第十章 総員集合《フェイスゲイズ》
第五学区 ハインツホテル 1402号室
スイートルームの面影を残さない、まるで戦争でも起きたのかと言わんばかりの惨状が1402号室には広がっていた。
数百発の弾痕にひっくり返ったテーブル、脚の折れた椅子がそれを物語る。
亜継磨斗という狂気の殺し屋とキャパシティダウンを保持する
木原故頼の襲来でこうなったのだ。
冷牟田はキャパシティダウンのダメージで気絶し、寅栄と樫閑は銃口を向けられて動けなかった。
亜継「じゃあ、さっさと死んでもらうぜ。」
寅栄「毒島!逃げろ!おい!」
亜継が銃の引き金に指をかけた瞬間だった。
ギュィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!
故頼「がああああっ!!」
突如、キャパシティダウンとは違う、また別の耳鳴りが鼓膜を突き刺すと同時に故頼が血を流して倒れる。
茜「ああ・・・・う・・・・・。」
まるで赤ん坊の産声のように茜が声をあげる。
茜が目覚めた途端、反射的に振動防御帯を発動させ、彼女を胸元で抱えていた故頼の衣服や腕の皮が分子レベルに分解される。
故頼「バカな・・・・。」
亜継「おいおい。睡眠薬を盛ったにしては起きるの早いじゃねぇか?」
樫閑「わ、私たちは睡眠薬は盛ってないわよ。彼女は普通に疲れて寝ていただけ。睡眠薬はあなたが勝手に勘違いしただけじゃないの。」
眠りを妨げられ、故頼の拘束から解放された茜は瞬時に亜継の方へと向く。
どうやら、まだ軍隊蟻《アーミーアンツ》と交戦中だと勘違いしているのか、武器を持っている人間を敵と認識しているようだ。
亜継「幻の8番目の超能力者《ナンバーエイト》が相手とは、面白れぇぜ!」
亜継はすかさず、抱えていた大口径ランチャーを茜に向けて撃ちだす。
白煙を上げて射出される擲弾が真っ直ぐな直撃コースめがけて真っ直ぐに突き進む。
亜継へと突っ込む茜はそれを避けようとしない。寧ろ、自分から弾頭へと突っ込んでいく。
寅栄「物陰に隠れろ!」
そう言って、寅栄は樫閑をソファーの裏へと突き飛ばす。
そして、自分は気絶している冷牟田のところへと駆け寄り、自分の身体を盾にして彼女を護る。
ドォォォォォォォォォォォン!!
亜継が放った擲弾が爆発し、炎と衝撃が一気に広がっていく。
お高そうな絨毯や壁紙、家具に炎が移って燃え広がり、爆発の衝撃によって窓ガラスが全て粉砕された。
亜継「さぁ、来いよ!その程度で死なれちゃ、こっちが困るんだよ!」
亜継が挑発目的でそう言い放った途端、立ち込める黒煙の中から茜が飛び出す。
茜「ああああああああああああああああああっ!!」
超音波メスを纏わせた彼女の右腕が亜継のランチャーを真っ二つに切り裂く。
残った左腕で亜継を切り裂こうとするが、簡単に避けられてしまう。
…が、その瞬間、茜が自身から出した振動の衝撃波で亜継は14階の窓の外へと吹き飛ばされた。
亜継「ハハハハハ!やっぱり、能力者ってのはこうでなきゃな!!」
亜継はそう告げると、地球の重力に引っ張られて下へと自由落下していった。
亜継「でも、そういう奴をブッ殺す生き甲斐を失うのは惜しいなぁ。」
そう言うと、袖元から鉤爪の付いたワイヤーを射出し、下の階のベランダに引っかけてゆっくりと地上へ降りて行った。
地上に降りると集まった野次馬に取り囲まれるので、隣にあるビルの非常階段に飛び移り、そこから逃げて行った。
故頼「亜継の奴・・・、いくら払ってやったと思ってるんだ。」
右腕と胸元から血を流しながらも踏ん張り、故頼が立ち上がろうとする。
分子レベルに分解された衣服の胸元から立派な大胸筋をさらけ出し、腕も筋骨隆々そのものだ。とても50代とは思えない肉体だ。
彼が落とした拳銃を拾おうと手を伸ばす。
寅栄「させるか!」
瞬時に寅栄が拳銃を蹴り飛ばし、それを追う故頼より先に手に入れる。
そして、銃口を故頼に突きつける。
寅栄「形勢逆転って奴だな。」
寅栄が勝利の笑みを浮かべると、それを嘲笑うかのように故頼も笑みを浮かべていた。
故頼「それはどうかな?」
彼がそう言った瞬間、いつの間にか窓辺に置いてあった球体から煙が立ち込める。
どうやら、亜継は窓から投げ飛ばされた時に故頼も逃げられるように置き土産をしていたようだ。
立ち込める煙幕の中で故頼は姿を消した。寅栄は発砲したが、意外にもすばしっこい故頼には当たらなかった。
寅栄「チッ!逃げられたか・・・。」
寅栄は弾切れになった拳銃を放り投げる。
寅栄「さて・・・と・・・」
寅栄は腕を回して肩を鳴らし、窓辺に立つ茜を見つめる。
寅栄「目覚めちまったこいつをどうすればいいんだ?」
樫閑「もう一度、酸欠作戦しようにも七色爆弾《マルチボンバー》が足りないわ。」
故頼が撤退したのもあってか、キャパシティダウンによる耳鳴りはなくなっていた。
毒島「はぁ・・・・はぁ・・・・」
苦しそうだが毒島が息を吹き返し、立ち上がろうとする。
人間、立ち上がろうとする時はついつい近くにあるものを掴んでそれを支えに立ち上がろうとしてしまう。
毒島拳も例外ではない・・・・が、その掴んでしまったものが悪かった。
茜「うあ?」
毒島「げ!」
毒島は咄嗟に手を放したが、逆に茜が掴み返す。
毒島「ええ!?」
寅栄・樫閑「!?」
一同が驚く中、茜は毒島の手を掴んで放さず、キラキラとした目で毒島の目を見つめていた。
毒島(やめろ!そんな輝いた目で見つめるな!可愛いだろうが!チクショウ・・・。)
茜「ほーろー?」
毒島「はい?」
茜「ほーろー!」
そう叫び、茜が毒島に抱きついた。発展途上の胸やら太股やらが当たっているのも気にせず、爪を立ててまでしっかりとしがみ付いていた。
寅栄「イケメン補正って羨ましいなぁ・・・。」
樫閑「あなたも十分、イケメンだとは思うけどね。それに・・・」
――――冷牟田「茜と帆露の関係も非常に良好であり、妹のように彼女に接していた。」――――
樫閑「・・・って言ってたじゃない。
毒島帆露と間違えているのよ。」
寅栄「まぁ、確かに似てはいるけど・・・(性別が違うだろ。)」
とりあえず、安堵する2人を尻目に茜は一方的に拳に対してイチャコラしている。
茜「ほーろー!ほーろー!」
毒島「ちょっ!待てって!俺は姉さんじゃない!」
しかし、そんな言葉が通じることもなく、茜の一方的なイチャコラは激しくなっていく。
寅栄「毒島。お前をそいつの世話係に任命する。」
毒島「おい!何勝手に決めt―――「ほーろー!」」
樫閑「彼女もかなり懐いているようだし、これがベストなのよ。絵とかでコミュニケーションも取れるみたいだし、お姉さんが治るまでの辛抱よ。」
2人の説得で毒島も一応、納得して世話係を承諾した。
寅栄「さっさと逃げるぞ。ここで警備員《アンチスキル》に捕まったら、お終いだ。」
そう言って、寅栄は気絶している冷牟田を抱え、裏の非常階段からホテルを後にした。
軍隊蟻《アーミーアンツ》 第4支部
第4支部は特定の時間限定で使うことのできる支部だ。
風輪学園中等部の体育館がそうだ。夜8時以降は学園には誰もおらず、無論、体育館も無人だ。
大人数を収容できる上に防音措置も施されていることで外部に音が漏れる心配も無い。
後は、セキリュティを軍隊蟻《アーミーアンツ》のハッカーがどうにかするだけだった。
冷牟田「ん・・・・・。」
そこで冷牟田は目を覚ました。
暗く、月明かりぐらいしか光源がないが、どこか懐かしく感じる体育館の天井が見える。
自分は体育館の冷たい床に仰向けに寝そべり、上から軽い毛布をかけられていた。
寅栄「気がついたか?」
冷牟田「ここは・・・・?」
寅栄「俺たちの第4支部。この辺りだと一番広いぜ。」
冷牟田が首を動かして辺りを見渡す。
周囲には軍隊蟻《アーミーアンツ》のメンバーが数十人ほどおり、懐中電灯やスタンドライトを頼りに何かしらの作業をしていた。
音から推測するに、銃器を扱っているのだろう。
冷牟田「まるで学校の体育館みたいね。少し懐かしいわ。」
寅栄「まぁ、実際に学校の体育館を勝手に使ってるんだがな。ここは風輪学園中等部の体育館だぜ。」
冷牟田「よくバレないわね。」
寅栄「学校って下校時刻以降はほとんど人残ってないだろ。校長室以外はセキリュティも案外貧弱だから、いいカモなんだよ。」
冷牟田「確かにそうね。・・・で、あれからどうなったの?気絶してから覚えてないんだけど。」
寅栄は簡潔にことの経緯を冷牟田に伝えた。
冷牟田「なるほどね。あの振動支配《ウェーブポイント》を味方につけたのは心強いわ。」
すると、奥の暗闇の中から大男が現れた。
仰羽「お前が、冷牟田花柄か?」
姿を現したのは仰羽だった。
額に包帯を巻き、胴体にもサラシを巻いていた。自慢の特攻服もボロボロになっている。
冷牟田「ええ。そうよ。あなたは?」
仰羽「軍隊蟻《アーミーアンツ》の№2、
仰羽啓靖だ。よろしく。」
冷牟田「こちらこそよろしくね。」
仰羽「あんたに聞きたいことがあるんだが・・・。」
冷牟田「何かしら?」
仰羽「あんたの仲間だと言う奴が正門前で待ってる。
サングラスをつけた茶髪で背の低い少女と背の高い赤髪の男、マスクを着けて全身に包帯を巻いた男の3人組だ。」
冷牟田「確かに私の仲間だわ。」
寅栄「仲間って言うと、暗部の仲間か?」
冷牟田「そうよ。私たちは学園都市の闇である暗部組織“
サークル”。私はそこのリーダーよ。」
寅栄「まぁ、暗部組織があるってのは、噂では聞いていたけどな。」
仰羽「実際、お目にかかるのは初めてっすね。」
蟻A「寅栄さん。3人を連れて来たッス。」
寅栄「おう。お疲れさん。」
蟻Aが誘導し、体育館の入り口から3人の男女が現れた。
??「よう。しばらく見ない間に厄介事になってたみたいだな。」
最初に話しかけたのは背の高い赤髪の男だ。炎を再現しているかのように燃え上がる赤髪、ツリ目で少し強気な感じの男だ。
冷牟田「まさか、スキルアウトの力を借りることになるなんて、私としても予想外ね。」
次に話しかけたのは、背の低い少女だった。
仰羽が言うにはサングラスをかけていたが、さすがに体育館の中は暗いのでサングラスをはずしていた。
セミロングの髪にカチューシャを着け、ワンピースを着ている、活発で可愛らしい少女だ。
??「花柄~。こっちの仕事はモチモチっとしたものが無くて寂しかったよ~。」
冷牟田「暗部の仕事にそういうのを求めるのが間違いよ。」
そして、最後に全身に包帯を巻いた男が話しかけて来た。
刈り上げた白髪に白いマスク、全身に包帯を巻き、その上に白衣を着ている気味の悪い男だ。
全身真っ白な彼だが、身体の所々がすす汚れていた。
冷牟田「随分と傷だらけじゃない。どうしたの?」
冷牟田の問いに、包帯の男が答える。
??「あの後も№108の監視をしていたら、突然、炎で焼かれるわ、爆発に巻き込まれて吹き飛ばされるわ、
警備員《アンチスキル》に追い回されるわで散々だったんだぞ。」
仰羽(その炎って多分、俺だわ・・・。)
寅栄(ついでに爆弾も俺らだぜ・・・。)
冷牟田「紹介するわ。そこの赤髪が
三上煉次。女の子が神座残時。ちょっと焦げた薄気味悪いのが
神山才人よ。」
神山「誰が・・・・薄気味悪いだ?血毒感染《ブラッドカース》で殺すぞ?」
冷牟田「ちょっとした冗談よ。これが私たち暗部組織“サークル”よ。」
三上「おいおい。オレたちが暗部組織だなんて、言っていいのかよ?」
冷牟田「ここの奴らはそう簡単に騙せないわ。変に隠したりしない方が良いわよ。
あの振動支配《ウェーブポイント》を戦闘不能に追い込んだ連中なんだから。」
神座「マジで!?あの超能力者《レベル5》級を!?」
神山「スキルアウト・・・と言うよりは、・・・・軍隊に近い存在だ。俺は見ていた。」
寅栄「まぁ、軍隊蟻《アーミーアンツ》なんて名乗ってるしな。」
三上「それで、あんたらは?」
寅栄「ああ。俺は軍隊蟻《アーミーアンツ》のリーダー。
寅栄瀧麻だ。」
仰羽「同じく№2の仰羽啓靖。」
寅栄「あと、樫閑とか毒島とか紹介したいんだけど、生憎、今は不在でね。」
冷牟田「確かに、いないわね・・・・。振動支配《ウェーブポイント》も。」
寅栄「あいつらは今、お見舞い中だよ。」
冷牟田「お見舞い?こんな時間に?」
彼女が腕時計を見ると、時刻は夜の11時を指していた。
第五学区のとある病院
毒島帆露が入院している病院だ。何の変哲もない病院だが、やはり深夜となると雰囲気が違う。
深夜の病院というのは昼とは違う雰囲気を醸しだすが、アンチオカルト・科学主義の学園都市には病院の亡霊伝説なんてものはあまり存在しない。
毒島拳、樫閑、茜と運転手を乗せた車が病院の入口前に停車する。
樫閑「行くわよ。そこそこ警備網が張られているから、気付かれないようにね。」
毒島「分かった。」
そして、毒島の腕にしがみ付いて離さない茜に対してもスケッチブックで書いた絵で樫閑が言った内容を伝える。
Yes or Noは首振りで表現できるので、こういった一方的なコミュニケーションはスムーズに出来る。
絵の内容が正しく認識されているかどうか分からないという不安が生じるのではあるが・・・。
樫閑「じゃあ、行くわよ。」
樫閑が先導し、病院潜入作戦が開始された。
普段、病院の敷地内は警備ロボットが周回し、監視カメラが作動している。そこに死角はない。
はずなのだが・・・
樫閑「おかしい。警備ロボットが1台もいないなんて・・・。」
毒島「監視カメラも動いていないようだな。」
茜「う?」
樫閑「とりあえず、中に入ってみるわ。」
そう言うと、樫閑は監視カメラの目線など気にせず、ダッシュで病院の中へと入り込んだ。
毒島と茜もそれに続いて入り込む。
本館の階段を上り、毒島帆露のいる別館へと移る渡り廊下のある3階へと辿りつく。
そこで樫閑と毒島は違和感を覚えていた。
セキリュティが起動していなかったこと、あまりにもスムーズに病院内を移動できたこと、そして、誰一人とて看護師の姿を見ない。
毒島「気付いたか?」
樫閑「ええ。何か、おかしいわ。」
茜「う・・・・あ?」
樫閑「私はナースステーションを見て来る。あなた達は先に病室に行ってて。」
毒島「分かった。」
茜「あーい♪」
毒島と茜はそのまま渡り廊下へと進み、毒島帆露の病室へと向かった。
樫閑「もしかしたら、まずい事態になってるかもしれないわね。」
樫閑が携帯電話を取り出し、寅栄へと連絡を取ろうと電話をかける。
寅栄『樫閑か?どうした?』
樫閑「兵を何人かこっちに寄こして欲しいの。それなりの装備でお願い。」
寅栄『どうした?茜ちゃんが暴れだしたのか?』
茜「いいえ。病院が何者かに襲撃されているかもしれないの。」
樫閑が電話に集中しているから気付かないのか、背後から一人の人間が近付いていた。
そして、樫閑の背後に来ると鈍器のようなものを振り上げた。
寅栄『襲撃されている?』
樫閑「ええ。密かに何者かが―――――――」
ドカッという鈍い音と共に樫閑の頭に衝撃が走る。
どうして?何で殴られたのか?
そんなことを考える間もなく、樫閑は倒れた。
電話越しの寅栄も何かしらの異変には気付いたようだ。
寅栄『どうした?樫閑?・・・おいっ!返事しろ!おいっ!』
樫閑を殴った男は、五月蝿く叫ぶ寅栄を煩わしく思ったのか、彼女の携帯を踏み潰した。
一方、樫閑が危険な目に遭っていることも知らず、毒島と茜は毒島帆露の病室の前へと来ていた。
しかし、病室の扉を開けるには勇気がいる。
もう寝ている時間とは言え、今日の昼に起きたことを考えれば、躊躇ってしまうのは当たり前だった。
しかし、毒島のそんな心情など関係無く、茜は「ほーろー?ほーろー?」と可愛らしく言って、毒島が扉を開けるのを促している。
毒島「そうだな。開けないと始まらない。」
思えば、人生で最も忙しく、有意義な2日間だったと思う。
3日前まで、黒幕の存在はおろか、実行犯の特定すら出来なかった自分からすれば、ここまで真相に近づけたのが信じられなかった。
軍隊蟻《アーミーアンツ》という存在はそれほど大きかったのだろう。
毒島(もうすぐだ。もうすぐ、全てが終わる。)
毒島は病室の扉を開ける。
月明かりに照らされる白亜の病室。窓辺には安らかに眠る姉の毒島帆露がいた。
だが、そこにはその空間にとって異物となるものが存在していた。
帆露のベッドの傍らに一人の男が立っていたのだ。
サングラスをかけたヴィジュアル系バンドのヴォーカルみたいな優男だ。
染め上げた金髪、ホストが着てそうな高いスーツを着こなし、胸元はボタンが外されて大胆にもセクシーだ。
そして、アクセサリーが彼のカッコ良さを惹き立てる。
毒島「誰だ!?」
毒島は即座に男に銃口を向ける。
銃器の扱いに慣れてないだろうと思った樫閑が宛がった女性用のハンドガンだが、人を殺すには充分な威力を持っている。
そして、同時に茜も明らかな敵意を示し、両腕に空気振動によって形成した超音波メスを腕の周囲に纏わせる。
すぐに攻撃しないのは、帆露を巻き込んでしまうと考えているからだ。言葉が話せなくても頭脳は超能力者《レベル5》。
それなりに頭は良いようだ。
優男「まぁ、待て待て。彼女に手を出すつもりはない。ちょっと睡眠薬で眠ってもらっただけさ。」
優男は自主的に手を頭にやり、帆露から離れる。
毒島「あんたは何者だ?何が目的だ?木原故頼の仲間なのか?」
茜「う~!」
優男「一気に質問を重ねないでくれないか。まず、第1の質問からだ。俺は
持蒲鋭盛。研究者だ。
専攻は“自分だけの現実《パーソナルリアリティ》”。それの変質と能力への影響を研究している。」
毒島「研究者って形には見えないんだが・・・。」
持蒲「まぁ、今日は白衣が洗濯中だったからな。それに今時、顔半分に刺青をした研究者だっているぜ。」
毒島「目的は何だ?姉さんに何をした?」
持蒲「久々、学園都市に帰ってきたら、自分だけの現実《パーソナルリアリティ》に支障をきたして、
能力が暴走している学生がいるって聞いたからね。忙しい中、知的好奇心と欲求に駆られて、ここの馳せ参じた訳なんだが・・・・」
セリフの途中で持蒲は喋るのを止め、数枚の書類を取り出した。
持蒲「どうやら、彼女には俺の研究のサンプルとしての価値は無いようだ。」
持蒲はそう言って、持っていた数枚の書類をクリップで挟み、毒島の足元へと放った。
毒島が銃口を向けながらも書類を拾う。
それはカルテだった。毒島帆露の医療録が克明に記録されている。今時、電子化されているのが当たり前の中で、
持蒲が取り出したそれはコンピュータにあったものを態々プリントアウトしていた。
毒島「研究サンプルとして価値が無いってどういうことだ?」
持蒲「その通りの意味だよ。」
すると、持蒲は何かに気付いたようで、企むような顔で毒島に話しかける。
持蒲「今から、君のお姉さんの病状について、重要なことを話したいんだが、さすがにこれだけはタダって訳にはいかないんだよなぁ。」
毒島「取引しようって訳か?」
持蒲「ああ。俺の要求を呑んでくれたら、素直に話してやるぜ。」
毒島「ちっ!足元を見やがって・・・。それで、お前の要求は何なんだ?」
持蒲「そんな難しいことじゃない。君とメアドを交換したいだけさ。」
それを聞いた途端、毒島は拍子抜けした。
色々とシビアな状況だったのもあってか、大金とか無理難題を要求させられるかと思いきや、
目的は自分のメアドとは・・・・・、見た目通り、女性関係が軽そうに思えて仕方が無い。
持蒲「君のお姉さんってけっこう美人だよね。身も心も正常に戻ったら、
デートにでも誘おうと思って先約を取っておこうかなって思ったんだけど、お姉さんは現在、解約中なんだよねぇ?」
毒島(何だ?こいつ・・・・・。)
毒島は呆れ果てたが、持蒲の持ちかけた取引に応じることにした。自分のメアドを素性の知らない他人に教えるのには抵抗があったが、
持蒲の持っている情報が気になって仕方がない。
毒島(それに、メアドなんて後で変えればいいし。)
通信で見事に帆露のメアドを手に入れた持蒲は呑気に鼻歌を歌いながら、携帯をポケットにしまった。
毒島「それで、とっておきの情報ってのは何なんだ?嘘だったら・・・・」
毒島の声に呼応するかのように茜が超音波メスを纏わせた両腕を持蒲へと向ける。
毒島「あんたを分子レベルに分解することになる。」
持蒲「それは怖いなぁ。それに隠すつもりも騙すつもりもないぜ。そんなことをしたら、彼女とのデートが何年後になるのやら・・・。
とりあえず、そのカルテを見てみろ。」
毒島「これか?」
毒島は持蒲に渡された数枚の書類、カルテに目を通す。
カルテは2枚あり、内容はほとんど同じであった。
医療関連の知識を持たない毒島としては、書かれている文字も記号も全く分からない。
持蒲「1枚目は毒島帆露のカルテ、2枚目は毒島帆露の“本当のカルテ”だ。」
毒島「本当のカルテ?」
持蒲「そう、2枚目のカルテには1枚目のカルテには無い薬品が記載されている。上から7行目にあるCから始まるものだ。」
毒島「この・・キャパなんとかって奴か?」
持蒲「キャパジエリンという、能力者を収容する少年院などで能力を用いた逃走を防ぐために使われる予定の試作品だ。
能力の暴走を誘発させることで能力を制御できないようにする。」
毒島「何で姉さんにそんな薬品が・・・・まさか、能力で真相を他人に言いふらさないためにってことか。」
持蒲「察しが良くて助かるよ。まぁ、俺としては、早く病院を変えることをおススメするね。」
毒島「そうか。」
毒島はそう言うと、ベッドへ歩み寄り、帆露を背負う。
精神的に追い詰められていた帆露はとても軽く、とても儚げに思える。
毒島「ありがとな。」
持蒲「自分だけの現実《パーソナルリアリティ》について聞きたかったら、いつでもメールすると良いよ。」
毒島は頷くと、ずっと持蒲に警戒していた茜を連れて病室を出た。
持蒲は軽く手を振り、2人を見送った。
そして、2人が完全に部屋から出て行くのを確認すると、窓から一人の少女が入ってきた。
赤っぽい茶髪のツインテールの女だ。年齢的にはまだ高校生ぐらいだろう。体格はそこそこ大人っぽく、胸もあると言えばある方だ。
それに反して、顔立ちは少し幼い。
どこかの高校の制服を着ており、スカートをミニサイズに改造している。そして、制服には似合わないロングブーツを履いている。
持蒲「岬原。ここ3階だぞ。」
岬原が窓から病室の中に入り、窓の外に手を伸ばすとどこからか足跡のついた鉄板を取り出した。
岬原「座標固定《バインドポイント》で鉄板の座標を空中に固定して、そこを足場にしてたのよ。」
座標固定《バインドポイント》
その名の通り、対象をその座標に固定する能力だ。
運動、熱、電気、重力などの影響を受けず、対象をその座標に固定することで絶対に動かない物体を作ることができる。
今回は、鉄板を空中の座標に固定し、その上に乗ったことで足場としていたようだ。
岬原「いつも甘い性格だってのは知ってたけど、今回は甘すぎたんじゃないかしら?」
持蒲「美しい女性が苦しむ姿は見るに堪えないだけだ。」
岬原「あっそう。じゃあ、私は帰って当麻たん☆タイムの続きでもするわ。」
持蒲(相変わらずのストーカーっぷりだな。お前は。)
一方、帆露を背負った毒島とそれに続く茜は樫閑がいるはずのナースステーションへと辿りついた。
ステーションに明かりは付いており、周囲を見渡せるほど明るかったが、そこに樫閑の姿は無い。
毒島「樫閑さん?」
毒島は樫閑の姿が見当たらないことに疑問を持ち、少し歩いて捜そうとした瞬間だった。
茜「ああああああああああ!!!!」
突如、茜が衝撃波を出して、毒島を弾き飛ばす。無論、彼が背負っていた帆露も一緒だ。
ダメージを与えるほどの威力は無く、ちょっと彼を移動させようとした意図があった。
毒島「おい!何するんだ!?」
毒島が茜に文句を言った瞬間、自分が居た場所の近くにあった観葉植物が何かしらの衝撃を与えられて砕け散っていった。
毒島(この能力・・・確かあいつが・・・・)
すると、毒島が連想した“あいつ”が姿を現した。
??「わぁ~。過剰反応《バーサーク》の膜を見破るなんて、良い勘してますわ。」
かつて、スキルアウト暴走蝗《グラスホッパー》を狩るときに一緒(?)に戦った男だ。
ゲーム感覚で獲物を追う目が、今度は毒島に向けられている。
茜「うううううう・・・・」
茜が明かりの届かない暗闇の方に向けて警戒し、そこにいる“誰か”に敵愾心を向けている。
??「こりゃ驚いたわ。わいの居場所を突き止めよった。」
聞き慣れたナチュラルな関西弁と飄々とした声。
毒島はすぐに誰か理解した。そして、同時になぜ彼がここにいるのか理解できなかった。
毒島「家政夫《ヘルプマン》か。」
家政夫「やっほ~。毒島ちゃん。久しぶりやなぁ。」
毒島「何でお前がここにいるんだ?」
家政夫「何で?って、そりゃあ、軍隊蟻《アーミーアンツ》を潰しに来たんや。
毒島ちゃんが『次の目標は軍隊蟻だ。』って言ったあの日から、準備してたんやでぇ?」
毒島「かなりの人数を集めないと、“お前ら”が潰されるんじゃなかったのか?」
家政夫「だから必死に集めたんや。能力者総勢50名の軍隊蟻《アーミーアンツ》駆逐同盟やで?それに・・・」
再び、暗闇の中から榊原の兄である天明が姿を現した。弟の地炭がいるのだから、兄の天明がいてもおかしくはない。
そして、彼に引きずられて来たのは、気を失った
樫閑恋嬢だった。
家政夫「№3の軍師も人質にとったんや。烏合の衆になった軍隊蟻《アーミーアンツ》に負ける要因なんて、あらへんで?」
最終更新:2011年12月01日 15:43