「筋肉の神に・・・礼!!!」
「「「「「(ペコリ)」」」」」

“覇王”の豪快な声を受け、筋肉を愛する男達はピンと背筋を伸ばした後に深く一礼する。

「筋肉の女神に・・・礼!!!」
「「「「「(ペコリ)」」」」」

再の“覇王”の命により、先程とは違う方角へ深々と一礼をする者達の中に映倫中のジャージを着用した林檎も居る。
初めて『筋肉探求』に参加することもあり勝手がわからない故の緊張に少々震える体を叱咤しながら周囲の男達の動きを真似る。

「“筋肉の覇王”に・・・礼!!!」

“覇王”の傍に控える寒村が吠えた後に、『筋肉探求』の主催者緑川強へ敬意を示すように受講者達が彼へ向け頭を下げる。
林檎以外の男達全てが上半身裸となっており、暑さと熱気により噴出した汗球が夕日の光に染まった姿はまるで宝玉の如き輝きを見る者達極々一部に印象付ける。

「では・・・これより『筋肉探求』を開催する!!!」

いよいよ開催される『筋肉探求』。講師足る緑川を含め皆一様に真剣な表情を浮かべ、これからの鍛錬へ思いを馳せる。
異様とも形容できる熱気と雰囲気に受講者以外の人間も呑まれている中、満を持して“覇王”の号令が放たれた。

「まず、夏休み恒例のラジオ体操から始める!!俺の掛け声に呼吸を合わせるのだ!!腕を前から上へ上げて、大きく背伸びの運動から!!イチ、ニ~」
「サン、シ~」
「ゴ~ロク!」
「シチ、ハチ!」

夏休みの恒例とも言えるラジオ体操(掛け声&リズム担当緑川強ver)が緑川の太い声に合わせて始まった。
病み上がりの人間や華奢な女性が初参加していることもあって、今日はいきなり本格的な鍛錬から始めず準備運動を十分に行ってから本番を始める方針である。
少し前までは途轍も無くシリアスな空気に包まれていたこの公園でラジオ体操が行われているというギャップなど受講者達が知る筈も無く、
鍛錬への気概や歓喜に心躍らせる者達を少し離れた場所で眺めている少年少女達の一部は想像だにしなかった急展開に頭を抱えざるを得なかった。






「おい、寿恩ちゃん!!何だ、この展開は!!?おかしい!!おかし過ぎるでしょ!!?」
「知るか!!私の方が聞きたいわよ!!!何よこれ!!?おかしい!!絶対におかしい!!
私は復讐しに来てるのよ!!恨みを晴らしに来てるのよ!!それが、一体何をどうしたらこんな展開に発展するわけ!!?」
「知らねぇよ!!」

その一部足る者達である界刺と霧流は額を突き合せる程の至近距離で事態の急展開に対するあれこれを口に手を当てながらコソコソ話し合う。
どう考えても周囲に聞こえるくらいの音量なのだが、二転、三転どころでは無い展開の急変に動揺しているのか2人は自分達の声の音量に気を払っていないようだ。

「今日の私の運勢ってどうなってるわけ!!?何で、次から次に面倒な連中が湧いて来るわけ!!?」
「(運勢・・・ハッ!まさか、これってリノアナの仕業じゃねぇだろうな!?)」
「あーもう!!!こんな大人数に見られている中じゃ復讐どころの話じゃ無いわ!!こうなったら水楯に一撃だけでも見舞ってから出直し・・・(ガシッ!!)・・・キャッ!!?」
「よぉ、カワイ子ちゃん!チィーッス!!」

全く上手くいかない展開に髪を掻き毟る銀髪少女の言葉を聞き今回の展開が赤毛の魔術師の仕業かと勘繰る界刺だったが、その思考も中途でストップする。
何故なら、宴への誘いに対する霧流の答えを聞きに来た国鳥ヶ原のスクールカーストの頂点に立つ“酔いどれ陶然”が間に割って入って来たからだ。

「肩を掴むな!!ブッ殺されたいの!!?」
「肩を掴んだくらいで物騒だな。ハハハハハ!!んじゃ詫びでこれをやるよ。ほれっ」
「わっ!?こ、これは・・・『ノンアルコールトウガラシビール』!!?何よ、このゲテモノは!!?」
「ゲテモノなんかじゃねぇよ。酒の辛さをトウガラシを使って再現した学園都市オリジナルのノンアルコールビールだ。ヤミツキになるぜ?」

深酔から受け取った缶に描かれたトウガラシとビールの絵と刻まれた文字の羅列に驚愕する霧流。
学園都市には大学や研究所が製作した『試験品』が商品として普通に販売されており、その中には無論常人では理解し難いモノも含まれている。
おそらく『ノンアルコールトウガラシビール』もその1つだろうが、酒類を摂取したことが無い霧流でも『その組み合わせは有り得ない』と思わざるを得ない商品であった。

「ヤ、ヤミツキになって堪るか!!」
「何事も経験だぜ、カワイ子ちゃん?にしても、元気が有り余ってんなぁ。『復讐』といい『ブッ殺す』といいこりゃ面白そうな火種だ。ハハハハハ」
「カワイ子ちゃん言うな!!私には霧流って名前があるんだから!!」
「こりゃ失礼。そんじゃま、詫びもかねて霧流ちゃんには他のノンアルコールビールを経験して貰うか。マックス達の推すヤツなら霧流ちゃんの眼鏡に叶うモンがあるかもしれねぇ」
「ちょ、ちょっと!!」
「おい、野郎共!!霧流ちゃんがお前等のノンアルコールビールが呑みてぇんだと!!ついでに『フェスティバル』開催前の前哨戦といこうじゃねぇか!!ハハハハハ!!」

霧流の反応が面白かったのか気に食わなかったのかはわからないが、深酔は少女の肩をガッシリ掴みながら仲間達が集まっている―『筋肉探求』の近く―場所へ向かう。
“酔狂人”の思惑など霧流にわかる筈も無いが、それでも唯一理解できたのはここで再度憎き仇へ復讐の一撃を見舞うことが不可能になったということであった。その理由は・・・

「はぁーっあぁ!!陶然。アナタ、そのやつれた女の何処が良いのデ~ス?アタシには理解できまセ~ン・・・(ペタペタ)」
「ンフゥッ!!確かにマックスの言う通りィ~!!健康的で無いカ・ラ・ダなど、ワタシの目からすれば魅力皆無!!お話にならないでェす!!・・・(ポトポト)」
「(ペタペタ触るな!!汗ダラダラな顔を近付けて来るな!!気色悪いいいいいいぃぃぃっっ!!!)」

マックス・保毛のホモコンビが深酔の連れて来た霧流を品定めするかのように顔をペタペタ触ったり、汗をポトポト落とす顔を間近まで接近させながら観察して来たからである。
よって、銀髪の少女は悟る。悟らざるを得ない。『何事も経験』という深酔の言葉を借りるのなら、
『「獣耳衆」と十二人委員会と対峙した経験上、この“イロモノ変人軍団”を押し退けて復讐を果たすなど絶対無理だああああぁぁぁっっ!!!』と。






「(あれが国鳥ヶ原の“酔いどれ陶然”か)」

銀髪少女が“酔いどれ”に連行された後に残った界刺は、かつて様々な情報を取り扱う情報販売と『軍隊蟻』の“指揮官” 樫閑恋嬢と顔を合わせた折に得た情報を脳裏に思い浮かべつつ、
噂で耳にする情報と実際に目の当たりにした深酔の印象との誤差を埋めていた。霧流と水楯の戦闘に“酔いどれ”が絡んで来たことによって発生するリスクを正確に把握しなければならないのだ。



『ついでに聞くけど・・・「霞の盗賊」や「紫狼」以外に挙げられるのは「暴食部隊」と「国盗」くらいか、情報販売?今ん所名前が知られている無能力者狩りとスキルアウトは』
『あー、そうだよ。「暴食部隊」に関しては連中の主な狙いはあくまで邪魔する者や無能力者・低位能力者だから兄ちゃん達へ進んで危害を加える確率は低いかな。
どっちかっていうと、スキルアウトに属する「国盗」や「軍隊蟻」に対して今後行動を起こすかもしれないねぇ。後は同業者にもかな』
『わかっているわよ。私達だって連中への対策くらいは考えているわ』
『うー、「国盗」に関しては数だけなら「ブラックウィザード」に匹敵する集団だけど、俺が見る限り結局は数だけだね。組織としての実態はもう少し小さいんじゃないかって思う。
悪辣非道さに関しても、暗部や「ブラックウィザード」に遠く及ばない集団さ。主要メンバーが覆面を被って活動しているらしい所からして・・・ね。
これが暗部なら堂々とツラを出して仕事して、仕事中のツラを拝んだ連中を1人残らず刈り取ろうとする。するだけの実力や装備がある。連中は“表”の治安組織なんかにビビらない。
学園都市の暗部は、基本汚れ仕事の癖にやることは派手だよねぇ。まぁ、状況次第だったりもするし、“同じ”治安組織に対するあれやこれやで煙に巻く行動を取るかもしれないけどね。
暗部つっても、勢力や行動目標とかで色々バラツキがあるし。話を戻すけど・・・主要メンバーとそれ以外を覆面で区分けしているという意味は、きっと言葉以上に重要だよ。
トカゲの尻尾切り以上の意味があるんじゃないかな?おそらく・・・「国盗」の主要メンバーの多くは“表”で普通に生活を送っている人間だろうね』
『成程・・・』
『(救済委員に接触する時にガスマスクを“被った”俺には少し耳が痛い話だねぇ・・・。だが・・・言い換えれば情報販売が言うように「国盗」の主要メンバーもおそらく・・・)』
『以前は国鳥ヶ原の生徒ばかりがよく狙われていたけど、最近は他にも手を広げ始めたからそういう意味では要注意だね。唯、最初は連中も派手に動いていたんだけど、
国鳥ヶ原のスクールカーストの頂点に立つあの“酔いどれ陶然”の「祭り」に一杯二杯喰わされて逮捕者が連発してからは慎重になってるみたいだ。
あの金髪老け顔は「国鳥ヶ原No.1の秀才且つ国鳥ヶ原No.1の手に負えない酔狂人間」だから面倒臭いことこの上ないんだよなぁ。種類は違うけど、家政夫と同レベルの面倒臭さかも。
取り巻きも個性豊か過ぎる高位能力者ばかり。兄貴的存在で変に人望みたいなモノもあって他の生徒からも割かし人気だから更に面倒。面倒・超面倒・クソ面倒の3拍子だね。
今は学園も国鳥ヶ原の風紀委員も同じ学園に通う“風紀委員の「悪鬼」”も“酔いどれ陶然”を無下にできない。何せ、「国盗」に対する最大の防壁があの気紛れ老け顔人間だから』
『実は、「軍隊蟻」に所属する仲間の1人が下校中に「国盗」の構成員に襲われかけた所にその“酔いどれ陶然”が「祭り」と称して助けに入ってくれたことがあったの。
助けられたことと仰羽と同じガッシリした体格+兄貴的性格だったこともあってか、その子は“酔いどれ陶然”のことを嫌っていない。そういう所が人気の要因なのかもね
それに、彼の行動のおかげで「国盗」の中に「名義貸し=安全保障」を目論んだ国鳥ヶ原生が居ることも判明しているし、治安組織側としては尚更彼を無下にできないわね』



当時は別の情報―『霞の盗賊』等―を重要視していたために特には注意していなかった“酔いどれ”の存在。
抱いた印象としては『色々とはっちゃけた灰色人間』。騒動を次々に起こすために敵も多いが同じくらいに味方も多い。
騒動とは言っても学園に仇なすなどの過激な行動は取っておらず、学園側に有益なこともすることからしてそれなりには空気を読める人間ではあるようだ。

「(現に、アイツはヤバくなっていた涙簾ちゃんと寿恩ちゃんの戦闘を力尽くで止めた。そういう意味では空気を読んでくれたってこと。
だが、『国鳥ヶ原No.1の手に負えない』なんて評価が下されてるんだろ?それなりに学園側に迷惑を掛けているからか?
スクールカーストなんてモンを学園の一部に根付かせたからか?・・・違う気がする。目に見える『結果』に野郎の真価は存在しない気がする)」

湧き出る疑問の数々が消えては現れる。そもそも、あの老け顔男は堂々とし過ぎている。目立つ杭は打たれるというのに。
現在進行中で打たれている『シンボル』のリーダーの観点として“酔いどれ”の活動は派手に尽きる。
界刺自身“成瀬台の変人”として個性的なファッションを学校内で披露するが、基本的にはそれだけである。
救済委員へ潜り込んだ時はガスマスクを“被った”し、『シンボル』の活動でも能動的なガチンコ勝負をできるだけ避けてきた。
一方、学園側から『手に負えない』という評価が下されている深酔は色んな騒動を覆面や仮面を被ること無く堂々と起こす。堂々と謝罪することもあれば我関せずを貫くこともある。
とはいえ、学園側が制御不可能な事態に発展したことは一度も無い。取り締まる側である風紀委員への―風輪学園で起きた風紀委員への反逆のような―明確な敵対行為も起こしたことが無いばかりか、
国鳥ヶ原生を対象の1つとして襲撃するスキルアウトの活動を妨害したりするなどして国鳥ヶ原支部を陰ながら応援したりしている。
それなりに空気を読めるのに『手に負えない』という評価が下される。ならば、そこにはとんでもない厄介さが潜んでいるということだ。

「(奴の言う『祭り』ってのにキーが隠されてるのか?野郎がこの件に触れたことが後々にどう影響す・・・)」
「得世!!」
「うおっ!?し、真刺!!?」

今後への影響を鑑み深酔の有り様を理解するべく界刺は考え込んでいたのだが、他の誰でも無い界刺自身の行動に怒りを隠せない親友不動の怒鳴り声で我に返る。
不動の周囲には176支部の面々内加賀美・神谷・斑が居り、何とか不動を宥めるために言葉を掛けようとして、しかし激しい剣幕な不動を前に言葉が出ないでいた。

「貴様、私達に無断で何処をほっつき歩いているんだ!?病院側の話だと予め外出許可を取っていたようだが、そんな話は一言も聞いていないぞ!?」
「わ、悪ぃ。悪かったって。じ、実はかくかくしかじか・・・」
「・・・・・・何だ、その展開は?お得意の嘘じゃあるまいな?」
「嘘なんかじゃ無いって・・・あれ?涙簾ちゃんは?」
「その霧流の下へ向かったな。まずいか?」
「・・・・・・ちょっと様子を見てみよう」
「大丈夫なのか?」
「多分」

不動の怒りを収められるのは当事者の界刺しか居ない。当人も過ごした急展開に頭の整理が追い着いていないものの、責務としてできる限りの説明を親友へ行う。
不動も界刺が辿って来た展開を説明されて“詐欺師”お得意の嘘を疑ってしまうくらいに驚くが、事実なものは事実である。
面倒臭い流れに2人共気が重くなる中、水楯が霧流の下へ向かったことへの対処を『様子見』とした界刺の視線の先では・・・宴の前哨戦が喧しく執り行われていた。






水楯涙簾としては、空気を読むつもりは毛頭無かった。界刺へ危害を加え、自分に対しても許し難い発言をした霧流との決着を、
ワケのわからないヘンテコリンな流れで有耶無耶にされたく無かっただけ。故に、邪魔な闖入者を排除して戦闘の再開へ扱ぎ着けようと“イロモノ変人軍団”の下へ足を運んだのだが・・・

「さぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!!物は今日持って来た俺の自家製野菜!!入手方法は物々交換!!交換する物によって量が増減するぜ!!
一番俺の心を震わせた奴には俺秘蔵のエロっぽい写真をオマケで付けちまうよ!!さぁ、ドンと来い!!」
「ハァハァ。それじゃ、アタシはこのホモっぽいビデオを・・・」
「ンフフゥゥ!!それじゃあ、ワタシはこのホモっぽい写真を・・・」
「ウゲエエエェェェッッ!!!」
「黄ヶ崎君!?」
「んはーっ。どうやら、アタシのビデオが黄ヶ崎の心を震わせたようデスね」
「何を言ッてるの、マックス?ワタシの写真が黄ヶ崎ちャんの心を震わせたに決まッてるじャないですか~」
「ど、どっちも違・・・う。い、いや・・・確かに心が心底震えたけどよ」
「(も、もぅ家に帰りたいいいいいいぃぃぃぃ!!!)」
「・・・・・・」

公園に設置された休憩所にて自家製野菜を物々交換の商品とした催しを開催した黄ヶ崎へマックスと保毛が速攻でホモっぽいビデオとホモっぽい写真を差し出し、
見事黄ヶ崎をノックアウトした傍らで時が過ぎるのを唯々待つ存在と化していた霧流を見てしまった。
正直に言おう。あの場所へ近付きたくない。あの異常蔓延る空間へ我が身を晒したく無い。

「ワォ!!もう1人のカワイ子ちゃんも来たか!!」
「えっ。い、いえ・・・その・・・」
「俺のナンパも捨てたモンじゃ無いな。2人連続で成功するなんて何時以来・・・」
「何を言ってるんですか、ハハッ。陶然君のナンパが成功したことなんて一度も無いじゃないですか~」
「グサッ!!!お、おぉ・・・俺への桐旗のツッコミは何時もキレてんなぁ。よっしゃ!そんじゃ、もう1人のカワイ子ちゃんには桐旗の横に座って貰うか!!
霧流ちゃん!!そこでノックアウトされてる黄ヶ崎をどかして彼女の横に座りな!!」

しかし、現実は非情である。目聡い“酔いどれ”が水楯の接近に気付かないワケも無く、強引に桐旗の横へ座らせる。
ノックアウト中の黄ヶ崎をどかしたそこはよりにもよって霧流の横となる場所であり、隣同士となった少女2人の機嫌は必然的に悪化する・・・筈だったのだが、

「「・・・!!!」」
「・・・・・・あっ。・・・・・・ご、ごめんなさ、い。こん、な姿・・・・・・気色悪いで、しょ?」
「い、いえ・・・」
「そ、そんなこと・・・」

彼女達のすぐ近く―位置的に桐旗・水楯・霧流の並び―に座る桐旗の奇異な体型を極近距離で目の当たりにしたことで言葉を失う。
中性的な容姿・・・と称するには桐旗の体型は余りに歪であった。男と女の持つ要素が歪に混合されたかのような体型が今の彼(彼女?)であった。
だが、白い皮膚が体を覆う人見知りな“学園の腫れ物”は少女達の反応に特段怒りや哀しみを見せることは無い。示すのは、不快な気分にさせた申し訳無さであった。

「だ、大丈夫・・・・・・です。もぅ・・・・・・慣れました」
「ご、ごめんなさい」
「わ、私も!ごめんなさい」
「だか、ら・・・・・・大丈・・・」
「顔や体型で好き嫌いが分かれるのはしゃーねぇことだって。俺も最初桐旗を見た時は『キモッ!』って思ったしよ」
「ハハッ!自分も最初陶然君を見た時は『何、このオッサン!成績不振な留年生か何かかな?』って思いましたよ」
「グサッ!お、おぉ・・・俺への桐旗のツッコミは何時もキレてんなぁ」
「「(この対応の差は一体何!!?)」」

神妙な表情を浮かべながら申し訳無さそうにする桐旗に水楯も霧流も揃って謝罪する。人を外見で判断するなかれ。
第一印象で印象が半分以上決まってしまうと言われているが、それでも彼(彼女?)は単なる奇異な体型を持つ人間と片付けてしまってはいけない。
そう考えた少女2人だったが、ぶっちゃける深酔への態度と自分達との対応の違いには首を捻るしか無い。2人にしかわからない“何か”でもあるのだろうか。

「まぁ、いいや!なぁ、カワイ子ちゃん?」
「水楯です」
「その水楯ちゃん!アンタは、この『ノンアルコールトウガラシビール』を呑めるかよ?そっちの霧流ちゃんは『こんなゲテモノ呑めるか!!』って言ってんだが。
他のノンアルコールビールも不評っつーか、口も付けてくれないんだなこれが。こんなにウメェのによ・・・(グビッ!)」
「・・・・・・(チラッ)」

少しばかり沈んだ空気が深酔によって払拭されたのを皮切りに再び前哨戦が始まる。その先駆けとして、深酔は水楯へ自身が推す『ノンアルコールトウガラシビール』を薦める。
霧流が呑めないという情報も付け加えられた提案に碧髪の少女はチラッと横目で銀髪少女を見やった後に・・・不敵な笑みを浮かべながら深酔からノンアルコールビールを受け取る。

「アルコールは入っていないし、学園都市にはこういう変わった飲料は多いから別段拒否する理由も無い。
こういうのを呑めないなんて、とんだお子様だこと。フフッ。それじゃ・・・いただきます。・・・(ゴクッ、ゴクッ)」
「(水楯の奴!!私への当て付けのつもりか!!)」

そして、深酔達が注目する中一気に喉へ流し込む。これは、間違い無く呑めないと拒否した霧流への当て付け。やはりこの女は最低最悪だ。
一瞬目を閉じた銀髪少女の心に再び灯る邪な感情。“復讐姫”と形容するに相応しい表情へ立ち返り始めた霧流が目を開け、再び憎き仇を瞳に映す。

「(プルプル)・・・・・・お、おい、おいし・・・い、でゴホッ!ゴホッ!!ゴホッ!!!」
「ブッ!!!」

その結果我慢できずに噴出す霧流。彼女が見たのは顔を真っ赤にしてプルプル震えながら懸命に味の感想を述べようとして咳き込む水楯の残念な強がりであった。
結局自分の予想は当たっていたのだ。あのゲテモノは味もゲテモノ。それなのにムキになった挙句に自爆した仇には笑わずにはいられない。

「ゲホッ!ゲホッ!な、何を笑って・・・ゴホッ!!」
「プハハハハハハハハ!!!ヒィッ・・・こ、こんなに笑ったのって何時以来かしら?フフフフッッ・・・」
「(く、くそっ!霧流の前でなんという醜態を・・・!!!)」
「フフフフフッッ・・・ハァ。お子様なのはあなたの方じゃない。ノンアルコールビールも呑めないなんてガキもいいトコ・・・」
「そうか。ヒャヒャヒャ・・・なら霧流ちゃんも。ほい」
「へっ?」

水楯が醜態を晒しているのをこれ幸いとし、霧流は憎たらしい碧髪の少女へ言葉責めを開始しようとした次の瞬間“酔いどれ”から渡された『ノンアルコールトウガラシビール』を見て青褪める。
自分は言った。『お子様なのはあなたの方じゃない。ノンアルコールビールも呑めないなんて』と。つまり、『お子様では無い霧流はノンアルコールビールを呑める』とも受け取られるのではないか。

「ウィ~、ヒック!何だよ。俺の酒が呑めねぇってか?えぇ!!?」
「酔っ払ってるわよ、あなた!!一応未成年でしょ!!?」
「な~にが『一応』だよ、ヒック。これでもれっきとした18歳だっつーの。ヒャヒャヒャ」
「陶然君はノンアルコールビールで酔った気分になれる特技があるんだよね~」
「社会で全く役に立たない特技よね!!?」
「社会で役に立たない特技・・・・・・ウワアアアアアァァァァァンンン!!!そうだよ!!俺なんて社会に出たらはみ出し者街道一直線なんだよ!!!ウワアアアァァァンン!!!」
「絡み酒に笑い上戸に泣き上戸!!?何て面倒臭い・・・(ガシッ!!)・・・うわっ!?」

面倒臭い。果てしなく面倒臭い。“酔いどれ”を相手する時に厄介な絡み酒に笑い上戸に泣き上戸状態を惜しげも無く披露する深酔が、何を思ったのか泣きながら霧流の両手を掴む。
これを狙ってでは無く素でやっているのが“酔いどれ陶然”の“酔いどれ”足る所以である。

「霧流ちゃんの呑みっぷりに『ノンアルコール飲料どれが一番うまいかな?サマーフェスティバル』の優勝杯が懸かっているんだよ!!
『ノンアルコールトウガラシビール』は、今日のために夏休みの殆どを使って探し出した1品なんだぜ!?」
「そ、そんなこと知らない・・・」
「さぁ、呑んでくれ!!俺の1品が極上の銘を授かるのはまず間違い無い。そうなったら、学園都市中のノンアルコールビール好きがこれを買い求めるのは必至!!
ヒャヒャヒャ!!!売り切れる前に味わえる霧流ちゃんは幸せモンだ!!だから・・・さっさと呑めってんだよ!!ウ、ウウ、ウワアアアアアァァァァンンン!!!」
「泣くのか笑うのか絡むのかどれか1つに絞れええええええぇぇぇぇっっ!!!」

等というやり取りを経て“酔狂人”の押して押して押しまくる戦法の前に、遂に霧流は『ノンアルコールトウガラシビール』を口に含めた。
支離滅裂な深酔の酒乱振りに耐えられなくなったからである。無論結果は言うまでも無く撃沈である。






「り、稜。とりあえずはヤバ気じゃ無くなったのかな?」
「さ、さぁ。斑はどう思うよ?」
「な、何とも言えん」

ノンアルコールビールの試飲大会のような催しと化している“イロモノ変人軍団”達の集会に文字通り呑み込まれた水楯と霧流を遠巻きに眺める加賀美・神谷・斑は、
ヘンテコリンな空気に毒されまくっている少女2人に同情しながら非情にも彼女達を助け出さない。
誰だって、あんな異様な空間へ足を踏み入れたくは無いし。切羽詰っているならともかく、繰り広げていた殺伐極まる戦闘に比べれば何とも微笑ましい(?)集会だし。

「よぉ、176支部」
「えぇと・・・」
「俺は国鳥ヶ原学園高等部2年で同学園支部に所属している添垣。会うのは初めてだったっけ?よろしく」
「よろしくお願いします。私は176支部の加賀美と言います。こちらは同じ176支部の神谷と斑です」
「「よろしくお願いします」」
「おぅ。よろしく。おい、発川!!お前も挨拶しとけって!吊橋も!」
「あぁ、もう。折角常盤台のお嬢様と親しくなれるチャンスだってのに」
「“浮気姫”!添垣先輩が呼んでるからちょっと抜けるね」
「誰が“浮気姫”だ!!」

そんな3人に明るい声を掛けて来たのは、『フェスティバル』の大宴会準備に没頭していた国鳥ヶ原支部の添垣。
夏らしくラフな服装に身を包んでいる彼はある種の礼儀として176支部の面々と互いに自己紹介した後に同僚達を呼びつける。
1人は宴の料理担当を務める浮気と共に料理の下拵えに精を出していた吊橋。もう1人は常盤台のお嬢様をナンパすることに精を出していた発川。
どちらも異性との出会いに焦がれる思春期真っ盛りな少年少女である。

「えぇ、女性からの頼みには絶対にNOとは答えない男発川だ。国鳥ヶ原生だが所属支部は国鳥ヶ原じゃ無いんで、そこんとこよろしく」
「(この人、ウチの丞介に似てるなぁ。格好も性格も)」
「私は吊橋です。よろしくお願いします。あぁ、私の王子様は何時になったら現れてくれるんだろう。ずっとサーチしてるのになぁ」
「よ、よろしく(コイツ・・・)」
「・・・よろしく(鏡星とそっくりな思考回路だ!!)」

そのせいか、176支部の面々は同僚である一色と鏡星を連想してしまう。発川と一色、吊橋と鏡星の思考回路はとても似ている気がする。
今回が初めての会話だというのにそこまで言えてしまうのは、発川と吊橋が醸し出す雰囲気が一色と鏡星に似ているからに他ならない。

「あ、あの添垣先輩。ちょっとお尋ねしたいことが・・・」
「うん?何かな?」
「あの深酔陶然という人なんですが・・・」
「あぁ。アイツに連れていかれたのは加賀美の連れか?」
「連れというわけでは無いんですが・・・知り合いの知り合いというか」
「まぁ、アイツに目を付けられたのは不幸って言うしなかいな。一応様子見してたんだけど、何なら今から止めてこようか?」
「い、いえ。不幸中の幸いというか・・・とりあえずは今のままでいいです」
「???」

加賀美のハッキリしない言い回しに首を傾げる添垣だったが、加賀美としては現状の維持に努めることが最善であると判断している。
“酔いどれ”達に振り回されている少女2人の今の様子であれば、とりあえずはこの場における最悪の事態は回避できると踏んだのだ。

「それよりも・・・あの人は『あの』“酔いどれ”ですよね?」
「アイツのこと知ってるの?」
「同期から話を聞いた程度で、実際に会うのは今日が初めてですけど・・・噂通り相当な人ですね?」
「相当というか面倒というか・・・とにかく手に負えない人間だね。さっきここへぶっ飛んで来た時も肝を冷やしたよ。『また妙な気紛れでも起こしたのか』って」
「そういえば、あの介入のタイミングってすごく正確でしたけど・・・もしかして狙ってだったりするんですか?」
「おそらく。大方石舛の【千里眼】でタイミングを見計らってたんだろう」
「【千里眼】?」

国鳥ヶ原に通う同期―固地債鬼―から耳にしていた程度ではあるが、“酔いどれ”の面倒臭さを知る加賀美はこれを良い機会に添垣へ質問を重ねる。
もしかすれば、水楯と霧流の因縁にあの“酔狂人”が絡んで来る可能性がある。ならば、できるだけ有益な情報を今ここで仕入れておかなければならない。

「正確には、『自己干渉』っていう自分の感覚神経を意図的に弄くり調整できる能力の応用だ。【千里眼】は俺達が勝手に付けた名称。
本当に千里を見通せるわけじゃ無いから勘違いしないでね。・・・陶然の近くに薄気味悪い痩躯長身のロン毛が居るのはわかるかな?」
「は、はい」
「アイツが石舛啄木。アイツは能力の応用で自分の視覚、聴覚、嗅覚、触覚のどれか一つ限定でその性能を極限まで引き上げられるんだ。
アイツが本気になればマサイ族並の遠視能力も発現できるし、物体におけるナノサイズでの凹凸・硬柔・材質とかの触覚識別も可能になる」
「・・・マジですか!?」
「マジ。実際、アイツが陶然とコソコソ話を始めたのはここから1kmくらい離れた地点だった。『身体検査』での成績も考慮すると、アイツは1km先を確実に見通せる」

加賀美は添垣の言葉に驚嘆する。同じレベル4だからわかる石舛の実力。特に、1km先を見通せる遠視能力は凄まじいの一言に尽きると加賀美は思い、そのまま耽り始めた。
添垣も同様の感想を抱く石舛の【千里眼】だが・・・その真価が『約2km先まで見通せる視力12.0の発現』という事実を知るのは本人を除いて深酔他極少数である。

「他の連中もヤバい能力者っすか?」
「お前は・・・神谷だっけ?“剣神”の通り名はウチの支部にも届いてるよ?」
「・・・どうも」
「えぇと・・・今陶然の周囲に侍っている連中の殆どがレベル4の高位能力者だ。例えば・・・アメカジ系ファッションを着用している外人が居るだろう?
アイツはマックス・ヘッドルーム。電気系能力『有害電波』を持っていて、半径2km内の電波、赤外線、可視光線の情報を読み取り、情報の書き換えが可能なんだ」
「半径2km・・・!!」
「電波だけで無く、赤外線や可視光線もですか!?」
「斑・・・だったか?お前の言いたいことはわかるよ。『電気系なのに光学系の分野にまで足を踏み入れられる能力者が居たのか?』ってことだろ?居たんだなぁ、これが。
まぁ、大本が電気系だから干渉力は電波>赤外線>可視光線になるし、可視光情報通信より電波や赤外線を用いた情報通信の方が圧倒的多数だから、
可視光線については気にすることは殆ど無い。放てる電撃も火花程度。放出できる電波ないし赤外線も攻撃力は低い。純粋な戦闘能力で言えば神谷の方が絶対上だよ」
「それでも、電磁波を用いた電子戦には滅法強いですよね?石舛啄木の【千里眼】と組み合わされば・・・」
「キロ単位での索敵がたった2人の能力者で実現可能になるね。他にも風やリンを操る直接攻撃担当の男2人が陶然の脇を固めている。
陶然自身も窒素を鞭状にして操るレベル4の能力者だ。後の2人は能力の性質だったりレベルの関係だったりで戦力には数えられないと思うけどね」

加賀美が耽り始めたこともあって己がリーダーの代わりに質問を重ねる神谷と斑は、発川が語る深酔の取り巻きの実力の高さに戦慄を禁じえない。
片や遠方を見通す【千里眼】やナノサイズの触覚識別を可能とする能力者。片や半径2km内の電磁波に内包された情報を読み取り改竄する能力者。
この2人の索敵能力だけでもかなり厄介なのに、深酔を含めた直接攻撃担当の高位能力者が複数居るという。
高位能力者の集まりである176支部において、索敵専門の能力者が居ない故の衝撃の強さとも言えるだろう。
それでも、得た感覚として“酔いどれ”達の面倒臭さを能力方面から感じ取った2人の思考を悟る添垣は、気だるげに話を聞いていた発川と吊橋にも意見を求めるべく声を掛ける。

「発川。吊橋。お前等も多かれ少なかれあの“酔いどれ”を知ってんだし、この際神谷達にお前等から見た陶然達の印象を・・・」
「あのジャージは『共学の常盤台』映倫中だよなぁ。この際あの娘にも声を掛けて・・・(フラリ)」
「“レンコン”!!!量が多いんだからさっさと帰って来ーい!!!」
「“レンコン”言うな!!!全くもぅ・・・(スッ)」
「「・・・・・・」」
「ハ、ハハハ。悪い。ちょっと待ってて。オラッ、発川!!待てって!!!」

しかし、吊橋は浮気に呼び戻され発川は『筋肉探求』に参加している林檎をナンパするべくフラリと立ち去ってしまう。
仮に、『加賀美達にお前等から~』であれば発川は喜んで残ったのだが、生憎同姓に対しては殆どやる気を見せないのが発川なのだ。
よって、神谷と斑の呆れた視線が実に痛い添垣は早急に同僚を呼び戻すべく発川の後を追った。
残された神谷と斑は、議論から離脱していた自分達のリーダーへ添垣から得た情報を伝えるために加賀美の下へ向かう。

「それにしても案外暇そうだな、加賀美?」
「そ、そんなこと無いですよ。ここに居るのも知り合いに呼び出されたためで」

その先には175支部所属風紀委員の柳生が加賀美と話し込んでいた。『筋肉探求』から抜け出してきたらしい上半身裸の彼の体は見事なまでに鍛え抜かれており、
趣味の体作りの成果とも言える柳生のボディは最早筋肉の鎧と称しても良い程だ。彼とは風紀委員会活動時に初めてちゃんとした面識を持った間柄である。

「そうか。なら仕方無いな。『今』の176支部の現状を考えると、俺もさすがにお前達が仕事をサボるとは考え辛かったのでな。理由が知れて良かったよ」
「・・・どういう意味でしょうか?」
「わかっているだろう、斑?所属していた元風紀委員が先日自殺したんだ。リーダーである加賀美に対する批判が出ているのは至極当然のことだ」
「・・・!!!」

柳生が本来の目的である『筋肉探求』を抜け出してまで加賀美達の下へ来たのは、【叛乱】の件で多忙な筈の176支部が何故ここに居るのかを問い質すためであった。
特に、176支部は事件の最中に元風紀委員―網枷双真―が自殺している。これで、仕事をサボっているようなことがあれば猛烈な批判が巻き起こっても不思議では無い。
ちなみに、柳生の言葉からもわかるように【叛乱】の全体像は当事者以外の風紀委員へは知らされていない。
それでも、柳生が【叛乱】の件に言及できるのは彼が所属する支部が風紀委員会へ協力していたからだ。

「お前達が例の一件に掛かり切りになっていた時に、本来のお前達の管轄を他支部が協力して見回っていただろう?
しかも、176支部の管轄は2校に跨っていたから協力する支部も相応に人数を出していた。必然的にその支部は所属人数が多い部署となる」
「斑。確か、俺達の管轄を見回ってくれたのは・・・」
「162支部ですね。加賀美先輩と犬猿の仲なエースが居る・・・」
「花盛支部の管轄は181支部が、178支部の管轄は祐天寺支部が、159支部の管轄は俺達175支部が人員を出した。
成瀬台支部だけは本部が置かれていた関係で他支部の協力を仰ぐ必要は無かったがな」
「・・・もしかしなくとも、藁宮がすごく怒ってたり?」
「その通りだ。昨日お疲れ様の意味合いも込めて162支部・175支部・181支部・祐天寺支部合同で打ち上げを行ったんだが、その時に藁宮が酷く加賀美のことを貶していた。
俺としては気に留めるような内容では無かったのだが、打ち上げの席に相応しく無いと考えて注意はしておいた。
わかるか?もし、お前達がサボっていれば俺の注意も台無しになる。だから確認をしたかったんだ」
「・・・ご迷惑をお掛けしました」

柳生の真意に気付いた加賀美は犬猿の仲となってしまっているあの少女の怒りに染まった顔を思い浮かべながら頭を下げる。
確かに、彼女が網枷の件を知れば自分を非難するだろう。唯でさえ普段からソリが合わないのだ。だが、網枷の件に関しては彼女相手でも一切反論するつもりは無い。
リーダーとして防げなかった最悪の結末。それは加賀美雅自身が一番よく理解しており、また神谷達も加賀美に倣うかのように厳しい意見を述べる柳生に反抗する素振りすら見せない。

「あぁ、俺は確認をしたかっただけで別にお前達を責めてるわけじゃ無いんだ。・・・こういう時に堅苦しい喋り方は、
却って相手へ余計なプレッシャーを与えてしまうな。夏休みが明けたら姫野に優しい喋り方のいろはでも教えて貰うか」
「えっ・・・?」
「言葉で表さなくとも目を見ればわかる。お前達が仲間の死を重く受け止めていることくらいな。他支部の事情に殊更首を突っ込むのは野暮だ。
お前達にしかわからない事情や葛藤もあるだろう。俺は自分の正義以外何も認めない藁宮とは違う。・・・アイツは危なっかしい。今のアイツは昔の不動にそっくりだ」
「不動って・・・『シンボル』の?お2人はどういう関係なんですか?」
「同じ中学に通っていた。その時に知り合ってな。・・・今の不動は昔に比べたら随分穏やかになった。あぁ、話が逸れたな。
加賀美。少なくとも俺はお前が真剣に仲間の死を受け止めている限りお前達を非難するつもりは無い。他支部だから何もしてやれないも同然だろうが・・・頑張れよ。応援してる」
「・・・はい!!ありがとうございます!!」
「神谷。斑。加賀美のことを頼むぞ」
「「はい!!!」」

太い芯が通った柳生の叱咤激励が未だ傷心の癒えない加賀美達に大きな力となる。柳生は分別を弁えている人間であり、
自分の能力の欠陥も学園の能力至上主義も他人の思想も平然と受け入れられる精神力を持った男である。でなければかつての不動とも付き合えなかったし、
現在175支部にて活動している傲慢な性格の“暴風女帝<タイクーン>”や元159支部所属の気難しい少女等と平然と付き合えるわけも無い。
故に、元同僚を自殺という形で失った加賀美達の覚悟もちゃんと見極め、注意を行った上で相応に尊重することもできる。
直後、『筋肉探求』へ戻って行った柳生の背中へ再度礼を述べた加賀美達は事情を知る者以外で自分達を応援してくれる確かな存在を知ったことを自らの活気へと繋げる。
あのような結末を二度と味わいたく無い。そう考え、ほぼ同じタイミングで3人はあの銀髪少女及び碧髪少女の様子を遠目で観察する。
もしかすれば、最悪の結末に至る可能性を有する因縁を持った少女達の行き着く先を案じる風紀委員達の見やる先に居る2人の少女は・・・どういうわけかグッタリしていた。






「ヒャヒャヒャ!!やっぱ、俺一推しの『ノンアルコールトウガラシビール』が最高だって!!」
「いや!ワタシの『ノンアルコールワサビビール』こそ究極の1品デェス!!」
「何を!アタシの『ノンアルコールカラシビール』こそ至高の1品でェす!!」
「いんや!陶然アニキには悪ぃが、今回は俺の『ノンアルコールラッキョウビール』が優勝を頂くぜ!!」
「陶然さんには気の毒だが、俺の秘蔵・・・この『ノンアルコールサンショウビール』が極上の銘を頂く!!」
「あ、あの・・・・・・これ、水です」
「・・・・・・あり、がとう」
「・・・・・・ござ、います」

『フェスティバル』に向けての前哨戦が最高潮に達しようとしている。笑い上戸な深酔が『ノンアルコールトウガラシビール』の缶を掲げれば、
他の者達も釣られるかのように持参したノンアルコールビールを天へ掲げる。蝉の音が打ち負かされる程の喧しい“イロモノ変人軍団”の宴・・・の端で、
ノックアウト状態の水楯と霧流が桐旗から差し出された水で喉を潤していた。あの後少女達は他のノンアルコールビールも呑む羽目になり、激烈な味の前に撃沈を繰り返した。

「グゥ~(学園都市の『試作品』って恐ろしい・・・)」
「ウゥ~(私の馬鹿馬鹿!あの時余計なことを言わなければ・・・)」
「だ、大丈・・・・・・夫ですか?」
「な、何とか」
「気遣ってくれて・・・ありがとう」

強がったために墓穴を掘った水楯と余計なことを口に出したために自爆した霧流は、自分達を気遣ってくれる桐旗に好感を持つ。
やはり人を見た目で判断してはいけないとしみじみ思う。ちなみに、同じくノックアウト状態の黄ヶ崎へは誰も声を掛けない。何時ものことだ。

「そういやよ、水楯ちゃんと霧流ちゃん達は何で喧嘩してたんだろうな?俺が飛び込んだ時の攻勢はどっちもヤバかったし、
霧流ちゃんなんか『復讐』とか物騒な言葉を吐いてたしよ。石舛。加見坂。お前等どう思うよ?」
「(女はマジ嫉妬深い生き物だからな・・・)俺が見た所・・・」
「(どうせロクでも無い事情だろうが・・・)俺が思うに・・・」
「よせよせ。皆まで言うな。俺にはわかってる。水楯ちゃん達の考えてることなんざ、この国鳥ヶ原No.1のチョイワル美男子(自称)深酔陶然には全てお見通しだ。ヒャヒャヒャ」
「「んじゃ話を振る必要無ぇだろう」」

これもまた何時ものことなのだが、深酔は自分の中で答えが出ているのにも関わらず他人へ質問してくることがしょっちゅうある。
そして、他人が答えようとすると返答を遮り自分の意見を言うという非常に回りくどい方法を取る。
石舛も加見坂も正直ウンザリしているが、“酔いどれ”の上機嫌な笑顔を見ると反論する気も失せてしまう。本当に楽しそうだからだ。

「そう!!ズバリ!!水楯ちゃんと霧流ちゃんは・・・オッパイの大きさで争っているんだよおおおおおぉぉぉぉっっ!!!」
「な、何だって!!?そりゃしゃーねーな!!!」
「あっ。黄ヶ崎君が起きた」
「「(何でそうなるの!!!??)」」

但し、“酔いどれ”が導き出した答えが正解とは限らない。特に、酔っ払っている状態の深酔は突拍子も無いことをよく吐く。
今回の自信満々に宣言した答えも水楯達にとっては見当外れもいいトコである。とはいえ、話はトントン拍子に変な方向へと進み出す。
“エロ鉄仮面”こと黄ヶ崎がノックアウト状態から回復したことも余計に拍車を掛ける。

「俺の見立てじゃ、水楯ちゃんと霧流ちゃんのオッパイのデカさは殆ど変わらねぇ筈だ。黄ヶ崎。この見立てから何を予測する!?」
「水楯ちゃんも霧流ちゃんも胸は慎ましい!思春期の女は大人へと変貌する自分の体の成長速度を気にする・・・筈!!だから、2人の間に争いが起きた!そうっすよね、陶然先輩!?」
「そうだ!!やっぱ、思春期になりゃ男も女もムラムラするってワケか。いいねぇ!青春してんなぁ!!ヒャヒャヒャ!!」
「やっぱり女の嫉妬は見苦しいな。俺自身が嫉妬深いからよくわかる」
「フン。案の定ロクでも無ぇ理由だったか。つまんねぇ争いだな」
「水楯さん・・・霧流さん・・・本当なの?」
「違うから!そんな理由じゃ無いから!他の人も酔っ払いの的外れな答えで納得しないでくれる!!?」
「“酔いどれ”!!あなた、勝手に私達の因縁を下衆な方向へ引っ張ってんじゃ無いわよ!!」

男達のエロ議論へさすがに抗議せざるを得ない水楯と霧流は胸ヤケする体をおして酒盛りの輪へ介入する。
どんどん陳腐化していく錯覚を周囲の人間へ伝播させている元凶を正さなければならない。好感を抱いた桐旗が自分達へ示した疑惑の表情を見た以上は。

「最低なことを言っている自覚はあるのかしら!?女性の前で堂々とふざけたことを・・・」
「何がふざけてんだ、水楯ちゃんよぉ!!?男の青春ってのはなぁ・・・男の青春ってのはなぁ・・・・・・つまるところ性欲なんだよ!!性欲万歳!!これ常識!!
男が集まったらエロ話に花を咲かせる!!これも常識!!それとも、エロについてあれこれ言っちゃいけねぇのかよ!?女だって集まったらエロ話に興じてんじゃ無ぇのかよ!?」
「わ、私が言いたいのは・・・」
「こちとら何時もムラムラしてんだよ!!下ネタエロ話大好きなんだよ!!そのせいで、女にはいっつもキツいツッコミを喰らうけどな!!
いや、ツッコミしか喰らわないけどね!!お、俺、俺も早く彼女欲しいいいいいぃぃぃ!!!ウワアアアァァァンンン!!!」
「あ、あの・・・泣くのか笑うのか絡むのかどれか1つに絞って・・・」
「そんなんだから、ドンドン少子高齢化が進むんだよ!!性欲が無くなったら子供が生まれなくなんぞ!!そしたら、何時か日本人という民族が消えるんだぞ!!わかってんのか!!?」
「あ、あの・・・話が下衆な方向へ行ったり社会的な方向へ行ったりでこんがらって・・・」
「俺は言いたい!!性欲に否定的になる余りに人間の三大欲求の1つに数えられる性欲を抑えてどうすんだと!!人間として本末転倒だろうが!!
水楯ちゃん!!お前にゃ性欲が無ぇって言うのか!!?好きな男も居ねぇって言うのか!!?あぁん!!?」
「そ、それは・・・その・・・(め、面倒臭い!!)」

しかし、泣いたり笑ったり絡んだりな上に話の内容が色んな方向へぶっ飛んでいる“酔いどれ”の言葉に水楯は翻弄される。
水楯自身別に性欲のある無しを問題にしているのでは無く、女性の前で堂々とエロ話をする深酔の態度に物申しているだけなのだが深酔の方はそう受け取らなかったらしい。

「居るんだな!?なら、お前もそんな禁欲的じゃいけねぇ!!そんなんじゃ、惚れた男に呆れられちまうぞ!?」
「よ、余計なお世話!!性欲性欲って・・・あなたってもしかして暴漢予備軍なの!!?」
「それこそふざけんなだ!!無理矢理女を抱くなんて馬鹿な真似、俺は絶対にしねぇ!!つぅか、抱くまでの甘酸っぱい青春が良いんじゃねぇか!!
『祭り』だって準備期間あっての本番だろ!!?準備する時に感じるあの堪らないドキドキワクワク感・・・あの感覚を俺は女相手にまだ味わってない!!
ウウウゥゥ・・・わかってんだよ。わかってんだけどしゃーねーだろ。俺にできることと言えば、男達とエロ妄想に明け暮れるくらいのモンだ」
「うっ・・・(フラれまくりで交際経験が無いってことよね?・・・もしかして、妄想が激しいだけで本当はピュアなんじゃ・・・老け顔だけど)」
「具体的には、『オッパイの揉み心地ってどんなモンなんだ?』とか!!『巨乳と美乳のどっちが触り心地が良いのか?』とか!!ヒャヒャヒャ!!」
「手をモミモミさせるな、酔っ払い!!ピュアなのか下衆なのかよくわからなくなってきたじゃない!!!」

酔っ払いに常識など通じない。自分の好きなように物事を解釈し、好きなように行動する。相手する側からすれば面倒臭いとしか言いようが無い。

「陶然先輩。それなら、俺にも一言言わせて下さい」
「ハッ!ま、まさかお前・・・寝たフリをしながら水楯ちゃんと霧流ちゃんの3サイズを見極めてたのか!?」
「「なっ!!?」」
「ふ、ふふ、ふふふ・・・ご明察!!」

面倒臭い人間には別種の面倒臭さを有する人間が引っ付いているものだ。その1人である“エロ鉄仮面”は寝たフリをしつつ傍でノックアウトされていた少女2人の体を細部に至るまで観察していた。
身に付けているマスクの関係で寝たフリがバレることはまず無い。そのために、余裕で分析し終えた結果を述べんがために、
周囲にビデオや写真が無造作に放置されている中黄ヶ崎は勢い良く立ち上がった。

「雅艶程手早くとはいかなかったが、2人の3サイズはバッチリ分析し終わったぜ、陶然先輩!!その結果だが、オッパイの大きさで両者に僅かだが差があることが判明した!!」
「「ッッ!!!」」
「この差は本当に僅かだけど、だからこそ水楯ちゃんと霧流ちゃんが争うのもわかる気がする!!
だが、無用な争いはここまでだ。俺が真実をハッキリさせて、2人の争いに終止符を打ーつ!!!ズバリ、オッパイが大きいのは・・・」
「ホモっぽいビデオ!!!」
「ホモっぽい写真!!!」
「ギャエエエエエエエエェェェェェッッッ!!!」
「グオオオオオオオオオォォォォォッッッ!!!」

無用な争いをこの手で終わらせるべく、まるで英雄の如き佇まいで真実を述べようとした黄ヶ崎の顔面へ水楯が放置されていたホモっぽいビデオを凄い速度で押し付け、
同じく霧流がホモっぽい写真を凄まじいスピードで黄ヶ崎の顔面へ接着させ再び“エロ鉄仮面”をノックアウトする。
その勢いに黄ヶ崎は吹っ飛び、飛ばされた方向に居た“酔いどれ”も巻き込まれる。周囲が男達ばかりの中で胸の大きさを断言される恥ずかしさだけで無く、
それが胸の大きさであろうと『コイツにだけは負けたくない』という強烈な感情が少女達を動かしたのだ。

「ハァ、ハァ・・・(ポンッ!)・・・ん?」
「アタシ秘蔵のビデオを気に入ったのデスネ。アタシ、アナタとは良い友達になれそう。はぁーっはぁーっ」
「(せ、背中に激しい悪寒が・・・ブルッ!!!)」
「ハァ、ハァ・・・(ポンッ!)・・・え?」
「ワタシ秘蔵の写真を気に入ッたのですねェ。・・・最初の非礼を詫びるわ。ゴメンナサイ。アナタも若いんだから、お肌にもッと気を使いましョうよ。
健康的な肉体作りはまず食事改善から。これ、黄ヶ崎が作ッた野菜よ。よかッたら食・べ・て♪霧流ちゃんが健康的になるようにワタシがお呪いをかけておいたから。ンフフゥ」
「(ヌオオオオオオオォォォォッッ!!!)」
「「ようこそ、ホモの世界へ。“酔いどれ”のエロ話なんか全然気にならない楽園(ヘブン)よ♪♪♪さあ、カモーン!!!」」
「「誰が行くかあああああぁぁぁっっ!!!」」

荒い息を吐いている水楯へウィンクしながら『友達になろう』と寄って来るマックスに、同じく息の荒い霧流へ黄ヶ崎が作った野菜(キスマーク付き)を贈る保毛。
彼等は一連の流れから少女達がアブノーマルな世界へ理解を示してくれたのだと理解し(=勘違いし)、ささやかながらの謝意を示しながら自分達の楽園へ2人を招待する。
当然マックスと保毛の勘違いなのだから、水楯と霧流は全力で招待状を破り捨てた。彼等と友人関係を築くのはまぁ不可能だろう。

「いてて・・・あぁん?何で俺の上に黄ヶ崎が乗っかってんだ?」
「陶然さん。ようやく素面に戻ったのかよ?アンタのエロ話で、すっかり女連中が引いちまってるぜ?」
「マジか?断片的にゃ記憶が残ってんだが・・・そりゃマズいな。このまま終わったら、国鳥ヶ原No.1のモテ男(自称)深酔陶然の名が泣くってモンだぜ」
「冗談が過ぎるよ、陶然君?彼女いない暦=人生なのにさ」
「グサッ!お、おぉ・・・今日の俺への桐旗のツッコミは何時にも増してキレてんなぁ。さては水楯ちゃん達と触れ合えて嬉しいんだな?正直に言えよ」
「嬉しいよ。『友達が欲しけりゃソイツにとって嬉しいことをしてやれ』って教えてくれたのは陶然君じゃないか。
だから、自分は陶然君に頑張って頑張ってツッコミを入れるんだ。Mな陶然君は自分のツッコミで嬉しくなれるんでしょ?ねっ、真正のM人間な陶然君?」
「う、うう、嬉しいに決まってんだろおおおぉぉぉっっ!!!俺はMなんだからよおおおぉぉぉ!!!もっと来いや、オラッ!!ついでにモテ男の俺の下へ彼女もカモーン!!!」
「いや、陶然さんがモテたことなんて一度も無いだろ?」
「アニキが女と絡んだらまず吹っ飛ばされてるよな?」
「お、俺と・・・一緒、で先輩は女にはモテ・・・な、い・・・(ガクッ!)」
「陶然は女より男にモテるタイプデス!」
「ホモの頂点に立つ資質を持つ男・・・それが陶然ちャんだわ!!」
「グサッ!グサッ!グサッ!グサッ!お、俺は女が良い!!オッパイのデカい女が良い!!!」

吹っ飛んだ黄ヶ崎に巻き込まれたおかげでようやく素面状態に戻った深酔は、仲間達から浴びせられるSッ気溢れるツッコミに悦びを感じながら水楯と霧流の前へ足を運ぶ。
酔いが冷めたおがけか、思考もみるみるクリアになっていく。酔っ払う気分も楽しいが、こういう感覚もまた乙なモノだ。

「悪いな、水楯ちゃん。霧流ちゃん。何か、気分を害しちまったようで。断片的な記憶はあるんだが、そんなに俺の酒癖は酷かったか?」
「えぇ。酷かったですよ」
「本当に大変だったわ」
「陶然君。もう一度謝ってた方がいいよ?」
「桐旗の言う通りだな。済まねぇ」
「「・・・・・・」」

桐旗の促しもあって苦笑いしながらも頭を2回ばかり下げた深酔を見た瞬間、少女達はふと疑問を抱いた。
自分達が好感を抱いた彼(彼女?)が、どうしてこんな面倒臭い人間の傍に居るのか。失礼だろうが、桐旗の身体的特徴を考えると“酔いどれ”の傍に居ることによっていらぬ問題が起きてしまわないのか。
すぐに思い付くのはイジメ。身体的特徴を起因とする侮蔑は今も昔も発生している。もちろん、この学園都市においても。

「・・・アナタみたいな人によく桐旗さんが着いていっていますね。疑問しか浮かびませんよ」
「それは私も思った。あなたみたいな人間が傍に居たら、桐旗さんにとって傍迷惑もいいトコ・・・」
「それは違うよ、霧流さん。水楯さんも。陶然君は・・・迷惑な人なんかじゃ・・・・・・無い。絶対に」
「「えっ?」」

だがしかし、少女達が言葉に出した疑問はすぐさま当人から否定される。深酔とつるむ者達は、各々の事情で他人から“切り刻まれ続けて来た”。
自業自得もあれば止むを得ない事情もあった。自分の与り知らぬ所で自然発生していたこともあった。

「陶然君は・・・・・・自分の大事な大事な友達だ。奇異な体型のせいで“学園の腫れ物”として扱われて来た自分にできた・・・・・・最初の友達。
かけがえの無い・・・親友だ。そんな彼を迷惑な存在だなんて・・・・・・自分は一度も考えたことは無い!」
「「桐旗さん・・・」」
「陶然君は・・・・・・初めて本心を打ち明けてくれた人なんだ。『キモい』って。『ブサイクじゃね?』って。誰も・・・誰もそんなことを言ってくれなかった。
よけて・・・避けて・・・誰も自分の体型から思い付く感想を言ってくれなかった。陶然君を真似てスクールカーストを作ったのも自分への評価を変えるため・・・
自分に本心を包み隠さず言ってくれる『友達』を作るため!!でも・・・皆の腫れ物扱いは変わらない所か復讐のために作ったって勘違いしちゃって・・・。
どうにもならなかった所に現れたのが陶然君だった!!陶然君は・・・自分の友達で・・・・・恩人だ!!」

桐旗の語る辛さは水楯や霧流にも理解できる部分があった。共に孤独を体験している身。故に、彼の辛さもわかる。
そして、友ができたことが“学園の腫れ物”扱いに終始していた桐旗にとってどれ程嬉しかったのかも自身の体験から水楯には容易に想像が付く。
他方、友が居ない霧流の場合は想像というよりも“羨望”の色が濃かったが。



「俺はよ、今も桐旗のことをキモいって思ってるぜ?そこのマックスと保毛は暑苦しいホモだし、黄ヶ崎は気色悪い“エロ鉄仮面”だし、
加見坂はガラの悪い“不良”だし、石舛に至っては昔俺を半殺しにした自己中野郎だしよ」
「半殺し・・・!?」
「そ、そんな人間とどうして・・・」
「ソイツを見てよ、『気持ち悪い』とか『タイプじゃ無い』とかあって当たり前なんだ。桐旗はキモい!!ホモコンビは気持ち悪い上に暑苦しい!!黄ヶ崎は気色悪い!!
加見坂はガラが悪い!!石舛は俺を半殺しにした嫉妬深い自己中人間!!で?それがどうしたってんだ?
『面白ぇ。コイツとダチになりてぇ!!』って思う理由の反対意見にそんなくだらねぇモンがなるって言うのか!!?あぁん!!?」
「「ッッッ!!!」」



余計な邪念が友達作りの障害になることに対する怒りが宿った“酔いどれ”の吐く言の葉を・・・少女達は息と共に“呑む”。否、“呑まされた”。
疑う・・・誰だ?疑う・・・今目の前に居る男は誰だ?疑う・・・品の良さを微塵も感じさせないエロ話に現を抜かしていた唯の酔っ払いではなかったのか?



「『ダチになりたく無ぇ』ってんなら別に構いやしねぇ。人類皆友達なんて有り得るわけ無ぇからな。俺も大概飽き性だしよ。飽きたら途中でポイ、堂々と目も逸らす。
だが、『ダチが欲しい』に『絶対コイツとダチになりてぇ』が組み合わさったんならダチになれるモンなんだよ!!
人間やりゃできるんだ。“為せば成る”んだ!!成らないのは為さないだけの話!!俺は為したいことを全部成し遂げて来た!!『祭り』に命を懸けて来た!!!」



胡坐を掻きながら新しいノンアルコールビールの蓋を空けた男から放たれる凄まじい覇気に碧髪の少女と銀髪の少女は気圧される。
まるで、様々なことに堂々としている今の姿が“酔いどれ”の真の有り様であると少女達へ向けて強烈に示しているかのように。



「相手がキモい体型をした人見知り人間!?それが何だ!!?」
「ハハッ。陶然君も毛むくじゃらで老け顔じゃないですか~」
「アブノーマルな世界に浸るホモ&ホモが何だ!!?」
「アタシ達としては・・・」
「光栄な言葉でェす!!」
「女子連中に嫌われまくった“エロ鉄仮面”が何だ!!?」
「先輩だって嫌われてる・・・(グゥッ!)」
「人の言うことをてんで聞かない自由人間が何だ!!?」
「その代わりアンタの『祭り』には協力してるけどな」
「人を半殺しにした嫉妬野郎が何だ!!?」
「そんな人間を友として迎えるんだからアンタもぶっ飛んでるよ」
「貧乳同士醜く言い争ってる女達が何だ!!?」
「「私を見るな!!」」



どんな人間にも当人なりの事情がある。当人にしかわからない事柄もある。それを他人がどうこうできると思うことは、もしかするならいけないことなのかもしれない。
分別を弁えてそっとしておくことが最良・・・とまでは言わずとも無難ではあるかもしれない。他人がどうこうして当人に迷惑が掛かるくらいなら・・・当人も他人も嫌な思いをするくらいなら。



「ソイツに宿る火種が『燃えたい』『燃え盛りたい』『燃え滾りたい』ってうるさく吠えるなら、俺は喜んで力になるしダチにもなるぜ?
腹割って話して!!友誼を交わした杯に満たした酒を呑み干したら、それはもう極上(りっぱ)な銘(ダチ)だ!!他に取って代わることの無い光り輝く美酒(かんけい)だ!!
例え、相手が殺したい程憎い人間でも『寂しい』っていう火種があって、燃やしたら面白そうってんならダチになる!!俺と石舛が似たような関係だったぜ?ハハハハハ!!!」
「(この男・・・!!!)」
「(まさか、本当は・・・!!!)」






それでも。それでも。それでも。彼に渇望する思いがあるのなら。彼女に羨望の想いがあるのなら。
それ等の火種と自身の心にある火が組み合わさることで『祭り』に相応しい程燃え滾る大火になるのなら、ノンアルコールビールを一気呑みする“酔いどれ”は堂々と動く。
その結果のせいで他生徒から侮蔑や妬みの視線を送られても。教育者からどんな評価を下されても、飲み干した缶をドンと地面へ叩き付ける“酔狂人”は堂々と行動を起こす。









「それが『祭り』に生きる漢の心意気ってモンだろうがよ」









凄味さえ感じられる程に酔狂的な笑みを浮かべる男・・・『国鳥ヶ原No.1の秀才且つ国鳥ヶ原No.1の手に負えない酔狂人間』深酔陶然は・・・・・・必ず。









「あぁ。何か湿っぽくなっちまったなぁ。呑みなおすか。オラッ、黄ヶ崎!何時までも寝てんじゃねぇ!!桐旗もこっちに来い!!」

思いの他真面目な話になってバツが悪くなったのか、深酔は仲間達と再び酒宴へ興じるために肴の缶詰を開け始めた。
叩き起こされた黄ヶ崎がブツブツとエロい言葉を呟きながら持参の冷蔵庫からギンギンに冷えた缶を取り出し、
呼び付けられた桐旗が散乱しているゴミをビニール袋へ次々に放り込んでいく。他の男達も酒宴再開のために各々に割り当てられた作業に没頭している中、
放置状態にも等しい碧髪の少女と銀髪の少女は水の入った紙コップを両手で持ちながらずっと沈黙していた。

「(何をしているのかしら、私?私に復讐しに来た女と隣同士なのに。変な空気に当てられたせい・・・なの?)」
「(何をしているの、私?兄さんの命を奪った仇と隣同士なのに。妙な空気に当てられたせい・・・なのかな?)」

前提として、ここで殺し合いをするつもりは水楯も霧流も全く無い。今の流れだと、絶対に邪魔が入ることは確定的だからだ。
自身の想いを打ち明けた桐旗の前で血生臭い真似を演じたくない気持ちもある。ノンアルコールビールによって今尚胸ヤケもしている。

「(『例え、相手が殺したい程憎い人間でも「寂しい」っていう火種があって、燃やしたら面白そうってんならダチになる!!』・・・ね。
界刺さんと不動先輩の昔の関係に通じるモノがあるかもしれないけど・・・・・・フン。私と霧流の間でそんなことが起こり得ることは万に一つも無いわ)」
「(『例え、相手が殺したい程憎い人間でも「寂しい」っていう火種があって、燃やしたら面白そうってんならダチになる!!』・・・ね。ハン!
有り得ないわ。絶対に有り得ない。どうやったら、水楯と友達関係が築けるっていうのよ。仇をこの手で討ち取らなきゃ・・・私の憎しみが晴れることは無い)」

戦わない理由は幾らでもある。戦えない理由も同様に。それでも、当人達が憎しみの修羅と化せば理由という名の“鎖”を喰い千切ることはできる筈だ。
それなのに・・・少なくとも今の2人は修羅と化すことができない。いや、違う。修羅と“化さない”。何故か。


『人間やりゃできるんだ。“為せば成る”んだ!!成らないのは為さないだけの話!!』


「(わかったような台詞を堂々と吐いて・・・!!)」
「(あんなセクハラ野郎に気圧されるなんて・・・!!)」


答えは至って単純。背筋が凍る錯覚を感じる程の威圧が篭った燃え滾る言の葉を呑まされたから。
自身の心の奥底に眠る小さな小さな火種(ざいあくかん)が灯る音が聞こえたから。堂々とぶっちゃけるあの“酔いどれ”に火種へ点火されてしまったから。
『成らないのは為さないだけ』。意識的にしろ無意識的にしろ罪悪感を抱いているのにケジメを着けられないのは着ける気が無いだけ。
“酔狂人”の言葉を聞いていると、自分達が逸らしてはいけないモノから目を逸らしていることを否応無しに認識させられてしまう。
あの男も目を逸らしているとのたまっていることからして、別段それを糾弾しているわけじゃ無いのだろう。目を逸らす行為自体を否定しているわけでは無いのだろう。
なのに、ここまで影響が大きいのは『自分は目を逸らしている』という現実を認識させられてしまったが故。

「おぅおぅ。どうした、水楯ちゃん?霧流ちゃん?」

偶然か必然か。自分達へ確かな影響を与えた“酔いどれ”が、『ノンアルコールトウガラシビール』を片手に不敵な笑みを浮かべながら近付いてくる。
また酔っ払ってるのかと一瞬警戒したが、口調や様子を見る限りまだ酔いは浅いようである。
ノンアルコールで酔いの浅い・深いを論じることがおかしいと水楯も霧流も思わなくなったあたり、“酔いどれ”が齎した『酔い』は確実に回っているようだ。

「い、いえ・・・」
「別に・・・」
「よせよせ。皆まで言うな。俺にはわかってる。この国鳥ヶ原No.1の気遣い好青年(自称)深酔陶然には水楯ちゃん達の因縁がただならぬ代物だってことくらいとっくの昔にわかってる。
さっきは酔っ払ってたが、今回はまだ素面だしな。ふざけた議論にはならねぇだろう。・・・俺達の前じゃ言いたくないことなんだろうが、黙ってても解決しねぇだろ?
酒の席ってのは、鬱憤や何やを晴らす機会でもあるんだぜ?真面目な話の続きってのも案外悪く無ぇ。ハハハハハ」
「(この男・・・やはり私達の因縁に感付いている!?)」
「(“酔いどれ陶然”・・・只者じゃ無いわね!!)」

真剣な顔付きを緩めない深酔の体には、先程感じた覇気が充満している。彼は本気で自分達の問題に首を突っ込んで来るつもりのようだ。
今までの経験から“酔いどれ”の行動パターンはとても予測できない。本来なら速攻で断るべきなのに、どうしてか水楯も霧流も唯々黙して彼の次の言葉を待っている。
何かを期待しているのか。それとも・・・。自分達でも制御できない渦巻く感情を悟っているらしい“酔狂人”を真剣に見詰める少女達の覚悟を感じ取ったのか、
国鳥ヶ原No.1の気遣い好青年(自称)深酔陶然は断片的な記憶から導き出した己の推測を信じてまずは2人へ至極真面目にこう提案する。






「よし。そんじゃ真面目にオッパイの話をしよう」
「「だから、何でそうなるの!!!??」」

continue…?

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最終更新:2014年02月10日 21:20