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邪眼学園黄龍譚5限目【その名は死】前編


日付、時刻不明

「うおぉぉぉぉぉおおおお!!」

自らを奮い立たせる雄叫びをあげつつ俺は黄龍鉄甲を振りかざす
しかしその雄叫びは自らの恐怖を押し殺すためなのは誰の目にも明白だった

「吼えても力の差が埋まることなどない」

俺の渾身の1撃は、いとも簡単に白やんの片手で止められた
根性とか、勇気とか、能力の相性とかそういう物ではない
根本的に違う、圧倒的な実力差
それは、例えば生まれつき虎が持つ力と努力をして強くなったネズミを比べるようなものだ
ネズミがどれだけ力をつけようと、虎には勝てない

「己が愚行を悔いろ」

白やんのその顔はいつもと変わらず感情を読めない
しかし俺は感じていた、白やんの全身から感じる強烈な気配
その気配の名は、"死"

「うあ…あ…!!」

手を振り解き、後ろに倒れ尻もちをつく
立ち上がろうとしても、足が震えてうまくいかない
這いずりながら俺は必死に逃げ出した

「クッ…ククク…!
 実に見苦しい…!」

初めて、白やんの表情が変化した
とても楽しそうな、狂気に満ちた笑み

「…俺に弓引く者がこうして力の差を見せ付けられ
 無様に這いずり回る姿は…なんとも面白い」

言葉にかまってる暇は無い
俺は少しでも遠くに逃げようと必死だった

「だが歯向かった罪は償ってもらおう…
 償いの名は…死だ」

白やんが取り出した刃は動きを止めることはなかった
居合いの達人が剣を抜き、相手を切り伏せることまでが止まることのない1つの動きのように
白やんの刃は、取り出し相手の首を落とすまでが止まることがない1つの動き
叫び声をあげる間も無く、俺の首は地面に転がった…






10/4(木)朝

「うわぁあああああああああああああああ!!!!」

絶叫と共にベッドから跳ね起きた
呼吸が荒い、全身汗だくだった

「…夢…か…」

ほっとしたのも束の間、途端に震えが襲ってきた
こんな夢を見るなんて、あのたった少しの邂逅がどれほど俺の脳髄に恐怖を植えつけたのか
…思い出すだけで寒気がする
直視すれば、まるで地獄を覗いたと錯覚するようなあの目

「…クソ」

気を紛らわそうと思い俺は登校することにした
休んでもよかったのだが…習慣というものは恐ろしい


教室につくと珍しいことにゆき兄がいた

「…酷い顔だな
 寝てないのか?」
「いや…」
「昨日のスタングレネードがそんなに聞いたか?
 俺はもうピンピンしてるぜ」

いつもどおりやる気なさそうにそう言うゆき兄に少し安堵した
異世界を覗いてしまったとも錯覚している俺にはこの普段どおりの日常が何より安心した

「…ゆき兄」
「あん?」
「生徒会について…教えてくれ…」
「…」
「…頼む…」

ゆき兄は少し考え込んでいた
しかし前のようにすぐに断るということはなかった

「…そうだな…ここまで来たらもう隠していても仕方ないだろう」
「…うん」
「生徒会は主に3人だ
 生徒会長の白やん…書記の舞姫…会計のスイカ…
 最もこの3人は廊下でたまたま出会えるような奴らじゃないけどな
 普段どこにいて何をしているかも不明だ」
「たった3人なのか?」
「数が多けりゃいいってわけでもないだろうからな」
「…」
「…本当にどうしたんだ?今日のお前変だぞ?」
「…昨日の夜、生徒会長、白やんに会ったよ」
「何だって!?」
「…これ以上何もするなと…警告された
 それでさ…俺思ったんだ…あいつには…絶対勝てないって…!!」
「…」
「勝てるわけがない…あんな…あいつは人間じゃない…!
 あんな恐怖生まれて初めてだ…!」

俺が震えているとゆき兄はスッと離れていった

「…話すべきではなかった」
「え?」

突き放すような、冷たい声に驚く
そのままゆき兄は自分の席に突っ伏した

「…」

モヤモヤとした気持ちのまま
俺は授業が始まるのを待つしかなかった


10/4(木)昼休み

あれからゆき兄とどうにも気まずくなった俺は屋上へ逃げるようにあがってきた
隅っこのほうに座り込むと空を見上げ、ぼーっとしていた
するとふっと影が視界に入った

「…随分と覇気が無いな」
「お前ッ!?」

聞き覚えがある声に慌てて起き上がる
目の前には、不良男…高橋がいた

「…何の用だ…!」
「別に」

スッと俺に向かって手が伸ばされた
その瞬間、脳裏に白やんの姿がフラッシュバックした

「うわぁああああああああああああああ!!」

叫び声をあげ、その手を思いっきり弾いた
あまりにも力を入れすぎたのか手がビリビリしていた
高橋は弾かれた手を見つめていた

「…何があったか知らないが…恐怖に囚われたか…」
「はぁ…はぁ…」
「…まぁそれならそれでいい」

それだけ言うと高橋は去っていこうとした

「待て…!」
「…」
「お前は…俺が救いと信じている行動が破滅を呼ぶと言った…!」
「ああ」

そう、前に会った時、高橋はそういった
それは昨日白やんが言っていた俺が執行部を倒すことで執行部への畏れが薄れ
断罪される一般生徒が増えているこのことを表していたのか

「…俺が執行部を倒して学園全体の生徒会への畏れが薄れている…
 このことを言っていたのか…?」
「…違うな」
「え?」
「…それはあくまでも過程だ」
「過程?」
「…忠告しておく、これ以上犠牲を増やしたくなければ…
 もうお前は何もするな」
「…」
「じゃあな」

それだけ言って、高橋はどこかに言ってしまった
俺はまた空を見上げた、綺麗な青空だった

10/4(木)放課後

学校の裏手にあるゴミ捨て場
そこに俺は立っていた、黄龍鉄甲を抱えて
少し迷った後、ゴミの上に黄龍鉄甲を投げ捨てた

これでいいんだ、これでいい
ゆき兄も前に言っていたじゃないか、俺が命を賭ける理由なんかどこにもないって
逃げても誰も責めないって…
そう…誰からも責められないし、俺は死にたくないからこうしてる
戦っていればいつか死ぬかもしれない
理解はしていたがどこか信じてはいなかった
でも白やんの瞳を見て、俺はわかってしまった
だからこうすればいい、死にたくなんてないから

俺はゴミ捨て場から走り去った
雨がポツポツと降り出していた
しばらく走り、校舎の角を曲がり、ゴミ捨て場が見えなくなり
俺は壁にもたれかかった

俺は死にたくない、そんなのごめんだ
臆病者と言われてもいいし、責任がどうとかもクソくらえだ
圧倒的な"死"そのものを見たことが無い奴らなんて口では何とでも言える
だからこれは俺の望んだことだ、なのに…

「どうして…こんなに…悲しいんだ…」

雨が降り続いて、俺の身体を濡らしていく
どうせなら、溢れてくる涙も何もかも流してくれればいい
雨は、止まない、涙も、止まらない…


どれくらい時間が立ったのか
不意に声がした

「たまゆら君!?どうしたの!」

驚いた表情のリカがそこにいた

「ビショビショじゃない!また風邪ひいちゃうよ!?
 ほら、とりあえずこっち来て…!」

服を引っ張られ校舎に引きずり込まれた
小さなタオルで身体を拭かれる

「一体どうしたの…?」
「…俺さ」
「うん?」
「怖くなった…戦うことが…」

リカの手の動きが止まる
失望されるか、怒られるか、どうでもいい、死ぬよりかはマシだ
そう思った
だけどリカは何も言わなかった

「…」
「…」
「…たまゆら君が背負っているものはとても重くて…
 逃げ出してしまいたくなるのもわかる…私は何も言えない…」
「…」
「…でもたまゆら君はそれでいいの?」
「…死ぬのは嫌だ…!
 どうして…俺だけが…!こんな運命を背負わなきゃいけないんだ!
 たまたま俺のところに黄龍鉄甲が現れただけなのに…!!」
「たまゆら君…」

とんっと、頭に手が置かれた
優しく撫でるように

「今日は…もう帰ろう?
 そろそろ鐘も鳴るから、ね?」
「うん…」

寮に戻った俺は風邪を引かないように服を着替え
そのままベッドに倒れ込んだ
そしてそのまま意識は闇に落ちていった

10/4(木)夜

「会長が転校生に接触したらしいねぇ」
「へぇ…」
「それじゃぁ今頃怯えてるだろうな」
「そりゃそうだ、あの人は"死"そのものだ」
「さてそれならどうする?」
「どっちにしろ断罪は必要だろ?三人もやられてるんだ」
「そうだな、噂の出所があいつという情報もあるしな」
「信用し難いが、結局断罪することに変わりはないか」
「…今の転校生なら誰がいっても同じだろうな」
「じゃあ俺にやらせて」
「文句は無い」
「決まりだな」
「…決行はいつにしようかな…」


10/4(金)朝

憂鬱だ…
黄龍鉄甲を捨ててスッキリしたはずなのに気分がとても憂鬱だ…
沈んだテンションのまま学校に向かう

ゆき兄は来ていなかった
心配そうな顔でリカが話しかけてきた

「…大丈夫?」
「うん…大丈夫…」
「…」
「…」
「あ…と、次の授業で使う道具もってきてって先生に頼まれてたや…」
「…うん」
「…ごめんね」

リカはそそくさと廊下に出て行ってしまった
…もうどうにでもなれ

10/4(金)昼休み

屋上に出てみると空は晴天だった
俺の心とは裏腹に、気持ちいい天気
…俺の決断は間違ってはいない…
なのにどうしてこんなに悲しくなるんだろう
間違いではない、が、俺は本当に納得しているんだろうか?
カチャと、屋上のドアが開く音がした

「…たまゆらさん」
「…しげるか!?
 怪我は!?もう大丈夫なのか?」
「ええ…」
「心配したんだぜ?」
「はは…ごめんなさい
 隣いいですか?」
「ああ」

しげるが隣に座り込む
そしてお互い無言のまましばらくゆっくりと時間が過ぎていく
ポツリとしげるが呟いた

「…えび助さんと桃花さんも救ったみたいですね」
「…うん」
「正直な話、どうせ駄目だろうなって思ってたんです」
「え?」
「だってそうじゃないですか
 死ぬかもしれない戦いにわざわざ自分から進む人なんているわけない…
 そう思ってました、今までは」
「…俺は死ぬかもしれないとは思ってたけど実感が沸かなかっただけさ」
「それでもたまゆらさんは救ってきたじゃないですか」
「…」
「たまゆらさんなら…きっと…」
「きっと?」
「…いえ、何でもありません」

そうだった
死ぬかもしれない、だけど俺はそれを3度乗り越えてる
だけど次が上手くいく保証は…無い
昼休みが終わりかけ、しげるは自分の教室へと戻っていった
俺はそれからしばらく、空を見ていた

10/4(金)放課後

帰ろうとすると先生に呼び出された
何かと思ったがどうせ戻ってもやることはないので行ってみると
単純に資料やらなんやらの整理の手伝いだった
意外と時間を取られてしまい、下校時刻ギリギリになってしまった

グラウンドに出ると辺りは少し薄暗くなっていた
…おかしいな、下校時刻ギリギリとはいえこの時間ならまだグラウンドには誰かしらいるはずなのに
グラウンドには人がいなかった、いや、グラウンドだけじゃない
辺りを見回しても誰もいない
背筋が寒くなった、とはいえ帰らないわけにはいかない
偶然だ、と自分を納得させて俺は足を踏み出した
ザリ、ザリ、と砂を踏む音がする、いつもは気にしないこの音が静寂の中で不気味さをかもしだす

「伏せろたまゆらぁぁぁあ!!!」
「えっ…!?」

後ろから、誰かに体当たりをされた
そのままもつれるように2人で地面に転がる

「がっ…ぐっ…!」
「ゆき兄!?」
「ボサッとすんな走れ!!!!」

ゆき兄が俺を突き飛ばした
その瞬間、頬を何かが掠った

「えっ…?」
「立て!!立って走れ!!!」

慌てて立ち上がり、理解できないままにグラウンドを走り出す
頬に鋭い痛みを感じて手を当てるとヌルリとした感触があった
同時にパシッ!と足元の土が弾けた
驚いて止まりそうになる俺の背中にまたゆき兄の声が響いた

「怯むな走れ!!不規則に動きながら走って走り抜けろ!!」

振り向くと肩を抑えながらゆき兄も走りながらこっちへ向かってきていた
その気迫に押され、俺もまた全速力で走り出す
さっきまで自分がいた辺りの土がパンッ!と弾け飛ぶ
状況が理解できないまま俺は必死に走り続ける

「グラウンドを抜けたら塀に隠れろ!!狙撃手は屋上だ!!」
「狙撃手!?」
「話は後だ!!走れ!!」

必死に、ただ必死に、出来る限り右へ左へと動きながらグラウンドを抜けようとする
耳に聞こえるのは地面が爆ぜる音
奥歯を噛み締めながら自分でも驚くほどの持久力でグラウンドを抜けた

「はぁっ…はぁっ…ゆき兄早く!!」

走ってくるゆき兄の姿が見える
肩を抑えている手の隙間から血が流れていた
次の瞬間だった

「がっ…!!」

ゆき兄が地面を擦るようにかなりの勢いで転倒しグラウンドに倒れた
ズボンのふくらはぎの辺りが破れ、そこから血が流れていた
慌てて飛び出そうとするとゆき兄が叫んだ

「かまうな!行け!!」
「ふざけんなよ!!」
「もう自分には関係ないんだろ!?だったら行け!!」

関係ない…関係無い…!
俺は死にたくなんかない…けど…!!

「目の前で倒れてる奴を放っておけるほど俺は強くないんだよ!!!!」

俺はまたグラウンドに飛び出した
死にたくはない、だけど死ぬ気はない
ゆき兄を助けないと!!
その時

「えっ!?」
「なっ!?」

辺り全てが闇に包まれた
これは…まさか…!?

「たまゆらさん!こっちです!!」
「しげる!?」
「早く!長くは持たない!!」

声を頼りに必死にその方向に動く

「そこです!足元にゆき兄さんがいます!」

闇の中で足元に手を伸ばすと何かに触れる
それがゆき兄の腕だとはすぐにわかった
担ぎ上げるようにゆき兄を引っ張りあげた

「こっちです!早く…もう…持たない!!」
「うっ…おぉおぉぉぉおおおおおおおお!!!」

火事場の馬鹿力とでもいうんだろうか
ゆき兄を担いだ状態、いくらゆき兄が軽いとは俺は爆走していた
しげるの声を頼りに、闇の中を必死に走り続けていく

「…もう…限界…!」

パシィン!と何かが弾けるような感覚
同時に辺りに色が戻ってくる
グラウンドの出口は目前だった

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

走る、いやもはやそれは跳ぶと言ったほうが正しい
渾身の力で踏み出し、俺は宙を舞った
何かが、頭をかすめた
それでも意識を失うことなんかは無く
俺は安全圏へと滑り込んだ

「はぁっ…はぁっ…」
「…たまゆら」
「…ちょっと…待って…呼吸が…」

かなりの酸欠状態で頭がグラングランしている
必死に回復を待っているとしげるが走りよってきた

「大丈夫ですか?」
「ああ…ていうか…しげる…あの力…」
「取り戻せたみたいです
 前ほどではないですが…お陰で助けることが出来ました」
「ありがとう…助かったよ」

つーっと頭から何かが垂れてきた
触ってみると血がだらだら流れていた

「とりあえず寮に戻って手当てしましょう
 あまりここにいるのも危険でしょうし」
「そうだな…」

10/4(金)夜

「幸い2人とも軽い傷で済んでよかったです」
「…ゆき兄がいなかったら死んでただろうな」
「…ま、それはお互い様だ」
「でも…どうして…」
「…しげる、少し…席を外してくれるか?」

ゆき兄に言われ、しげるは部屋の外へ出て行った
部屋には俺とゆき兄だけが残った

「…たまゆら、俺は確かに、前に言った
 命を賭ける理由は無い、逃げても誰も責めないと」
「…ああ」
「だけど、もうお前は引き返せないぐらい関わってしまった
 逃げても誰も責めない、戦うことを止めても誰も文句は言わない
 でも…例えお前がそうだとしても、奴らはさっきみたいにかまわず襲ってくる」
「…」
「生き残りたいなら、戦うしかない」
「…」
「…」
「…怖いんだ」
「あ?」
「わからないんだ、自分でも…どうしてこんなに怯えているのか…
 頭ではわかっているのに…身体は言うことを聞いてくれない!!
 怖くて!怖くて…!何も解決しないのに…ただひたすらに逃げたいんだ…!」
「…」
「…どうして…こんな…」
「…死の能力か」
「え?」
「…話に聞いたことはあるんだ…あまり信用してはなかったが…
 生徒会長白やんが持つ力の一つに対象の脳に強烈な死のイメージを付着させることが出来る…と」
「強烈な…死のイメージ…」
「…どういう効果なのか興味はあったが…
 今のお前のようになるんだな…」
「直す方法は無いのか…?」
「わからん」
「…そんな」
「とはいえ所詮イメージ…気の持ちよう次第…
 だけど…多分そんな簡単なもんじゃないんだろうな」
「うん…」

死のイメージ…やはりあの時に植えつけられたんだろうか…

「…しかし戦えないとしても奴らは襲ってくる
 このままじゃどちらにせよ…」
「…」
「たまゆら」
「うん?」
「ただやられるのを待つか、最後の最後まで抵抗し続けるか
 どっちがいい?」
「…断然後者」
「…わかった」
「何かあるの?」
「この後、少し出るぞ」
「え…うん、わかった…」

少し時間を潰し
ゆき兄に連れられて俺たちは寮を出た

10/4(金)深夜

「ついたぜ」
「え…ここって…」

連れてこられたのはイビルアイだった
最も時刻が遅すぎてすでに店は閉まっているが

「アルコールの力で忘れさせようってこと?
 つーか…どっちにしろ店閉まってるよ?」
「いや、開いてるよ
 むしろイビルアイはここからが本番…」
「…えぇ?」

ゆき兄はドアを開けてさっさと中に入っていった
慌てて俺も続く
中は電気が消えていたが蝋燭のぼんやりとした灯りが辺りを照らしていた

「…もう閉店だけど?」
「いや、俺だよ俺、久しぶりー」
「…ゆき兄か、いらっしゃい
 後ろの子は…確か前に来た…」
「あ、たまゆらです…」
「そう…ふふ、イビルアイにようこそ」
「はぁ…」
「まぁ座れたまゆら」
「う、うん…」

促されるままカウンターの椅子に腰掛ける
神楽君が正面に立つ

「今日は…どんなものをお求めで?」
「自らの中に飛び込んで自らに救う悪魔を打ち祓うようなモノが欲しいかな?」
「ふむ…」
「な、なぁゆき兄…これどういうこと?」

ニヤニヤしながらゆき兄がこちらを向いた
それからゆっくり喋りだした

「イビルアイはな、表向きはバーなんだが
 営業終了した深夜から日の出にかけては特殊なアイテムを扱ってんだ」
「特殊な…アイテム?」
「古今東西あらゆる魔術や練金術などの儀式道具やアクセサリ
 ルーンストーンにマジックカード、オイル、キャンドル、インセンス
 オカルトアイテムならここにくればだいたい揃ってる」
「…さらに神楽君は本物の魔術士だ」
「え?」
「本当にこの学園は想像を絶することばかりだよな」
「魔術士といっても漫画とかであるような炎を出したりとかはできないけどね…
 魔術とはあくまでも人間の意志を宇宙の事象に適用することによって
 何らかの変化を生じさせることを意図して行われる行為だからね…」
「へ、へぇ…」
「さてゆき兄、これなどどうかな?」

神楽君はカウンターの上に小さなガラスの小瓶を置いた
小瓶の中では液体が揺れていた

「詳細は?」
「極限まで濃度をあげたオール・パーパスにより空間浄化を遥かに超越し使用者をあらゆる外的刺激から遠ざける
 そしてアストラル・トラベルによって意識を非物質界へと旅立たせる…
 その際周囲に結界魔方陣を緻密に張り巡らせ意識を内面世界へと追い立てる
 そしてエクソシズムによって心に取り付いた邪霊や悪魔を追い出す…
 そんな感じの神楽特性魔法薬だ」
「ほうほう」
「難点があるとすれば…体内の邪霊や悪霊を追いやるということは
 攻撃と防御を同時にこなす…分かりやすく言うと白魔術と黒魔術を同時にこなすというわけでね
 魔術の知識も何も無い一般人が使うとなると最悪意識不明の昏睡状態…
 死にはしないだろうが目が覚めなくなる可能性がある
 あとは基本的に魔力の高まりを誘発しないといけないから深夜にやらないといけないことだろうか…」
「…なるほどな、やっぱりリスクは高いか」

真剣な顔つきで話を聞いていたゆき兄がクルリとこちらを向いた

「と、まぁ聞いての通りだ」
「…最悪昏睡状態って?」
「というか、実際何が起こるか神楽君にもわからないんだろ?」
「そうだね…内面世界というのは個人のイメージの産物だからね
 そこで起きること全てはまた個人によって変化する…」
「要するに本当に何から何まで予測不能ってことだな」
「まぁね…」
「たまゆら、やるかやらないか、お前の自由だ」

ゆき兄は俺に小瓶を渡してきた
小瓶の中では透明な液体が揺れている
その揺れがなんだか俺の心みたいだなと思った
右に傾き左に傾く、何もしていなければ水面は平静を保つ
だけど外部からの刺激を受ければすぐにまた揺れ動く
同じなんだろう、人の心も

「やるよ、俺」
「ここまであれしといて何だが…いいのか?」
「ああ、どうせやられるならやれることは全部やっておきたい
 そこに少しでも…可能性があるなら」
「そ、か
 じゃあ神楽君これ…」
「代金はいいよ」
「いいの?」
「結果を聞かせてくれればね…すごく興味深いから
 そうだ、これも持っていくといい」

神楽君からシルバーアクセサリのような物を受け取る

「これは?」
「僕が作った特別性のタリスマンさ
 身に着けておけば自らの力で運命を切り開こうとする時にきっと幸運を与えてくれる」
「…ありがとうございます」
「どういたしまして」
「さて、それじゃあ戻るかねえ」
「まぁ待ちなよ、折角だから何か飲んでいきなよ
 明日は休みだろ?」
「それもそうだな、んじゃ俺コーラな
 たまゆらは?」
「…牛乳」
「はぁ?」
「ここの牛乳はおいしいんだよ!」

なんだか少し気が紛れた
3人で仲良く話しながら牛乳を飲み、しばらくして寮へと返った
寝る前に神楽君からもらったタリスマンを見つめた
自らの力で運命を切り開く時…か



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最終更新:2009年11月01日 02:35