シュウは住宅街へと走っていた
ゆき兄が住宅街へ向かっていき3時間がすでに立っている
それどころか他の皆も戻って来ない
心配になったシュウは自分も行ってみることにしたのだ
ビチャ、と何かを踏んだシュウ
「うわ!何だこれ!」
シュウは足を黒い水溜りのようなものに突っ込んでいた
「雨…?いや…これは…」
黒い液体はどうも住宅街から流れてきて地面のくぼみに溜まっているようだった
一体この先で何が起こっているのか
どうして皆戻って来ないのか
浮かんでくるのは嫌な想像だけだった
一瞬引き返そうかと思ったりもした
「でも…何があるかわからないけど…それでもゆき兄は行ったんだ…」
そう呟いてまた走り出す
そして、シュウは住宅街にたどり着いた
そして自分の目を疑った
死体、死体、死体、死体…
大地は、人のような形をした、何かで埋め尽くされ
黒い液体がドロドロ流れ出て、ところどころでそれが噴水のようになっている
中にはビクビクと痙攣する首がない奴や、四肢を引き千切られ呻き声をあげる奴
あらとあらゆる残虐な光景がそこには広がっていた
「ひ…ひ…」
シュウは動けなくなった
あまりにも恐ろしい光景を目の当たりにして足がまるで地面とくっついたかのように
すぐにこの場を逃げ出したい、だけど身体は動かない
口は上手く言葉を発してくれない
まるで全身が凍りついたようだった
そのとき、シュウの全身を射抜くような感覚が走った
シュウの視界に、何かがいた
こちらを見ている
死体と化した木偶人形の上をゆっくりと歩いてくる何かがいた
近づくにつれ、その姿がだんだんとはっきりしていく
そいつは、真っ黒で人の形はしているものの全身から角のような物が生え
顔と思われる部分には2つの真っ赤な目がシュウを見つめていた
悪魔
シュウはそう思った
悪魔の目が大きく見開かれる
逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ
だけど、身体は動かない
悪魔の手が、突き出される
狙いは顔、殺される
あの手で首を引き千切られて殺されるんだ、本能がそう告げる
シュウは思わず目を瞑り、死を覚悟した
覚悟?嫌だ、死にたくない!
こんなところで死にたくない!
やめて!助けて誰か!
シュウは、叫び声をあげた
「ゆき兄助けてぇええええええええええええ!!」
突風が過ぎていくような感覚
いつまで経っても痛みは感じない
シュウは恐る恐る目を開けてみる
黒い爪の先端が、自分のすぐ目の前で静止していた
「ひっ…!」
思わずその場にへたり込む
「アアァァァガァァァ!!」
黒い手が、ブルブルと震える
赤い眼は焦点が合わずあちらこちらをギョロギョロと見つめる
次の瞬間、黒い顔が人になる
潮が引いていくように黒が引き、人の顔が現れる
「…ゆき…兄…?」
その顔は、島に来て、金もなく馬鹿なことをやって
なんとなく仲良くなった、ゆき兄だった
汗をポタポタとたらしながら、奥歯をかみ締め
何かに耐えるような、苦しそうな顔をしているゆき兄
その目がシュウを見る
「にげ…ろ…」
苦しそうに、そう告げるゆき兄
呆然とするシュウ
「早く逃げろッ!シュウゥゥゥガァアアアアアアアアアアアアア!!」
顔が、また黒に塗りつぶされていく
頭を振り乱し、かきむしり、うなり声をあげる
シュウは逃げるべきだった
だけど、逃げ出さなかった
それはもしかしたらとても愚かな行為だったのかもしれない
だけど、シュウは立ち上がって思いっきり叫んだ
「何やってんだよ!何してんだよ!ゆき兄!!
皆助けてくれるんじゃなかったのかよ!!
ふざけんなよ!何でバケモノ何かになってんだよ!おかしいだろ!
なぁ!あいつら助けてくれるんじゃなかったのかよ…!!」
思い切り大声でそう叫んだ
ゆき兄の身体がビクンと跳ね上がる
そして、立ったまま俯き動かなくなる
…どれだけ時間が経ったか
ほんの数秒がシュウにはとても長い時間のように思えた
ゆき兄は動かない
ゆっくりと近づくシュウ
これは本当にゆき兄なんだろうか
顔を見るために下からそっと覗き込むシュウ
「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!!」
後ろに倒れ、しりもちをつく
立ち上がろうとするがうまく動けない
ゆき兄の顔は
目はありえないほど大きく見開かれ、真っ赤に輝き
まるで三日月のように大きく開いた口
真っ黒な顔でその3つだけがギラギラと光っていた
次の瞬間、ゆき兄の首がまるで糸に引っ張られるかのようにグイッと上がる
キチキチキチキチ…と嫌な音を出しながら首がゆっくりとシュウの方向を向く
「あ…ひっ…」
ニヤァァァっとゆき兄の口がさらに広がる
「ギヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!ヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
あたりに笑い声が響く
シュウは、逃げることもできず、ただ固まっていた
違う、これは、ゆき兄じゃない
シュウは直感的にそう思う
カクッカクッとまるで人形のように近づいてくるゆき兄
シュウの足が動いた
飛び上がり、一気にゆき兄と反対方向に走り出す
とにかく今は、逃げよう
ここにいたら絶対に殺される、逃げなきゃ
シュウは足が速いほうだった
仲間内の中では1番早くて大人顔負けのレベルだった
さらに本能的に命が危ないと理解したこの状況でいつもの数倍のスピードが出ていた
景色はどんどん変わっていく
それでもシュウは足を止めずに走り続ける
その時、ゾクリと虫が背筋を這いずり回るような感覚に襲われる
思わず後ろを振り返る
何もいない
気のせいだ、何もいない…
そう思って、視線を前に戻した
「ケヒャヒャヒャ…」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
ゆき兄は正面からシュウを覗き込んでいた
あまりにも突然の出来事にシュウは転び、地面に倒れる
そこは砂浜だった
立ち上がれず、必死に、這いずって逃げようとするシュウ
後ろからジャキン!と音が聞こえる
ジャリ…ジャリ…と砂を踏む音が近づいてくる
シュウが後ろを振り向くと…
赤い月をバックに
長く伸びた鋭い爪を振り下ろそうとするゆき兄の姿があった
死ぬ
神々しいまでの、その恐怖の姿に、シュウは今度こそ本当死を覚悟する
そして、無情に、爪は、振り下ろされた
一瞬、身体が浮く感覚
爪が命中する直前、飛び込んで来た何かがシュウを抱きかかえ、飛んだ
砂を巻き上げ、着地する
シュウはそっと地面に下ろされる
「…大丈夫か」
黒い長髪、華奢な身体
鋭い目でシュウを見る
「だ、れ…?」
その男は、俯きゆっくりと呟く
「…黒翼天」
「ギリギリセーフか」
後ろから声をかけられシュウがそちらを見ると
メガネをかけた端整な顔立ちの男がいた
「よく頑張ったな、後は俺たちに任せとけ」
手で頭を撫でられる
緊張の糸が切れたように、シュウはポロポロと泣き出した
「うっ…うぇぇ…ああああああああ…」
「桃ちゃん、この子を安全な場所に」
草むらから飛び出す影が1つ
「おっけー、こっちおいで」
「さ、早く」
促され、シュウは桃と呼ばれた女の子のほうへと
「ゆき兄は頼むよ?白やん」
メガネの男は腰にぶら下げていた剣を抜き、構える
「任せてよ」
ゆき兄は獲物を奪われた怒りからか、新たなる獲物が舞い込んできた喜びからか
絶叫にも似た、声をあげ続ける
辺りからザクザクと砂を踏み、何人も現れる
「迎えに来たよ、ゆき兄」
「また何か厄介なことになってんなぁ」
「邪気眼の使いすぎだな」
新たに現れた12人はゆき兄を取り囲む
各々が武器を構えて
「どう思う?スイカ?」
「…今のゆき兄は邪気眼によって得た邪神に全てを支配されてるな」
「助けるには?」
「こちら側から再封印しか無いだろうな」
「よし、ならまずは動きを止めるぞ」
「皆、気をつけろ。今のゆき兄は邪神そのものだぞ」
全員が一斉に飛び込む
呼応するかのように、ゆき兄は両手を広げ叫び声をあげる
全員の剣が赤い月に舞う
「なっ!?」「うわっ!?」
ゆき兄は動いていない
だが、全員の持っていた剣は弾かれるように宙を待った
剣は空中で回転し、刃をそれぞれ自分を持っていた人間へと向け、落下する
「全員避けろッ!」
ガスッ!ザスッ!と音を立て剣が地面に突き立てられる
その場にいた全員は飛びのきそれを避ける
「クソッ!」
「剣三郎!上だ!!」
「え!?」
剣三郎が頭上を見上げると
両手を突き出し、高速落下してくる者がいた
赤い月に、真っ黒なシルエットを浮かばす、ゆき兄
反応が間に合わず、肩を掴まれ地面に叩きつけられる剣三郎
「がはっ!」
黒い爪が振り上げられる
「はぁっ!」
振り上げられた手を夜叉丸の回し蹴りが捕らえる
勢いよく、吹き飛んでいくゆき兄
「ケヒャッ」
吹き飛んでいく方向に、幾何学模様が浮き上がる
吹き飛びながら身体をねじり、その幾何学模様に着地する
そのまま模様を蹴り飛ばし、ゆき兄は弾丸のように今度はピュアハートへと突っ込んでいく
「今度は俺かッ!」
身構え、突っ込んでくるゆき兄を迎え撃とうとするピュアハート
「ピュア様ッ!?」
たまゆらが助けに向かおうとしたその時だった
真横からさきほどゆき兄が蹴り飛ばした幾何学模様が吹き飛んできた
「うおおっ!?」
ギリギリで回避する、前髪が少し持っていかれる
スイカが舌打ちをする
「あの、幾何学模様…あれも武器ってわけか」
ピュアハートに突っ込んでいくゆき兄
剣にて迎え撃とうとするピュアハート
だが、突然ゆき兄の姿が視界から消える
「なっ!?」
突然消えたゆき兄を探すために周りを見渡す
「後ろだピュア様!伏せろ!!」
言われたとおり、瞬時にその場に伏せると今まで自分の首があった場所に何かが通った感覚を感じた
あと少し、伏せるのが遅れれば首が分断されていた
「キヒャハハハッ!」
ゆき兄は飛び上がる
空中で静止し両手を掲げるとそこに黒い球体が現れる
「何をする気だ…!?」
直径数メートルと思われる巨大な黒い球体が地面に投げ落とされる
「全員伏せろぉぉぉぉぉぉ!!!」
地面に叩きつけられたそれは炸裂し
辺りに矢のように黒い針のような物を炸裂させた
海岸線の木々は軒並み破壊され、倒れていく
ところどころで砂が巻き上げられる
「洒落になんねぇぞコレ…!」
伏せながら白やんが呟く
「白やん!右に飛べ!」
えび助に言われ、咄嗟に右に飛びのく
すると今まで自分のいた場所の地面がえぐれ、吹き飛んだ
砂煙の中でゆき兄がケタケタと笑っていた
次の瞬間、砂煙は収束し、巨大な龍となって白やんに突っ込んでいく
「何だよコレ!」
龍から必死に逃げ続ける白やん
幾何学模様は辺りを破壊しつくしていく
混乱の中でゆき兄だけがけたたましく笑い声をあげながら縦横無尽に駆け回っていた
「おおおおおおおお!」
風太の剣が砂の龍を分断する
真っ二つに裂かれた砂龍はその姿を維持することは叶わず
砂となりて堕ちて行く
「よっしゃ!」
「風太!危ない!」
砂の龍が崩れる最中、そこから飛び出したゆき兄
風太の目の前で静止し、その右手で風太を空中に打ち上げる
「がはっ…」
「キヒャヒャヒャヒャ!!!」
バサリと、黒い翼のような物がゆき兄の背中から現れる
そのまま高く飛び上がり、空中で身動きできない風太へと爪が突っ込んでいく
シュッ!と飛んできたナイフがゆき兄の爪を弾き僅かに軌道がズレる
爪は風太をかすり、虚空を貫く
「ったくもう、全員だらしないっ…」
ナイフを投げたのは桃だった
落下する風太をピュア様が受け止める
ゆき兄がゆっくりと地上に降りてくる
「…かかった!」
スイカがそう言うとゆき兄を中心に周りの地面が光りだす
それは巨大な魔方陣だった
全員は逃げながらもそれを書いていた
そして、完成した魔方陣の中心にゆき兄が乗った時、魔方陣が発動するように
地面から光の帯が飛び出し、ゆき兄を絡め取る
「ギャギッ!グギャッ!ギィィェェ!」
暴れまわるゆき兄、だけど鎖は切れない
同時に全員は呪文を詠唱し始める
「ガリエス・ビー・クルディラータ・ゲスペスト・カラリアウム
テクニクテ・サー・イー・コル・ラー・イー・コル
邪によって呼び出され邪なる者は古の盟約によりて邪なる世界へ還らん
開け天の聖櫃、この者に宿りし闇をその光によって地獄へと退けろ!」
「ギィギャガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
バチィン!!!と光の帯が砕かれる
憎しみに飲まれたその目は獣の瞳
獣は自分に害をなす者にその牙を向ける
禍々しく伸びた爪はスイカへと突き進んでいく
その爪が突き刺さるより早く、スイカは大きく叫ぶ
「消えろ!闇の王よ!アクセプトダウン!!」
ブワッ!とゆき兄の身体から黒い物が吹き出ていく
同時にゆき兄が人の姿へと戻っていく
突き出された指の先から、黒が抜け落ち
その顔にバキバキとヒビが入り、割れた
割れた黒い顔の中から、本来の顔が現れた
そして、そのままその場に崩れ落ち、倒れる
背中の黒い翼はまるで枯れるようにしなびていき、風に散っていく
全てが散った時、ゆき兄は、人へと戻っていた
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最終更新:2009年11月01日 00:11