邪眼学園黄龍譚4限目【宵闇の徘徊者】前編
9/30(日)深夜
「…うっ…あぁ…痛ぇよぉ…」
「これが生徒会なのかよ…ちくしょお…」
「…最近どうにも違反者が多いな…
転校生と何かしら関連があるのか…?」
「…無いわけじゃながなぁ」
「誰だッ!?」
「俺はぁ…ノスフェラトゥ…」
「ノスフェラトゥ…?
…生徒なのか?その仮面ひっぺがしてやろうか?」
「…待ちなぁ…別に執行部に逆らう気はないよぉ…」
「…」
「…違反者が多いのは転校生が執行部は何の脅威でもないと
いろんな奴に言ってるからさぁ」
「なんだと…?」
「放っておけばどんどん違反者は増えるだろうねぇ」
「…つまり奴を倒せば元に戻るというわけか…!
ふざけた真似をしやがる!」
「頑張ってねぇ…」
「待て、結局お前は誰なんだ」
「…さっきも言ったろぅ…俺はノスフェラトゥ…
この学園の未来を憂う者だよぉ…クックッククク!」
「…消えた…?…まぁいい、それより今は…
転校生…調子に乗りやがって…!!」
10/1(月)朝
窓から朝の光が差し込み、鳥の声が聞こえる
なんとも清々しい朝だった
執行部もどんどん倒して、いや、救ってるし憂鬱なはずの月曜がなんとも気持ちがいい
いい気分で学校に行こうと部屋を出ると廊下にゆき兄がいた、どうみてもパジャマで
「…」
「…おはよう」
「またサボる気か!?」
「今日だけは間違いなくサボったほうがいい、そういう天啓が聞こえてな」
「…天啓って」
「なにやらテンションが高いようだが…
出来ればお前もサボったほうがいいぞ、絶対、間違いなく」
「はいはい、気が向いたら昼からでも来いよ」
「人の好意を…まぁいいや、行けば意味がわかるぞ」
「はぃ?…まぁいいや、いってくるよ」
「頑張れよ」
「ん…ああ…?」
いまいち最後の頑張れよの意味が理解できなかった
しかしその真意は教室に入って2分後ぐらいに理解できた
「だからねだからね…私とゆき兄はそういうんじゃなくて…!
あれはあいつが悪いの!!だって誰だって突然あんな抱きしめられた…!!
ってか不安だったしあいつなら別に何も考えてないだけだし別によくはないけどいいかなって思ったりして!
心細かっただけだし!だからちょっと嬉しくああああ!じゃなくてほっとして!!」
「…もうわかったから」
「絶対わかってなぁぁぁぁい!!!!」
このやり取りが一体どれぐらい続いているのだろうか
何を言っても全く話が伝わらないというか、いや、恐らくリカ自身もすでに自分が何を言ってるか理解していないんだろう
…確かにゆき兄の言った通りサボるのが最善の選択だったかもしれない
正直に言うとめんどくさい、物凄いめんどくさい、コレ
「わかってるよ、別に恋人じゃなくて
家族みたいなもんでお互い恋愛感情はない、だろ?」
「そうだよ!だからそれがね!あらぬ誤解を生むんだけどね!
あの時のことは忘れて!忘れて…!
あぁぁぁううぁ…!!」
結局この後も授業が始まるまで延々と話を聞くハメになった
10/1(月)昼休み
昼休みなってまたリカに捕まる前に俺は教室から逃げた
食べながらあの話を聞けたもんじゃないからだ
「…シャインいってみよっかな」
そういえば1人でシャインにいったことはまだなかった
たまにはいいだろう、1人でゆっくり食べるのも
そう思ってシャインに向かう
店内に入るとカナさんが近づいてきた
「いらっしゃいませー、あれー?たまゆらくん1人でくるなんて珍しいねー」
「うん、ちょっとね」
「それじゃお席はー…」
てこてこと案内されてついていく
店内はけっこう客が多かった
「こちらでよろしいですね!」
その接客用語何かおかしくない?
と、案内された席を見ると
「…なんでだよ」
引きつった顔でカナさんを見ているゆき兄がいた
「えー、だってーお客さん多いですしー
知らない人と相席させるよりかはいいかなって」
「…今日は1人で食いたい気分なんだが…
まぁ…いいか、たまゆらなら」
「おー、友情ー」
「うるせぇ、さっさと仕事しろ」
「はーい、ご注文お決まりになりましたらおよびくださーい」
そう言ってカナさんんはパタパタとどこかへ行ってしまった
俺は呆然とそれを見つめているしかなかった
「…そう呆けてないで座れよ」
「…なんで学校サボってるくせにシャインにいるの…?」
「いや腹減ったけど買っておいたカップ麺が尽きててな
…ま、座れ」
促されるままに椅子に腰掛ける
メニューを手渡されたので適当にカルボナーラを注文した
料理が運ばれてくる間ゆき兄は縮めたストローの袋に水滴を垂らして遊んでいた
「あ、そういえば…リカちゃんにどう説明すんの?」
「…そうだな…どうせ今日は1日パニくってるからいいとして…
明日になりゃあ嫌でも説明させられるだろうな」
「ごまかす?」
「無理だな、下手にごまかすより全部言ったほうがいいだろうな」
「そっかぁ…」
「信じるかどうかはまた別だがな」
「普通信じないよなぁ」
「ま、あの状況を目の当たりにしてるからな」
「んー、そか」
そんな話をしてるとカルボナーラが運ばれてきた
珍しく男の店員だった
「お待たせしました、こちらカルボナーラだ、冷める前に食ってくれよ」
「…はい」
男の店員はカルボナーラを俺の前に置いていった
視線を戻すとゆき兄が苦しそうに笑いを堪えていた
「…ククッ…」
「なんだよ」
「阿部さんに気に入られたんだな」
「え…?」
「精々気をつけとけよ、クックック…」
背中に物凄い悪寒が走った
ゆき兄は吹きそうになるのを何度も堪えながらコーラを飲んでいた
なぜか食欲が失せた…
「…ふむ、寮に戻って寝るのもめんどうだな」
「折角来たんだから午後の授業に出たらどうだ?」
「そっちのほうがめんどくせぇよ」
どうやら完璧に来る気はないらしい
「保健室で寝るか…」
そう言うとゆき兄はシャインを出て行ってしまった
俺もカルボナーラを完食して適当に昼休みを過ごすことにした
10/1(月)放課後
「学生の分際で随分とこってるな、特に右肩」
別にゆき兄が気になったとかそういうわけではない
そういうわけではないのだが俺は保健室にいる
「ヤチャマル、たまゆらの奴死ぬほど幸せそうな顔してるぞ」
「随分こってるからな、気持ちいいんだろう」
違うんです、肩が気持ちいいのもあるけどヤチャマルに指圧してもらうのが気持ちいいんです
来てよかった保健室
何でこうなったかというと放課後になったら起こしにきてくれと
ゆき兄からメールで言われ渋々ながら起こしにくると
ゆき兄がサボるために謙譲した日本酒で上機嫌だったヤチャマルが肩をほぐしてやろうと言ったから
「…まぁ気持ちいいのは最初だけだが…」
「よし、そろそろ本気で行くぞ、いいかたまゆら」
「え?ああ、どうぞ…がぁあああああああああ!?!?!?!」
何だ!?肩がおかしい!?
っていうか何これ!?指圧ってこんなに痛いものだっけ!?
「いや、ちょっ…!?」
「こっちか!!」
「ぎぃやああああああああああああああああああ!!!」
「この骨か!?」
「骨ぅぉがぁうぁあああああああああああ!!!?」
「これか!!」
「それ首ッ…!!!!!!」
ゴキャッという音を最後に俺の意識が途切れた
なぜか綺麗な花畑が見えた気がした
あと川が
10/1(月)夜
「…?」
目が覚めると自分の部屋だった
確か俺は花畑でフラワーアレジメントを楽しんでいたはずだが…
しかし立ち上がると全身に物凄い爽快感を感じた
身体があまりにも軽い、すげぇ!
なんか今なら全力でフルマラソン出来そうな気がする
ふっと携帯を見るとメールがきていた
ゆき兄からだった
『ヤチャマルの指圧は強烈だからな、初めて食らう奴はだいたいお前みたいに気絶する
ただし効果は抜群だからな』
なるほど、確かに効果は抜群みたいだ
むしろ効果ありすぎるような気がしないでもない
なんというか全身の血液が沸騰寸前のような気がして身体が熱くてたまらない
10月とはいえ夜でもけっこう蒸し暑い
とりあえず俺はパンツ姿になった、パンツにも手をかけたが一応このラインは止めておくことにした
窓を開けると涼しい風が部屋に入ってきた
「ふぅっ…」
ぼけーっと窓から外を眺める
そういえば桃花と戦った日に廊下であった仮面…
確かノスフェラトゥと名乗っていたっけ
奴は執行部と何か関係があるのか、いや、少なくともあんな格好で深夜の校舎にいるやつが一般人なわけはない
だとすれば重要なのは敵なのか味方なのかだ
…だけど結界を破る方法を教えてくれた以上完全な敵というわけでもないはずだ
もちろん、完全に味方と言えるわけでもないが
「…ん?」
男子寮から少し離れた場所に女子寮がある
窓を開けると女子寮の外観が見える
その女子寮の裏手あたりで誰かがコソコソと隠れるように何かしているのが見えた
「何だありゃ…?」
しばらく見ているとその誰かはどこかに消えてしまった
何だろう、壁でも古くなってて修理でもしてたのかな
まぁいいや、今日はもう寝よう
起きててもどうせ暇だと思う、寝れるかどうかが問題だが
10/2(火)朝
「ックシュン…」
朝起きると昨日の自分が恨めしくなった
パンツ1枚で窓を開け放して眠ったせいでどうも風邪を引いたみたいだった
「あっちゃ~…とりあえず薬飲んでいくか…」
こういう場合、敷地内に寮があるというのは便利だ
登校にさほど手間がかかるわけでもないしどうにもヤバくなったらさっさと早退すればいい
教室につくと珍しいことにゆき兄が俺より早く登校していた
「…よぉ」
「おはよ…ヘクショッ!」
「おいおい…風邪か?」
「ずびー…うーん、どうもそうみたい」
「おっはよー」
ゆき兄と話しているとリカが駆け寄ってきた
「おはんょ…」
「あれ?どしたの?」
「風邪引いたみたい」
「大丈夫?」
「んー、大丈夫、危なくなったら保健室いくし」
「…そっか、ところで2人とも今日のお昼ご飯どうするの?」
「いや、特に決めてないよ、ゆき兄は?」
「俺もだ」
「じゃあこの前のお礼にお弁当作ってきたからよかったら食べてよ!」
「マジ!?」
「ふーん…」
「何よゆき兄、嬉しくないの?」
「いや、楽しみだ」
「うっ…うん…」
珍しいな、ゆき兄が楽しみだなんてストレートに言うなんて
あーあ、またリカが少し赤くなってる
「…じゃあ俺は昼までどこかにいるわ」
「うぉい!!!」
「風邪引きのたまゆら君でも授業出るんだから健康ならちゃんと出なさいよ!」
「お前を助けたせいで身体が色々痛くてな」
「…う…」
「アデュー」
「…うう…弱みを握られた…」
「ヘクチッ…あ~…」
「…本当に大丈夫?
この時期に風邪引くって何したの?」
「…わかんない」
風邪を引いた理由はあまりにも馬鹿らしく
とてもじゃないが言えるものではなかった
10/2(火)昼休み
昼休みになるとゆき兄は教室に戻ってきた
テンションから察するに寝起きらしい
リカからお弁当を受け取って3人で屋上で食べることにした
「うお…!?」
お弁当箱の蓋を開けると…一言で表すと凄い!
「相変わらず料理だけは得意だな」
「だけって何よ…」
「いただきまーす………!!!
やべぇ凄いうまい!!!」
お世辞じゃなく本当においしい
最近こう手作り的な物を食べたことも少なかったので本当においしい
「…絶賛だな」
「いやー嬉しいなぁ、でもそんなにガッつくと喉に詰まるよ」
「そんじゃ俺も食うか」
「手は洗った?」
「…母親かお前は」
楽しく談笑しながらお弁当を突付いていく
程なくして食べ終えた俺はリカにお礼を言った
「本当おいしかったよーありがとう」
「そう?嬉しいな、また作るね…
…でさ…その…そろそろ聞かせてくれないかな…」
俺とゆき兄は顔を見合わせた
だけどまぁしょうがないとも言える
予定通り全てを包み隠さずリカに伝えることにした
執行部のこと、黄龍鉄甲のこと
リカは静かに俺たちの話を聞いてくれた
ゆき兄もたまに話を補足する以外は黙っていた
全部を話し終え、一呼吸置いてからリカは喋りだした
「そうだったんだ…信じられないけど…
あの時のことを考えると…全部本当なんだよね」
「全部嘘だったら随分と楽だったよ」
「…私も…何か手伝えないかな?」
「駄目だ」
ゆき兄がきっぱりと言った
「…でもゆき兄だって特別な力はないのに頑張ってるし」
「別に俺は頑張ってねぇよ、ただそこに居て
ただ出来ることをやってきただけだからな」
「…」
「ついて来なくても、お前は役に立ってる」
「え?」
「なぁたまゆら、お前何のために戦ってる?」
突然話を振られて戸惑う
何のために戦う、か
…そういえば俺の戦う理由はなんだったっけ
ただ、自分が出来るから精一杯やってきただけなんだけど
精一杯やるって決めたのは…
「…救うため」
「…何を?」
「…しげるに言われたんだ、僕と同じあいつらを助けてあげてくれって…
だから俺はしげるやえび助や桃花みたいに歪められて自分を失ってしまった奴らを助けてやりたい
俺にはその力があるから、それにあいつらを救っていけばこの学園の生徒達も救われる気がする」
「…相変わらずお人好しだな」
「はははは、違うよ
俺は、自分の楽しい学園生活のために戦うんだ
今日みたいな、ね」
ゆき兄が微かに笑った
見間違いじゃなく本当に少しだけど、笑った
「言うようになったな…
まぁそういうわけだよリカ」
「…何が?」
「今日みたいに、お前が弁当でも作ってくれば
それで充分ってことだよ」
「…そっか…そうだね
私がいっても足手まといになるだけだしね…
うん!わかった!これからもちょくちょくお弁当作ってくる!」
リカが笑顔でそう言った
よし、なんとか上手くいったようだ
これからもちょくちょくか…楽しみだ
「…あ、そうだ
さっき出そうとしてたんだけどね、お菓子あるよ?」
「準備がいいなお前は」
気がつくとゆき兄はコーラを飲んでいた
いつも思うがこいつは異次元からコーラを取り出す能力でもあるんだろうか
「へへー、チョコパイ、3個あるから1個づつね」
リカからチョコパイを1つ受け取る
「それじゃいただきまーす」
「いただきまーす」
俺とリカがチョコパイを食べようとしたその瞬間だった
「…ぶッ!?」
ブバガァァァァァァァァアアっと凄い音がいた
同時に俺とリカに大量のコーラ(ゆき兄の口に含まれていた)が降り注いだ
頭からコーラを浴びた俺とリカはビシャビシャになり
髪や服の端からポタポタとコーラの雫が垂れていた
「…」
「…」
「ゴホッ…ゲホッ…!」
「…ゆき兄…喧嘩売ってる…?」
リカがプルプル震えながらチョコパイを握りつぶしていた
背後に修羅が見える気がする
「ゲホッカハッ…わ、悪い…
お、俺急用思い出したから…!じゃ!」
「待てコラァァァァァァアア!!!」
逃げ出したゆき兄をリカが鬼のような形相で追いかけていった
あっというまに2人は屋上から消え去った
残されたのは全身からコーラの匂いを漂わせるビシャビシャの風邪引き男の俺だけだった
「…」
どうしようもない虚しさが襲ってきた
にしても突然あんな盛大に吹くなんてコーラが気管にでもクリティカルヒットしたのか
髪の毛からポタポタとコーラを滴らせながらこれをどうしようか考えていた
すると目の前にすっとタオルが差し出された
「…使って」
「…え?」
顔をあげると、女子生徒がタオルを差し出していた
透き通るような長い黒髪、対照的な白い肌
華奢な身体、そして儚げな雰囲気はまるで現世から切り離されてしまった異質な存在のようだった
しばらく、呆然とする
「…いらないの?」
「…あ、ごめん」
我に返りタオルを受け取って身体を拭く
呆然としていたのを突っ込まれた気恥ずかしさからなんとなく目を合わせられないでいた
あらかた拭き終えてタオルを返そうと思って顔を上げると女子生徒はもういなかった
「あれ?」
辺りを見回すと校舎へと入るドアのところに彼女がいた
「おーい!タオル!タオル!」
大声で叫ぶと彼女はこちらを見て俯いた
しかし立ち止まることなくそのままドアを開けて階段を降りていった
慌てて追いかけたが
すでに彼女の姿は無かった、俺の手にはところどころコーラの色に染まった白いタオルが残っていた
10/2(火)放課後
授業が終わって帰ろうとすると廊下でどうみても顔に殴られた跡があるゆき兄待っていた
「…」
「…」
「…あ、俺帰るから」
「…まぁ待てよ…ちょっと待っとけ」
そのまましばらくそこにいるとリカが出てきた
「…ゆき兄…わかってんでしょうね…?」
声が恐ろしい
殺意すら感じる
「…わかってるよ…
ほら行くぞたまゆら…」
「話が見えない」
「…後で話してやるから来い」
「何で風邪引きのたまゆら君まで連れていこうとしてんのよ…
ってあれ?そういえば昼ぐらいからたまゆら君元気になってない?」
「…あれ?そういえば…」
言われてみれば鼻水も出ないし
全然体調は普通になっていた
「…いつの間にか治っちゃったみたい」
「そういうこともあるんだねぇ…
…んじゃまぁ…いっか」
「…よし、たまゆら、来い」
「だからどこにだよー…」
そのまま引きずられるように校舎を出た
到着したのは女子寮だった
「…女子寮で何を?」
「いや、それがな、最近なんか不審者っていうか何かが出るとか噂になってるらしくてな
コーラぶっかけた侘びとしてしばらく見張りをしろって言われたんだ」
「何で俺まで…俺もぶっかけられたし」
「…この前も言ったが…来る"かもしれない"ものを1人でずっと待つのは…な」
「帰っていい?」
「駄目」
「…」
「いいじゃねぇかよ、別にあいつもそんな夜遅くまで見張りしてろなんて言わないだろうからな」
「…しかし不審者ねぇ…あ」
「あ?」
「あ…いや…なんでもない」
昨日の夜に窓から見えた女子寮の近くをうろついていた影
あれがもしかしてそうだったんだろうか…
待て待て、そうだったら本当に不審者がいるってことじゃないか
「…武器とかあったほうがいいんじゃない?」
「ん…あー…まぁ…そう…かもしれないな…
本当に不審者なんていたらの話だが」
「野球部からバットでも借りてこようか?」
「…随分本気なんだな…
いやまぁそりゃいいけど逃げるなよ
逃げたら追いかけて永劫コーラ地獄に叩き落とすぞ」
「…なんか凄く微妙な名前だなその地獄…」
俺は練習中の野球部に頼んでバットを2本ほど貸してもらった
なんでバットがいるんだ?って顔をされたが濁しておいた
女子寮の見張りをするためとか言ったら野球部も見張りに加わりそうだった
逆にそうなると人数が増えすぎるので不審者も警戒するだろうし
多分リカも怒る
バットを2本担いで女子寮に戻る
「はい、バット」
「んー…さて退屈で味気ない時間の始まりだ」
バットを抱えて座り込んでる俺たち2人を女子生徒がチラチラ見ながら何人も通り過ぎていく
確かにこの状況では俺たちのほうがよっぽど不審者だ
「…なぁ…ここ目立つからもうちょっと目立たない場所にいかないか?」
「…それもそうだな」
俺たちは女子寮の裏手に移動した
よく考えたら丁度この辺が昨日俺が窓から影を見た辺りだった
しばらくするとゆき兄が愚痴りだした
「…しかし何で俺がこんなことをしなきゃいけねぇんだ」
「…コーラ吹くからだろ?
ていうか何で吹いたの?」
「あれはー…そのー…気管に入ったんだよ…」
「ふーん…」
何か怪しい
こいつまた何か隠してる気がする
「ふぁぁ…ねみぃ…」
「寝るなよ…」
「…わかってるよ」
そのまま無意味に時間は過ぎていき
いつしか辺りは暗くなり始めていた
10/2(火)夜
「あ~…ちきしょ~…
暇すぎるわ…こんなんならさっさと不審者出てこねぇかな…」
「本当だねぇ…ていうかまだいなきゃいけないの?」
「リカからメール来ると思うんだけどな…
あーくそ、ちょっと寒いな」
「ただ座ってるだけじゃ何だから女子寮の周りをぐるって見回りしてみないか?」
「…ぼーっとしてるよりマシかもな
でも頼むから逃げるなよ」
「もうここまで来たら逃げないよ…
それじゃ別々に見回る?」
「じゃあ俺右から回るわ」
「おっけー、じゃあ俺左からね」
というわけで俺は左周りに女子寮の周りを回ることにした
とはいうものの別に怪しい奴なんて誰もいない
「…むしろゆき兄が逃げそうだなぁ…」
ぼやきながら歩いていると
ふと女子たちの声が聞こえた
「…?」
辺りを見回すと少し高い位置にある窓から聞こえていた
カーテンが閉まっているが僅かに隙間があった
しかもなぜか窓の真下にご丁寧に足場になりそうな箱が置かれていた
「…」
いや、待て、さすがにそれはマズいんじゃなかろうか
男子禁制の女子寮を覗くなんて見つかったらそれこそアウトじゃないか
いやでもなんでこんなところに都合よく足場っぽい箱が置かれてるんだ
おかしいだろ、あ、これはもしかして不審者が置いた?
ということは不審者はここから女子寮を覗いてたってことか?
ならばほんの少し…そう、不審者の目的を知るためにも…
ってそれはないだろ、落ち着け俺
しかし意思とは裏腹に俺はすでに足場に立っていた
そのまま少し背伸びをしてこっそりとカーテンの隙間から中を覗く
「!!!?」
声をあげそうになった
これは…更衣室…
しかも沢山の女子が着替えの真っ最中!!
「…若い子っていいよなぁ」
「…うんうん」
「肌なんかスベスベだしな」
「うんうん」
「張りというかツヤというかねぇ本当…」
「うんうん…ん?」
ふと横を見ると知らない男がいた
新しい足場を用意して俺と同じような体制だった
「あ…!」
声が出そうになった
その瞬間に口を押さえられた
「馬鹿!大声出したらバレるぞ…!!」
「むぐ…ん…!」
「暴れるな…!おっ…うわっ…!!」
バランスを崩した俺たちは仲良く足場から落下した
幸い地面は芝生だったので落下音はなかった
「…たぁ~…」
「…お前が不審者か…!?」
「不審者って…あー…いや俺はな…」
「おーい、たまゆら何やってんだよ」
「!?」
振り向くと後ろにゆき兄がいた
「…全く何座り込んでサボッてんだ…あ?そいつは?」
「あ、こいつが不審者で」
「覗きがいるぞーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
「は?」
怪しい男が大声で叫んだ
そしてそのまま物凄い速さで逃げていった
「あ、おいちょっと待っ…」
同時にガラッと上の窓が開く音がした
見上げると驚いたような顔の女子と目が合った
「たまゆら、今の何…」
不思議な顔をして近づいてきたゆき兄が俺の視線の先を見たまま固まった
その場にいた全員が固まって動けなくなった
次の瞬間、辺りに耳を劈くような女子の絶叫が響き渡った
「待て!違う!誤解だ!!別に覗いてたわけじゃない!!」
「そうなんだ!!むしろ他に覗いてた男がいるんだ!!」
「信じられるか!変態ども!!」
「バットまで持って何するつもりだったんだ!!」
「違う!俺たちは見張りでウゴァッ!?」
「不審者がいるって聞いたからみはっがっ…!?」
「死ね!変態ども!」
「殺虫剤もってきてよ!!」
「火はどこ!?」
「よせ!火はやめっ…!あぎゃあああああああ!!」
「だから誤解なんだぁあああああああああああああああ!!」
「矢もってきた!」
「竹刀もあるよ!」
「よせやめろ!!ごばっぶッ…」
「ゆきにっげっばごぼっ…」
1時間後
俺とゆき兄はボロ雑巾のようになり
ゴミ捨て場で空を見上げていた
「…たまゆら」
「…何?」
「あの男、絶対殺す」
「奇遇だね、俺も丁度そう思ってた」
フラフラと立ち上がる俺とゆき兄
「しかしあいつどこに逃げたと思う?」
「…うーん…」
「いつつ…とりあえず今日は帰ろう…
明日聞き込みして探し出して絶対あの野郎ブチ殺してやる」
「そうだね…」
俺とゆき兄は痛む体を引きずって寮へと帰った
.
最終更新:2009年11月01日 02:31