Re:「マオ」を読みましょう 2006/ 6/11 18:21 [ No.36396 / 39215 ]
投稿者 :
ja2047
>あ、そうそう。こういうのがありますよ。
>>毛沢東は1938年1月週刊誌「群衆」で「南京大虐殺は人類に対する犯罪」と述べている。その内容は次の通りである。
『群衆』第一巻第四期(一九三八年一月一日発行)の「短評」欄の記事は毛沢東自身によるものではないです。
これは、1937年末には中国共産党が南京で虐殺があったと認識していたという証拠に留まるでしょう。武漢で発行されたものですから、周恩来の目は通っていると見て間違いないでしょうが、毛沢東が発行前に見ていたかどうか、まず無理と思います。
延安で発行されたもので言いますと、陳甘寧辺区政府機関紙『新中華報』第四四三期(一九三八年六月三〇日)の記事が最初であるようです。
また、毛沢東自身の執筆になる書籍で南京虐殺に触れているものは、一九三九年一〇月一日付の毛沢東による序文のある、延安時事問題研究会編『中国占領区の日本帝国主義』時事問題叢書第二集がこれまでに確認されたもっとも古いものであるようです。「南京大虐殺否定論13のウソ」
返信
これは メッセージ 36301 liufeng219さんに対する返信です
Re:重慶爆撃は確かに行われたが・・ 2006/ 6/22 9:50 [ No.36533 /39215 ]
投稿者 :
ja2047
>ある資料によれば、重慶を襲った日本の重爆撃機はのべ2400機、投下した爆弾は1万5000トン、
これの出所が不明なのですが、あるいは「嶋田繁太郎大将備忘録」の記述、1941年7月28日~8月31日の「百二号作戦総合戦果」の
「我が使用機数
陸攻二○五○機 艦攻、艦爆二○一機 艦戦九九機 陸偵 三九機 計二三八九機
攻撃回数二○回
消耗爆弾
八○番九四 二五番(陸用)二九○六 その他一一一四八 計一五○三六」
を誤って引用したのかとも思います。
1938年末から1941年8月まで行われた重慶爆撃の最後の一ヶ月の出撃機数を作戦全体の機数と読み誤った上に、爆弾の個数をトン数と読み誤っているとすれば、バカとしか言いようがありません。
その前に行われた「百一号作戦ノ概要」での
攻撃延機数
中攻三六二七機 九七重七二七機 司偵一七七機 零戦二四機 計四五五八機
使用爆弾
一○○二一発
一四○五屯
から見て、当時の日本軍の使用爆弾の重量は単純平均で150kg程度、爆撃機一機の実搭載量は300kg強と言うことになるかと思いますね。
返信
これは メッセージ 36532
bikachuuuさんに対する返信です
もどる