邪眼学園黄龍譚12限目【記憶と意思】
10/23(月) 夕方
蝶は何も言わない
自らの完敗を認めた後、何も喋らなくなった
「…たまゆら」
「ん?」
「…何があったんだよ?」
「それは…」
蝶に騙されて生き埋めにされて
この学園の過去を見て
それで脱出して蝶を倒して
そのまま瓦礫に押しつぶされそうになった蝶を助けた?
なんというか説明しても信じてくれそうに無い上に
説明自体もとにかくめんどくさい
「…僕が」
「蝶!?」
俺が困っていると蝶が喋りだした
「…僕はたまゆらさんを騙して…
地下に生き埋めにして殺そうとしました…」
「…」
「…なのに…彼は…僕を助けてくれたんです…
決して許されるはずのない僕を…」
「蝶…」
ゆき兄は何も言わない
黙って蝶を見ていた
恐らく蝶はゆき兄にやられるのを覚悟しての発言だろう
だけどゆき兄は何も言わず、ただ黙って蝶を見ていた
その沈黙に耐えれなくなった俺は、蝶に話しかけた
「…怖かったんだろ、蝶?」
「え?」
「自分の力が、お前は怖くてしょうがなかったんだろ?」
「僕は…」
「…さっき戦ってわかったよ
お前の攻撃には俺に対する恐怖、そして自分の力への恐怖…
怯えしか感じなかった」
「…そうです…僕は…怖かった…
全てが怖かった…
僕は僕を脅かすものを退けるためにこの力を手に入れた
だけどこの力すらも僕を脅かす、殺セ、殺セって…!!
僕は…!僕は…!!!」
「我…解き放たれり…」
「誰だッ!!!」
辺りに響いた声
人の声ではない
同時に辺りが一気に冷たくなった
この感覚、間違いない
「堕人かッ!!!」
「クッ、クククククク!!!!」
正面に、黒い煙が集束した
蝶の身体から噴出した黒い煙に間違いない
そしてその煙は俺達の正面で人の形になった
全身を血塗れの包帯で巻かれ
顔には蜘蛛のような大量の目があり
その全てがこちらを見ていた
「お前、何者だ!!」
「我は…死…我は…鬼哭…」
「キコク…お前、上級堕人か…?」
「…集え…大いなる…」
鬼哭はこちらに目をくれずに高く飛んだ
「い!?」
「クカカカカカカカカッ!!!」
「待て!!」
「たまゆらっ!!」
慌てて追いかけようとした俺をゆき兄が掴んだ
「なんだよ!!早く追いかけないと!!」
「落ち着け!!
体力を消耗したお前があいつに勝てるのかよ!!」
「だけど!!!
俺は堕人を1匹残らず…!!」
「たまゆらさんッ!!」
「蝶!?」
ゆき兄に続いて蝶まで俺を止めようとしてきた
さすがに2人がかりで止められると動けない
「は、なせッ!!」
「だめです…行っちゃいけない…」
「蝶…」
鬼哭の姿はもう見えない
俺は抵抗するのをやめた
「…蝶」
「…」
その瞬間
あたりが轟音と共に揺れた
「これはッ!?」
「ウォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
そして聞こえる人ではない何かの絶叫と戦慄
桃花の時、黒やんの時にも同じことが起こった
まさかこれが、楔が抜けたということか?
しばらくすると揺れは収まり
やがて何者かの絶叫も消えていった
「…収まった…のか?」
「…たまゆらさん」
「え?うわっ!」
黄龍鉄甲から光が溢れ出す
淡い金色の光
「ははっ…久しぶりだな、コレ…」
俺は黄龍鉄甲を高く空へと掲げる
溢れ出した光は蝶の小指へと集中した
「小指…?」
そして辺りは、眩い光に包まれた
――物心ついた時から、僕の世界は恐怖と怯えだけだった
「掃除は終わったのか、蝶」
「…はい」
「陰気な顔だな
その顔を見ているとこっちまで滅入ってくる」
「…すみません」
「チッ!」
「ごめんなさい!許して!」
本当の両親は知らない
僕を引き取った仮の両親はそれをまだ物の道理もわからない僕に伝え
そして僕は日々、両親からのいわれの無い攻撃に身を晒すことになった
最初はそれを受け入れていたが
年齢を重ねるごとに僕は学習した
重要なのは自らが敵意の対象にならないこと
そして仮になってしまった場合はその敵意を逸らすこと
だけど、実際はそう上手くいかない
理由など無くても他人を傷つけることに躊躇いがない人種は確かに存在していた
「どうしたの?」
「…」
「いじめられたんだ?」
「…」
「ほら、こっちおいで、手当てしてあげるから」
「どうして僕はいつもこうなんだろうね…」
「人は皆怖いんだよ
だから自らの強さを誇示して優越感で恐怖を塗りつぶす」
「…よくわからない」
「ちょっと難しかったね
でもね、私は本当に強いのは君のほうだと思う」
「どうして?」
「だって君は恐怖に耐えられる子じゃないか」
「僕は…ただ…」
「傷つけられるのも傷つけるのも怖いんだね?
その優しさは強さだよ?」
「強さ…」
「その強さを、間違った方向に使わないでね?
ほら、約束しよう」
「…」
「何があっても
恐怖に恐怖で対抗しないようにね
ゆーびきーりげーんまーん…」
――あの、約束は、どこに消えてしまったのか
記憶は残酷だ
忘れたことに気づいたころにはもう取り戻せない
「思い出してくれた?」
「…僕は」
「なら、もう、大丈夫だよね?」
「…ごめんなさい…」
「思い出せたなら…君ならきっと…
もう1度約束する?」
「え?」
「2度と、約束を忘れないって約束」
「あ…」
「ゆーびーきーりーげんまーん
うーそついたらーはーりせんぼーんのーます…」
光が、消えた
久しぶりだがここが気まずいんだ
「…うっ…ぐっ…僕はっ…
いつからこうなったんだ…
自分が傷つけられるのを逃れるために平気で他人を傷つけていた…」
チラっとゆき兄を見る
同じような考えらしく気まずそうに遠くのほうを見ていた
俺は蝶の横へ座った
「恐怖は誰にでもあるし
臆病者ってのも個性だと思う」
「うっ…ぐっ…」
「お前は歪ませたのは狂った力だ
俺はそれを知ってるから、蝶を許した」
「…」
「…俺は生徒会を倒すよ、そして全てを終わらせる
そのためには俺だけの力じゃ駄目なんだ
ゆき兄や、リカちゃん、他にも色々な人の協力がいるはずだ
そして、その中には蝶も入ってるんだ」
「僕も…?」
「力を貸してくれ
誰かを傷つけた罪を償いたいと言うなら、俺と一緒に戦ってくれないか?」
「…たまゆらさん
わかりました、僕はもう…逃げません」
「…うん」
そこまで話したところでゆき兄が近づいてきた
「それで、今からどうするんだ?」
「…鬼哭が気がかりだ」
「集え…大いなる…か」
「ゆき兄?」
「…いや
俺らがいかなくとも恐らくすでに生徒会が…」
10/23(月) 夜
「…我らは…我らは…」
「ここは堕人が立ち入っていい場所ではない」
「…オマエ…」
「消えろ」
「…クカッ!!」
「…何だ?」
「忌々しき楔が全て消え去るのは最早時間の問題だなぁ」
「貴様はッ!!!」
「初めまして…
俺の名は…ノスフェラトゥ…」
「クカカカカカカ!!!」
「…鬼哭、まだ期は熟していない
血が猛るのは分かるが時を待つんだ…」
「貴様、堕人か」
「生徒会長さん、もう止まらない
同胞たちは直にこの地に溢れ出す」
「それを俺が黙って見ていると?」
「確かにアンタは強い…だがやり方を間違えた…
敵を作りすぎたんだよ、貴方は」
「…」
「そして我らは大いなる存在へと集い
全てを取り戻す」
「大いなる存在だと?」
「ククッ…それじゃあ…
また、会おう、時が来たらなぁ…」
「待てッ!!!」
「ククッ!クックックックック!!
ヒャーッハッハッハッハッハ!!!」
「クカカカカカカカカカカッ!!!!!」
10/23(月) 同時刻
「んがっふ!がふっ!!んぐっ!!ごふっ!!」
「…」
「んぐ!はんっ!むぐっ!んぐぐ!!」
「おい、たまゆら」
「んが?」
「3日間飲まず食わずだったのはわかるが
…もうちょっと落ち着いて食えよ」
「んんぐ…っぷはー!」
大量に口に突っ込んだ料理を飲み込む
やっと身体が元気になってきた気がする
「はー、食った食った…」
「全く、シャインが安くなかったら逃げてるところだ」
「いや、本当シャインがあって助かった」
「2人ともよく食べましたねー」
カナが近寄ってきた
私服だった
「食ったのはほとんどたまゆらだ
それよりなんで私服なんだ?」
「今日のシフトはこれで終わりです~」
「ああ、そう…」
しばらく動くのがめんどくさくてぼーっとしていた
ゆき兄もぼーっとしていた
雰囲気に呑まれたのかカナもぼーっとしていた
入り口のほうで店員が「いらっしゃいませー」と言うのが聞こえた
「…たまゆら、そろそろ帰ろうぜ」
「ああ…そうだね」
「じゃあ私も帰ってねーよおっと」
「ゆき兄ごちそうさん」
「今度おごり返せよ」
シャインを出ようとすると女子生徒とすれ違った
「?」
視線を感じて振り向くが女子生徒はこちらを見てはいなかった
気のせいか
ゆき兄の会計が終わるのを待って
俺とゆき兄は寮へと帰った
そして俺はそのまま疲れから爆睡した
10/24(火) 朝
朝になってとりあえず俺は学校に向かう
俺が生き埋めになってた時にテストは終わっている
故に再試は確定だが…
まぁ逆に生き埋め脱出して12時間たらずでテストというのよりかはマシかもしれない
教室のドアをあける
皆の視線が俺に集中した
…1日休んだのがそんなに珍しかったのかな
ふと、見ると
俺の机が無かった
え、何これ、イジメ?
いや、しかしイジメを受けるような覚えは無い
これはきっとたちの悪い冗談だ、冗談に違いない
「誰だよー、俺の机移動させたのはー」
若干とぼけた感じで周りの奴らに聞いてみた
だけど返事は返ってこない
それどころか、こいつ何言ってんの?って顔で見られた
おいおい、どういうことだよ
焦りを感じていると視界の端にリカが見えたので助けを求めることにした
「リカちゃん」
「え…はい…?」
「何か…机が無いんだけどさ
どこいったのか知らない?」
「え…でも机って…
いや、それよりも…」
「ん?」
「…あなた、誰でしたっけ?」
「いやいやいや
笑えない笑えない」
「…?」
悪い冗談だと思ったが…
リカの目はマジだった
というか怯えてるのが見て取れる
気がつくと周りを取り囲まれていた
「お前クラス間違えてんぞ」
「突然入ってきてワケわかんねーこと言ってんなよ」
「ほら、出てけよ」
皆に突き飛ばされて教室の外に出される
何だよこれ、わけわかんねぇ!
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!
たまゆらだよ!!1ヶ月前に転校してきたたまゆらだってば!!」
「お前知ってるか?」
「しらねぇ」
「だからクラス間違えてんだよ、お前はさ」
「違う!俺はここに…」
「もうわかったから早く自分のクラスに戻れよ」
「…!そうだ、ゆき兄は!?
なぁリカちゃん!ゆき兄に連絡とってくれよ!」
今度は視線がリカに集中した
だけどリカは相変わらず怯えた顔だった
そして言った
「さっきから何?
私あなたのことも知らないしゆき兄って人のことも知らないよ?」
「そんな…」
「ほら出てけよ
リカちゃん怯えてんだろ」
呆然とする俺を男子生徒が突き飛ばす
廊下に尻餅をつく
「お、おい!待てよ!!」
無情にも俺の目の前でドアがピシャリと閉められた
一体何なんだってんだよ…
リカの目は本気だった、本気で俺とゆき兄のことを忘れてる
どうすればいいんだ?
いや、そもそも何が原因でこうなったんだ?
何が原因か、と考えれば要因は1つしかないはずだ
生徒会以外に考えられない
しかし一体どうすればいい…
とにかく今はゆき兄と合流するのが先決か?
とりあえずここじゃマズい
皆が俺のことを忘れてるってことは教師も俺のことを忘れてるはず
見つかって言及されたら不審者扱いされてしまう
…いやでももしかして…ヤチャマルなら…
駄目で元々だ、とりあえずヤチャマルのところに言ってみよう
急いで保健室へと走り出す
保健室のドアに手をかけたその時だった
「待て!!」
「え?」
保健室の中からヤチャマルの声が響いた
思わず俺の動きが止まる
「まだ入るな、何かよくわからんが術をかけられてるな
それもかなり強力だ、少し待て」
しばらく保健室の前で立ち尽くす
10分ほど立っただろうか
「…よし、いいぞ」
許可が出たのでドアを開ける
その瞬間、甘ったるい匂いが保健室の中から噴出してきた
さらに保健室の中は煙が充満していた
「うっ!」
「すぐ入れ!そしたらドアを閉めろ!」
「…わ、わかった…」
言われたとおりにドアを閉める
ポイッとマスクを投げられたので
キャッチしてそれをつけた
机の上に壷のような物が置いてあり
そこから物凄い量の甘ったるい煙が噴出している
「何これ…?」
「魔除けの香だ」
「香…?」
「…それで何があった?
保健室の外にいてもここまで匂ってくるような妙な気の匂いをプンプンさせて」
「…それが」
俺はヤチャマルに皆が自分のことを完璧に忘れてることを話す
話してる最中に煙で目が痛くなってきて涙が出てきた
話を聞き終わるとヤチャマルは考え出した
「…魔術についてはよくわからんが
まぁ皆記憶を操作させられてるんだろうな」
「うん…」
「しかしそれならどうしてたまゆらから妙な気がプンプンするんだ?」
「そんなこと俺に言われても…」
「…しかしかなりマズいな
それだけの大人数がたまゆらのことを忘れるってのは…
術はそれほど強力ってことだぞ」
「…」
「普通はここまで物凄い勢いで魔除けの香なんて焚かなくていいんだが…
これぐらいやらないと打ち消せないほど強力な奴だ」
「うん…」
「…保健室前まで来ても私はたまゆらのことを忘れなかった
となると、恐らく…」
「恐らく?」
「防御無しで、お前と同じ空間に入ってしまった人間がお前のことを忘れるんだ
だから皆が術にかけられたというわけではなく
たまゆら自身に術がかけられ、そこから周りの皆が術の効果でたまゆらのことを忘れていく
2重に張り巡らされた攻撃だよ、こうなると術というより呪いだな」
「どうにかして解く方法はないかな?」
「…術の詳細がわからないことにはな…
ただこれだけ大多数に影響を及ぼしてるんだ
1度かければそのままってことは無いだろう…」
「止める手段はあるってこと?」
「術をかけ続けるのになんらかの道具が必要ならそれを破壊すればいいし…
術者本人が何かしらの行動をしているなら術者本人を止めればいい」
「…そっか…だけど、術者が誰かもわからないんだ…」
「むぅ…」
しばらくの沈黙
その時、保健室のドアが開いた
「ぶぇっ、何だよこの煙は!」
「ゆき兄!」
「お!たまゆら、お前俺のこと覚えてたか!」
「いいから早くドアを閉めろ!」
「あ、ああ」
ゆき兄がドアを閉める
同時にヤチャマルがマスクを投げ渡す
「さすがに皆が俺のことを忘れてるのは参った…
たまゆらも同じか?」
「ああ、ヤチャマルが言うには恐らく術をかけられたんだろうって」
「…しかし何だってこんな回りくどいことを…」
「魔除けの香にも限りがある
早く何とかしないとそのうちお前たち2人は誰の記憶からも消滅するぞ
もちろん、私の記憶からも…」
「しかし問題は術者もわからないってことだよな…」
「…困ったな…」
俺含む3人は全員頭に手を当ててどうするか考えた
しかしこの術がどうやってかけられたのかもわからない上に
術者の正体、居場所まで完全に不明なのだ
一体どうすればいいのか…
「…あ」
「どうした?ゆき兄?」
「いや、たしか…神楽君から受け取ったマジックオイルの中に…」
そう言ってゆき兄は懐に手を突っ込んで
ゴソゴソと何かを探し始めた
「えーと…あ、これだ」
取り出したのは小瓶
戦闘の際に剣にかけまくっていた小瓶だった
「スペル・ブレーキング…
自身に向けられた術や呪いを破壊するマジックオイルらしい」
「破壊か…しかし」
「…ああ、永続的にかけ続けられてるような術だと
オイルの効果が切れたと同時に元に戻っちまう」
「それにそのオイルが効くがどうかだな」
「それはまぁやってみないとな」
そう言ってゆき兄は頭からオイルをかぶった
雫がポタポタと垂れ、床に染みを作っていく
「…どう?」
「妙な気の匂いは確かに消えた
とりあえず成功したようだぞ」
「…となると後は効果時間か…
神楽君が言うには12時間程度だったが」
「その場しのぎにもほどがあるな」
「…たまゆら、お前は寮に戻ってろよ」
「え?」
「俺は執行部の奴らから情報を集めてくるよ
近寄っても記憶が消えないこの12時間しか情報収集はできない」
「まぁ…そうだね」
「連絡はメールなり電話なりでだな
それじゃ先に出ろ、俺がお前のことを忘れちまったら意味がない」
「わかった」
「たまゆら、ゆき兄
気をつけてな」
俺は煙が立ち込める保健室を出て
急ぎ足で寮へと戻った
自分の部屋はちゃんと自分の部屋のままだった
当たり前のことなんだがそれが今の状況では安心した
とりあえずゆき兄からの連絡待ちか
10/24(火) 午後
「…遅いッ!!!」
もうすでに時刻は昼下がりだ
しかしどうすることもできない
外に出れば不用意にウロウロしていれば皆が俺のことを完全に忘れてしまう
そんなわけで不安でどうしよもなかろうとも
素直に部屋で待機するしか俺には方法がないのだ
そう思っていると電話が鳴った
着信はゆき兄からだった
あわてて携帯のボタンを押す
「もしもし!?」
「もしもし、だなぁ」
「お前ッ!?」
思わず携帯が手から滑り落ちる
落下した携帯はゴッ!と音を立て床に転がる
一瞬の逡巡の後に携帯を拾いなおし、ゆっくりと耳に近づける
「びっくりしたかぁ?」
「やっぱりノスフェラトゥか!!
てめぇゆき兄をどうした!!!」
「ああ、待て待てぇ
別に何もしてねぇからよぉ」
「あぁ!?」
「…そう吼えるな
困ってるだろぅ?呪いで…」
「…何でもお見通しかよ」
「この呪術は…確かにお前にかけられてるものだがぁ…
本来学園全体の人間に及ぶほどの大規模な呪術というのは
それこそ超規模の儀式を断続的に続ける必要があるんだなぁ」
「…」
「その欠点を取り除くために術者はある方法を取ったんだぁ」
「方法?」
「学園全体の人間をあるものを使って
術がかかりやすい状態に陥れてるんだぁ」
「…あるもの?」
「故に止める方法は2つある
1つは術者本人を殺し、呪い自体を根本から破壊する…」
「…」
「もう1つはそのあるものを破壊、もしくは止める
そうすれば呪いがその効力を発揮することは出来なくなり
完全に無力化するはずだぁ」
「そのあるものってのは何なんだ?」
「…」
ノスフェラトゥは突然黙った
こいつ、ここまで教えておいて…!
「どうした!」
「…すまないなぁ…
少し用事が出来た…」
「おい待て!!」
「学校にいる奴が定期的に耳にする音
その音の発信源に呪力が乗せられているんだぁ」
「定期的に…耳に?」
しかし返事は返ってこなかった
携帯からはツー、ツー、と虚しい音が響いていた
「クソッ!!!」
思わず携帯を壁に投げつけそうになる
が、とりあえず思いとどまった
情報を整理してみると
俺にかけられた呪いは通常なら大多数の人間がまとめて俺の記憶を忘れるような呪いじゃない
そのために術者は全生徒にあるものを使って術がかかりやすい下地を作っておいた
こうなるとあとは俺と同じ空間にいる奴は次から次へと俺の記憶を忘れるってことか
…術者を殺るというのは現実的ではない
そもそも術者自体の居場所がわからないんだ
と、なるとやはりそのある物を破壊するしかないのか
そう思っているとまた電話がかかってきた
着信はまたゆき兄だった
ゆっくりと電話を耳に近づける
「もしもし…?」
「悪い、全然つかめねぇ」
今度はちゃんとゆき兄からだった
「悪いな、もっと早く連絡しようとしたんだが
あちこち走り回ってるうちに携帯を落としてな」
「落としたぁ?」
それをノスフェラトゥが拾って俺にかけてきたと…?
でもいつも突然俺の目の前に現れるノスフェラトゥがなぜそんな周りくどいことを…?
「ゆき兄」
「ん?何だ?」
「こっちはある程度掴んだぞ
信じていいかはわからないが」
「…ほう?」
俺はノスフェラトゥから聞いたことを話した
そのある物を壊せば呪いを無効化できるということを
「…それ、誰から聞いたんだ?」
ノスフェラトゥから聞いたと素直に言えばいいんだろうか
しかしそれを言ってしまったらゆき兄は
アイツの言うことを信じるなと突っぱねるかもしれない
ここは適当に上手くごまかすほうが得策か…?
「寮の前で…変な奴にあったんだ
そいつがここまでは教えてくれた」
「変な奴?」
「顔はよく見えなかったけどね…
話すだけ話したらそのままどっかにいっちゃったよ」
「…ふぅむ…」
「…」
うまく誤魔化せたのだろうか?
「…怪しすぎるのにも程があるが他に情報もないしな…
しかし…学校にいる奴が定期的に耳にする音の発信源か…」
よかった、どうやらうまいぐあいに
誤魔化すことが出来たらしい
「…音か…」
「定期的ってのは何だろうね?」
「定期的に学園の奴らが聞いてる…
そういえばアイツは…」
「アイツ?」
「…そうか、チャイムか」
「チャイム?」
「多分な、となると放送室か?」
「どうするの?」
「ぶっ壊してやるよ」
「おいおいおいおい!」
「とにかく待っとけ!
すぐにブッ壊してきてやるから!!」
「気をつけろよゆき兄」
そこで通話が途切れた
…確かにチャイムなら学校生活をしてるなら絶対に耳にする
それも定期的にだ
しかしどうも嫌な予感がする
外を見るともう夕暮れ時になっていた
…逢魔が時…って奴か…
10/24(火) 夜
…あまりにも遅い
あれからすでにかなりの時間が経過していた
ゆき兄はどうしたんだ?
やっぱり何かあったに違いない
とにかく俺も放送室へ言ってみよう
校庭には誰もいない
そして校舎にすら人の気配はない
もう完璧に日は落ちているのだから当然と言えば当然だが
どうにもこうにも嫌な予感しかしない
背筋に張り付くような冷たい感覚を必死に振り切って
俺はなんとか放送室に到着した
ゆっくりと扉を開けると、中は静まり返っていた
ポタ、ポタ、と水滴が落ちる音がする
なんで放送室で水音がするんだ?
ゆっくりと音する方向を見る
暗闇の中で、何かがうずくまっている
「…?」
俺は電気をつけた
その瞬間、目に飛び込んできたのは
「…ゆき兄?」
大量の血をしたたらせながら
壁に背をあずけ、力なく倒れているゆき兄の姿だった
「おい!ゆき兄!!
しっかりしろよオイ!!!」
あわてて駆け寄る
返事は無い、ただ静かに血を滴らせている
だが微かに呼吸の音は聞こえる
生きてはいるようだが…だけど何でこんなことに…!
「キヒャヒャヒャヒャ、次の相手はお前かぁ?」
「誰だッ!?」
突然聞こえた声に驚いて振り返る
だが、誰もいない
その瞬間だった
激痛が、身体を襲った
「え…?」
わけもわからず
床に膝をつく
「…何が起こった…」
正面から服が切り裂かれ、身体にも切り傷ができていた
傷自体は大したことが無いようだった
だがそれよりも敵の姿が見えなかったことのほうが
よっぽど俺の頭を混乱させた
「…ああ、その鉄甲…お前が器か」
「な…」
目の前の何も空間が薄っすらと浮き立っていく
まるでカメレオンがゆっくりと擬態を解くように
そして現れたのは男子生徒
その手には血のついたナイフが握られていた
「よぉ」
「何だ…お前は…
生徒会か…?」
「いや、俺は生徒会じゃねぇよ」
「じゃあ何なんだ…?」
「なんだって言いだろ?
見せてみろよ、お前が黄龍を宿すに相応しいのかを、な」
「黄龍…?宿す…?」
「…何も知らない、か
無理も無いがな」
「ゆき兄は…お前がやったのか…?」
「3割ぐらいは俺がやったかな
あとは勝手に自滅した」
「なんだと…?」
「全身に爪で抉られたような傷があってな
それが開いちまったみたいだぜ?」
「全身に…爪…傷?」
まさか、白虎の力が暴走したときの傷が…?
治って、なかったのか?
それなのに今まで平気な顔をして…?
「そんな…」
「さて、お前に課せられる試練は1つ」
「…試練だと?」
「俺を倒し、そこの放送機材をブッ壊す、だ」
「お前は…一体…」
「…戦いが終わったら教えてやるよ」
俺は立ち上がって黄龍鉄甲を構えた
「いい覚悟だ、はじめようか」
その言葉と同時に
奴の身体がゆっくりと消え始めた
「な…」
「誰も俺を補足することはできない…
さぁこの窮地をどう乗り切る?」
「うぉぉぉぉおおおおおおお!!」
完全に消える前に黄龍鉄甲の1撃を叩きこもうとする
だが避けられ、一瞬視界から消えた瞬間に
完全に奴の姿が見えなくなった
「クソッ!!」
「後ろだよ」
「なっ…がッ!!?」
背中に焼け付くような痛み
「うあぁぁああああっ!?」
前のめりに転倒する
背中から血が流れ出してるのがわかる
「…肉体的、精神的にも非常に脆いな
本当に器なのか疑わしくもなるほどだ」
「なんなんだ…お前は…」
「まぁここでお前が死んだところで新たな器ぐらい…」
背後に奴が姿をあらわした
手にはナイフが構えられている
まずい、避けれない
「終わりだな」
「待っ…」
その時、放送室のドアが轟音をあげて吹っ飛んだ
ナイフが止まる
横目で俺はドアのほうを見た
「随分大ピンチじゃないか」
「何だお前」
「何で…お前が…」
「俺にもすこーしばかり理由があってな…
加勢してやるよ、たまゆら」
「高橋…俺のこと…わかるのか?」
ゆっくりと放送室に入ってきた高橋
無茶だ、生身の人間がこいつに勝てるわけ…
「それじゃ行くぜ、カメレオン野郎」
「!?」
「骨まで粉々にしてやるよ」
状況が理解できなかった
一瞬で間合いを詰めた高橋の足が空を舞った
その爪先は、カメレオン野郎の、顔を捉えていた
「吹っ飛べ」
「馬鹿なッ…!?」
その光景が、ヤケにスローモーションに見えた
爪先を叩き込まれたカメレオン野郎の顔は歪み
その勢いに押された身体は
まるで回転するように文字通り"吹っ飛んだ"
「ガァァァァアアアアアアアアア!!?」
回転した身体は勢いを殺すことなく
壁へと叩きつけられた
そして壁にビシリと亀裂が走った
一体どういう威力なんだよ、あの蹴りは…!?
つーか本当に高橋、人間か!?
「…まだ寝かせる気はねぇぞ
立てや、道化が」
「ククッ…クックック…ククク…!」
「こいつまだ動けるのか…?」
パラパラと壁の破片を散らしながら
カメレオン野郎が立ち上がる
「お前、ただの人間じゃあないな…?
高橋って言ったか…?面白いじゃないか…」
「安心しろ、俺はごく普通の一般人だ」
「そうかいそうかい…」
カメレオン野郎の身体はまたゆっくりと消えていく
その瞬間、高橋がまたも突っ込んだ
「消えられるとめんどうだからな」
「ククッ!!」
ガキィン!!と音がした
高橋の蹴りを2本のナイフが受け止めていた
「チッ」
飛びのくように間合いを取った高橋だが
間髪いれずにそのまま体勢を低くして回転し
流れるように2発目の蹴りを叩き込む
だが今度は金属音は響かなかった
ガゴォン!!と音がし、壁のコンクリートが砕けた
「消えやがったか」
「ヒャッハァ!!!」
「おっと」
高橋がバク転のようにその場から飛びのいた
そのまま着地する
そしてまたカメレオン野郎の姿が見え出す
「すごいなお前…
お前が器ならすでに合格だったよ…」
「…ふん」
「だが哀しいかな…お前がいくら強かろうと…
どれほどの修練を積もうが器になることは出来ない…!!」
「ハナっから願い下げだ
おい、たまゆらぁ!!!」
「な、何!?」
突然名前を呼ばれ驚きながらも返事をする
「充分休んだろうが
手伝え」
「…あ、ああ!」
俺は立ち上がって黄龍鉄甲を構える
カメレオン野郎は不気味に笑っていた
高橋が言った
「お前攻撃の合間には必ず姿を見せる必要があるんだろ
長時間姿を消すことは出来ないみたいだな」
そうか、そういえば確かにこいつは
1度攻撃したあとは必ず姿を見せていた
「たまゆら、狙うならそこだ
2人ならこの部屋のどこに姿を現そうがカバーできる」
「…ああ!わかった!」
「いいぞ…見せてみろ…!
お前達の力ってやつを!!」
カメレオン野郎の姿が薄っすらと消えだす
そこにまた高橋が突っ込む
「砕けろぉ!!」
「ケケッ!」
ガキィン!と音が響く
駄目だ!また止められた!
「2度も同じ手を食うと思うか?」
「ほっ!」
高橋の両足は地面についていなかった
そしてもう1本の足がカメレオン野郎の腹部に叩き込まれる寸前だった
いけるか!?
「残念!」
「チッ!」
カメレオン野郎はナイフで止めていた高橋の足を弾いて
上に飛び上がり、それと同時に完全に姿を消した
着地しながら高橋は言った
「攻撃後に出現するって弱点がバレたからには
今回の攻撃は確実に1撃必殺でくるぞ!気をつけとけよ!!」
「わ、わかった!」
高橋と背中合わせになり
神経を集中させる
姿は見えない、だけど足音の1つでも拾えたなら…!!
ひたすら正面に集中する
どこから来る、真正面か、右か、左か!?
緊迫した空気の中でただ精神だけがガリガリと削り取られるような感覚
それは恐らく高橋も同じだろう
その時、後ろでカツンと音がした
そしてその音を高橋は聞き逃さなかった
「そこかぁ!!!」
ボゴォン!!と音がした
「やったか!?」
「…いや!」
高橋の足は壁に突き刺さっていた
まずい!あれじゃあ対応できねぇ!!
そして俺の正面の景色が歪んだ
「物を投げれば音ぐらい出せるだろ?」
狙いは俺だった…!?
まずい、高橋の方向に注意していたせいで…!
風景を歪ますナイフの切っ先は間違いなく俺の心臓を狙っていた
駄目だ、避けれない、貫かれる…!!
「そんぐらい重々承知だったよ」
ボゴォッ!と音が後ろでしたその瞬間だった
後ろから何か大きなものが耳を掠めて飛んでいった
「何ッ!?」
ゴッ!!!と重い音が辺りに響いた
飛んできた何かはカメレオン野郎に直撃した
そして跳ね上がったそれが俺の視界に入る
重い、コンクリートの欠片、砕けた壁の破片!!!
その直撃を受けたカメレオン野郎は後ろにぶっ飛ぶ
俺は思わず、駆け出した
黄龍鉄甲を振りかざして
「蹴った先にお前がいようがどうでもよかった
俺が壁に足を突きこんだのは狙った方向に瓦礫を蹴り飛ばすためだったからな」
俺は今まで高橋をただの不良と思っていたが
間違ってたみたいだ
こいつ、恐ろしく強い不良だ!!!
「ブン殴ってやれ、たまゆら」
「言われなくても!!」
「グッ…」
顔を抑えてよろめくカメレオン野郎
その足じゃもう避けれないな!!
「食らえやぁぁぁあああああああ!!」
「グッ…待て…!!」
「黄龍!!!天光破邪爆けぇぇぇぇぇえん!!」
ダッシュの勢いを乗せた黄龍鉄甲の1撃は
これ以上ないぐらいにカメレオン野郎の顔面を捉えた
「ぐぉおおおぁああああああああああああああああああああ!!!」
勢いに耐え切れずカメレオン野郎の身体が宙に浮き
そのまま壁を突き破り、廊下に吹っ飛んだ
カメレオン野郎の絶叫が夜の校舎に響き渡った
「…終わった…か?」
「…ふむ」
カメレオン野郎は動かない
さすがに今の1撃には耐え切れなかったか…?
後ろを振り向くと高橋が足についた瓦礫の欠片をパンパンと払っていた
「…助けてくれて…ありがとう」
「…ああ」
「でもどうして…」
「…俺にも理由があるんだよ」
「その理由って」
「クックック…ククッ…ククックックック…!!」
「!?」
壁にあいた穴を見る
カメレオン野郎が、不気味に、立ち上がっていた
その顔は、楽しくてしょうがないと言った顔
楽しそうに開かれた口元、そして不気味な光を宿す眼
狂喜、そんな言葉が頭に浮かんだ…
「今のは…効いたぞ…!
続きを…しようか…」
「くそっ…」
「…やはり…こいつを倒すには…」
だがカメレオン野郎がこちらに向かってくる気配はない
その場に立ち尽くしている
「…?」
「力に引き寄せられたか…
亡者どもが…」
「何?」
床からボゴォッ!と人の手が突き出てきた
いや、人の手のように見えるが真っ黒で輪郭はおぼろげだ
「堕人!!!」
ズルズルと地面から這いずり出してくる堕人
何体いるかはわからないが軽く5体は越している
あっという間に周りを堕人に囲まれた
さらにその闇の中からアイツが出てきた
「クカカカカカッ!!!」
「こいつは…鬼哭!!!」
全身が血塗れの包帯でグルグル巻きで
顔には蜘蛛のような多数の目がある堕人
間違いなく、蝶の身体から出てきた堕人、鬼哭だった
「なんだってこう次から次へとトラブルが起こるんだよ!!」
「…待て、たまゆら、様子がおかしい」
「え…?」
言われてみれば堕人は俺たちを襲ってはこなかった
いや、それどころか…
「ウォォォオォォォォォオオ!!」
鬼哭を含む堕人はカメレオン野郎に一斉に飛び掛った
勿論俺達は何が起こったのかわからない
ただ目の前で起きている光景を呆然と見ているしかなかった
次から次へと飛び掛ってくる堕人をあしらいながらカメレオン野郎が叫んだ
「興がそがれた!!今日はここまでにしよう!!
そして覚えておけ!我は天下!
黄龍の復活を望む者!!即ち黄龍の意思!!!
また会おう!!器よ!!!ヒャーハッハッハッハ!!!」
「待てッ!!」
ガシャーン!と廊下からガラスの割れる音がした
同時に堕人が一斉に割れた窓から外に飛び出していった
もう頭はマトモに働いてくれない
黄龍の復活?黄龍の意思だ?
何なんだコレ…アイツは何なんだ…
そしてなんで堕人が…
黄龍鉄甲が関係あるのか?
誰か俺に…教えてくれ…何が起こっているのかを…!!
12時限目 - 記憶と意思 -
終
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最終更新:2009年11月01日 02:55