邪眼学園黄龍譚11限目【時の輪】
時刻不明
どれぐらい時間が立っただろうか
あれからしばらくは希望を抱いていた
ポケットの携帯で辺りを照らしてみて脱出口を探してみたり
どうにかして外と連絡を取ろうとしてみたり、当然圏外だったが…
そしてそのうち携帯の充電が切れてしまった
音も無く、光も無い、地の底
ゆき兄はどうして来てくれない
最後に携帯で見た時間は午後2時半
それから何時間たったのか、いやそれともまだ1時間もたっていないのか
…考えるだけ不毛だ…信じるしかないんだ…
助けが来ることを…
冷たい土に身体を横たえる
体力を消耗するな、なるべく動かずに、ただ待ち続けろ…
闇が、こんなに怖いものとは思わなかった
聞こえるはずの無い音が聞こえてきそうで
見えるはずの無いものが見えてきそうだ
このままじゃ、持たない…正気を失いそうだ…
「…が、…なって…」
「…で…に…」
「それは…で…」
人の声…?
どうして…?
暗いまどろみの中で聞こえたのは何人かの人の声
それは何かを真剣に話しているような声だった
ドアが、ガチャリを開く音がした
「…!!」
「なんだこいつは!!」
「貴様!ここで何をしている!!」
怒号と同時に、顔に衝撃が走った
「がはっ!」
痛みで目を開くと、光が飛び込んでくる、とても眩しい…
同時に何人かの白衣を着た男達、威風堂々とした老人達が視界に飛び込んできた
状況が把握できない、俺は一体どこでどうなってここにいるんだ?
「…貴様、どこから侵入した?」
「…わからない、気がついたらここにいた」
「冗談は程々にしておくといい」
カチャリと、額に冷たいものが押し当てられた
この感覚は前に透過との戦いで味わった
銃口を押し当てられている
「待ちなさい」
「所長」
「見たところ、割と素体として有用そうではないか」
「ですが、こんな得体の知れない輩を…」
「得体の知れないものを調べるのが私達の仕事だろう?」
「…わかりました」
「…とはいえ今はこんな奴に構っている暇もないのでは?」
「それもそうだ…ならば生体兵器の実験用にでもストックしておきなさい」
「わかりました…立て、5秒以内だ」
状況が把握できないし、頭がぼーっとする
だけどとりあえず言うことを聞かないと殺されるのは理解した
ゆっくりと俺は立ち上がる
「歩け」
後ろから銃を突きつけられ歩かされる
狭い通路を歩いていき、右へ左へ枝分かれした道を進んでいく
そして辿り着いたのは、牢屋
「さっさと入るんだよ!!」
背中を蹴り飛ばされバランスを崩してそのまま倒れるように牢の中へ
酷いことをしやがる…
そのまましばらく俺は動かない
だけど段々と頭がハッキリしてくる
ボヤけ気味だった視界が徐々に鮮明になっていく
同時に思考能力も段々と元に戻ってくる
「…俺は…」
間違いなくこれは夢ではない
しかしあの地下室から俺は一体なぜこんなところにいるんだ?
訳がわからない、何が起こったってんだよ
今更だいたい何が来ても驚かないとは思ったがこれはさすがに行きすぎだ
「あ、あれ?そういえば黄龍鉄甲もない…」
右腕につけていたはずの黄龍鉄甲すらも消えている
つまり完全に今の俺は丸腰なのだ
辺りを見回してもコンクリートの壁と鉄格子と鉄格子の先にあるのは狭い通路
一体どうしたものか…
困っているとコツコツと足音が聞こえてきた
奥の通路から白衣の男が何かを持ってやってきた
「食事だ」
鉄格子の下に設けられた小窓のような場所からトレイに乗った食事が差し出される
だけど、その食事は変な匂いがしていた
さらにいろんな食料をただ乱雑にグチャグチャに混ぜたようで
つまりとてもじゃないけど食べられるようなものではない
「…こんなの食えるかよ」
「ハッ、そうか、じゃあ食わずに置いておけよ
どうせ餓死する前には実験体として使うしな」
「その実験体とかどういうことなんだよ…」
「…お前、本当にここがどういう場所かも知らずに忍び込んだのか?
不運にも程があるな」
「忍び込んだっていうか気づいたらここにいたんだよ!!」
「気づいたらねぇ…
まぁ俺はモルモットの妄言を真面目に聞くほど寛大な心は持ち合わせてないがな」
「くそっ!!」
「せいぜい神様にでも祈っておくんだな」
男はそう言って通路を戻っていった
俺は鉄格子にしがみついて喚いた
「ちょっと待てよ!!
教えてくれ!!ここはどこなんだよ!!」
「…ここは禁忌を犯す者どもの集まりさ」
「意味わかんねぇよ!!ちょっと待てよ!!」
もう返事は返って来なかった
男はどこかに行ってしまった
「クソッ…!!」
このままここにいたら殺されるってのか?
冗談じゃない、なんとか逃げ出さないと
しかし鉄格子はとても壊せるような代物じゃない
他の部分もコンクリートの壁でどうすることもできない
八方塞とはこういうことなのだろう
しかし意外にも心は冷静だった
人の理解を遥かに越えた現象に遭遇してなんというか思考が麻痺しているような感覚だ
腐臭を放つ食事をぼうっと見つめながらこれからどうするかを考える
まずここがどこなのかを突き止めないといけない
突然こんな場所に来てしまった理由は考えれば色々思いつくが…
だけど今はそれを突き止める術は無い
しばらく考えているとまた通路の奥から足音が聞こえてきた
今度は2人分だった
「入れ、相部屋だ」
「…」
白衣の男が後ろ手で縛られた男を牢の中に叩きこんだ
縛られた男はそのまま倒れるように地面に落下した
それを見届けて白衣の男はまたどこかに行ってしまった
「うう…」
「だ、大丈夫ですか?」
「…すまない、縄を、解いてくれ」
「あ、はい…」
言われるがままにキツく縛られた縄を解いてあげる
男はしばらく焦点の合わない目で辺りを見回していた
「…」
「あの…」
「…君は、どうしてここにいるんだ?」
「え?」
「売られてきたのか?それともさらわれたのか?」
「…いや、気づいたらここにいて…」
「…?」
「…僕もよくわからないんです」
「そうか…」
しばらく無言の時が流れる
重苦しい沈黙の後、男はゆっくりと喋りだした
「早くここから逃げたほうがいい
モタモタしているとすぐにでも生体実験のモルモットにされる」
「だけど、牢には鍵がかかってるし…」
「…」
男は牢の扉の前に行って鍵穴をいじりだした
開ける気なのか?
「…開けれるんですか?」
「わからない…」
「わからないって…」
「ただ何もしないで待っているよりかは幾分マシと思ってね…」
「…」
しばらく、その光景をじっと眺める
男は一心不乱に鍵穴をいじっている
ふと、聞いてみた
「ここは、どこなんですか?」
「…ここは悪魔どもの研究施設さ」
「悪魔?」
「七三一部隊ってのを知っているか?」
「…いえ?」
「七三一部隊というのは日中戦争の際に何千人もの中国人やロシア人をマルタと呼称し
生体実験をした部隊のことさ」
「…日中戦争」
「ペスト菌を捕虜に感染させたり、真冬に裸で外に放り出しての凍傷実験
壊疽菌実験に、毒ガス実験、細菌爆弾実験、その他にも多数の非人道的実験を繰り返した
…ここはその七三一部隊の生き残りの者達が作った悪魔の研究施設だ」
「つまりあいつらは…今でも生きた人間相手にそんな実験を…?」
「そうさ…だから早いとこ脱出しないと俺達も実験に使われる」
「…」
「何か、硬くて小さいものを持ってないか?」
「え?」
言われて俺はポケットの中など色んな場所を探る
しかし硬くて小さいものなんて…
胸ポケットを探った時に、指先が何かに当たった
「?」
ゆっくりとそれを取り出してみる
「あ…これは…」
しばらく前に、イビルアイで神楽君にもらったタリスマン
すっかり忘れていた
俺はそれを男に差し出した
「これで、なんとかならないでしょうか?」
「…やってみよう」
男はタリスマンを受け取り、また鍵穴をいじりだした
「…紹介が遅れたね
俺の名前は、風太」
「僕は、たまゆらって言います」
「…酷かもしれないが…」
「え?」
「例えこの牢を脱出したとしても
外には武装した研究員が大量にうろついている
生きてこの施設を脱出出来る可能性は…低いだろ」
「…だけど、ここにいてもどっちにしろ生体実験で殺されるのなら」
「…そうだな」
ガチャン、と音がした
同時に牢の扉が、キィと音を立ててゆっくりと開いた
「やった!」
「…」
「どうしたんですか?」
「しばらく牢の中で待とう」
「え?」
「丸腰じゃあ無理だ」
「…」
「恐らく、数時間後に誰かしらが様子見に来る
鍵が開いているとは思ってもいないだろう、そこを奇襲し武器を奪う」
「…わかりました」
それからしばらく、牢の中で何をするわけでも無く時間を潰した
風太はあまり多くは喋らない
というよりも何かを真剣に考えてるような感じで
辺りはちょっと重い雰囲気だった
話しかけるのも躊躇うような雰囲気で少しずつ時間が経過していく
やがて奥からコツコツを足音が聞こえてきた
風太は一言、小さな声で任せてくれと言って俺を奥においやる仕草をした
俺は素直に壁際まで下がって風太を見た
白衣の男が、牢の前に立った
「どうだ、牢の気分は?」
「意外に快適だな」
「ハッ、そうかい
まぁ精々ほざいておけばいい」
「…」
男が、通路を戻ろうとした
その瞬間、風太が牢を扉を半ば体当たりするように開けた
「なッ…!?」
虚を突かれた男の頭を、風太の両手が掴んだ
俺は思わず、固く目をつぶった
ゴキン!という音が、耳の中に響いた
そして、ドサッと何かが倒れる音がした
ゆっくりと目を開けると
首がありえない方向に捻じ曲がった白衣の男が倒れていた
急速に、吐き気が込み上げる
なんとかそれを押さえ込もうとする
だが駄目だった
「う…げぇっ………がはっ…はぁー…はぁー…」
吐瀉物を床に撒き散らす
視界に入ってくるそれが不快で、また吐き出す
繰り返していると、背中に何かぽんとおかれた
風太が背中をさすってくれた
「大丈夫か?」
「…ありがとう」
「…見せたくはなかったが…しょうがなかった…」
「…わかってます」
俺が落ち着いたのを見届けると
風太は男の白衣を脱がしてそれを俺に渡してきた
「着ておけ、ある程度のごまかしにはなるはずだ」
「でも、風太さんは…?」
「俺はこっちを持つ」
風太は白衣の男が持っていたと思われる拳銃を手に持っていた
俺は白衣を服の上から羽織った
「命を絶つ罪を背負うのは俺だけで充分だ
それじゃ、ゆっくりついてこい」
風太に促され
狭い通路をゆっくりと進む
通路の先にはドアがあった
風太がこちらを見る、俺は無言でただ頷いた
そしてゆっくりとドアが開けられる
開かれた先は廊下のような感じだった
あれ、この感じ、どこかで見たような…
「とりあえず外に出よう」
「あ、はい…」
ゆっくりと通路を進む
静かだ、誰もいないのか?
そして同時に通路の景色が見たことがあるような景色だと気づく
不思議な感覚でゆっくりと前に進んでいると
先の曲がり角から数人の男達が話しながらこちらに歩いてくるのが見えた
「こっちだ」
風太が俺をグイッと引っ張って近くの部屋に飛び込んだ
そのまま口を抑えられしばらく動きが止まる
部屋の前を男達が歩いていのがわかる
「ですから…」
「…で、なり…」
「どちらにせよ…」
断片的な話し声からは何を話しているのかはわからない
ふと、壁にかけられたカレンダーを見つける
一瞬、意味がわからなかった
「行ったか…」
「…」
「どうした?」
「今年は…何年ですか?」
「ん?」
「今は西暦何年です…か?」
「…1950年だが?」
「…」
状況が、把握できない
俺はワープしたんじゃないのか?
時間を、遡ったのか?
「どうした?大丈夫か?」
「…えっ…あっ…はい…」
「とにかくここを脱出するんだ、ほら行くぞ」
風太はそういうものの
俺は完全に頭が真っ白になっていた
ここが約60年前だって?
ありえないだろ、おかしいだろ
そしてそれを踏まえたうえで通路に出てわかった
ここは、1950年の邪眼学園だ
「そんな…嘘だろ…」
「さっきからどうした?」
「…」
言っても信じないだろう
60年後の未来からきたなんて
「…すいません、何でも無いです」
「そうか…何かあったら」
「貴様ら何をしている!!」
「!!」
通路の奥から聞こえた声
ほぼ同時のパァン!という音
そして静かだった辺りに、幾多の声
「発砲音だ!」
「侵入者か!?」
「警報を鳴らせ!!」
途端にけたたましくなる
『A-2ブロックで発砲音確認、侵入者の可能性あり
繰り返す、A-2ブロックで発砲音確認、侵入者の可能性あり』
辺りに放送が響く
そして多数の足音がこちらに向かって来る気がした
「くそ!来い!」
風太が俺を引っ張る
正面の窓に1発の銃撃
ヒビが入った窓を体当たりでブチ破る
「ここが1階で助かった」
外に着地し、すぐさま走り出す
俺はただひたすら風太についていく
「いたぞ!」
「撃て!逃がすな!!」
後ろから銃撃音が響いた
風太が走りながら応戦している
弾が行き交う真ん中にいる俺は今にも死ぬんじゃないかと錯覚する
「たまゆら!左だ!!」
「左!?」
「林に入れ!早く!」
左の方向には手入れをされていないといった感じの
荒れ放題の林…というか森に近いものがあった
言われた通りにそこに飛び込む
続いて風太が銃で牽制しながら林に飛び込んできた
「まだだ!とにかく走れ!!!」
何度も不安定な地面に足をとられこけそうになり
葉っぱで肌がこすれて傷ついても俺は必死に走りぬけた
どれだけ走ったか
気がつくと発砲音は止んでいて、目の前にはへたり込む風太がいた
「はぁ…はぁ…」
「風太さん…」
風太の左肩から、赤い鮮血が流れていた
恐らく、弾が命中したんだろう
「…かすっただけだ…それよりも」
風太は左肩を抑えながら林の奥を指差した
「ここから真っ直ぐ進め、しばらく進むと塀がある…
割と高い塀だが木を上手く使えば越えられるだろう
越えたらとにかくここから離れるんだ」
「風太さんは?」
「俺はまだここでやることがある…」
「その傷で?」
「どのみち俺は逃げるつもりなんてなかった…
これ以上、犠牲者を増やしてはいけないんだ…
さぁ、君は早く行くんだ
急がないと奴らが追ってくる」
「…俺は、帰る場所なんて無い…」
「?」
「どうして俺がここに来たのかはわからないけど…
もし意味があるんだとしたら…
多分ここから逃げたらもう絶対にその意味はわからないんだと思います…」
「…」
「連れて行って下さい」
「…生きて帰れはしない…ぞ」
「俺は死の恐怖を前にしても逃げるわけには行かないんです…
そしてどうせこの時代に帰る場所は無い…」
風太はじっと俺を見つめてきた
そして少しだけ笑って
「いい目だな…
俺達が忘れてしまった希望が見える気がするよ」
「…」
「…本当にいいんだな?
本当に死ぬかもしれないんだぞ?」
「…ええ」
風太はため息をついた
そしてしばらくして言った
「中央塔の地下を目指す」
「中央塔?」
「その名の通り施設の中央に位置する塔だな
そこにある機械を破壊する」
「…何のために?」
「この施設を吹っ飛ばすのさ…」
「おい、さっき侵入者がいたって?」
「取り逃したそうだぞ」
「ああ、それで捜索行ってるのか」
「みたいだな」
風太が飛び出し、片方の男の首にナイフを突き刺した
そして流れるように虚を突かれたもう1人の男の首がねじ曲がった
「…どうやら、主力部隊は俺達を探しに外に出たようだな
今がチャンスだろう」
「随分手際がいいんですね…」
「人殺しの腕がいくらあろうと…」
「すいません…」
「とにかく今はチャンスだ、一気に中央塔まで向かうぞ」
「はい!」
風太と一緒に中央塔へ向かう
道中何人かの研究員がいたが、皆風太によってあっというまにその命を散らしていく
恐ろしく強い…彼が味方で本当によかった
あっという間に中央塔に辿り着いた
やはり、中央塔は…時計塔のことだったかのか
「たまゆら」
「はい?」
「…ほとんど迷うことなくここまで走ってきたが
どうして道を知っているんだ?」
「…なんとなくですよ、中央塔っていうから中央だと思って」
「そうか…まぁ深くは聞くまい」
「それよりカギがかかってるようですけど…」
「ああ、こっちだ、ついてこい」
風太が塔の裏面に回る
俺もそれについて裏へと回る
何の変哲も無い地面を風太が触っている
「…ここだな」
「え?」
「ふんっ!!」
ボゴォッ!と地面の一部が浮いた
そして階段が現れた
「これ…は?」
「秘密の入り口ってやつかな
ここから中に侵入できる」
「…わぁお」
「少し狭いが大人1人分ぐらいの余裕はあるからな
先に入るからついて来い」
「わかりました」
風太が暗い穴に入っていく
俺もそれに続いた
真っ暗を穴を這いずるように先に進んでいく
ゴゥンゴゥンと何かの大きな機械が動いてる音が穴に響き渡っていた
しばらく進むと、ゴトッと音がして薄っすらと光が差し込んできた
「たまゆら、足元に気をつけろ」
「はい…」
横穴はやや高い位置の壁に空いていた
高さを確認したあと慎重に着地する
ゴゥンゴゥンと巨大な機械が動いていた
「これは…」
「ようこそ、親愛なる裏切り者よ」
「!!」
パッ!と辺りに光が差す
眩しさに目が眩む
そしてゆっくりと目を開けると
俺達は何人もの銃を持った男たちに囲まれていた
そしてその中心にいた他とは別の空気をかもしだし1人の男がいた
「君がここに来るのはわかっていた
だから少し罠を貼らせてもらった」
「クッ…」
「おっと、動くな
動けば蜂の巣だ」
「…」
「私は悲しいよ、風太君
優秀な研究員であった君ならばこの計画の素晴らしさが理解できたはずだがね」
研究員…?
風太が感情を顕わにする
それは、怒りに満ちた表情
「戦争は終わった、七三一部隊はもう必要ない!
悪魔の研究は終わらせるべきなんだ!!」
「…必要無い、か
終戦を迎え5年たち、本当にそう思っているのかい?」
「…」
「懐かしいものだな、敗戦直前に重要書類を持ち出しこの施設に潜み終戦を迎えた
そして我々は諸外国相手に新たな研究を始めた…
目論見は当たっていた、七三一部隊の実験や研究成果は
どの国から見ても喉から手が出るほど欲しい代物だったのだからな」
「…」
「生きた人間を使った実験などは道徳的には禁じられるべきものだ
だが本音は医者だって科学者だって果ては軍隊までそういった実験を行いたいんだ
ここはそんな欲望を代わって叶える場所だ」
「あんたみたいなのがいるから…
戦争が終わってもいがみ合いが続いて行くんだ…!!
憎しみの連鎖は終わらないんだ!!」
「我々がいなくともいがみ合いは続く、それが人の業だ
それにお前がここに至るまでに殺した研究員にも家族がいる者はいたのだぞ?」
「…そうさ、全部わかってるさ…
だから俺は…元より地獄に落ちるつもりだ」
「…君は失望したよ、風太君
偉大なる実験の栄えある最初の試験体にしてあげるつもりだったが…
もうそんな価値もないだろう」
「…所長、最後に一ついいか?」
「言って見ろ」
「重要な装置の設計図は肌身離さず持ち歩いたほうがいいぜ」
風太がそう言ったと同時に
1発の銃声、風太の持っていた銃からだった
放たれた銃弾は、大きな機械に命中し、キィンと音を立てた
同時に、あたりが爆音と共に揺れた
「貴様何をした!!」
「気をつけろよ…逆流が始まるぜ…」
「何だと!?」
「たまゆら!」
「え?」
風太が俺を手を引っ張った
「撃てぇ!!!」
怒号が響いたその瞬間だった
辺りに、突風が吹き荒れた
いや、もはや風というレベルではない
人が、吹き飛ぶほどの暴風
機械がガガガガガガ!と不気味な唸り声を上げる
「貴様何をしたぁぁぁぁあああああああ!!」
「たまゆら…あそこの穴に入るんだ…」
風太が指差した壁際の床をよく見ると小さな穴があった
だけど穴は小さくてとてもじゃないか一人分しか入れないだろう
「早く行け!!!」
必死に風に飛ばされないようにふんばって穴へと向かう
後ろからは何人もの人の絶叫
阿鼻叫喚の地獄とはこういう場所だろうか
天井や壁がバキバキと音を立てている
揺れる地面にバランス崩され転倒しても這いずって穴へと必死に向かう
やがて俺の片手が穴を淵を掴んだ
そして後ろを見て愕然とした
機械が合った場所に深く、真っ暗な大穴が開いていた
そしてそこに人が吸い込まれていく
ある者は涙を流しながら絶叫し、ある者は怒りの形相で雄叫びを上げながら
1人残らず穴へと吸い込まれていく
「風太!?」
吹き荒れる風の中、風太を地面に伏せていた
対面には、先ほど所長と呼ばれていた男
「風太、貴様死ぬ気か…!!」
「我々はもう存在してはいけない!
戦争によって生まれてしまった我ら悪魔は戦争と同時に消えなければいけなかったんだ!!」
「馬鹿が…もう止められんぞ…
完全なる不死の人間になる予定だった者たちはもう自我も何も無い
肉を喰らい、血を啜るのみのただの闇に堕ちた人に成り下がるぞ!!!」
「後の世に闇をばら撒いてしまうのは俺としても苦悩の末の決断だった…!
だが今止めないともう手遅れになる!!」
「本当に…馬鹿…がっ…あっ…ああぁぁ…!ああぁあああああああ!!」
所長と呼ばれた男がゆっくりと穴へとずり下がっていく
そして穴へと、落ちる
「許さんぞ!貴様ら、絶対にぃぃぃぃぃぃいいいいいい!!!!」
その絶叫を最後に所長と呼ばれた男は深い穴へと
その姿を消していった…
俺はすぐさま風太に手を伸ばした
「掴んで!!早く!!!」
「たまゆら君…」
「早く!!」
風太は首を横に振った
「何やってんだ!!早く!!!もうもたない!!」
「たまゆら君…許して欲しいんだ」
「何をだよ!!」
「こんなものを生み出して我々を…
君がどこから来て、これからどうするかはわからないが…」
「聞きたくねぇよ!早く掴んで!!」
「我々は恐らく長きに渡ってこの地に留まる…
そして…何も分からぬまま人を襲うだろう…
許して欲しい…願わくば、ここに誰も近づかないように…」
「我々はとか言うなよ!!掴んでよ早く!!」
穴の手をかけている部分がピシリと音を立てた
吹き荒れる風は、どんどん強くなっていく
その瞬間、風太を俺の手を掴んだ
「え?」
何が起こったかわからなかったが
俺はとりあえず風太を引っ張る
そのまま無言で風太は穴へと入れとジェスチャーする
「風太も後から必ず…」
「ああ」
「絶対だからな」
そう言って俺が穴に入ろうとしたその瞬間だった
後ろから、ドンッと、背中を突き飛ばされた
「あっ…!?」
穴は、少し進むと角度のきつい傾斜になっていた
俺はまっ逆さまにそこを転がり落ちる
必死に足と手でブレーキをかける
「風太ァ!!なんでだよ!!」
「…今更何をしたって…
僕もこの部隊の一員で何人もの人を殺したのには変わりはないんだ」
「だからって死ぬことはねぇじゃねぇかよぉ!!」
「…彼らだけ死んで、僕だけ生き残るなんて虫が好すぎるさ
僕達は同罪なんだ…」
「くそっ!!」
這い上がろうとするが傾斜が急すぎて思うように上がれない
それでも必死に上へ上へと
「…お別れだ、最後に君に会えてよかった」
「ふざけんなぁぁぁ!!!」
視界に風太が入った
「罪を償う気があるなら生きろよ!!
生きて罪を償えよ!!
そんなんただ逃げてるだけじゃねぇかぁぁぁあああ!!」
「…」
風太の後ろに何かが見えた
黒い、塊
それが、まるで手のように風太を包み込もうとしていた
必死に、腕が千切れるんじゃないかと言うほど手を伸ばして風太を掴もうとする
あと、少し、あと少しで届くのに…!!!
手は、虚空を切るばかりで、どうしても掴めない
「そうか…君は似てたんだ…
僕が最後に実験に携わった時の被験者だった…子に…」
その言葉を最後に
風太は黒い何かに覆われ
穴へと、滑り落ちていった
「あぁぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
同時に俺はバランスを崩して、斜面を転がり落ちる
ただ、落下していく
身体の痛みなんかより、心の痛みのほうが、とても辛いと、思った
落下が終わり、しばらく、動けなかった
「うっ…ぐっ…ちくしょう…くそぅ…
ちっく…しょ…!!」
ただ、俺は泣き続けた
どうしても届かなかった手が、すくえなかった自分がもどかしくて
やがて、涙が止まった頃
俺はさらに奥へと続く横穴を見つけた
もう喋る気力も無い、ただ先へと進む
深淵とも言える闇の中を、ただ手探りで進む
やがて比較的広い場所に出た
同時に俺は、力尽き、倒れた…
「君の母親は金で君を売った」
「そう…」
「憎らしくはないのか?」
「僕がいることでお母さんが苦労してるのはよくわかってた…
…愛されていなければ僕が生きている意味なんて
ここで僕が素直に死ねばお母さんは楽になれるんだ
それにこの研究が僕みたいな子を救ってくれるんでしょ?」
「…」
「救って、くれるんでしょ?」
「今の七三一部隊は何なのですか!?
国の為でもない、誰かの為でもない!!
ただ自らの欲望を満たすためだけに存在しているじゃないですか!!
狂気の研究に手を染めてまで私たちが望んだのはこんなものなんですか!!」
「きっとこの研究が形を為せば…
世界はまた…止めなければいけないんだ…
この身を…呈してでも…」
「すまないな、たまゆら君
君に託してしまったことは本当にすまないと…思っている
僕が言えた立場じゃないかもしれないが…願わくば…全てを終わらせて…」
――わかってる、俺を救ってくれた君との約束
俺が、全てを終わらせてやる
…ゆっくりと目を開ける、視界は、真っ暗
右手に硬い感触
左手で触れて見ると、それは黄龍鉄甲
…夢を見ていたのか、それとも…
いや、夢なわけがない、夢であってたまるものか…
ゆっくりと、後ろの壁に触れた
そしてそこを思いっきり叩いた
薄い土の壁が、ボコリと崩れた
そう、夢じゃない、俺があの時代に行ったのはこのためかもしれない
いや、そうじゃないのかもしれない…
彼との出会いは、間違いなく俺の戦う理由を増やした
…安心してくれよ風太…必ず…俺が…
狭い、土の通路を進んでいく
そして現れる急な傾斜を、ゆっくり、ゆっくりと…
傾斜を登りきると、朽ち果てた場所についた
「…」
だがあるはずの、穴が無い
ただコンクリートの壁と地面だけ…
…よく見ると床のコンクリートの色が違っていた
丁度円形に…
思うことは色々ある
だけど今はまだ振り返る時じゃない
壁に足をかけ朽ち果てた横穴へ入り込む
そのまま先へ先へと進み
錆付いた鉄板を持ち上げる
太陽の光が視界に入りこむ、ズキズキする
身体についた泥を軽くはたき落とした
ゆっくりと時計塔の正面へと回り込む
「な…」
「?」
「なぜお前がここにいる!?」
声の方向を振り向くと
驚愕の表情でこちらを見ていた蝶がいた
ああ…犯人はやっぱりお前なのか…
驚くほど心は冷静で、悲しくもなかった
「蝶…」
「うっ…」
「俺は、あの地下室で見た
そして約束したんだ、全てを終わらせる」
「何を言って…」
「堕人は1匹残らずこの世から消滅させてやる
そのために、俺はお前を倒さないといけない」
「…どうやら、小細工はもう無理か…!!」
蝶の顔つきが変わった
いつも何かに怯えていたような顔は触れる物全てを切り裂くような攻撃的な顔つきに変わる
「とはいえ…
ここは一旦撤退!!」
「何!?」
蝶はこちらに背を向け一目散に逃げ出した
「待て!!」
俺はそれを追いかける
だが蝶の足はかなり早く追いつけない
そのまま蝶は廃屋街のほうへと逃げ込む
「…またここか!」
蝶の姿は見えない
だがさすがに2度も同じヘマを踏むような真似はしない
間違いなく蝶はここに逃げ込んだ
いや、逃げたというより俺をここに誘い込むためにわざと…
一歩一歩、慎重に奥へと進む
ガラン、と何かが落ちた音がしてその方向を見る
廃屋の屋根の上に、蝶が立っていた
「ようこそ、僕のフィールドへ」
「…」
「そんな怖い顔しないでよ…
自らの力は完全に発揮できる場所に敵をおびき出すのは兵法として当然だろう?」
「…まぁな」
「さぁて、それじゃ…」
蝶が廃屋の屋根に手をつけた
同時にビキッ!と音を立てて、廃屋が崩壊を始めた
土煙をあげ、あっと言う間に1つの家屋が崩壊した
周囲に立ち込める土煙で視界が奪われる
同時に気管に侵入する小さな粉でむせ返る
「げほっ…ごほっ…」
「もらったぁ!」
煙の中から蝶が飛び込んできた
咄嗟に手を前に出すとパァァン!と音が響いて手がブルブルと震えた
「…チッ…」
「…」
蝶が距離を取る
「…直接戦闘には俺ホンット向いてないんだよな~…
さてどうしたもんかねぇ…」
「お前の能力が何かは知らないが」
「あん?」
「もう、俺には勝てないさ」
「…言ってくれるな」
蝶は手を地面につけた
「どんな能力でも、戦い方次第で…
如何なる敵も倒せるということを…証明してやろう」
「…」
「俺の力は…あらゆる物体の目を見つけることが出来る」
「目?」
「岩にも、木にも、この世界のあらゆるものには目がある
どんなに硬い物でも、目のただ一点に力を叩き込めば砕けるのさ」
「それで廃屋をぶっ壊したりしてたのか」
「あれは中心となってる柱の目を突いてヘシ折ってやったんだがな
そしてこのあたりの地面の中心の目は俺の足元さ!!」
言うが早いか、蝶は足元の地面を指で突いた
突いた、というか指が地面に一気にめり込んだ
一瞬、地面が揺れた
だが、何も起こらない
「で?」
「足元注意だ」
「なにッ…!?」
次の瞬間、大地が割れた
地割れを起こすほどの…!?
「くそっ…!」
地割れに飲み込まれそうになる
咄嗟にその場から飛びのく
「無駄だ、お前の近くの大地はもう砕けている」
着地した場所の地面が脆く崩れ去った
まずい、落ちる!
そう思った時にはすでに落下が始まっていた
ギリギリで、手を伸ばし、崩れていない土を掴む
「ヒャハハ!ギリギリだなぁ!」
「おい、蝶」
「んだぁ?命乞いか?」
「…届かなかったんだ」
「あ?」
「俺がもう少し、もう少しだけ頑張っていれば…
手が届いたかもしれなかった…」
「何言ってやがんだテメェ?」
「あの時の穴に比べれば、こんなもの何とも無い」
そう言って俺は手を離した
浮遊感、そして、落下が始まった
けたたましく蝶が笑っている
「ヒャハハハハ!自ら死ぬのを選んだか!!
いい判断だぜ!!」
死ぬ、わけない
俺は約束したんだ
だから必ず
「…目覚めろッ!!!!スザァァァァァク!!!」
大爆発、とでも言えばいいのだろうか
穴から噴出した爆炎は空高く舞い上がり
それはさながら炎の柱
ここまでの炎が噴出するのは自分でも予想外だったが
蝶は俺より数倍驚愕の表情だった
「…なんだ、これ…俺はマグマ溜りでも突いたのか?」
「蝶」
「ヒッ!?」
爆炎の中に浮かぶ俺を見て蝶が怯えた顔をした
そして背を向け、逃げ出した
「臆病者ってのは…フリじゃなかったんだな」
なぜだろう、なぜか俺はそれを理解して少しだけ安心した
もしお前が今までの執行部と同じように力を手にしたことで
その力で自分を脅かす者を排除するという考えに至ったというなら
俺が、その力を消し去ってやるさ
それで、出来れば、またお前と、昼飯を食いたいな
「朱雀爆炎大焔帝!!!」
周囲の炎が右腕に集まり
同時に翼から炎が周囲に爆散する
爆発のエネルギーを推進力として一直線へと蝶へと向かう
それは、超高速で放たれる、炎の矢
刹那、蝶がこちらを振り向いた
怯えた目、そしてその奥に潜む、安堵
そして勢いをつけて全力で振りぬかれた右腕は
蝶の身体を遥か後方へと吹き飛ばした
「アァアアアアアアアアァァァァァァアア!!!!!!」
地面を抉りながら、蝶は吹き飛び
やがて廃屋の壁へと叩きつけられた
そしてその身体からは黒い煙が噴出していく
あたりには焦げた匂いが立ち込める
半ば焦土と化した地面に着地する
叩きつけられた蝶はもう動く気配はない
「カハッ…」
「!」
ビシリと音がした
蝶が叩きつけられた衝撃で、廃屋が倒壊しそうだった
いや、し始めたと言うべきか
崩れ落ちる瓦礫でこのままじゃ蝶が押しつぶされるのが容易に理解できた
「うわぁあああああああああああああああああああああ!!!」
蝶の絶叫、飛び込む俺
間に合うか!?
あの時俺は、恐れたんだ
風太の後ろの黒い塊を、恐れてしまった
だから、掴めなかった
俺があれを恐れることなく、穴から這いずりだして手を伸ばしたなら
きっと掴めたはずなんだ
もうあんな思いはごめんだ
何も掴めないでただ俺だけが生き残るのはもうごめんだ!!!!
気がつくと、俺は蝶に覆いかぶさるような体勢
蝶の目が状況を把握できていないというように見開かれる
「なんで…ですか?」
「…なんでかなぁ…」
この体勢じゃあ逃げれもしないし瓦礫を弾くこともできない
なんでかな、どうして助けようと思ったのか?
脳裏に、風太の顔が浮かんだ
やっぱり、これが理由だよな
瓦礫が迫るのが風でわかる
直撃すれば死ぬかもしれないがもうどうしようもない
だけどそれでも俺は死ぬわけにはいかないんだ
「相変わらず後先考えねーっていうか
特級クラスのお人よしってーか馬鹿だなお前は」
「えっ?」
蝶と俺が一気に後ろに引っ張られた
「うわっ!?」
そして今まで俺の頭があった部分に大きな瓦礫がドゴン!と落下した
当たったらまず即死だった…
「で、一体お前はこの3日間何してたんだ?」
「…ゆき兄」
引っ張ってくれたのはゆき兄だった
いつもいつも絶妙のタイミングで現れてくれる
いや、ていうか3日間?
「ゆき兄、俺3日間」
「ん…ああ…」
「…嘘だろ…テストは?」
「休みを挟んだのが幸いしたな今はまだ月曜の夕方だ
…再試ぐらい受けさせてもらえるだろ」
「…」
「どうしてですか!!」
後ろで蝶が叫んだ
「どうして…どうして僕を助けたんですか…!!
あんな目にあわせたのに…どうして…!!」
「…託されたからかな」
「託された…?」
「俺は、ある人と約束したんだ
その人は自らの罪を償うために死んでいった
…誰かが誰かの犠牲にならないことを願って、自分は死んだんだ」
「…」
「なんでかな、あそこでお前を見捨てたら…
なんか、もう駄目な気がしたんだ」
「…参った」
「ん?」
「僕の…完敗です…」
「…はは…うっ…」
安心した直後、足に力が入らなくなってその場に崩れおちそうになる
思わず地面に手をついて支える
「たまゆら…お前、大丈夫か?」
「ごめん…ゆき兄…ちょっとお願いがある」
「なんだよ…」
「…シャインおごって」
「…」
10/23(月)深夜
「…さてどうしたものか」
「どうしたもこうしたも
もう執行部は全滅です」
「つまり、我らが直接出向くしかないということか」
「そうなりますね」
「だがこうなると…堕人自体も」
「楔は残り3本…
これだけは絶対に死守しなければならない」
「大丈夫ですよ
僕達と、そして貴方自体が楔の役割なのですから…」
11時限目 - 時の輪 -
終
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最終更新:2009年11月01日 02:53