0231:壬生狼の信念





 目の前には大蛇丸
 それと対峙する斎藤。
 決断を迫られ、沖田は動けずにいた。

「何をしている。俺を置いて、さっさと行け!」
 背を向けたまま、斎藤が怒鳴り声を上げる。

 斎藤を置いて逃げる。
 この状況ではそれが正解。
 そんなことは沖田もとっくに理解していた。
「けど……! 旦那ッ!」
「―――沖田」
 沖田の声を遮るような斎藤の声。

「お前も“シンセングミ”ならば、判断を誤るな」
 斎藤の言葉で沖田の腹は決まった。

「クッ……すまねェ。旦那……ッ!!」
 そう謝罪の言葉を残し、沖田は走り出した。
 斎藤は走り去る沖田を振り返ることもなく、大蛇丸の沖田への追撃を予想しその身を構えた。
 しかし、大蛇丸はそれを追う気配すら見せない。
 結局、沖田の気配が完全に消えるまで、大蛇丸はピクリとも動く事は無かった。

「どういうつもりだ。あっさりと逃がすとは」

「だって、あの子に興味ないもの」

 大蛇丸の目には、沖田は多少腕の立つ一介の剣士としてしか映らない。
 大して興味をそそられるような特殊能力があるわけでもなく。
 かといって絶対的な力があるわけでもない。
 故に興味が無い。

「それに、あの子じゃたとえ生き延びたって、私を殺せないじゃない?」
 そう言って。陰湿に蛇は笑う。
 興味も無く、危険も無い。
 ならば放置して何の問題があろうか。

「ふん。壬生の狼をあまり嘗めないほうがいい。アイツも―――」

 斎藤は杖代わりにしていた剣を構える。

「―――この俺もな」

 構える狼は蛇を睨む。
 射刺す殺気は抜き身の剣の様。

「ふん―――風遁・大突破」
 殺気を一笑し、放たれるは風の忍術。
 吹き荒れる暴風。
 斎藤は身を低くこれを堪えるも。
 不自由な足では踏ん張りは利かない。
 成す術も無く吹き飛んだ斎藤の体が、ビルの壁に衝突する。

「……ガハッ」
 ゴポリと、赤い液体が斎藤の口より吐き出される。
 衝突した斎藤の体は、そのままズルズルと地面に落ちる。

「何を粋がってるのかしら? ボロボロじゃない。貴方」
 見下す蛇は青白く笑う。

 それを気にせず、斎藤は転がった剣を右手に取り、それを支えに体を起こそうと試みる。
 剣を持つ両腕に力を込めると、左腕が悲鳴を上げた。
 踏みしめた右足の激痛を、歯を食い縛り押し殺す。
 口の端から血が零れるも、それも気にしない。
 そして、全てを堪えながら斎藤は両足で地面に立つ。
 そこに聞こえるパチパチ、という拍手の音。

「よく立ったわね―――で。その先に何があるのかしら?」

 斎藤は蛇の問いに言葉で答えず、態度で示す。
 折れた左腕を突き出し照準を定め、右腕で敵を射殺す剣を構える。
 腰を下げ重心を前に固定。
 それは牙をむき出した狼の構え。

「またそれ? バカの一つ覚えね」

 真剣勝負に二度目はそうない。
 戦場で敵に出会えば、決着はどちらかの死以外にありえない。
 ならば、戦場において多彩な千の技など必要ない。
 究極の一があれば事足りる。

 その信念の下、突きを極めし究極の一。
 もとより斎藤にはこれしかないし、これ以外の小技に頼る気など毛頭無い。

 唯の突きを奥義にまで昇華させた斎藤一、究極の一。
 ―――牙突。

「でも、撃てるの?その体で」
「当然だ。この程度の傷、貴様とは潜った修羅場の数が違う」

 言って、踏み込みの為、僅かに重心を後ろに。
 そしてギャアギャアと悲鳴を上げる右足で地面を蹴り、牙突を放つ。
 その突きの軌道は間違いなく一流のソレである。
 しかし、先に放たれた牙突に比べれば、その勢いは確実に弱い。
 それも当然。折れた足の踏み込み、放てるだけでも奇跡のようなものだ。
 大蛇丸は横に軸を移動し、あっさりとその突きを回避する。
 突きを回避された斎藤は、瞬時に突きから横薙ぎに切り替え追撃を狙う。
 鬼才、土方歳三の開発した基本戦術。
 単純にして有効。隙の無い二連撃。
 しかし、その追撃も虚しく空を切り、大蛇丸には掠りもしない。

「ばぁあ」

 舌を伸ばした蛇が身をくねらせ、一瞬で斎藤に肉薄する。
 互いの息遣いがわかる距離まで間合いが詰まる。
 突きの間合い、否、もはや剣の間合いではない。
 こうなっては、剣客である斎藤に成す術はない。
 そう確信した大蛇丸が術を放とうとした、瞬間。

 ――斎藤の上体が跳ねた。

 一瞬、上体が掻き消える。同時に閃光。
 稲妻のような一撃が迷いもなく、蛇に向かって放たれた。

 ――牙突零式。

 下半身の動きを必要とせず。上半身のみをバネのようにしならせ一撃を放つ。
 密着状態から発射可能な零距離の牙突。
 故に零式。
 対抜刀斎用に開発した、斎藤一の奥の手にして切り札である。

 確実にないと思われた剣戟が、虚を突いて放たれる。
 まして放つは元・新撰組三番隊組長、斎藤一
 いかに三忍大蛇丸とて、この一撃を回避する術は無し。
 心臓目掛け放たれた一撃が大蛇丸へと突き刺さる。

 肉が貫かれ、鮮血が空を彩る。

「……残念。心臓はもう少しこっち」
 右手で自らの心臓をトントンと指差し、肩口より左腕の吹き飛んだ蛇が笑う。
 そして一瞬のうち、大蛇丸の首が斎藤に向かい伸びる。
 キスでもするかのように近づいた、大蛇丸の白い口から、黒い霧が吐き出された。
(―――毒かッ!)
 気付き、斎藤は咄嗟に息を止めるが。止めきれない黒い靄が僅かに肺に流れ込む。

「ゲホッ……ゲホッ……!!」
 激しく咳き込む斎藤は、たららを踏みその場に倒れこむ。

「さようなら狼。なかなか面白かったわ」
 そこに振り下ろされる止めの一撃。
 避けようもないその一撃を前に、毒を吐き出し息を整えた斎藤は、大きく溜息をつき。
「…………阿呆が」
「……!!」
 後方の殺気に気付き、咄嗟に大蛇丸が振り向くも、遅い。
 放たれる槍撃。
 避けきれず二の腕に槍が突き刺さり、右腕が宙を舞った。
「チィ……ッ!」
 両腕を失くした蛇は逃げるように距離をとる。

「やっぱり、旦那一人置いて逃げるなんて出来やせんぜ」
 そう言い、倒れこむ斎藤に手を差し伸べるのは、もう一匹の狼、沖田総悟

 その手を見つめ斎藤は思う。

 ―――結局、戻ってきたか。
 半日程度の短い付き合いながら、沖田がどういう人間なのかは理解していた。
 冷酷な最善よりも、義に溢れる愚を選ぶ。
 コイツはやはりそういう人間だった。
 死を覚悟して戻ってきた者に言うことは無い。
 これ以上の言葉は、侮辱以外の何物にもならないだろう。

「ふん……好きにしろ」
 それだけを言い、斎藤はその手を取り、身を起こす。

「さて、追い詰めたぜェ大蛇丸。観念しやがれィ」
 斎藤を立たせ終え、沖田は両腕を失くした蛇に槍を向ける。

「確かに。これじゃ印も結べないわね」
 言葉とは裏腹に蛇は余裕の笑み。

 大蛇丸の口が異常なまでに開かれる。
 その内から這い出したる腕が二本。
 古い体を脱ぎ捨てるかのように、大蛇丸が生まれ変わる。
 その様は脱皮する蛇が如く。

「……ゲッ、産まれた。コイツぁ本物の化物だ。
 旦那、やっぱり逃げちゃダメですかィ?」
「ド阿呆、剣を構えたい。手を貸せ」

 毒の影響か斎藤の右腕に握力は殆どない。
 これでは牙突を放つどころか、剣を握ることも叶わない。
 沖田は自分の衣服を破り、それを右腕に巻きつけ無理やり剣を固定させようと試みる。
 斎藤の右腕に衣服を巻きつけながら、沖田はチラリと蛇の様子を窺う。
 すると、爬虫類の目と視線が交わった。

「いいわよ。待っててあげる。早くしなさい」
 蛇は余裕の笑み。
 見世物を見物でもするかの如く、その姿を見送る。

「…………旦那」
「……かまわん続けろ」

 右腕を沖田に任せ、斎藤は大蛇丸を睨む。

 先ほどから、この蛇は完全にこちらを嘗めきっている。
 突くべき隙はそこにある。
 壬生の狼を嘗めた罪は高くつく。
 そのことをその身をもって教えてやろう。

「……よし」
 固定された右腕を見つめ斎藤が呟く。

「終わったの? じゃあ―――来なさい」
 その様子を見ていた大蛇丸が両手を僅かに広げ、受ける意思を示す。

 二匹の壬生狼は左右に並び、構えを取る。
 斎藤は変わらず牙突の構え。
 沖田も槍を掲げ突きの構え。
 並ぶ二匹の狼が蛇を射殺すべく牙を剥いた。

「俺が旦那の盾になりまさァ。だから旦那はただ思い切り全力で突いて下さい」
「下らんことは考えるな。オマエも攻撃のみを考えろ」
 交わす言葉はそれだけ。
 それに続く言葉はなく、無言のまま睨みあう蛇と壬生狼の殺気がぶつかり合い空気が歪む。
 風が止んだ。

 それも一瞬。横合いから突風が吹き付ける。

 それを合図に、二匹の狼が同時に地を蹴った。
 応える蛇は高速で印を結ぶ。
 蛇の胸元が風船のように膨らむ。
 その膨らみは喉を伝い頬へ、口へと辿り解放を得る。

「―――火遁・龍火の術」

 炎吐き出す蛇の姿は火龍が如く。
 吐き出される炎は半端な量ではない。
 視界を完全に覆い隠す赤い壁、逃げ場など見つけようもない。
 その火力は先を打って放たれた、鳳仙火の術の比ではない。
 その火力の前には、火に入る虫は焼き尽くされ、人の命は燃え尽きる。
 まさに地獄の業火。

 ―――しかし、壬生の狼の魂を燃やすには、温過ぎる。

 炎の内より陽炎が揺れる。
 その陽炎も炎も食い破り、一匹の壬生狼がその内より飛び出した。

 業火より現れたる狼の名は真選組一番隊隊長、沖田総悟
 大蛇の喉笛を食い千切らんと、炎を切り裂き槍を走らす。

「―――悪」

 炎を切り裂くは信念の槍。
 巨悪を討つも信念の槍。
 槍に乗せるは同じ壬生狼より受け継ぎし信念。

「―――即」

 貫く信念は一つ。
 その迷いも曇りもない信念は、真っ直ぐに走る槍の軌跡に似ていた。


「――――――斬」



 ―――真っ直ぐに突き出された槍が、大蛇丸の左胸に突き刺さった。




 突き刺した槍もそのままに、沖田はすぐさま斎藤の元に駆けつけた。
 その場で倒れこむ斎藤の傷は酷い。
 全身が火傷で爛れ、もはやその命が長くないことは誰の目にも明白であった。

「旦那……どうして……」
 あの時。迫り来る業火の中。
 毒を吸い、足の折れていたはずの斎藤の体が、沖田よりも早く前に出た。
 それは、まるで自分を庇うかのように。
「そりゃないですぜ旦那……ありゃ俺の役目だ……」

「……俺には、既にヤツを討つだけの力が残っていなかった。それだけのことだ」
 そう言って斎藤は、いつも胸元に入れているタバコを探そうとするが。
 それは主催者に没収されていたことに気付いて、手を動かすのを止めた。

「…………冷えてきたな」
 自分の中の体温がなくなっていくのがわかる。
 斎藤は知っている。
 これは幕末に幾度か感じた、死の気配だ。

「なに言ってんですか旦那。まだ日中ですぜィ」
 その言葉の意味がわかっているのかいないのか。
 沖田はいつも通りの調子で返す。

「ふん…………阿呆……が」
 だから、自分もいつも通り返した。

 さて、これから行く先に局長や総司はいるだろうか?
 それならば、そこに行くのも悪くはないだろう。

 そう思い、斎藤は目を瞑った。
 そして、その目蓋は二度と開かれることはなかった。

 突風が吹いた。
 沖田にはそれが斎藤を仲間の下へ運ぶ物に思えた。

 物言わぬ斎藤を見つめていた沖田は、静かに斎藤の右腕から魔槍の剣を抜きとった。
「じゃあ、斎藤の旦那。俺はそろそろ行きまさァ」
 別れの言葉。
 それを残し、沖田は立ち上がりその場を去ろうとした、が。






「―――今のは本当に危なかったわ」

 暗く陰湿な声が、絶望と共に沖田の耳に届いた。





 大蛇丸の体に突き刺さった槍が揺れる。
 そして、胸に刺さった槍が勢いよく弾き出され宙に待った。
 カラン、と渇いた音を立て槍が地面に落ちる。
 ゆっくりと、緩慢な動きで蛇が上半身を起こす。

「惜しかったわね。あと一歩踏み込んでたら、心臓に届いてたわよ」
 クククと喉を鳴らしながら、蛇が穴の開いた胸を指差す。
 使い慣れぬ槍故か。それとも業火を潜った火傷の影響か。
 なんにせよ、沖田の槍はその心臓に届かなかったのだ。

「あら。そっちの男は死んだの? バカね、満足そうな顔しちゃって。
 私を倒したなんて勘違いしちゃって、偽りの達成感に浸って死ぬなんて―――」

 見下すような笑みを浮かべ語る蛇を前に。
 沖田は奥歯が砕けるほど歯を噛み締める。

「―――滑稽ね」

 その一言に沖田の理性が切れた。

「テェェメェェェエエエエエ!!」
 叫びを上げ、剣を片手に沖田は駆ける。
 怒りのまま突き出された剣が大蛇丸に突き刺さる。

「―――残念」
 煙のように掻き消える蛇の像。
 同時に背後に纏わり付くような声と殺気。
 咄嗟に沖田が振り向くより一手早く、伸びる蛇の舌が沖田の心臓を貫いた。

「ち……く……しょう………」
 倒れる沖田の目に涙が浮かぶ。
 自分が殺されることよりも、侮辱された仲間の仇を討てなかった事が悲しかった。

 倒れる沖田を見つめ、血塗れた舌を舐めずり蛇は笑う。
「言ったでしょ。貴方じゃ私を殺せないって」
 言って、勝利に酔い、蛇は自らのために笑う。
 蛇の高笑いが辺りに響いた。

 滑稽な狼を笑い尽くした大蛇丸は、現状を確認する。

「少しチャクラを使いすぎたわね……」

 高等忍術の多用に脱皮まで使用した。
 それでも本来ならばまだ余力はある筈なのだが……
 どうも、この舞台ではチャクラの消費量が大きいようだ。
 残されたチャクラは底を突きかけている。
 ―――やはり協力者が必要。
 消耗したこの状況で強者と出会えばひとたまりもない。
 チャクラを消費しやすいこの空間では、互いに利用し合う相手が必要だ。
 そして真っ先に浮かぶ相手は、やはりあの男―――

 ―――藍染惣右介

 探してみるのもいいだろう。
「その前に、少しどこかで休もうかしら」

 そう呟きながら荷物を奪い、蛇はその場から立ち去った。
 残されるは朽ち果てた二匹の狼。
 蛇に飲まれし信念はここで朽ち果てる。

 三度、突風が吹いた。
 風を切る音は、遠く響く狼の遠吠えに似ていた。





【大阪府市街地/1日目・午後】
【大蛇丸@NARUTO】
 [状態]:左胸に穴、チャクラ消耗大
 [装備]:なし
 [道具]:荷物一式三個(一食分消費)、岩鉄斬剣@幽遊白書、魔槍の剣@ダイの大冒険、魔槍@ダイの大冒険
 [思考]:1.チャクラを回復させる。
     2.まず大阪、その後東へ移動しながら他の参加者(できれば弱い相手)からアイテムや情報を入手。
     3.多くの人間のデータを集め、場合によっては誰かと共闘する(藍染惣右介を優先)。
     4.生き残り、自分以外の最後まで残ったものを新しい依り代とする。候補としてダイを考えている。

※鎧の魔槍の鎧部分は沖田が装備したまま放置されています。


【斎藤一@るろうに剣心 死亡確認】
【沖田総悟@銀魂 死亡確認】
【残り89人】

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0226:狼の覚悟 大蛇丸 0239:その鏡真実を映さず
0226:狼の覚悟 斎藤一 死亡
0226:狼の覚悟 沖田総悟 死亡

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最終更新:2024年04月04日 22:26