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とりあえず死体はあった。

2006/ 8/18 9:08 [ No.37589 / 39216 ]

投稿者 :
ja2047

もし本当に大量虐殺が行われていたとしたら、あたりいちめん死屍累々で南京入場式の時など、さぞかし死臭で大変だったことでしょうね。

冬だったので、あまり死臭がしなかったのでしょうね。
入場式に参列した詩人の西條八十は「死体の山」と「往来の夥しい数の死体」を目撃しています。 これがどう言うことに由来するかはまた別の話ですが。

  • 「燦たり南京入城式」西條八十 (文芸春秋社「話」 昭和13年2月号)
‥‥なんにしても、一刻も早く今日の式場へ行きたいので、艦に交渉して、やつと消防自動車へ乗せて行つて貰ふことにした。乗り込むとなつたら、運転手の兵隊さん、どこからか薔薇の花模様のついた素晴らしく華麗なレースの布を持つて来て、ゴシゴシそこら拭掃除をはじめた。

  「勿体ないですな、そんな布で」
  「なあに蒋介石の賜り物ですよ」
兵隊さん、ニヤリと笑ふ。

このとき読売紙の村田東亜部長が、遅ればせに、社の自動車で僕を迎へに来てくれた。 だが、結局、氏も、消防組に加入することになつて、みんな横坐り、電線の燕よろしくの恰好で出発。

出かける途端に見ると波止場の筋向ふに、高い板塀があつた。その中は、支那兵の死体の山。「そろそろ始まつたな」と思ふ。

入城式光景

まつしぐらに走つてゆく、幅広い中山北路。ポプラの並木路閲兵式に列する軍隊が続々行進してゆく。最初に潜つたのは宏大で暗鬱なユウ江門。驚くほど厚い鉄の扉の蔭に、一河岸の米蔵の俵を寄せ集めたほど積上げられた敵の土嚢。

このあたりから、往来に土民服を着た支那兵の死体やら、軍馬の屍が、夥しく見えはじめた。

人住まぬ英国領事館、鉄道局、金陵大学、軍政部などが、ポンペイの廃墟のやうに棟を並べてゐて、辻々には枯芝でカモフラージュした土窟。「公共防空壕」と大書してある。


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これは メッセージ 37586 eleayachan さんに対する返信です

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