ja2047 memorial @wiki

39216

最終更新:

ja2047_memorial

- view
メンバー限定 登録/ログイン

高射砲は五台山の安全区内かな? 4)

2006/ 8/27 7:59[No.37832/ 39216 ]

投稿者 :
ja2047

とりあえず推定されることは、この高射砲1門は五台山で発見されたものではなさそうだと言うことだ。
「歩七聯隊の担当区域は安全区内だけではなく城内西北部全般に亘っている」と言っていたのは農協自身だったはずだが、

そうだよ。この高射砲一門は安全区北半の西側の安全区外で発見されたと見るのが通常の理解だろう。もちろん、明らかに安全区内で発見されたという資料が出てくれば別だが明確な根拠がないのであればその蓋然性は低い。


いずれにせよ、歩七聯隊が鹵獲した「高射砲1門」が五台山にあった高射砲でなかったからと言って、安全区内に高射砲がなかった証明には全くならない。

五台山に高射砲陣地があって、実際に高射砲が据えられていたのは、たぶんラーベ日記の記述から見て事実なのだろうね。12月9日の日記には安全区の境界の見回りに言ったところ「南西の境の丘」から
「安全区の南西側に高射砲台がずらっと並んでいるのに気が付いた」
とある
「その時、日本の爆撃機が三機、姿をあらわし、約十メートル前の砲兵隊に猛烈に砲撃された。われわれはいっせいに地面に身を伏せた。そのままの姿勢で顔をあげると、高射砲の弾がはっきりみえた。残念ながらいつも外れていた。いや、幸運にもいつもそれた、というべきか(とにかく日本は同盟国なのだから)。大佐は安全区を縮小しろといってきかないので、私は辞任するといって脅かし、唐将軍が約束を破ったために難民区が作れなかったとヒトラー総統に電報を打つといってやった。大佐と龍は考えこみ、家へ帰った。」 (南京の真実 講談社文庫 P103-104)※


論争の最重要ポイントは、支那軍が大量の武器を備えて安全区内に陣取っていたかどうかだ。
しかし、最終的には、12月11日や12日になっても、支那の軍隊、軍事施設、大砲、塹壕などは安全区内に留まったままだった。

一連の資料のように、委員会は「難民保護」と言う目的のために、中国軍に対して精一杯の抵抗をしている、これは日本軍入城後の行動についても同じことだ。ここは「勇気ある行動」として素直に賞賛すべきだろう。

「中国軍に対して抵抗しきれなかったのはけしからん」、「日本軍に対しては抵抗しようとしたこと自体がけしからん」というのはあまりにも二重基準だ。でりちゃんは自分なりに筋を通す人間だと思いたいので、ここのところは自分なりに筋が通るように考えてほしい。



返信


これは メッセージ 37831 ja2047 さんに対する返信です


(※編注)ラーベの日記の日本語訳本「南京の真実」にはところどころ誤訳があるようです。
ここは、
「そのとき、日本の爆撃機が三機、姿をあらわし、約十メートル前の砲兵隊に猛烈に砲撃された。われわれはいっせいに地面に身を伏せた。そのままの姿勢で顔をあげると、高射砲の弾がはっきりみえた。照準が狂っていたのか、幸か不幸か、それらは命中しなかった。(「とにかく日本は同盟国なのだから。」は原著にない訳者の思い込みでしかも構文解釈の間違い) 今にも爆弾が落ちてくるだろうと覚悟していたが、運よく無事だった。大佐は安全区を縮小しろといってきかないので、私は辞任するといって脅かし、唐将軍が約束を破ったために難民区が作れなかったとヒトラー総統に電報を打つといってやった。大佐と龍は考えこみ、家へ帰った。」
ウィキ募集バナー