セバスチャン=ボールドウィンが放った3発の水球は教会に着弾、悉く粉砕された。
あらかじめ防護用結界を解除してあった教会は、過剰なまでに破壊されきっていた。
その光景を虚ろな、摩耗しきった眼でセバスチャン=ボールドウィンは確認し、すぐさま振り返る。
キース=ノーランドグレゴリー=ガーランドは歪んだ歓喜を貌に表し。
後ろにいる謎の騎士は最初から興味が無いかのようになにも発することは無く、傍観しているだけだった。






「さて。これで私の仕事は終わった。早く娘を……」

きぃいいいいいいやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!

盾から再び悲鳴が響き渡ったのと、キースとグレゴリーの貌が絶望に染まるのをセバスチャンは同時に確認した。
振り返るとそこには。



『魔法の船』に乗っている『必要悪の教会』のメンバーがいた。

しかもうち二名―――――――鎖のついた首輪をしている男と、古代ヨーロッパ風の衣装を纏った美丈夫の亡霊を従えた少女は攻撃態勢をとっていた。
男、アーノルドの方は紫電を収束させた凶悪な形状の穂先をした槍を持ち。
女、ヴィクトリアの方は膨大な魔力を発する豪奢な細身の剣を持ち。

そして。

「―――槍の欠片は雷撃を顕す。≪POSRL≫」
「―――――――――薙ぎ払え、『幻影の王』。」

30条の雷撃の矢と、音すら掻き消すほどの斬撃が、目の前の光景を掻き消した。
膨大な破壊力は土埃で煙幕を造り上げ、彼らの視界を塞いだ。
今まで飛んでいた『魔法の船』は地面の上に着地する。着地の衝撃で舞っていた土埃が一気に飛ぶ。


土埃が晴れ切った頃に見えたのは、赤を主体とした現代アート風の肉塊と化した裏切り者たちでは無く。一箇所に集った八枚の土の壁だった。
土の壁は損傷を受け、ボロボロになりながらも己の役目を果たしていた。
突如、土の壁が崩壊し塵と化す。巌の如く堅牢な城壁はまるで水の中に溶け込む泥団子のように崩れ去った。
土の壁が消え去った後見えたのは、唖然とした表情のキース、グレゴリー、セバスチャン。
そして、手を前方に翳した謎の男。
中世ヨーロッパ風の灰色の衣装を身に纏い、顔は土で出来た、所々に緑が生えた兜で覆っていた。
すぐさま土が男に収束し、土色と緑色の鎧がその身を覆う。
一瞬、『土の騎士』とマチの目が合う。





ゾクッ。






「(え…………!!?)」







その時、マチの背筋に言いようのない違和感が。
説明しようのない使命感の様なものが。
そういった、どうしようもない「何か」直感的に脳裏をよぎった。


「は、ハハッ。流石だ『土の騎士』!!お前のおかげで我々は助かったぞ!!」

自分の命が首の皮一枚で繋がった事で喜ぶグレゴリー。『土の騎士』はグレゴリーの称賛に応える事は無く、手を前方に翳したままだった。
それに対しキースとセバスチャンはこう思っていた。

“何故、殺したはずの奴等がここにいるんだ。”






「………って、顔してますね。」

『魔法の船』に乗ったハーティがキースたちの心を読み取った。
魔術による読心では無く、純粋な拷問官として得た経験値による賜物だ。

「全く、あのBBAがコイツを寄越してなかったらホント危なかったぜ。コイツがあったからこそ俺はアンタらの作戦を読めてこうして待ち伏せ、奇襲をかけることが出来たんだからよ。ま、失敗しちまったけど。」

『長柄の肉切り包丁(ヴォルジェ)』を片手でクルクルと廻しながら狂気の笑みを浮かべるジャックがもう片方の手で黒い物体を差し出す。

≪あ、あー。聞こえたるかしら―――?≫

黒い物体の正体はカラスのぬいぐるみ。
其処から聞こえていたのはイギリス清教の最大教主、ローラ=スチュワートだった。

≪こんにちはー!!皆の最大教主(アイドル)ローラちゃんがポーラの『フギンとムニン』を通してお送りしけるのよー!!
まずは、一つ。私はあなたたちにプレゼントがありけるのよ。≫


“イギリス清教第零聖堂区必要悪の教会に所属するキース=ノーランド司教及びグレゴリー=ガーランド司教は背信者と認定、必要悪の教会の魔術師は抹殺すべし。”
“これにより、『生冥の棍匙』奪還作戦の指揮権をアーノルド=ストリンガーへと譲渡する。”
“尚、キース=ノーランド司教に発行した『生冥の棍匙』奪還作戦に関する指揮権を剥奪する。”


≪以上があなたたちへのプレゼント。後はそのことをアーノルドたちへ伝えて、あらかじめ指示を出しておけば任務失敗なんて悲劇は無くなりたるのよ。≫

ローラは微かに愉悦の感じる声でノーランド司教たちに話しかける。

「……な、そんな!!」
「何故ですか最大教主!!何故我々を背信者になんか!!いや、そもそも……!!」





≪何故、我々の事を見抜いているのか?それが気になるの?≫

クスクスと嗤いながら。
まるで聞き分けの悪い子供をあやすかの様に。
まるで裁きを下す処刑人の様に。

≪まさか、貴方達程度でこの私を謀れる、とでも考えたのかしら?≫

そう、冷酷に告げた。
唖然としているキースとグレゴリーを無視して、ローラはセバスチャンに話しかける。

≪セバスチャン=ボールドウィン。貴方が霊装『生冥の棍匙』を盗んだのかしら?≫
「そうだよ。」
≪動機は何かしら?≫
「言えないな。」
≪そう、ならば必要悪の教会の魔術師に貴方を抹殺させるだけよ。≫
「それは、出来ないな。私にも目的があるのだから。」
≪……そう。≫

ローラとセバスチャンの会話は淡々としていて。
まるで味気ない確認事項を速読するかの様に。
まるでルーチンワークをこなすかの様に。

本当に、味気なかった。

≪ならばあとはお願いね、皆の者。≫

それを最後に、ローラの通信は途絶えた。
それをきっかけに、血みどろの戦は第二ラウンドとなった。

ふと、ヴィクトリアが空を見上げる。

「…………飛行船?」

燦々と輝く太陽の下に、ポツンと黒い点が存在した。
それは、ラグビーボールか飛行船のような形状をしていて。
それは、飛行船ではありえないほどの速度で直線的に飛んでいて。

それは、五条の稲妻を落としてきた。

「ッ、!!『幻影の王』!!!」

反射的に幻影の王に迎撃を命じた。
音すら掻き消す斬撃と降り注ぐ五条の稲妻は互いに激突して消滅、相殺と言う結果に終わった。

「おいおいおい!!なんだよエドワードから連絡があって来てみりゃピンチじゃねえか!!」

ズン、と鈍い音を響かせながら着地したラグビーボール状の物体の上側が開いて、一人の男が出てきた。
黄色いウィンドブレイカーを着用した、鷲のような雰囲気を醸し出す男だった。


アズ=ノレスタンス
リーリヤの元で霊装研究、及び霊装をより効率的に使用するために魔術的な研究を行っている男だ。

「エドワードから伝言だ、キース及びグレゴリー、セバスチャンは今すぐ俺と共に帰還。『土の騎士』はここに残る。ニコライが『兵』をすでに配置してあるらしいからそいつらと一緒に必要悪の教会の魔術師を潰せ、だと。」

そう言いながらぶっきらぼうにキースとグレゴリー、セバスチャンをラグビーボール状の物体に詰め込んでいく。
このためだけに霊装の全長を大きくするのにどれだけ苦労したか、とかぶつくさ言っていた。

「それじゃ、後はよろしく。アンタ上手く生き残れよ。」

そう言ってラグビーボール状の物体は正に飛び立とうとする。それをただ必要悪の教会の魔術師が見逃すはずが無かった。

「『幻影の王』!!!」

ヴィクトリアが王に命じ、王は命に従い『豊穣神の剣』を振る。
斬撃の嵐と対峙するのは五条の稲妻では無く、翼の如く展開された二つの刃だった。
自らが生み出す衝撃波すら圧倒する斬撃。太陽の如く輝く刃。

そして、その二つもまた相殺される結果となった。
二つの攻撃が生み出した煙幕が晴れた頃にはアズとキース、グレゴリーとセバスチャンの姿はいなくなっていた。

そこにいたのは大地を鎧にしたかのような男、『土の騎士』。
そして大地から湧いて出てくる、3mほどの木偶人形。
それは一本の丸太から掘り出して彫刻にしたものでは無く、木で出来た紐を編み込んでヒトガタにしたかのようなデザイン。
顔は無貌の仮面で覆われていた。
それも一体では無い。
二体。

四体。


八体。



十六体。




ゾンビの様に出てくるそれらはざっと百体近く、地面から湧いてきた。
その木偶人形を見た瞬間、アーノルドが自身の知識に該当する魔術を割り出した。

「こいつら、『ウィッカーマン』の伝承を使った霊装だ!!」

ウィッカーマン。
木で出来た人型の構造物を意味する物。
古代ドルイドが、生贄を焼き殺す時に使う巨大な人型の木の檻。
それらが百もの無貌の仮面を向けながら、意志の無い殺意を向ける。

「叩き潰すぞ、マチ!!ヴィクトリア!!槍の欠片は雷撃を顕す!!≪POSRL≫」
「……螺旋の腕!!」
「『幻影の王』!!」

アーノルドとマチ、ヴィクトリア。
遠距離攻撃が出来るものが一斉射撃を行う。
ケルト神話の英雄クーフーリンが使った魔槍『ゲイボルグ』。アーサー王伝説の隻腕の騎士サー・ベティヴィアの槍捌き。北欧神話の軍神フレイの振るう『豊穣神の剣』。

雷撃が。烈風が。斬撃が。
其々の暴力が『ウィッカーマン』に食い掛かり、木屑となって、辺りに散らばった。
何故か胴体だけはバラバラにならず、地面に堕ちた。

「………!?」

数の暴力をその上の威力で上回る攻撃で破壊し尽くしたはずだった。
しかし、その直後。
木屑が集結し、形成され再び『ウィッカーマン』が殺意を向ける。

「おいおい、こりゃやべぇな……撤退するか?」
「そうだな。此処は一時撤退が………!!」

ジャックが固唾を飲みながらアーノルドに指示を伺う。
アーノルドがジャックの提案の通り、撤退の指示を出そうとした、その時。

“アーノルド。アーノルド=ストリンガー。”

その時。
自身がよく知る男の声が響いた。
ローラが使った『フギンとムニン』のような大勢に聞かせる魔術では無く、科学サイドでいう精神感応のような、誰か個人に知らせる為の魔術だった。
その懐かしい、そして今は何をやっているかも分からない掛け替えの無い人間の声に平常心を失くしてしまった。

「な、まさ、か………エド!!?エド、一体何処に……!!??」
「アーノルド!?ちょ、どうしたんすか!!?」

そうして平常心を失くしたアーノルドに。上空から何かが襲い掛かる。

「な、しまっ……!!?」

『土の騎士』。
そう呼ばれた男がアーノルドを羽交い絞めにする。
体格はアーノルドより小さいにもかかわらず、怪力で締め付け動くことすら出来なかった。

そして、『土の騎士』はそのまま飛び上がっていった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2014年07月15日 01:03