0043:公主の説得 ◆lEaRyM8GWs





(ああ……情けない)
公主は両手を地面に投げ出した状態で脱力し、木の幹に背中を預けて天を仰いでいた。
木々の隙間からは星々のきらめきがかすかに見える。
夏特有の湿った空気が肌にまとわりついてくるが、夜風だけは心地よかった。
「うーむ……これはよくないのだ。どこか休める場所を探すべきだ。町へ行ってベッドで休ませるとか」
「公主さんは綺麗な空気を吸っていないとこうなっちゃうんだ。町へ行ったら逆効果だよ」
自分の前で相談を続けている2人の間に入って何かを言う気力は無かった。
空気の悪さや夏の暑さのせいもあるが、何より今は、ターちゃん愛用の本に触れてしまった件が大きい。
純潔の仙女として仙界でも特に清らかな場所で暮らしていた公主にとって、あの本の染みの影響は大きかった。
(手を洗いたい……手を洗いたい……)
それどころじゃないと分かっている。水不足の問題も分かっている。でも、いくら仙人とはいえ、公主も女性なのだ。
「このままじゃ水ももたない……川か池があればいいんだけど」
「そういえば西で水の溜まったダムがあった。そこに行けば水は使いたい放題なのだ」
「それじゃあそこに行って水を補給しよう。入れ物があれば今よりもっと水を持てる」
「公主さん、聞こえてるかい? 私達はダムに行こうと思う」
公主は小さく、ホッとしたように頷いた。
水がたくさんあるのなら、手を洗うくらいしても問題ないだろう。
自分が余計に消費している飲み水問題も解消だ。
公主に反対する理由は無い。
問題は今の状態でダムまで歩いて行けるかだが……

「では私が公主さんを背負って行こう、ダイ君は私の箱を頼む」
「えっ」

思わず声が出た公主に、2人の視線が向けられる。
一応理由は分かっていた。身長の低いダイでは公主を背負えない。しかし大人のターちゃんなら背負える。
ターちゃんの背負っていた箱、ペガサスの聖衣とやらは、ダイでも背負えるサイズだ。
少年ながらも桁外れの体力を持つダイなら問題無く背負って歩ける。
だから、実に理論的な方法だと公主も納得していた。
だが、
公主を見るやいなや勃……興奮し、さらに恥ずかしい染みのついた本などを持っている男に背負われるというのは、ちょっと。
そんな事を言って迷惑をかける訳にはいかないと、公主も重々承知している。自分が我慢するしかない。
「いや……何でもない。ダムに行こう」
無理して笑みを作る公主を励ますように、ダイは無邪気に、何気なく言う。
「よかったね公主さん、水がいっぱいあったら水浴びだってできるかもしれないよ。汗をかいてるみたいだから流さないと」
次の瞬間、ペガサスの聖衣を置いて自分の荷物を持とうとしていたターちゃんの股間が高く天を突く。
(うっ……ああ……不安だ……)

話してみて分かった事だが、ターちゃんはとても純粋な心を持った大人だった。
動物を愛し、自然を愛し、仲間を愛し、平和を愛する男。
しかし人並み外れた性欲を持っているのが問題だ。
純粋なまま大人になって性欲を持ったら、ターちゃんのようになるのだろうかと、公主は不安げにダイを見た。
まあ未来の事は分からないとして――やっぱりターちゃんの存在は公主を不安にさせる。
信頼に足る人物だ。格闘技を習得し優れた筋力を持つ戦士だ。妻がいるらしいから公主に手は出さないだろう。
でもターちゃんがそういう目で公主を見てしまう事は、ターちゃんですらどうにも出来ない本能レベルの事だ。
(水浴び……か。どちらかというとしたいが、身の危険を感じる。覗き……などしないじゃろうな?
 まあ、ダイに上手く頼んで見張っていてもらえば安心じゃが……)
そう、ダイなら安心だ。ターちゃんが悪いという訳ではないが、苦手意識を抱いてしまうのは女として仕方ない。
だからダイと一緒なら――
ダイは自分の荷物を左手で持ち、聖衣を背中に背負う。
ターちゃんは自分と公主の荷物を左腕にかけ、公主の前で背中を向けてしゃがんだ。
「さあ」
公主はせめてターちゃんに背負われている最中に、自身の胸が彼の背中に触れぬよう注意しようなどと心に誓いながら、
ゆっくりと身体を起こしてターちゃんの肩に手を伸ばした。
その時。

北の方角から何かが崩れる音がした。岩や建物のような、重量のある何かが崩れる音が。
「何だ!?」
ダイもターちゃんも、鋭敏な神経を北一方へと向ける。
この世界では相手の闘気などを察知する機能も非常に弱まっているから、確信を持って言う事は出来ない。
しかし、北で誰かが戦っているのではとダイもターちゃんも思った。

「誰かがゲームに乗った奴に襲われているのかもしれない、行かなくちゃ!」
「しかし公主さんを連れては行けないのだ……」
ダイはぎゅっと右拳を握り締めた。一瞬、公主とターちゃんはダイの拳の甲が光ったように見えた。
「……ターちゃんは公主さんを連れてダムに行ってくれ。おれは北に行く」
「それなら私が行くのだ。私は明かりのないサバンナで暮らしていたから夜目が利く」
「夜目が利くのなら公主さんの側にいて守っててくれ。俺だって島暮らしだったから夜目は利く方だよ」
「しかしダイ君一人であそこに行くのは危険なのだ」
「大丈夫、俺こう見えても強いから。それに公主さんを連れて行けない以上……」

ダイの言葉が不意に止まり、ターちゃんから視線をそらす。
そこにはダイの服を掴む公主の姿があった。

「……ダイ……お主が行くのなら、私も行く……」
「公主さん、無茶は駄目だよ!」
「水があるのは西のダムだけではあるまい……頼む、私から離れないでくれ…………」

公主は、ここに来るまでの間、ダイの負担であり続けていた。
これ以上ダイに迷惑をかけたくない、そう強く強く願っていた。
ここでダイと一緒に行くのは迷惑をかけるのと同じ意味。
しかし、それでも、公主はダイと一緒にいたかった。
ターちゃんと2人きりになるという不安もあるだろうが、ダイが自分の目の届かない場所に行くのが怖かった。
今まで自分を守ってくれたダイ。自分の知らないところで何かあったらと思うと、不安で胸が押し潰されそうだった。
だから――ダイと共に行く。
北で戦っている者が何者かは分からないが、もしかしたら宝貝を持っているかもしれない。
宝貝さえあれば自分も戦える。近接戦闘系の宝貝ではろくに使えぬだろうが、太公望の打神鞭や楊ゼンの三尖刀のような物なら。
いっそ自分の霧露乾坤網を持っていたら……公主はそんな希望をわずかに抱いていた。
もっとも打神鞭はあの妲己に支給され、霧露乾坤網は極北で暴虐を尽くす悪魔に支給されているのだが、それを知る由は無い。

「頼む……ダイ、行くのなら私も一緒に連れて行ってくれ……!」
「公主さん……」
「もしかしたら、北で戦っておる者が宝貝を持っているかもしれぬ。
 あの聖衣というもののように参加者の武器が支給されているのなら、私の霧露乾坤網も支給されているかもしれぬ。
 宝貝を得れば己の身を守れるし、ダイの力にもなれる。霧露乾坤網ならある程度空気を浄化できる……頼むっ」

ダイとターちゃんは公主の必死な表情を見た後、互いの顔を見合わせた。
公主は先ほどよりもわずかに力を取り戻しているように見える。
実のところターちゃんの本を触った事により精神的な問題が大きかった公主は、
ダイと共に行きたいという強い願いでその問題を克服した。
今の公主なら背負って移動するくらい大丈夫だろう。問題は、北の戦場で彼女を守りきれるかだ。
よっぽどの相手じゃない限り公主を守る自信がダイにはある。
また、一度離れ離れになったら再会するのが難しいかもしれない。ダイ自身公主を置いて行きたくない気持ちがある。

――ダイの背中にあるペガサスの聖衣は、ダイの勇気と優しさを感じ取っていた。
――ダイがどういった選択をするにせよ、ダイが正義のために戦うのならば。

ペガサスの聖衣はダイを仮初の主と認めつつあった。





 【高知北部の山中/黎明】

 【ダイ@ダイの大冒険】
 [状態]:健康
 [装備]:出刃包丁
 [道具]:荷物一式(水4分の1ほど減少)、ペガサスの聖衣@聖闘士星矢(ダイを仮初の主と認めつつある)
 [思考]:1.公主を連れて行くかどうか決め、北の戦場に向かう。
     2.アバンの使途、太公望、アフリカの仲間を探す。他、仲間になってくれそうな人を集める。

 【竜吉公主@封神演義】
 [状態]:疲労、普通の空気を吸っている限り、数日後には死んでしまう
 [装備]:無し
 [道具]:無し
 [思考]:1.ダイを説得し、北へ連れて行ってもらう。
     2.宝貝を手に入れてダイの力になる。
     3.アバンの使途、太公望、アフリカの仲間を探す。他、仲間になってくれそうな人を集める。

 【ターちゃん@ジャングルの王者ターちゃん】
 [状態]:健康
 [装備]:無し
 [道具]:荷物一式、公主の荷物一式、恥ずかしい染みのついた本@ジャングルの王者ターちゃん
 [思考]:1.ダイの決断に従う。
     2.アバンの使途、太公望、アフリカの仲間を探す。他、仲間になってくれそうな人を集める。


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022:王者、起つ!? ダイ 080:竜と獅子の猛攻
022:王者、起つ!? 竜吉公主 080:竜と獅子の猛攻
022:王者、起つ!? ターちゃん 080:竜と獅子の猛攻

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最終更新:2024年08月14日 23:19