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高射砲は五台山の安全区内かな?

2006/ 8/26 18:41 [No.37819/39216 ]

投稿者 :
ja2047

もう、諦メロン!

諦めるとか、メロンとかキウイとかじゃなくて、事実の確認は大切だからやってる訳よ。

この議論、もともとは歩七聯隊の鹵獲兵器一覧表の話からはじまっており。
それがこういう会話になった。

その安全区内に高射砲が据え付けられていたというのは他ならぬラーベの証言だったと思うんだがねw
その箇所を引用してごらん、できないだろう。

で、そのラーベ日記には
「12月3日。防衛軍の責任者である唐が、軍関係者や軍事施設をすべて撤退させると約束した。それなのに、安全地帯の3ヶ所に新たな塹壕や高射砲台を配置する場が設けられている。私は唐の使者に『もしただちに中止しなければ、私は辞任し、委員会も解散する』といっておどしてやった。するとこちらの要望どおりにすべて撤退させると文書で言ってきたが、実行には少々時間がかかるというただし書きがついていた。」
とある。

「安全区内に高射砲が据え付けられていた」と書いてあるという事実はない。

なお、「真相・南京事件-ラーベ日記を検証して- 畝本正己」のP17には「城内安全区(難民区)収容所位置要図」と題する図が掲載されており、注)に「国際委員会は当初aの線を主張したが、中国軍が五台山に砲兵陣地を構築し、実質的にはbの線に縮小された。」 とある。

これが私の言う、安全区南西角の切り欠きは五台山の高射砲陣地を避けた結果である、の根拠だ。一応、南京事件研究家であり、軍人として現地を踏んだ人の記述なので信憑性はあると考える。


では、歩七聯隊の鹵獲兵器一覧表の高射砲1についてどこで見つかったのかというと、下記の日記から、第一大隊第二中隊の捕獲であることが確認される。

  • 井家又一日記
第9師団 第6旅団 第7連隊 第2中隊 上等兵
拾弐月拾六日(12月16日)
拾弐月も中を過ぎ去ってしまった。金沢招集を受けて満三ヶ月になってしまった。只無の世界の様である。午前拾時から残敵掃蕩に出かける。
【高射砲一門を捕獲す。】午後又で出ける。若い奴を三百三十五名を捕らえて来る。避難民の中から敗残兵らしき奴を皆連れ来るのである。全く此の中には家族も居るであろうに。全く此を連れ出すのに只々泣くので困る。手にすがる、体にすがる全く困った。
(略)
揚子江付近に此の敗残兵三百三十五名を連れて他の兵が射殺に行った。 この寒月拾四日皎々と光る中に永久の旅に出ずる者そ何かの縁なのであろう。皇軍宣布の犠牲となりて行くのだ。日本軍司令部で二度と腰の立て得ない様にする為に若人は皆殺すのである。 (略)

その、歩七第一大隊の担当区域には困ったことに、五台山が含まれていない。
第一大隊の担当区域は歩兵第七聯隊地区割要図(たとえば「南京戦史」P189)によれば、漢口路以北であるので五台山、清涼山付近は第二大隊の担当区域になる。
http://t-t-japan.com/bbs2/data/sikousakugo/file/nanjing12.1.jpg

とりあえず推定されることは、この高射砲1門は五台山で発見されたものではなさそうだと言うことだ。


返信


これはメッセージ37809deliciousicecoffeeさんに対する返信です

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