ちょっと違いますね 2006/ 5/ 1 9:00 [ No.35857 / 39216 ]
投稿者 :
ja2047
>>事件発生時点で現地で調査が出来たのは日本軍だけなんです。
隠蔽したつもりが結果的に「ない」ことまで押し付けられたのではないか
という疑問は否めません。
>後でも調べることが可能ですよ。軍や政府の資料や帳簿、命令書などがそれですし、ちょっとした組織ならばそういうのは都合が悪かろうが残っていますし、仮に改ざんまたは破棄されたとしても見る人が見ればわかると言うものです。
ところが、日本の場合は敗戦時に公的な書類はほとんど焼却してしまっているのですね。
これは戦記をよく読む人にとっては常識であるわけですが、これさえ知らない人は結構多い。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kinsei/0311.htm
http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/paper53.htm
>それを放棄して「向こうが調べないのがおかしい」と言うのはさて歴史を調べると言う観点からして正しいのでしょうか?
「向こうが」というのか、1938年時点で日本側がきちんとした調査と発表を行えば
結果的に「大日本帝国」の名誉を守ることに繋がったのではないかというのが
私の言ってることなのです。
日本軍が南京で残虐行為をしていると欧米で報道されているのは1938年の前半には
外務省や軍は知っているわけですから、多少まずいことが明らかになったとしても、
オープンな調査をすれば、結果的に「ない」ことまで背負わされる可能性は低かったでしょう。
>>とんでもない、日本軍が蛮行を行ったというので、大量の記事を配信しています。
>三日しか残っておらず、部分的にしか調べていない人々の情報が信用できるかが問題ですね。
そうですね、けど、新聞記事というのはだいたい半日ぐらいで記者が関係者の取材と
自分の見たことをまとめて報道するものですから、一般の新聞記事と同等の信頼性が
あるのではないですか。
もちろん日々掲載される新聞記事も、あとで間違いが指摘されることはありますが。
そこで公的な機関の詳細な調査と発表が重要になるわけです。
で、これも、公的機関の発表が正しいという保証はないのですが、これはこれで
重要な資料ですから、それが欠けているというのは大変残念なことなんです。
松井大将は後に東京裁判の宣誓口述書で
「予は上海帰還後、南京に於ける暴行事件の噂を聞き、特に昭和十二年十二月下旬、部下参謀を南京に派遣して、重ねて南京滞在将兵に戒告を発し、事件の厳重なる調査と違反者の処罰励行を命じたりしも、予の離任迄、格別重要なる報告に接せざりき。」(法証三四九八)
と述べているので、一応調査は命じられているわけです。
この報告書というのが残っていない。
その調査が実際に行われたのかさえ不明なのですね。
>>南京から日本軍が居なくなったのは戦争終結後のことです。
>日本軍は結果として負けて去ったのですから証拠を完全に消去させるほどの能力または余裕があったのか疑問です。
先に紹介したように、基本的には文書は全て焼却したのです。
その結果、現在南京攻略戦の軍の公式書類は1/3しか残っていないと言われてます。
これも、公式に保管されたものではなく、個人が隠匿したり、米軍が押収したものの中から
発掘されたものなのですね。
防衛庁はまだ未公表の軍関係書類を所蔵しており、内容確認の上で順次公表している
最中ですから、今後もいろいろな資料が出てくることを期待します。
http://www.nids.go.jp/military_history/military_archives/news/index.html
返信
これは メッセージ 35844 rugaruga12 さんに対する返信です
そりゃなんの証明にもならない 2006/ 5/ 1 9:02 [ No.35858/39216]
投稿者 :
ja2047
>ここに引用されている記事のうち殺害に関する部分は、通常の戦闘行為とユウ江門の同士討ち以外は全て、敗残兵の掃蕩、便衣兵の掃蕩・処刑に関するものと解釈できるものばかりですな。
>蛮行どころか、正当な軍事行動だ。
日本軍にとってはそれなりの理由があって行った行動だったのでしょうが、
それを第三者に納得させることができなかったのですよ。
そこが問題なんです。
「日本軍にとってはこれが戦争なのかもしれないが、私には単なる殺戮のように見える。」
(スティール 二月四日シカゴデイリーニュース記事)
「日本軍は統制が失われたと言えば簡単だが、私はそうは思わない。アジア人の戦争の進め方は、われわれとは異なるのだ。日本と中国の立場が逆でも、事態に大差はなかっただろう。とくに扇動の仕方は同じである。」
(シャルフェンベルク ドイツ大使館事務長 二月一日付けの漢口のドイツ大使館宛の報告書)
「ラーべ氏も含め、ここにいるドイツ人は全員、アジアの戦争というものが、われわれの考えている戦争とは本質的に異質だということが身にしみてわかった。捕虜にしないということは、とりもなおさず冷酷な行為につながる。略奪などはあたりまえで、まるで三十年戦争の時代に戻ったようだ。」
(シャルフェンベルク ドイツ大使館事務長 二月十日付けの漢口のドイツ大使館宛の報告書)
>「現在の日本のまともな研究者の見解」では
・捕虜の不法殺害は、あったとしても軍事的必要性によって説明可能なものだった。
・市民に対する少数の暴行はあったが、不法な殺人は確認されていない。
・軍が市民に対する暴行を黙認又は放置していたという事実はない。
ですね。
そういう説明をする人もいるが、公式には受け入れられていない、ということです。
地球が平面だという主張をする人もいれば、アポロ月着陸は捏造だと主張する
人もいます。
そういう説明をする人がいるということと、それが世間で、あるいは専門家に
通用するかどうかは全く別の話です。
返信
これは メッセージ 35845 nmwgip さんに対する返信です
そりゃなんの証明にもならない 2) 2006/ 5/ 1 9:03 [No.35859/39216 ]
投稿者 :
ja2047
>幕府山の捕虜に関しては、研究成果の「最大公約数」に立脚すれば逃亡阻止・暴動鎮圧の為という戦時国際法で認められた殺害です。
これも同じですね。
そういう説もあるが、おおかたの認めるところとはなっていない。
捕虜解放の根拠は「両角手記」のみであり、他の資料はこれを支持していない。
>唯一まともな不法殺害の疑いがある歩兵第66聯隊の捕虜処分は、12月13日のまだ城外で実質的な戦闘が継続している最中のことで、兵力の不足が切実な「軍事上の必要」を構成している時点です。
これですか?
第114師団 歩兵第127旅団 第66連隊 第1大隊戦闘詳報
(12月13日)
八、午後二時零分連隊長より左の命令を受く
左記
イ、旅団命令により捕虜は全部殺すへし
其の方法は十数名を捕縛し逐次銃殺しては如何
ロ、兵器は集積の上別に指示する迄監視を附し置くへし
ハ、連隊は旅団命令に依り主力を以て城内を掃蕩中なり
貴大隊の任務は前通り九、右命令に基き兵器は第一第四中隊に命し整理集積せしめ監視兵を附す
午後三時三十分各中隊長を集め捕虜の処分に附意見の交換をなしたる結果各中隊(第一第三第四中隊)に等分に分配し監禁室より五十名宛連れ出し、第一中隊は露営地南方谷地第三中隊は露営地西南方凹地第四中隊は露営地東南谷地附近に於て刺殺せしむることとせり
但し監禁室の周囲は厳重に警戒兵を配置し連れ出す際絶対に感知させさる如く注意す
各隊共に午後五時準備終り刺殺を開始し概ね午後七時三十分刺殺を終り連隊長に報告す
第一中隊は当初の予定を変更して一気に監禁し焼かんとして失敗せり
捕虜は観念し恐れす軍刀の前に首を差し伸ふるもの銃剣の前に乗り出し従容とし居るものありたるも中には泣き喚き救助を嘆願せるものあり特に隊長巡視の際は各所に其の声起れり
攻略戦の帰趨はあきらかなのだし、組織的な交戦は行われていない状況ですから、
これで軍事的必要を認めていたら、捕虜は殺し放題ですよ。
>南京大虐殺は、南京における日本軍兵士の不法行為を指す言葉ではありません。
兵士の不法行為は「大虐殺」でも「虐殺」でも「atrocity」でもありません。
南京大虐殺とは、30万人の中国人を不法に虐殺した事件です。
南京大虐殺とは、日本軍が南京を完全に掌握してから6週間続いた強姦、殺害、拷問、劫掠の狂宴です。最初の数日間に2万人以上が日本軍によって処刑され、6週間に南京城内及びその周辺において殺戮された者26万人~30万人、日本兵に強姦された婦女子2万人以上、これが南京大虐殺です。
他にも色々と定義の揺れは見られますが、「南京大虐殺」と言うとき、一部の虐殺派の著述家を除けば、その意味するところはこのように極めて大規模な不法行為であり、それは軍ぐるみで行われなければ到底不可能な性質のものです。
↑ この理屈で行くと、「東京裁判は 南京大虐殺がなかったことを立証した」 という
ことになるね よかったね (^^
>そもそも貴方の言っていることは日本軍が悪事を働いたという前提に立つもので、
相手の述べていることは理解してから批判して欲しいですね。
>世間に発覚した不祥事なるものを国際社会が事実と認識していなかったことは、国際連盟決議が無かったことにより他所で既に立証済みですが。
あのね、
1.ある事件があった
2.ある事件が世間に知られていた
3.国際的機関で非難決議があった
これ、全部別のことなんです。
ある事件があっても、その時には知られていないこともある。
世間に知られていたにもかかわらず、非難決議がないこともある。
非難決議がないから事実はないという理屈が全く成立しないことは
ホロコーストやカンボジア虐殺のケースを考えてもらえば分かることです。
国連がチベット虐殺の非難決議をしないから全く何もないということには
なりません。
返信
これは メッセージ 35858 ja2047 さんに対する返信です
Re: ja2047様へ 2006/ 5/ 1 9:58 [ No.35861 / 39216 ]
投稿者 :
ja2047
>いくつか確認したい事が有りますので返信させていただきます。
>>陥落三日目に南京を去りましたので・・・
>そうだったのですか。初めて知りました。
>各国の外交官が残っていると言うのに、欧米のジャーナリストは柔ですね。
いえ、外交官は全員退去です。アメリカ大使館、ドイツ大使館は12月9日に
館員が退去しています。
彼らが戻ってくるのは年が明けて1月の上旬のことです。
このときは外交官のみの復帰で、外国報道関係の立ち入りは許可されていません。
>南京を去った理由はご存知でしょうか?
ダーディン記者本人によれば、
「南京を離れたのは南京からニュースを送る手立てがなかったからです。すでに南京攻略戦も終わったわけですから、それ以上南京に留まる理由がなかったのです。私は仕事を続けなければなりませんでしたし、読者に私の特報を送る必要がありました。」
ということです。
>去るにあたっての各通信社・新聞社の最後の記事はシカゴ・ディリー・ニューズとチャイナ・プレスしかないのでしょうか?
有名なのはニューヨークタイムズのダーディンの記事でしょ。
>それから、南京陥落後も外交官の方々は残っていたのですよね。口を噤んでおられたのでしょうか?
そんなわけ無いですよね。その辺の報告資料はございますでしょうか?ありましたら教えてください。
さっき引用したこれなどですね。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――-
資料22
添付書類
駐華ドイツ大使館(漢口)一九三八年二月一日付報告第六七号に添付
作成者-シャルフェンベルク(駐華ドイツ大使館事務長、南京)
文書番号二七二二/一六一二/三八
内容-一九三八年一月二二日の南京情勢
[中略]
南京入城のさいの日本軍の所業については、語らぬに越したことはない。チンギス・ハーンを思い出さずにはいられないほどの徹底した破壊ぶりであった。ある陸軍参謀の中佐の話では、上海から南京へ向かっていた食糧輸送部隊はついに本隊のもとに戻らなかったそうである。この一件からも、日本軍がここではまるであのベルゼルカーのごとく何もかも貧り尽くしたことがわかるであろう。
空き家はただちに焼き払われた。日本兵は、一九一八年当時の黒人兵同様、こう言い含められていたに違いない。 「ここで頑張った奴はみな、南京で美しい娘をモノにできるぞ。」
こうして南京に残っていた女という女はまったくひどい目にあわされた。これを目の当たりにした男たちとこのことについて話をするのは容易ではない。残忍非道な行為にたいする嫌悪感が、かれらの胸によみがえるからだ。
日本軍は統制が失われたと言えば簡単だが、私はそうは思わない。アジア人の戦争の進め方は、われわれとは異なるのだ。日本と中国の立場が逆でも、事態に大差はなかっただろう。とくに扇動の仕方は同じである。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
>>南京から日本軍が居なくなったのは戦争終結後のことです。
>戦争終結から東京裁判まで約9ヶ月は有りますが、その間は誰が隠蔽したのですか?
日本側資料は日本側が処分しました。
>それともその間にどこかが記事にするなり調査するなりしているのですか?
この時期、6年間の世界大戦が終結して何千万という人が死んだ後ですから、
8年前に数万の犠牲者があったことなど、世界の誰も過去のことと思っていた
のではないですかね。
東京裁判がらみがあったからこそ、あらためて発掘しようとしたというのは
事実だと思いますし、第二次大戦という大殺戮の結果を裁こうという裁判の
目玉にされたおかげで、それにふさわしい大残虐行為に化粧直しされた面
もあるのではないかと思います。 私的には。
返信
これは メッセージ 35848 bcpds654 さんに対する返信です
Re: そりゃなんの証明にもならない 2006/ 5/ 1 10:00 [No.35862/39216 ]
投稿者 :
ja2047
>なんか、偉そうに言ってるけど、おめえらそんなに紳士なのかって言いたいね。
その時はそう言うつもりだったのでしょ。
自分らがこの後でホロコーストなんぞやらかすとは、
神ならぬ身の知る由もなかった ってやつです (--;
返信
これは メッセージ 35860monkeybrain132さんに対する返信です
Re: ちょっと違いますね 2006/ 5/ 1 17:28 [ No.35871 / 39216 ]
投稿者 :
ja2047
>私個人南京大虐殺の焦点とは「日本軍による組織的犯行か否か(個人レベルの犯行は戦場だろうがあるに決まっているから)」ですのでこの調査命令はそれがないとの証明になると思いますが。
軍中枢は「虐殺せい」という命令を出したわけじゃありません。
南京事件というのは、せいぜい師団とか地方軍レベルでの暴走でしょうね。
ベルリン大強姦だって、「強姦せよ」というソビエト軍中央の命令書がある訳じゃ
ないのと同じです。
日本軍が不要に死体の山を作ってしまった事実が後に犯罪とされたわけですし、
松井大将も「不作為の責任」で有罪判決を受けたのです。
あなたが「30万」「軍全体の組織的犯行」を以て「南京大虐殺」の定義と
するのであれば、東京裁判の結果「南京大虐殺」は認定されていない、
ということになるわけですよ d(^^
返信
これは メッセージ 35865 rugaruga12 さんに対する返信です
Re: そりゃなんの証明にもならない 2006/ 5/ 1 17:38 [No.35872/39216 ]
投稿者 :
ja2047
>>日本軍の姑息な隠蔽体質
>どこの軍も隠蔽体質ですよ。
いや表向きでもう少し取り繕えなかったのかと・・・
まったく潔白を証明しようとするとか、正当性をアピールしようとするとか
してないように見えるのですね。
>ナチスでも帝国陸軍でも間違いを犯したのは国家内の一組織内の一部の人達でしょう、一括りにし過ぎ。
それを、シャルフェンベルクは「ドイツ人は」「日本軍は」「アジア人は」と
全部括って対比しているわけですよ。
このトピにも「一括り」に命を懸けているかのようにこだわる人が結構いる。
仰るとおり、こういう括り方というのは、あまり意味がないんでしょうけどね。
ちょっと情況が変わると、ドイツ人も「ドイツ人は」と一括りにされるような
ことをやらかしているわけですから、人のこたあいえないだろうということですね。
返信
これは メッセージ 35866 fraser_2005 さんに対する返信です