「何というか災難だったね。君達にしろ彼女にしろ」
「は、はぁ・・・」
「荒我君。ちゃんとお礼を言わないとでやんす」
「あっ!ど、どうもさっきはありがとうございました」
「何だかたどたどしいね。敬語や丁寧語を使うのは余り慣れていない感じなのかな?」
病院の休憩室に設置されている椅子に座る影が4つある。先程発生した喧騒とは打って変わって静寂が場を支配しているそこに居るのは少年3人と男性1人。
少年達はもちろん荒我・梯・武佐の“不良”3人組。彼等は意図的では無いのだが偶然遭遇した
毒島帆露という少女の発作を引き起こしてしまった。
状況的に第三者から変な誤解を受けかねない状態だったそこへこれまた偶然通り掛かった男性の説明もあって何とか看護師達に身の潔白を証明することに成功した。
「す、すまねぇっす」
「荒我兄貴。そういう時は『ごめんなさい』か『すみません』だよ」
「うっ・・・」
「ハハッ。いいよいいよ。別に僕はそこまで気にしていないから。普段通りの話し方で構わない」
少年達の前で笑う男性・・・荒我達を救った若々しい風貌を保つ
風輪学園校長
風輪縁暫は事の成り行きについて心中で興味をそそられていた。
荒我の腕の中で暴れていたあの少女は、風輪の大騒動を裏で操作していた身として全くの無関係というわけでは無かった。
いや、いずれ始めようとしている『第二ゲーム』においてあの無能力者狩り集団は重要な駒になる予定だ。
故に、普段なら見向きもしない“不良”とこうして会話を持っているのかもしれない。わざわざ本来の『目的』を果たすための歩みを止めてまで。
「そういえば、君達はどうしてこの病院へ?見た所3人共至って健康なように見えるが」
「つ、付き添いっすね。えぇと・・・」
「僕は生徒の様子を見に来たんだ。これでも教師なのでね。生徒の状態や自分の健康にも常に気を配っているよ」
「そ、そうっすか」
「・・・・・・どうだったかな?」
「???」
とはいえ、何時までもダラダラと会話を続けるわけにもいかない。時間は常に有限である。その上、このリーゼントの少年は何処かあの駄駒を思い出す雰囲気を纏っている。
“喧嘩王”などと持て囃され、能力開発に情熱を注がず、風輪の『順位制度』を単なる『差別』としか見做していないあの役立たずの息子に。
「僕もこの病院へ来るのは今日が初めてだったが・・・想像以上に悲惨な場所だ。各人にどのような事情があったかは知る由も無いが、共通するのは悲惨という名の『隔離』だ」
「『隔離』・・・」
「誤解を恐れずに言うのなら、社会から弾き出された者達の縮図か。健常者を社会を過ごす者とするならね。この病院を頼る者達は、一先ずここで何かしらの安心を得るだろう。
だが、それは根本的な解決には至らない。社会から弾き出されたのなら、いずれ社会へ復帰するための足掛かりを得なければならない。
精神病院へ『隔離』された者達は、自らの努力によって悲惨という名の『隔離』を打ち破らなければならない」
「・・・!!!」
「能力開発にも似たようなことが言えるだろう。無能力者や低位能力者には、才能に全ての責任を乗せて自らの努力不足を否定する傾向を有するタイプが多く見受けられる。
超能力は才能依存であることの不変性は僕も重々承知しているが、それでも努力無くして成長など叶う筈も無い」
瞠目する荒我達に次々に己の思考を示す縁暫。彼は自身の勘から荒我達をスキルアウトもしくはそれに近い者達と見做していた。
風輪に数多く存在する“不良”を見て来た経験が、目の前の少年達を『学園都市の超能力開発から弾き出された落ちこぼれ(スキルアウト)』であると訴えて来るのだ。
「無論学力にしても・・・だ。自身の才の無さを嘆く前に、何故努力を常に継続する気が起きないのか。
『僕には超能力の才能が無いんです』、『私には数理を読み解く才が無いんです』などとばかり漏らし、努力を怠る者達を僕は何人もこの目で見て来た。・・・君はどう思う?」
「・・・・・・」
対して、風輪学園校長から突き付けられるかのように怒涛の言の葉を受け続けている荒我は、少しずつ、だが確かな反発心を己が心に宿し始めた。
眼前の教師を名乗る大人は、自分達のことを風貌等から“不良”と決め付けた上で言葉を放っているのだろう。自分とて“不良”と思われることについてとやかく言うつもりは無い。
『お前なら今からでも頑張ればどっかの高校に行けるって。この
斬山千寿が保障してやるぜ、拳』
しかし、荒我は知っている・・・否・・・経験して来た。“不良”と見做されてもおかしくない救済委員でありながら学園都市で5本指に入るあの
長点上機学園に通う兄貴を。
『荒我君。オイラ達、「
ブラックウィザード」から女の子を救えたでやんすよ』
『荒我兄貴にはまだまだ追い着けていないけど、いずれは本当の意味で肩を並べて歩ける日が来るって俺達信じてるよ』
【『ブラックウィザード』の叛乱】にて命を懸けて『ブラックウィザード』から1人の少女を救い出すことができたことに胸を張った舎弟達を。
『“為せば成る”!!!私は、この言葉でお姉ちゃんを救えた。結果を出せた。“ヒーロー”に・・・なることができた。貴方の言葉で私は今ここに居る』
数多の試練を潜り抜け、今も新たな試練を懸命に乗り越えようともがいてる彼女を。
『お、俺が・・・俺が・・・・・・成瀬台に合格!!!よ、よっしゃああああああああぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!』
何より、斬山の言葉を受けて猛勉強に明け暮れた結果
成瀬台高校に入学できた自分の生き様が縁暫の決め付け―荒我達を単なる“不良”と見做す―に反抗する。
『掌握者』が齎す『隔離』を打ち破らんがために。他の誰でも無い、風輪縁暫が自らの口で述べた通りに。
「確かに、俺もそんな連中一杯見て来たっすよ。俺も無能力者だったから、才能の無さに全部の責任を押し付ける奴等の気持ちも何となくわかるっす」
「・・・・・・そうか(無能力者・・・か。やはり、この少年も我が息子来のように・・・)」
「でも、俺は知ってる!!才能の無さを嘆いてた奴が苦難を乗り越えて確かな結果を出したことを!!
憧れる人間のために必死に努力した男達が1人の女の子を救い出すことができたことを!!
“不良”と蔑まれようが、『間違ってる』と言われようが自分の信念を貫いて学園都市有数の名門校に通う程の実力を持った人間を!!」
「(・・・いや、違う!?)」
「勉学も、能力開発も、何もかも!!諦めたらそこでシメーだ!!!無能力者!?低位能力者!?高位能力者!?超能力者!!?それがどうしたってんだ!!!
んな“お飾り”みてぇな文句だけで努力の価値が色褪せることなんて有り得ねぇ!!!無能力者が超能力者に努力の“濃さ”で勝てないなんて道理は無ぇ!!!
俺も無能力者だけど、勉学にしろ能力開発にしろ俺なりの努力をずっと継続してる!!あの時の・・・高校受験に合格した時味わったあの“喜び”を無駄にしねぇために!!!」
今度は縁暫が瞠目する番だった。荒我と呼ばれるこの少年は、己が不肖の息子風輪来(ふうりん らい)とは明らかに『違う』。
息子は『レベルなんて関係ない』と言い張り、愚かにも自身の能力すら忘却してしまった。能力者として努力する力を失ってしまったのだ。
他方、荒我は無能力者という現実から目を逸らさずに努力を継続していると言う。『無能力者が超能力者に努力の“濃さ”で勝てないなんて道理は無ぇ』と豪語する程の自負を彼は有している。
「オッサン。アンタに俺の大好きな言葉を教えてやるぜ」
「・・・何かね?」
予感がする。良い予感が。善い予感が。喜ぶべき予感が。これ程の期待感を抱いたのは、現風輪学園第一位以来か。数年前に第六位と雨の中会話した時にも抱かなかった感覚。
当初は想定以上の長話に至らないように敢えて荒我達の機嫌を損ねるような内容をぶつけていた風輪縁暫は確と耳にする。
「“為せば成る”!!!努力は嘘を付かねぇ!!!それだけの“意味”を俺に伝えてくれるからな!!!」
『“為せば成る”。努力すれば物事は必ず実現する。皆。これだけは覚えていて欲しい。努力は・・・嘘を付かないよ?』
かつて、小学校教諭だった頃教え子に常に説いていた座右の銘を。今の自分へ僅かな“棘”となっていることに自身ですら気付いていない『原点』足る言葉を。
「・・・・・・」
縁暫は歩く。只管歩き続ける。荒我達はあの後付き添っている人間の下へ向かった。なので、今は風輪縁暫唯1人である。
「(『課外交留活動』の選抜期限はもうすぐだったか・・・とりあえず1人追加だな)」
精神病院を抜け出し、向かい側にある病院へ向かう風輪学園校長。本来の『目的』を果たすために足を動かし続ける彼の表情は・・・『笑み』であった。
「(最近明知に面白い事例を有した生徒が現れたな。『幻想御手』を契機に無能力者から脱却を果たしつつある少女・・・。
あの事件の被害者全員について情報を集めていた甲斐があったというものだな。
とある高校の補習等から得た片鱗(じょうほう)からすると、『活動』までに更なる高みまで・・・)」
風紀委員会の面々が入院している病院の敷地に入って尚心の中で独り言を止めない男が考えるのは、風輪の大騒動とは別の『ゲーム』。
「(怪しまれないようにランダム性を残す必要があるとはいえ、やはりレベル4は何人か・・・。
長月学園の四天王はどれも空気の読めない連中ばかり。
1人でも呼び込めば芋づる式に他の3人が首を突っ込んで来る。そうなれば面倒なことになりかねない。
ならば、今回は国鳥ヶ原のレベル4・・・しかもスクールカーストの頂点に立つあの“酔いどれ陶然”を呼び込んでみるか。
噂に聞くあの男の思考は僕好みだし、奴なら風紀委員へ全面協力することもあるまい。『霞の盗賊』に縁の深い人間も『活動』付近へ呼び込めるように工作は必要か?
救済委員の方でも『風紀狩り<ジャッジハンター>』というグループが過激派から独立しつつあるようだし、風紀委員達の敵対勢力として他の無能力者狩り共々・・・。
そういえば、最近『暴食部隊』という無能力者狩り集団も行動を活発化させているようだが、あちらに関する情報は少ない・・・懸念事項の1つだな)」
『掌握者』が開催する風輪学園を中心とした『第二ゲーム』。それは、『第一ゲーム』とは比較にならない程の勢力が絡む【異変】。
「(何にせよ、風輪学園付近が活動拠点に選ばれた今回の『課外交留活動』を逃すわけにはいかない。『第一ゲーム』では、終ぞ第一位を動かすことができなかったからな
『第二ゲーム』・・・【君臨者の異変<チェックメイト>】では必ず彼を動かす状況を作り上げなければならない。そのためには『駒人形』が何人潰れても構わない。
現に黒丹羽は潰れた。過去にも潰した。責任は駒に押し付ければいいし、他校生やレベル4が潰れることに躊躇する必然性は無い。第二位以下のいずれかが更なる成長を果たせればそれはそれで良し。
果たせなくとも第一位が動けばそれで良し。・・・以前の騒動では念のために『彼へ情報を渡した』ことが仇となったが、今回は・・・)」
遂に本命が居る病院玄関を抜け、総合病院らしくだだっ広い受付の中を歩いて行く縁暫はそこで見た。見付けた。『目的』足る人物を。
今日この時を選んだ理由・・・『碧髪の少年が転院して来る』日を待って訪れた意味をようやく実感することができる。
「(故にこそ、『活動』へ僕が心血注いで育てた風輪第一位
吹間羊助に比肩し得る実力者を迎え入れる必要がある。その適任者をようやく見付けることが叶ったよ)」
【叛乱】において重要な役割を果たした成瀬台高校の生徒・・・校長のボディガードである女性の元警備員故の伝手等も利用し情報を精査した結果、どうしても『彼』と会いたくなった。
そうして今日この瞬間『彼』と対面することができた。彼が押す車椅子に159支部のリーダーが乗っていることも話し掛ける切欠としては好都合である。
「やぁ、破輩君。怪我の具合は如何かな?」
本来の『目的』―『
シンボル』のリーダー
界刺得世との対面―が叶った『掌握者』は159支部リーダー破輩妃里嶺へ話し掛けることを切欠に“詐欺師”の見分を行う。
果たして、界刺得世は吹間羊助のライバルになり得るか。最終結論が下されるまで、時間はそう掛からない。
「こ、校長。・・・ご無沙汰しています」
「そう緊張しなくてもいい。・・・そちらは?」
「えぇと・・・」
「成瀬台高校2年の界刺得世って言います。以後お見知りおきを、校長先生。んふっ」
予想もしていなかった母校の校長の登場に内心驚愕している破輩は、縁暫を前に変に緊張してしまう。
花盛支部の面々が入院している病室を後にした界刺・破輩・不動・仮屋の4名の内、後者2人は今後の行動を整理するべくお嬢様達が集まっているであろう界刺の病室へ向かった。
一方界刺と破輩は総合受付へと足を進めた。これから本日2回目の外出を行うと聞いて彼を見送るためである。
医師も相当呆れていたらしいが後数日もすれば退院することもあって許可が得られたらしい。当然破輩も呆れ果てており、実際『さっさと退院しろ』と言い放ったぐらいである。
「おぉ、君があの界刺君か!?君や『シンボル』の噂は色々聞いているよ」
「へぇ、どんな噂っすか?」
「まずは、以前我が校に通う
春咲桜君の件で色々迷惑を掛けたことかな。後、成瀬台をテロリストが襲った時に勇敢にも立ち向かったこととか」
「あぁ。でも、俺個人はどっちも大して活躍してないっすよ。前者はボロボロになって、後者はその場に居なかったですし」
「いやいや。謙遜することは無い。経過がどうあれ、君達のおかげで色んな人間が助けられたり救われたことは事実だ。君はもっと誇っても良いよ?」
「そうっすか。んじゃ、今度何か奢って下さいよ。もちろん金は校長持ちで」
「こ、こら界刺!!」
「構わないよ、破輩君。・・・そうだな、考えておくよ」
「了解っす。んふっ」
目上への態度とは思えない界刺の問題行動を破輩は慌てて嗜めるが、当の縁暫は然程気にしてないようだった。
むしろ、界刺の人となりを観察しようと一回り以上も年齢が下になる少年との会話を好んで続けようとしているようだった。
「時に、君はチェスを知っているかな?」
「えぇ、まぁ」
「そうか。かくいう僕も大好きでね。こうやって、常にチェスの駒を持ち歩く癖まで付いている始末だよ」
「(『チェスが好きそうなオッサン』・・・!!やはり、界刺が指摘した人物は・・・)」
もはや縁暫のお決まりとでも言うべきか、趣味のチェスについて界刺に質問する校長の言葉に“風嵐烈女”はある確信を抱く。
校長と面と向かって話す機会はそうそう無い。今後の捜査のためにもここで1つ予行演習的な勝負に打って出るのも悪くない・・・そう破輩は判断する。
「校長先生」
「うん?何かね、破輩君?」
「既にご存知だとは思いますが、今回のテロリストの一件にて我が校の生徒が自首をしました」
「・・・・・・」
「当初はテロリストの一員と供述していたのですが、後日の調査にて『テロリストに無理矢理命令されていた』と供述が変わりました。
その辺に関する彼女自身の記憶が曖昧というか・・・『精神干渉を受けた形跡がある』という事実も判明しております」
「成程。テロリスト達に精神操作をされていたというのが妥当か」
「・・・・・・思い出されませんか?」
「何をだい?」
「7月中旬に起きた我が校の大騒動・・・その折にも被害者達の記憶が殆ど奪われていた事実がありましたよね?」
校長へ向ける破輩の視線が厳しくなる。159支部リーダーとして、救済委員事件における春咲桜の処遇、風輪の大騒動における『アヴェンジャー』達への処遇、
更には【『ブラックウィザード』の叛乱】における風輪生中円真昼への処遇はいずれも相当に軽減された代物であった。
共通する“風輪学園に通う生徒”という要素は、学園側のトップである風輪縁暫への疑惑を深めるのに十分過ぎる程の意味を含んでいた。
「そのテロリストと我が校に何らかの関連があると?それは飛躍が過ぎないかね、破輩君?まぁ、確かに我が校の生徒が居た事実を考えると100%否定はできないがね」
「私が言いたいのは、最近起きた事件に関与した風輪生への処遇が必ずしも適当では無いのではないかということです」
「おいおい。君がそんなことを言うと、一厘君がすごく悲しむぞ?さっきあちらの精神病院で白高城君と楽しそうに話していたのを僕は目撃してる」
「一厘と白高城が!?」
「聞けば、2人は幼い頃からの付き合いだそうじゃないか。仲睦まじい間柄というのは、何時見ても微笑ましいものだ。破輩君。君は今の一厘君と白高城君の関係を崩したいのかい?」
「そ、それは・・・」
これが大人と子供の差か。はたまた歩んで来た人生という名の年季の差か。縁暫は優しい口調で、温かな内容で破輩の抗論を封じ込める。
「それとも・・・2人の関係を崩してでも突き止めたい“何か”があるのかな?この僕に直接学園への疑惑を尋ねてくるくらいだ。よければトップとして相談になろう」
「あ、あの・・・(ゴツン!!)・・・痛っ!!?」
「破~輩。お前、さっきから何言ってんの?まさか、自分トコの校長先生を疑ってんのか?俺みたいな“不良”に奢ってくれるかもしれない『優しそうな』人をかよ?あぁん?」
その上で逆に破輩を問い詰めに掛かろうとする縁暫を前に“『シンボル』の詐欺師”が動く。
『優しそうな』―『優しい』とは言っていない―校長先生を前に話を強引に切り上げるべく、年上の女性の頭に拳骨を見舞いながらお得意の話術を披露する。
「界刺・・・」
「たく、入院してボケたか破輩?何でテロリストと一介の学校のトップが繋がってるって発想になるんだ?バカじゃね?アホじゃね?校長先生もほら、バカアホって言ってやって下さいよ」
「・・・いや、仮にも教師である僕にそんな下品な口調は真似でき・・・」
「あぁ~。校長・・・今俺みたいな口調を『下品』って面と向かって言い放ちましたよね~。それって教師としてどうなんすか?」
「ぬ、ぬぬ・・・」
「・・・ハァ。破輩。今回の件と校長先生は繋がってなんかいねぇよ。風輪の騒動のことは知らねぇが、早計が過ぎるぜ?
似たような事例があったからって何でもかんでも繋げんな。んじゃ、校長先生に謝ろうな。俺も謝ってやるからよ・・・(グイッ)」
「(グイッ)・・・うぐっ!?」
「早とちりして申し訳ありませんでした~。はい、復唱!」
「は、早とちりして申し訳ありませんでした(界刺め・・・後で覚えとけよ!!)」
「・・・君達、どっちが年上なんだい?」
そのためなら、年上の頭を掴んで一緒に謝罪することに一切の躊躇いを見せない・・・と書けば格好良く聞こえるかもしれないが、
実際にやってるのは年上への敬意一切無しの強制謝罪である。破輩で無くとも額に青筋の1本や2本立ってもおかしくない。
「よしっ。これでバカでアホな話は終わり。そういや、校長先生。チェスがどうのこうのって言ってましたけど・・・」
「あぁ、僕はねチェスが大好きなんだ。本当なら誰かと対決して腕を高めたい所なのだが、生憎『僕と対決できる』指し手が居なくてね」
「はぁ・・・そりゃ何とも不便っすね」
強引に話を切り上げた“詐欺師”に思う所はあったが、それ以上に興味がそそられる話題を少年の方から切り出してくれたことを受け縁暫は素直に界刺の話に乗る。
破輩が向けて来た疑惑そのものは今回の【叛乱】を経た直後ならあってもおかしくない。逆に、無いほうが不気味である。
破輩妃里嶺はバカでもアホでも無い。風輪の騒動において黒丹羽が『アヴェンジャー』であることを突き止めた程の優秀な生徒である。
彼女との会話で負けるつもりは毛頭無いが、何かしらの考察材料を与えてしまわないとも限らない。とはいえ、
中円真昼の件は“本当に与り知らぬ代物”なのだが。
「よければ、君が僕と対決してくれないか?君なら僕と指すことができるかもしれない」
「はぁ・・・」
「『掌握者<プレイヤー>』というのは実に良いものだ。盤上を動く駒―『駒人形<ピースメーカー>』―を『掌握者』の思うが儘に動かすことができる。
様々な事件に関わっていそうな君になら、僕の言う感覚はわかるんじゃないか?君には『掌握者』としての才覚があるような気がするんだ。どうだい?」
まるで子供が親に自慢するように縁暫は『掌握者』の意義を界刺へ示す。第一位の吹間には縁暫とはまた違う『掌握者』としての才覚がある。
“傍観者”でありながら君臨者としての素質を持つ吹間は、非常に興味をそそられる人材であった。そして、この碧髪の少年にも『掌握者』としての才覚があると自身の勘が述べるのだ。
「悪いんですけど、俺ってばチェスは知ってるんですけどやったことは無いんすわ。『ストーリーオブセルフ・アス・ナウ』を自慢気に語る癖に、
自分じゃ全然実行できてなかった“ジョウレン”じゃあるまいし。アイツはリーダーって柄じゃ無いっつーか。補佐的役割が一番似合ってる、うん」
「常連?・・・何の話をしているのかね?」
だがしかし、碧髪の少年は『掌握者』からの誘いを心中においてではあるが・・・“鼻で笑う”。
「だから、俺にできるのはオセロくらいなんすわ。あれってわかりやすいでしょ?陣形なんか考えず、挟んだら取れるって至極簡単、とてもわかりやすいルールが俺好み。
『覚えるのに1分、極めるのに一生』らしいけど、別にそこまで入れ込むこと無く遊べるのがグッド。
特に、『白』と『黒』が描かれている部分が好き。人間関係にも適用できそうな要素だしねぇ」
「・・・君は『白』と『黒』のようにハッキリ分かれてるようなモノが好みかな?正直僕は『白』や『黒』などのように人間を分けることに抵抗感があるんだが。
子供に物事を教える教師の仕事に好き嫌いがあってはいけない。『白』でも『黒』でも関係無く物事を教えるというのが教師足る役目だ。
無論結果が出せないのならば教師も一緒になって更なる努力を積ませるし、結果を出したのならばその努力を正当に評価するがね」
「いんや。違う違~う。名門風輪学園のトップでオセロより難しそうなチェスが大好きなのに『掌握者』としての察しがイマイチっすねぇ・・・校長先生?」
「ほぅ・・・ならば君の意図を聞こうか」
「オセロの石って両面が『白』と『黒』になってるじゃないっすか。んで、黒面の石を白面の石で挟めば『黒』は『白』に裏返る」
「・・・成程な。人間とは置かれた環境次第で『白』にも『黒』にもなる・・・ようは、そんな性質をオセロの石及びルーツと同一視しているというわけ・・・」
「本当に察しが悪いな、『チェスが好きそうなオッサン』。石に存在する黒面と白面は横から見たら均一になってるだろ?『白』と『黒』が同じ割合でさ。
つまり、ソイツが心の底から望めば『白』や『黒』だけじゃ無く『灰色』にもなれる。そんな性質を人間は持っている。
なぁ、オッサン。アンタ、本当は俺なんかより『白』と『黒』の分けってヤツに拘ってんじゃねぇの?俺の言葉から『灰色』思考が出て来ない時点でさ。ハハッ!」
「・・・!!!」
気に入らない。風輪学園校長風輪縁暫が気に入らない。『灰色』思考を好む界刺得世にとって『白』と『黒』―結果を出す=『白』=努力充足。結果が出ない=『黒』=努力不足の構図―に拘るこの大人は。
救済委員事件の過程における春咲桜や【叛乱】の過程において
臙脂勇と出会って、『世界が不平等に分配した結果』に苦しむ人間が結果を出せない理由を幾つも見た碧髪の少年は、
仮屋と共に風輪の騒動を見学した際に『光学装飾』にて見た校長の姿や、今の『掌握者』等の発言から直感的に眼前の大人が自分なんかよりも『白』と『黒』の選別に拘っていることを悟る。
「後さ、俺ってアンタの言う『掌握者』なんてモンに全然興味無いっすわ。今回の大怪我で悟った悟った。俺には盤上の駒を思うが儘に動かす才覚は無い」
「・・・そうか。それは残念だ」
「その代わり、俺はアンタが提唱する『掌握者』なんてモンよりもっと価値のあるモンをもっともっと追求していこうと思うようになった。んふっ」
「ほぅ、もしよければ後学のために教えて貰えないかね・・・界刺得世君?」
縁暫の思考に同調する部分は確かにある。自分も無能力者・低位能力者の甘ったれた戯言を許容するつもりは無い。
それでも、界刺は現時点では縁暫の思考と自身の思考は相容れないと判断する。その証明として、少年は盤上の駒を思うように動かせると“錯覚している”大人に明言する。
「『自発者<サポーター>』・・・俺は今後『自発者』を追求していくよ」
『シンボル』に参加する者達を称する言葉・・・『己が意志で、責任で、信念で世界に馳せる者』として、
『掌握者<プレイヤー>』でも無く『駒人形<ピースメーカー>』でも無い在り方を界刺得世は追い求めて行く。
「『自発者』・・・サポーターか。ふん。何を大層に言っているのだ、あの男は。つまりは、第三者的立ち位置に固執するというだけではないか。
そう考えると、吹間との共通性も無くは無い・・・か。まぁ、能力戦闘における実力は相当なモノだろう。予定通り・・・」
「不機嫌ですね」
「あぁ、不機嫌だね。あの小僧・・・この風輪縁暫に小癪にも説教をかますとは。まぁ、その度胸は誉めてやろう」
黒色の高級車で供の女性ボディガード相手に不機嫌を隠さず今日起きた出来事について話し続ける縁暫。
精神病院で出会った荒我の説教は腹が立つどころか喜びさえ感じたというのに、界刺の説教を受けた後ではその喜びも霧散してしまった。
「・・・フッ。あの小僧に『掌握者』の何たるかを骨の髄まで刻もう。第三者的立ち位置に固執するあの男の胡散臭い笑みを今度の【異変】で剥ぎ取ってくれる」
凄味さえ感じられる程の深い笑みを浮かべる茶髪の大人は、自身に説教をかました少年が追及する『自発者』の下らなさを知らしめるべく策を練り始める。
そんな縁暫だからこそ気付かない。『自発者<サポーター>』は決して第三者的立ち位置を示す言葉では無いことに。
界刺得世と
白雪窓枠の会話に出た天秤話を知れば自身の過ちに気付けたかもしれないこの履き違えに当の本人が気付くのは・・・【異変】の最終段階まで待つこととなる。
「らしくねぇな、破輩。あんなこと言ったら逆に問い詰められることくらいわかってたろうが?」
「・・・わかってたさ。だが、校長を相手取るなら危ない橋の1本2本は渡らないとな。あれは今後に備えての予行演習のようなモノだ。
しかしまぁ・・・ガチで闘るのは今回が初めてだったがあの大人は・・・ヤバいな」
「・・・あぁ、ヤバいな」
縁暫が去った後受付の端っこに移動して先程の問答について意見を交わす界刺と破輩。少年としては少女が迂闊な行動を取ったことに対してもう少し文句を言おうと思っていたのだが、
彼女の体が僅か震えていることを認識して思い留まる。彼女はきっとこう考えてるだろう。『これが権力を持った大人を相手にする時の後ろ盾を持たない子供が抱く恐怖か』・・・と。
「話し振りとしてはお前と似てると思ったが、あの大人の方が数倍ヤバい。私が突っ込んだ時がその表れだ」
「どうせ、痛い所を突けばこっちも痛い所を突かれるリスクが顕現しても態度や口調から何かしらの情報が得られると思ったんだろう?」
「あぁ。だが、あの大人は激昂も狼狽もしなかった。優しそうな笑みを浮かべ、温かな口調で相手の息の根を止めようとした。
お前のような胡散臭さの方がよっぽど良いと思った瞬間は、本当に自分の頭がおかしくなったかと思ったよ」
「酷ぇ言い草~」
「事実だろうが」
破輩は実感する。これまでになく強く実感する。今後自分達が相手取るであろう風輪縁暫の恐ろしさを。学園を敵に回すことの怖ろしさを。
「まぁ、お前の助け舟については感謝する。だが、何故あんな挑発をしたんだ?あれでは・・・」
「『チェスが好きそうなオッサン』に睨まれるってか?んふっ、心配後無用。あのオッサンが入院という“居場所が限定されている”このタイミングで俺の前に姿を見せたことで、
とっくの昔に俺はロックオンされてたことに気付いたよ。一体何が狙いでどう動いて来るのやら」
「ッッ!!!」
「やっぱ桜の件が切欠かな。あのオッサンについては余り良い噂は聞かなかったけど、こりゃ本格的に巻き込まれるかな? “英雄(ヒーロー)”はこれだから面倒臭いよね。
まぁ、だからあんだけ言ったのさ。俺なりの宣戦布告ってヤツ。『俺や破輩達をあんま舐めんじゃねーぞ』ってね」
「お前という奴は・・・」
破輩の感情入り混じる表情にあくまで不敵な笑みを浮かべる界刺。どうせ、【叛乱】が終わって以降に何らかの面倒臭いことが起きると思っていたのだ。特段驚きや困惑は無い。
「風輪生の罪状軽減の件だけど、少なくとも【叛乱】とあのオッサンに繋がりは無いと思うぜ?桜の件はわからんけど、桜ん家の親のこととか考えたらこっちも違うかもな。
もしかすると、オッサン的に桜の件と【叛乱】は誤算なんじゃね?目立たないように風輪の騒動のみ罪状軽減策を適用する筈だったのに、
予定外な事件が2つも発生しやがったみたいな?しかも、自分の知らない所で怪し気な工作が行われた結果、自分への疑いが発生するような事態になっちまった的な?」
「確かに、こうも罪状軽減が立て続けに起きれば誰で無くとも怪しむのが自然だ。・・・・・・関係無い2つの事件が今回の命拾いに繋がるのなら私は複雑だよ。・・・本当に」
「・・・西島の件は下調べ段階でいいからできるだけ早く動いとけよ。後々に活きるかもしれねぇ。
唯、今の段階から本格的な調査は色々メンドイから鈴音が『外』から帰って来てからな」
「あぁ、わかった。何かわかればこちらからも連絡しよう」
「了解。俺の方も可能な限り情報を伝えるよ」
「おぅ。・・・済まないな、界刺。風輪(ウチ)のゴダゴダにお前を巻き込みそうで」
「・・・んふっ。まっ、腐れ縁ってヤツだろうさ。こういう縁は大事にしておいて損は無い。俺も【叛乱】で破輩の示した覚悟に・・・応えたいしさ」
「私も校長に見せたお前の覚悟に応えるよ。・・・必ず」
こうして互いの覚悟を確認しあった後に、破輩の見送りを背で受けながら界刺は病院を後にする。少女は少年の外出目的を敢えて聞かなかった。
彼には彼の目的や目算があるのだろう。なら、それについてどうこう言っても仕方無いこと。彼は一度決めたら最後までやり抜こうとする男だ。
故に、少女は仲間が待つ病室へ戻るために車椅子を走らせる。今後自分達を待ち受ける展開に備えて、一刻も早く準備を万全にせんがために。
「出て来た」
双眼鏡を片手に総合病院の玄関の様子を遠方から探る銀髪の少女が居た。彼女の最近の行動は、ニュースで見た『シンボル』に所属する碧髪の少女の姿と名前を認識した日から始まった。
「あれが、『シンボル』に居る“変人”・・・か」
ある伝手から自身が憎む碧髪の少女にとって、よく絡む碧髪の少年―『シンボル』のリーダー―が非常に大事な存在らしいことを知った銀髪少女はすぐさま行動を起こした。
“亡くなった兄の一件”に関わる裁判にて碧髪少女の名前や所属校は判明していた。ならば、何故銀髪少女は恨みを晴らすべく速攻で元凶の下へ向かわないのか?
「・・・大丈夫。私はずっと能力を磨いて来た。憎き仇と同じ系統だったとしても妥協はして来なかった。
参加者にキッチリ金を分配する無能力者狩り集団とかで経験も積んでる。大丈夫よ・・・大丈夫よ、私!」
1つは当時の自身のレベルが低かったから。復讐を果たすために向かって返り討ちを喰らってしまっては話にならない。だから、ずっと努力して来た。
第三者から『間違った努力』と言及されても構わない。そう考え、傭兵まがいの仕事をしてでも必死に実力向上に努めて来た。
「今度こそ同情なんかしない。しないったらしない!兄さんの仲間に再び襲われたって聞いた時に抱いた同情心を今度は抱かない!私が・・・『私』に抱かせない!!」
もう1つは同情。順調に能力が伸び、そろそろ復讐に動こうとしていた時に飛び込んで来た兄の仲間達が起こした愚行。
その顛末を聞いて、同じ女性として不覚にも―当然の感覚として―碧髪少女に同情してしまった自分に戸惑い、今の今まで復讐への行動を起こすことができないでいた。
『対峙した時、私は仇に同情してしまうのではないか?』という不安がずっと付き纏っていたのだ。
「動いたら後戻りはできない。・・・・・・でも、ここで動かなかったら私の今までが全て意味を無くしてしまう!!」
だが、先日の『シンボル』の活躍とそこに居る仇を見て銀髪少女は覚悟を決めた。ようは、同情心すら湧かない程あの仇が自身へ攻撃を仕掛けてくればいいのだ。
そうすれば、対峙した時に自分も余計な感情が湧き出す余裕も暇も無い・・・筈だ。そのための手段が兄を殺した―正当防衛―憎き仇・・・
水楯涙簾が大事に想う人間への強襲。
「私と同じように大切なものを奪ってあげれば、あの殺人鬼も私の悲しみや苦しみがわかるのかしら・・・・・・」
『シンボル』のリーダーが病院の敷地から外へ出たことを確認した銀髪少女・・・
霧流寿恩(きりゅう じゅおん)は昔味わった悲しみを仇へ与えるべく双眼鏡を片手に駆け出す。
【『ブラックウィザード』の叛乱】が『シンボル』へ齎した弊害が、刺客という形で今まさに顕現しようとしていた。
continue…?
最終更新:2014年01月20日 00:56