスキンヘッド野郎が突っ掛かるのを想像しただけで虫唾が走るわ!!」
「(何という・・・)」
「(わかりやすさ!!)」
等と言い合いながら視界を塞ぐ砂と葉の嵐に聴覚を欺く『声』を組み合わせることよって『ブラックウィザード』の進撃を阻み続ける秋雪・ゲコ太・仲場の3名。
人数が多い構成員側は同士討ちを恐れて無闇に攻撃を仕掛けることもできない。この後に到着した駆動鎧の援護もあって、
築いた防衛線の保持という役目を見事遂行する風紀委員&穏健派救済委員連合であった。
「(くそったれ・・・!!)」
その頃、阿晴は対峙する男にいいように誘導された状況に苛立ちを募らせていた。彼が今立つのはある建物の3階にある個室の一角である。
『ブラックウィザード』と北部方面に展開する数少ない駆動鎧の衝突によるモノだろう、部屋の側面に爆薬による大きな風穴が開いていた。
瓦礫が散乱している個室内に辿り着く前には、風紀委員と永観達が交戦している場所目掛けて応援の声を届かせるという失態を犯してしまっていた。
「(ムカつく・・・ムカつく!!!)」
これまでの戦闘から、あの男は光を操作する光学系能力か幻影を見せる精神系能力のどちらかを所持しているモノと推測していた。
故に、こんな建物まで誘導されてしまった。部下から引き離されてしまった。いずれも腹立たしいことだ。しかし、今
阿晴猛が心底腹を立てているのはこれら『では』無い。
「ハーハッハッハ!!!俺の『閃劇』はどうだ!!?貴様を部下から引き離すのには最適な能力だっただろう!!?」
眼前には、炭素鋼の西洋剣を構えたまま高笑いしている男・・・啄鴉が毅然と立っていた。光学系能力も幻影を見せる能力も、基本的には欺く能力である。
それを半ば無視するかのように真正面に仁王立ちしている啄には好感さえ持っている。しかし・・・“気に喰わない”。
「うるせぇ!!!」
阿晴は日本刀を片手に啄へ斬り掛かる。猛烈な速度で振り抜かれた鋼鉄の刃に呼応するかのように、啄も手に持つ西洋剣で受ける。
ガキッ!!!
鋼鉄と炭素鋼の衝突音が狭い個室に響き渡る。風穴から入る月明かりに照らされる刀と剣の煌きに阿晴は確信する。
疑念なら当初からあった。それは“音”。刀剣マニアである阿晴だからこそ気付いた違和感。それは・・・
「テメェ・・・俺を舐めてんのか!?この俺相手に“刃の無い剣”を使いやがって!!!」
啄が振るう西洋剣には刃が無いのだ。つまりは、唯の炭素鋼でできた棒である。光学系能力か精神系能力で隠していたつもりだろうが、
刀剣マニアである阿晴には通じない。こんなモノで自分に勝つつもりなのか。そこまで自分を舐め腐っているのか。憤激止まない阿晴に啄は怪しく口を歪める。
「よくぞ見破った!!さすがは、『ブラックウィザード』の幹部と言った所か。見事なり!!」
「テメェ!!!」
互いの鍔が持ち主の意気に応じるかのように競り合う。勢いとしては激怒している阿晴が上。
その気持ちを十分理解する啄は、自身の行為を見破った礼としてそのような行為を実行した理由を彼に打ち明けることを決意する。
「阿晴よ!!俺としても今回のことは不本意なのだ。しかし、不本意でもやらねばならぬことというのもある」
「あぁ!!?」
余りの怒りに形相が“血霧の海坊主”と呼ばれた頃に戻る阿晴の耳に、啄の釈明が突き刺さる。
「銃刀条例違反だろうが!!!!!」
「ガクッ!!!!!」
まさか、この場面で『条例違反』などという言葉が出て来るとは阿晴でも想像できなかった。思いっきりガクッとなった阿晴にあくまで真剣に返答していく啄。
「俺は風紀委員と行動を共にしているんだぞ!!そんな人間の近くで本物の刀剣など持てる筈が無いだろう!!貴様、常識というモノが存在しないのか!!?」
「こ、こんな場面で常識を突っ込まれるとはさすがの俺も予想できなかったぜ・・・」
変な角度から突っ込みを喰らったせいか、ついさっきまでの怒りが霧散してしまった阿晴。確かに、啄の言っていることはもっともだ。
風紀委員の近くで本物の刀など持っていれば自分達と戦う前に捕まっていた筈だ。しかし、この状況で常識を突っ込まれるというのは何とも言えない気分に陥る感覚を覚える。
ちなみに、灰土の車には鉄の発明品を主とした色んな武器が詰め込まれていた。当然同乗した成瀬台の風紀委員に悟られないように、『分裂光源』によって偽装していた。
啄が持つ西洋剣にも能力は行使されており、刃があるように見せ掛けていた。しかし、阿晴に見抜かれた以上もう偽装する意味も無い。
「だがな・・・刃が無いからと言って安心するのは早いぞ阿晴!!!」
「うおっ!!?」
鍔迫り合いから渾身の力を込めて刀を振るうことで阿晴を後退させた啄は、刃の無い西洋剣を無造作に放り捨てる。
その代わり、彼が手を掛けたのは腰にぶら下げていた日本刀。まるで居合い抜きのような構えを取る敵に阿晴は警戒の色を濃くする。
「この日本刀にも刃は存在しない。だが・・・立派な鈍器だ。そして、この刀は我が同志が研究・開発した凄まじき発明品でもある!!」
「何・・・!!?」
「5時間の充電を経て、磁力による高速抜刀を1度だけ可能とする『超電磁丸』!!俺としても未だ使いこなすことができていない切り札中の切り札だ!!」
「(いや、5時間で1回しか使えないってなんつー欠陥品だ。大規模ならともかくあんな小型のヤツで・・・しかも何で俺にネタ晴らしするんだ?コイツ、馬鹿か?)」
しかし、啄の説明を聞いていく中で警戒の色が薄くなっていくのを実感せざるを得ない。目の前の様子から見て、この男が嘘を付いているようには全く思えない。
平然と高笑いをしている様から薄々気になっていたが、条例やらネタ晴らしやらでさすがの脳筋阿晴も気付き始める。『コイツ、馬鹿じゃねーの?』と。
「この『超電磁丸』を完全に使いこなした暁には、高速抜刀によって風の刃が生まれるのだ(啄の独自解釈では)!!つまりは、真空刃が貴様を襲うのだ(啄の独自解釈では)!!
学園都市の技術の粋でもって作られしこの日本刀に死角は存在しない(鉄の宣伝文句)!!ハーハッハッハ!!!」
「(それが本当なら、お前の腕が吹っ飛ばねーか?コイツ・・・本当にあの“剣神”に勝ったのか?もしかして・・・俺はとんでもない勘違いをしてるんじゃあ・・・)」
突っ込み所満載の演説を高笑い付きで行う啄にどんどん呆れていく阿晴。終いには、“剣神”に勝ったという奴の言葉にも疑問を抱かざるを得なくなって来た。
「まぁ、言葉より実際にその身に味わった方が貴様も『超電磁丸』の本領を理解できるだろう!!覚悟しろ、阿晴猛!!!」
「(チィ・・・俺の勘違いだってんならとんだ下手を打っちまったってことか!!すぐにこんなおままごとを終わらせて、アイツ等の下へ戻らねぇと!!!)」
いよいよ臨戦態勢に突入した啄に、妙な焦りを抱きながらも阿晴は迎撃の準備に入る。この男の言葉は信用ならない。
仮に、あの日本刀が唯の日本刀では無いとしても真空刃を生み出すような代物では無いことは十二分に予測可能である。
「(結局アイツは居合い抜きのために俺へ突っ込まざるを得ない。その挙動さえ見量ることができれば・・・。
それに、居合い抜きは初撃さえかわせばどうとでも対応できる。生じた隙で・・・絶対に仕留めてみせる!!!)」
居合い抜きの利点と欠点を知る刀剣マニア阿晴は敵の初動を見量ることに全神経を集中する。抜刀術は危機回避・護身技と見做す流派も多い。
それだけ難易度が高い技術だ。自分が打ち合った経験からして、啄はメチャクチャ技量が高いという程では無いこともはっきりしている。
「ゆくぞ!!!」
「ッッ!!」
ご丁寧と言うべきか、馬鹿も馬鹿と言うべきか、抜刀術において重要な初動のタイミングをわざわざ明かす啄に内心では笑いを抑えられない阿晴。
こんな馬鹿はさっさと片付ける。能力を用いられた場合は厄介だが、偽装用では無く戦闘用として併用する気があるなら最初から使っている筈だ。
つまるところ、“そういう”性格なのだろう。正直言って好きな部類に入るが、そんな人間相手に手こずっている事実には憤りしか覚えない。
だからすぐに終わらせる。終わらせて部下の下へ戻る。全ては東雲のために。彼をこの戦場から無事に脱出させるために。
ドッ!!!!!
「グハッ!!!??」
「あっ」
刹那阿晴が腹部への強大な衝撃に呻き、啄は間の抜けた声を反射的に出しながら尻餅をつく。2人共に全く予想だにしていない『日本刀が鞘から射出される』という事態。
『超電磁丸』の一癖である、『余りの速度に下手をすると鞘から刀が射出される』が実現してしまったのだ。
「うわあああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
射出された日本刀の柄が腹部に直撃した阿晴は、後方―風穴の開いた壁―へ吹っ飛ぶ。そして、姿勢制御もままならずに3階という高さから地面へ一直線に落ちていく。
「阿晴!!!」
啄はすぐに体勢を立て直し、阿晴が落ちた風穴付近へ近寄る。こんな結末は自分も望んでいない。この高さなら生存の可能性もある。
何時もの彼らしくない焦りを浮かべた啄の視線の先には・・・丁度マットやら布団やら何やらが置かれているゴミ置き場の上で呻き声を上げている阿晴の姿があった。
「ゴホッ!!グホッ!!く、くそっ・・・」
「・・・ふぅ。何とかなったようだな。これも日頃の行いが良いせいか」
何処をどう判断すれば『日頃の行いが良い』になるかは別にして、何とか阿晴が生存していることを確認した啄は急いで近くにある階段を下りていく。
このまま阿晴を置いていくわけにもいかない。彼は『ブラックウィザード』の幹部である。彼を捕縛し、風紀委員へ身柄を引き渡さなければならない。
阿晴がダメージから回復する前に何としてでも・・・そう考える啄の耳に遠方から大音量で施設内に轟く『声』が突き刺さる。
「ほぅ・・・遂に『ブラックウィザード』のリーダーを捕まえたのか。やるな、風紀委員」
内容は・・・『ブラックウィザード』のリーダー
東雲真慈の確保と新“手駒達”の救出完了。これで、『ブラックウィザード』も戦線を維持できなくなる。
後は、他の幹部や構成員達の確保に全力を挙げるだけだ。そう考える啄は数分後阿晴が落ちたゴミ置き場に到着した。
「・・・・・・何処へ行った?」
だがしかし・・・数分前までゴミ置き場に埋もれていた阿晴猛―相当なダメージを受けている筈―の姿を彼の瞳が映すことは無かった。
東雲確保の一報が施設内に轟く少し前、この戦場において最大の戦闘と称されるであろう南西部での“死闘”は今尚続いていた。
建物は崩れ去り、地面は至る所が抉られ、破壊された駆動鎧のパーツが散乱する中“閃光の英雄”
界刺得世と“剣神”
神谷稜が四足歩行の異形達が闊歩する【閃苛絢爛の鏡界】を駆け回る。
「(今!!)」
血塗れの界刺は、同じく血塗れの神谷と事前に打ち合わせした通りの行動を起こす。能力によって『4』体の白の異形を何とか振り払いながら僅かに見出したチャンス。
本命である“怪物”
ウェイン・メディスンが猛烈な速度で突っ込んで来たのを『光学装飾』で感知した彼は、<ダークナイト>の柄から『閃烈底』を地面へ落とす。
ピカッ!!ガリガリ!!
爆音付き閃光弾が【鏡界】で炸裂する。目を瞑っているウェインには閃光そのものは通用しない。狙いは爆音による行動の抑制。
感知用の蜘蛛糸は【千花紋様】や『閃光真剣』にて全て焼き払っている。今なら『閃烈底』の挙動を悟られることは無い。
接近を利用し、動きが鈍ったその瞬間を狙う。共に耳を塞ぐことで爆音を防いだ界刺と神谷がそれぞれ【雪華紋様】と『閃光真剣』を準備する。しかし・・・
グン!!!
爆音を全く意に介した様子も見せずに突貫して来るウェインと四足歩行の異形達。その現実に不意を突かれる界刺と神谷は、
互いに必殺を狙っていた【雪華紋様】と『閃光真剣』をひとまずの防護用として用いる他無かった。
「(今の挙動は反射的にも爆音に反応する素振りを全く見せなかった動きだ!!つまり・・・あの糸の鎧が音の振動を防御してるってことか!!?だが・・・)」
「(あの野郎は耳栓でも能力でも何でも使って“耳を塞いでいる”のか!!?確かに、音の周波数如何で防音対象を選択できる耳栓は存在する!!
学園都市の技術なら、それこそ状況に応じて防音対象を変幻自在に変化させられる耳栓があってもおかしく無い。能力なら尚のこと。
だが、防音すること自体がリスクになる!!視覚を封じられている以上、聴覚は奴にとっても必須の情報源だ!!
それを塞ぐなんて真似をする筈が無い!!というか、俺達と普通に会話してたじゃねぇか!!どんなタネを使ってんだ!!?)」
界刺と神谷はウェインの行動から彼が糸もしくは耳栓のようなモノを用いて『閃烈底』を防御したことを予測する。するが、その行為自体に疑問を抱く。
現状【月譁紋様】にて視覚を封じられているウェインが、情報の取得手段として聴覚を遮断する真似をするとは到底思えなかった。
たとえ変幻自在に防音対象を選べる高性能な耳栓があったとしても、防音それ自体がリスクとなる。
音の全てを逐一識別・臨機応変に防護できるような耳栓は機械でも無ければさすがに存在しない筈だ。
加えて、ウェインの性格から機械に全てを委ねるような行いをするとは考え難い。
「(立体の耳栓をこんな所で使うとはな。まぁ、保険でしかないし【意図電話】あってこそではあるが)」
一方、疑惑の目を向けられているウェインは同じ傭兵である男から貰った耳栓を保険として身に付けながら【意図電話】をしっかり維持する。
最初の方で界刺の『閃烈底』に一杯喰わされたウェインは、【獅骸紘虐】に身を包んだ折に仮面の側面部・・・すなわち耳部分に【意図電話】を設置した。
この直後に仮面内にて糸を使って界刺に悟られないように耳栓を耳の中に入れた。傭兵仲間から貰った耳栓は広範囲に渡って音を遮断するタイプであり、
さすがに変幻自在に防音対象を選べるような代物では無かった。機械付きなら有り得るかもしれないが、その場合は電気系能力者の干渉の恐れがあった。
そもそも能力で防護可能な以上、わざわざ付け込む隙を与える必要は無い。そう考えたウェインは、自身の能力応用術の1つである【意図電話】との組み合わせを思い付いた。
「(奴等は、未だに【意図電話】の存在に気付いていない。【意図電話】がある限り、聴覚で音を捉える必要は無い。糸に伝わる振動を念動力によって識別・
パターン化し、
“五感の一角である聴覚を用いない『音声』の識別”を可能とする【意図電話】は、耳を塞ぐ代物とは相性抜群というわけだ。
全く・・・暗部時代の仕事の影響が無ければここまで芸達者にはなれなかっただろうな。あの頃は如何に相手の裏を掻けるかが肝だったしな。
否応無しに能力の応用が強く求められた時代だった。様々な汎用性を得ることが叶ったという意味ではあの男に感謝しなければ・・・な!!)」
『閃光大剣』や『閃光真剣』をかわしながら攻撃を仕掛けるウェイン及び界刺・神谷の周囲には砲弾として使用した糸の残骸が幾個も散らばっていた。
界刺と神谷は再びの攻撃用として警戒していたが、ウェインは地面への衝突時に極自然に砲弾を『筒』に近いテント状に変形させた上で、情報収集の要である【意図電話】として用いていた。
「(さて・・・そろそろ決着を着けねばな。これ以上は仕事に何かと支障が出そうだ)」
一旦距離を取ったウェインは、仕事への支障を懸念して早々の決着を着けることを決断する。戦場内を轟かせていた戦闘音が静まり始めている。
おそらくは、風紀委員や警備員の侵攻が佳境を迎えているのだろう。これ以上の浪費は何かと面倒である。
「神谷・・・気を付けろ!」
「あぁ・・・」
「(貴様等は知る由も無いだろうが、【意図電話】にはこういう使い方もある!!)」
ウェインの雰囲気の変化を感じ取った界刺は神谷に警鐘を鳴らす。無論神谷もウェインの雰囲気が変化したのを感じ取っていた。
他方、“怪物”は敵2人を囲むように一定距離を保ちながら東西南北に浮かぶ異形『4』体の形を崩す。
具体的には鬣や獅子の顔面を『筒』とし、それ以外の部分はドリル状とした。まるで、巨大なメガホンの根元に同じく巨大なドリルが突き刺さったかのような形状。
「(【意図電話】は、より『筒』に近い形に変容させることで『音声』を放出することができる。つまりは通信機代わり。だが、それだけには留まらない!!!)」
“怪物”の戦慄する程の殺気が空間へ満ち満ちていく。それに追随するかのようにドリルが凄まじい狂音を立てながら回転を始め、
発生した大きな振動がドリルからメガホンである『筒』に伝達する。結果糸表面にまで展開された念動力と共に、強大な振動が『音声』となって空気中へ放出される。
ギイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィンンンンンンンンン!!!!!
「グアッ!!?」
「グゥッ!!?」
「(【意図電話】は即席の音響兵器となる!!!さぁ、ここで貴様等の命運を終わらせてくれる!!!)」
東西南北から放たれた『音』の暴力が“英雄”と“剣神”に襲い掛かる。特に、演算精度の高さが能力発現に直結する神谷は最大出力の『閃光真剣』を保てなくなる。
即席である故に実際の音響兵器に比べれば威力が落ちるものの、即席としては十分な威力を持つ【意図電話】による音の暴力を、やはり気にせず“怪物”は突貫する。
「『閃光真剣』が・・・くそっ!!」
「音響兵器を糸のメガホンで実現しやがんのか・・・!!?つくづく化物染みてやがるな!!」
四方から鳴り響く狂音に耳を塞ぐことで対処する神谷と界刺。だが、耳を手で塞ぐという行為は『閃光真剣』や<ダークナイト>の取り扱いに重大な支障を来たすということでもある。
最大出力の『閃光真剣』は“剣”か“マット”状にしか展開できない神谷の場合は死活問題と言ってもいい。
だが、敵は待ってくれない。死神の鎌は躊躇せずに自分達の命を刈り取ろうと向かって来る。
ビュン!!
ウェインの左手からセラミック製のナイフが神谷へ向けて投射される。強大な耐熱性を持つセラミック製ナイフなら『閃光真剣』を突破できると踏んだのか。
両手で耳を塞いでいる神谷は、ナイフに超小型爆弾のようなモノが搭載されている危険性―この状況でナイフという『普通』の武器を使用した意味―を瞬間的に考え、
飛来して来るナイフをかわすと同時に耳を塞ぎながら―及び針を小指側(剣で言う所の“柄頭”側)から出して―『閃光真剣』の最大出力を発現、
かわした隙を突いて来るウェインに対抗するために何時でも“マット”状に変換できるようにする。
ヒビが入っている左肘の痛みを何とか我慢し続けながら『閃光真剣』を保持することに集中する神谷・・・を嘲笑うかのように“怪物”は彼の思考の上を行く。
グゥン!!!
「後ろだ!!!」
「ッッッ!!!??」
界刺が持てる最大音量で神谷に警告を投げ掛ける。しかし、【意図電話】対策として耳を塞いでいた神谷は反応が遅れた。
後方を振り返り掛ける神谷の瞳に映ったのは、柄に仕込んでいた念動製蜘蛛糸を操作することで方針転換したナイフが神谷の急所目掛けて突進する光景だった。
グサッ!!!
「グアアアァァッ・・・ァァァアアアアアアア!!!」
驚異的な反射神経で何とか内蔵等の急所だけは避けることに成功した神谷は、残る力の限りを振り絞って脇腹に突き刺さったナイフの柄を『閃光真剣』で切断する。
柄の部分はセラミックでできていなかったために最大出力型『閃光真剣』でもって切断することができた。
そして、ナイフの方には蜘蛛糸が内蔵されていなかったようで、突き刺さったナイフで神谷の身体が切り裂かれるような事態に陥る危険性も無かった。
「グウウウウゥゥゥッッ・・・!!!」
それでも、脇腹に突き刺さったナイフによって重傷を負った神谷にはウェインと戦うだけの力が残っていなかった。
噴き出る血を手で押さえるために、四方から放射される音響攻撃をまともに浴びる。もはや、神谷は戦闘続行が不可能となった。
「チィッ!!!」
「これで邪魔者は排除できた。どうせあの男を庇うつもりなのだろう、界刺得世?ならば、貴様から葬ってやろう!!」
神谷への突入そのものが実はブラフで、ずっと界刺の動向に注意を払っていた―神谷へは大して気を払っていなかった―ウェインは、
必殺の遠距離光学攻撃を持つ“英雄”の始末に全力を挙げる。対する界刺も何とか応戦を試みようとするも、繰り出す光学攻撃がことごとく回避されてしまう。
「(野郎の動きが最初とは比べられない程増したこととは別に、気付かない間に【雪華紋様】の照準精度が落ちてやがったのか!!
数日前に完成したばかり・・・血の流し過ぎ・・・音響兵器の影響・・・理由は幾らでもあるな、クソッタレ!!!)」
事ここに至って、界刺は自身が放つ光学攻撃の照準精度が甘くなっている事実に気付く。完成したばかりで長時間の運用には弊害が出てしまうのか、
負った傷から流れる血液量が影響しているのか、はたまた音響攻撃によって演算が乱されているのか・・・理由なら幾らでも付けられるが、今は悠長に探ってる余裕は無い。
【精製蜘蛛】によって身体機能が強化されている“怪物”を相手にしているのだ。1つの油断が命取りである。
ギュルルルッッ!!!
“怪物”が右手に持つ長槍を界刺目掛けて投射する。先端のドリルが獲物の血肉を屠らんと唸りを挙げながら突き進む。
界刺は左手に持つ『閃光大剣』から放射される超高温の輻射熱を『光学装飾』と組み合わせることで長槍を燃やし尽くそうとする。
ジュアアアアァァッッッ!!!
侵入角度的に界刺の右半身を主に狙った長槍が強大な熱を浴びて先端からどんどん燃えていく。その様子を見て、ひとまずはウェインの攻撃を凌いだことに少しだけ安堵する界刺。
ギュイン!!
だが、彼は致命的なミスを犯した。疲労等による演算精度が低下していることもあって、長槍を確実に防ぐために『閃光大剣』へ能力を集中した結果、
極小の蜘蛛糸を焼き払っていた【千花紋様】の展開規模が甘くなってしまったのだ。そんなミスを百戦錬磨の“怪物”が見逃す筈も無い。
【千花紋様】の展開範囲である半径15mすぐ外にあった極小の蜘蛛糸に自身から伸ばした糸を繋げ増幅させるウェインは、その糸を武器化せずに速攻で界刺の左腕へ巻き付かせる。
「(しまっ・・・!!)」
「(貰った!!!)」
糸の張力にて界刺の左腕を捻じ曲げて切断しようとするウェイン。大火傷覚悟で『閃光大剣』の輻射熱を巻き付いた糸へ殺到させる界刺。交錯する両雄の凌ぎ合いは・・・
グリッ!!!ガキッ!!!
「グアッ!!!」
「・・・・・・」
糸によって肘から先を捻じ曲げられ筋肉がズタズダとなり、骨も複雑に骨折するという結果に至った。
但し、これでもマシだったと言うべきだろう。数瞬輻射熱が遅れていれば、間違い無く界刺の左腕は切断されていたのだから。
しかし、大怪我を負った上に抜け目無いウェインは“英雄”の右半身前面に展開されていた輻射熱が弱まった瞬間も見逃さず、
燃え尽きずに残っていた長槍の柄を鉤爪に変化させて<ダークナイト>へ射出、その結果連結状態の<ダークナイト>は界刺の手から吹き飛ぶ。
地面へ転がって行く特殊警棒は連結を保てなくなったばかりか、“怪物”の攻撃をまともに喰らった片方の警棒が半壊するという事態にまで陥る。
これで、ウェインの攻撃を防いでいた『閃光大剣』は使用不可能となってしまったのだ。
パッ!!!
“閃光の英雄”界刺得世の『本気』・・・『光学装飾』の“戦闘色”・・・【閃苛絢爛の鏡界】が余韻も残さずに消え去った。
【鏡界】が消え去った後には、細いながらも巨大な蜘蛛の巣が広範囲に渡って散りばめられている光景が特に目立つ。
大怪我を負った界刺が【月譁紋様】を保てなくなったためだ。それどころか、今の界刺は【千花紋様】も保つことができない状態になっている。
精々基本的な光学操作か、全力を振り絞っても【雪華紋様】の数発が関の山という状態―照準精度も酷く低下している―なのだ。
「これまでだな、界刺得世!!!」
予想していたとは言え、視界が回復したことに少しだけ“間を置いた”ウェインは万全の状態で強者を仕留めに掛かる。
最後の悪あがきなのか、界刺は痛みを懸命に堪えながら後方へ移動していた。そんな敵に多少の哀れみを抱きながら、“怪物”は迷わず牙を剥く。
「クソッタレ!!!」
【鏡界】が解かれ、肉眼で光景を捉えられるようになった神谷が脇腹から噴出する血を無視して動こうとする。
するが、強烈な痛みのせいで地面に蹲ってしまう。この距離では『閃光真剣』も届かない。届いても、高出力の『閃光真剣』では蜘蛛糸を打ち破れない。
声に絶望が混じる。守るべき者の命が失われようとする。非情な現実に神谷はあらん限りの絶叫を張り上げる。
ブオオオオオオオオオォォォォォォォッッッ!!!!!
ドオオオオオォォォォンンンン!!!!!
「なっ!!?」
「・・・鬱陶しい」
今まさに界刺へ突貫しようとした“怪物”を狙って暴風が、次いで激流の放射が放たれる。一方は中央部から、もう一方は南部側から。
そこから姿を現したのは暴風を纏いながら飛行する
風輪学園の少女と、激流に乗る
花盛学園及び小川原の少女2人だった。
「界刺!!!神谷!!!」
「界刺さん!!!」
「界刺さん!!!稜!!!」
「加賀美先輩・・・!!!破輩先輩・・・!!!」
神谷の視線の先に居る少女達・・・加賀美・破輩・水楯が、界刺と神谷の命を守らんがために猛スピードで突入して来る。
【意図電話】による音響攻撃で聴覚を封じられていたために3人の接近に気付いていなかった神谷は、戦況の好転を只管に願う。
一方、破輩の暴風で突貫の邪魔をされたばかりか加賀美・水楯の水流操作系コンビの強大な統御力によって激流の檻に閉じ込められるウェイン。
しかも、『粘水操作』によって水の粘度を操作することで糸から水が離れ難くなっているという始末である。
瓦礫や鉄屑等の不純物と共にウェインを押し潰そうと強力な水圧が【獅骸紘虐】へ押し寄せる。
「だが・・・“手を誤ったな”!!」
しかし、【獅骸紘虐】を打ち破るには至らない。ウェイン自身、加賀美達の激流攻撃を防ぐために周囲の蜘蛛の巣を用いて激流の檻から周囲5m付近に蜘蛛糸の膜を展開しており、
追加の激流を排除している。量そのものが少ない激流では、とてもでは無いが【獅骸紘虐】を突破することは不可能だ。
“怪物”は度重なる横槍に苛立ちながらも努めて冷静に事の対処へ神経を集中する。本当なら、自分を妨害する前に“英雄”を水流でもって救出するべきだった。
真っ先に救出せずに自分を檻に閉じ込めた後に界刺と神谷を救出しようとしているのは、他ならぬ“怪物”足る自分を恐れての本能。
所謂防衛本能が働いた―加えて水楯が身に付けているだて眼鏡の“暗視&遠視モード”にて2人が重傷を負っていることを確認したために、
瓦礫や木屑等の不純物を伴っている激流に“巻き込む”ことで彼等の命を脅かす可能性を鑑みた―故であろう。
とは言え、真っ先に救出に動いたとしても結果を変えられるとは思えなかったが。
ギイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィンンンンンンンンン!!!!!
「「うううぅぅっ!!!??」」
【意図電話】による音響攻撃を加賀美・水楯コンビへ向けて放つ。激流から発する大きな音のせいで神谷達を攻撃していた【意図電話】の存在に気付かなかった2人は、
音響攻撃を集中させられたことで激流の操作に乱れを生じさせてしまう(同様に破輩も纏う暴風の音によって音響攻撃の存在に気付いていなかった)。
急いで駆け付けるために激流の上にコンテナを乗っけてその上に座る形で移動していた加賀美と水楯は、戦闘にて結構なダメージを蓄積している+演算の乱れによって、
自分達が乗る激流及びウェインを閉じ込めている檻の維持に手一杯となってしまい、追撃で浴びせられる糸の弾丸も相俟って蜘蛛糸の膜に殺到していた激流の掌握を手放してしまった。
ドン!!ドン!!ドン!!
「チィッ!!!」
加賀美達がウェインを抑えている間に破輩が界刺と神谷を救い出そうと動くも、近隣にある蜘蛛の巣が弾丸に変形し彼女に襲い掛かる。
彼女自身も傷を負っている身のために、常のような精微な風操作ができない。対して、ウェインは【精製蜘蛛】によって痛覚を抑制しているために痛みに左右されることは無い。
「さぁ、今度こそ終わりだ!!!」
少女達の動きを封じた“怪物”は、今度こそ獲物を仕留めようと操る念動力の精度を向上させる。
制御が弱まった激流の檻を突破し、勢いそのままに“英雄”を屠る。準備は全て整った。機も熟した。後は・・・動くのみ。
「いくぞ!!!」
ズドオオォォッ!!!!!
『本気』の“怪物”が動いた。凄まじい念動力によって加賀美と水楯が作った激流の檻を突破するウェイン。
彼の実力なら一々妨害せずとも無理矢理突破できただろうが、突破後の横槍が鬱陶しかったこともあり先手を打ったのだ。
檻を突破されたことを感知した少女達は、しかし音響攻撃と蜘蛛糸による攻撃のために界刺への攻撃を防ぐ手立てを封じられた。
ビュッ!!!
「むっ!?まだ、レーザーを放つ余力が・・・」
激流の檻を突破した直後に耳の糸を掠めたのは界刺の【雪華紋様】。おそらく、檻を突破することを見越して予め準備していたのだろう。
感じた殺気で回避行動を取ったが耳元―正確には【意図電話】―を覆う蜘蛛糸が破られた。檻からの『出口』がわかりやすかったこともあるのだろうが、それでも致命とはならなかった。
見れば、“英雄”と呼ばれた碧髪の男は観念でもしたのか破損した駆動鎧のパーツの上に立ちながらこちらを見上げており、
直後に何を思ってか耳元に装着していた通信機を外した。その意味は理解できなかったものの、何が起きても全てに対処してみせる気概でウェインは突っ込んだ。
「死ね!!!」
まともな余力は残っていないだろう。たとえ、予期せぬ反撃があったとしても全て対処してみせる。
“怪物”ウェイン・メディスンは耳付近の糸を修復しながら猛烈な速度で疾走する。そんな怖気の走る“怪物”に、“英雄”は通信機を全力で上方へ放り投げた。その瞬間・・・
ギーン!!!
「何っ!!!??」
空中を疾走する―耳の糸を修復し切る前―ウェインの演算が突如乱れた。“怪物”の頭に鳴り響く異音・・・それは超能力発現のために必要な演算を阻害する音・・・『キャパシティダウン』。
鏡子救出のために突入した際に身を持って味わった音響兵器を、界刺は当時耳を押さえるフリをしながら『赤外子機』を用いて録音していた。
ウェイン自身は建物への突入時に破壊していたのでその存在に気付いていなかった『キャパシティダウン』の音声を解析、
その結果『赤外子機』では約1秒半だけではあるが完全再現可能という事実に至ったのだ(『ブラックウィザード』が独自に改良しているためか、
性能アップと引き換えに音波精度の向上・制御等に相当の電力を喰らう仕様となっていた。また、録音はやはり音質が劣化する+雑音等も混じっているため、
最大音量による『キャパシティダウン』の完全再現に拘ると『赤外子機』の残量電力では1秒半が精々という結果に至った)。
痛覚を抑制していてもこの『キャパシティダウン』は演算を掻き乱す。さすがに、『キャパシティダウン』特有の音波は耳栓の防護範囲外であったのだ。
「(今だ!!!)」
当然だが界刺も能力が使えなくなる。しかし“問題は無い”。彼が言う所の博打も博打な『アレ』・・・『赤外子機』に録音した『キャパシティダウン』。
その準備は『キャパシティダウン』発動前に“もう終えている”。そのための位置取りも行った。
すなわち・・・『健在なもう1つの<ダークナイト>を「閃熱銃」モードにし、「キャパシティダウン」発動前の赤外線通信により“時限式”で光線を放つ』ことを。
<ダークナイト>が界刺の手から離れているために発生する油断。驚異的な回避能力を持つウェイン相手への不意打ちとして絶好の環境を界刺は欲した。
最初は綱渡りもいい所であったが、加賀美・水楯・破輩のおかげもあって何とか万全に近い状態にまで扱ぎ付けた。音波による激痛に苛まれながらも胡散臭い笑みを浮かべる界刺は、
想定通りの位置取りで『閃熱銃』が自動で放たれる瞬間を待った。“怪物”ウェイン・メディスン―強烈な殺意を感じ取り、弱体化している能力全開で回避行動を取ろうとしている―の心臓を焼き貫く光線が放たれるその瞬間を。
バアアァァンン!!!!
必殺を期した『閃熱銃』は・・・放たれることは無かった。その代わりに起きたのは、<ダークナイト>の爆砕であった。
かの神話において物語や秩序を掻き乱し、災いを齎す存在として語り継がれる蜘蛛(トリックスター)を体現するかのように滅びの運命が覆った“怪物”とは対照的に、
『閃熱銃』・『閃光剣』・『閃光大剣』の長時間使用によって内部から爆砕したと思われる光景にを目に焼き付けた“英雄”は瞬時に全てを理解した。
「(よりにもよって・・・このタイミングかよ)」
この世界に神という存在が居るのであれば、その神は途轍も無く意地悪だ。こんなタイミングで最悪の出目を引かせられたのだから。
ドンッ!!
界刺の瞳に映るのは、『キャパシティダウン』の音波が消えた環境下で回避のために遠方へ跳びながらも多少小さ目な糸の砲弾を“怪物”が射出した光景。
さすがに演算を掻き乱す専用の音波を受けた直後なのか、その速度も大きさも通常より劣ると見受けられる。
しかし、今の界刺―今までのダメージに加えて『キャパシティダウン』の音波を受けた直後で身動きが取れない―を殺すには十分過ぎる凶器である。
「(こりゃ、死んだかな?神谷のことをとやかく言えねぇな、俺。ハハッ!)」
走馬灯の如くスローモーション化する思考で、“英雄”は自身の死期を悟る。出せる手は全て尽くした。それでも届かなかった。
「(悪ぃ、皆。俺の『死ぬ時』はどうやらここみたい・・・・・・)」
咄嗟の事態に少女達の援護も間に合わない。一番近い位置に居る神谷も能力を阻害する音波から立ち直れていない。非情で無慈悲な世界は“閃光の英雄”を躊躇せずに押し潰す。
全てを理解した界刺は、自分のために動いてくれた他者に心の中で謝りながら『死ぬ時』を受け入れようとする。『人間死ぬ時は死ぬ』。そう、彼が常から言っていることそのままに。
『銅と明星、女神に象徴されるは金星。意味するものは、愛、調和、芸術。混沌とした世界に存在する真理を見通す偉大なる輝星。故に少年よ、君に光あれ』
「ッッッ!!!!!」
思い出す。想い出す。重い言葉を。自分の人生を変えたあの少女の言葉を。心の奥底に今も消えずにガッシリ根付いている偉大なる言葉を。
「(ったく、何でこんな生き死にの土俵際であの赤毛女を思い出すかねぇ・・・)」
“閃光の英雄”の瞳に再び偉大なる光が灯る。その灯火に、様々な人間が色取り取りに映っては消えていく。
死闘を繰り広げた親友とその親友、ストーカー紛いの末に受け入れた少女にファッションで口論となったスネ虫少女、男臭い男子校の連中、
時にはぶつかり、時には共同戦線を張ったお人好しな風紀委員、勝手に学園都市の治安を守ろうと粋がる救済委員達、世間知らずなお嬢様達、妹を助けるために命を懸ける兄、
自身の才能に項垂れていたガキ大将、かつて裏切ってしまった少女・・・他にも色んな人間の姿が万華鏡の如く“英雄”の瞳に移ろい、写り、遷っていく。
「(ハッ!そうだよな・・・こんな所で死ねないよなぁ!!!『自殺』が大っっ嫌いな『俺自身』のために!!!
こんな自分勝手な俺のために命を懸けてくれる連中のためにも!!こんな自己中な俺を『好きだ』と言ってくれたアイツ等のためにも俺は死ねねぇ!!!)」
スローモーション化した世界で数多の『他者』の光を浴びた界刺得世は決意する。絶対に死ぬわけにはいかない・・・と。どんな手を使ってでも必ず生き残る・・・と。
そのための材料はとっくの昔にあった。他の誰でも無い『自分』が無視していた事柄。だが、今は違う。最後の最後に残された手段が界刺の脳内を駆け巡る。
『だから、これは魔術を行使するために必要な魔力の精製方法です!私があなたをブン投げたことで、あなたの体に「金牛宮」と「天秤宮」を表す魔法陣が刻まれました!
その魔法陣に魔力を注ぎ込んで儀式を行えば、多用は禁物とは言えあなたでも「惑星の掟」の一端を行使できます。あなたに死なれては困りますからね。それなりに詰め込んでいます。
とは言っても、刻んだ魔布陣自体は一般的な星座の魔術で用いられる見掛け上の光を魔法陣に見立てたモノより格段に小さなモノなので・・・はっ?
何回も言ったけど星占いに興味が無い?も、もう!!少しは理解しようとして下さい!!』
全くと言っていい程信じていなかった手段・・・“お呪いみたいなモノ”。その発動条件を“英雄”はすぐに思い出す。
『“息を呑む”ってあるじゃないですか?あの呼吸の感覚を意識して下さい。その後に詠唱呪文である「Astrological Signs」を頭に付け、直後に「金牛宮」もしくは「天秤宮」を言葉に出します。
簡素な魔法陣故に効果時間がすごく短いんですが、代わりに威力重視になっています。重ねて言いますが、あなたに死なれては困りますから。
また、少ない魔力で魔術を行使できるという利点もあります。一息で魔術を発動できるという点も見逃せません。
実は、この呪文詠唱時の息の吐き方がさっき言った“息を呑む”とセットで魔力を生み出す一種の呼吸法にもなっているんです。詠唱で“あって”詠唱では“無い”とも言えます。
この呼吸法は特殊です。普通の呼吸を人為的に変化させていますから。具体的には、呼吸を止める“息を呑む”とほぼ同時に言葉・・・すなわち息を吐くという矛盾を行使します。
この呼吸法による魔力精製は、無意識では駄目です。“息を呑む”という感覚を意識的に行えるレベルになって、初めてこの呼吸法によって生命力を魔力に精製することができます。
そして、最も大事なのが金星を表す
シンボルである銅を「投げる」ことです。私が「星体観測」を用いる時も必須なんですが、これが儀式であり儀式を経なければ魔術は発動しません。
それどころか、この手順を疎かにすると神経回路等がズタズタになる危険性が高く、しかも投擲した銅が地面へ落ちるまでに一息で詠唱を唱えなければ発動しな・・・って聞いてます?
えっ・・・サッパリわからない?あぁ、もう!!本当にこの少年で大丈夫なのでしょうか!?私、とても不安です!!』
すぐに思い出せたということは、やはり心の何処かでオカルトを信じていたということになるのだろうか。気紛れで呼吸法を身に付けたのもその証明となるか。
何より、“英雄”が投げた『赤外子機』には銅ナノワイヤ技術が盛り込まれたバッテリーが搭載されている。そう・・・彼は投げたのだ。オカルト発動の条件である“銅”を。
『これからは、私も星占いの導きであなたの体に刻まれた魔法陣に不定期で魔力を注ぐことになるのに。・・・どうやってって?
“今の”私の体には、あなたに刻まれた魔法陣を更に複雑にさせたようなモノが刻まれています。これが、あなたと私を繋ぐ回路になります。
そして、私が「惑星の掟」を行使する対象をあなた個人に“限定する”限り、学園都市に住むあなたの魔法陣へ海外に住む私が魔力を注ぐこと等ができるようになるんです。
占星術の対象の1つが「個人」であることを利用した疎通術式ですね。分類的には感染魔術の一形態になるのかな?
まぁ、代償も大きいですけど。・・・オカルト?ま、まぁそんな所です。ようは、“お呪いみたいなモノ”です。
同時に、真理を見通す目を鍛えるために「天秤宮」の性質と共にその時々における星占いの結果を少々反映するようにしています。
これに関しては、私の魔力が原動力となりますが・・・私の魔力が注がれる魔法陣内の該当文字や図形は他に比べてかなり簡素なので、陣の効果も余り期待できないんですよね。
そのせいで星占いの結果の一部しかあなたに宛がうことができな・・・結局はプラネタリウム?違います!!何処をどう聞けばそんな答えになるんですか!!?』
駆動鎧のパーツの上から全力で上方へ投げた『赤外子機』は下降中でありながらも未だ地面へ落ちてはいない。
今なら発動できる。この絶体絶命の危機を乗り越えられるかもしれない“お呪いみたいなモノ”を。
『噂には聞いていましたが、本当に魔術を魔も知らないのですね。・・・そういえば、超能力という私達とは違う異能の力を持っている人間が魔術を使うのは別に問題無いですよね?
魔力さえあれば、魔術を学んでいない一般人でさえ魔法陣を介した魔術行使は可能ですし。多用は精神汚染の問題から控えるべきですけど。
両親が頼ろうとしているイギリス清教「
必要悪の教会」の人達なら詳しく知ってそうですが、生憎私は両親以外の魔術の知り合いが・・・両親にも聞いたことが無いですし・・・。
そもそも、こうやって初対面の人と会話をすることが・・・えっ?そもそも魔力って何って?・・・つーか、名前を教えてくれって?・・・(ブチッ)。
いい加減にしろおおおぉぉぉっっ!!!くどいまでにわかりやすく、しかも懇切丁寧に何回も説明しただろううがああああぁぁぁっっ!!!』
『自分を最優先に考える“ヒーロー”』・・・“閃光の英雄(ヒーロー)”界刺得世が最後に信じたのは『他者』であった。
自業自得の名の下に、“自分で立ち上がる足”を求め続ける彼だからこそ“線引き”をキッチリ行った上で『他者』のために動くことができる。
歩んで来た道程を決して後悔しない彼だからこそ、彼と接し、結果として彼を信じられる『他者』は自身の行動に後悔を抱かずにいられるのだ。
そんな彼の原点に立つ少女こそ、約2年前に邂逅した赤毛の魔術師
リノアナ・サーベイ。彼女が齎した『惑星の掟』が、“英雄”に最後の“希望”を与える。
『君と私を引き合わせたこの世界の運命(さだめ)に・・・願わくば確かな意味があることを祈ろう。偉大なる輝星・・・科学で“未知”な少年・・・界刺得世』
世界が“英雄”を押し潰そうと牙を剥くのであれば、その世界を捻じ伏せる異世界の法則をもって乗り越える。
“英雄”は声高に叫ぶ。自身に降り掛かる“絶望”を乗り越えるために。それを実現するモノ・・・超能力と対を為すモノ・・・名を『魔術』と称す。
「『Astrological Signs<黄道十二宮ヲ守護スル星ヨ> Taurus Palace<地ヲ駆ケル金牛ノ角ヲ以テ運命ヲ穿テ>』!!!」
continue!!
最終更新:2013年08月23日 20:49