外は地獄のようだった
全てが赤く染まっていた
「何だよ…これ…」
爆発音が遠くから聞こえる
反射的にそちらを見ると住宅街の方向だった
よく見るとあちこちで火災が発生していた
状況がいまいち飲み込めないゆき兄だったが
今のこの状況がよくないことだけは理解した
その時、ゆき兄を呼ぶ声がした
「ゆき兄ーーーーーーーーー!!」
遠くから駆けてきたシュウがゆき兄に飛びついた
「どうした!?何があった!?」
「わからないんだ…!寝てたら突然何かが…!」
「何か…?」
「お願いだよ…父さん達を助けよ…!」
シュウはポロポロと涙を流して訴える
きっと頼れるのがゆき兄しかいなかったのだろう
必死にここまで走ってきたシュウの足は裸足で何度か転んだのか膝はすりむいていた
「…わかった…お前はホテルにいろ…」
「…うん…ありがとう…お願いだよ…ゆき兄…」
「ああ、たまには俺が大人っての見せてやるよ」
ゆき兄はシュウの頭を撫でて住宅街へと駆け出していった。
武器は無い、何が待っているかわからない
だけどゆき兄は迷うことなく駆けていた。
住宅街に辿り着いたゆき兄はあまりにも酷い光景を見た
あらゆる家が瓦礫と化し、瓦礫に挟まれ呻き声をあげる人々
「これがノアの言う破壊か…?何だよコレ…!ふざけんなよ!」
ゆき兄は拳を握り締めて瓦礫に挟まれた人を助けようとする
「おい!大丈夫か!?」
必死に瓦礫を退かそうとするがビクともしない
「んががががが…!!」
懸命に力を込めるが瓦礫は動かない
自分の無力さを痛感しながら必死に瓦礫を退かそうとする
それでも、瓦礫は動かない
「俺だけじゃ駄目なのか…?俺の力じゃ…誰一人助けられないのか…?」
その時、遠くから大勢の人間が走ってきた
「大丈夫か!?」「おい!怪我人を運べ!」「瓦礫を退かすんだ!」
ホテルの人たちだった
きっとシュウが伝えてくれたのだろう
いろんな人間が助けに来てくれた
「よかった…これで…」
ゆき兄が安堵した瞬間に悲鳴が響いた
「何だこいつは!?」
「うわあああああああ!!!」
ゆき兄がその方向を見ると
人の形をした、人では無い何かがいた
ソレは助けに来た人たちを吹き飛ばし、攻撃していく
そのうち助けに来た中の1人が身体を掴まれ持ち上げられた
「ぐぁっ…」
苦しそうに呻くが、ソレは一層手に力を込める
「シ…ネ…」
「うわあああああああああああああああああああ!!!」
ゆき兄は全力でソレに対して突っ込んだ
バランスを崩したソレとゆき兄は転がるように
森の中を転げ落ちた
「こいつは俺に任せて早く怪我人を!!!!」
そう、ゆき兄は叫び、転がり落ちる
そして森の中の少し開けた場所に出た
「はぁっ…はぁっ…」
武器は無い、目の前にいるのは少なくとも敵
ゆき兄は間合いを取る
「…ウォォ…ォォ…」
一瞬、ソレの目のような部分が赤く光る
ソレの豪腕がゆき兄を掴もうと突っ込んでくる
右から左へと振りぬかれる悪魔の腕をゆき兄はしゃがみこんで避わす
木々が一斉になぎ倒される
そのまま股下を抜けて間合いを取ろうとする
しかし不意に後ろへ振りぬかれる回し蹴りが来る
咄嗟に腕を十字にして攻撃をガードするが吹き飛ばされ大木へ叩きつけられる
「ごあっ…」
激痛で一瞬意識が飛ぶ
次の瞬間ゆき兄の身体は宙を舞っていた
掴まれ、投げ飛ばされたのだ
受け身を取らないといけない
そう思ったものの身体は言う事を聞かず
そのまま地面に叩きつけられる
「げぁはっ…」
視界が霞む、世界が暗転していく
「オオオォォォォォ!!!」
ソレは、喜んでいるいるかのように雄たけびをあげる
そして、動けないゆき兄をににじり寄る
一歩一歩、殺気をにじませながら
「ちっく…しょおが…」
激痛をこらえてゆき兄が立ち上がる
「絶対に…行かさねぇ…!」
ゆき兄は腕を目の前でクロスさせる
両の腕は複雑に動き、同時に呪文を詠唱する
「バーク・プラト・ロー…
血の盟約に従い我に力を与えよ…、
大いなる神の名において、封印よ退け…!」
辺りの空気が変わる
木々はざわめき、地面が鳴動する
「…シ…ネ!」
ソレはゆき兄へと猛スピードで向かっていく
次の攻撃は確実に命を奪うための攻撃だった
恐ろしいまでの怪力に、速度
その全てを叩き込む気だった
全身を貫く殺気の中で、ゆき兄は小さく呟いた
「…アクセプト」
同時に、轟音を上げ、ソレの拳はゆき兄に打ち付けられた
砂煙が舞い、地面には大きなクレーターが出来上がる
直撃を受ければ人間が生き残る事は絶対に不可能だった
だけど、ゆき兄はそこに立っていた
片腕で拳を受け止めていた
「…ここからが本番だ、いくぞ木偶人形」
ペロリと口元の血を舐め、腕を振りぬく
木偶人形と呼ばれたソレは弾き飛ばされる
「ゴォォォ…!」
ソレは着地し、体勢を整えてまたゆき兄に向かっていく
「来い、木っ端微塵に叩き壊してやる」
ゆき兄は笑っていた
そして、その瞳は赤くなっていた
木偶人形のパンチがゆき兄の頭へと向かってくる
バシィィン!と大きな音を響かせ、その拳を片手で止めるゆき兄
「ゴッ…オォ!?」
木偶人形は何が起こったのかわからないというような声をあげる
同時にメキメキと言う音が辺りに響く
「オッ…!?ゴォッ…ア…!」
次の瞬間に木偶人形の右手は引きちぎられた
ドス黒い液体を噴出しながら木偶人形は暴れだす
「オッ…オォォォォォォ!」
木偶人形の左の拳がゆき兄へと振り下ろされる
が、それよりも早くゆき兄の蹴りが木偶人形を吹き飛ばした
木々を倒し、なおも速度を緩めずに吹っ飛んでいく木偶人形
その進行方向に、すでにゆき兄はいた
「ターン地点だ」
吹っ飛んでくる木偶人形に回し蹴りを命中させる
その衝撃で木偶人形は逆方向へと吹き飛んでいく
ゴロゴロと地面に転がる木偶人形
目の前にはゆき兄がいた
普段の顔からは想像もつかないほどの殺気に溢れた顔つき
まるで汚い物を見るかのような目つきで木偶人形へと近づく
「オオオォォォォォォォ!!!」
恐怖に突き動かされたかのように
木偶人形はゆき兄へと突っ込んでいく
「終わりだ」
ゆき兄の掌が、木偶人形の頭に当てられた
バシュン!!と音がした
続いてビシャッ…ビシャッ…と
木偶人形の頭は吹き飛ばされていた
そのまま木偶人形の身体は地面へと倒れた
ドス黒い返り血を全身に浴びたゆき兄は薄っすらと笑っていた
そして、ゆっくりと赤い目が元に戻っていく
「はっ…はっ…はぁー…はぁー…!」
頭を抑えて、ゆき兄は肩で息をする
意識を失いそうになるのを必死に耐えていた
すると後ろから声が聞こえた
「倒されちゃったか」
「…一体どういうつもりだ、今のは何だ…!」
ゆき兄が振り向くとそこにはノアがいた
ノアはダルそうに話し始めた
「あれさ、僕が作ったんだよね…初めて作ったにしては中々よく出来てたでしょ
頭の中身は闘争本能と簡単な命令を受け付けるコマンドしか無かったんだけどね」
「…民家を破壊したのも…お前か」
「うん、とりあえず人の多い場所からやろうと思ってね」
「…」
ゆき兄の口から血が零れ落ちる
唇を強く噛みすぎた所為だ
「いいこと教えてあげるよ、アレさ、まだまだ何百体でも作れるんだよ
しかも手を加えてやればどんどん強くなる
アレ1体にそんなボロボロにされるんじゃ僕を止めるなんてできないよ?」
「ノア…!お前は何がしたいんだ…!何が目的だ!」
ノアはきょとんとしてしばらく黙ったあと
静かに答えだした
「浄化だ」
「浄化…?」
「世界を浄化する」
「そのために人を殺すのが正義か!?」
その言葉を聞いてノアは笑い出した
「何言っちゃってんの?
所詮、正義なんて勝者の属性に過ぎないんだよ…
いつの時代も勝った方が正義だ
絶対的な正義なんか幻想だよ…!」
「違う…!お前がやってる事は…!」
「誰が悪いかなんて問題じゃない、正義も悪もカードの裏表だ」
「…だが、少なくとも今の時点ではお前が悪だ」
ノアの顔が歪む
「…なら…お前の正義…砕いてやるよ…」
ノアの身体が透き通っていく
「待て!!」
ゆき兄は手を伸ばしてノアを掴もうとするが
ノアの身体は煙のように消え
手は虚空を掴むだけだった
「くっ…そぉ…」
怪我人の救助活動を助けようと思って住宅街へと戻ったゆき兄
きっと今頃大多数の人が救出されているはずだ
救助活動の邪魔をしていた木偶人形は片付けた、少なくとも最悪の事態は免れた
そう思っていた…が
「…嘘だろ…」
累々たる死体の山。
数え切れない程の木偶人形。
救助活動をしていた人たちは皆殺され、その死体は積み上げられ山のようになっていた
「何だよ…これ…」
その時、ゆき兄のズボンの裾が引っ張られる
咄嗟に視線を向けると、そこには子供がいた
「…クリス!?」
クリスだった、仲良くなった子供のうちの1人
ゆき兄はクリスを抱きかかえる
「おい!クリス!しっかりしろ!」
はぁはぁと力なく息をするクリスは口から血を吐き、全身はボロボロだった
「早く…逃げ…バケモノ…が来る…」
「意識が混濁してる…?おい!しっかりしろよ!」
ゴホゴホと口から血を吐きながらクリスはしゃべり続ける
「シュウが…ゆき兄…呼ぶ…きっと…助けに…助かる…から」
「!」
ゆき兄が地面を思いっきり殴りつける
血がポタリと落ちる
「みんな…たすか…」
グタリと倒れ、動かなくなるクリス
ゆき兄はクリスの身体を抱きしめ、泣き続けた
「…すまなかった…間に合わなくて…!
俺を信じていてくれたのに…俺が…お前を…!!」
ゆき兄が奥歯をギリギリと噛み締める
「うわあああああああああああああああああああ!!!!!」
悲しみの絶叫が、木霊する
赤い月はまるで笑っているように、赤く赤く…
いつの間にか、ゆき兄の後ろには2体の木偶人形が立っていた
新たら獲物を見つけて喜んでいるかのように、唸り声を上げていた
ゆき兄はクリスをゆっくりと地面に寝かせる
「…これが…お前の正義か…ノア…」
拳を握り締める
血がボトボトと零れ落ちる
「お前の事を気にかけてくれていたのに…
こんな何も出来ない子供までまとめて皆殺しにするのがお前の正義かッ…!」
ゆき兄の目に、怒りが宿る
「…ならば…俺も人をやめよう…
お前と…お前の人形どもを…一匹残らず地獄に叩き落としてやる…!」
2体の木偶人形のうち、片方一体がゆき兄へと突っ込んできた
「…ケイオス・アクセプト」
ヒュッ!とゆき兄の姿が消え
瞬間的に突進してくる木偶人形の前に現れる
辺りにグジュリという嫌な音が響き渡る
ゆき兄の右手が木偶人形の目のような部分に突き込まれていた
ブチブチと何かを引き千切るような音がして
ゆき兄は木偶人形の目玉のようなものを引きずり出した
「オッオォォォォォォォ!!!」
目を失った木偶人形は叫びながら暴れまわる
ゆき兄は目玉を握りつぶす
ブチュッ!と音を立ててドス黒い液体が顔に散る
そして、もう1体の木偶人形が襲い掛かってくる
突進してくる木偶人形をゆき兄はジャンプで飛び越える
いや、正確には飛び越えるだけじゃない
空中で木偶人形の頭をキャッチし、そのまま恐ろしい力で引き千切った
頭を失った木偶人形はドス黒い血を噴水のように辺りにばら撒きながら崩れ落ちる
ゆき兄は着地すると、持っていた木偶人形の頭を地面に叩きつけ、足で粉々に踏み砕いた
「オォォォォォ!」
目を失った木偶人形は暴れることしかできなかった
闘争本能と簡単な命令しか理解できない人形故に
ゆき兄は走りだし、右手を前に突き出す
突き出された右手は、木偶人形の胸に突き刺さる
「オオオオ…!」
「死ね」
グジャア!と音がする
ゆき兄が心臓を木偶人形の心臓を握りつぶしからだ
黒い血が噴出し、返り血に染まるゆき兄
ニタニタと笑いながらゆっくり後ろを振り返る
そこには何百体もの木偶人形が殺気をはらませながらゆき兄を睨みつけていた
嬉しそうにニタリと笑い、ゆき兄は突っ込んでいく
その目は真っ赤に染まり怒りと悲しみが混ざり合い、狂気に満ちていた
呼応するかのように、大量の木偶人形もゆき兄へと向かっていく
ゆき兄の右腕がビキビキと音を立てる
爪が伸び鋭く尖り、肩から突起物が現れる
右腕は真っ黒になり肥大化し、人では無い何かの腕へと変化する
同様に右足も靴を突き破り、獣のような形の真っ黒な足が現れる
次に、右側頭部から禍々しくねじまがった黒い角が生えた
顔の右半分に紙にインクを垂らしたようにポツポツと黒い点が現れ
それは顔の右半分を覆っていった
その絶対的な黒の中で目だけが赤く木偶人形たちに殺気を与えていた
身体の左半分は人の姿を有しているものの
右半分はすでに異形の者と化したゆき兄
ゆき兄が右腕を振りぬくと
正面にいた木偶人形数十体の胴体が分断された
群がる木偶人形を砕き、貫き、粉々にする
ドス黒い血を全身に浴び、ゆき兄は真っ黒になっていた
それでも赤い目を爛々と輝かせながら、彼は笑っていた
木偶人形の群れの上に飛び上がり赤い月光にシルエットを浮かばせながら
着地と同時に木偶人形の頭を踏み潰す
そのまま群れの上の頭を踏み潰しながらまるで飛び石のように飛んでいく
辺りには木偶人形の悲鳴が響き渡り
人ならざる者と化したゆき兄の笑い声が響き渡る
そして、その光景を見ていた者がいた
戦場の遥か上空
そこにはノアがいた
「…あれが…彼の…」
ポツリと呟いたノアが苦虫を噛み潰したような顔をした
ゆき兄の前に突然、今までの木偶人形より3倍近い大きさを有した木偶人形が現れた
彼らはゆき兄に対して猛烈な勢いで突き進んでいく
ビシュッ!!とゆき兄の右手が伸びる
次の瞬間、手首から先は黒い剣と化していた
剣と化した右手を構えながら、ゆき兄も人形へと駆け出す
人形の口から光弾が発射され、ゆき兄へと向かっていく
顔色一つ変えずに、剣と化した右手で光弾を弾き飛ばす
弾かれた光弾は周りの木偶人形を吹き飛ばしていく
人形の拳がゆき兄に振り下ろされると同時にゆき兄は飛んだ
人を遥かに超越した跳躍力で人形の顔の前へと
「キャハハハハハハハハハハ!!」
ゆき兄が笑い声をあげて、剣を振り下ろす
巨大な木偶人形の身体は、真っ二つに分断されその巨体が左右に分かれ、地に落ちる
同時に、さらにもう3体の巨大人形が現れる
ゆき兄が手を前にかざして呪文を詠唱し始める
「唸れ爆炎、汝の魂を我が炎で浄化しよう…
ハザード・エルドニアス!」
3体の巨大人形のを取り囲む球体の形をした結界が現れる
巨大人形は結界を壊そうとするが結界は壊れない
そして、次の瞬間に、結界内で大爆発が巻き起こる
獄炎に飲まれ、3体の巨大人形は息絶える
「ヒャハハハハハハッ…アガッ…ぐぇっ…がぁっ…!」
笑っていたゆき兄が突然苦しみだす
その一瞬を見逃さず様子を伺っていた大量の木偶人形が飛び掛る
「あがっ…ひがっ…うぎぃ…ぐえあああああああああああああ!!」
一瞬辺りに閃光に包まれる
同時に飛び掛っていった木偶人形たちは一斉に弾き飛ばされる
ゆき兄の姿は
真っ赤な目は大きく見開かれ
身体は全身が漆黒に染まり
髪は異常に伸びていた
裂けたような口がニヤニヤと笑っていた
それはもう、人では無かった
次の瞬間だった
数百体の木偶人形の首が一斉に宙を舞った
そして、舞った首は空中で弾けるように炸裂する
辺りに黒い血の雨が降る
それを浴びて、人ではなくなったゆき兄はゲラゲラと笑い出す
赤い目をより一層赤くして
「オオオオオオオオオオオオオオ!!」
一体の木偶人形がゆき兄へと突っ込む
だが、次の瞬間には首をねじ切られ地面に横たわる
その光景を見て、恐怖に駆られたかのように
一斉に木偶人形がゆき兄へと襲い掛かる
だが、そのうちのたった一体ですら
ゆき兄に触れる事はできず
引き裂かれ、ねじ切られ、叩き砕かれていく
ゆき兄は楽しそうに、延々と木偶人形を殺していく
「キヒャヒャヒャヒャ!!」
最終更新:2009年10月31日 18:54