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BLACK ROOM第1回【画面の中の想い人】


僕はからっぽだ。
何もすることもなく限りある人生という時間をただ浪費している。
だけど、それは別に僕にとって嫌悪するほどのことではなかった。
何も無い生活は心を惑わす物すら無い。
それは永遠の平穏なんじゃないだろうか。

――でも、たまにからっぽの時間が僕を苦しめる。


ブラック・ルーム

第1回、画面の中の想い人

暗い部屋を照らすのはモニターの明りだけだった。
マウスのボタンを押すカチカチという音だけが響く。
そして僕は今日も心の栄養剤を補給すべくブックマークを開いた。
現れる多数のコンテンツ、それらには見向きもしないで僕はチャットを開き、キーボードを叩いた。

KAI:こんば~

KAI、それが僕のHNだった。
深い意味はなく、ただ適当につけた名前だった。
だが今ではその適当につけた名前はごく自然に違和感なく僕の中に定着していた。
数秒の間を置いてチャットの画面には多数の挨拶が書かれていく。
その中に1人、僕が目的とする人間がいた。

未亜:KAIちゃん、こんば~w

始まりはなんでもない、ただの偶然。
そう、それは簡単なことだった。
自分は必要とされてるのか、そう思った時があった。
その焦りと苛立ちが家族を傷つけてしまった、それは生きている以上誰もが経験することなのかもしれない。
それでも僕は何かにすがりつきたかった、思春期特有の感覚とでも言えばいいのか。
そんな時、僕はこのサイト【世界の果て】を見つけた。
仰々しい名前とは裏腹に製作者の趣味が前面に押し出た何が面白いのかわからない写真や特にオチも無い日記。
そしてコンテンツが少なすぎると感じたのか取ってつけられたようなコラムや掲示板。

そんな無意味の塊のような場所に、そのチャットはあった。
なんとなく、それとも顔が見えない相手に心の内を吐き出したかったのか。
僕はそのチャットに入室した、KAIというHNを使って。
チャットには1人の人物がいた、それが未亜だった。
挨拶も早々に僕は心の内を吐き出した。
誰でもよかったのかもしれない、ただ誰かに話を聞いて欲しかったんだと思う。
顔の見えない匿名性、それはとても恥ずかしくて面と向かって語れない事を語らせてくれる。
未亜は全てを聞いてくれた。
それだけ。僕と彼女の始まりはたったそれだけ。

それだけだったけど、僕は救われた気持ちになった。
それから何度もそのチャットに訪れた。
何度も、未亜と話した。何度も、何度も。
そうこうしてるうちに、僕は未亜が好きになった。
自分でも単純だとは思う。だけど思春期なら当然なんじゃないかと自分に言い聞かせた。
好きな人は1人じゃないといけないなんて法律は存在しないはずだ。
そりゃ確かに学校にだって好きな人はいた。
だけど僕は現実では冴えない、これといって女の子にモテる要素を兼ね備えてるわけでもない。
たまに自問自答する、届かない物を想うあまり代わりにすがっているんじゃないかと。
その問いはいつも、だけど好きなんだから仕方ないという結論に達して終了する。

1年が過ぎて、僕は15歳になっていた。
すっかり【世界の果て】の常連になった僕は未亜に会うためにチャットに向かう。

チャットで未亜は人気者だ。
いや、どこもチャットという場所では往々にして女性というものは優遇されるものなのだろうか。
男性の性とでも言えばいいのか。
こうなると早めに告白してフライングスタートしてしまいたい感情に襲われるが僕を留めていた理由は主に3つある。

1つ目は成功の確率が不明確すぎるという点だ。
少なくとも僕は未亜とは仲はいい、だけどそれが恋愛という形になるとまた別な問題なのだ。
そもそも僕はこれまで誰かを好きになることはあってもそこで終了してしまっていたのだ。
つまり告白するとなればそこはもう僕にとって未知の領域で何が起こるかわからない世界なのだ。
友人に相談することも思いついたがネット恋愛というものは中々理解してもらえないもので、非難されるのが嫌な僕は結局1人で悩むことにした。

2つ目は僕は未亜の事をほとんど何も知らないということだ。
これは本当に重要な問題だった。
住んでる場所はおろか未亜の顔すらも僕は知らないのだ。
もし告白が成功しても離れた場所に住んでいたとしたら遠距離恋愛ということになる。
15歳の僕にはそうそう遠出する資金も無ければ長期外泊なんてできやしない。
つまり近づくことも許されないような、まるでロミオとジュリエット、いやそれ以上の過酷な恋愛になるのだ。
同時に顔を知らないということは、何も見えない真っ暗な闇の中に飛び込むようなものだった。
確かに僕は未亜の外見を何も知らないけど未亜が好きになった。
それはつまり未亜の中身を好きになったということだが、やはり気になる。
理想が高いわけではないが世の中には趣味嗜好というものが存在する。
つまり未亜が僕の趣味から全く対極に位置しているなら告白するのは自分で退路を断ってしまうようなものだ。

そして最後の理由だがこれは至極単純である。
僕自身に勇気が無いのだ。
告白することで今の【世界の果て】での関係が崩れてしまうことを恐れているのだ。
1年ここに通い詰めて未亜以外の人とも仲良くなった、それを心地いいと感じるほどに。

その他諸々の理由が僕と未亜をチャット仲間の枠で留めている。
2つ目の問題については直接聞けば解決することばかりだ。
だがしかし1年もの付き合いとなると逆に聞き辛くなってしまった。
僕が未亜について知っているのは彼女が16歳だっていうことだけだった。
流れるログの中、僕は顔も知らぬ未亜のことを想い続けた。

未亜:KAI君?

突然出てきた僕の名前に慌てて返答する。
気がつくとチャットには僕と未亜しかいなかった。
そんなに長いとは思わなかったがどうやら僕は小一時間ほど妄想の世界にトリップしていたようだ。

KAI:ごめん、ぼーっとしてたw
未亜:本当に?漫画とか読んでてついこっちのこと忘れてたりしてたんじゃないの?w
KAI:うーん、本当はちょっと考え事してただけだよ
未亜:悩み事?

貴方の事で悩んでますとは口が裂けても…指が潰れようと打てるはずもない。

KAI:そんなんじゃないよ、来週のテスト大丈夫かなとかそんなことを考えてた
未亜:勉強しろよ!w

とてもじゃないがこの状況で勉強に身が入るわけがない。
僕は飲み込みがいいわけでもないし、頭の回転が速いわけでもない。
テストでいい点を取ろうと思ったらそれこそ川原で石を積み上げるような地道な努力が必要なのだ。
しかし僕の脳の90%は彼女のことで埋め尽くされているような状態だった。
この状態で勉強したところで結果は何一つ変化しないだろう。

KAI:う~ん…それなりに頑張る
未亜:でも、ほどほどにね、あんまり根詰めると身体壊すから
KAI:そうだね
未亜:KAI君がいないと寂しいからさw

女という生き物はどうしてこう男をその気にさせるのだろう。
それとも僕に免疫が無くて過剰に受け取ってしまっているのだろうか。
どちらにせよこれで余計に勉強は身が入らなくなった、テストは恐らく壊滅的結果を迎えるだろう。
でも今の僕にはそんなことどうでもよかった。ただ未亜とこうして話ができるだけで全然問題なかった。
それから数時間、僕達は他愛も話で盛り上がった。

やがて僕はさすがにそろそろ眠らないといけない事に気がついた。
名残惜しいけどこればかりはしょうがない。それにここにくれば未亜とはいつでも会える。

KAI:じゃあ今日は落ちるよ
未亜:そっか、おやすみ
KAI:うん、おやすみ
未亜:またねw

その最後の未亜の一言が僕は無性にうれしかった。
頭の中でグルグル回る未亜との会話。

その夜は全く眠ることはできなかった。




亜ってね、上位の物に順ずる物とか、つまり2番目って意味が込められてるんだ。
未はそのまま、私は未完成なの
未完成な、上位の物に絶対に勝てない存在。

だから、未亜なんだ――



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最終更新:2009年11月01日 01:40