BLACK ROOM第2回【極甘】
第2回 極甘
「そりゃオメー、そんなん普通だって」
坊主頭を掻きながら小林(通称コバ)が僕に向かってそう言い放った。
放課後の教室の隅で僕と小林は互いの恋愛について語り始めた。
ただし僕は相手がネットの向こうにいることは伏せておき、小林も現在めぼしい相手はいない。
「女なんてその気が無くても気があるようなことを言うんだよ、だから世の中あちこちで悲劇が起こるんだ」
何を偉そうに…と思ったがすでに今年に入って4人斬りの男の言うことだ、少しは信憑性があるかもしれない。
ちなみに現在は10月の中盤である。
「お前のことは嫌いじゃないけどそれは友達としてで恋人となればそれはまた別問題…ああ、やだやだ
女って本当に何考えてるかわかんねぇよな」
確かに性別が違うだけが考え方や基準などが違いすぎて男の僕達にはまるで理解できない。
そもそも15歳の僕達が自分以外の他人を完全に理解しようなんて無理がありすぎるのだ、というか何歳になっても無理なんじゃないだろうか。
「んでよぉ、どこの誰なんだよ!!」
小林がにたーっと笑いながら詰め寄ってくる。
ごまかすのもめんどうくさい、だがそれ以上に後々いじられるのももっとめんどうくさい。
故に僕は苦笑いをしながらその場を切り抜けるしかなかった。
「…しかしまぁお前も恋愛してるんだな…奥手の須川君がねぇ…ま、当然っちゃ当然か」
小林はぼーっと窓から外を見ている。
僕の現実での名前は須川亮。なんの変哲も無いどこにでもいる普通の男子中学生。
そう、中学生、僕らは青春真っ盛り。小林はガンガン進軍してガンガン撃沈している。
対照的に僕は進軍のチャンスすら掴めないでいる。
「女子バレー部が張り切ってんな、ほれ見てみ」
見ろよと言われても特に見たいとも思わなかったが促されるままに僕はその光景を見た。
確かに15歳の僕達には充分な目の保養になる光景ではある。その時小林が唐突に誰かを指差し始めた。
「やっぱ可愛いよな、春川」
小林が見ていたのはバレー部の中でも一際目立つ、勿論、可愛さの点で目立つのであって1人だけ異常な格好をしてるというわけではない。
その子の姿は春川純菜、僕と同学年の女子。
僕のもう1人の想い人。
しかし春川については一種の憧れのようなものに近い気がした。
確かに僕は春川が好きだ。付き合いたいとも思う。
だけど春川は可愛すぎる、僕と付き合うなんてそれこそ天地がひっくり返るほどあり得ないとも思っていい。
それ故に僕はこうして遠くから見るだけで満足することができる。
「小林は、春川のこと好きなのか?」
「好きといえば好きだけどな、恋愛感情かどうかは微妙。
まぁ付き合えるなら喜んで付き合うけどな!!」
小林も概ね僕と同じような考えらしい。
春川が誰かと付き合えば僕は傷つくんだろうか?
それともしょうがないことと理解し、すんなりそれを受け入れるだろうか?
「あ~あ、俺もラブラブしてぇなぁ」
小林のいうラブラブというのがどういったことなのか聞きたかったがやめておいた。
こいつにこういう話題を持ちかけるともれなく下ネタに走ることになる。
それはそれで楽しいのだが今はそんな気分にはなれなかった。
その後も僕はずっと女子バレー部を眺めていた。小林は1人でベラベラと喋っていた。
帰り道になっても僕は頭の中で未亜と春川が天秤にのって揺れ動く感覚を味わっていた。
遠くのバラを取るか近くのタンポポを取るか、いや近くのタンポポも実はバラかもしれないんだぞ、いやいやまて実は近くにあるのもバラで。
あれ?どっちもバラなら関係なくね?いや、まてだけど近くにあるのは食虫植物ラフレシアなのかもしれないと…
思考の渦にグルグル落ちていると唐突に小林が聞き逃せない言葉を言い放った。
「やっぱ中身だよなぁ、外見なんてトッピングだよな」
こいつはまだ恋愛論について1人で考えていたのか。
だがその発言には全力で同意した。すべきだ。
「だけどやっぱりトッピングは重要だよな、タバスコがないピザなんて刺激ないし、チーズだけのピザなんて食いたくないし」
いまいちこいつの言ってることは要領を得ない。ただなんとなく理解できる。
つまり何事にも限度というものがあるというわけでいくら恋愛に中身が重要だとしても外見という判別要素が0になることはない。
ええとだからつまり俺はどうしたいということだ。
そう、俺がやるべきことはまず未亜の顔、顔だけに限らずあらゆる情報を収集することだ。
現代の戦争は水面下で動く情報戦なのだ、情報を制する者が世界を制す!!
ああでも聞けない自分がもどかしすぎる!!!
これが情報弱者という物なのか!!
「じゃあなー」
「おお…じゃあなー」
小林と別れて僕はすっかり薄暗くなった道を帰ってきた。
「寒…」
10月でそろそろ暗くなると冷えるようになってきた。
途中でコンビニに寄ってジャンプを買って帰ることにした。
「ありがとうございましたー」
やる気の無い店員の声を背に受け店外に出た。
「あっれー?須川君じゃーん」
背後から聞こえた自分の名前を言う声に咄嗟に振り向いた。
そこいたのは
「春…川…さん?」
これは一体どういうことだ?
なぜ、高嶺の花の春川純菜が僕に声をかけて来る?
どういうことだ、状況がまるで掴めない、掴みようがないじゃないか、なぜ?どうして?何が起こった?
なんで僕はジャンプなんか買ってるんだ、しかもジャンプだけだぞまるで僕が貧乏人みたいじゃないか
ジュースぐらい買っとけばいいだろう、いやいっそお菓子とか買ってちょっと食べるみたいな俺にそんなことできるかボケッ!!!
落ち着け、素数を数えろ、ここで焦るわけにはいかない、焦るな。
「須川君?」
「はひ!」
しまった!!即大失敗!!咄嗟に返した返事は裏返りハスキーボイスだった!
自分でもなんだが気持ち悪い!!!
「あはははははは、何その声」
「あ、はははははは…」
いいのか!?問題ないのか!?受けてるのか!?セーフかい!?
クソ!ガッチガチに緊張してる!!!当たり前だ!!
僕のような非モテ代表彼女諦め人間の前に美少女の領域に全身突っ込んでるような女の子が話しかけてくるなんて絶対に合えないTVの中のアイドルと関係を持つようなレベルなんだ!
「家こっちのほうだっけ?」
「い、いや、今日ジャンプの発売日だから買って帰ろうと…」
「ふーん…」
あああああ!俺の馬鹿!!何正直にジャンプとか言ってんだよ!!!
女の子にジャンプのことなんか話してもわかるわけねぇだろクソが!!!
週間"少年"ジャンプだぞ!りぼんとかちゃおとかとはベクトルが違うんだよ!!
「ね、ね、ブリーチってまだ連載してんの?」
「え…?うん、看板みたいなもんだよ」
「お兄ちゃんが集めててさ、私も見てるけど凄い長引かせるよねー」
「うーん、あれはどちらかというと作者じゃなくて編集のほうが長引かせるように指示してるらしくてさ」
「そうなんだ、でも長すぎるとそれはそれで読んでてめんどうだよね」
「そうそう、特にワンピースとかさ――」
あれ?なんかいい感じじゃない?
なんていうか凄く自然に話せるってか、普通に会話できるよ?
ありがとう、ブリーチ、ありがとう久保。
ありがとうジャンプよ。心から感謝する。
「あ、そろそろ帰らないと」
「あ…そういえば俺も帰るんだった」
生まれてから何度も時間が止まればいいと思ったことはある。
だがこの時ほど痛烈に本気で時間が止まってしまえばいいと思ったのは始めてだ。
「じゃあね、須川君」
「あ、ああ…じゃ、じゃあ…」
「あ、そうだ」
そう言うと、春川はカバンから何かを取り出した。
極甘チョコレートドリンクと書かれたラベルのついたペットボトル。
「おいしいんだよ、これ、皆には不評だけどね、あげるから飲んでみてよ」
「う、うん…」
手渡されたペットボトル。そして驚愕した。
――飲みかけ
「じゃあねー、味の感想今度聞かせてねー」
それだけ言うと春川は行ってしまった。
俺の手に残されたのは、飲みかけのペットボトル。
蓋を開け、飲み口をじっと見つめる。
春川の唇が、ここに?
心臓のバクバクを抑え込みながら自分の口を近づける。
冷たい液体が口内に流れてくる。ゴクンと、それを飲み。僕はゆっくりと口を離した。
「すっげ…甘い…」
身体は寒いはずなのに熱くてしょうがなかった。
心臓はまだバクバクと音を立てている
その日、出きるはずがなかった接点が出来た。
僕の心は平均台の上に置かれたように、グラグラだった。
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最終更新:2009年11月01日 01:40