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邪眼学園黄龍譚19.5限目【黄龍降臨】前編


??/?? 黄龍降臨の間

肉が焼ける匂いが周囲に漂い、身体から黒い煙をあげながら倒れるているたまゆら
さすがにもう動けはしないだろう…
パチパチと、静かになった室内に音が響く

「ずっと見てたのか、天下」
「ええ…」

影が歪んでいく、正確には壁の手前
歪んだ空気は徐々に色を得て行く
そして、天下の姿となる、微笑を浮かべながら俺に拍手を送る
俺は、天下の胸倉を掴み上げ、壁へと叩き付けた
それでも冷静に天下は言葉を紡ぐ

「…無理なのは知ってるだろ?
 僕は一部分だ、いくら殺したところで…」
「…クソッ」

俺は天下を離した
乱れた胸元を直しながら天下はゆっくりとたまゆらに近づいた

「…ふぅん、チャクラだけにダメージを集中させたのかい
 殺したほうが手っ取り早いのになぜそんなことを?」

ニヤニヤと笑いながら
たまゆらの身体に触れる天下
天下のほうなど見ずに俺は黄龍の鎧を元に戻しながら返答した

「命まで奪う必要は無いんだろ
 ……ま、今までの礼も含めてそれだけに留めておいた」
「…クックック…!どうせ結末は同じなのにかい?」
「…」

奥歯を噛み締める
天下は半ば笑い声が混じった声で続ける

「長かった…この1年半、自らを縛る鎖を呪い、呪い続け…!
 何度君を引き裂いてやろうかと思ったか…!
 でももういいんだ、もう終わる、君が黄龍を受け入れればそれで終わる」

1年半…もうそれぐらい立つか…
俺は黄龍鉄甲を見た、鈍き漆黒の輝き
それは俺の最大の力でもあり、罪の象徴でもある
決して消える事の無い…





1年前、春

喉を下る刺激が心地よく、俺は缶を垂直にし一気に流し込んでいた

「よくまぁ、その量を一気飲みできるな」

呆れたような口調でそう言いながら高橋が何かを投げてきた
左手でそれをキャッチすると、ぶにゅっとした感触
視線をやると中身の餡子がちょっと飛び出した饅頭があった

「やるよ、食え」
「饅頭ねぇ…」

ピリピリと音を立てながら包装紙を破る
半分ほど破ったところで饅頭にかぶりついた

「うん、うん…けっこううまいなコレ…」
「それより本当に行くのかよ?」
「面白そうじゃね?
 もしかしたらなんかこう、財宝とかあって一攫千金かもよ?」

指についた餡子を舐めながら高橋に返答する
饅頭ってなんか物足りないんだよな、食い終わった後が

「しかしよぉ…隠されてた怪しい通路って…
 なんかヤバい気もしねぇか?場所もあの廃屋ばっかのとこだろ?」
「ああ、あそこだぜ?」
「しかし瓦礫に埋もれて隠れてのをよく見つけたな
 つーかお前あそこで何してたんだ?」
「廃屋街って面白いじゃん」
「…いや、意味わかんねぇ」

高橋が頭を抑えて顔を伏せる
そのまま小さく呟く

「つか、1人で行きゃあいいじゃないか」
「それはそれで怖いし」
「お前な…」

頭痛がする、そう言いたげな感じで高橋が呆れ果てたような目でこっちを見つめた
指に突いた餡子を全部舐めとると俺は親指を立てて高橋に笑顔を送った
それを見た高橋は溜息をつきながら言った

「今回だけ、だからな?」
「ああ、わかってる、今回"こそ"今回だけ、だろ?」
「…それで?いつ行くんだ?」
「膳は急げって言うし、今日の夜行こうぜ
 まぁヤバそうだったら途中で戻ればいいだけのことだろ?」
「…まぁな」
「んじゃ11時過ぎぐらいに廃屋街な!」

そう、偶然見つけた、真実へと至る道
好奇心をそそられた俺は高橋を誘って探検してみることにしたんだ
今思えば、どうしてそんなことをしたのかな
好奇心は猫を殺すって格言もあるのに、昔の俺は何も考えていなかった
いや、考えようとしなかったんだ…
それで夜になって…

「お前から誘ってきたのに何で寝てるんだよ!!」

高橋がまだ頭が覚醒しきってない俺の手を引っ張って廃屋街へと連れていく
俺はぐぁんぐぁんと半目で頭を揺らしながら
おぼつかない足取りで廃屋街へとたどり着いた

「あー…」
「あー…じゃねぇよ!!
 ほら、ついたぞ、入り口はどこだよ」
「ん、これだよ」

俺は印をつけておいた場所を見つけ
土に隠れている鉄板の端を思いっきり上に持ち上げた
ガゴッと音がして現れる地下へと続く石造りの階段
月明かりによって照らし出される暗黒、続く先は光すら届かぬ深淵の闇
漂う冷たい空気、なのにまとわりつくようなとてつもなく不快な瘴気
隣で高橋が生唾を飲む音が聞こえた

「…おい、本当に、ここ入るのか…?」

若干震えた声で高橋が俺に聞いてきた
正直俺も少し怖い、正確には物凄く怖い
しかしだからこそ高橋を連れてきたのだ、この恐怖を紛らわすために
それに恐怖よりこの先に何があるのかという好奇心が勝った
俺は高橋に向かって親指を立てた
高橋は覚悟を決めたように懐中電灯を取り出した、用意がいいなコイツはと思った
懐中電灯の明りに照らされる深淵しかしその光すらも最奥を照らすことは無い

「…危ないと思ったらすぐ逃げる…で、いいんだよな?」

最終確認といわんばかりに高橋は俺に向かって聞いてきた
俺は無言で何度も頷いた
高橋は大きく息を吐いて、階段へと足を踏み出した
俺も高橋の服の裾を引っ張り続いておりる
ひんやりとした空気に体が震える、俺と高橋はゆっくりと1歩1歩足を踏み外さないように階段を降りていった
響く音は俺たちの足音と呼吸音だけ
懐中電灯の光だけが先を照らし、完全なる深淵へと向かっていく
やがて階段が終わる、先に続く長い通路
高橋が唾を飲み込む音がヤケに大きく聞こえた

「まだ…行くよな」

どうやら高橋もあまりに学園の地下にあるあまりに不気味なこの通路を見て
恐怖よりも好奇心が勝ったらしい、俺の返事も待たずに足を踏み出す
懐中電灯の光が左右にゆらゆらと揺れる
壁に書かれている絵の意味を考える余裕も無く、先へ、先へと
ただ、歩き続ける、まるで地獄の底に続いているかのような道をひたすらに
足元から背中を這いまわり脳髄に到達する恐怖
深淵の闇に隠れた後ろから誰かに見られているような恐怖
心なし多く聞こえるような足音、小さな囁き声
気のせいに決まってる、気のせいだ
ここにきて俺は少々後悔していた、来るんじゃなかったと、ここは人が足を踏み入れていい場所じゃないのではないかと思い出した
しかしどうせ戻るにしてもまたあの長い長い暗闇を抜ける必要がある
…それにどうせ高橋は前へ前へとグングン進んでる
俺たちは無言で延々と通路を歩き続けた
階段を降りてからどれだけ歩き続けたのだろうか
唐突に高橋の足が止まる
そして正面で懐中電灯の明りに照らされていたのは大きな、両開きの扉…
通路もそうだが、なぜ学園のこんな場所が?いつ、誰が、何のために作ったんだ?
高橋も同じ疑問を抱いているだろう
…答えはこの扉の先にあるのか…?ならば…
俺は高橋の前に出てゆっくりと扉に両手をかけ、力を込める
周囲の壁に反響する不気味な音を響かせ、ゆっくりと扉が開く
扉が開いても相変わらず真っ暗だったがどうやらかなり広いらしい
俺に続いて高橋も足を踏み入れる
周囲を見渡すようにあちこちを懐中電灯で照らしていく

「…かなり広い部屋みたいだな」
「部屋っていうか、広場かな…」

閉塞感から開放されたからかそれとも暗闇に慣れたのかわからないが若干心に余裕を取り戻す
とても広い広場でしばらく動けずにそこに立ち止まる
すると突然、俺じゃなくかといって高橋でも無い声が響いた

「…誰?」
「え?」

声の聞こえたほうに高橋が懐中電灯を向ける
深淵の闇の中に、少女が立っていた
透き通るような周囲の闇に同化するような長い黒髪
それらが浮き立たせる、白い肌
俺と高橋は言葉を発することなく、少女に釘付けになった
恐怖とか、驚きじゃない、深淵の闇で出会ったその少女にある種の"神々しさ"を見たから
例えるなら、闇の中に咲き誇る、1輪の白い花

「…誰なの?」
「えっ…あっ…」

もう1度聞き返されて我に返る
しかし冷静に考えてみろ、誰?と聞きたいのはこっちのほうだ
こんな闇の中に1人でいる少女ってどう考えても怪しすぎるだろ
だけど不思議と、逃げようとは思わなかった
怖くない、むしろなんだろう、彼女を見ていると、切なくなった…
なぜかはわからないけど、その表情がどうしてだか…とても悲しい物に見えた

「俺は…高橋、こっちはゆき兄…
 君は…誰だ?なぜここにいる?」

高橋が問いに対する答えを返す
そして、今度は彼女に問いかける
小さな声、だけど淀みなく、彼女は言う

「私はきのこ、なぜここにいるか…
 ずっといた…ずっと…守ってきた」
「守って?」
「すぐにここから出て行って…
 ここは人が足を踏み入れてはいけない…そういう場所だから」

それだけ言うときのこと名乗った少女は俯いた
俺と高橋は顔を見合わせた
互いにどうする?といった表情でお互いの言葉を待ってるような状態
確かにここは人が足を踏み入れてはいけない場所、そういうのはなんとなく俺たちも感じている
だけどここまで来てノコノコ元来た道を戻るというのも…
そう考えていた時、頭に軽い痛み

「つッ…!」
「どうした?」

突然頭を抑えて呻いた俺を見て高橋が慌てる
心配そうに顔を覗き込んでくる

「いや…急に頭痛が…」

『来い』

「…!?」

頭に直接響くような声
頭蓋骨の中を反響し、何度も、何度も

『来い…こっちだ…来い…』

「誰かが…呼んでる…」
「え?」

高橋がはぁ?と言う顔をした
俺にしか、聞こえてないのか…?
頭痛が酷くなり、頭に響く声は大きくなっていく

「ぐぅっ…!!」
『来い…!』『我を解き放て…!』『こっちに来い…!』
『暗き獄より我を…!』『器よ…早く…!!』
「うっぐ…!!」

頭痛は、まるで頭が割れるんじゃないかという痛みへと変貌する
立っていられずに、俺はその場に倒れこむ

「ぁっがぁ…ぎぃ…」

押し寄せる痛みは激しさを増していく
地面を掻き毟る指は爪が剥がれ落ち、血を滴らせる
その痛みを感じる事もさせてくれないほど、頭痛は容赦無く直接脳を掻き回すかのように…
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い…

「ゆき兄!?おい…!?」

高橋が慌てている
だけどその声は俺には届かない
頭痛と共に、俺に届く声は誰かの、呼び声だけ

『来い…』

「うぅ…」

立ち上がり、前へと足を踏み出す
一瞬、頭痛が治まる、がすぐにまた割れるような痛みが押し寄せる
もう一歩、前に進む、また治まる、だけどまたすぐに元に戻る
痛みから逃れようと足を前に出し続ける
その進行方向にあの少女が立ちはだかった

「駄目…この先は…!」

どいてくれ、頼む、痛いんだ、死にそうなほど、痛いんだ
お願いだ、道を、開けてくれ…!
そこを、退け

「共鳴してる…駄目!行ったら駄目!!」
「ど、け…!!」

自分の口から出た声が、自分でも信じられなかった
憎悪の塊のような、聞く者の魂を震え上がらせるような言霊を携えた声
悲しげな顔は、より悲しげに、それでも少女はその場を動こうとはしない
多分、後ろでは高橋が今の俺の声を聞いて信じられないと思っているんだろう
だけどそんなこと、今はどうでもいい
今は、この痛みを何とかしたい、それだけでいい

「…どけぇッ!!!」

俺は、少女を突き飛ばした
そして頭を抑えながら、震える足でその横を通り抜ける
後ろに倒れ、尻餅をつく少女はそれでも尚も叫ぶ

「駄目ッ!!その先に眠っている物を起こしたら…!!」
「知る…か…!!」
「ゆき兄ッ!おいッ!!」

後ろから高橋の声
だけど、どうでもいい
この痛みが、俺を縛る、何も届かないほどに
頭を抑えながら導かれるままに先へと進む
半ば体当たりするように現れた扉を開ける
扉の先にある通路をただ痛みを和らげるために進み続ける
開け放たれた扉が閉まる直前に聞こえる少女の叫び声

「駄目ェェェェェェェッ!!!!」

その叫び声は、閉まる扉に阻まれて、俺に届くことは無かった
1人で深淵の闇に包まれた通路を歩き続ける
歩みを止めれば襲い来る狂ってしまいそうなほどの頭痛
ただそれから逃れたい一心で先に何があるのかなど考えず俺は歩き続ける
どれだけ歩いたのか、目の前にまた扉
扉に描かれている…鳥と、亀と、虎と、龍…?

『来い…』

声はどんどん大きくなる、立ち止まっては駄目だ
俺は一気に扉を開け放った
扉の先は、俺の想像を遥かに超越した場所だった…

部屋に入ると同時に頭痛は嘘のように止んだ
それよりもその部屋に俺は目を奪われた
いくつものかがり火の炎に照らされた壁、床、天井、その全ては金色に光り輝いていた
本当に財宝が眠ってたってわけか…?なんてことを思いながら先に進んで見る
途中に、ボロボロの何かが落ちていた
気になって拾い上げて見るとそれは紙…だけど随分と色あせている
何か書かれているが…読めない
かろうじて龍のような絵だけは判別できた、なんだろう、コレ…
とりあえずその紙をポケットにねじ込み、また奥へと進んで見る
やがて何かが見えてくる

「すげ…何だこれ…龍…?」

黄金で作られた大きな大きな、龍の像
炎の輝きに照らし出されたソレからは圧倒的な威圧感と神々しさ
なんでこんなもんがここに…
もう少し近くで見てみようと思い、その像に近づいていくと
像の前に小さな机のような物が置かれていた
まるでここに供え物をしろって感じだな…
そこまで近づくと、また頭に声が響いた
今まで1番ハッキリと、大きな、声

『よくぞ来た…器よ…』
「誰だ…!」
『我は黄龍…世の理を司りて、四神を束ねし存在…
 証を…器として…証を…』
「!?」

突然右腕にずっしりとした重みを感じた
黒い、グローブ…?いや、鉄甲?いつのまに…?

『器よ…我を受け入れ…世の理を正せ…
 天運によって選ばれし…世に…救いを…』

いまいち要領を得ないが…面白そうではあるな
ヒーローになれってか?望むところだ
元々そういうのには憧れてたから、俺だって男の子だから

「ああ、わかった、それじゃどうすればいい?」
『証を…かざせ…黄龍鉄甲を高く掲げろ…』
「こうか?」

俺は像に向かって右手をあげた
金色の光を反射する像から何かが薄っすらを浮き出てくる
ホタルの光のような、儚く、淡い金色の光
それが螺旋を描き、広がって、美しく壮大なタペストリーのような模様を宙空に描いていく
その光景に目を奪われていると、突然背後で大きくドアの開く音

「止めて!!」
「君は…」

振り向くと、さっきの広場で出会った少女がいた
息を切らしているのは長い通路をここまで走って来たからだろう
そういえば切羽詰ってとはいえさっき突き飛ばしちまったんだよな…
謝っとこうかな…

「あの…さっきは…」

謝ろうと思って口を開いたその時
俺の言葉を遮るような、絶叫にも近い少女の声

「駄目!その黄龍は狂ってる!!!」
「え?」

狂ってる?
よくわからないが、ここから離れろと言っているのは間違い無い
若干躊躇したがとりあえずその場を離れようとし、後ろに振り返った、刹那

『もう、遅い』
「何ッ!?」

背中に、恐ろしい衝撃、皮膚を焼き切り、内臓までも焼け焦がすような激痛
穴を開けられた皮膚に焼けた鉄の棒を力任せにねじ込まれていくような感覚
痛みを衝撃ではなく、痛みと脳が判断した瞬間に俺の口から出たのは痛みの絶叫

「がぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!?」

尋常ならざるほど視界が揺れるのは激痛によって目の焦点を失ったから
全身がガクガク震え、自らの息はまるで炎を吐いてるかのような熱を帯びる
頭のてっぺんから足の指先まで全身を万遍無く内側から焼かれる痛み、発狂するほどの死の痛み
顔を必死に逸らすと俺の背中には黒いレーザーのような物が直撃している
それはさっきまで俺の目の前にあった金色の龍の像の口から放たれていた

「…ゆき兄ッ!?」

高橋の声が聞こえた
震える視界に映る、少女の傍で呆然とした顔をする高橋
何が起こってるか、わからないと言った具合で
少女がこちらに走って来た

「離れろぉぉぉお!」

少女は俺の身体を突き飛ばす
同時に黒い光は途絶え消える
だけど俺の痛みは止まらない、床を転げ回り、悶え苦しむ
さらに頭に響く声

『全ての命を散らせ』
『狂ってしまった世界を浄化せよ』
『何もかもを消し飛ばし、全てをあるがままの状態に』

止めろ、そんなの、望んでない…!
俺は…そんなこと…望まない!!
こんなの…違う…!!

『お前は我を受け入れた』
『抗うな』
『器として本分を果たせ』
『全てを回帰させよ!!』

嫌だ…!嫌だ…嫌だ…!出来ない…出来るわけが無い…!
そんなものが…救いであってたまるか…!!!

「ゆき兄ッ!大丈夫か!?」

高橋が近づいてくる
視界に映る、高橋の顔

「お前…泣いてるのか…?」

泣いてる?どうして…俺は、泣いてるんだ?
痛みのせいか?それとも真実を知った悲しみからか?
いや、そんなことより…

「逃げろ…高橋…」
「え?」
「逃げろォォォォオオオオ!!!」

逃げろ、という叫び声とは裏腹に、俺の右手は無防備な高橋の腹部に叩き込まれた
信じられない、そんな顔をして高橋は身体を折り曲げ後ろへと吹き飛んだ
壁に叩きつけられ、手を俺のほうに伸ばす
だけど、その手が力なく地面に落ちる

「うぅ…あぁぁああああ…!あぁぁ…!!」

俺はゆっくり立ち上がる、俺の意思ではない
まるで操り人形みたいに、誰かが俺の身体を動かしてる
俺の瞳は少女を見る
よせ、やめろ、動けよ、俺の身体…!!

「…」

少女は俺を睨んでいる
当たり前か、忠告を無視してこんなことになった奴に同情する余地なんか無いだろう
だけど気づいた、少女の視線の焦点は俺ではない
俺のすぐ真後ろ、何も無いはずの空間を睨んでいる

「…お前は誰だ?」

俺の口から出た、俺じゃない誰かの言葉
俺の声、だけど発しているのは俺ではない
少女はその問いに小さく答える

「最後にあの人は守人として
 決して誰も貴方という暴走した力に近づかないために私を作った
 そしてもし発動しても、押さえ込むために、言うなれば私は最後の保険…」

この子は、何を言っている
俺の声で、俺ではない者が喋る

「何を言う…我は生まれるべくして生まれた存在…
 世の理が乱れた時に現れ…世を正す…」
「違う…確かに貴方は何も悪く無い…
 あの人は最後に気づいた、自分が決して踏み入れてはいけない領域に踏み込んだことに
 だから私をここに置いた、私は百年ここにいて…守り続けた」

百年、ここにいた?
ずっとこんな暗い場所に百年も…?
ふと気がつくと、右手の黒い鉄甲の形が変わっている
まるで鉄甲と同化した剣のように鋭い刃が光っていた

「…ねぇ、聞こえてる?
 貴方に入り込んだ黄龍の力は人工的に生成された所謂狂った力…
 もしそれが完全に発動すれば…世の理どころじゃない、全ての生きとし生ける者が死滅する!」

それは多分、俺に向けられた言葉
全ての生きとし生ける者が死滅か…はは、ゲームとかでよくある設定だな
残念なのは…俺がそっち側に来ちゃったってことか…
…ま、もう俺は戻れないんだろうな
視界の端で力なく壁に背を預けている高橋、その足元には赤い血だまり
ゴメンな、俺に付き合わせてこんなことに…
ただ、コイツだけは絶対に許さない

「抗って…!その力に飲まれないで…!!」
「無駄だ、もはや我は器と完全に同化しッ…!?」

あんまり調子乗ってんじゃねぇぞ…!!
さっきから人を物扱いしやがって…!テメェに思い通りにならないことがあるって教えてやる…!!

「…調子…乗りすぎだ…クソ野郎…!」

それは俺の声、俺じゃない誰かの声じゃない
紛うことなき、俺の意思によって紡がれた言葉
自らの足に突き立てた剣による激痛が、僅かだが俺の身体の支配権を俺に戻した
誰かの声は追いやられ、また俺の頭に直接働きかける

『器が我に逆らうかァァアアアアア!!』

憎悪を込めるかのような絶叫
吹き飛ばされそうな意識を繋ぎとめ俺は声を紡ぐ

「俺たちの世界は俺たちが作るんだ!!
 お前の出る幕なんか無い!消えろォォォオオオオオ!!!」
『消えろ、か、ハハハハハッ、無様だな!
 人ごときが森羅万象より産み落とされた我を消滅させることなど出来ぬ!』
「…クッソォォォオオオ!!」

足から剣がズルリと、血を滴らせながら抜ける
同時にまた身体は俺の意に反して動くようになる
やはり、俺が死ぬしかないのか…!?
もう1度、もう1度だけ一瞬でいいから支配権が俺に戻れば…!!
そう思っていると少女が目の前に飛び込んできた
右手が、突き出されようとする

よせ、やめろ

酷くスローモーションな世界
少女の視線と俺の瞳が交錯する
深く静かな悲しみの内に眠る、確たる意志
それを見た瞬間に、右手に伝わる、柔らかくも重たい感触
胸の中心を貫き、背中から切っ先を覗かせる刃
少女の口から鮮血、だけど、その顔に微笑み
両手がしっかりと、刃を掴む

「…黄龍鉄甲は黄龍の力を引き出す媒介
 逆に言えばそれは形無きエネルギーの集合体である黄龍本体へと通じる唯一の道…」
「何を…する気だ!!!」
「私は擬似的な黄龍の器…
 力を引き出さずに永遠にその身に黄龍を封じ込める…牢獄…!」

黒い黄龍鉄甲が物凄い勢いで震えだす
右腕が千切れるんじゃないかと思うほどの圧倒的な負荷
それでも少女はしっかりと刃を握り、暴れる刃によってその手を傷つけられようと決して離さない
俺の口を介し、黄龍は喋る

「…器でも無い者が、我の力を全てその身に留めることなど不可能だ」
「ええ、そうね」

そうね、と言いながらも少女はクスリと笑った
まるでその言葉は想定のうちだとでも言うように

「確かに莫大な量のエネルギーである黄龍全てを身に閉じ込め切ることは出来ない…
 でも私は"力"は封じない、力の方向性を決める"存在"、即ち"黄龍の意志"だけをこの身に封じ込める!!」
「!?」
「私の中で永久に眠りなさい、黄龍!」
「キィサァマァァアアアアアアアアアアアア!!!」

何かが、黄龍鉄甲を介して、彼女に流れ込んで行くのを感じた
同時に頭に響く声は薄れて行く
身体のあちこちに弾けるような衝撃を感じる
全身を巡るエネルギーが指令塔を失って暴走し、ぶつかり合っているような感覚
互いにせめぎ合い、押し合い、炸裂するように弾けながら力が1ヶ所に集中する
そして、俺の胸が"裂けた"
赤い血を噴水のようにブチまける、その鮮血は目の前にいた少女にも降り注ぐ
むせ返るような血の匂い、そして裂けた胸から勢いよく放たれた7つの光の塊
光の塊は壁や天井をすり抜けてどこかに消えて行く
それを見届けると、一気に全身から力が抜けた
自らの血で出来た血だまりの中に倒れ込む
あれだけ血が出たというのに寒くない、むしろ全身が焼けるように熱くて冷たい床が心地いい
どうやら、俺は生きているようだった
だけど意識は朦朧として、視界はぼやけている

「う…」

黄龍鉄甲を右手から外し、投げ捨てる
ガコォンと、音が耳に響いた
どこに向かって手を出したんだろう、何を掴みたかったんだろう
ただ何もわからないまま、倒れたまま右手を前に出した
虚空を掴もうとする右手、何も掴めず、それでも何かを掴もうと、何度も何度も空を切る
不意に、暖かく、柔らかい何かが右手に触れる
それは俺の右手を包み込み、聞こえてくる、命の脈動
…視界を定める、触れているのは、少女、いや、きのこさんの両手

「…ぐッ」

左手で胸を抑え、這いずるように倒れている彼女へと近づく
ゆっくりと、力無く倒れる少女を抱きかかえる
その儚さ、美しさは血に染まる…汚してしまったのは…俺…

「ちくしょ…おっ…なんで…こんな…!!
 俺はッ…!俺はぁぁああああああああああ!!!
 あぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

涙が、零れ落ちる
止めようとしても、溢れてきて、止めることが出来ない
どうしてこんなことになった?
全部俺のせいだ、俺がここの入り口を見つけなければ、興味なんか持たなかったら
高橋すらも巻き込んでしまった、忠告を受けたらすぐに引き返せばよかった
全部、俺のせいなんだ…俺の浅はかさが招いたんだ…!
自らを呪い、侮蔑する、絶望の嘆きを叫び続ける
そんな俺の頬に暖かい脈動
叫びを止め、そっとそれを握る

「…大丈夫、今なら間に合うから」
「どういう…意味?」
「…君の中には大量の黄龍のエネルギーが残ってる
 それを分け与えれば…あの人も息を吹き返す…
 君の胸の傷もほとんど傷が塞がってるでしょ…?」
「…!?」

胸を触って見ると確かに血にまみれてはいるが傷口なんて存在していなかった
これが、黄龍の力…?

「さ、早く…手遅れにならないうちに…」
「でも、分け与えるってどうやって…?」
「黄龍の力は本来無原罪の…いわゆる白紙のような力…
 使う者の想いによって様々な世界が描かれる…君が望めば…どんな力でも…」

俺はゆっくりきのこさんの手を地面に置き
壁によりかかる高橋へと近づく
もう生気を感じられず、白いシャツは乾いて変色した血によって赤黒く染められている
俺はそっと高橋の胸に右手を押し付けた
冷たく、鼓動も何も感じられない、意志を失ったたんぱく質の塊
逝かせるものか、決して逝かせはしない
お前を逝かせるわけには行かない、この程度でお前が死ぬわけなんて無い
生き返れ、黄龍の力が正義だろうが悪だろうが何だっていい…!
誰にも負けないように、どんな力に晒されてもお前の力なら武器なんか無くたって…!
生きろ、生きてくれ!高橋!!
強く、強く俺は願った

右手から金色の光が溢れ出す
その光はゆっくりと高橋に吸い込まれていく
青ざめた顔に、薄っすらと赤みがさし、トクン、と小さなでも確かな心臓の鼓動が聞こえた
そして、ゆっくりとその目を開けた

「…あれ…」
「高橋…」
「…何泣いてんだ?」
「悲しい涙じゃないのは確かかもな…」

それから、俺と高橋はきのこさんから詳しく黄龍の話を聞いたんだ
100年前、ある研究機関が中国伝承に伝わる黄龍に興味を持ち、ある仮説を立ち上げた
黄龍とは大地を巡る気、龍脈の流れが滞り、気が凝り固まった存在ではないのかと
戦乱などで大地に多数の血が巡れば龍脈の流れは滞る、それはつまり世の理が乱れたということ
凝り固まった気が黄龍となり器に宿って世の理を正す、それは圧倒的力を持つ黄龍の器による統治を指すのではないかと
そして研究者たちはさらにもう1歩踏み込んだ研究を始める

龍脈より気を抽出し、人工的に黄龍を作りだそうという、自然の摂理に反する実験
実験の内容は龍脈に届くほどの大きな穴を大地に開け、専用の機械を用い大地に影響が出ないように
少しずつ、少しずつ、龍脈から溢れた気を溜めていくという気の遠くなるような実験
更に機械は大規模な物でなくてはいけない、科学とは対極に位置する気という物を扱うというのも問題だった
まず龍脈からエネルギーを抽出する塔を研究者達は建てた
しかしそれだけでは駄目だった、エネルギーを循環させる設備、膨大な量のエネルギーを溜め込んで置ける設備
カモフラージュとして傍目からはただの大きな施設にしか見えぬように彼らはそれを作り続けていった

だが1人だけ人工的に黄龍を作るということに内心反対していた研究者がいた
膨大な量の自然エネルギーの塊、確かに上手くいけばとんでもない利益をもたらしあらゆるエネルギー問題を解決する鍵になるだろう
だが強すぎる力は諸刃の刃、成功したところで扱えなければ何が起こるかは予想もつかない
…結局途中で研究は中止になる、しかし施設は配置そのものが存在しているだけで徐々に龍脈からエネルギーを抽出する
完全に取り壊されない限りは仮説が正しいとするならいつか黄龍は完成してしまう
黄龍自体はエネルギーの塊であるからそれ単品では問題ではない、だがもし器が現れ、黄龍を受け入れてしまったら…

だから反対していた研究者は最後に守人としてきのこさんを作った
あらゆるパターンを想定し、どんな力にも存在する方向性、意志を封じることが出来る存在として
その研究者の名前は"天鈴楓"、通称でこたん
彼女の予測は当たり、誕生した黄龍は狂った力、器と結びつけば全ての命を滅ぼそうとする
約束を守り、きのこさんは100年一人で守り続けた、暗い地の底で…

黙って話を聞いていた俺と高橋
信じないわけにはいかないだろう、あれだけのことが目の前であって
高橋も1度死んで息を吹き返してるんだ
話し終えたきのこさんに俺は聞いた

「…それで、これからどうするの?」

きのこさんは俯き少し考えるような仕草をする
しばらくすると顔を上げて言った

「…またここで…過ごすよ…」
「そんなの駄目だ!!」

思わず叫んでしまった
きのこさんはびっくりした目でこちらを見る
高橋は頬をかきながら冷静に俺を見ていた

「…100年…ずっとこんな場所に1人でいて…
 ずっと守ってきた…それがどんなに辛いことだったのか俺たちには想像もつかない…!
 黄龍はもういない、ここに留まる必要なんてないだろ?俺たちと一緒に行こう。」
「…」

呆然として俺を見るきのこさん
何でこんなこと行ったのかわからない
ただ、100年もこんな場所に1人でいた彼女が可哀想に思ったのかもしれない
同時に、俺が黄龍を目覚めさせてしまったという負い目もあったのかもしれない
とにかく俺はきのこさんを外に連れ出そうとした
だけどきのこさんは静かに首を振った

「…黄龍はいなくなったわけじゃない
 ただ意志を封じただけ、方向性を失った力はバラバラに砕けて散った
 もしかしたらまたいつか復活する可能性もあるから…だから離れるわけには…」
「…復活」

その言葉は俺に重くのしかかる
確かに、あの力を復活させるわけにはいかないだろう
だけど、それじゃ永遠に…きのこさんはこの暗い闇の中で…?
長い沈黙、そのあとゆっくりと俺は言った

「…なら復活の可能性を俺が全て潰してやる」
「え…?」
「…俺はきっと許されないことをしたんだろうね…
 眠っていたものを起こしてしまっただけじゃなく…永遠に続く恐怖まで呼び起こしてしまった…
 でも君に助けられたから…俺は君を助けたい…!
 決して許されなくても…!それでも俺は…!」
「…」

その後、とりあえずきのこさんは了承してくれた
何かあったらすぐに戻るという条件付きで
住む場所は高橋と人に見つからないサボり場所を探していて忍び込んだ時計塔の上にある部屋がいいんじゃないかということになった
どうやら人間とは違うらしくきのこさんは何も食べなくても別に平気なようだった
そのうち堕人が現れるようになる
きのこさんに聞くと強く光を放つ黄龍の力に呼び寄せられて出て来るんだろうと言うことだった
堕人も気にかかるがきのこさんも日に日に体調が悪くなって行った
でこたんという研究者の想定を越えていたのかどうか知らないが、封印のせいなのは明らかだった
何日も眠れぬ夜を過ごし、堕人を殲滅しながら解決策を高橋と話し合った
黄龍を完全に封じ込め、さらに堕人まで封じ込めるには…

そしてある日、思いついた
要するに学園に散った7つの黄龍の欠片が光を放っている
それに引き寄せられるように堕人が現れる、つまりバランスが取られようとしているのだ
ならば意図的に堕人と同じ陰に属する気を増大させれば、それでバランスが取られ
堕人の出現は食い止めることも出来る
さらに7つの欠片がある場所に強い陰の気を配置すればそこにある黄龍の力の欠片はバランスが取れ安定する
楔とは、堕人を封じる存在ではない
黄龍の欠片を封じるための存在、堕人の封印は本来二の次なのだ
完全にピースがはまったような気がした
しかしそれはつまり…

「…だけどそんなことをしたら」

高橋が不安そうに言う
自分でもどうなるかはわかってる
それでもこれしか方法が無い、苦渋の選択だが、事態は一刻を争う

「学園の平和と、世界中全ての命…
 どちらを取れと言われたら俺は…情けないな…
 1を捨て10を得るか、10を捨て1を得るか、捨てなきゃいけない1なら俺が補うって決めてるのにな…」
「ゆき兄…」

高橋が俺の肩に手を置いた

「お前は、間違っては無いさ」
「…そうだと、いいけどな…
 …どうしようもないだけさ…」
「この学園に、新たな秩序を作ろう」
「…傷つく人が、出てもか」
「…やるせないな」

結局、俺たちはその作戦を実行した
全てを話すわけにはいかない、だから何も知らない人間にまず力を与える
最初の人間は割りと無作為に選んだ
いや、たまたま廊下ですれ違った時、その輝きの無い瞳に資質を見たからだ
彼には最低限のことだけを伝えた、堕人を倒せ、きのこさんを守れ
そして俺の代わりに生徒会長として一般生徒を放課後は学園から遠ざけろ
俺は、彼に力を与えた、高橋と同じように
とても強い死の力と、他人の力を覚醒させる能力
俺と少し違うのは、俺は力を与える、俺が望めばどんな力でも与えてやれる
彼の能力は元々ある力を覚醒させる、トラウマや陰に近い思想から力を実体化させる
彼…白やんは全てを承諾した

実際白やんはとてつもなく有用だった
最初こそ指示は与えていたがそのうち完全に俺のやることは無くなった
七不思議の噂を流布し、そこになるべく人が近づかないようにしたぐらいだ
最も生徒会がたまに暴走を始めたりするのはアレだったが
そのぐらいの犠牲は仕方ないと見てみぬふり、だった
それがまた、どうしても自分の心を掻き乱していく
友達と笑っても、心のどこかで湧く罪悪感
いつしか、俺は段々と皆と距離を置くようになっていった
それでよかった、何も知らないふりをして笑うほうがよっぽど辛かったから
夏がきて、秋がきて、冬がきて、また春、夏、秋…

堕人も滅多に現れず、黄龍の封印も安定している
これでいいのかもしれないと思っていた時に、たまゆらが転校してくる
なんでかわからないが、近い物を感じた俺は警戒を緩めた
その理由はしげるとの戦いで理解した
たまゆらも、黄龍の器だった…ただし俺とは対極に位置する陽の黄龍の器
本当なら適当にしげるをあしらってたまゆらには2度と生徒会、七不思議に関わるなと念を押そうとしたのだが…
どうすればいいのか、俺は迷った
生徒会が消えれば、堕人が、そして黄龍が復活する、それだけは避けないといけない
何度か、たまゆらを手にかけようとした、でも出来なかった
迷っているうちに、何度もたまゆらを助けることになる
そのうちに傷つき倒れても、何度でも立ち向かっていくたまゆらに、誰かの面影を見た
その瞬間、俺はたまゆらに賭けてみようと思った
裏から色々手を尽くした、鎌を失った白やんのために新しい鎌を生み出してやったり
黒い巨人に1撃を加えてやったり…
だけど、もしもたまゆらが黄龍と融合すれば…たまゆらはその手で世界を滅ぼす…
たまゆらがそれに耐えられるわけがない
…その時は、俺が…始まりが俺ならば、最後も俺で終わらすしかない…
1番辛い場所を、たまゆらに丸投げなんて…



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最終更新:2009年11月21日 01:29