0248:日輪の如く、巨星の如く





乾風の吹く街道を進む影がある。
彼の拳は山を砕き、彼の拳は海を割く。
男の闘気を前にして、天高く昇る日輪の温もりさえも陽炎へと薄められた。
男の名は世紀末覇者、ラオウ。既に三名の名立たる猛者を屠りながら、其れでも尚、心満たされずに居る。
闘争、闘争、闘争。ラオウの求めた真の最強を定めるための、真の闘争の日々が現実に此処に在る。
休む事もなく、連戦、連戦、連戦。未知の異能に直面しようと、全てにラオウは勝利してきた。
――然し、其の代償は、けして小さいものではない。
焼け爛れた皮膚、失った指、折れた肋骨、全身に走る激痛。

「……これしきの傷で音を上げる拳王ではない」

自嘲気味に呟きながら、一方では休息の必要性も感じていた。
拳と拳を突き合わせた結果敗北するならば、悔いも残らぬ。が、拳を交えずに敗北するのだけは我慢ならぬ。
無論、ラオウは常に勝者。然し、敗者に回ろうとて無様な姿は晒してはならぬ。
常に万全を期し、最高の状態で猛者と相対する。其れこそが拳王としての誇りであり、礼儀であるのだ。

ドサリ。スゥ、と息を吸うと徐に街道の中央に胡坐をかく。
瞳を閉じるラオウの意識は、徐々に眠りへと誘われた。

深い、深い眠り。拳王である彼でさえも予測だにせぬ程に、深く堕ちる眠り。
度重なる疲労がそうさせたのだろうか。ラオウは何か、夢を見ていた。
微笑むは美しき女性――――ユリア。拳に生涯を捧げたラオウに、唯一、愛を教えてしまった女性。



――…ェ
――…ねえ!

小鳥の囀るが如く騒ぐ声に、再び瞼を開く。
夢から醒めてもラオウを取り巻く世界は変わることはなく、日の光も吹く風も、心を満たす事は有り得なかった。
変わったものがあるとすれば、傍らに佇む一人の少女。ティア・ノート・ヨーコ

「あ、目を醒ました!
 良かったあ、凄い怪我だったから、死んでるのかと思っちゃったあ……」

安堵に胸を撫で下ろし、ラオウの腕に纏わりつかんとする――其れを、問答無用に振り払えば、

「拳王の身体に容易く触れるのは許さん。失せろ」

カッと睨み付け一喝する。拳王の威圧に、少女は怯んだような表情を覗かせた。けれど、其れも一瞬。

「何言ってるの!強がるのもいい加減にしなきゃ!
 ボク達が見つけたときは本当もう、ボロボロだったんだから!
 運良くボク達が通り掛ったから良かったものの、あのままだったら確実に死んでたよ!」

筋肉を積み上げて作られた岩石のような巨漢を前に、一向に臆すことなく、少女は捲くし立てる。
散弾銃の如く囀る小煩い声に、ラオウも静かに眉を顰めた。

「黙――」
「いい!?
 暫くは此処で大人しく待ってて。今、マミークン――安全な場所を探しに行ってくれてるんだけど、
 ボクの仲間を呼んでくるから! 動いちゃダメだよ! 約束だからね!」

言いたいことだけを告げて、少女は駆け出してしまった。
既に遠ざかる背を眺め、残された拳王は重苦しい息を吐く。追う必要は無い。女を殺す拳を、ラオウは持たぬ。



高く遠く流れる雲。拳を極めし覇者は、深く呼吸を整えながら、束の間の思案に耽る。
最初に出会った少年(真中)もそうであるが、少女からは殺意が全くと言っていいほど感じられなかった。
連戦に次ぐ連戦で疲弊しているとは言え、瞑想中のラオウに少女がいとも容易く接近出来たのはそのせいもある。
ラオウと五分に渡り合える猛者を集えているかと思えば、年端も行かぬ少年少女をも参加させている。
会の意図、主催者の意図には、計り知れぬ何かがある――無論、天を目指すラオウには、微々たる問題ではあるが。


「……入れ違いになっちまったか。生きてて良かったな、オッサン」


少女が立ち去ってから十分も経たぬ内に、再び掛かる声。少年の姿。少女がマミーと呼んでいた少年だろう。
幼くこそはあるが、奇妙な鎧の下に覗く鍛え上げられた筋肉は、彼もまた只者でない事を物語っていた。
ならば拳と拳。業と業。競い合い殺し合うのが天の定め。幸い、邪魔となるであろう少女は姿を消している――

然し。ラオウの口から漏れたのは、意外な言葉であった。

「傷の手当てをしたのは、ウヌらだな。余計なことを」

そう。如何なる秘術かは判らぬが、全身を覆っていた火傷の疼きは治まり、胸の痛みは失せていた。
切り裂かれた筈の胸の傷から溢れ続けていた鮮血も、表面上は、止まっている。この、たった数時間の間に。
マミーと呼ばれていた少年は、詰まらなそうに顔を顰めながら、遠くを見やる。目を逸らすように。

「俺は関係ねえよ。あの馬鹿女。ヨーコってんだけど……アイツが勝手にやったことだ。
 感謝するならアイツにすんだな。国民栄誉賞ばりの、お人好しによ」

満身創痍で座り込んでいたラオウを発見し、ヨーコが最初に呟いた言葉は「助けなきゃ」だった。
幾らマミーが「放っておこう」と諌めても、一度ヨーコが言い出した事を、止めることは不可能だった。
彼女が何者なのかは、マミーにも解らない。けれど、不思議な呪文に、不思議な光――微かながら癒えていく傷。
魔法というものが存在するのなら、彼女が唱えた呪文が、魔法なのだろう。

「ま、何をしてそうなったかは聞かねえでくれや。俺にも良くはわからん。
 ただ、アイツの言葉を借りると、『全然治らなかった』らしいけど。無理すると傷口が開くぞ。心得とけ」

黙としたまま傷の具合を確かめるラオウを横目で眺めながらも、マミーは緊張を解くことは無かった。
ラオウを目にした瞬間に、感じざるを得なかった畏怖。この男は暴力の象徴。破壊の具現。
雄弁ならぬラオウに一方的に語り掛けながら、一言一言が、死に繋がっているようで生きた心地はしなかった。
ラオウの前にした男は、二つしか取るべき道を許されぬ。即ち――平伏し従うか、闘って死ぬか。
唯、今は其のどちらも選択する必要は無い。今の二人は共に迷惑な女の元に擦れ違い、通り縋るだけの、雲のような旅客。

「で。目が醒めたんなら、アイツが戻ってくる前に行ってくれ。
 奴さん、アンタのこと仲間だか、友達だか――引き込むつもりらしいからな」
「……笑止」
「だろうな」

唇を歪め、立ち上がる。翻った黒のマントが拳王の巨大さを一層際立たせていた。
悠然と背を向け、或いは其れはマミーなど歯牙にも掛けぬと言った風に、威風堂々と佇む。
不覚にも立ち姿に見とれ、マミーは呆然さえとしていた。
唾を飲み、続く沈黙を破るように少年の口からは、自然と言葉が漏れる。

「……人を殺してきたんだな。これからも、そうなのか?」
尋常ならぬ生傷。数時間以内に刻まれた筈の傷。其の上で、この男は生還している。
脳裏に浮かぶ生々しい戦闘のイメージ。これだけの傷を受け、生き残って、誰も殺しておらぬ筈が、なかった。
対する拳王はフッと息を漏らすだけの、無言の肯定。再び、辺りに沈黙が降りた。
理解っていたことだ。拳王を名乗る彼は、誰とも交わらぬ。巨星こそは孤高。彼の光の前では、他の星は輝きを失う。
其れ以上、語るべきことも無かった。語るとなれば、拳と、拳。然し少女の戻るやも知れぬ今、聊か無粋過ぎた。

「フッ……
 此度こそはあの女と傷の恩に免じて、この拳王、大人しく立ち去るとしよう。

 だが忘れるな。天は常に一つ。
 我ら再び合間見えれば、互いに一つの星と星。雌雄を決するのは、次に天が巡るとき。
 精々、拙い腕を磨いておけ。女一人、守れる程度にはな」

言葉を残し、拳の王は街道を歩む。去り行く姿を、マミーは止める事は、出来ぬ。掛ける言葉さえも。
ラオウはこれからも人を殺すだろう。粉砕し続けるだろう。けれど止める力は、マミーには無かった。
天高く昇る日輪は何れ夜の闇に沈む。夜空に煌く巨星は永久に堕ちぬ。
前者がヨーコであるなら、後者はあの男だ。どちらも自分に無い強さを持ち、どちらも手の届かぬ領域に在る。

垣間見た巨星の幻。全ての光を飲み込む死の星。今は目に焼きついた幻を、振り払った。

――遠くで自分の名を呼ぶ声がする。マミークン、と。騒がしい少女が、また戻ってきた。
日はじきに沈む。けれど残された温もりで、人は夜の闇を凌ぐ。
暗闇に抱かれた星を思い浮かべてみる。鋭く輝く星は、けれど何処か、哀しく思えた。





【茨城県/午後】
【ラオウ@北斗の拳】
 [状態]:胸元を負傷(出血は止まったが、大きく傷跡が残る)、右腕にダメージ、右手ただれ・薬指小指喪失
 [装備]:無し
 [道具]:荷物一式、不明
 [思考]:1.新たな強者を求めていく
     2.いずれ江田島平八と決着をつける
     3.主催者を含む、すべての存在を打倒する(ケンシロウ優先)

【マミー@世紀末リーダー伝たけし!】
 [状態]健康
 [装備]フリーザ軍戦闘スーツ@DRAGON BALL
 [道具]荷物一式(食料・水、一食分消費)
 [思考]1:ヨーコを信頼
    2:たけし、ボンチューと合流

【ティア・ノート・ヨーコ@BASTARD!! -暗黒の破壊神- 】
 [状態]移動・回復魔法使用による疲労
 [道具]荷物一式(食料・水、一食分消費)
    大量の水が入った容器
 [思考]1:マミーを護ってあげたい
    2:るーしぇ(D・S)と合流

※ラオウに用いた回復魔法の効果を見て、
 魔法に制限が掛けられていることに気づきました。

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229:止まない風 ラオウ 272:掃除屋達の慕情【中篇】
193:夢、幻の如く マミー 281:砂の器
193:夢、幻の如く ティア・ノート・ヨーコ 281:砂の器

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最終更新:2024年03月28日 18:17