0388:関西十一人模様
雨が降っていた。
ザァザァと音を立てながら、大量の雨粒が頬を流れる。
涙は雨と共に流れ落ち、少女から悲しみを拭い去っていく。
「……」
津村斗貴子は考えていた。
ドラゴンボールの真意。願いが叶うというのは、真実なのだろうか。
(確証が、必要なんだ。絶対に生き返るという確証があれば、私の迷いも消える――)
斗貴子の目の前には、依然として二人の少年が立っている。
彼らは、斗貴子の凶行を望まない。
それは自分達が死にたくないからという理由ではなく、本心では殺戮などしたくはないと思っている斗貴子を想ってのことなのだ。
(もう、私に彼らは殺せない。私は結局、ホムンクルスのような外道にはなれなかったのだ――)
悩むのはもうやめようと思った。
決心したはずなのに、少年二人の何気ない言葉で自分は揺らいでしまった。
やはり自分は、戦士なのだ。弱き者を手にかけることなんてできない。
でも。
(カズキ……戦士長…………
クリリン君)
みんな、みんな生き返れるかもしれないのだ。
ここで自分が諦めてしまったら、それはクリリンに対する――裏切りではないのか?
「君達の、名前を教えてくれないか?」
長い沈黙を破り、斗貴子が二人の少年に尋ねた。
「
志村新八」
「越前リョーマ」
短く、そう答える少年二人。
緊張感は続いている。二人ともその瞳に侍魂を滾らせ、真っ向から斗貴子を見つめている。
彼らは、強い。
私なんかじゃ、とても敵わない。
再び流れる沈黙。
斗貴子は動かない。
斗貴子が動かないので、二人も動かない。
「新八君……君の説得は、ありがたく受け取っておく」
「! じゃあ、もうこんな馬鹿な真似はしないんですね!?」
「…………いや」
斗貴子は悩んでいた。
皆を殺し、皆を生き返らせる道を取るか。
皆を救い、死んだ者たちを見捨てる道を取るか。
後者は、選んでも行き止まりである可能性がある。
それでも、挑戦するには十分魅力のある道だ。
なら。
「ありがとう……君達がいなかったら、私はホムンクルスと同じになっていたかもしれない」
「ホムンクルス……? なにそれ、わけわかんないよ」
「分からなくていいさ。君達は、こんな場所に居るべき人間じゃない。カズキの友達のように、『日常』にいるべきなんだ……」
「お姉さん……?」
斗貴子が何を言っているのか分からない二人は、首を傾げる。
力強い瞳を持ち合わせながらも、その顔はやはり平穏な光を照らしていた。
「君達は、このまま頑張ってくれ。どう転ぶか分からないが……私は、もう少し賭けを続けてみようと思う」
いきなり、だった。
バルキリースカートの刃が地面を打ち、斗貴子の身体を天高く舞い上げる。
「あ!」
「お――」
別れの言葉を言う暇もなかった。
少年二人を残し、斗貴子は高速でその場を去っていったのだった。
向かうべき場所は、南――大阪。
(ドラゴンボールが、本当に信用できるものなのかどうか……)
スカウターで捉えた四つの反応。それに接触しようとしている四つの反応。
この計八つの光点が、もうすぐぶつかろうとしていた。
(――『
ピッコロ』本人に会えば、分かるかもしれない)
斗貴子は賭ける。戦士の誇りと己の信念をベットに、『全員の生還』という高額な景品を狙う。
* * * * *
ぽっぽ~、というなんとも旧世代的な音を鳴らし、列車が大阪駅にやってきた。
駅のホームでそれを出迎えるのは、キン肉マン。そしてその後ろのL。さらに後ろのベンチでは、ミサとセナが座っていた。
「八時ジャスト……さて、鬼が出るか蛇が出るか」
「グムー。どんな奴が乗っているのかと思うと緊張してきたわい」
列車が風を切りながらホームを通り過ぎる。
速度は徐々に緩やかになっていき、停車の合図を鳴らす。
『おおさか~おおさか~。停車時間は五分間となっております。駆け込み乗車はお止めください』
名古屋駅でも聞いたアナウンスが、Lの耳を揺らした。
扉が開かれる。タイムリミットは五分。その限られた時間内に、乗客と
コンタクトを取らなければいけない。
「入りましょう、キン肉マン」
「おお!」
意気揚々と列車に乗り込む二人。先頭はキン肉マン。後方はL。
キン肉マンの強靭な肉体を盾にした、完璧な布陣だった。
これなら、万が一中にマーダーがいても大丈夫。
しかし、中で待っていたのは二人が思っていたよりも
激しく!
麗しく!
衝撃的な!
「ゲェー! 蝶々マスクのド変態~~~!?」
「NON! パ・ピ・ヨ・ン!」
まず眼に入ったのは、全身レオタードに蝶々を模した仮面をつけた人間――に見える男。
なにやら個性的なポーズを取ってキン肉マンを牽制している。
「……キン肉マン、彼はあなたのお仲間の超人かなにかですか?」
「こーんな趣味の悪い奴、わしゃ知らんわい!」
「ですか」
思いがけないファーストインパクトに、さすがのLも怯んだのか。
ある意味ムーンフェイスの外見よりも衝撃的なパピヨンの姿に、Lは考える。
そして、すぐにある記憶にたどり着いた。
「あなたは……もしかしてホムンクルスのパピヨンさんではありませんか?」
「YES! ……そういうおまえも見たことがある顔だな。たしか……あの主催者どもに『世界最高の頭脳』と呼ばれていた人間か」
ビンゴ。蝶々マスクにレオタード。
間違えようのない外見は、確かにムーンフェイスから伝え聞いていたパピヨンというホムンクルスそのものだった。
ムーンフェイスの話によれば、ゲームに乗るか乗らないかは微妙な線とのことだが……果たしてこの接触は正解か否か。
「おいパピヨン! 何いきなり警戒されるようなことしてんだよ!」
「そうだよオメェー! 誤解されて喧嘩ふっかけられたらどうすんだよ!」
と、隣の車両からさらに二人、長鼻と
おしゃぶりが印象的な男たちが姿を現した。
「彼らは?」
「協力者だ。不本意だがな」
列車内の乗客は三人。これはLの推測していた結果よりもずっといいものだった。
「えー、パピヨンさん、でいいですか? いきなりですが、あなたとお話がしたい。
不都合でなければ、このまま列車を降りて頂けませんかね?」
Lがパピヨンに申し出る。
「……本当にいきなりだな。『世界最高の頭脳』と呼ばれるほどの人間が、見ず知らずの他人を信用するのか?」
「あなたの噂はムーンフェイスから聞いています。もちろん、あなたがホムンクルスであるということも。その上で、あなたとお話がしたい」
「ムーンフェイスに? ……ふん、だが俺がゲームに乗っていないという保障はなにもないぞ」
パピヨンは肩傍に黒死の蝶をチラつかせ、Lを牽制する。
だがLはそれでも怯まない。彼には、パピヨンがゲームに乗っていないという確固たる自信があったから。
「そちらのお二人、先ほど『協力者』と言ったでしょう?
ゲームで優勝するのに、二人も協力者はいらない。束になって裏切られる可能性もありますから。
だとすれば、脱出のための『協力者』と考えるのが妥当です。違いますか?」
「……ふん」
Lの推理にパピヨンは軽く鼻を鳴らし、心では感心していた。
瞬時に自分達の関係を見抜く洞察力、確かに普通の人間ではないらしい。
「おいおまえたち、一旦ここで降りるぞ」
「はぁ!? トーキョーってとこまで行くんじゃなかったのかよ!?」
パピヨンの下車宣言に長鼻の男、
ウソップが異を唱える。
「俺たちの目的は、あくまでも他の参加者との接触だ。ここに人がいるというのなら降りない理由はないだろう」
「で、でもよぉ~……そいつら本当に信用できるのか?」
「なにぉ~! おまえらは知らんかもしれんが、Lはムッチャクチャ頭がいいんだぞ!
仲間さえ集まれば、こんなところすぐ脱出できるんじゃい!」
「いや、キン肉マン。すぐは無理ですよ」
ウソップとしても、心強い仲間が増えるのはいいことだと思う。
だがしかし、「このまま列車に乗ってりゃ強い奴とも争わないでいいんじゃねえかなぁ~」なんて魂胆も密かにあった。
「あんたら、目的は脱出なんだな?」
「ええ、そうです」
頭を抱えるウソップの横、おしゃぶりをした男、
ポップがLに話しかけた。
「じゃ、ここいらで一旦降りるか。ほら行くぞウソップ」
「ええ!? 決断はえーなポップ!? ちょ、ちょっと待って! あイタタ、持病の『オオサカで降りてはいけない病』がぁ~」
大袈裟なアクションで身悶えするウソップを適当にあしらいつつ、パピヨンとポップは下車の準備を進める。
「待てよ」
遮ったのは、『四人目』の男の声。
包帯だ。
「交換条件を忘れたわけじゃねぇだろうな? 俺を無視して勝手に列車を降りるとあっちゃあ、黙ってられねぇな」
全身を覆う、白の包帯。木乃伊男。
「お、おまえは……!」
L以外、全員が知っているその男。もちろんキン肉マンも。
「――久しいな、ブタ鼻。いや、キン肉マン、だったか?」
「――志々雄ぉーーーーー!!」
二日目。午前。大阪駅。
因縁の二人が、ついに再会を果たした。
「この男が、志々雄真実……」
Lはその想像以上の異質な姿に畏怖を覚え、
「なんだ、おまえ達も知り合いか?」
「いったいどういう関係だ?」
「お、おい、なんか険悪なムードだぞ……」
志々雄と車内を共にしていた三人は首を傾げ、
「グヌヌヌ……」
キン肉マンは一人滾り、
「…………フン」
志々雄はそれを鼻で笑った。
「おまえらーーー! まさか志々雄の仲間だったのかぁーーー!?」
「は!? って、イデエグルジイクビシマッ……」
キン肉マンはウソップの胸ぐらを掴み、乱暴に尋問する。
Lの推理ではこの三人は脱出派であるようだが、もし志々雄と協力関係にあるというのであれば、話をする余地などない。
ラーメンマンと
たけしを殺したのは志々雄――これは他でもない、L本人の推理なのだから。
「NON! この男とはたまたま乗り合わせただけだ」
顔色を青白く変色させていくウソップに代わり、答えたのはパピヨン。
「おいオッサン! アンタこいつと知り合いらしいが……いったいどういう間柄なんだ?」
次いでポップが質問し返す。
「おまえら知らんのか~!? この男は九州でわたしの仲間、まだ七歳だったたけすぃを誘拐したんだ!
その上わたしの親友である超人、ラーメンマンを殺害!
そしてついにはたけすぃにまで手をかけた……超極悪人なんだぞ~!!!」
マスク越しでも分かるほどに血管を浮かび上がらせ、キン肉マンは車内に怒声を蔓延させる。
明かされた志々雄の悪行の数々に、息を呑む一同。
唯一パピヨンは平静を保っていたが、その事実にポップは怒りを表し、ウソップは恐怖した。
(この野郎……ヤベー奴だとは思っていたが、まさか七歳児にまで手にかけるような下衆ヤローだったなんて)
(おいマジかよぉ~!? オレは今までそんなヤバイ奴と一緒に居たのか? しかもコイツまだオレのパチンコ持ったままだし……)
ポップとウソップの志々雄を見る眼が、明らかに変化しているのが分かった。
それでなくても、傍には今にも爆発しそうなキン肉マンがいる。車内は一触即発のムードが流れていた。
「やい志々雄! ラーメンマンとたけすぃの仇討ちだ! 今すぐ列車から降りて、わたしと戦わんかい!!」
「断る」
「ゲェー! な、なんだってぇ~~~!?」
プルルルー、と駅舎内に発車ベルが鳴り響く。タイムリミットが迫ろうとしていた。
「キン肉マン。そろそろ列車が出てしまいます」
「わ、わかっとるわいL! だが志々雄がここから降りんことには、わたしは納得いか~ん!!」
駄々を捏ねるように志々雄と対峙して離れないキン肉マン。
このままでは列車が出発してしまう。駅舎内にはまだセナとミサが残っており、このままではメンバーが分断してしまう恐れがあった。
「生憎、俺の目的地はここじゃあねぇ。もう少し汽車の旅を満喫させてもらうことにするぜ」
「このヤロ~、どうあってもここから降りないってんだな? だったら仕方がない。ここで決着をつけてやろうじゃないか」
「ほう、この汽車内でやろうってのか?
……おもしれぇ。走行中の列車なら邪魔者もいない、正真正銘の死闘(デスマッチ)ってわけか」
「し、しかしキン肉マン、ここであなたに抜けられては……」
「行かせてくれL! わたしがここで奴を倒さなければ、またラーメンマンやたけすぃのような犠牲者が出てしまう!」
ガンとして動こうとしないキン肉マンに、Lは困惑の表情を浮かべていた。
このままキン肉マンが離脱するとなると、Lは藍染らマーダーに対する予防線を失ってしまうことになる。
それでなくても、これから未知の参加者と行動を共にしようというのだ。現段階で一番頼りになるキン肉マンを欠くのは避けたい。
「…………仕方がありません。では、こうしましょう」
キン肉マンを欠くわけにはいかない。だが、限られた残り時間でキン肉マンを説得するのも至難の業。
それに、できることならキン肉マンの望みを叶えさせてあげたいという思いもある。
現在の状況、これからの指針、キン肉マンの気持ち、全てを考慮しLが出した結論は、
「我々はこのまま――少なくとも私は、大阪で待機します。
キン肉マンはこのまま列車に乗り込み、思う存分志々雄真実と決着をつけてください」
「おおっ! さすがはL! そう言ってくれると思ってたぞ!」
歓喜のあまりLに抱きつこうとするキン肉マンを遮り、Lは一つ、条件を付け加える。
「ただし、時間制限を設けます。時間制限は、今からジャスト一時間――上りと下りの列車が会する町、名古屋に着くまでとします。
キン肉マンはそれまでに志々雄と決着をつけ、同じタイミングで停車する下り電車に乗ってください。
そうすれば、10時にはこの大阪まで戻ってこれるはずです」
「なるほど……決着がつくのは二時間後、戻ってきた奴が勝者ってわけか。おもしれぇ」
「一時間もあれば十分じゃ~! L! わたしは二時間後、必ずこの大阪に戻ってくることを約束するぞ!」
「応援しています、キン肉マン」
「話は決まったか。では俺たちはここで降りさせてもらうぞ」
キン肉マンたちのやりとりを静観していたパピヨンは物事の収束を確認すると、逸早く列車を降りた。
それにポップ、続いてウソップが下車しようとするが、
「待ちな」
「グェ?」
列車から外へ身を乗り出そうとしたウソップの首根っこを、志々雄が掴み取った。
「ウソップ!? おいテメー! なんのつもりだ!?」
「慌てんじゃねぇよ。これから俺とキン肉マンがやるのは、一対一の『決闘』だ。どちらかが勝てば、どちらかが負ける。
生還するのはただ一人。だったら――その勝利を確認する、立会人が必要だろう?」
「な!? おい~! まさか、俺をその立会人にしようっていうのか!?」
志々雄の手から解放されたウソップが、思い切り不服そうな顔で言った。
「そういうことだ。それに、おまえらとは『約束』があるからな。
このまま大阪に残ると言っておきながら、とんずらでもされたらかなわねぇ。
こいつはまぁ――『立会人』兼『人質』ってところだな」
志々雄は自身の首にはめられた金属製の輪を小突き、笑みを浮かべる。
誰もがその提案に息を呑んだ。
当の本人であるウソップは必死で抵抗しようとしたが、
『列車が、発車いたします』
無情のアナウンスが鳴り響き、ドアは閉ざされてしまった。
「ウソップ!」
列車内に残ったのは、志々雄、キン肉マン、ウソップの三人。
列車の外に出たのは、パピヨン、ポップ、Lの三人。
交差する視線を引き離し、列車は無情にも東へ。
「チクショー! 人質だと? ふざけやがって、パピヨン、俺は列車を追うぜ!」
「待て」
すぐさまトベルーラで飛び出そうとしたポップを、パピヨンが制した。
「行ってどうする。それこそ奴の思うツボだぞ」
「じゃあおまえは、ウソップを見捨てろって言うのかよ!?」
「あいつは『人質』であり、『立会人』だ。
どちらかが勝てば、その勝利の証人としてここに戻ってくる――あいつが余計なことをしなければな。
ここでおまえが余計なことをすれば、それこそあいつの身が危険になるぞ」
志々雄の奇行を前にしても、終始冷静でいたパピヨンの言葉には説得力があった。
首輪解除の約束がある以上、志々雄はウソップを殺せない。殺せば、首輪解除の鍵を握るポップと敵対することは明白だから。
「大丈夫ですよ。キン肉マンは必ず勝ちます。あなた方のお仲間も、きっと無事に」
「やけに自信があるな。なにか根拠でもあるのか?」
「彼は『正義超人』です。仲間を放って死ぬなんて……絶対にありませんよ」
Lは、ラーメンマンの死体の前で号泣していたキン肉マンを思い出す。
誰よりも仲間を思い、『友情』を糧にして戦っていたキン肉マン。
それに対峙するのは、仲間の仇である宿敵だ。キン肉マンは意地でも勝つことだろう。
Lとキン肉マンが共にした時間は僅かだったが、Lにそう思わせるには、十分だった。
「まぁいい。では、改めて『世界最高の頭脳』とやらの話を聞くとしようか」
「ええ。落ち着いて話が出来る場所に移動しましょう」
「その前によ……あそこで座ってる二人もあんたの仲間なのか」
ポップは駅舎の隅に座る、二人の少年少女に興味を示した。
「ああ……彼らは、少々傷心中でして。落ち着いたら後々紹介します。今はそっとしておいてくれますか」
停車中に起こった一連の騒動にも、セナとミサの二人は興味を示さなかった。
尾を引いているのが、悲しみと憎悪である事は間違いない。
今は、そっとしておくのが一番の治療法だろう。
「ミサさん、セナ君、すいませんが少しここで待っていていただけますか。 私たちはすぐ隣の喫茶店でお話をしてきますので」
Lが二人に話しかけてみても、やはり反応はない。
ふぅ、と溜め息をつき、Lは改めて駅舎を出ようとした。
そんなときだ。
駅の入り口に、一人の少女が立っているのを発見したのは。
「…………パピヨン」
スタンダードなセーラー服に、鼻頭についた十字傷が印象的な少女。年齢はミサと同じか少し下くらいか。
いかにも普通の女子高生といった感じだが、その瞳に宿る狂気は、どうにも危険な香りがする。
「……おまえたちは先に行っていろ。どうやらあの女は、俺の客みたいだ」
少女の視線は、パピヨンにしか向いていない。
その独特のファッションスタイルに警戒しているのでは、とLは推理したが、どうやら違うようだ。
Lは、もちろんポップも、この二人の関係は知らない。
錬金の戦士とホムンクルス――絶対に相容れない、敵対関係にあるということも。
* * * * *
「驚いたぞ……ホムンクルスであるおまえが、極自然に人間の仲間と行動しているとはな」
「仲間? ……ふん、あいつらとは利害が一致したから協同しているだけだ。
錬金の戦士共のような甘っちょろい関係と思われるのは心外だな」
駅の外、Lとポップが喫茶店に入ったのを確認し、二人の同世界者が対面する。
錬金の戦士、津村斗貴子。そして、ホムンクルス
蝶野攻爵ことパピヨン。
以前は敵同士であった二人だが、この場で即戦闘、とはならなかった。
昔と今では、状況が違う。無闇やたらに戦いを仕掛けることは、己の身を滅ぼすことになりかねない。
「おまえの方も随分じゃないか。二日目になってもまだ生きていたとは。少し、いや、かなり驚いたぞ」
「……どういう意味だ」
――だがやはり、この二人が敵対関係であるという事実は覆せない。
ホムンクルスに対して絶対的な憎悪を抱く斗貴子に、パピヨンの存在は起爆剤そのもの。
そして、このような挑発的な言葉をかければ、闘争が生まれるのも仕方がないといえよう。
「武藤は何故死んだ? 武藤はどんな風に殺された? 武藤はどこで殺された? ――おまえはその時、何をしていた?」
「…………」
「俺は知っているぞ。いつも馴れ合っていたおまえらだが、おまえは武藤の死に立ち会えなかった。武藤の死を止めることができなかった」
パピヨンの瞳は、どこか空虚な視線を浮かべていた。
降りしきる雨の果てに、今は亡きライバルを求めるような、儚い視線を。
「おまえは何故まだ生きている? 武藤の死んだ世界で、おまえは何を望んでいるんだ?
優勝か? 脱出か? まさか『武藤の分まで頑張る』とは言わないだろうな」
パピヨン言葉が、凍りついたツララのように突き刺さる。
そうだ。カズキが死んだのは私の罪だ。
私がカズキを死なせなければ、私が彼に核鉄を与えなければ、カズキはこんなところには連れて来られなかった。
「私は……」
斗貴子は答える。答えようとする。
「……」
――何を? 私はなんと答えればいい?
ドラゴンボールで全てをなかったことにしてもらうとでも言うか? そのために殺戮を働くと。
なら何故あの時、新八君や越前君を殺さなかった。迷いがあったから?
今は決断の時なのか? 迷いがあるから、押し黙ってしまっているのか?
私は、なんのためにここに来た?
……そうだ、確かめるためではないか。
私はまだ希望を、クリリン君の言葉を否定したわけではない。
最終更新:2024年07月14日 13:13