第6話「再会はゴミ捨ての後に」

イギリス・ロンドン某所
レンガに囲まれた6畳ぐらいの狭い部屋。壁には見るだけでも痛くなる数々の拷問器具が所狭しと並べられており、そのいくつかには血で錆び付いたものもある。レンガのグレーという配色は部屋全体に冷たさを感じさせるが、周囲に灯された。周囲の拷問器具から鉄や血の匂いがする。
尼乃昂焚は縛られた状態で部屋の中心にある三角木馬の上に座らされ、股の裂けるような痛みに耐えている。
彼の目の前には布が全滅5秒前の黒革ボンテージ服の歩くポルノのような少女が火の灯ったロウソクを持ち、虫けらを見る様な目でこちらを見ていた。

「今、なんて言った?もう一度、聞いてあげるから言ってみて下さい。」

「いや、だから“チェンジ”って言った。どんなにエロチックな格好をしたとしても俺の性的嗜好はボンキュッボンな大人の女性であって、発展途上やつるぺたを好むロリコン趣味などないという事実に変わりは無い。それに残念ながら俺はSM趣味は持ち合わせていない。」

そんなことを云々と聞かされた少女はロウソクを昂焚に向けて傾ける。

「もし、君がどうしてもSMプレイをしたいというのなら、俺は“攻められる”より“攻める”方をやりたい。というか、ヴィジュアル的に君の方が攻められる方が良いと思う。『白濁!囚われた奴隷少女!~鬼畜サラリーマンの終わりなき○○~』みたいなシチュエーションで・・・~~~~~~!!?」

突如、何の断りも無く少女は昂焚の膝元にロウを垂らした。ドロドロに溶けたロウがポタポタと昂焚の膝や太股に落ちて行き、スーツ越しでも伝わるその高熱に昂焚は声も出せなかった。

「ここをSMクラブか何かと勘違いしているの?だとしたら、随分と幸せな思考回路ですね。」

「しかしこのような状況になったら、現実逃避の一つや二つしたっ~~~~!!!」

再び、昂焚の足に新鮮熱々のロウソクが垂らされる。

「余計なことは喋るな。あなたは私が欲しがっている情報を吐けばいいんです。」

何度も垂らされるロウソクと三角木馬による激痛で昂焚は少し疲れ気味だった。

「本来なら情報を喋るだけの肉塊にするのだけど、最大主教《アークビショップ》に“彼の場合は穏便に済ませけりなるものよ。”と言われていますんで・・・」

(これで・・・穏便?)

昂焚は「お前、穏便と言う言葉をもう一度国語辞典で調べてみろ。」と言いたかったが、次はどのような拷問を与えられるか分からない。彼女に怒りの火をつけるのはあまり宜しくないと思った。

「そういえば、自己紹介がまだだったわ。私はハーティ=ブレッティンガム必要悪の教会で拷問官を務めています。」

「俺は―――――「喋らなくていいです。」

昂焚の自己紹介を制止し、ハーティは手に持っていたロウソクを台の上に置き、どこからか紙の束を取り出した。それに目を遣り、その紙の内容を読み上げる。

「尼乃昂焚。29歳。日本人。5歳の頃に事故で両親を亡くし、その後は十字教系統の児童養護施設に預けられるが、十字教の教理に反する言動が多かったために別の児童養護施設に預けられて育つ。吾潟大学人文社会学部歴史文化学科を卒業後、遺された親の遺産で世界を転々とする。4年前の北アフリカで起きた『便所に群がるシスター事件』を発端とし、数々の怪事件に関与。使徒十字《クローチェディピエトロ》の一件に関わった疑いもあり、追手である冠華霧壱を気絶させて彼の干し首全てに油性ペン(学園都市製の消えないアレ)で落書きを施した。」

(まぁ、その点については“よくやった”と言いましょう。調子に乗った彼には灸を据えたわけですし・・・。)

「また、ヴィルジール=ブラッドコードをはじめとするイルミナティ幹部とも交流があり、先日、ミュンヘンにおけるホテル火災・美術館前広場の破壊・空港の輸送機爆発にも関与している。これで間違いないですね?」

「必要悪の教会はいつからストーカー集団に変わったんだ?」

昂焚の発言にムカッと来たのか、ハーティはロウソクを持ち、火を昂焚の顔へと近付ける。ロウソクに灯る火がチリチリと昂焚の前髪を焦がしていた。

「ごめんね。おにいさんがぜんぶわるかったよ。」

「分かったのならそれでいいわ。では、ここから本題に入りましょう。」

そう言って、彼女はギザギザが錆びた切れ味の悪そうなノコギリを取り出し、昂焚に微笑みかけた。



ロンドン・日本人街
ロンドンに立ち並ぶ伝統建築と日本でよく見かける現代的な看板や広告が並ぶ文化が混沌としつつも整然としている市街を2人の女性が人混みを蹴散らしながら疾走していた。

「こっちに来んじゃね―――――――――――――――――――――――――――!!!」

―――と叫びながら必死に逃げる長槍を持ったラテン系美女。

「知っていますか?この星は黄土色のクワガタムシが地下を這いまわっいて、大量の卵を生みつけているんですよ。卵が放つ莫大なエネルギーを陸海空全てを制したダマスカス色のイカが餌として食べているのですが、食べきれずに残った分が火山噴火として地表に出てくるのです。このクワガタムシの卵こそ、神が『人類はこれで卵かけご飯を食べるべきだ』という啓示なのですよ。」

―――と電波を垂れ流し、踊りながら追いかける(黙っていれば)東洋系美女くずれ。

「そんな気持ち悪い卵かけご飯食えるか―――――――――――!!!」

狂女の電波に対していちいちツッコミを入れながら全力で走り続けたが、足を止めて踵を返す。

「もう怒った!マジギレだ!てめぇはここでぶっ潰す!!」

そう叫び、ユマは人のいない脇道へと入って言った。狂女もそれに付いて行く。
そして、ある程度、奥に突き進んだところで踵を返し、担いでいた2m近い槍に巻かれている布を剥ぎ取った。
白日の元に晒されたユマの槍は黒曜石で出来ており、黒く半透明で光沢のある槍が太陽の光を反射して輝いていた。まるで稲妻のように屈曲した刺先には季節違いの霜と氷に包まれ、氷自体が刃を形成していた。槍全体からドライアイスのように冷気が放たれ、そこに存在するだけで気温を10℃も下げそうな勢いだった。

「悪ぃが、速攻で――――――――――!?」

突然、ユマの下腹部に衝撃が走る。棒状のもので叩かれ、その勢いで彼女は数メートルも飛ばされて路頭のゴミ箱に激突する。

(な・・・何だ!?今の!?)

ユマが顔を上げると、すぐ目の前は竹刀の先端だった。
ユマの目の前にいる女性は彼女に竹刀の矛先を向け、凛々しく美しい佇んでいた。その顔から表情は読み取れない。言うなれば無念無想の無我の境地。色で例えるのなら透明そのものだった。そして、その美しさはまさしく“無”から来ていた。
ユマは大和撫子と言う言葉はこの女性の為にあるのではないかと思えるほどだった。そのあまりの美しさに同性でありながらも見惚れてしまい、目を奪われていた。
だが良く見ると彼女の服装はつけてないはいてないの魔改造巫女装束という電波攪乱狂女と同じ格好だった。顔立ちも目や髪形も考えれば彼女と同じだ。

(どどどどど同一人物――――――――――――――――――――――――――――――っ!?)

あまりにの衝撃的な超魔改造ビフォーアフターにユマは空いた口が塞がらなかった。
そんな彼女のリアクションお構いなしに、狂女改め美女は竹刀を引き、再びユマに向けて突き穿つ。
竹刀はユマから反れて彼女の耳を掠ったところで彼女の背を支えていたゴミ箱に穴を開けた。

「!?」

はっと気付いたところでユマは立ち上がって逃げ、再び美女から距離を取る。竹刀では届かず、ユマの槍型の霊装「イツラコリウキの氷槍」ならギリギリ届く距離だ。槍を振り回すには道も十分な広さだった。
ユマは槍を構え、じっと相手の出方を窺う。一見冷静に見える行動だったが、彼女の思考は恐怖と焦燥感で溢れそうだった。

(ヤバい・・・。あの女はヤバ過ぎる・・・。電波とかそんなものはまだ可愛い方だ。)

美女はゴミ箱から竹刀を抜くと、竹刀が折れ曲がっていることを気にせずに何事も無かったかのように再びユマと対峙する。

(まずあの攻撃速度・・・、有り得ねぇ。聖人としか思えねぇよ!殺気も予備動作も感じられなかった!さっきのだって槍の冷気で竹刀を捻じ曲げなかったら、脳味噌の風通しがよくなってた!!)

ユマが唾を飲み込み、槍を強く握った。

(一か八か、こいつでやるしかない!!)

そして、覚悟を決めた・・・・。
ユマが槍から右手を離し、石突に近い箇所を持っていた左手を振るう。
弧を描くように振られた槍からは一気に冷気が放出され、瞬く間に霜と冷気に包まれた空間が出来上がった。半径10mと範囲はとても狭い。
かつてトラウィスカルパンテクウトリは太陽に挑むために自らの槍を投げたが、返り討ちにあって槍を頭に突き刺さられた。その結果、イツラコリウキになったという伝説がある。自らを返り討ちにした太陽と言う強大な存在の前では氷結の神も委縮する様だ。

(かつて挑んだ太陽がある中だと・・・氷陣もこれが限界か・・・。)

ユマは呼吸と心臓を整え、聴覚を研ぎ澄ます。
冷気によって創り上げられた陣地はイツラコリウキの「全てを冷気で曲げる者」という異名通り、陣地内の物体の全てがユマの意志通りに捻じ曲げることが出来る。だが、それと同時にイツラコリウキの伝承通りに彼女は一時的に視力を犠牲にすることとなる。
そのため、彼女は周囲に放った冷気の温度の変化と音を情報源として周囲の状況を把握している。

「さぁ、どっからでもかかって来な。」

ユマの挑発に乗ったのか、美女は竹刀を構えると、縮地で一気に距離を詰めた。氷陣の内部に突入した瞬間、一気にユマへと折れた竹刀の先端を伸ばし、一気に彼女の腹部を突いた。

(やっぱり早すぎる!!)

自身が冷気の温度変化や音を認知する前に美女は彼女へと攻撃を与えたのだ。音は秒速340m。美女が氷陣の中に入った時に聞こえる霜を踏む音をユマの耳が感知するまでには0.03秒。それ以上の速さで氷陣の5mを突きぬけたのだ

(曲げろ曲げろ曲げろ曲げろ曲げろ曲げろ曲げろ曲げろ曲げろ曲げろ曲げろ曲げろぉぉぉぉ!!)

ユマが激痛で意識を失いかける中、必死に冷気に命じていた。

グリッ・・・コキン・・・・

何かが外れる様な不吉な音と共に「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!!」と鼓膜を張り裂く叫び声が聞こえた。
ユマは腹部の激痛に耐えながらも氷陣を解除し、視力を取り戻した。目の前には絶対に有り得ない方向に折れ曲がった右腕を抑えながら、女性が上げちゃいけないグロい悲鳴を上げ、女性としてアウトな表情を浮かべていた。
そして、その光景を見たユマも女性としてアウトな行為に奔ろうとしていた。
先ほどの美女改め再び狂女の攻撃を腹部に2度も喰らい、その衝撃で吐きそうだったのだ。

「おぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

胃の内容物を大地へ還元《リバース》してしまったのだ。なんという残念過ぎて玉に致命傷な美人だちの光景だった。
そんな中、一組の男女が2人に近付いて来た。

「こりゃあ、面倒な状態になってるのよな。」

「あの・・・大丈夫ですか?」

一通り、吐瀉物を吐き終えたユマの背後から話しかける。

「あぁ?」

ユマは睨みつけるように振り向く。戦いのダメージや電波による精神的ダメージその他もろもろによって気分は最悪だった。その元凶である女を倒しても結局は魔術で腕の骨を折っただけで自分としては何ら実感は無かった。とにかく鬱憤は晴らし切れていなかった。
振り向いた先には一組の男女がいた。年齢は15~16歳ぐらいの巨乳の少女とダボダボな服を着たクワガタのような頭をした男だ。逆光のせいでシルエットしか分からない。

「守音原の方を看るから、五和はそっちの方を頼むのよな。」

「はい。教皇代理。」

真っ黒な髪をワックスで固め、左右の上方へと追いやったクワガタヘアーの男がそう言って、骨が折れてもがく狂女の方へと向かった。
五和と呼ばれた少女は二重瞼が印象的なショートカット娘だ。袖無しシャツの下からでも分かる控えめに激しく自己主張する胸に目が行く。「私の方が大きい」とユマは微かな優越感を感じたのは内緒だ。

「あ、今、丁度おしぼり持ってるんで良かったらどうぞ。」

少女に渡された温かいホカホカお絞で口周りを拭き、ユマは立ち上がった。

「あんがとな。」

そう言って、自分が使ったお絞を返す。
立ち上がり、再び少女と対面する。背は自分より低く、スタイルが良い。胸も大きい。ここまでは一般的な見解だ。だが、それ以上のことがある。彼女の肉付きは背や元々の骨格の違いがあるものの、自分と似ているのだ。互いに細身であるから素人には分からないだろうが、槍を振るう人間独特の筋肉の付き方というものがある。自分もこの少女もそうなのだ。

(それに私の睨みにもビクりとしなかった。こいつは、それなりの修羅場を潜り抜けている・・・。)

あれこれ考えていると、クワガタ頭の男が守音原を肩に抱えながら、こちらにやって来た。
守根原の方は痛みに声を上げる体力と気力を失ったのか、無気力なまま身体は完全に男に預けていた。半開きの口から涎がポタポタと垂れており、彼のダボダボで今にも足を引っかけそうなズボンに落ちていた。

「そっちは大丈夫そうなのよな。」

男に問いかけに五和は「はい。」と答えた。

「あんたら・・・その格好・・・」

ユマは男にささやかな警戒心を抱いていた。彼の服がそうなのだ。ダボダボで動き辛そうなのは気にしない。魔術師なんて一般の目から見ればヘンテコな格好をしているのなんて珍しく無い。だが、彼の服には大きな十字模様が入っていた。かつての天敵であるスペイン星教ら十字教のシンボルだ。

「まぁ、隠す義理は無いのよな。俺は建宮斎字。イギリス清教傘下天草式十字凄教の教皇代理なのよな。」

「初めまして。五和です。」

男は少し砕けた感じで、少女は礼儀正しく頭を下げて自己紹介した。

「ユマだ。ユマ=ヴェンチェス=バルムブロジオ。今はフリーの魔術師だ。今、人を探しているんだ。」

そう言って、ユマは1枚の写真をポケットから取り出した。
古い色褪せた写真だ。数年前のものなのだが、ずっとユマのショートパンツのポケットに入れられたままだったため、保存状態は最悪だ。そのため、十数年前の写真のようにも思える。
20歳前後の東洋人の男と10歳前後のラテン系の少女が2人して映っている。少女がカメラを持ち、無理やり男を抱き寄せて自画撮りしていた。少女の表情は子供らしく太陽のように明るい。対して、男の方は混沌としている。明るいわけでも暗いわけでもない。少女に襟首を掴まれて突然引き寄せられたことに少し驚いている様子だった。
「この日本人の男を探してるんだ。名前はアマノ・タカヤ。漢字は難しいから分からない。こっちに来てるって聞いたんだが・・・」
写真を見た建宮はすぐにピンと来た。

(あ・・・・ゲテモノメイド服シリーズの職人に依頼した時にすれ違ったのよな・・・・。)

それは遡ること数日前、たった一人でローマ正教のアニェーゼ部隊相手に喧嘩を売った男“上条当麻”に好意を抱いた五和嬢のために、建宮斎字はかつて五和が購入を躊躇った“大精霊チラメイド”を調達するために奔走していた。
ロンドン在住のデザイナーの元に(教皇代理の職権濫用で入手した)五和の身体データを持ち寄り、彼女のサイズピッタリの大精霊チラメイドを作るように依頼していた。
建宮がデザイナーの元に訪れた時、丁度、アトリエの入り口で尼乃昂焚とすれ違った。
あまりにも不自然過ぎるダボダボ服と人間がまるまる一人入っていそうな棺桶トランクを担ぐ姿、互いに怪しく、同時に「あ、こいつ魔術師だな。」と思った。しかし、それぞれに用事があったため、それほど気には留めなかったのだ。

(言うべき・・・なのよなぁ?けど、言ったら五和にチラメイドのことがバレるかもしれないのよな。)

言うべきか、言わざるべきか・・・
まぁ、言ったとしてもそれはユマが得た情報よりも古いため、役に立たないのが事実ではある。

「ん~。私は見かけませんでしたね。教皇代理は?」

「えっ!?いや・・・俺も見てないのよな。」

2人(特に建宮)は申し訳なさそうな顔でユマを見つめた。

「そうか。じゃあ、他をあたる。」

そう言って、ユマは槍を断熱素材の布で包むと、2人に背を向けてどこかへと行ってしまった。



ハーティちゃんのDOKI☆DOKI☆ごうもんしつ!(命名:尼乃昂焚)
ロウソクが灯り、不気味な拷問器具を照らす隔離空間。

「ぐぁぁぁぁっ・・・・ぐへっ!」

ハーティに責められ続け、ありとあらゆる拷問器具で生かす殺さずの生き地獄の中にいた昂焚は完全に精神が摩耗していた。服と肉体は鞭やロウソク、火炙り、ノコギリによってボロボロになり、血反吐を吐くたびに拷問器具を血で汚した罰として更に責められる。
生きているのか死んでいるのかと問われれば、生きていると答えられる。だが、いっそのこと殺してあげた方がどれほどの救いだろうか。
拷問と言うのは殺害の手段ではない。絶対的な力と恐怖によって答えを導く手段である。プロの拷問官であるハーティが相手を殺すようなことをするわけない。
そしてハーティは苦しむ昂焚を冷徹な眼差しで見下していた。

「もう一度確認するわ。イルミナティのメンバーは全員で680人。666人の構成員と13人の幹部、1人のリーダーで構成されていて、常にその人数で固定されている。これで間違いないですね?」

「ああ・・・・・。間違いない。」

昂焚は口から滝のように血を流しながら、必死に唇を動かしていた。

「イルミナティの13人の幹部で名前が判明しているのは6名。ニコライ=エンデ、メイラ=ゴールドラッシュ、ミランダ=ベネットルシアン=ハースト、ヴィルジール=ブラッドコード、箕田美繰。」

そして、ハーティは確認のために昂焚から得た情報を次々と読み上げる。

「メイラは金銭魔術、ミランダは黙示録の四騎士、ルシアンは風の魔術、箕田は黄泉軍と黄泉醜女、これで間違いないですね?」

「ああ。間違いない。」

「他に言って無いことは?言わないと寿命を縮めますよ。」

「もう全て喋った。」

昂焚は必死に正直に答えたが、まだ得た情報に満足していないハーティは昂焚の太股に五寸釘を打ち込んだ。

「ぐあああああああああああああああああああああっっ!!!!」

普段の飄々とした姿の欠片も無い。苦悶に満ちた叫びだった。

「20本程度で叫んでどうするの?約束を破ったら針を千本も飲まされるのが日本人でしょう?」

昂焚は(いや、マジで千本も飲まされるわけじゃないから。それくらいの覚悟でやれって意味だから。)とツッコミを入れる体力も、ましてやそれを考える余裕すら無かった。
目の前の痛みを処理するだけで脳が精一杯だったのだ。

「さて、次は・・・・」

ハーティが新たな拷問器具を部屋の片隅から取り出そうとした時、拷問部屋の扉がノックされる。
大事な大事な拷問タイムを邪魔されたハーティは少し不機嫌な顔で扉の窓を開け、そこから目を覗かせる。

「誰なの?今は重要な任務中なんですよ。」

「私だよ。私。」

扉の向こうからは10代真っ只中の少女の声が聞こえる。

「いや、だから名前を・・・」

「バルバラだよ。バルバラ=キャンピオン。前に会ったでしょ?最大主教に様子を見て来いって頼まれたの。」

バルバラという名前を聞くと、ハーティは思い鋼鉄の扉を開けた。それと同時にバルバラ=キャンピオンは口元にハンカチを抑えながら拷問部屋の中を覗いた。
金髪碧眼の少女だ。身長一六七センチ。胸は可もなく不可も無く普通だ。黒の修道服をミニスカワンピっぽく加工した形の服装。太腿の半ばまでカバーしているぴっちりした黒ハイソックスを装備している。フードは被っているが前髪は出してるし肩に髪かけてるしとシスターらしさは皆無だ。
拷問室に漂う血と鉄の匂いが嫌なのか、少し訝しそうな表情で昂焚の様子を見た。それと同時にバルバラは顔が真っ青になった。

「あまり良い気分はしないでしょ?これからは拷問部屋をそう気安く覗かないでください。」

「いや、そういうことじゃなくて・・・」

バルバラはハーティの手を掴んで彼女を拷問室の外へと引きだした。
そして、再び拷問室の重い扉が閉じられ、昂焚は取り残された。同時に拷問が終わるのかと安堵し、そのまま気を失った。
一方、拷問室の前でハーティとバルバラは向かい合うように立っていた。

「ねぇ、ハーティ。最大主教からの命令、覚えてる?」

「勿論、覚えているわ。“彼の場合は穏便に済ませけりなるものよ。”でしょう?」

「うん。―――――――――――どう見たって、やり過ぎだろ!あれ、拷問だよね!?どう見ても拷問だよね!?」

「ええ。拷問ですが?」

「最大主教は『穏便に』って言ったのよ!『穏便に』って!」

「だから、穏便にしたわ。本来は情報を引き出すだけの肉塊にするところをまだ五体満足で許しているんですから。社会復帰は不可能だけど、死人のように生きていけるでしょう。」

「あんたは辞書で“穏便”って言葉を調べてきなさ――――――――――いっ!!穏便って言ったら、普通は問い詰めたり、せいぜい尋問がギリギリセーフラインでしょ!!」

バルバラの主張に対し、ハーティは「え?拷問はアウトなの?」と言いたそうな顔をしていた。無論、バルバラもそれを読み取っていた。

「拷問は確実にア・ウ・ト!ヤバいよ!これ最大主教にバレたら・・・・」

自分で言っておきながら、何故か自分まで最大主教からお仕置きを受ける光景を想像し、バルバラは震え上がる。
ハーティも最大主教の恐ろしさは理解しているようで、徐々に顔を真っ青にしていった。冷徹な拷問官である表情を崩さなくてもその目は完全に踊っていた。

「情報の漏えいを恐れた尼乃昂焚が舌を噛み切って自殺した。私が拷問官であることを知っていたため、拷問されると勘違いしたのなら、理由も大丈夫でしょう。」

「いや、それ絶対無理よ!どう見たって、舌噛み切って無いじゃん!全身ズタボロじゃん!『自決する為に勝手に百万回切腹しました。』なんて言い訳しても無理だよ!」

「じゃあ、どうすれば・・・」

バレれば明日の朝日を拝むことさえできないかもしれない。必死になって2人は対策を練る。

「あ、良いこと思いついたわ。」

「バルバラ。それは名案ですか?」

「ええ。知り合いに記憶に関する魔術に詳しい奴がいるの。そいつに頼んで記憶を消してもらって、後は私らがこいつを道端に放り捨てるの。」

「なるほど、そうすれば、私は穏便に彼を尋問したことになり、彼の傷は道で暴漢に襲われたことにするのですね。」

「そうと決まれば、すぐ実行!善(?)は急げってね!」

2人は完全犯罪を企てると、すぐに気絶した昂焚を死体を入れるための袋に詰め込み、すぐにバルバラの知り合いにところに向かった。



そして、深夜
人目を気にしながらサングラスとトレンチコートという「いかにも怪しいファッション」で闇夜のロンドンを駆け抜ける2人。ハーティとバルバラは2人掛かりで昂焚の入った袋を抱えてコソコソと走っていた。とにかく怪しいし、ハーティに至ってはコートの中身が8割裸の超露出ボンテージなのもあって、本当の変態さんのようだ。

「それにしても記憶の消去に随分と手間がかかったわ。もう日が落ちてるじゃないですか。」

「仕方ないでしょ。記憶に関する魔術はデリケートなんだから。あと消去じゃなくて喪失。記憶喪失と同じ状態にしただけだから。」

「記憶喪失にしただけでも恩の字ね。彼の記憶が戻るまでに証拠を隠滅できる時間が稼げたのですから、良いでしょう。」

「じゃあ、この辺に捨てておこうか。この辺りはライダースの縄張りだから、あいつらがやったことにすれば大丈夫。」

そう言って、寝袋から血まみれになった昂焚を取り出した2人は道端に彼を放置しようとする。
すると、ハーティは遠くから誰か来るのを感じ取る。

「誰か来るわ。隠した方が良いでしょう。」

「え?マジ?」

2人はどこか隠す場所を必死に探すと、人間が一人入りそうなゴミ箱を発見する。

「ここに突っ込んじゃえ!」

昂焚の手足を折り曲げ、無理やりゴミ箱に突っ込んだ2人はそそくさにその場から退散した。

「謝罪は出来ないが、治療費と慰謝料は受け取ってください。」

そう言ってハーティは新作拷問道具を買うために組んだ予算を一緒にゴミ箱に放り込んだ。これは彼女なりの謝罪だった。



それから数分後、2人がそそくさに退散する原因となった人間がやって来た。
フラフラと千鳥足で歩く酔っ払いだ。泣き上戸なのか、何かを嘆いている。それはユマだった。
天草式の2人から別れた後、めげずに昂焚を捜し続けたのだが、倒した不良の仲間に追い回されたり、バスに撥ねられそうになって避けたら川の中に落ちたり、警官に遭う度に職務質問されたり、鉄骨の雨が降ったりと不幸が相次ぎ、バーでヤケ酒を飲みまくっていたのだ。

「昂焚ぁ~!どこにいるんだよぉ~!寂しいよぉ~、会いたいよ・・・うっ・・・うっ・・・」

今にも泣きそうな、そして同時に吐きそうだった。

(ヤバい・・・。飲み過ぎた。ちょっと吐いとこう。)

そう思い、よたよた歩きでゴミ箱に近付くと、ユマはゴミ箱を開けた。
その中には血まみれの男と札束が詰められていた。尋常な光景ではない。だが、ユマは少し驚くだけで、むしろ懐かしんでいた。

(懐かしいな・・・。昂焚が私を見つけた時もこんな感じだったのか・・・。)

ユマはゴミ箱を倒し、男を引きずりだす。

「!?」

そこでユマは気付いた。
似ている。いや、同じだ。顔立ちも、体格も、服装も、目も、何もかもがあの時と同じだった。

「やっと・・・やっと見つ―――――――――



おぇぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・・」

我慢できませんでした。

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最終更新:2012年06月21日 21:49