「よ~し。これで完璧かな?春咲先輩、ちょっと確認して貰えますか?」
「うん。どれどれ・・・」
界刺と破輩が居なくなった病室内にて、超特急で学園都市の『外』へ外出するための申請書3枚を書き切った一厘。
ここへ来る前とは打って変わって明るい顔付きとなった彼女の要請を受けて、春咲が漏れが無いかの確認作業へ没頭していく。
「にしても、破輩先輩の逃げっぷりはすごかったですね。まさか、あんな先輩の姿を目にする日が来るとは・・・」
「ぶっちゃけ、俺が159支部に配属された時と今とじゃ全然印象が違うぜ。でも・・・悪くないよな」
「これも、破輩先輩が私達の前で素を出せるようになった証拠・・・なのでしょう。唯・・・」
「それでも妃里嶺の逃走は格好悪かったわね。帰って来たら注意しないと」
一方、都合が悪くなった自分達のリーダーが一目散に逃げた事態に湖后腹・鉄枷・佐野・厳原は複雑な心情を吐露する。
それだけ破輩が自身の素を出して来ている証拠と言えば聞こえはいいのだが、実際問題として格好悪い行動を採ったのは否めないからだ。
故に、逃走から帰って来たらどうやって注意をしようかという話題にこちらも没頭していく中で、1人一厘は窓辺へ近寄り外の風景へ目を見やる。
「『外』へ行くのって本当に久し振りだなぁ・・・。真珠院の別荘とは言え、『外』の空気に当たるってのも良いわ・・・・・・!!!」
彼女の視線の先には『形製グループ』が興した病院がある。精神医療に特化した病院へ通院する者も多く、今は午後の診療が始まる前の番取りの患者の姿が見えた。
しかし、一厘が本当に見ているのは“患者では無かった”。その中に混じった少女・・・茶髪をポニーテール型に結んである友の姿を脳が認識した・・・次の瞬間。
「春咲先輩!!すみませんが、その申請書を苧環達に渡しておいて下さい!!では!!!」
「い、一厘さん!!?」
確認作業を頼んだ春咲へ追加の依頼をした後に速攻で病室を後にする。その突発的行動に春咲他159支部メンバーは全員唖然とする他無かった。
「リンリンの奴・・・何を慌てて・・・?」
「彼女の視線の先・・・窓の先にあるのは“彼”が転院して来た病院です。つまり・・・」
「一厘さんの慌てっぷりから予想して・・・そうか!」
「・・・なら、大丈夫ね」
鉄枷の疑問付有り有りな声に佐野が的確なヒントを述べ、湖后腹と厳原は一厘が向かった先に居る少女の顔を瞬時に思い浮かべる。
その少女の親友が、近くにある精神医療特化の病院へ最近転院して来たのをここに居る者達は全員知っている。
以前までの病院では為し得なかった高度な精神医療でもって、“彼”の容態も少しずつではあるが快方の方向へ向かっているとのことであった。
鉄枷や春咲も後れて一厘の行動の意味を察する。皆が一様に“彼”の表情を思い浮かべたことで、束の間の沈黙が室内を支配する・・・
コンコン!
そんな中扉をノックする音で静寂は破られる。直後こちらの返事も待たないまま扉のノブが回り、来訪者がその姿を現しす。
膝まで届く黒の長髪を靡かせ、彼女の特徴でもある大きなゴーグルを頭に被る映倫生・・・
「・・・・・・佐野先輩・・・・・・居る?」
佐野の名を呼ぶ少女の名は
姫空香染。
加賀美雅がリーダーを務める176支部所属の風紀委員は、
【『
ブラックウィザード』の叛乱】を契機に定めた己が目的のために確固足る決意をもって遂に行動を開始する。
少々時間を遡る。丁度午前の診療も大体が終わった頃合いに、スポーツ刈りの少年とお相撲さんのような体型の少年がブツブツ呟きながら病院の廊下を歩いていた。
「全く・・・折角見舞いに来たというのに、当人が部屋に居ないとは・・・」
「外出申請の予定時間は過ぎてるから、もう帰っていてもおかしくないよねぇ~」
彼等は『
シンボル』のメンバーである不動と仮屋。2人はリーダーである碧髪の少年が今日ここへ転院して来るということで見舞いに訪れていた。
しかも、彼を慕う少女達と一緒に来訪したのだが当人が不在ということで肩透かしを喰らっていた。
一応皆と協議した結果少女達は少年の帰りを部屋で待つということとなり、不動は以前『ブラックウィザード』が成瀬台を強襲した時に出会った少女が入院している部屋へ向かうこととなった。
仮屋はその場には居なかったのだが、これまた協議の結果不動の付き添いということとなった。何故なら、界刺のために用意された病院食に涎タラタラ状態になっていたからである。
「えぇと・・・不動が助けた娘って山門(やまと)って娘だっけ?」
「あぁ。最初名前を聞いた時は戦艦大和(やまと)の漢字を思い浮かべてしまったな」
「破輩チャンのトコに顔を出さなくていいの?」
「後で構わないだろう。というか、さっき得世の部屋に向かう前に覗いた時には厳原と共に不在だったからな。大方、何処かの休憩室で昼食を摂ってるのだろう」
「そう。あぁ・・・早くお菓子食べたい~」
「ハァ・・・」
昼飯代わりのつもりか、脇に抱える幾つものスナック菓子に思いを馳せる友に溜息しか出ない不動。病院の廊下で食べ始めないだけまだマシであろうか。
そんな2人の会話にもある通り、彼等は同じ階にある破輩と厳原の病室へ界刺の部屋へ向かう途中で訪ねていた。だが、昼食のためか2人共に不在であった。
なので、こうやって花盛支部の面々が入院している病室へ足を動かしているわけである。
「あっ!あそこだね、不動」
「そうだな」
程無くして不動達は花盛支部の風紀委員が入院中の部屋前まで辿り着いた。前々から気掛かりではあった山門含めた花盛支部の面々の状況。
自分の手で救った経緯から、不動は機会があれば見舞いへ赴こうと思っていた。そこへ、丁度界刺がこの病院へ転院することとなり見舞いが実現したのだ。
「・・・うん。何か騒がしいな?」
「何か言い争いしてるような声だね」
「ここは病院だぞ?外まで聞こえるような大声の喧嘩など言語道断!いくぞ、仮屋!」
「う、うん!」
ところが、目の前の部屋から何やら喧嘩のような会話の応酬が聞こえて来た。扉の外側にまで聞こえる程の大声など、病院という環境を考えれば説教モノである。
不動自身、成瀬台ではクラス委員長を務める程の真面目な好青年である。当然クラス内の風紀を正したりもする。
よって、そんな彼は室内で繰り広げられているであろう喧嘩を『言語道断』と判断・早急に収めるべくノック無しに扉を勢い良く開けた。
「もうすぐ、入院して1週間が経ちますね・・・」
「あぁ・・・この調子なら意外に早く皆退院できるかもな。少なくとも、夏休みが終わる前には退院できるだろうよ」
「えぇ。・・・今年の夏は、結局何処にも遊びに行けませんでしたね」
「・・・来年は思い切り遊ぼうぜ?受験とか色々あるだろうけどさ」
「・・・はい」
過ぎ行く夏の香りを嗅ぐ六花の寂しそうな声に閨秀が未来の話題を振ることで応える。ここは、花盛支部の面々(篠崎・幾凪・渚・六花・山門)が入院している病室である。
彼女達は約1週間前に成瀬台にて『ブラックウィザード』の強襲を受けて重傷を負い、戦線離脱を余儀無くされた風紀委員達である。
「月理ちゃん。かおりん。わたし達も、来年はおもいっきり遊ぼうね?」
「そうね。・・・あぁ、今年は我慢の年になっちゃったかな?」
「・・・抵部さん。確か、今日界刺さんがこの病院へ転院して来るんでしたよね?」
「うん。もう来てるんじゃないかなぁ」
「・・・・・・(ゴクリッ!)」
頼りになる先輩を真似するかのように、抵部も同い年の渚や篠崎を励ますために声を掛ける。ここへ入院した少女達は何れも重傷ではあったがこの調子ならば少なくとも夏休み終了前には退院できる見込みとなっていた。
「・・・・・・ハァ」
「撫子の奴・・・ずっとあの調子だよな」
「えぇ。今回のことが余程ショックだったんでしょう。聞けば、旧型駆動鎧の銃口を眼前へ突き付けられたそうですし」
今は昼食の時間帯。各自のオーバーベッドテーブルには皆同じメニューの昼食が置かれていた。だが、皆の中で唯一全く手を付けていない少女が居た。
彼女の名は
山門撫子。閨秀と六花の同級生であり大事な友。そんな彼女は、ここへ入院してからずっと上の空状態が続いている。
普段から感情を表に出さないことが、彼女の状態を余計に掴み難くさせていると言ってもいい。閨秀達も声を掛けるのだが、どれもイマイチな反応しか帰って来ないのだ。
「冠先輩はまだ帰って来ないのかなぁ。先輩に『ア~ン』ってして貰おうと思ってるのに~」
尊敬して止まないリーダーが帰って来ないことに愚痴を零す幾凪は、しかしお腹が空いていることもあり渋々箸を動かしていく。
【『ブラックウィザード』の叛乱】において、支部単位で見ると一番被害の大きかった花盛支部の面々は各々今回の件を咀嚼している最中であった。
事件そのものの終着は喜ばしいことだ。間違い無く。だが、それ等は他支部の面々の働きがすごく大きい。
前線で頑張った冠・閨秀・抵部を除いて花盛支部員の半数以上が途中で戦線離脱してしまった。これは、彼女達にとって屈辱以外の何物でも無い。
「冠先輩も、戸隠の件で相当な負い目を抱えているんでしょうね」
「あぁ。ここは、あたし達が先輩を支えてやらねぇとな」
「はい」
加えて、戸隠の件で彼と実際に相対した花盛支部リーダー冠も大きなショックを受けている。今この時が、花盛支部の今後の命運が懸かる分岐点と言っても過言では無いのかもしれない。
ここには居ないリーダーの心情を慮る六花と閨秀が話し合っていた・・・そんな頃合いに彼女“達”は来た。
「抵部。渚。お客さんだ」
「お客さんー?かん先輩。お客さんってだれですかー!!?」
病室へ戻って来た花盛支部リーダー冠の後方に居る少女達。159支部リーダー破輩と会話を交わした後に偶然冠と出会った少女2人。
どちらも見知った顔であったので、冠は彼女達の見舞いを素直に受け入れた。“花盛の宙姫”の存在を聞いて若干1名は躊躇したものの、
慕う少女の様子がどうしても気になって気になって仕方が無いが故の欲求に負け、抵部の妹を名乗る少女と共に病室へ足を踏み入れる。
「月理姐さん!お久し振りっス!!」
「羽瀬木!?」
片方は大きな胸をサラシを巻くことで隠している長身の少女・・・八重歯が目立つ金髪の彼女の名は
羽瀬木真心(はぜき まごころ)。
かつて『学舎の園』や
花盛学園周辺をナワバリとし、仲間と共にお嬢様連中からカツアゲをしていた小規模レディーススキルアウトのリーダーであった彼女は、
花盛支部員にしょっ引かれた後に渚の説得を受けて仲間と共に改心・彼女を『姐さん』と呼び慕うようになった経緯がある。
「莢音ちゃん!!?どうしてここに!!?」
「お姉様。病院で大声を出してはいけませんよ?ホホッ・・・花盛支部の皆様が怪我を負って入院したとお聞きしたもので」
もう片方は胸あたりまでの茶髪縦ロールが特徴の少女・・・全体的にやや細めの体型な彼女の名は
抵部莢音(あたりべ さやね)。
花盛学園中等部3年生である彼女は、名前から察する通り
抵部莢奈と姉妹関係にある。但し、彼女が妹である。
子供体型の抵部と比べると一見ではまず165cmも身長がある莢音の方が姉に見られること受け合いであるが、誰が何と言おうと彼女が妹である。
「姐さん!お怪我の方はどれくらい良くなったんスか!?アタイ、新聞とかニュースとか全然見ねぇタチなモンで・・・。
今朝方まで姐さんが入院してることすら知らなかった無知っぷりをどうか許してくだせぇ」
「うぅん!いいの、羽瀬木。元気一杯なあなたが今ここへ来てくれたことが、私にとってはすごく励ましになったよ?だから、自分を責めないで」
「月理姐さん・・・!!」
元来のヤンキー気質なこともあり言葉の端々が妙に乱暴であるものの、根は義理堅い羽瀬木は自分を改心させてくれた渚の温かな言葉に感極まる。
彼女の人生は渚との出会いで一変した。スキルアウトから足を洗い、真っ当な生活を送るようになったのは、全て
渚月理のおかげである。
「おい、羽瀬木。見舞いに来るのはいいけどよ、何つー格好で病院を歩いてんだ。場に合わせた服装ってモンがあるだろ」
「ハン!こりゃ失敬。貧乳な“宙姫”さんの目にはアタイの胸は毒だったな」
「んだと?喧嘩売ってんのか?」
「アァン?やんのか、コラ?」
とは言え、何事も完璧というわけにはいかないモノである。実は、スキルアウト時代の羽瀬木とその仲間をひっ捕らえたのは彼女に『貧乳』と称されて怒ってる閨秀である。
そのせいか、どうにも羽瀬木は閨秀とウマが合わない。犬猿の仲とまではいかないものの、顔を合わせる度に口喧嘩が勃発する。
最近では、互いの胸の発育具合が話題になって喧嘩に発展することも多い。羽瀬木自身は高1なのだが1年ダブってる。つまり、閨秀と同い年なのだ。故に、殊更閨秀は腹が立つのである。
「閨秀先輩!羽瀬木も!喧嘩は駄目ですよ!!」
「止めないでくだせぇ、姐さん!前々から、“宙姫”にはビシッと言ってやりたかったんだ!!『テメェの胸は一生そのまんまだ』ってな!!」
「ほぅほぅ。あたしにここまで胸の話題を振って来たのはテメェが初めてかもな、羽瀬木。・・・(ギロッ!!)」
「そ、そらひめ先輩の目がこわいですー!!で、でもわたしより胸があるんだからそらひめ先輩はいいですよねー!!いいですよねー!!!」
「な、何だ抵部!?妙に突っ掛かって来るな!?」
「わたしなんか、幾凪ちゃんや莢音ちゃんにも負けてるしなー!!!店長は『それもま~た希少価値故~の極一部的需要があり~ますよ~。ヌフ~フフッッ!!』なんて言ってたけど、
やっぱ女は胸ですよねー!!!あっ、そういえばはせぎちゃんみたいな格好のことを『ちじょ』って言うんですよねー!!!店長が言ってましたー!!!」
「ブッ!!!だ、誰が痴女だ!!!??てか、アタイのことをちゃん付けで呼ぶんじゃ無ぇ、抵部!!!」
抵部が放つ怒涛のぶっちゃけに閨秀や羽瀬木は翻弄される。何故抵部がこのような言語を身に着けてるのかと言うと、全てはあの“変人店長”が元凶である。
『抵部女史。こ~の「マリンウォール」でよ~く見てお~くので~す。ぷるんぷ~るんのたわわな果実を~実らせてい~る女性の魅惑的なボディ~を。
男を誘惑す~る女性の最~大の武~器は・・・ズバリ胸だという非情な現実を!!!でも、僕は顔が一番だけど(ボソッ)』
『ガーン!!!!!』
以前『マリンウォール』にて焼肉屋『根焼』の出張店“ジワジ~ワ”でアルバイトとして借り出された抵部は“変人店長”奇矯から様々な“知識”を教わった。
そして、彼が語る『魅力的な女性の秘密』に自分は全て該当していなかったことが抵部にとって酷くショックであった。
当時は『ブラックウィザード』の件もあってすぐに忘てしまったのだが、事件が終着した今閨秀と羽瀬木の口論を受けて思い出してしまった少女は、
苛立ちを全開にして2人へ食って掛かる。そんな姉の姿に急速に顔を青褪める妹は、姉の下へ駆け寄りこう告げる。
「ウフフフフフフ!!お姉様!!その店長とやらの言葉を真に受けてはいけません!!お姉様は十分魅力的です!!セクシーレディーです!!!」
「せくしーれでぃー!!?本当!!?」
「本当ですよ!!ウフフフフフフ!!!その店長さんには後程然るべき裁きを与えなければならないようですね。お姉様の純真を汚した罰を・・・ウフフフフフ!!!」
「な、なんか莢音ちゃんが恐いー!!!」
薄気味悪いを通り越して怖気の走る笑みを浮かべる莢音に、姉である抵部でさえ引いてしまう。この姉Loveな妹は、姉のこととなると理性の箍が外れてしまう傾向があった。
特に、姉に近付く男を『ケダモノ』と称して排除行動に動いてしまう彼女の悪癖は未だに続いている。
「ハン!痴女だってよ!大した言われようだなぁ、羽瀬木!!?」
「フン!貧乳の嫌味程虚しいモノは無ぇなぁ、“宙姫”さんよぉ!!?」
「・・・(ギロッ!!)」
「・・・(ブチッ!!)」
「冠先輩・・・そろそろ止めた方がいいんじゃないですか?きっと、病室の外まで聞こえてますよ?(このままだと『ア~ン』して貰えない!!何とかしなきゃ!!)」
「・・・そうだな。相変わらず、あの2人が会ったら売り言葉に買い言葉になるな・・・ハァ」
再び喧嘩になる閨秀と羽瀬木を眺めながら、そして(個人的思惑のために必死な)幾凪の促しもあってようやく冠は事態の収拾に動こうとする。
こうなることは予感してはいたが、病院内なら少しはマシになるかと淡い期待をしてみた。だが、結果がこれである。
無論、ここから本格的な殴り合い等に発展することは無い。どちらも適度(?)な所で矛を収める故に。かと言って、室外にまで大声が漏れ出ている現状ではそれを待ってもいられない。
花盛支部リーダー冠要は、積もる課題を片付けるためにまずは目の前の言い合いを落ち着かせるために沈黙を守って来た己の口を開こうとした・・・
バン!!!
「何を大声で喧嘩している!ここは病院だぞ!?周りへの迷惑も考えろ!」
「ッッッ!!!!!」
「「「「「!!!??」」」」」
矢先に突如病室の扉が開かれ、現れただて眼鏡を掛ける少年の一喝が目を瞠る少女達の鼓膜へ突き刺さる。
そして・・・通りの良い発声が室内に木霊する中で・・・今まで上の空状態だったある少女の表情筋が少年の声を受けて静かに脈動を始めたのであった。
「な、何だテメェは!!?誰の許可があってここへ・・・」
「羽瀬木!!よしなさい!!!」
「ビクッ!!あ、姐さん・・・」
ノックも無しに部屋へズカズカ入って来た男に食って掛かろうとする羽瀬木へ渚が大声でもって制止を掛ける。
何故なら、彼は自分達を救った大恩人なのだから。彼があの時仲間と共に駆け付けてくれなければ、今頃自分達はこの世には居ないのだから。
「不動・・・」
「かりやさんもー!!ど、どうしたんですかー!!?」
「ノックもせずにこの部屋へ入ったことは詫びる。済まない。だが・・・何が原因なのかは知らないが外までお前達の大声が漏れ出ていたぞ、閨秀?」
「お見舞いだよ~抵部チャン」
『シンボル』のメンバーである不動と仮屋は、【叛乱】において『六枚羽』戦で共闘した閨秀と抵部へ思い思いの言葉を向ける。
「不動・・・?・・・・・・ッッ!!!あ、姐さん!不動って・・・姐さん達が被害を受けた場所・・・
成瀬台高校で獅子奮迅の活躍した『シンボル』の・・・!!?」
「そうよ、羽瀬木。あの人は『シンボル』でまとめ役を担っている
不動真刺先輩。隣の人は不動先輩の友達で同じく『シンボル』の
仮屋冥滋先輩。
その様子だとあなたも新聞か何かで知ってるみたいだけど、不動先輩は私や他の人達の命を守ってくれた大恩人よ。粗相の無いようにして」
「この人が・・・姐さんを救った・・・!!!」
「・・・羽瀬木?」
渚の説明を受けた羽瀬木の顔色が一変する。彼女は、元スキルアウトメンバーであった仲間からの情報で今朝方今回の事件を知ったばかりである。
普段からニュース関連に目を向けない少女は、今朝方まで恩人の身に何があったのかを知らなかった己の不甲斐無さにショックを受けながらも仲間の協力も仰いで急いで関連情報を収集した。
その折に見たのだ。成瀬台が強襲を受けた際にある非公式グループの活躍によって死者が出なかった事実を。
そのグループの名は『シンボル』。そして、『シンボル』のメンバーとして名を挙げられていたのが眼前に立つ男・・・不動真刺だった。
「・・・・・・」
「・・・うん?何か?」
無言のまま金髪少女はスポーツ刈りの少年へ近付く。その不穏な行動に不動が少なからず警戒し、渚が念のために再びの制止を掛けようとした・・・刹那!!
「ふ、ふふ、不動アニキと呼ばせて下せぇ!!!」
「はっ?」
羽瀬木は不動へ舎弟入りを志願する。厳密には舎弟とかそういうモノでは無く、渚を『月理姐さん』と呼ぶように不動を『不動アニキ』と呼び慕いたいだけではあるが。
「ふ、不動アニキが月理姐さん達の命を救ったってニュースを見たんス!!そん時から、アタイにとってはアンタがアニキも同然となったんス!!」
「待て待て。話の流れがよく見えないんだが」
「月理姐さんはアタイの大恩人!!なら、姐さんを助けた不動アニキもアタイにとっては大恩人ってことっス!!!」
「・・・・・・えぇと」
不動は瞳を爛々と輝かせながら迫って来る羽瀬木に困惑する他無い。初対面の相手から『アニキと呼ばせて』『大恩人』などと言われて困惑しない人間の方が希少である。
彼女の言葉で大まかな理由を察することはできたが、彼女の志願を受諾するかしないかはまた別問題だ。
「羽瀬木!不動先輩が困ってるでしょう!落ち着きなさい!」
「何言ってるんスか!!これが落ち着いてられるかってヤツっスよ!!何たって、八面六臂の大活躍を果たしたあの『シンボル』のリーダーを拝んでるんスから!!あぁ・・・」
「(リーダー?・・・あぁ、まとめ役をそう受け取っているのか。あの時は得世は居なかったからな。ニュース等にも顔を出していないし)」
加えて、羽瀬木は不動のことを『シンボル』のリーダーと勘違いしているようだ。確かに、まとめ役はリーダーと見做されても不思議では無い。
無いが、あくまで不動はまとめ役―副将的役割―でありリーダーでは無い。なので、訂正しようと口を動かそうとしたが、
絶賛興奮中の金髪少女は妄想の世界へ入り込んでしまっていてこちらの話へ耳を傾ける気配が全く無かった。
「お姉様!それ以上近付いてはなりません!男という生き物は須くケダモノなのですから!!」
「莢音ちゃん!かりやさんはとてもいい人だよー!!」
「騙されてはなりません!!」
他方、ある個人的事情もあって仮屋と色々話をしたい抵部を『男は皆ケダモノ』思考の莢音が妨害する。
姉絡みだと頻繁にストッパーやリミッターが外れる妹は、愛しき姉へ近付く男(むし)を駆除するべく力士のような巨漢と正面から対峙する。
「仮屋様でしたか?あなたがどのような手を用いてお姉様に近付いたのかは存じ上げませんが、この抵部莢音の目が黒い内は指一本触れさせ・・・」
「お腹空いた~。ここなら食べても問題無いよね~・・・(バリボリ)」
「・・・・・・あの」
「バリボリベリ(旨~い)」
「食べながら喋らない!!」
だが、彼女の機先を制するかのように抱えていたスナック菓子の袋を開け凄まじい勢いで歯と舌を動かし出した巨漢に妹は意表を突かれる。
まるで、彼の頭には自分の存在など無いと言わんばかりの無視っぷりに唖然とし、それでも気を立て直す莢音だったが・・・
「かりやさーん!わたしにも少し下さいー!!」
「バリバリ(いいよ~)」
「パクッ・・・おいしいー!!」
「お姉様!!?」
唖然としたために生まれた隙を、当の姉が物の見事に突く。150cmあるか無いかの小柄な体型を利用して莢音のガードをすり抜け、
仮屋からスナック菓子を受け取り、その美味しさに満面の笑みを浮かべる抵部に心中で焦りを募らせる(ちょっと暴走中の)妹。
「ゲフッ!ねぇ、美味しいでしょう~?」
「は~い!」
「妹さんもお1つどうぞ~。まだまだ一杯あるからね~」
「なっ!?わ、私がケダモノから食べ物を受け取るとでも・・・」
「ボクはケダモノじゃ無いよ~。皆からは“仏様”って呼ばれてるね~」
「“仏様”!!?」
そんな妹でさえ、仮屋のマイペース振りに翻弄されてしまう程に“仏様”と呼ばれる男から放たれるほんわか具合がヤバい。
莢音が警戒する所謂『性欲的視線』がこの男からは微塵も感じられないことも大きい。もちろん、仮屋にも人の三大欲求である睡眠欲や性欲は人並み程度にはある。
しかし、仮屋の場合は同じく人の三大欲求である食欲が他の二欲を凌駕してしまっているのが実情なのだ。
特に、昼食を菓子で済ませようとしている今の仮屋に『食欲的視線』はあっても『性欲的視線』が存在する筈が無い。
「美味しい~(ポワポワ~)」
「おいしい~(ポワポワ~)」
「(な、何ということでしょう!!?こ、このような男性がこの世に存在していただなんて!!
お姉様と同じくらいの能天気っぷり・・・いえいえ、温かな空気を生み出すとは・・・!!ケダモノが私達女性へ向ける『視線』も全く感じられないとは・・・信じられない)」
愛しき姉と“仏様”が醸し出す温かな空気に妹である莢音は呑まれる。男で巨漢というだけで莢音にとっては最大級警戒対象であったのだが、
この仮屋という男にはそれが当て嵌まらない・・・それを他ならぬ自分自身が認識してしまっている。
なので、普段なら姉に近付こうとするケダモノへ敢行することもある荒業を敢行することができない。
何より、姉っぽい妹は妹っぽい姉のあの笑顔が大好きなのだ。それを汚してしまうことだけは、絶対にしたくなかった。
「見舞いに来て下さるとは・・・思ってもいませんでした」
「六花・・・だったか。いや、丁度午前中に得世が転院して来ることもあってそのついでのようなモノだ。当の得世は何処かへ外出しているようだが」
「あら。では、界刺さんとはまだ?」
「あぁ。まだ会っていない。あの男の神出鬼没っぷりは身に染みているからな。今更驚きもせんが・・・後で少し注意をしておかねばな」
「(ハァ、ハァ・・・注意とは一体どのような注意なのでしょう・・・やっぱり男と男ですから・・・ハァ、ハァ)」
「(なんて、牡丹の奴は考えてんだろな。不動と界刺の昔話を聞いた時も鼻息荒かったし。表に出さない分そん時よりはまだマシか)」
不動のうんざりした言葉に六花が心の中で鼻息を荒くしてることに親友の閨秀は、同じく心の中でツッコミを入れる。
彼女が女子校である花盛学園へ入学したことは世の男性にとっては良かったのかもしれない。女子校だから・・・とも言えるかもしれないが、閨秀はそこまで深く考えることはしなかった。
「(界刺さんがもう・・・)ス~ハ~ス~ハ~」
「(香織・・・)」
「(“閃光の英雄”
界刺得世・・・か)」
「(冠先輩がこっちを見てくれない!!も、もぅなんて間の悪いお客さんなの!!?)」
一方、界刺が自分の近くに居ることをはっきり認識した篠崎はゆったりと深呼吸を繰り返し、彼女の友である渚は友の思考を読み今後の展開に複雑な感情を抱く。
また、篠崎とは別の意味で界刺の存在に思考を傾ける冠に不満タラタラな幾凪は、間の悪い不動達の来訪に心中で毒付く。
「・・・あの窓辺の娘が山門・・・だったな、閨秀?」
「あぁ。・・・あいつの見舞いに?・・・済まねぇな、気を遣わせて」
「いや。私がこの手で直接助けたというのもあるし、当時の彼女の負傷具合も直に目の当たりにしている。
伝聞では順調に回復中とは聞いているものの・・・やはりこの目で経過を見たくてな。得世が転院するこの機会を使って・・・と言った所だ」
「そうですか。・・・きっと撫子も喜びます。どうぞ、声を掛けてあげて下さい」
直に助けた少女の様子を心配していた不動の想いに、少女の親友でもある閨秀と六花は各々なりの感謝を言葉に込めながら彼を山門の下へ向かわせる。
見れば、山門はずっと顔を窓方向へ向けたまま。こちらへ顔を傾けようともしない。そんな彼女の様子に閨秀と六花は疑問を抱く。
「(撫子の奴・・・何で不動へ視線の1つもよこさねぇんだ?・・・まさか)」
「(殺され掛けた状況が脳裏に描かれる・・・所謂フラッシュバックのようなモノが起きないようにしている?撫子の『心頭滅却』でも、フラッシュバックは防げないのかも)」
2人が考えた可能性は、山門が『ブラックウィザード』に殺され掛けたあの状況を脳裏に思い浮かべてしまう・・・所謂フラッシュバックが、
不動との接触で起きてしまう可能性を山門自身が警戒しているのではないかということ。感情を抑制する彼女の能力『心頭滅却』でも、
フラッシュバック自体を完全に防げる保障は無い。そもそも、フラッシュバックが起きる時点で彼女の演算能力は乱れている可能性が大きいのだ。
「・・・まともに会話するのはこれが初めてだな。私は成瀬台高校2年不動真刺だ。・・・具合はどうだ?」
「・・・・・・」
しかしながら、声を掛けるよう一旦促してしまったために制止を掛けることができなかった閨秀達の懸念に気付くことも無く、不動は山門の下へ辿り着く。
まともに会話をするのはこれが初めて。故に、不動自身も少々緊張しながら救助した少女へ言葉を掛ける。
掛けるが返事は無い。それどころが、不動の視線から逃れるように更に顔を逸らす山門を見て六花や閨秀は何らかの言葉を放とうとする。
「・・・むっ!?」
その直前、不動は山門の“異変”に気付いた。彼女のすぐ近くに立ったからこそわかった“異変”を眼へ映した少年は、これまたすぐに行動を開始する。
「熱でもあるのか!?山門の顔が赤いぞ、閨秀!!」
「何っ!?」
彼が気付いた“異変”・・・それは山門の額や頬が赤く染まっていた事実。不動はそれを高熱の印と判断し、閨秀達も山門の顔へ注目する。
普段から無表情な彼女が顔を赤くするのは何時も病気を患っている時であった。無表情なために、山門が無理をしていても周囲は中々に気付けない。
幾凪が得意とする『表情透視』でようやく判明するくらい彼女は“クールビューティー”なのである。
よって、今回も怪我を端に発する発熱を疑い閨秀や冠が山門の下へ駆け寄ろうとする。
「どれどれ・・・(ピタッ)」
「ひゃう!!!」
「「「「「(『ひゃう』!!!??)」」」」」
だがしかし、熱の具合を確かめようと己が掌を少女の額へくっ付けた不動の行為に山門が花盛支部メンバー誰1人として聞いたことの無い可愛らしい声を放ったことでストップが掛かる。
今の可愛らしい悲鳴は何だ?誰が放ったモノだ?それは山門が放った声だ。あの“クールビューティー・ヤマトナデシコ”が?あんな可愛らしい悲鳴を?
等と言った疑問が次々に溢れて来る少女達を余所に、不動は高熱とまではいかないものの火照ってる少女の容態を皆へ示すように山門の肩を掴み、彼女を皆の方へ向かせる。
「高熱とまではいかないが、確かに額は火照ってるようだ。皆、何か心当たりはあるか?今来たばかりの私には皆目見当が付かん。看護師の方を呼ぶべきか・・・(ブツブツ)」
「・・・・・・ひゃう。・・・・・・ううぅ」
「「「「「(誰だ!!!??)」」」」」
驚愕。驚嘆。愕然。少女達の心情を表すならこれ等が正に相応しい。何故か。それは、不動に両肩を掴まれている少女・・・
“クールビューティー”と称される山門撫子が・・・顔を真紅に染めながら可愛らしい喘ぎ声を挙げながら瞳をグルグル状態にしていたから・・・である。
「し、心配いらねぇぜ。撫子も嬉しいんだろ」
「そうか?・・・ところで、何故お前達は一箇所に集まったんだ?わざわざ『皆無重量』を使って」
「ハハハ。細かいことは気にすんな。ハハハ」
「・・・?」
たっぷり数十秒は硬直した後に閨秀は『皆無重量』を発動し、自分の近くにある六花のベッド付近へ冠・篠崎・渚・羽瀬木・幾凪を集合させる。
抵部姉妹は何やら(食事中の)仮屋と話し込んでる様子だったので今回は無視した。食事中の仮屋の邪魔をするとヤバいというのを抵部から聞いていたこともあるが。
「(な、何だあの撫子の顔は!!?あんな表情今まで見たこと無ぇぞ、あたしは!!?)」
「(わ、私も美魁と一緒ですよ!!何ですか、あの可愛らしい悲鳴は!!?)」
「(さすがのアタイもビックリ仰天だわ。クールを気取ってる山門があんな顔をするなんてな)」
「(渚さん・・・これって・・・)」
「(・・・幾凪に聞いてみる方が早いかも)」
「(梳・・・『表情透視』で山門の今の感情を読み取れるか?)」
「(モチのロンです!!えぇとですね・・・)」
頭を突き合わせてヒソヒソ話へ移行する少女達の目下の興味は、山門が現在抱いている感情である。
ある予想は皆共通して抱いているのだが、『山門に限ってそれは無い』という認識もまた共通して持っている。
なので、表情筋から対象の大まかな感情を読み取る幾凪の個人技能『表情透視』の出番と相成った。
ようやく、冠の注目を引き寄せた幾凪はやる気満々で普段から中々に読めない先輩の感情を読み取るまたと無い機会をモノにしようとする。
「・・・平熱だな。確かに熱は無いようだ」
「・・・あぅ」
彼女へ渡し、計らせた体温計の数字を見て熱が無いのを確認する不動に目が泳ぎまくりの山門の顔は未だに赤いままだ。
感情の暴走。抑制の効かない表情筋が少女の心情を幾凪へ伝える。1分後・・・『表情透視』を終えた幾凪は閨秀に要請し、取って貰ったレポート用紙へ筆を走らせる。その結果・・・
「『体や心を焦がす程の熱を抑え切れなくて、本人が一番右往左往している。これは、もしかして♪もしかしなくても♪
そう・・・ズバリ!!恋という名の灼熱模様だあああぁぁぁっっ!!!』・・・だそうよ、香織?」
「不動さんに命を救って貰いましたからね。でも、あの山門先輩が・・・失礼ですけど全く予想していませんでした」
「・・・そういえば、最近撫子はずっと上の空状態でしたね?まさか・・・そのような淡い想いを抱いていたとは」
「あの撫子が・・・恋・・・・・・か」
「でもでも、『表情透視』で読み取った限りどうやら山門先輩は自分の想いを全然理解できていないみたいなんですよね」
「理解できていない?」
「そうなんです、冠先輩。感情を抑圧し、頭で理解できても心で感情を理解することができていなかった山門先輩だからこその問題なのかも・・・。
あの表情筋の動きと今まで私が蓄積して来た経験を元に先輩が不動先輩へ恋心を抱いているっぽいことまではわかったんですが、
他にも色んな感情が混ざり合ってるというか・・・そのせいで、まともな言葉も放てないようで。『表情透視』は大まかにしか把握できませんから確実なことは言えませんけど」
「その割には、恋って決め付けてんじゃねぇか。アタイも驚きの豹変振りだわ、このレポートでのテメェの口調」
どうやら、山門が不動に淡い想いを抱いてることが判明した。彼女の場合、これを恋と称していいかどうかは本当の所はわからない。
何せ、今までずっと感情を抑圧した上でそこへ『心』を傾けようとしなかったのだから。故に、彼女には性自認というモノさえ存在しなかった。
そう・・・これは本当の『初恋』。『恋』というモノを全く理解していない少女が異性へ初めて抱いた制御不能・理解困難な感情なのだ。
「・・・まぁ、元気そうで良かった。なら、そろそろ私達はお暇しようか」
「ッッ!!!」
「得世もそろそろ帰っているかもしれん。・・・昼食中の所邪魔をした」
当たり前ではあるが、女性陣の思考や感情などさっぱり理解していない不動は山門の具合を確認できたこともあり部屋を後にしようとする。
元々は界刺の見舞いが目的である。今後の行動―『外』への外出―について話し合っておきたいという事情もある。何時までもここに長居はできない。
「(ま、まずいぞ!!このままじゃ不動が帰っちまう!!)」
「(撫子のためにも、ここは私達が一肌脱がなければ!!)」
「(な、何だか私もドキドキしてきました)」
「(私もよ、香織。何たって、あの山門先輩が・・・だもん。これでドキドキしない方がおかしいってモンよ)」
不動の発言を聞いた閨秀と六花は、どうにかして不動をここへ足止めする方策を見出すべく話し合う。
その隣では篠崎と渚が心中に湧いて来るドキドキ感を持て余す様に各々なりの言の葉を紡ぐ。
「では!」
そうこうしている内に、不動が山門のベッド付近に備え付けられていた丸椅子から立ち上がり、少女へ背中を向けた。
このまま歩を進め、仮屋を引き連れて界刺の病室へ戻る。閨秀達がこちらへ妙な視線を向けているのが気になったものの、今はやるべきことがある。
そう考え、山門の視線が己の背中に向けられている感覚を感じながら不動は花盛支部メンバーが入院する病室を後にする第一歩を踏み出そうとした・・・
ニギュ
が、自分の服の裾を掴む少女の弱々しい力を感じ取り踏み出そうとした足を止める。振り返ると、
頬を赤く染めた少女が俯きながらもしっかり不動の服の裾を右手―怪我のために包帯を巻いている―で掴んでる姿があった。
背中に視線を向けていた筈の少女は今不動を見ない。振り返ってることに気付いている筈なのに、それでも頑なにオーバーベッドテーブルにある食事から視線を上げない。
不動から見えるのは裾を掴んでいない左手が握り拳を形作りながら震えていること、そして山門の唇が声無き言の葉を紡いだ姿。その動きに不動は覚えがあった。
「(『お父さん』・・・か。そういえば、助けた時にも言われたな。全く、私は父になれる年齢では無いというのに)」
『お父さん』。不動の目にはそう映った山門の鮮やかなピンク色の唇の動き。以前彼女を旧型駆動鎧の砲撃から守った時にも聞いた言の葉。
あの時は血の流し過ぎのためだと思っていたのだが・・・2度目ともなると話は違ってくる。これは・・・もしや・・・
「(花盛学園はお嬢様学校の1つだったか・・・成程。もしや、彼女はスプーンやナイフ以外の食器は持ったことが無い人種なのかもしれんな。
水楯と言い閨秀と言い抵部と言い、私が知る花盛生は誰もがお嬢様と呼び難いタイプだったことは否めん。それが、花盛生に対する妙な先入観になっていたか。
『お父さん』と2度私へ向けて放ったことから察するに、山門は学園都市に住む学生特有のホームシックに掛かっているのか。
寮生活というのは、お嬢様にとっては相当苦痛なのだろう。【叛乱】のせいで重傷を負ったことで、余計にホームシックに拍車が掛かってしまっているのか。・・・ふむ。止むを得んか)」
という思考を経て、不動は山門がホームシックに掛かってしまっていると判断した。いくら『表情透視』を持つ幾凪が居たとは言え、
ここまで女性陣と判断が乖離してしまっているのは全て不動の朴念仁さに原因があると言っていいだろう。
最近は『シンボル』以外でも様々な女性と接することが多くなったが、元々は男子校に通う学生である。然程女性特有の心理を読むことには長けてはいない。
「・・・ふぅ。昼食中の所を邪魔した私にも責任はあるな。・・・今回だけだぞ?」
「えっ・・・?」
「1日も早く元気になるためには、十分な栄養補給が必須だ。その手では箸を持つことも辛いだろう。私が食べさせてやるから、食事を再開するぞ」
「ッッッ!!!??」
よって、『少女へご飯を食べさせてあげる』という今回の行為についても特段妙な感情は抱いていない。
唯々ホームシックに掛かったお嬢様の世話をするという思考で今の不動の脳内は占められているのだ。
「よしっ。これで準備はできた」
不動は手際良く食事再開の準備を終える。自分達の見舞いのでいで食事が冷めてしまっている状況に若干申し訳無さがあるが、
そのためにもだて眼鏡の少年は山門の手の代わりになることで言葉に出さない彼女への謝罪とする。
「まずは白米からだな。ほら・・・ア~ン」
「・・・・・・」
「どうした?食べないと元気になれないぞ?ほら・・・ア~ン」
「・・・・・・・・・・・・(パクッ)」
「よし。その調子だ」
「・・・・・・///」
不動が器用に箸を用いて山門の口へテンポ良く食べ物を運ぶ。時折飲み物を与えながら、まるでお嬢様に仕える人間が主君へ食事を運ぶかのように不動は黙々と己の為すべきことを為していく。
余程恥ずかしいのか最初は口を開かなかった山門も、少年のテンポの良さに乗せられるかのように次々に食べ物を喉へ運んでいく。
その過程で、ようやくまともな会話能力が戻って来た少女はボソボソ声ながらも不動と会話を交わしながらゆっくり食事を楽しむ。文字通り楽しげな『微笑』を浮かべながら。
「(す、すげぇ!!!不動の野郎、撫子の気持ちをすぐ察するとは・・・そんじょそこらの野郎共とは一味も二味も違うな!!)」
「(ど、どうですかねぇ。『表情透視』で見る限り、不動先輩の方に『その気』は全く無いように見えますけど)」
「(も、もし察していなくても可能性は十分にあることは今回のことでよーくわかりました。そもそも、撫子が恋するなんてことが現実に起こり得ることが世紀の大発見級の驚愕です。
美魁!皆も!これは、私達皆の力で感情方面が未発達な撫子をフォローする必要があります。いいですね?)」
「「「「「(コクッ)」」」」」
再びヒソヒソ声を交わす花盛支部員は、仲間の『初恋』を応援する決意を固める。自分達の中で一番『恋』から遠いと思われていた山門の『初恋』。
これは絶対に成就させてあげたい。彼女の感情方面へ様々な気掛かりを抱いていた花盛支部メンバーだからこそ、この気持ちは途轍も無く固い。
「・・・ふむ。何時如何なる時も感情を平静に保つ『心頭滅却』・・・か。少し羨ましいな」
「羨ましい・・・です、か?」
「あぁ。恥ずかしながら、私は他人に煽てられまくると途端に狼狽してしまうんだ。だから、少し羨ましい」
「・・・そういうモノですか」
「少しだけだがな」
「私は・・・真刺さんのような戦闘能力が羨ましいです。あの時、私は本当に無力でしたから」
「ふむ。まぁ、こればかりは天が与えた才能だからな。私にも何とも言えない。撫子の『心頭滅却』そのものは電波で脳波へ干渉する“手駒達”相手でも有効だった可能性はあるが・・・」
「レベル3以上の能力には干渉を受けてしまいますから・・・ね。・・・すみません、こんな愚痴をあなたに・・・」
「いや、構わない。心の中に溜まっているモノを吐き出せる機会はそう多くない。その数少ない機会になれたことに、私は誇りを持っている」
「真刺さん・・・」
「・・・喉は渇いていないか?これだけ話すと喉も渇くだろう。遠慮は要らないぞ?」
「・・・大丈夫です」
食事も終わり、身の上話等で会話を繰り広げている不動と山門。本当は食事が終わればさっさと退室するつもりだった不動なのだが、
閨秀達が『山門撫子にもう少し付き合って欲しい』というのでこうやって留まっている次第である。彼女達の促しもあり、不動と山門は互いに下の名で呼び合うことにもなった。
ちなみに、自分と同じ見舞い客である仮屋は何をどういう風に話を持って行けばそうなるかは不明だったが莢音が見守る中で抵部と共に部屋の隅で張り手の練習をしていた。
「・・・では、今度こそお暇させて貰おうか。いい加減得世の奴も帰って来ているだろう。いくぞ、仮屋!」
「OK~」
とは言え、さすがにこれ以上ここに留まっているわけにもいかない。自分達にも色々事情があるのだ。
「また見舞いに来ることもあるだろう。それまでには、もっと良くなっていることを願っている」
「あっ・・・」
不動が丸椅子から立ち上がり、山門へ背中を向ける。その後姿に・・・やはり山門は強く心を揺さ振られる。
かつて幼少期に幾度も見ていた父親の背中。様々なモノを背負う漢の背中。自分を救った男の後姿に、山門は幾度目かの在りし日の父の姿を重ねる。
「(なん・・・だろう?この気持ちは・・・『心頭滅却』で抑えようと微塵も思わないこの感情は・・・一体なんだろう?)」
湧き上がる感情は、無意識的にでも感情を抑圧することを旨とする彼女本来の在り方であればとっくの昔に心の底へ沈んでいた筈だ。
精神系能力『心頭滅却』を使えば、意識的にでも正体不明のこの感情を抑えることができた筈だ。
しかし・・・彼女は・・・不動真刺と出会った花盛支部所属風紀委員山門撫子は、無意識的にも意識的にも心を強く揺さぶるこの想いに蓋をしようとは全く思わなかった。
「(わからない・・・わからない・・・真刺さんにお父さんを重ねる意味もわからない。でも・・・でも・・・でも・・・それでもわかるのは・・・)」
思考はグチャグチャ。感情もハチャメチャ。“クールビューティー・ヤマトナデシコ”と称される彼女らしくない有り様に己自身が支配される中で唯一“わかった”のは・・・
「(離れたく・・・無い)」
別れの拒否。不動真刺とこのまま離れたくないという我儘。理性的思考を常から行う彼女を知る者からすればおよそ驚愕モノな想い。
この想いが単なる我儘なのか・・・はたまた別の代物なのか・・・それは今の少女にはわからない。
「(離れたく無い!!!)」
わからないからこそ、荒れ狂う焦燥感に圧されるかのように山門はもう一度不動へ手を伸ばす。彼の背中へ・・・一度は届いた手をもう一度伸ばす。
ズキッ!!!
「ウッ!!!??」
途端に、負傷した脚から結構な痛みが迸った。山門が負った怪我の中で一番重い両脚の負傷。それは、未だに完治していない傷。
布団に脚を入れていることで不動に見せていなかった―事ここに至っては“見せたく無かった”―傷が、手を伸ばそうと前のめりになっていた少女の体勢を崩す。
「キャッ!!!??」
「ッッッ!!!」
己の過ちに気付いた時にはもう遅い。山門は脚から発した痛みによって体勢を崩し、ベッドの上から前のめりに倒れそうになる。
オーバーベッドテーブルの端にあった飲み物用の容器や水が入った容器も巻き込んで。不動の前で犯した自身の失態に瞬間的に激昂する少女へ・・・
数瞬前の山門の呻き声に反応し体を振り向かせている最中であった漢の逞しき腕が突き入れられる。
ガタン!!!
複数の容器が同時に床へ激突する。幸い水びたしになることは無かったが。そして・・・
「だ、大丈夫か?」
「は、はい・・・」
間一髪落下しそうになった山門を中腰になって抱き抱える―所謂お姫様抱っこ―ことに成功した不動は、少し後れて扉を開けた後に切迫した声を挙げる少女の声を耳にした。
聞き覚えがある声ではあったが、今はそちらへ意識を振り向ける暇は無い。今為すべきことは、受け止めた少女に大事が無いかを確認することである。
「あ、ありがとう・・・ござい、ます・・・///」
頬を朱に染める山門の声を受けて、不動は彼女に大事が無かったことを確認する。よって、ひとまずの安堵の吐息を吐き掛けた少年は、
山門の状態を気にしているであろう花盛支部の面々等へ彼女に大事が無いことを伝えるために完全に立ち上がった後に視線を彼女達へ向けた。
「心配無い。撫子に怪我は無い・・・・・・」
その先に居たのは確かに花盛支部のメンバー等ではあった。あったのだ、そこに今まで部屋に居なかった男女1組がこちらへ視線を向けている姿があった。
「真刺・・・」
1人は自分の親友であり、『シンボル』のリーダーを務める少年界刺得世。不動(達)がこの病院へやって来た本来の目的である彼は、
現在進行中でだて眼鏡の少年へ意味ありげな視線を送ってくる。だが、不動が最も強烈な視線を感じたのは、彼が押す車椅子に座る少女が発する凄まじい視線であった。
「『撫子』・・・・・・だと?」
殺気さえ込められていると錯覚してしまう程強烈な視線を不動に向ける少女の名は
破輩妃里嶺。【叛乱】によってこの病院へ入院している159支部リーダーを務める彼女が、
山門を下の名である『撫子』で呼んだ不動に酷く冷め切った笑みを浮かべながら迫って来る。その理由に視線を向けられる朴念仁不動真刺は・・・残念ながら全く気付いていなかった。
continue…?
最終更新:2014年01月08日 21:28