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コワレユクセカイノカミ1章【命終】




風が吹いていた
いつもいつも風の音がしてた
耳の奥のほうで、いつも風の音が…

「どうした、ユダ」

屍を踏みしめながら近づいて来た男。
その名をヤコブと言った。

「風が吹いてるんだ…ずっと…いつから吹いているのかもわからないほど…」
「風なんか吹いていない」
「いや…吹いてるんだ…今も…音が聞こえる…」


カランと、目の前のしゃれこうべが転がった
まるでそれは、迷い持つ者を嘲笑うようだった


1ヶ月前

その日、世界は音を立てて崩れ去った
救いの歌は聞こえなかった、大地が張り裂けた。
世界のバランスが壊れていった。

そして同時に全ての生命のバランスが崩れた。
空は血に染まり、紅蓮の怒号が地を覆った。
平和な時代に溺れた人々は死を知ることで粛清された。

そして現れたのは神――
それは悪神なのだろうか?
僅かに残る命を滅ぼしていく神――と12人の使徒。
全ての人間は断頭台に立たされた。

――それでも、人の命は未来を諦めてはいない――




俺は草原にいた。
どこまでも果てしなく続く草原。
だけど、その色は枯れ果てた…茶色い景色。
鐘の音が聞こえた。
そこに一人の少女がいた。
「貴方は、自分が存在することが罪だと言われた時…何を思う?」
「それは…」
「人は泣きながら産まれて来る、それはこの世界に存在を許された歓喜の涙?
 それとも存在する事になってしまったことを嘆く絶望の涙?」
「俺にはわからない」
「自分のことよ」
「覚えていない」
「ううん、皆忘れてしまっているだけよ」
「君は覚えているのか?」

少女は、微笑する。
その笑みに悲しみを見た気がした。


「ゆき兄、起きろ、起きろ」
呼ぶ声が聞こえた。
重い瞼をゆっくり開く
切れかけた蛍光灯が不快だった。
「随分寝てたな…いつものことか
 それよりも"教会"が動き出したみたいだ」

教会は世界が割れた日の数日後に現れた謎の組織。
僅かに残る人間たちを滅ぼしていく殺人集団。
助かるために教会側に取り入る人間も多く、自らを選ばれた者と称するイカれた集団。
対して俺達は生き残った人達と一緒に戦火を逃れるために一箇所に留まらず転々とする集団。
無論、戦う力なんて無い。

「24時間後にはここを発つべきだ」
「…うん、そうだな…この廃ビルともお別れか」

思えば、世界が割れた日からまだ1ヶ月しか立っていない。
それなのに全ては変わり果てた。
定住出来ない以上、いつか限界が来る。
逃げてだけじゃ何も解決はしない…
だけど立ち向かう力すら持たない者たちは逃げるしかない…

「ちょっと、外で食料探してくるわ」
「気をつけろよ」

人のいない街を歩く
アスファルトは砕けてあちこちに崩壊した建物がその面影を残す。
「スーパーかなんかあれば缶詰かなんかがあると思うんだがな…」
そのとき、視界の端を何かが横切った
「!?」
咄嗟にその方向を向くと、そこには男がいた。
黒いローブを身に纏った、不思議な男が。
「あんた…生き残りか?」
そう言うと男は首を横に振った。
そして、言った。
「今すぐここから逃げろ、生き残りたければ」
「どういう意味だ?」
「逃げろッ!!!」
言うが早いか、男は俺を突き飛ばした
後ろに倒れる俺の視界を何かが高速で横切った。
背中から地面に叩きつけられる痛み。
そしてローブの男は、懐から銃を取り出した。

耳を劈く銃撃音。
四方八方から響く乾いた音。
カランカランと薬莢が地面に落ちる音。
地面に伏した俺にはその音が体に響くようだった。
動けなかった。
何が起こっているのか理解できずに金縛りにあったように体は動かなかった。

そしてまた静寂が周囲を支配した。
「わかったか、ここはもう危険だ」
男の声が上から響いた。
ゆっくりと起き上がる…火薬の匂いがした。
周りは見なかった、見たくはなかった。
そこに何があるのかは、もう理解できていたから。
「仲間がいる…教えないといけない…」
「…手を出せ」
言われた通りに手を出すと、とても重たい何かを渡された。
それは、間違いなく、人を殺すための道具。
「使ったこと無い、それに…」
「撃てなければお前の死体が転がるだけだ」
それだけ言うと、男はまたどこかへ走り去って言った。
銃の重さを右手に感じながら、廃ビルへと俺は駆け抜けた。



「裏切り者がここにいるようね」
死体を見つめて女は言った。
乾ききっていない血を指先にあて血よりも赤い舌が怪しく動いた。
「ユダ…」


――そもそも神とは何だと思う?――


廃ビルの中は誰もいなかった。
俺達が使っていた機材などはそのまま
だけどそこから人だけがすっぽり消えていた。
何が起こったのかわからない。
死体どころか血痕すらない、皆気づいて物を全て捨てて逃げたのか?
それにしては明らかに異質な感覚を感じる。

色んな思考が頭の中をグルグルと巡る。
その時、鐘の音が聞こえた気がした。
「…鐘?」
聞こえるはずのない鐘の音。
だけど気のせいでは無い、確かに聞こえた…ような気がした…
「そこの貴方」
「誰…だ?」
そこにいたのは、少女。
その時、強烈な眩暈を感じて俺は膝を突いた。
「…何だ…これ…」
少女が近づいて来るのがわかる、でも動けない。
まるで自分以外の世界が高速で回転しているかのような感覚。
「…ぐ…」
俺はそのまま、意識が深い闇に落ちていくのを感じた。
意識が途切れる瞬間、俺の顔を覗き込む少女の顔が見えた…


――神は人間が思っているほど優しい者じゃない――


頬に、何かが当たっている
反射的に手でそれを取り除こうとする
ぬるりとした生暖かい感触。
目を開き、手を見れば赤い…そう…赤かった…
立ち上がった俺はその光景が脳髄に刻み込まれた気がした。
忘れたくても決して忘れられぬ景色があるというのならばそれはきっとこの光景。

あらゆる死。
そこは死の塊。

全身の皮を剥ぎ取られ吊るされている屍。
内臓を全て抜き取られそこに体内に首を入れられている屍。
まるでどこまで残虐な殺し方ができるのかを試行錯誤して殺されたような圧倒的な数多の死。
直視するだけで常人の精神ならば耐え切れないほどの悪夢。
その真ん中に、俺は立っていた。

「うっ…」

急速に熱せられる嘔吐感を抑え込む。
瞼を堅く閉じ、その目の前に広がる光景を見ないように必死になる。
だけど、嗅覚で感じたおぞましい血と、腐肉の匂いはどうにもならず
俺はその場にへたり込み、胃が飛び出るのではないかという勢いで不快感を吐き出した。

「かはっ…はぁっ…はぁっ…げほっ…」

死しか存在しない世界に投げ込まれた命。
それはそこにあってはならない存在だった。

「…天国に、ようこそ」

後ろから聞こえた無機質な声。
ゆっくりと後ろを向くと、そこには少年がいた。
赤い世界に、まるで浮かび上がるような純白を持つ少年が。

「…想像と違うか?
 自らの思い描いていた天国とは」

お前は誰だ

「君にとっての神ってなんだい?」

神…?

「人は神を作ることにかけては天才的だと言える
 自ら神という偶像を作り上げ、それを崇拝する。」

俺の問いに答えろ

「お前たちの考える天国も、所詮お前達自身のイメージの産物だ。
 さっきは天国と言ったがここは厳密には天国ではない。
 命の終点だ。」

命の終点…

「そう、天国も地獄もない。
 ただこの、終点に辿り着くだけだ。」

俺は死んだのか?

「いや、ただ君は"見て"いるだけに過ぎない。
 なんらかの要因が、君に終点…いや、真実を見せた。」

真実…血と腐肉の匂い…全身を覆うような赤…
これが真実…

「死んだら天国に行き幸せになる…全て幻想に過ぎない。
 君は真実を知った、死ねばここに辿り着くという真実を。」

視界が歪む。
空間が溶けるように捻れていく。

「でもね、僕は思うんだ、天国はどこにもない
 だけど地獄は確実に存在すると――」

その言葉を最後まで聞くことは叶わず
俺の意識はまた闇の中に滑り落ちていった。



――唯一無二の神が、自らの力を他者に渡した時、神はどちらになるのか?――



「起きて…」

か細い声に、導かれるように、目が覚めた。
ここは現実なのか、それとも俺はまだ夢の中にいるのか。
わからない、ただ震えが止まらない。
人が知るには過ぎた真実を俺は知ってしまった。
あの光景の恐怖が、全身を支配して、怖い、怖い。
これは違う、ただ怖いんじゃない、俺の全てが恐怖している。
人間は死を連想するものを本能で拒否する。
だが俺は連想するものどころじゃない、紛う事なき純粋な死そのものを直視してしまった。
まるで極寒の世界に薄着で放り出されたかのように全身を冷たい感覚が襲う。
それは断続的に続き、どこか痛みすら感じさせるような…

「大丈夫…貴方はまだ生きている…」

震える手に、手が重ねられた。
その暖かさが――



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最終更新:2009年10月31日 19:16