0360:今、山梨を発ちます。





 富士山。
 日本が誇る美しき大山脈である。
 その歴史は古く、道を辿れば富士山誕生は30~40万年前まで遡ると言われている。
 噴火の恐れがある活火山ではあったが、その外観の美しさのせいだろうか。今でも登山客の数は衰えない。
 資料によれば、富士山の噴火回数は17回前後。その度に山野を焼き払い、周囲の生ある者に恐怖を与えた。
 近年、富士山に噴火の兆候は見られていない。が、下手に知識を蓄えているとやはり想像してしまうものである。

 ここが本物の日本ではなく、本物の富士山ではないとしても。
 ひょっとしたら、噴火の恐れがあるのではないだろうか。

 登頂の真っ最中にそんなことを考えてしまうのは、心が弱くなっているからか。
 それとも、度重なる精神的試練で注意力が向上したからだろうか。

(ま、噴火したらその時はその時さ)

 主催者もそこまで意地悪くはないだろう。たぶん。
 と思いつつ、仙道は日本一の山を駆け登る。
 ジャージ姿での登山者というのも珍しいが、荷物がデイパック一つと、西遊記で知られる如意棒一本というのもおかしな話だ。
 もしこの場に他の登山者がいたとしたら、間違いなく変な目で見られるに違いない。
 しかし心配する必要はない。殺し合いのゲームの最中に、誰が好き好んで山登りなどしようか。
 仙道自身も不本意な気分ではあった。だが、この山道を上った先に『脱出』への糸口があるのだとしたら。
 そう考えれば、別段苦ではない。観光を兼ねたトレーニングだと思えば、お釣りがくる。

 仙道が富士山を登る理由は、ひとえに太公望が推理した監視の有無を確かめるためである。
 主催者が参加者達の行動を把握する上で行われている可能性が高いとされる監視。
 それを確かめる術として、太公望は雪原の広がる富士山頭頂部に目を付けた。

「上の方は結構肌寒いんだな。ジャージ一枚じゃあ厳しいか」

 監視方法の一つの可能性として、『姿の見えぬ者による尾行』が考えられる。
 人気がなく、大地を雪で覆った富士山頂なら、自分以外の足跡にもすぐ気づくことができる。
 もし傍で見張っている者がいるとすれば、周囲の雪原に足跡が残るはずである。

(俺以外の足跡は……なし。この監視方法はないと考えていいのかな――太公望さん)

 しかし周囲で見張っている輩がいるかどうか確認するだけなら、わざわざここまで来る必要はない。
 富士山を登頂した真の狙いは、その天まで届かんとする標高にある。

(上を見渡しても……雲が見えるだけ)

 太公望が考える監視方法その2。遥か頭上からの監視。
 おそらく日本で一番高いところに位置する富士山頂なら、空に設置された監視機具を見つけられるかもしれない。
 もちろん肉眼ではそれも不可能かもしれないが、何かヒントになるようなものでも掴めれば幸い。
 太公望のその発案を信じてここまで歩き続けてきた仙道だったが、収穫はないに等しかった。

(うん。やっぱ雲しかないな……俺の目じゃあ何も見えないけど、デスマスクさんなら何か違ったものが見えたのかな……)

 遠隔視という能力を持っていた仲間のことを思い出す。彼がいれば、仙道には見えないものが見えたかもしれない。

(いや、いやいやいや)

 その顔を思い出そうとして、必死に頭を振り払う。
 今は悲しんでいる暇はないのだ。収穫がないと分かった以上、ここで無駄な時間を浪費している訳にはいかない。
 地上には、仙道の帰りを待つ仲間がいる。太公望デスマスクが守ってくれた、大切な仲間が――



 仙道が自慢の健脚で身体を走らせ、下山した頃には朝日が昇り始めていた。
 富士山登頂から下山にかけた時間はわずか四時間程。
 いくら仙道の運動能力が高いとはいえ、装備なしの経験なしでは、このタイムは弾き出せないだろう。
 これもやはり、ここが『縮小された日本』だからだろうか。富士山の標高も、随分と低くなっていたんじゃないかと思える。

「香さん、ただ今戻りました」

 ふもとの山小屋を訪れ、待機していた槇村香と合流する。
 本当なら別行動はしないほうがいいのだが、ここは禁止エリアである静岡県の間際。寄り付く人間もそうはいないはずである。
 他よりも多少安全なこの場所を拠点とし、仙道は登山、香は休息と定めて進路を取ったのだったが、

「香さん……?」

 狭い山小屋の一室。その隅っこに置かれたベッドに、横たわる女性が一人。
 顔を枕に埋め、ぐったりと四肢を垂らしたその風貌は、仙道の不安を煽るのに十分な姿だった。

「香さん――ッ!?」

 仙道は慌ててベッドに駆け寄り、無理やり香の身体を起こす。
 覗いたその顔は、目を閉じ、口からは汁を垂らし、さらには、

「……すー……すー……」
「…………寝てる?」

 とても幸せそうな表情をしていた。

 安堵のため息と共に、仙道も崩れ落ちる。

 それから数分後、香の表情は豹変していた。
 幸せそうだった寝顔は次第に苦悶の色をおび、夥しい量の寝汗をかく。
 ついには唸り声を上げるようになり、さすがに心配になった仙道は香を揺すって起こそうとするのだが、反応は薄い。

「――――ハッ!」

 何度か語りかけるうちに、香はやっと目を覚ました。
 荒い呼吸と高鳴る鼓動を落ち着かせようと深呼吸をしながら、傍らに仙道がいることに気づく。

「せ、仙道君。お、おかえり」
「だ、大丈夫ですか香さん? 随分と魘されていたみたいですけど……」

 心配そうに尋ねる仙道の顔を見て、やっと我に返る。
 額を拭うと、ぬめっとした感触とともに手が濡れた。気持ち悪い。
 顔を洗いたい気分だったが、水は貴重品であると心に言い聞かせ、その場は我慢する。
 呼吸が落ち着いた頃には、いつもの毅然とした表情に戻っていた。
 鏡がないので確認することは出来ないが、仙道が安心した顔をしているので大丈夫だろう。

「あははは、なんか恥ずかしいところ見せちゃったね」
「とんでもない。それより本当に大丈夫ですか? 何か嫌な夢でも見たんなら、さっさと忘れちまったほうがいいですよ」

 仙道のその言葉を聞いて、香はクスッと微笑を浮かべた。
 やはり仙道の傍にいると安心する。どんな不安も消し飛んでしまうような気がした。

「うん……夢、ね。夢を……見たのよ。すごく、嫌な夢」

 数秒間を置いて、香は語り出す。
 己が見た、悪夢の内容を。

「すごく単純で、変な夢。真っ白い世界に、私とリョウと海坊主さんと冴子さんがいてさ。みんな元気な姿で笑ってるんだ」

 リョウ――海坊主――冴子。
 いずれも香がこのゲーム内で失った仲間だった。

「でもね、次第にリョウの身体が私から離れていって……遠ざかって……消えてしまったの」

 リョウ――香の仲間の中で、もっとも早く死んでしまった人。

「それから海坊主さん、冴子さんも同じように――あとに残されたのは、私だけになって」

 嫌な意味でリアルな夢だった。
 仲間は消え、自分だけ残る。まるでこのゲームの惨状を物語っているかのようではないか。

「目覚めても……夢と一緒なんだよね。リョウも海坊主さんも、冴子さんもいない。残ったのは私だけ――」
「俺がいますよ」

 今にも涙を浮かべそうな香の横顔に、仙道は短く呟いた。

「香さんの傍には、いつだって俺がいます。一人じゃありません」

 笑いかける。
 その笑顔が、誰かに似ていて。

「……仙道君ってさ、時々生意気なこと言うよね」
「恐縮です」

「……褒めてないってば」
 自然と笑みがこぼれる。いつの間にか、普段の槇村香の顔に戻っていた。
 仙道自身も頬を赤らめて恥ずかしそうにしているものだから、よけいにおかしかった。

 日が完全に昇り、朝が顔を出す。
「そろそろおはようございますの時間ですね、香さん」
「一日中顔を合わせてたのに、今さらおはようはないんじゃない?」
「だからこそ余計にですよ。挨拶はスポーツマンの基本です」

 山小屋を出発して、再び歩き出した仙道と香は、進路を西に取っていた。
 追手内洋一との別離から既に約一日。このまま山梨付近を捜索していても、彼と再会できる可能性は低い。
 ならば新たな地に捜索の足を伸ばし、情報を仕入れるべきと決断したのだった。
 加えて、二人には太公望から受け継いだ情報を伝達するという使命も残っていた。
 第四放送時点での太公望を知る生存者――星矢、秋本麗子、竜吉公主、ダイ。この四人との接触を最優先。
 注意すべき人物は、蘇妲己藍染惣右介。いずれもマーダー、またはステルスマーダーとして潜伏している可能性がある。
 特に藍染は関西方面にいる確率が高く、注意が必要だった。
 とりあえずの目的地は星矢、麗子のいる可能性がある琵琶湖。そして公主、ダイのいる可能性がある四国。どちらも西。
 行き先を定めた仙道と香は、進む。希望を掴むために。

 ――香さんのこと、守ってやれよ仙道

「――え?」
「どうしたの、仙道君?」
「いえ、なんでもありません(空耳かな? 一瞬三井さんの声が聞こえたような……?)」

 そうして、仙道彰槇村香は去る。
 三井寿、そして太公望デスマスク
 数多の仲間達が死んでいった激戦の地、山梨を背後に。
 二人はもう二度と、振り返らない。





【山梨県/早朝】
【仙道彰@SLAM DUNK】
 [状態]:疲労大、負傷多数(致命傷ではない)、軽度の火傷、太公望から様々な情報を得ている
 [装備]:如意棒@DRAGON BALL 
 [道具]:支給品一式(食料一日分消費)
     遊戯王カード @遊戯王
     「真紅眼の黒竜」「光の護封剣」「闇の護風壁」「ホーリーエルフの祝福」…二日目の真夜中まで使用不可能
     「六芒星の呪縛」…二日目の午前まで使用不可能
     五光石@封神演義、トランシーバー×3(故障のため使用不可)、兵糧丸(3粒)@NARUTO
 [思考]:1、琵琶湖、四国と巡り、太公望の仲間と接触。太公望からの情報を伝える。
     2、追手内洋一を探す。
     3、首輪を解除できる人を探す。
     4、ゲームから脱出。

【槇村香@CITY HUNTER】
[状態]:右足捻挫(少し走れるほどには回復)、太公望から様々な情報を得ている
[装備]:ウソップパウンド@ONE PIECE
[道具]:荷物一式(食料三人分)、アイアンボールボーガン(大)@ジョジョの奇妙な冒険 (弾切れ)
[思考]:1、琵琶湖、四国と巡り、太公望の仲間と接触。太公望からの情報を伝える。
    2、追手内洋一を探す。
    3、首輪を解除できる人を探す。
    4、ゲームから脱出。

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346:墓前の誓い 仙道彰 376:仙道の決意
346:墓前の誓い 槇村香 376:仙道の決意

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最終更新:2024年06月28日 23:56