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無差別爆撃はねえ

2005/ 5/26 20:00 [ No.32190 / 39216 ]

投稿者 :
ja2047



目的も無く一般市民を巻き添えに無差別爆撃を始めたのは実はイギリスが最初なのです。
アメリカも当初は、そのやり方に批判的であったが、効果を目の当たりにするに真似し始め日本に対しても、都市の無差別爆撃を平気でやるようになりましたとさ

まあ半分正解ですね。
ヨーロッパで大規模な夜間無差別爆撃を実施したのはイギリスで、アメリカは昼間精密爆撃を担当していた。

対日戦でも、アメリカは当初軍事拠点に対する昼間精密爆撃の思想でやってたんだけど、司令官がハンセル准将からルメイ少将に代わると、中高度からの夜間無差別爆撃を採用するわけです。発案は本人ではなく、隷下の314BWのパワー准将だということだが、とにかくルメイの指揮の下、日本は焼夷弾による焼き払いの攻撃を受けるわけです。

ところが、戦後1964年になって、このカーチス・ルメイが日本政府から「勲一等旭日大綬章」を贈っているのですね。その前に真珠湾攻撃の源田空将がアメリカで勲章貰ったからとは言え、これって、中国が松井大将に勲章を出すようなもんですわ。何考えているのだ、池田内閣!


で、それはそうとして、都市に対する焼夷弾を使用した無差別爆撃というのは、やはりゲルニカ爆撃が最初です。

さらに、木造家屋に対する油脂焼夷弾による焼き払い攻撃というのは、戦史上重慶爆撃が最初でしょう。

1939年の5月4日の空襲では死者3318人を数えていますので、B29の100機規模の集団による日本の中都市爆撃に匹敵する被害です。これを九六式陸攻27機でやったのだから、「大戦果」なわけで、日本が今日のように戦争を恥とする文化の国になっていなかったら、大いに誇ったであろう「戦史に燦然たる偉業」です。

なお、重慶爆撃がWWⅡ末期の日本空襲と同じ理屈で実施されたのは、
当時の日本の軍の文書にも残っているとおりです。 

「第七十四 要地攻撃ノ要ハ作戦ノ推移二即応シ主トシテ戦略的要求二基キ,敵ノ軍事政治経済ノ中枢機関ヲ攻撃シテ其ノ機能ヲ停止セシメ,又ハ重要資源ヲ破壊シテ作戦ノ遂行ヲ困難ナラシムルト共ニ,敵国民ノ戦意ヲ挫折シ敵ノ作戦二破綻ヲ生ゼシメ,或ハ敵ノ主要交通線ヲ攻撃シテ兵力ノ移動,軍需品ノ補給ヲ遮断スル等戦争目的ノ達成ヲ容易ナラシムルニ在リ」
(『海軍要務令続編(航空戦之部)草案』 1940年4月10日)



これは メッセージ 32187 dainihonteikokubansaiさんに対する返信です

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