一厘は真珠院に声を掛け、必勝を期した作戦を敢行する・・・
「な~んつってな!」
「「「!!??」」」
筈だった。だが、それを中断させたのは界刺が発し、見せた、してやったりの声と表情。
それに、一厘、真珠院、彼女達を手助けした苧環が目を瞠る中、界刺は宙へ浮く警棒のある部分に向けて赤外線を飛ばす。
ある一定の
パターンを伴った赤外線通信を受信した警棒が、その秘められた性能の1つを発揮する。
プシュ~!!!
「なっ!?」
「こ、これは・・・ゴホッ!ゲホッ!け、煙・・・?」
警棒の柄から噴出した煙。それは、“改良型”警棒に備え付けられた7つある機能の内の1つ・・・『白煙柄<ホワイトヒンダー>』。
人体には有害では無いものの、目や鼻に入れば様々な刺激を発生させるこの煙は、かつての経験が元になっている。
以前成瀬台の風紀委員や不良と合同でスキルアウトを叩き潰した時に出会った、『軍隊蟻』のメンバー
煙草狼棺の能力『煙幕操作』を直に見た界刺は、
この能力のような他者の動きを制限する機能を、己が警棒に付与したのである。自身の『光学装飾』が効かない相手に、少しでも対抗できるように。
「一厘!真珠院!あの男が姿を消したわよ!!」
「「!!」」
一厘と真珠院に、苧環から警告が発せられる。この煙のせいで演算が乱れ、一厘は『物質操作』を中断している。真珠院も、煙のせいで目を開けていられない。
だが、もう時間は無い。界刺がすぐ迫って来る。だからこそ、2人の少女は叫ぶ。それは、自分自身への喝。そして・・・界刺への宣戦布告。
「こ、こんなことで・・・負けてたまるかああああぁぁぁっっ!!!!」
「私は・・・己が力をあなた様に示してみせる!!!!」
真珠院は、地面に手を置く。地面を隆起させるなんて真似はできない。だが・・・
「(浮遊させてねじ切るのでは無く・・・ねじ切った後に固めて浮遊させる!!!)」
真珠院は躊躇無く、『念動使い』を地面に向けて行使する。地面自体を隆起させるのでは無く、ある区画にある土を念動力で引っ付いて固まっている他の土と分断する。
真珠院の念動力は、重量等もさることながらその力自体が大きかった。それは、先程自身が行った木を容易くねじ切った行為からも見て取れる。
今までの真珠院が行っていた能力の使い方は、①物体に触れて②浮かせて③操作する(ねじ切り含む)という手順であった。この使い方は、何も間違っていない。
それを、今回の場合は①操作する物体に『なる』物体に触れて②物体を作って③浮かせて④操作するという手順に組み替えたのだ。
これは、一厘の助言及び界刺の言葉から発想を得た、『今の』能力でできる応用の1つであった。
『真珠院は、念動力単体の威力も大きいし、その精度も高い。だったら、ある物体から自分が操作する物体分を切り離すことってできないかな?』
『そんじゃさ、君は『念動使い』で地面とかを隆起させることはできるの?』
物体そのものを操作したりねじ切ったりするのでは無く、物体から操作する物体だけを正確に切り離す。
今回の場合は、地面から操作する分の土の塊を切り離して圧縮し、1つの物体とする。その物体を更に幾重にも切り離し、宙へ浮遊させる。
圧縮により、各々の塊の固さは相当なものに化している。『離れた場所にある物体を接触せずに幾つも操作する』のでは無く、
『接触した部分から念動力を行使することにより、幾つもの物体を作り出し操作する』というのが、真珠院が見出した『念動使い』の応用であった。
この応用は、元来物体というには小さ過ぎる土の粒でさえ、容易に確固たる形を持つ物体に仕立て上げることが可能であった。(但し、液体・気体は不可)
「一厘先輩!!操作を!!」
「!!・・・了解!!」
真珠院の声を聞いて、一厘は判断する。今の真珠院には、細やかな操作をすることができないことを。
警棒から噴出された煙により、真珠院は目をやられていた。故に、『物質操作』の重量限界値である15kg以下に土を切り分けたのである。
形の固定は真珠院が担当し、浮遊を含めた操作を一厘が請け負う。そして、一厘は“試す”。
ピクッ!
「(捉えた!!)」
それは、自分の重量限界値15kgを利用した範囲内の物体識別。彼女はあの時の・・・『
シンボル』の1人
水楯涙簾と共同作業していた時のことを思い出す。
『リンちゃん。君は涙簾ちゃんと組んだこともあったでしょ?あの時、君はどう思ったの?』
あれは、きっと界刺が自分に対して送ったシグナル。
界刺にとっては別の意味が込められていたのかもしれないが、今の自分はそれを『物質操作』による物体感知方法のヒントだと捉えていた。
あの時の自分は、水楯と共に界刺達が移動するための水の道を敷いたのだ。『物質操作』による操作で小型コンテナを足場にした。
だが、それは本来であれば不可能なことだった。何故なら、足場とした小型コンテナに人間が体重を掛けただけで、『物質操作』による操作を維持できなくなるからだ。
だから、それを水楯の『粘水操作』によって支えたのだ。しかし、あの時の自分は果たして小型コンテナの『支配』さえも維持できなくなったのか?答えは否。
界刺達が体重を掛けていた足場から離れた直後に、『物質操作』による浮遊を含めた操作能力は復活していた。
つまり・・・重量限界値を超えていたとしても、物体自体を『支配下に置く』ことは元から可能だったのだ。
「(本当に・・・本当に私ってバカでアホでマヌケなんだから!!こんなことに、今まで考えが及ばなかったなんて!!)」
念動力とは、気体にしろ液体にしろ固体にしろ、念動力という名の力を対象物へ及ぼすことには違いないのだ。それを、『支配下に置く』と言う。
大きさや重量制限値等は、あくまで『支配下に置く』対象物を実際に操作できるかどうかの指標でしか無い。
確かに、実際に操作できなければ何の意味も無いかもしれない。だが、ある部分においてはそれを応用して有効活用することも可能だ。
例えば・・・『触れなくても念動力を物体に掛けられる特長を活かし、操作範囲内にある複数の物体に念動力を掛けて、重量制限値の上下で物体を詳細に識別する』ことは、
果たして不可能なことだろうか?答えは・・・否。それを証明する人間が1人、ここ常盤台学生寮に存在した。
名は
一厘鈴音。精密且つ微細な念動力操作を実現する、『物質操作』を行使する念動力系能力者。
彼女の手にかかれば、念動力を掛けた(単一及び複数の)物体の輪郭や表面の凸凹具合、果ては実際に触れないとわからない筈の手触りさえ詳細に識別できる。
(但し、総重量1tまで。これは、彼女が『支配下に置ける』総重量制限が関係している)
15kg以上の物体を操作できないという事実に甘んじて、それ等に対する自分の能力が及ぼす効果を、活かせる応用を殆ど検証して来なかった、それは少女の怠慢。
「(界刺さんに呆れられて当然だ!!私は、自分の能力を把握することさえ碌にできていなかった!!
だから・・・ここで結果を出さなきゃ、私はあの人の背中を追い掛けることすらできない!!)」
一厘は、目を瞑りながら念じる。真珠院が作り出した土の塊や『DSKA―004』を、感知した動いている人間―
界刺得世―へ向けて放つ。そして・・・
「うおっ!?」
それは、飛来して来る凶器に驚いた男の声。不可視状態に身を置く男にとって、それは“予想外”であり、また“予想通り”であった現象。
その驚きによる男の表情に変化があったのを、念動力を掛けている一厘には手に取るようにわかった。
「一厘先輩!!得世様の声が!!」
「わかってる!!すぐに・・・仕留めてみせる!!」
真珠院の喜びが混じる声に、一厘は集中を切らさない上で確と応える。
この『触れなくても念動力を物体に掛けられる特長を活かし、操作範囲内にある複数の物体に念動力を掛けて、重量制限値の上下で物体を詳細に識別する』という方法は、
演算に相当な負荷が掛かる。今まで殆ど行使して来なかったことも加わり、一厘の頭の中は絶え間ない痛みが走り続けている。
だが、やる。そう決めたから。そう決意したから。絶対にやり遂げてみせると。自分自身に誓ったから。
「(私達の8m先に誘導して・・・一気に畳み掛ける!!)」
今も、『物質操作』による攻撃が界刺を襲っている。スタンガンを喰らえば250万ボルトの電流が、土の塊を喰らえば打撲程度ではすまない。
それらを一気に叩き込むために、一厘は精密に界刺を誘導していく。そして、その時がもうすぐ来る。
「(後5歩・・・)」
界刺は一厘の誘導のままに、所定位置に足を進まされる。今の一厘と真珠院は、2人共目を瞑っているために『光学装飾』の大半は無効だ。
「(後3歩・・・)」
一厘も限界が近い。体のダメージもかなり響いている。だが、後少し・・・。
「(後・・・1歩!!)」
大一番。そう判断した一厘の眉間に力が入る。それを―眉間に力を入れたことによる体温変化を―不可視状態に身を置く碧髪の男は見逃さなかった。
彼は、事ここに至って切り札を切ることを決断する。それは・・・
「泣き虫リンリン♪パンツは水色♪珊瑚ちゃんのパンツ♪紫オトナ~♪」
「なっ!!!??」
「ッッ!!!??」
界刺の言葉に、一厘と真珠院が羞恥に染まる。そのせいで、両者共瞑っていた目を開けてしまったくらいだ。
『光学装飾』で看破していた少女2人の下着を、この大一番に暴露することで精神的な揺さ振りを掛ける。“『シンボル』の詐欺師”界刺得世の面目躍如である。
その結果・・・
「しまっ・・・!!」
集中に集中を重ねていた『物質操作』による強襲のタイミングを外され、また集中を切らしてしまった一厘は『物質操作』自体を瞬間的に維持できなくなってしまった。
それは、つまり『物質操作』による『支配下』の強制解除。真珠院の能力で土の形は保っているが、移動等の操作は一厘に一任していたために真珠院は咄嗟に対応できない。
「行くよ、2人共!!」
「「!!」」
一厘と真珠院に、不可視状態を解いた界刺が声を掛ける。その声が聞こえた方へ視線を向けた少女達は、思わず目を瞠った。それは、界刺の姿にでは無く・・・
「あ、あれは!!?」
「光の・・・“剣”?」
界刺の右手に握られていたのは、光の“剣”。おそらくは、自分達を更に驚かす目的で手に持つ警棒を『光学装飾』で装飾したものだろう。界刺お得意のペテン。
そう判断した一厘と真珠院は光の“剣”に動じず、自分達の近くにある圧縮された土の塊を反射的に操作し、突進して来る界刺へ向けて射出した。
だが、それは唯の装飾された光剣では無い。それは、“改良型”警棒に備え付けられた7つある機能の内の1つ・・・『閃光剣<エクスカリバー>』。
ジュッ!!ジュッ!!
「なっ!?」
「えっ!?」
射出した土の塊と界刺が振り放った光の“剣”が衝突した瞬間、土が融解し液状化する。そして、『物質操作』及び『念動使い』で操作できるのは固体だけである。
故に、土の塊は少女達の『支配下』から解き放たれる。その光景に目を奪われた2人に・・・
「そんじゃま、お疲れ!!」
「グハッ!!」
「ガハッ!!」
男から、“講習”の終わりを告げる鳩尾への一発が放たれた。拳による重い一撃を喰らい、地面に倒れる少女達。2人には、もう抵抗する力は残っていなかった。
「ふぅ・・・」
時刻は正午0時を回った頃。快晴も続いている。そんな日差し強い青空を、“講習”が終わった男は静かに見上げていた。
「一厘様・・・真珠院さん・・・大丈夫ですか?」
「う~ん・・・しばらくは起き上がれないかな?」
「一厘先輩に同じく・・・」
月ノ宮の心配そうな声に、治療の終わった一厘と真珠院は正直に答える。ここは、寮内にある救護室。今朝まで界刺が眠っていたそこに、一厘と真珠院は横たわっていた。
傷の痛みから気弱げな声を発する2人だが、その声に何処と無く充実感が溢れているのは気のせいでは無いだろう。
「また、ボロボロになっちゃった・・・。はぁ・・・これじゃあ、今日のパーティーに出席できたとしても、相当みっともない姿になっちゃうな」
「うぅ・・・。こんな姿でパーティーに出席することなんて、今まで一度もありませんでしたのに!!」
「何?何か、俺に文句あるわけ?」
「・・・別に」
「・・・同じく」
一厘と真珠院が愚痴る傍には、無駄にキラキラした界刺が立っていた。
今ここに居るのは上記のメンバーと、形製、苧環、津久井浜、菜水、そして何故か居る鬼ヶ原の合わせて9名。
「津久井浜さん。お加減はどうですか?」
「あらあら。・・・何とかめまいも治まったようですし、後に引き摺ることは無いでしょう」
「そりゃ、あんなのは一時的なモンだし、後々に影響することは無いと思うよ?」
「くっ・・・!!」
「(津久井浜さんのこんな姿・・・初めて見る・・・!!)」
界刺の指摘を受けて悔しそうな表情を浮かべる津久井浜に、同じ『食物奉行』として付き合いの長い菜水は驚く。
「バカ界刺。さっきの・・・あの光の“剣”みたいなヤツってどうやって生み出したの?あれって、唯の装飾光じゃ無いよね?」
「あぁ。そんじゃ、タネ明かししようか?ホイ」
形製の疑問に答えるために、界刺は懐から警棒を取り出した。
「この“改良型”警棒の正式名称は、『HsCIRN-00 複合型赤外警棒<ダークナイト>』。
これには色んな機能が仕組まれていて、それを起動させるには様々な波長や間隔等による一定のパターンを伴った赤外線通信が必要なんだ。
この警棒には、俺から放たれた赤外線を受信する機能が搭載されている。だから、俺の手を離れても赤外線さえ受信できれば警棒の機能を発動できるってわけ」
「もしかして・・・さっきの煙も?」
「そうだよ、泣き虫リンリン」
「渾名ぁ・・・。(『Hs』!?ちょ、ちょっと待って!!確か『Hs』って、学園都市の最新鋭兵器群に付くイニシャルじゃ無かったっけ!?
『Hsシリーズ』と呼ばれる学園都市でも最高クラスの兵器・・・!!な、何でそんな物を界刺さんが!?界刺さん・・・あなたは一体何者なんですか!!?)」
風紀委員である一厘は、通常では手に入れることが不可能な学園都市製の最新鋭兵器を、どうして界刺が持っているのかとても気になった。
だが、その辺りの説明は一切せずに界刺は話を続ける。
「備わっている機能は全部で7つ。『白煙柄<ホワイトヒンダー>』、『樹脂爪<キャプチャークロウ>』、『赤外機<レッドパルス>』、『送受棒<モニタリングスティック>』、
『閃烈底<サドングレネード>』、『閃熱銃<プリズムレイ>』、そして・・・『閃光剣<エクスカリバー>』。ちなみに、最後に言ったのがさっきの光の“剣”のことね」
「そ、そんなに・・・!!す、すごいですね、界刺様!!」
「俺がすごいんじゃ無くて、この<ダークナイト>がすごいんだけどね、サニー?」
「でも、名前を聞く限りあなたの能力と組み合わせるのが前提よね?」
「そうだよ、苧環。逆に、そうじゃないと意味が無いしね」
「・・・本当に底が見えないわね。例えばだけど、もし私との戦闘でその<ダークナイト>の機能を全解放していれば・・・」
「つっても、7つある機能全部が攻撃用ってわけじゃ無いよ?この中で攻撃用って断言できるのは、『閃光剣』と『閃熱銃』だけだし。
残りは、どっちかって言うとサポート型だし。それに、君には電磁波による物体感知を禁止させたからね。どっちもどっちじゃない?んふっ!」
「・・・使える手を使わなかった時点で手加減には変わり無いって言ってるのよ(ボソッ)」
「(ということは・・・。先程の戦闘、やはり得世様は『本気』では無かったのですね・・・!!)」
「(・・・!!もう、『すごい』って言葉しか出て来ないよぉ、界刺さん・・・)」
自分の言葉に驚嘆する者、凹む者、それぞれの反応を見て、そして気にせず界刺は説明を続ける。
「話を戻すけど、さっき見せた光の“剣”の周囲を装飾している光には殆ど意味は無い。精々、相手を驚かせるくらいの意味しか無いね」
「・・・それで?」
「本当に重要なのは、その中身だ。まぁ、見た方が早いね。今から、この警棒に赤外線を送るよ?それ!」
そう言って、警棒に向けて煙を噴出させた時とは別種のパターンを伴う赤外線を送信する。それを受けて、警棒の先から3分の2程の表面が裏返る。
「えっ?こ、これは・・・?」
「普段の警棒の表面は、君みたいな電気操作系能力者への対抗策として電気を通さない及び磁力に引き寄せられないコーティングが為されている。
だが、今裏返って表に出てきた部分はそんなコーティングを必要としない。材質上・・・ね」
「・・・何でできているの?」
「学園都市の技術が使われた、新世代セラミックス系の材質を中心とする絶縁性付き非金属物質・・・とでも言うのかな?
ようは、赤外線を吸収しほぼ100%の放射率を誇る材質ってこと。この材質面が表に出ている時に俺が警棒目掛けて多量の赤外線を照射すれば、
放射率も合わせて千度単位の熱量を纏うことが可能だ。主に遠赤外線を吸収する関係から、温度が上がるまでに多少時間が掛かるのが欠点と言えば欠点だけど。
ちなみに、そんな状態でも柄には熱が伝導しないし、赤外線自体は俺が操作可能だから自分への熱ダメージは一切無いん・・・」
ザザッ!!!
「・・・おーい。何で逃げてんの?安心しろって。こんな所でそんな熱量を発生させるつもりは無いから。てか、何で津久井浜も逃げてんだ?」
自分の言葉を聞いた瞬間に、速攻で後ずさりした女性陣に呆れながら、別種の赤外線通信(パターン送信)を行うことで警棒を通常モードに戻す界刺。
「(まさか、前にデタラメで言った『閃光剣』がこんな形で実現するとはな。さすがは、あの店長の発明品だ。今の時代、持つべきモンは店長だな、うん。でも、名前ださくね?
流行する前に偶々見付けて、顔見知りになって、足繁く通って仲良くなった甲斐があったってことか。真刺にも内緒で行っていたからな。それに、すごく安かったし。
んふっ!でも、ネーミングセンスやばくね?あの店長、俺のデタラメネームを丸々採用するんだもんな。・・・もしかして、俺のセンスがやばくね!!?)」
自分でも驚いている程の高性能な発明品(界刺の要望を受けて短期間の内に開発した、『Hs』の冠が付く特別製)を譲渡してくれた男に、界刺は感謝の念を抱く。
界刺自身も、あの男が何者であるかは知らない。これだけの技術を持っていることから、学園都市における著名な科学者だったのだろうが。
「・・・そんな高性能な物を、得世様は一体どうやって手に入れられたのですか?」
「そ、そうですよ!!その『Hsシリーズ』は、一般の人間が手に入れられるような代物じゃありません!!界刺さんは何時、何処で、誰から、どうやって・・・!?」
「んふっ。プライバシー保護のため、君達の問いにはお答えできません。もちろん・・・わかってるよな、形製?」
「うっ!!」
「『うっ!!』って何だ!お前、また性懲りも無く読心しようと考えてやがったな!?」
「そ、そんなこと無いよ!!本当だよ!!」
「・・・なら、いいさ。珊瑚ちゃん、こういうミステリアスな雰囲気を持つ人間ってのもいいモンだろ?まぁ・・・火傷にご注意をってのは古今東西の一般常識だけどね。
いや、この前聞いた中学生にはよくわかんないって言われたから、本当は余り自信が無いんだけど・・・(ボソッ)」
「(そういうものなのですか?・・・世の中は不思議ですね~。でも・・・確かにいいモノかもしれませんね。フフッ)」
界刺の言葉を、真珠院は真珠院なりの感性で受け入れる。確かに、こういうのもいいかもしれない。そんな気が・・・何故かするのだ。
甘そうで苦く、それでいて一度味わったら止められない、そんな禁断のお菓子みたいな味わいを、この短い時間で体の芯まで味合わされたがために。
「あ、あの!!」
「うん?君は・・・図書室に居た大和撫子さんじゃないか?どうしたの?」
「え、え~と・・・」
「「「「「「「!!??」」」」」」」
そんな折に界刺へ声を発したのは、今まで存在感皆無だった大和撫子的美少女
鬼ヶ原嬌看その人。
彼女の人となりを知っている他の女性陣は、鬼ヶ原の言動に驚愕する。あの鬼ヶ原嬌看が、自分から男に話し掛ける姿等誰が予想できようか?いや、不可能だ。
何故なら、彼女は能力に端を発した男性不信が極まって、男性と関わりを持たないここ
常盤台中学へ入学したくらいなのだから。
「えい!『発情促進』!!」
「「「「「「「なっ!?」」」」」」」
女性陣は、鬼ヶ原の取った行動にますます混乱の度合いを高めてしまう。
あの男嫌いの鬼ヶ原が、よりにもよって自分から男へ向かって『発情促進』を行使する理由がわからない。そんなことをすれば、発情した界刺が鬼ヶ原へ向かって・・・
「・・・ん?何か俺にした?」
「・・・やっぱり効かないんですね。男性を私に発情させる『発情促進』が」
「「「「「「「嘘!!!??」」」」」」」
行かない。女性不信状態の界刺には、鬼ヶ原の持つ『発情促進』が効かない。つまり、今の界刺は女を女として見ていないのだ。
その事実に、周囲の女性陣が驚愕に驚愕を重ねる。特に・・・
「成程・・・。だから、この私にあんな乱暴を振るうことができたのね。フフッ・・・この私が女として扱われていない?・・・屈辱にも程がある!!!」
「バカ界刺・・・。君は、一体何時からそんな状態になっていたんだ!?これは、アホ界刺の反対を押し切ってでも『分身人形』による調査を敢行しないと・・・!!」
「女性に対して発情しないってことは・・・今の界刺さんって女性に対して恋的な感情も抱かないんじゃあ・・・!!
ということは・・・やっぱり私を女として見ていないってことじゃん!!!クソッ!!!」
「得世様・・・!!何と言うことでしょう!!そんなお可哀想な状態に陥っていたなんて、この
真珠院珊瑚、全く存じ上げませんでした!!
これは、私の手であなた様を正常で立派な紳士に導いて差し上げなければ!!こうしては居られない。こんな負傷・・・金束様の言う所の屁のカッパですわ!!」
苧環、形製、一厘、真珠院の4名は、各々の理由でワケのわからない(界刺観点)ことを吠え叫んでいた。
「何をワケわかんねぇことを言ってんのかは知らねぇけどな、俺がこういう状態・・・つまり女に発情しなくなったのは、君達女の子のせいなんだからな?」
「「「「えっ!!?嘘!!?」」」」
「・・・こいつ等、後で本気でぶん殴ってやろうかな(ボソッ)」
そもそも界刺から言わせれば、自分のこの女性不信の元凶は全部お前等女達のせいなのだと、とことん言ってやりたかった。
だが、そのこと―自分達が界刺に今までしてきたことの重大さ―に女性陣は今の今まで全く気が付かなかった。
今も?マークばかり浮かべている様子を見て、界刺は説明する気が失せた。今のこいつ等には、何を言っても無駄だと判断したために。恐るべし、界刺の女難。
「あ、あの!こ、これ・・・!!」
「うん?これは・・・ミネラルウオーター?」
「は、はい。炎天下の中で激しく動かれていましたから、喉が渇いていらっしゃるんじゃないかと思って」
「そういや、もうすぐ昼食だからってことで何も飲んでいなかったな。サンキュ!」
「ど、どういたしまして///」
界刺は、鬼ヶ原から貰ったミネラルウオーターのキャップを外す。中身は半分程しか残っていないが、
この状況で自分に渡すということは、鬼ヶ原自身はもうコップか何かに入れて飲んでいるのだろう。
そう判断した界刺は、迷うこと無くキャップに口を付けて水を喉へ通して行く。
「あっ・・・!」
「「「「!!!」」」」
その瞬間、鬼ヶ原が自分の唇をなぞった。頬も、薄くだが確かに赤くなっている。まさか・・・
「(あの娘・・・!!)」
「(まさか・・・!!)」
「(あれが噂に聞く・・・“間接キス”!!)」
「(・・・やるじゃない!!)」
あのミネラルウオーターは、事前に鬼ヶ原が口を付けて半分程飲んでいた。形製、一厘、真珠院、苧環は鬼ヶ原の行動の真意を即座に看破する。
今まで男性へ不信や嫌悪を抱いたことはあっても、一度たりとて恋愛感情を抱いたことの無かった少女の、初めて抱いた特別な想い。
過去の経験から、男性との距離を全く掴めない少女の行動とは、これ程までに大胆不敵なものなのか?
「わ、私は鬼ヶ原嬌看と言います。不束者ですが、よろしくお願いします(ペコリ)」
「何か、これから結婚する相手の家の人に挨拶するみたいな言い方だね。そんな堅苦しくなくていいよ?俺は・・・」
「界刺・・・得世様・・・ですね?」
「そう。その界刺得世だ。よろしく、嬌看!」
「・・・!!よ、よろしくお願いします///」
「「「「「「「・・・・・・」」」」」」」
界刺と鬼ヶ原が握手する姿に、女性陣(主に形製・一厘・真珠院)は頭を抱える。
この男は、目の前のような態度と接し方で次々に少女を誘惑した後に落として行く、言わばプレイボーイ的な人間なのだ。
本人が女性不信状態で無ければ、数多の女性を無作為に誘惑した罰として遠慮無くボッコボコにできたのかもしれない。
だが、今の界刺はどういう理由かはわからないが、女という生き物に対して性・恋愛感情を一切抱かない状態になってしまっている。
理由が自分達にあると言われても、ピンと来ない。確かに迷惑を掛けてしまったことはあるが、それが女性不信に至る程のものとは思えなかった。
だが、そう明言された以上彼女達は界刺に対して強く出ることができない。今までの界刺の態度を見れば、それが真実であることは明白であったからだ。
「そんじゃ、腹も減ったことだし昼飯を食べに行くか、嬌看?」
「わ、わかりました!」
「言っておくけど、朝食の時のように・・・」
「わかってんよ、津久井浜。それと菜水だったか?ちゃんと食べ切るって。そういえば、昼食専用のランチとかってあるの?」
「おぅ!よくぞ聞いて下さいました!ムフフ・・・。それでは、この
菜水晶子オススメの常磐大学生寮の昼食メニューベスト3を特別にお教えしましょう!!」
「あらあら、菜水さんのオススメ・・・わたくしも頂きましょうか?」
「是非とも!!津久井浜さんにも気に入って頂けると思いますよ?」
「おっ!そりゃ、楽しみだ。なぁ、サニー?」
「はい!!菜水様が選ぶベスト3の中に、私が好きなメニューが入っているか・・・ドキドキです!!」
「(今日のパーティーは、本来であれば常盤台の学生服を着て開催されるものだったけれど・・・。こうなったら、寮監に直談判してでも変更する必要がありそうね!!)」
「(何とか『分身人形』を仕掛けるタイミングを探らないと・・・。でも、『光学装飾』で目と目を合わせないようにしているだろうし・・・。これは、難題だぞ!?)」
「(得世様!!私は負けませんわよ!!あなた様からお教え頂いたこの諦めない心でもって、あなた様の固く閉ざされた心を開いて御覧に入れます!!)」
「(どうしよう・・・どうしよう・・・どうしよう・・・?何だか、能力の応用方法を見出すことよりも困難な気がして来た・・・。界刺さんを振り向かせるのって)」
彼女達は知らないのだ。1つ1つが大したことの無い迷惑であっても、幾十も積み重なれば女性不信に至らせる程の立派な凶器となり得ることを。
そして、騒がしかった午前も終わり、昼食を境に本格的に午後へと移って行く。だが、この騒がしさは更なる狂騒でもって界刺達を出迎えることとなる。
continue!!
最終更新:2012年06月15日 21:02