0348:業火ノナカデ哂ウモノ





中国地方を覆い潰すような暗闇に、規則正しく配置された街灯がわずかばかりの抵抗を示していた。
その街灯の光の下を進む人間が二人。
その内の一人が、まるで暗闇を突き破ろうとしているように一心不乱に前進している。
歯は固く食いしばられ、握りこんだ拳には血が滲む。
世紀末のリーダーは、怒っていたのだ。

たけしは、もう自分の怒りを抑えられないことを自覚していた。
何がリーダーだ。結局何も出来ていない自分に腹が立つ。
歩みは速く、目は既に涙に満たされていて前がよく見えない。
スーパーたけし化こそしていないものの、いつなってもおかしくない状態。
怒りと悲しみは生体のリズムを狂わせ、疲労を蓄積させる。
それでも歩く。
海岸沿いの砂利道を、小石を踏み砕きながら歩く。
もはや、自分が友の為に出来ることなど一つしかないのだから。
「キン肉マン、仇は取るさぁ」


暗闇の中を早足で歩くたけしに同伴しているのは全身包帯の男。
飛刀を腰にぶら下げた志々雄真実である。
たけしの様子を愉快そうに見ていた志々雄は、本日何度目かの独り言を呟いた。
いや、第三者から見れば独り言に見えるがそうではない。
ただ、話しかけているのが腰の刀だというだけのことだ。
「復讐者ってのはいいねぇ。全身で殺意を表しているところがいい。
尚且つ、それでいて自分の行動を全肯定しているところがいい。なぁ、お前もそう思うだろ?」

――・・・・・・・・・

飛刀は答えない。
ラーメンマンの手から志々雄の手に渡ってから、飛刀は一言も言葉を発していない。
無視されていても志々雄は特に気分を害することなく、むしろ楽しそうに独り言を続ける。
その殆どがくだらない雑談。
志々雄の言動はいちいち芝居じみていて劇的だ。
まるで舞台上の役者の如く、志々雄は話し続ける。
飛刀が遂に降参した。

――志々雄の旦那、俺の負けだ。ラーメンの旦那のことは・・・忘れる。

飛刀の言葉に、志々雄は口を引き攣らせる。
それは、『計算通り』という笑み。
志々雄が危惧していたのは、ラーメンマンを殺したことで飛刀が自分を恨むこと。
戦いの際に、相棒となる刀に反旗を翻されたのでは話にならない。
信頼関係を築いておくことに損はなし。
とはいえ、ブラフの可能性もある。
油断させておいて後ろからグサリ――ということも考えられるので、念の為に確認作業を行うことにした。
例え刀でも、嘘をつけば大体わかる。
「しかし手前も義理堅いな、あいつとはたった一日しか一緒にいなかったんだろ?」
探りの一投に飛刀が反論してくると思っていた志々雄だったが、飛刀は別の行動をとった。
沈黙。
それは意図して作り上げた沈黙ではなく、むしろ自分の今までの行動に自分で驚いているような沈黙。
『何故俺はこんなことを考えているのだろう』
そんなことを考えているような、逡巡と狼狽に塗れた沈黙だった。


(そういや俺は何でこんなにラーメンの旦那に拘っているんだ?)
よくよく思い返せば、持ち主の死など今までに何度もあった。
その度に飛刀は持ち主を替え、その持ち主が死ねばまた持ち主を替え、戦乱の世を移り渡って来たのである。
今回のことも今までと同じこと。
自分の記憶にある無数の『元』持ち主が一人増えただけだ。
予感はあった。
趙公明を見ても、恐れず立ち向かう勇敢さ。
見ず知らずの少女の死を悲しみ、墓まで作る優しさ。
仲間の死に怒り、自分の身体の限界まで走り続ける仲間を想う心。
『死に易い』のだ、そういう人間は。
特にこの世界では。
残念ながら、戦乱の世では悪のほうが強い。
民や兵を道具として扱わない国は、他の国に侵略されて御終いだ。
ただ、一人のお人好しが死んだだけ。
それなのにどうして自分は気にしているんだ?
少し考えて結論を出す。
それはとても簡単な結論。
それは、本来の持ち主である黄家の少年に対して抱いているのと同じ感情。

――俺は、ラーメンの旦那が気に入っていたんだな。

別れ際にラーメンの旦那が見せた表情。
『すまない』とでも言いたげな、あの表情。
それを見た時、飛刀は確信したのだ。
自分は本当にこのお人好しを気に入っていたのだと。

飛刀の発言を聞いても志々雄は特に言葉を発しなかった。
志々雄としては、自分を裏切らなければどうでもいいのだろう。
実際に飛刀に裏切る意志はなく、志々雄はそれ以上追及しようとはしなかった。

一応の和解。
気持ちを切り替えた飛刀は、早速自分の疑問を提示する。
この切り替えの早さは飛刀ならでは。
いちいち前のことをウジウジ考えていては精神崩壊を起こしてしまう。
今は志々雄が主人だ。

――志々雄の旦那ァ、もしキン肉マン本人と遭ったらどうするつもりなんだ?

志々雄は軽く笑うと、一言。
「そのときは、そのときだ」
大物だ、と飛刀は唸った。




話は放送直後に遡る。
放送を聞いた志々雄はまず一人蘇生ボーナスを鼻で笑い、次いで寝ているたけしを起こした。
そしてこう言った。
『剣八とキン肉マンが殺された』
このうち、剣八の死は本当だ。
剣八の死を聞いても、志々雄は特に何の感慨も湧かなかった。弱かったから死んだのだろう。
しかし、キン肉マンの死は志々雄がデッチ上げた嘘っぱちだ。
その話を聞いたたけしは、志々雄の思惑通り怒った。
怒って、泣いて、また怒った。感情をすぐに爆発させるのは、やはり7歳児だからか。
激怒と憤怒の感情に支配されたたけしに、更に志々雄は言った。
『その時、主催者が口を滑らしてな。キン肉マンを殺した相手が判明した。
下手人の名前は緋村剣心。俗に”人斬り抜刀斎”と呼ばれる殺人鬼だ』
勿論嘘だ。
だが、怒りに支配されたたけしは容易くその言葉を信じた。
そうして今、その剣心を探している最中というわけだ。

既に、志々雄は抜刀斎の手掛かりを掴んでいた。
たけしが眠った後、志々雄は他に敵がいないか調べる為に周辺の探索を開始していた。
念には念を、だ。
地形も把握しておく必要があったし、身体を動かす価値はあると判断したのだ。
そして見つけた交戦の跡。
明らかに誰かと誰かが戦った跡だ。
そして志々雄は、地面に打ち捨ててあるものを見たとき、片方が誰であるか即座にわかった。
打ち捨てられていたのは、折れた日本刀の片割れ。
自分との戦いで折れた、抜刀斎の刀だ。
これを見つけたとき、志々雄は思考を巡らせた。
抜刀斎は岡山にいる可能性が高い。
移動速度がそこまで速いとは思わないし、何より足手まといの餓鬼二人を連れている。
さて、どうするか。
抜刀斎の存在は、これから自分にどう影響を与えていくのか。
少なくとも良い影響はないだろう。
他の参加者に自分の情報を漏らされることだけは避けたい。
折れた日本刀など使って戦っているからには、まともな得物は持っていないのだろう。
仕留めるなら、今。
とはいえ、そう簡単に倒せる相手でもない。
策は打っておくべきだろう。

数分間考えた志々雄の結論は、たけしを戦わせるというものだった。
抜刀斎は甘い。7歳児に手は出せないだろう。
それに―――たけしが宗次郎のように化けるかもしれねえからな。
そうして、志々雄はたけしを騙すことに決めた。
たけしと抜刀斎を戦わせて、弱った抜刀斎に止めを刺す。
このゲームで抜刀斎に付き合っている暇はない。
それに自分の素性を知っている人間は消しておきたいので、早々に決着をつける必要がある。
更に志々雄は、剣心を犯人に仕立て上げる行為に全く罪悪感を持っていなかった。
たけしに「抜刀斎は騙し討ちが得意だから、奴の言うことは絶対に聞くな」とまで言っているにも関わらず、だ。


どうせ今まで数え切れないくらい殺してきたんだ。
今更一人恨む奴が増えたところで痛くも痒くもねぇだろうよ。
俺達人斬りは復讐者に狙われるのが宿命。
復讐者達の言うことはいつも同じ。
『例え天が裁かなくとも、己れが必ず裁きを下す』いわゆる『人誅』というやつだ。
くだらねぇ。例え何を言ったところで、弱い奴の言葉は負け犬の遠吠え。
復讐者など俺は脅威に感じない。精々利用はさせてもらうがな。
例えたけしが真実に気付き自分に反旗を翻しても、返り討ちにする自信がある。
復讐者など、くだらねえことに心を使う弱者だ。
なあ抜刀斎、お前もそう思うだろ?


そして現在、志々雄とたけしは瀬戸大橋の前にいた。
足元には足跡が幾つも残されている。
その足跡の中で最も新しいものに、志々雄は見覚えがあった。
一度抜刀斎と遭遇した際に見つけたものと同一のものだ。
足跡はハッキリ残っており、ここを通ってから殆ど時間は経っていないものと思われる。
足跡が向かっている先は、四国。
隣には敵討ちに燃える7歳児。
腰には和解に成功した喋る刀。
腕には、第二の秘剣『紅蓮腕』に代わる切り札の篭手もある。
「さて、”四”国盗りとでも洒落込むか」

志々雄は一歩を踏み込む。
目の前には、夜闇に覆われた一本の橋。
四国へ繋がる暗黒回廊。
その先にあるのは、紛れもない地獄。
彼が進む先には、今も昔も灼熱の業火が吹き上げる地獄しかないのだ。
地獄の業火に焼かれながらも、彼ならばきっと哂うだろう。


なぜなら、それが志々雄真実という男なのだから。





【岡山県/瀬戸大橋付近/深夜】
【志々雄真実@るろうに剣心】
 [状態]:全身に軽度の裂傷  
 [装備]:衝撃貝の仕込まれた篭手(右腕)@ONE PIECE、飛刀@封神演義
 [道具]:荷物一式 三人分(食料、水一日分消費)
 [思考]:1:四国に向かい、たけしを利用して剣心と決着をつける。
     2:長時間戦える東北へ向かう。
     3:無限刃を手に入れる。
     4:少しでも多く参加者が減るように利用する。
     5:全員殺し生き残る。

【たけし@世紀末リーダー伝たけし!】
 [状態]:激しい怒り
 [装備]:パチンコ@ONE PIECE(鉛星、卵星)、キメラの翼@ダイの大冒険
 [道具]:荷物一式(食料、水一日分消費)
 [思考]:1:キン肉マンの仇を討つ(人斬り抜刀斎を倒す)
     2:ゴン蔵の仇を殺した犯人を倒す(ただし大体の位置が分かるものの犯人はわかっていない)。
     3:主催者を倒す。
     4:志々雄について行く。
     5:仲間を探す(ボンチュー、マミー、ウォーズ)。

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302:『嘘』つきな『真実』 志々雄真実 351:役者三対、開幕舞台
302:『嘘』つきな『真実』 たけし 351:役者三対、開幕舞台

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最終更新:2024年06月23日 17:20