夜も耽り、時刻は午後8時を回った。街は人工的な光に彩られ、華やかな色彩で彩られる。
そんな光鮮やかな世界からはみ出した者、はみ出された者が人知れず歩を進めていた。

「ハァ・・・ハァ・・・」

それは少女。但し、少女の目に光は無い。どこか虚ろな、まるで、この世界の住人では無いかのように少女は歩を進める。

「ハァ・・・ハァ・・・」

その身なりは一言で言えばボロボロ。着ているものと言えば、下半身に身に付けるボロボロの下着と、半分以上が焼け焦げたスーツ“だったもの”。
そのスーツの上で胸までを何とか隠し、下を腰に巻くことで下着を何とか隠しているという状態であった。

「ハァ・・・。グッ!!」

何かに躓いたのか、前のめりに倒れる少女。彼女の体もボロボロであった。裂傷、打撲、内出血、火傷等数え上げればキリがない。傷は体全体に及んでいた。
特に酷いのが右手。何か鋭利な刃物が突き刺さったのか、彼女の手の平の中心からは今尚血が流れ続けていた。
そして精神的にも・・・皆まで言うまい。

「ッッ!!・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・!!」

それでも少女は立ち上がり、再び歩み続ける。果たして何のために少女は歩いているのか。それは、少女にしかわからない。いや、少女にもわからないかもしれない。
そして・・・少女は止まった。ここは、公園。それは、公園に備え付けられたベンチの1つ。そこに・・・1人の男が座っていた。

「ハァ・・・ハァ・・・」

少女は止めていた足を動かし、ベンチに近付く。そして、男の横に座った。男は少女に目を向けない。少女も男に目を向けない。静かな沈黙が流れる。






「・・・・・・」
「・・・・・・」

10分は経ったろうか、男と少女は言葉を交わさない。目も向けない。動かない。ただ、お互いの呼吸音だけが聞こえていた。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

20分は経ったろうか、近くにある電灯に蛾がひっきりなしに集まっている。その羽音だけがいやに耳につく。
まだ、男と少女は黙り込んでいた。目も向けない。ただ・・・少女の体が少しずつ震え出していた。

「・・・・・・」
「・・・・・・ック」

30分は経ったろうか。近くに大きな建物も無いこの公園は、夜の街の音や彩りから取り残された空間であった。星もよく見える。故に、静かだった。本当に・・・静かだった。
それでも、男は口を閉ざしていた。目も向けない。ただ・・・少女の体が震え、声ならぬ声が漏れ出していた。






そして・・・遂に少女は言葉を発した。






「・・・ック。ック。ヒック。ヒック」

それは、小さな泣き声。何時の間にか少女の目から涙が流れ出していた。

「ヒック。ック。ッンク。ヒック・・・ウウウゥゥ・・・!!ウウエエエェェンンン!!!!」

それは、大きな泣き声に変わり、少女はその血と涙でくしゃくしゃになった顔を隠さないまま―泣く。

「エエエエエエェェェンンン!!!!!アアアアアアァァァッッッ!!!!!」

堰を切ったかのように泣く少女。少女の心に積もり積もった感情の爆発。それが、涙と共に溢れて止まらない。

「アアアアアアアアアアアアァァァァァァァァッッッッ!!!!!」

そんな少女を、隣に座る男は声一つ掛けずに・・・黙って座っていた。少女の泣き声を聞きながら。






「ック。ヒック。ック・・・」
「・・・・・・」

時刻は午後9時を回った。さすがに泣き疲れたのか、少女の泣き声は落ち着いたものとなっていた。
対して男は、変わらず黙りこくったままだ。

「ック。ヒック。・・・あ、あの」

そんな男に少女が声を掛ける。男は目だけを少女の方に向けた。

「あ、あな、あなたは、ヒック。だ、誰ですか?ヒック」

少女には隣に座っている男に心当たりが無い。“記憶”が無い。少女自身、内心では混乱していた。
何故自分はこの男の隣に座ったのか。何故この男の隣で泣き喚いてしまったのか。それが、今の少女にはわからない。

「・・・・・・キラキラボーヤ」
「へっ?」

男の回答に少女は戸惑う。それは名前では無い。少女の質問に対する明快な答えでは無い。
だが、男はこれ以上言葉を続けるつもりは無いらしい。少女に向けていた目を、また元に戻してしまった。

「そ、そうですか・・・。変なことを聞いて・・・すみませんでした」
「・・・・・・」

少女は質問を取り下げた。これ以上この男と話しても意味が無いのだと、そう判断したから。
だから・・・この場から去ろうと思った。この男にとっても自分の行為は迷惑でしかなかっただろう。そう少女は考え、ベンチから立ち上がろうとする。

「・・・そっちは?何て言うの、お嬢さん?」
「えっ・・・?」

男から質問が投げ掛けられた。だが、こちらから名前を問うたのだ。男の方から自分の名前を尋ねられることは、決しておかしいことでは無い。
だから、少女は答えようとした。自分の名前を。この男に。

「え、え~と・・・。・・・?・・・??」

だが、少女には答えられなかった。何故か?その理由は・・・自分の名前がわからないからである。

「えと、んと・・・。・・・・・・・・・。わ、わかりません」

普通なら有り得ないことである。自分の名前がわからないなんてことは。しかし、事実として自分の名前に関する“記憶”が無い

「・・・そうか。なら、いいよ。お嬢さんって勝手に呼ばせてもらうから」
「・・・すみません」

名前さえ答えられないこんな自分の反応を見て、少しはおかしく思わないのだろうかと少女は考えるが、この男は全く気にしていないようだった。

「・・・へ、変だと思わないんですか?」
「えっ?何を?」
「・・・自分の名前を答えられない私を・・・」
「余り気にならないなぁ。俺なんて昔君より小さな女の子に名前を聞いたら、『あなたに教える名前なんてありません』って言われて、しかも股間を思いっきり蹴られたんだぜ?
そいつに比べたら、自分の名前を答えようと頑張ってくれた君の方がよっぽど普通だって思うぜ?」
「・・・・・・それは、比べる対象に問題が・・・」

少女も、さすがにドン引きする。自分より幼い女の子が名前を尋ねられて返したのが、回答拒否と股間への蹴りである。そんな人と比べられたく無い。

「んにしても。どしたの、それ?すっげぇボロボロだけど」
「・・・・・・これ、ですか?・・・・・・見てみます?」
「へっ?」

少女は男の質問を受けて立ち上がる。そして・・・巻いている焼け焦げたスーツ“だったもの”を解く。それは、まるで“殻”を破るかのような光景。

「・・・!!!」
「・・・私にも理由はよくわかりません。でも・・・こんな状態になる程の・・・仕打ちを受けました。色んな人達に」

月明かりと電灯に照らされた少女の裸身。さすがに下半身に身に付けている下着こそ脱がなかったものの、ほとんど全裸と言ってもいい。
そこにあったのは・・・スーツによって隠されていた傷。カッターナイフで切り刻まれたかのような・・・“血文字”があった。
男に己の裸を見られることへの羞恥心は、今の少女には無い。先程の泣き喚いた姿も見られている。それに、この男は自分と会話を続ける気があるようだ。
だったら・・・全てを見せたい。見せてしまいたい。自分の名前すらわからない自分自身の全てを。目の前の男に。

「君・・・」
「どうです?こんな・・・こんな体にされちゃいました。右手なんか、日本刀が突き刺さってたんですよ。『劣化転送』で女の人を攻撃した仕返しに。・・・見て下さい」

そう言って少女は男に近付き、己の右手を見せる。その中心からは・・・血が流れていた。
男が右手の傷を見ようと右手を上げる。その瞬間、



ガシッ!!



男の右手を少女の両手が掴み、自分の左胸へ持って行く。その行為に男は驚愕する。

「お、おい!」
「・・・・・・感じます?」
「な、何を!?」
「私の鼓動」
「!!あ、あぁ・・・感じるよ」

少女は笑みを浮かべていた。月の光に照らされたソレは、妖しくも儚げな笑みであった。

「感じる・・・感じる・・・そう、なんですね。・・・生きているんですね、私」
「・・・・・・あぁ」
「夢じゃ無いんですよね・・・?現実なんですよね・・・?」
「・・・・・・あぁ」

少女は何かを確認しているかのようだった。必死に。そして、男の返答の後に少女は掴んでいた腕を離し、男の隣に座る。スーツ“だったもの”を自分の膝の上に置く。

「そっか・・・。生きてるんだ・・・。夢じゃ無いんだ・・・」
「お嬢さん・・・?」

男が怪訝な声を少女に向ける。少女は、自分の手で顔を覆い・・・言葉を漏らす。

「私って・・・生きてる意味あるんですか?」

それは・・・それは・・・少女の思い。

「私って・・・この世界に居ていい人間なんですか!?この世界に必要な人間ですか!?」

それは・・・それは・・・少女の想い。

「あの人達は!!私がこの世界からいなくなればいいって言った!!不必要な人間だって!!生きてる価値が無い人間だって!!だから・・・こんな仕打ちを与えたって!!!」

それは・・・それは・・・少女が抱いてしまった重いモノ。

「そんな私が・・・どうして生きているんですか!?どうしてこんなのが現実なんですか!?悪夢でもいい・・・こんなもの、全て夢ならよかったのに!!!どうして・・・!!」

少女は慟哭する。理不尽な世界に。理不尽な現実に。

「・・・私って、生まれて来なかったらよかったんですか?そうすれば、こんな目に合わなくてよかったんじゃないですか?私は・・・私は・・・何のために生きているんですか・・・?」

少女は問う。自分が生まれて来た意味を。自分の存在価値を。






「銅と明星、女神に象徴されるは金星。意味するものは、愛、調和、芸術。混沌とした世界に存在する真理を見通す偉大なる輝星。故に少年よ、君に光あれ」
「えっ・・・?」

少女は一瞬目の前にいる男が何を言っているか理解できなかった。男はそんな少女に構わず空を―正確には星空―を見上げていた。

「さっき言ったじゃん。名前を聞いたら股間を蹴り上げられた女の子の話。覚えてる?」
「は、はい」
「そいつがさ、俺にそう言ったんだよ。初めは俺も何言ってるかわかんなかったから何回も聞き返したんだ。
その度に股間を蹴られたけど。ったく、こっちだってガキのパンチラなんか見たくなかったっつーの!!」
「は、はぁ・・・」

少女は男の真意を測りかねていた。それでも、理解しようと耳を傾ける。この男が何を言いたいのかを。

「何つーの。占星術って奴。俺等科学の総本山に住んでいる人間にとっては馴染みが無いんだけど。
ビー玉くらいの金属をさ、ああいう星空に見立てて占うとか何とか言ってたな。俺には話しのほとんどが理解できなかったけど」

男は満点の星空に指を向ける。それに釣られて少女も星空を見る。無限にも思える星々の姿を。

「どうもさ、俺には金星の属性ってのがあるらしい。男にこの属性があるなんてのは珍しいって言っていたな。
『あなた・・・もしかしてソッチ系?』とか散々なことも言われたけど。あの赤毛女、今思い出しても腹が立つ」
「・・・」
「そいつが言うには、“7つ”の金属を天体に見立ててあれやこれやするらしいんだけど、俺にはさっぱりわかんなかった。
『この色には~』とか『この惑星には~』とかそいつは説明するんだけど、俺からしたら全部同じように・・・」
「・・・それで、あなたは何を言いたいんですか?」

聞き役に徹することにも我慢の限界はある。さっき自分の泣き声を黙って聞いてもらった身にとっては言い苦しくはあったが。

「あー、ゴメン。ちょっと脇道に逸れちゃったな。んでさ、そいつが余りに“7つ”に拘っているように聞こえたからさ、言ってやったんだよ。『星ってもっと多くね?』ってさ」
「・・・・・・」
「今はどうか知らないけど、当時のそいつは“7つ”に拘っていた。技量的な問題があったかどうかは知らないけど。
その拘りようがさぁ、何か枠に嵌りすぎているように感じたんだ。個人的に」
「枠・・・ですか?」
「うん。だってさ、まるで“7つ”が全てみたいに聞こえるんだもの。
占星術的には重要なのかも知れないけど。そこんトコがさっぱりな俺には、何でそんなに枠に嵌りたがっているのかわかんなかった。
だってさぁ、あんなに光輝く星が一杯あるんだぜ。『自分を見ろ』って主張しまくってるヤツがあんなに沢山ある。
世界には・・・あんなにも派手なヤツラが恥ずかしげも無く、それこそウザイくらいに自己主張しまくってる。だからさぁ・・・居ていいよ、お嬢さん?」
「!!!」

男が最後に発した言葉に少女は瞠目する。コノオトコハイマナンテイッタ?

「ウザイ連中ばっかいたら世界だって嫌気が指すだろうし、君みたいな物静かな女の子が居た方が世界だって心穏やかになるんじゃない?」
「えっ、そのっ・・・」
「つまりさ、億以上の星々の存在を認める世界がさ・・・君1人の存在を認めないわけが無い。ようするに、世界の懐はそこまで浅く無いってこと」
「!!」

この男は言う。少女がこの世界に存在してもいいと。

「俺もさ・・・昔、君みたいに悩んだことがある」
「えっ?」
「自分は何のために生きているのか?何のために存在しているのか?一度気になり出したら止まらなかった。止まってくれなかった。
飯を食う時、遊ぶ時、寝る時、何時も付いて回った。自分の手を動かすだけで・・・物を見るだけで・・・気になった。
何で手が動く?何で物が見える?何で俺は・・・生きているって。すごく気になった」
「・・・・・・」
「だから、自分の存在価値を知るために、バカもやった。暴力も振るった。丁度その頃レベルが上がったばっかりで、調子に乗っていたんだろう。
戦闘向きの能力じゃ無ぇのにスキルアウトの溜まり場に突っ込んで・・・トチって・・・暴力の嵐を喰らった。その時の俺は、自分を知ろうとする余り見失っていたんだ。
自分以外のことを。他人のことを。世界っていうデッカイ存在のことを」

男は語る。かつての男の姿を。少女は気付く。今の少女と重なる姿を

「ボロ雑巾のようにゴミ溜まりに捨てられた後・・・やって来たのがさっきの赤毛女だった」
「!!」
「そいつが、何でそんな所に来たのかは知らねぇ。だが、あの赤毛女は俺の顔を見た瞬間こう言った。
『何故あなたが・・・真理を見通す目を持つ筈のあなたが、なんでそんなこともわからないの?』って。
その後に続いたのが、さっきの『銅と明星~』さ。そして、その後すぐに・・・俺をボコボコにしたスキルアウトは警備員にしょっ引かれた。
その時になってわかった。何でこんなことに気が付かなかったんだって。世界ってヤツはどんな理由があっても暴力という“存在”を許さないってことを・・・な。
そして、同時に気が付いた。自分の存在価値なんて、自問自答しても意味が無いものだって。何故なら・・・そんな小さな悩みなんか、この世界は全てお見通しだったからだ。
こうやって見て、聞いて、食って、寝て、話して、楽しんで、泣いて、笑って、苦しんでいるのが普通なこの世界は・・・最初っから俺の“存在”を認めていたんだって。
その赤毛女の言葉と、痛みと、スキルアウトの顛末から・・・世界から教えられた。少なくとも俺はそう思った」


『全く、酷いもんだ・・・この世界って奴は。馬鹿が馬鹿やって馬鹿な目を見ないと、“こんなこと”にさえ気付かせてくれねぇんだもんな』


男はあの時のことを今でも鮮明に覚えている。それは、一生忘れることは無い大事なモノ。

「・・・!!」
「君が今感じている痛みは・・・きっと世界のヤツが怒ってやがったんだ。『この分からず屋がぁ!!』ってな」
「そ、そんな!!そんな理由で私はこんな目に・・・」
「でもさ、世界ってヤツは頑張った奴や意地を見せた奴には、少しは微笑んでくれるぜ?」
「えっ!ちょ、ちょっ・・・」

そう言いながら男は少女の右手を優しく掴む。傷が痛まないように、そっと。

「これは、君の意地の証だ」
「証・・・?」
「君が言っていたじゃないか。『「劣化転送」で女の人を攻撃した仕返しに』こんな状態になったんだろう。これは、君が意地を見せた証拠だ。
だから、世界は君を生かしたんだ。まだ死ぬなよって。まだ諦めんなよって。・・・“世界の懐”(ここ)に居てもいいって」
「う、嘘・・・。わ、私は・・・そ、んな人間なんかじゃ・・・」

男の言葉を否定しようとする少女。だが、男は掴んだ手を離さない。

「ううん。そんな人間なんだよ、君は。俺にはわかる。世界が認めたんだって。君が“世界の懐”(ここ)に居ていいってことを」
「な、ど、どうしてあなたにそんなことが言え・・・」
「だって・・・・・・」

なおも自分を否定しようとする少女は男に問う。自分が存在していい理由を、何故目の前の男にはわかるのか。
男は俯く。手で顔を覆う。それは、顔に“何か”を装着するような仕草。それは、少女から見ることはできない。

「だって・・・・・・」
「・・・どうしたんですか?」

少女の疑問の声は・・・届かない。否、聞いていない。そして、男は顔を上げる。少女に向かい合うために。






「だって・・・俺は・・・自分、気高き安田先輩が下僕、刺界と申す者であります!以後お見知りおきを!!」
「!!!!!」

男の顔に装着されていたのは・・・ガスマスクであった。

「や・・・やす、だ?し・・・しか、い?やす・・・や、すだ・・・しか・・・い・・・?安・・・だ・・・刺・・・かい・・・やす・・・田・・・し、界・・・」

少女の頭に男が齎した言葉が駆け回る。それは、強烈な痛みを伴って。

「あ、頭が・・・・ア、アアッ、アアアアアアアァァァァァッッッ!!!!!」

痛みの余り、頭を抱える少女。言葉が、情報が、電気信号が、少女の頭を縦横無尽に巡る。

「さぁ、ここからが意地の見せ所だよ。お嬢さん?」

そんな少女の背中を、男は言葉で押す。かつて、少女に向けて放った言葉・・・いや、違う。

「俺は君に何かあっても何もするつもりは無い。これからも。でも、俺を認めさせた意地に、俺は応えよう」

かつて、少女に向けて放った言葉とは単語も意味も違う言の葉で、少女の背中を押す。

「俺が応えるんだから・・・そして君も意地を見せるってんなら・・・“死んで”じゃ無くて“生きて”その目に焼き付けて、この界刺得世の目にも焼き付けてみせろよ、大馬鹿野郎」

少女は痛む頭で、それでも目の前の男―界刺得世―の言葉を聴く。

「俺の言葉を振り切ってでも自分の存在価値を証明したいってのなら・・・何が何でも生き抜いて、意地を見せて、
『私は“世界の懐”(ここ)に居る』ってことを世界に見せ付けてやれよ、春咲桜!!」






そして・・・少女は思い出す。自分の名前を。男の存在を。そして・・・自分の存在を。






「か・・・界刺さん?」
「うん、そうだよ。やっと思い出してくれた?」

少女は界刺を思い出した。忘却の彼方にあった彼の“記憶”を。痛みのために地面に座り込んでいた少女に合わせるように界刺もしゃがむ。

「んじゃ、今度はこっちの番だ。君は何ていうの、お嬢さん?」
「わ、私は・・・春咲桜・・・です」
「よし」

少女―春咲桜―は自分を思い出した。自分が何者であるか、自分の存在を。

「はい、これ」
「えっ?これは・・・?」
「本当なら、昼間に渡す筈だった俺のコレクション。前の服は君に不評だったみたいだし」
「えっ・・・でも・・・」
「それに・・・幾ら目の保養になるとは言え、これ以上はさすがに・・・」
「へっ?どういう・・・・・・・・・!!!!」

界刺の言葉に?マークばかり浮かんでいた春咲であったが、界刺の目線と自分の状態を確認し・・・界刺が持っている服を奪い取る。

「ッ!!!ッッッ!!!!ッッッッッッ!!!!!」
「何言ってるかわからないんだけど。それにしても、まさかお嬢さんがあんなに大胆だったねんてねぇ。大人しい娘程大胆なのかな、やっぱり」
「わ、忘れて下さい!!記憶から吹っ飛ばして下さい!!!忘却の彼方まで一直線で!!!!」
「いや、七刀じゃ無ぇんだし。そんなことできねぇよ」

羞恥心から顔中を真っ赤に染めて抗議する春咲を界刺は軽く受け流す。

「まぁ・・・とにかくだ。・・・頑張ったな、お嬢さん」
「ッッ!!・・・った。・・・かった。・・・恐かった!恐かった・・・!!!」
「あぁ、わかってる。安っぽいけど・・・ごめんな」
「ッッッ!!!ウ、ウウゥ、ウエエエエエェェェェンンンン!!!!!」

春咲は界刺の胸で泣く。界刺は春咲の頭を優しく撫でる。界刺の目に宿るのは・・・憤怒の色。春咲桜をこんな目に合わせた者達への怒り。
人間である以上、当然のように湧き上がる感情。数分後、春咲が泣き止んだ頃合いで界刺は宣言する。

「お嬢さん。まだ、君は忘れていることがある筈なんだ」
「忘れていること・・・?」
「あぁ。だから・・・それを今から思い出させる。それから先は・・・君の意思次第だ」
「えっ?ど、どういう・・・」
「もういいぜ、お前等!!随分待たせちまったな!!!」

界刺は言葉を放つと同時に指を鳴らす。その直後、ソレ―『光学装飾』―が解除される。その先にいたのは・・・






一厘鈴音が駆け寄る。

「春咲先輩!!」

水楯涙簾が憤る。

「許さない・・・!!」

花多狩菊が安堵する。

「よく・・・よく生きて・・・」

農条態造が目を逸らす。

「くっ!安・・・桜ちゃんの今の姿・・・とてもじゃないけど直視できねぇ!」

啄鴉が吠える。

「許さん・・・。よくも春咲女史を!!俺の新必殺技『閃劇』にて鉄槌を喰らわせてやる!!」

ゲコ太マスクが続く。

「師匠!!拙者もお供します!!」

仲場志道が案じる。

「過激派の連中と真っ向からぶつかる・・・か。こうなったら、覚悟決めるしかねぇか!!」



彼等彼女等の姿を確認し・・・春咲の思考が、記憶が更に鮮明なものになる。それは、自分や界刺のことを思い出した時と同じ・・・



「・・・く、苦しいよ。・・・・・・一厘さん」
「春咲先輩!!春咲先輩!!!」

春咲に抱き付いている一厘の目には涙が浮かんでいた。それは、安堵故のもの。春咲が生きていることに、春咲の記憶が戻ったことに対してのものであった。

「生きていてくれて・・・記憶が戻ってくれて・・・本当によかった・・・!!」
「は、花多狩先輩・・・。ご心配をお掛けしました」

見れば、花多狩の目にも涙が。彼女は春咲に近寄り、右手の状態を確認する。

「酷い・・・。とりあえず、消毒と・・・」
「あっ。それには及びません。風紀委員に支給されているこの対外傷キットを使います。花多狩さん、包帯ってありますか?」
「えぇ。ここに」

一厘と花多狩は春咲が負った傷に対して手際よく処置を施して行く。その間に、界刺は他のメンバーと話し合う。

「悪かったな。ちょっと待たせ過ぎた」
「な~に、大丈夫ってね。桜ちゃんの記憶も戻ったみたいだし」
「鴉達も・・・。よく踏み止まってくれたな。礼を言うよ」
「何を水臭いことを。俺達は十二人委員会に所属する同士ではないか!!」
「うむ、師匠の言う通り!!拙者達は界刺を心の底から信頼していたでござる!!」
「しっかしまぁ、よく花多狩とかを抑えきったな。あいつなら、すっ飛んで行きそうだが」
「姐さんから連絡があってね。お嬢さんのことについて説明を求められた。んで、そこで説得したの。お前等と同じさ。おかげで電話応対に追われたぜ?」

花多狩達穏健派は、羽香奈から来たメールを確認した後にこぞって界刺に確認の連絡をしたのである。そこで、界刺に説得されて今に至るのだ。
彼等にとっては、界刺の言葉だけで十分だった。春咲と共に過ごした短くも濃厚な時間は・・・彼等にとってそれだけの価値があった。

「界刺さん。春咲さんの処置が終わりました」
「ん。ありがと、涙簾ちゃん」

処置の終了を知らせに来た水楯に礼を言いながら、界刺は春咲の元へ行く。最後の質問をするために。






「お嬢さん。今から俺達は過激派の連中を叩き潰すために行動を起こす。そこには君の姉、春咲躯園が居る筈だ。もしかしたら君の妹、春咲林檎も居るかもしれない」
「・・・はい」

春咲は界刺から過激派への襲撃作戦を説明される。ここに集った春咲以外のメンバーは皆覚悟を決めている。

「それと、どうやら奴等のタレコミのせいで君と同じ風紀委員が動いているようだ。君を捕まえるために。もしかしたら、これを機に救済委員を潰す目的もあるかもしれない」
「一厘さん・・・」
「どうやら159支部の人達は動かないみたいです。色々あって・・・」

一厘は言葉を濁す。不動からの連絡に無いメンバー―鉄枷―の居所が未だ不明なのを気にしているのだ。

「だから・・・今夜中に決着をつける。そこでだ・・・お嬢さん。君はどうする?」
「えっ?」
「君は重傷を負っている。しかも、今から襲撃する連中は君を徹底的に痛め付けた連中だ。俺の言いたいことはわかるね?」
「退くか・・・進むか。ということですか?」
「そうだ。俺達だけでカタをつけるか・・・君と俺達の力でカタをつけるか・・・2つに1つだ」

界刺の問いに春咲は一瞬だけ躊躇する。だが・・・すぐに答えはでた。いとも簡単に。

「私も・・・行きます。いえ、行かせて下さい!」
「お嬢さん・・・いいんだね?」
「はい。これは、元はと言えば私が招いたこと。だから・・・最後の落とし前は私の手で!!」

春咲は力の限り訴える。こんな騒動を招いてしまったのは全て自分の責任。そんな自分が、自分だけが退くなんてことは絶対に許されない。
だから、行く。皆と行く。こんな自分のために命を張ってくれる仲間に、背は向けられない。

「・・・わかった。そんじゃあ、いっちょう過激派の連中の鼻を明かしてやりに行きますか!!」
「勿論!!」
「・・・わかりました」
「ええ!!」
「了解ってね!!」
「俺の黒剣が!!俺の暗黒闘気(オーラ)が!!黒く燃え上がる!!うおおおぉぉっっ!!!」
「覚悟完了でござる!!」
「ああ」

界刺の檄にそれぞれ了解の意思を示す一厘、水楯、花多狩、農条、啄、ゲコ太、仲場。そして・・・春咲。

「はい!!」

それらを確認した後、界刺は笑みを浮かべる。それは、何時ものような胡散臭い笑みでは無い。それは・・・凶悪な笑み。


「よくも・・・よくも俺のスーツを燃やしてくれたな・・・!絶対に許さねぇ!!この仕打ち・・・100万倍にして返してやるぜ!!!」
「「「「「「「「そっちいぃぃっっ!!!!????」」」」」」」」

continue!!

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最終更新:2012年05月16日 23:49