0361:共同戦線~武道家VS能力者~ ◆kOZX7S8gY.
男は走る。摩訶不思議な能力を持つ男から。
男は待つ。自分を殺しに来る女を殺すため。
(ふん。罠とも知らずにのこのこと……
あの女の能力は確かに厄介だが、わたしにはこの絶対的な暗殺術がある。一撃で仕留めればあのような手品になどは……)
空が白み、闇が晴れた時刻。
桃白白は己が痕跡を残した農村の、すぐ隣の森林にいた。
既にあの女は自分に追いついてきているはず。そう考え農村に痕跡を残し、近くの森に潜んだ。
あの女が馬鹿でなければ、闇夜に森林を捜索するなどという愚かで危険な行為はするまい。
そうなれば、動きを見せるのは必然的に朝。明るくなった頃合を見計らい、再び
桃白白を殺しに来るはず。
それが、世界一の殺し屋が仕掛けた罠とも知らず――
(勝負は一瞬。素早く女の背後に回りこみ、首筋に刃を突き立てるだけで終わる。
……いや、あの女にはより屈辱的な死を与えてやらねば。いつぞやの男の時のように、ベロで殺してやるというのも面白いな)
ほくそ笑みながら、近づく足音に気を集中させる。
足音から察するに、随分と大きな歩幅だった。まるで男性のもののようだ。
それほどまでに焦って走っているのだろうか。不審に思った
桃白白は木陰から顔を覗かせ、追撃者の姿を確認する。
(あ、あれは……あの山吹色の道着は、亀仙流のもの!?)
追撃者は女とばかり思っていた
桃白白は、驚き目を配らせる。
森に迷い込んだ男の衣服は、全体を山吹色に包み、背中に『亀』の一文字を刻んだ、拳法家の道着。
あの
孫悟空と同じ――亀仙流の武道家である証だった。
(これは思わぬ誤算だ……だが相手があの亀仙流ともあれば、見逃す理由はない。それに奴を殺せば、
孫悟空への見せしめにもなる)
桃白白の暗殺拳は、亀仙流総師父・亀仙人とはライバル関係に位置する鶴仙人の教えによるもの。
亀仙流は宿敵ともいえる武術。わざわざ見逃してやる理由もなかった。
桃白白は即座に男の背後に移動。瞬速の技で脇差しを振るう。
(貰ったぞ――――六十億目!!)
が、そこには誰もいなかった。
(なっ――!?)
桃白白が男の背後に回り込むその一瞬の間に、男は既に移動していたのだ。それこそ
桃白白を遥かに上回るスピードで。
空を切る脇差しの先に見えたのは、警戒して身を構える亀仙流の男――
ヤムチャだった。
「なんだおまえは!? いきなり襲い掛かってきやがるとは、おまえもゲームに乗った参加者ってことか?」
(ちィィィ! わたしとしたことが、こんなところでしくじるとは。やはりまだ体力が十分ではないか……?)
互いに構え、一触即発のムードが漂う。
ヤムチャと
桃白白。流派は違えど、両者共に実力派の武道家であった。
だからこそ、
桃白白は問う。相手がそれなりの実力を持っていればこそ、知らぬはずはないのだから。
「小僧、貴様亀仙流の者だな? ならば当然知っていよう。世界一の殺し屋、
桃白白の名を」
「は? タオパイパイ? ……いや、そんな変な名前は聞いたこともないんだが」
「な、なんだと!!?」
名うての武道家でありながら、
桃白白の名を知らない!?
信じられないといった表情で驚く
桃白白だったが、
ヤムチャにしてみればなんのことだかさっぱりわからない。
なにせ
ヤムチャは、"この時点での"
桃白白とはまったく面識がないのだから。
(いや、待てよ……タオパイパイタオパイパイ……どっかで聞いたような……?)
記憶に僅かな蟠りを感じ、必死に思い出そうとする
ヤムチャ。タオパイパイ。決して初めて聞く名ではなかったような……?
「……思い出した、天下一武道会の時だ! 予選で餃子を倒して、その後本戦で天津飯に秒殺されたサイボーグのおっさん!」
「な、なに? サイボーグ? しかもわたしが弟弟子の天津飯に秒殺されただと?
なにを馬鹿な。そもそもわたしは天下一武道会などというままごとに出場したことはないわ!」
互いの認識に相違が見られる。それもそのはず。
ヤムチャが知る
桃白白は、悟空にボコボコにされ、その後サイボーグ手術でパワーアップした姿。素顔の
桃白白とは初対面だった。
対して
桃白白は、
ヤムチャなど知る由もない。せいぜい天下一武道会で顔を合わせた程度。
しかしそれも今の
桃白白にとっては未来の出来事。預言者でもなければ、未来の出来事など知り得るはずもない。
「いや、待てよ。だとすると……」
混乱する
桃白白を尻目に、
ヤムチャは何かを考え始める。
(この
桃白白は、あの天下一武道会の時の記憶がない? どういうことだ?)
不思議に思うも、
ヤムチャの頭で答えが出てくるはずもなく、思考は
桃白白の実力について考え出す。
(顔がサイボーグになってないってことは、この
桃白白は天津飯と戦った時よりずっと弱いってことだよな。
でも俺はサイヤ人と戦うために修行したから、あの時より全然強くて……)
加えて超神水を克服。サイボーグ状態の
桃白白でさえ、当時の天津飯に秒殺だったのだ。ならば。
考える内に、なんてことはない結論が弾き出された。
「つまり…………ザコ?」
「き、貴様! この世界一の殺し屋
桃白白に向かってザコだと!? ふざけるのも大概に……」
怒りで
桃白白が飛びかかろうとした矢先、
ヤムチャの方が先に動いた。
桃白白が気づくよりも前に懐に潜り込み、腹に向かって正拳を叩き込む。
「がっ……」
それだけで、
桃白白は悶絶し気を失ってしまった。
「……ふっ、悪いな。どうやら俺はアンタが考えているより、ずっと強くなりすぎちまったみたいだ」
当時の天津飯の言葉を思い出しながら、勝利の宣言を口にする
ヤムチャ。
やはり自分は強い。相手が変な能力者や宇宙規模の実力者ならともかく、一介の武道家などではもはや話にならない。
クリリン亡き今、"地球人最強"は紛れもなく
ヤムチャのものだった。
「しかしどうするかなコイツ。まさか一撃で失神しちまうとは思わなかったしなー」
ヤムチャは倒れた
桃白白の処遇について考えだす。
が、すぐに自分の使命を思い出し、そんな考えは不要だと首を振った。
「……そうだよ。俺は今人数減らしをやってるんだ。それにコイツは、ただでさえ下衆なヤローだし。生かしておく必要もないよな」
決断し、
桃白白に手をかけようとする
ヤムチャ。だが、
その腕は、"腕"に絡め取られた。
「ななななんだぁぁぁッー!?」
ヤムチャの腕を取り、無理やり背中で縛り上げる"腕"。
腕だけではなく、足、首も同様に"腕"でロックされ、結果
ヤムチャは海老反りのような姿勢で地に投げ出された。
"ジッパー"に続く、摩訶不思議な技。この手の技に免疫がないせいか困惑する
ヤムチャは、地面をのた打ち回りながら視線を促す。
その先に、一人の女性が立っていた。
「……その男を殺したのは、あなた?」
「は?」
美人だった。
突如現れた黒髪の美人は、両腕を胸の前で交差させ、鬼気迫る表情で
ヤムチャに尋ねる。
「その男を殺したのは、あなたかと聞いているの!!」
「え、えええええええ!?」
訳がわからず、質問に答えられない
ヤムチャ。
そもそも彼女の示す"その男"――
桃白白は死んでなどいない。
ならばそう言えばいいのだが、混乱しすぎてうまく舌が回らない。首を締め上げられているせいか、呼吸もうまく出来なかった。
とにかく、この状況はまずい。もしこの美人がゲームに乗っているのだとしたら、
ヤムチャの身が危ない。
なんとか"腕"から逃れようと暴れる
ヤムチャだったが、"腕"は各関節を無駄なく締め上げ、自由を奪う。
身動きのままならない
ヤムチャを前に、その美人――
ニコ・ロビンは憤りを隠せずにいた。
朝になり、追撃した先にあった一つの死体。ずっと追い続けた復讐の対象が、あっけなく死んでいた。
桃白白の死は望むところ。だが、唐突すぎた。
いきなり死なれ、このやり場のない怒りはどこに向ければいい。杏子の無念を乗せた復讐心は、どこにいけばいい。
ロビンは自身と――杏子の――思いを、この道着の男に踏みにじられたような錯覚に陥り、
気がつけば『ハナハナの実』の能力で彼を拘束していた。
返答次第によっては、この男も"ゲームに乗った殺人者"と見なし殺す。
この憤りを晴らすために、もう杏子のような被害者を出さぬために、そして何より、自分が
生き残るために。
睨む女と、混乱する男。
その舞台に、さらなる出演者が足を踏み入れる。
「これはどういった"状況"だ? できれば、詳しい"説明"を求めたいんだが」
「ッ! 誰!?」
「ゲゲ!」
新たな来訪者にロビンは警戒、
ヤムチャは焦り、その場の空気をさらに険悪にする。
オタマジャクシのような模様に、数々のジッパーが装飾された独特のファッション。そして、おかっぱ頭。
ヤムチャはその姿に見覚えがあった。そもそも、
ヤムチャは彼から逃げてここまで来たのだ。
この、"ブチャラティ"という男に追われて。
「無粋ね。今私はこの男に質問をしている最中なの。誰だか知らないけど、邪魔しないでくれるかしら」
「それは失礼。だが俺もこの"
ヤムチャ"という男に用があってね。"仲間"を傷付けられた"オトシマエ"を払って貰わなくちゃならない」
オトシマエ――イタリアン・ギャングであるブチャラティの口から出るには些か違和感のある言葉だったが、
これはこの場にいない"友"の代弁でもある。
ジャパニーズ・ケリの付け方。仲間を傷つけた相手には、それなりの報いを。
これは日本に限らず、全世界でも共通の思考である。"仲間"を思う心がある者なら、誰もが持つ当然の思考。
「君は知っているのか? あの男は"ゲームに乗った参加者"。それも"かなりの実力者"だ。
もし君が
ヤムチャと敵対しているというのなら、俺は手を貸すが?」
この状況を冷静に分析し、共闘を申し込むブチャラティ。対してロビンは、
「私の答えは……これよ!」
「!」
ブチャラティの申し出を、"
ヤムチャと同じ形"で返した。
ブチャラティの四肢、首を絡め取るように"腕"が生える。
ロビンお得意の能力により、ブチャラティはいとも簡単に拘束されてしまった。
しかし、その顔に
ヤムチャのような焦りや混乱の色はない。
「不思議な力だ……もしやおまえも"スタンド使い"か?
……いや、違うな。おまえの傍には"誰もいない"。カズマの霊剣のように、俺の知らない未知の力のようだ」
「……? なにを言っているの?」
ロビンには、ブチャラティの言っている内容も、余裕の意味も分からない。
同じ技をかけながら、この態度の違い。
ヤムチャとブチャラティには、今までの経験による確かな違いがあった。
ヤムチャは武術に秀で、今までの敵も透明人間や宇宙人など特異な人種こそいたが、そのほとんどは体術による戦いだった。
故に他人の身体に腕を生やすような異能の使い手には、免疫がない。
対してブチャラティの交戦経験といえば、そのほとんどがスタンド使い。戦闘は体術よりも、能力の優劣と扱い方で勝敗が決した。
故に他人の身体に腕を生やすような異能の使い手にも、免疫がある。
「『スティッキィ・フィンガーズ』!」
突如、身動きの出来ないブチャラティの傍に、謎の異邦人が出現した。
一見して宇宙人にも見えるその外観。いったい今までどこに潜んでいたのかとロビンが思案する内に、
『スティッキィ・フィンガーズ』が、ブチャラティの身体に生えた"腕"を殴る。
「なっ……これはっ!?」
ロビンが異変に――己の腕に取り付けられた"ジッパー"に気づいた時には、もう遅い。
『スティッキィ・フィンガーズ』がジッパーを引き、生えた"腕"の一つを分断する。それだけで十分だった。
ロビンが咲かせた"腕"は全てオリジナルの腕に連動している。
桃白白の脇差しのダメージが本体にいったように、ジッパーによる分断の効果もまた、本体に返る。
ブチャラティと
ヤムチャを拘束していた"腕"が消え失せ、代わりにロビン本体の左腕がジッパーにより分断された。
(くっ……まさかこの男、私と同じ"悪魔の実の能力者"?いえ、悪魔の実は通常"自分"に影響を及ぼすもの。
自分をゴム人間にできても、相手をゴム人間にすることはできないように、相手の身体を分断するなどという芸当は不可能!)
己の身体を分断させる、"バラバラの実"というものなら聞いたことがある。
だが、他人の身体を分断させる能力を秘めた悪魔の実など聞いたことがない。
この能力、悪魔の実の能力で括るには特異すぎた。
(ミクロバンドのような特殊な支給品による効果とも考えられる。
とにかくこの切断面、血が噴き出さないところを見ても、なんらかの能力であることは間違いないわ)
冷静に分析し、ブチャラティに向き直るロビン。
片腕を失ったが、もう片方の腕が無事なら"ハナハナの実"の能力は有効。まだ勝機は薄れていない。
「身構える必要はない。さっきも言ったが、俺が用があるのは
ヤムチャだけだ」
しかし意外なことに、これ以上ブチャラティに交戦の意思はないようだった。
と思いきや、
「だが、君が"ゲームに乗っている"というのなら、その腕を繋げるわけにはいかない。俺もそれなりの対処を取らせてもらう」
ブチャラティはガラ、そして桑原との初遭遇の瞬間を思い出す。
全ての闘争は誤解で生じ、そのせいで死者も出た。
避けられる争いは避けねばならない――ブチャラティは、主催者の思惑に乗るつもりはないのだから。
このブチャラティとの接触で冷静さを取り戻したロビンは、改めて考える。
自分の目的、
ヤムチャを拘束していた理由、おかっぱ男の目的。
総合して、ロビンはブチャラティを味方と――
「はん、俺を忘れてるな!? 隙だらけだぜェェ!!」
瞬間、
ヤムチャがロビン目掛けて飛びかかってきた。
そうだった。『スティッキィ・フィンガーズ』により自由になったのは、ブチャラティだけではない。
この危険人物、
ヤムチャもまた拘束を逃れたのだった。
「"六輪咲き"」
「ぐげっ!?」
しかし慌てることはない。冷静さを取り戻したロビンには、それも計算の内。
ヤムチャの身体から生えた六本の"右腕"が、再び身動きを奪う。
再度雁字搦めにされた
ヤムチャを尻目に、ロビンはブチャラティに言葉を投げかける。
「まず先に、あなたの名前と目的を尋ねようかしら? 私の名前は
ニコ・ロビン。あなたは?」
「俺は
ブローノ・ブチャラティ。目的は"首輪の解除"、"主催者の打倒"、そしてそれを脅かす危険人物、"
ヤムチャの抹殺"だ」
「……その"
ヤムチャの抹殺"というのは、先ほど言った"オトシマエ"……仲間の仇討ちも含まれているのかしら?」
「その通りだ。では、今度はこちらの番だ。君の目的を聞こうか、
ニコ・ロビン」
「私の目的は、あそこに転がっている男の抹殺。もっとも、それは彼が成し遂げてくれたみたいだけど」
視線を移す。確かに、
ヤムチャのすぐそばに男の身体が転がっていた。
「なるほど。君のさっきの鬼気迫る勢いから推測するに……君の目的も"仇討ち"。もしくは"復讐"というわけか」
「どう取ってもらっても構わないわ。ただ、もう私にあなたと争う意思はない。可能と言うなら、この腕を治してくれないかしら?」
そう。
桃白白は死んだ。改めてそれを認識すると、憤りはやるせない気持ちとなってロビンの心を蝕んだ。
「……いいだろう。"嘘"は言っていないようだ。だが
ヤムチャの拘束は解かないでくれ。奴を野放しにすると危険なんでな」
ブチャラティはロビンを認め、分断した腕を再び繋ぎ合せる。
その最中、拘束されたままの
ヤムチャは心中穏やかではなかった。
(まずいぞ……どうにかこの腕を解かないと、俺の身体もあんな風にジッパーで分断されるっ)
悪い想像をしつつも、腕は絶妙なポイントにロックをかけ、力ずくでは外せないようになっている。
打つ手がない。このままブチャラティによって身体をバラバラにされるのを待つばかりなのか。
不安に押し潰されそうな
ヤムチャの心境を知る由もなく、ロビンの腕は完璧に接合された。
そして、二人の異能者が
ヤムチャに向き直る――
「――痛ッ!?」
「へ?」
突如、ロビンが苦痛の声を漏らした。
それと同時に、
ヤムチャを縛っていた腕が消える。
なにが起きたのかを把握するため、首を振る
ヤムチャ――そして見た。
真横には、血に濡れた脇差しを構える
桃白白がいた。
(
桃白白が、俺を助けた?)
理解不能な状況に、
ヤムチャは度々混乱する。
桃白白にとっては、ここにいる全員が敵のはず。その
桃白白がなぜ、自分を助けるのか。
「どうやら、君の宿敵は気絶していただけのようだ。それもどういうわけか、
ヤムチャには敵意を向けていない」
「……そのようね。でも好都合だわ。これで、私の目的が果たせる」
血の滴る右腕を庇いながら、ロビンは恍惚な笑みを浮かべる。
杏子の仇は、まだ生きていた。この事実が、ロビンを奮い立たせる。
「おい、亀仙流の小僧。大体の事情は気絶したフリをしながら聞いていた。
どうやらおまえも、あのブチャラティとかいう男に狙われているらしいな」
そう。
ヤムチャの拳により気絶していた
桃白白だったが、その意識は数分前には覚醒していた。
ちょうどブチャラティとロビンが一悶着起こしていた頃、
桃白白は身近に自分の命を狙う者がいることに気づき、途中から様子を窺っていたのだった。
「だ、だったらどうだって言うんだ。おまえだって、あのロビンとかいう女に狙われてるんだろうが」
「そうだ。わたしとおまえは、共に命を狙われている。そこでだ、ここはお互い休戦し、手を組まないか?」
「な、なんだって?」
「契約は、"あの二人を殺すまで"だ。悪い話ではあるまい。
世界一の殺し屋、
桃白白が協力してやろうと言うんだ。本来なら一億ほどの報酬を貰うところだが、
今は『殺し屋さん二十周年記念キャンペーン中』だから五千万、いや、この際無料にしてやってもいい」
あまりにも意外――そして急な、殺し屋
桃白白の共闘の申し出だった。
「か、金の問題じゃないだろ! なんで俺がおまえなんかと……!」
「ではこの状況をどう打破する? おまえ一人であのおかしな能力者二人を相手にできるのか?」
「ぐっ……」
グゥの音も出なかった。
確かに
ヤムチャは強くなった。それこそ
桃白白など問題じゃないくらいに。しかし。
ずば抜けた体術を駆使しても、スタンドや悪魔の実の能力を攻略する術は見つからない。
ヤムチャはまだ死ぬわけにはいかない。確実に生を勝ち取るには、強さ以外の要因が必要だった。
その要員が、"協力者"という形で目の前にぶら下がっている。
「わかった。だがこんなことはこれっきりだぜ。殺し屋なんかと手を組んだとあっちゃぁ、武天老師様に合わせる顔がないからな」
「ふん、よかろう」
結果的には
ヤムチャが了解し、
桃白白との共闘が成立した。
「どうやら俺たちの互いの敵は、手を結んだようだ」
「ますます好都合ね。ならあなたと私が手を組んで戦うというのも、別におかしなことではないわ。
……先ほどの共闘の申し出、受けるわブチャラティ」
「光栄だ、
ニコ・ロビン。なら手を組むに当たって一つ聞きたい。
あの
桃白白とかいう男の武器はなんだ? 君の仲間は、どんな風に殺されたんだ」
「わからないわ。ただ、私の仲間――杏子は、戦う術を持たない弱い少女だった。
杏子は、あの男に陰から"狙撃"されたのよ。成す術もなく」
「狙撃、か。ある意味、こういった殺し合いの場では相応しい手法とも言える。
相手は殺しのプロか? 見る限り銃を隠し持っているようには見えないが、その辺はどうなんだ?」
「それもわからないわ。ただ、杏子を殺した際に使った銃は奴の手元にはない。これは確実よ。
他に武器を隠し持っている可能性がないとも言えないけれど」
「そうか。それだけわかれば十分だ。どうやら相手の態勢も整ったようだし、会話はこの辺で終わりにしよう……来るぞ!」
ブチャラティ、そしてロビンの即席タッグが構える。
各々の標的――
ヤムチャと
桃白白のコンビは、既に動き出していた。
二人の武道家が、同時に迫ってくる。
そのスピードは常人の目に余るもので、特別武道に浸透しているわけではないブチャラティとロビンにとっては、一瞬の出来事だった。
しかし、二人は幾多の戦闘経験を積んできたそれなりの戦士。武術の心得はなくとも、その動きを見切ることくらいはできる。
だから慌てず、自分たちに可能な"最善の手"で迎え撃つ。
「足元がお留守よ」
フッと微笑みロビンが手を交差させた直後、走る
ヤムチャと
桃白白の足元に、足払いを狙った"腕"が生えた。
承太郎に"フットワークが悪い"とまで言われた
ヤムチャは、案の定その"腕"に足を取られ、転倒する。
対して
桃白白は、ロビンの能力を念頭に入れていたため、この奇襲にも怯むことなく対処した。
超人的な反射神経でロビンの"腕"を飛び越え、なおも直進する
桃白白。転倒した
ヤムチャには目もくれず、一目散にロビンを狙う。
予想通り。さすがは、自ら世界一の殺し屋を名乗る男。即席の仲間を助ける心など持ち合わせてはいないようである。
ロビンが睨んだとおりの外道――だからこそ、ブチャラティは安心して
ヤムチャを狙える。ロビンは
桃白白に対処できる。
「もらった!」
距離を詰め、脇差しの間合いまで迫った
桃白白が仕掛ける。
桃白白には、ロビンの"ハナハナの実の能力"が完全にバレている。
奇襲による拘束ならともかく、相手は一流の武道家。
敵の身体に直接"腕"を咲かせても、その強靭な反射神経で脇差しを振るわれるのがオチだ。
――ならば、相手の手の届かない場所に"ハナ"を咲かせればいい。
「ぐへっ!?」
ロビンが選んだ場所は、
桃白白の背中――それも、ちょうど背骨がある位置。
背中に生えた"腕"は、垂れ下がったお下げの髪を引っ張り、
桃白白を転倒させる。
衝撃で脇差しを手放し、仰向けになる
桃白白。ロビンはその一瞬を見逃さず、地から新たな"腕"を生やす。
即座に起き上がろうとした
桃白白の身体はロビンの"腕"によって拘束され、地面に貼り付けにされた。
世界一の殺し屋といえど、これでは身動きが取れない。
ロビンが
桃白白を貼り付けにする数秒前。
ブチャラティは
ヤムチャの眼前にまで迫っていた。
「ぐっ、この腕、全然離れねぇ!」
ヤムチャの足首を掴んで離さぬ"腕"。身動きの取れぬ
ヤムチャは、ブチャラティから逃げることができない。
(勝負は一瞬。奴の身体に"ジッパー"を取り付け、バラバラにする。それだけで、奴は無力化できる)
どんな実力者であろうと、五体をバラバラにされて動くことなど不可能。
"相手に手の内がバレていない"、もしくは、"相手が避けられない"状況であれば、
最強ともいえる『スタンド』――『スティッキィ・フィンガーズ』。
ヤムチャのような特殊な力を持たない、体術自慢の武道家が相手なら、この最強の法則は揺ぎ無く適応される。
「もらった! 『スティッキィ・フィンガーズ』!」
ブチャラティの傍らの『スティッキィ・フィンガーズ』が、
ヤムチャを襲う。
スタンドは発現したが、そこはまだ十分な距離ではない。拳が
ヤムチャに届くまでには、まだ間がある。
その間を狙い、
ヤムチャが勝負に出る。眼前まで迫ったブチャラティに向け、掌を翳す。
「かかったなっ! くらえェェ!」
翳した掌が発光。次の瞬間、そこから気を練りだして作ったエネルギー弾が放たれた。
避けるのは不可能。そう思われた距離だが、ブチャラティはこの攻撃にも怯むことなく、冷静に動く。
「か、かわした!?」
「おまえが殺したあの"鎧の男"。加えて
空条承太郎の火傷。あれは体術だけでどうにかなるものではない。
なんらかの"爆発物"、もしくはそのような"技"を持っているとにらんでいた」
いつの間にか、ブチャラティが
ヤムチャの後ろに回り込んでいた。
「そ、そんな……」
エネルギー弾は予測されていた――その事実に愕然とし、項垂れる
ヤムチャ。
もはや彼に抗う術はない。このままブチャラティによって"ジッパー"塗れにされるのを待つばかりだった。
ブチャラティはロビンの方を一瞥する。そこには、地面に拘束した
桃白白を見下ろすロビンの姿があった。
「どうやら、ロビンの方も片がついたようだ。では、こちらも決めさせてもらおう……」
「……おっとブチャラティ。そいつはまだ気が早いんじゃないか? なにか、"忘れてること"があるんじゃないか?」
「? この期に及んで時間稼ぎか? ならば無駄だ。既に勝敗は"決した"。
おまえには"バラバラ"になってもらい、カズマたちの前で謝罪でもしてもらおうか」
そう。あとは『スティッキィ・フィンガーズ』の一撃を放り込むだけで終わる。だからこその余裕。
だが、
「じゃあ訊くけどよ、俺が放った攻撃は……いったいどこにいったと思う?」
言われて初めて気がついた。
先ほど
ヤムチャが放った閃光――球状のエネルギー体が、"消えている"。
どこかに当たって爆発した形跡はない。かといって自然消滅したとも思いがたい。
消失した攻撃の行方を考えるブチャラティ。その一秒にも満たない僅かな間。
それは、"地中から"姿を現した。
「ぐはっっ!!?」
地中から突然飛び出した、エネルギーの塊。
ギリギリで避けたが、腹部を僅かに掠めたブチャラティは、衝撃と痛みで地を転がる。
地中から顔を出しブチャラティを襲ったエネルギー弾は、なおも健在。
「よっしゃぁぁぁ!! いけ、繰気弾!」
ヤムチャが指をクンッと動かすと、エネルギー弾は方向転換、ブチャラティ目掛けてスピードを上げた。
(くっ……迂闊だった! まさかあの攻撃が、"操作可能"だったとは!)
予想外の攻撃に戸惑い、避けきることができなかったブチャラティ。
だが己の失態を悔やんでいる暇はなく、繰気弾は執拗にブチャラティを追う。
(いつもより繰気弾が動かしやすい! これも超神水の効果か!?)
軽快に動き回る操気弾を見て、完全なる戦況の逆転を確信する
ヤムチャ。
逃げ回るブチャラティに、打開の術はない。
洗練された武道家でもないブチャラティは、この超スピードで動き回る攻撃を避けるのが精一杯だった。
「滑稽ね、"世界一の殺し屋さん"。どうかしら? 狩られる側というのは」
「ぐぬぬぬ……」
四肢を"腕"で縛られ、地に貼り付け状態の
桃白白。身動きが取れないのをいいことに、ロビンは拷問を始める。
「まずは……右腕」
脇差しを拾い構えたロビンが、
桃白白の右腕に剣先を突き立てる。
「ぐっ!!」
グサッという生々しい音が鳴り、血が滲む。グリュグリュと剣先を微妙に動かし、
桃白白に苦痛を与える。
「どうしたの? もっと無様に泣き叫んでもいいのよ」
(こ、この女……)
桃白白の目に映った、ロビンの瞳。それは、確かなる"殺人者の瞳"だった。
麦わらの海賊団の一員となり、暗い過去との決別を図った
ニコ・ロビン。
殺し合いの世界に連れて来られ、一時は不安定になりながらも、スヴェンや杏子のおかげで己を取り戻しつつあった
ニコ・ロビン。
だが――もう駄目だ。
杏子の死と、彼女を殺した
桃白白が、ロビンを暗闇に染まる"復讐鬼"に変えてしまった。
――この男にもっと苦痛を。
――この男に最も醜い最期を。
――この男に残酷な"死"を。
今は、そんなことしか考えられなくなってしまっている。
だからだろうか。
自分と
桃白白のすぐ隣――共闘してくれていた仲間が、一転して窮地に立たされていることに気がつかなかったのは。
そんなブチャラティの叫びも、今のロビンを動かすのには遅かった。
桃白白の危機を知ってか知らずか、その標的をロビンに変えた繰気弾。
凶悪なエネルギー体が、今ロビンの眼前に――
時系列順に読む
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最終更新:2024年06月29日 16:46