0302:『嘘』つきな『真実』
森の中で、誰かが戦っていた。
夜、梟の瞳に映るのは、額に漢字を記した細目の男。
夜、梟の瞳に映るのは、全身を包帯で纏った木乃伊のような男。
――やべぇって旦那ァ! ここは一旦退こうぜ!
そして、喋る刀。
「黙っていろ飛刀! 正義超人として、私はこの男を野放しにすることはできん!」
「ハッ、刀と会話するたぁ、随分とおかしな野郎だな!」
額に漢字を記した男――
ラーメンマン。
木乃伊風の男――志々雄真実。
この二人が、暗闇の広がる森で死闘を繰り広げていた。
両者の闘争の原因は、
ラーメンマンの肩に下げられた喋る刀、飛刀にある。
刻は放送終了直後。四国へ向かうために森を移動していた
ラーメンマンは、いきなり志々雄に襲われたのだ。
その時掛けられた第一声がこうだ。「よう、いいもんぶら下げてるじゃねぇか」
志々雄が
ラーメンマンを襲ったのは、飛刀を入手するため。
自分に見合った得物を々雄にとって、刀剣類の武器を持つ者は格好の標的だったのだ。
「ハァ!」
「――ぐっ!?」
志々雄の振るうそれには、刃など付いてはいない。
何しろ彼の武器は、単なる『そこらで拾った丈夫な木片』なのだから。
殺傷能力は著しく低いが、釣竿で妖狐と渡り合った時のように、簡易木刀を撓らせる姿には狂気が満ちていた。
これで正義超人である
ラーメンマンと互角に戦える理由とはなんなのか。
それは、志々雄よりも
ラーメンマンの方に問題があった。
――旦那! 無理をすると傷が……!
全ての原因は、
趙公明との戦いで負った傷、そしてそれを放置したまま走り続けたことにある。
ろくに治療もせずに
太公望を探し回り、彼が四国にいるという情報を得てからは、さらに脚に負担を掛けた。
そして、第三放送を聞いた頃には、周囲を警戒することすら忘れて走り続けた。
……
ラーメンマンの知る、三人の名前が呼ばれたから。
「黙っていろと言ったはずだ、飛刀よ。
趙公明を倒すため……私には、もはや一刻の猶予も残されていないのだ!」
焦っている。
飛刀は、今の
ラーメンマンに対してそう感じていた。
もちろん飛刀は、
ラーメンマンの焦りの理由を理解しているつもりだ。
趙公明との戦い、そして敗北。
太公望の捜索を急がなければならぬという、重圧。
放送で告げられた、キルアとゴン、そして同じ正義超人である
バッファローマンの死。
さらには未だ健在の
趙公明。
仲間は減る一方で、
ラーメンマンが敵対している輩は殺戮を続けている。
犠牲者が、増え続けている。
ラーメンマンは、未だ誰一人として守れていない。
それでも正義超人か。
(……嘆かわしい!)
誰も
ラーメンマンを咎めたりはしないだろう。
だが、咎められなければそれでいいのか。
いいわけがない。正義超人という称号を掲げる彼に、弱き者の守護を怠るという考えは適用されない。
それは、プライドなんてものじゃない。
ラーメンマンという人物が背負う、『使命』。
弱者放置、殺戮者放置、どちらも正義にあるまじき行為だ。
だから、
ラーメンマンは力を求める。
趙公明を倒すため、
太公望という『力』を。
その力を求める道中に、
趙公明と変わらぬ悪が現れた。
――旦那! ここで旦那が無理したら、誰が
太公望を探すんだよ! 誰が
趙公明を倒すんだよ!
飛刀の叫びも、
ラーメンマンの耳には届かない。
例えここで
趙公明戦と同じ結末を迎えようとも、彼に逃走の二文字はないのだ。
ラーメンマンと志々雄が戦いを繰り広げてそろそろ十分。
頃合を見計らったかのように、志々雄は腕を止め、代わりに口を開いた。
「……とんだ正義感だな。正義超人ってのは、こういう奴ばっかなのかね」
「……なに?」
その一言で、
ラーメンマンも動きを止めた。
理由は、志々雄の言葉の中に聞き慣れた単語を見つけたからである。
「貴様、正義超人を知っているのか!?」
正義超人――このゲーム内でその肩書きを持つ者は四人。
ラーメンマン、キン肉マンにウォーズマン……そして今は亡き
バッファローマン。
「ああ、見てくれからしておかしな野郎だったな……スグル、とか言ったか。あのブタ鼻は」
キン肉スグル。キン肉マンの本名である。
「まさか貴様……キン肉マンと会ったのか!?」
志々雄は自らの探し人の一人、キン肉マンと接触していた。
この事実に、
ラーメンマンも一時だけ闘争心を収める。
目の前の敵は単なる悪ではなく、大切な情報を握るキーパーソンと変わっていた。
「くくく……やはりてめぇも奴の仲間か。正義超人てのは、皆そういう変な格好をしているのか?」
「そんなことはどうでもいい! もとより包帯男などに見てくれをとやかく言われる筋合いはない!」
闘争心は抑えたものの、荒ぶる感情は未だ収まらぬ
ラーメンマン。
傷だらけの身体で迫りながら、志々雄を問い詰める。
この男は、キン肉マンとどこで会ったのか。何時会ったのか。何をしたのか。それらの情報を洗いざらい訊き出すため。
「焦らなねぇでも教えてやるよ……奴と会ったのは、俺がまだ九州をうろついていた頃のことだ……」
それから、志々雄は驚くほど素直にこれまでの経緯を白状した。
志々雄には、一人だけ仲間がいたということ。
キン肉マンとは、九州で出会ったということ。
その際、志々雄の仲間とキン肉マンが試合を行ったということ。
志々雄は、二人の試合を見終えぬ内に逸早く本州上陸を果たし、今に至るということ。
全て、口から出任せには聞こえなかった。
志々雄の包帯で覆われた顔面からは顔色を窺うことが出来ないが、
ただ一点、真っ直ぐながらもどこか途方もない果てを見つめていそうな瞳からは、偽りは感じられなかった。
しかしこの話、真実なら一つの疑問が残る。
「……貴様の話によれば、二人の試合は昼頃には終了していたはずであろう?
だが先程の放送、キン肉マンの名は呼ばれておらず、貴様の連れという『玉藻』という男の名は呼ばれた。これはどういうことだ?」
話の中のキン肉マンが提案したのは、正式な
ルールに乗っ取った『試合』。
勝敗は三秒間フォールかギブアップで決し、生死は懸けない。
キン肉マンが負ければ話は別だったようだが、彼に限ってリング上での敗北はありえないだろう。それは、先の放送でも証明されている。
では、なぜキン肉マンは生き残り、玉藻は死んだのか。
「さてね。俺はその試合を見届けてはいないから、どちらが勝ったかはなんとも言えねぇ。だが、玉藻が死んだ理由は簡単に想像がつくぜ」
志々雄の吐き出す言葉から、一瞬寒気がした。
「――キン肉マンに殺されたんだろ」
「馬鹿な!!!」
嘲笑うかのように言った志々雄を、
ラーメンマンは即行で否定した。
あのキン肉マンが人殺しを行うなど――あの敵にさえ情けをかけるお調子者が人を殺すなど、あり得るはずがない。
自分のような元残虐超人の過去を持つ者ならともかく、彼はキン肉星の大王。根っからの正義超人だ。
こんな人殺しのゲームに乗るなど、言語道断。
「だがな
ラーメンマン。キン肉マンと玉藻は確かに戦い、玉藻は確かに死んだ。これはどう説明する?」
「第三者が介入したという考え方もある。それに、貴様の言葉が全て真実である証拠などない」
それでなくともいきなり襲い掛かってきたような輩だ。
あの瞳に偽りは感じられないが、だからといってその言葉が全てが真実である確率などゼロに等しい。
「俺が信じられないか。まぁ当たり前だろうな」
志々雄の言葉には、不思議な重みがある。
例えば、「俺は実は女だ!」とここで言われても、すぐには疑いきることが出来ないかもしれない。
信じることは出来ないが、疑いきることも出来なかった。
これは志々雄の話術がなせる業なのか。それとも自分の精神の弱さのせいなのか。
「一ついいことを教えてやる。キン肉マンは本州へ渡るといっていた。ひょっとしたら、今も西からこっちへ移動中かもしれないぜ」
「なんだと?」
今
ラーメンマンがいるのは、四国へ渡るための橋を目前にした兵庫県と岡山県の境目。
キン肉マンが西から東――本州へやってきているというのなら、この辺で網を張っておけば合流できるかもしれない。
なんとも有益な情報だったが、やはり罠の臭いが消え去らなかった。
「待て。なぜお前がそのような情報を私に与える? お前にとっては何の得にもならんだろう」
「そうだな。強いて言うなら、交換材料ってやつだ。俺はお前に有益な情報を提供した。その情報量として……てめぇの刀を貰おうか」
――なななな何だとォ!!?
この言葉には、
ラーメンマンよりも飛刀の方が先に驚いた。
「最初に言っただろう? 俺は得物が欲しい。てめぇを狙ったのも、それが理由さ」
――ざけんじゃねぇ! 何が交換材料だ! どうせ嘘並べただけなんだろうが!? 旦那、騙されちゃいけない……
「黙っていろ、飛刀」
――旦那ァ!
興奮する飛刀に、
ラーメンマンはいつもの調子で制した。
あまりの落ち着きように、よもや志々雄の交換に応じる気では、と不安が押し寄せてくる。
「……ひとつ訊きたい。貴様はこの飛刀を手にした後、何を望む? 闘争か? 自衛か? それとも、殺戮か?」
一体何を考えてそんな質問をしているのか。
ラーメンマンが一言一言喋るごとに、飛刀の心中は荒々しく揉まれていく。
「そんなもの今さら説明する必要もねぇだろ。もちろん、頂点に立つことさ」
「頂点、だと?」
「ああ。まずは他の参加者共を全員血祭りにあげ、それからあの主催者共を葬る。国盗りってのぁその国の頂点に立つってことだからな」
つまり志々雄の最終目的は、優勝+主催者打倒ということか。
そのためには、当然弱者を甚振ることも気に留めないのだろう。
やはり、危険人物には変わりない。
「お前はどうなんだ?
ラーメンマン」
「は?」
「お前の目的はどうなんだ、と訊いている。さっき言っていた――
趙公明とかいう奴を倒そうとする目的はなんだ? 復讐か?」
抜け目のないことに、志々雄は
ラーメンマンが一度だけ口にした名をしっかりと記憶していた。
「……正義のためだ。
趙公明は己の欲望のままに闘争を望む危険な輩。
放っておけば、罪もなき参加者達が犠牲になる。私には、それを阻止する義務がある」
ラーメンマンと志々雄。二人の行動方針は完全に対極に位置していた。
片や自分のため、片や他人のため。目的は完全に食い違っている。共通しているところといえば、目的のためには戦いを拒まないという点か。
「それが正義超人の使命ってわけか……くくく」
「……何が可笑しい!」
人をコケにしたかのような志々雄の嘲笑は、
ラーメンマンを再び高ぶらせた。
「なに、あまりにも立派な志なんでな。ちょっと吐き気がしただけだ」
「貴様……!」
もはや志々雄に敵意を背ける必要はない。
こいつは完全に敵。倒すべき悪。正義を掲げる自分とは、相容れぬ存在。
そう確定し、
ラーメンマンは再度構えるが、
「馬鹿馬鹿しく思ったことはねぇか?
ラーメンマン」
「なに?」
ラーメンマンが構えなおしても、志々雄は木材を握った腕を下げたままだった。
それどころか、まるでもう自分に闘争の意思はないと言わんばかりに話を続ける。
「その正義超人の使命ってのがどれだけ重いものかは知らないが、正義なんかのためになぜてめぇが奮闘する必要がある?
これは殺し合いのゲームで、誰もお前に弱者を守れなんてことは言ってないんだろう?」
「だからどうだというのだ! ここがどこだろうと、私は己の正義を貫く。如何なる状況下でも弱者を守り、悪を砕くのが正義というものだ!」
「――だが、キン肉マンはゲームに乗ったようだぜ」
「……!」
疑う気などなかった。
しかし一瞬、
ラーメンマンの心は確かにどよめいてしまった。
「まだ、そのようなことを……」
そう言いつつも、思考の端では放送で告げられた『玉藻』の名が気にかかる。
放送の直前、玉藻とキン肉マンが戦っていたという事実も混ぜ合わせられ、
ラーメンマンの心中はもはや穏やかではなかった。
(……いや、キン肉マンに限ってそんなことは絶対にありえない! やはりこやつの言うことは全て嘘! 術中に嵌められては負けだ!)
そう思いながらも、
ラーメンマンの額からは汗が流れ落ちていた。
この汗が戦いの疲労によるものなのか、それとも揺れる精神が流したものなのかは、誰にも分からない。
精神的疲労も溜まってきた
ラーメンマンに、志々雄はさらなる言葉を投げかける。
「どうだ
ラーメンマン、俺の下に付かねーか?」
「なん……だと?」
それは、あまりにも唐突な和解への進言だった。
「俺の最終的な目的は主催者を倒すことだ。それが叶えば、別に参加者全員を皆殺しにする必要もねぇと思っている。
てめぇが俺に協力するってんなら、俺がその
趙公明とかいう奴を倒してやってもいい」
「ふざけたことを……弱者を平気で殺せる心を持った奴に、私が靡くとでも思ったのか!?
たとえ貴様が主催者打倒を目指していようが、私は悪と協力する気はない!」
もとより志々雄の言葉がどこまで本当かもわからぬ現状、こんなことを言うのはどう考えてもおかしい。罠が張りめぐらされているのは、目に見えている。
「利口になろうぜ
ラーメンマン。そんな傷ついた身体で、何が守れる?
この広い会場、どうせ全ての参加者を守ることなんてできやしねぇ。
だったら、死んでいった奴らの無念を晴らしてやることの方が大切なんじゃねぇのか」
――そんな傷ついた身体で、何が守れる?――
今の
ラーメンマンには、キン肉マンのマーダー疑惑などよりも重い言葉だった。
ゲーム開始からもう間もなく二十四時間。既に参加者は半分近くまで減り、
ラーメンマンはその中の誰一人として守れていない。
無力な正義。それを誇示してどうなるか。
「私は……」
――旦那……
悩むように俯く
ラーメンマンには、さすがの飛刀も口を挟めなかった。
彼とは出会ってまだ一日と経っていないが、それでも彼の正義に対する思いは理解してきたつもりだ。
そんな彼が、悩んでいる。
「決断しろ
ラーメンマン。その傷だらけの身体で、正義として抗うか。一時だけ悪に染まり、新たな正義を志すか」
正義超人として、いや、
ラーメンマンとして、正しいのはどちらなのか。
このまま一人奮闘するか、志々雄と共に正義に背きながらも主催者打倒を目指すか。
「私の、答えは……」
ラーメンマンは、顔に苦悩の色を浮かべたまま志々雄に歩み寄った。
気絶していたはずなのに、鼾をかきながら鼻ちょうちんを作っていたのは、
たけしならではの芸当と言えよう。
「う~ん……あれ? ここはどこさぁ? 俺は確か……」
覚醒した後、気絶する直前の状況が思い出せないのも、
たけしならではだろうか。
志々雄と共に逸早く本州へ向かったところまでは覚えているのだが、どうもその辺の記憶がハッキリしない。
「……って、気づけばもう夜まっさかりじゃないかぁー!
うーむ、俺ってばどれくらい寝てたんだ? これが今流行のプチ記憶喪失ってやつか……?」
あたりを見渡すと、そこは森の中だった。
地面には所狭しと雑草が生い茂り、まるでベッドのようにフカフカな状態を維持している。
「ああ、これじゃあ記憶がぶっ飛ぶまで眠っていても仕方ないさぁ。あと五千時間くらいはいけたんじゃないか?」
雑草地帯に寝転がりながら空を眺めていると、近くにいるべき人間がいないことに気づいた。
志々雄がいない。彼はどこに行ったのだろうか。
立ち上がって捜しに行こうとした矢先、その場にたけし以外の足音が鳴った。
「よう、やっと起きたか
たけし」
「志々雄ぉ~、どこに行ってたさぁ。ウンコかぁ?」
と、
たけしお決まりの冗談を言ってみるも、志々雄からした臭いは大便による異臭などではなく、もっと酷い……血の、臭いだった。
「志々雄……? その傷はどうしたさぁ?」
よく見ると、志々雄は所々怪我をしているようだった。どれも軽傷だったが、子供ながらに見たら随分と痛そうである。
「なに、ちょいと野犬に襲われてな。気にすることはねぇ。ほんのかすり傷だ」
「野犬!? それはなにか!? 車種は小次郎的ななにかか!?」
「小次郎……? どこの剣客の名前だそりゃあ」
まだ年齢が一桁の子供である
たけしは、人を疑うということを知らない。
「じゃあ俺はもう寝るさぁ。志々雄も夜更かしはほどほどにしないといけないぞ」
「分かったよ。いいからさっさと寝ろ」
夜も完全に更け、適当な民家を就寝場所に決めた二人は、そこで休息を取ることにした。
「お休みさぁ……」
たけしは先程まで爆睡していたにも限らず、床につくと三秒でもう鼾をかいていた。
寝る子は育つ。なんだかんだ言っても、顔さえ除けば
たけしはまだ子供だ。
「まったく……こいつは大した大物かもな」
そんな
たけしの寝顔を見ながら、志々雄は
たけしよりも多めの食事を摂っていた。
そして傍らには、本州入りした時には所持していなかった、一本の刀がある。
「どうだ、お前もやらねぇか」
――…………
不自然にも、刀に話しかける志々雄。当然の如く、返答はない。
「くくく……だんまりか」
何が可笑しいのか、その刀を知らぬ者には理解し難いだろう。
なにせこの刀は元来お喋りであり、つまらぬ与太話にも積極的に口を挟むような奴なのだから。
だが、今は軽口を挟むような素振りは見せない。
あくまでも一本の刀として、志々雄に付き従っていた。
そうさせる感情とは一体なんなのか。
怯えか、嘆きか、それとも哀しみか。
全ての作業を終え、
ラーメンマンはその場に腰を下ろした。
背中には、一本の巨大な桜の木。
この町のシンボルなのだろうか、季節のせいもあって桜の花は咲いていなかったが、目印としては十分な存在感を放っている。
西を向けば、この町が高地にあるせいか海の輝きが見えた。
東を向けば、都会を思わせる建物の山々が連なっている。
そして何の因果か、すぐ前方には牛丼屋が聳えていた。
「惜しいな……四国はもう目と鼻の先だというのに」
南西の方角には、ここ岡山と四国を結ぶ下津井瀬戸大橋があるのだろう。
ラーメンマンは、そこまで辿り付く事が出来なかった。
「志々雄真実……よもやあのような
切り札を隠し持っていたとは」
時間にして数十分前。
志々雄が突き出してきた要求に対する
ラーメンマンの答えは…………拒否、だった。
もし志々雄の下に付いていれば、このような傷を負うこともなかったかもしれない。
だがもし志々雄の下に付いていれば、自らの手で弱者を手にかけることになってしまうかもしれない。
主催者や
趙公明を倒すための強力な戦力を手に入れることが出来たかもしれないが、
志々雄に協力して己の正義に背くような……残虐超人だった頃の自分に戻るようなことは、絶対にしたくなかった。
我ながら不器用な生き方だとは思う。笑いたければ笑えばいい。
しかし、正義超人としてはこれで正解のはずだ。少なくとも、友だったらそう言ってくれるだろう。
「友……か」
結局、志々雄の話はどこまでが本当でどこまでが嘘だったのか。
キン肉マンが東に向かってきているということ。
キン肉マンが玉藻なる参加者を殺したということ。
志々雄はキン肉マンの本名とブタ鼻という特徴、そして正義超人の名を知っていた。
ならば前者は真実である可能性が高い。期待も持てる。
後者は嘘であってほしい。いや、嘘でなければならない。
正義超人の中核として戦ってきた彼に、牛丼好きなムードメーカーに、殺戮は似合わない。
ラーメンマンは知る由もなかったが、志々雄がついた嘘は二つ。
一つは、志々雄の仲間は死んだ玉藻ではなく、今も健在の
更木剣八だということ。
もう一つは、主催者打倒のためなら全員を皆殺しにする気はないと言ったこと。
どちらも
ラーメンマンの心を乱し、自分の手駒になるよう仕向けるための嘘だった。
まだ気絶状態から覚めていなかった
たけしを、一旦そこら辺の草むらに放置しておいたのもそのため。
しかし、計画は志々雄の思い通りにはならず。
志々雄は一点、重大な見落としをしていたのだ。
それは、正義超人が掲げる『正義』の重さ。
何よりも友を信じ、何よりも弱者を守ることを優先し、何よりも正義を貫く。
それがたとえ自分の身を傷つけることになろうとも――そこまでの正義馬鹿だとは、志々雄も思わなかったのだろう。
だから、志々雄は諦めた。
正義超人は利用することが不可能な絶対正義であるという教訓を身につけて、その場を後にしたのだ。
ただ一つ、一本の刀という戦利品を持ち去って。
「思えば、飛刀には悪いことをしたな」
今更になって、
ラーメンマンは悔やむ。
あの時飛刀の言うように無茶をしなければ――素直に傷の治療をしておけば――飛刀はいつも正論ばかり言っていたことに気づいた。
だが正論過ぎるゆえに、正義超人の使命とは反りが合わなかったのが残念でならない。
行動を共にしたのはほんの数時間だったが、今は長年連れ添った盟友のようにも思える。
自分が飛刀のためにしてやれることといったら、せめて殺戮の道具にならぬよう祈ることしか出来ない。今はもう――
「本当に……すまなかったなぁ……飛刀よ…………」
ラーメンマンの眼から、涙が流れ落ちる。
それは次第に雫から滝へと変わり、一層悲壮感を漂わせる。
その涙は、本来出会うことはなかったであろう『友』へ向けて。
涙の横で、抉り取られたように風穴を空けられた腹部が痛む。
志々雄の隠し玉、衝撃貝によって付けられたこの傷が、致命傷となった。
悔いがないといえば嘘になる。
だが、悔いているばかりでは仕方がない。
残された時間でやるべきことはやった。
あとは、頼れる友に全てを託すだけだ。
ラーメンマンが佇むこの場所は、巨大な桜の木が目に付く、海岸線沿いの町。
友がここを通るかどうかは分からない。雨でも降れば全てが台無しになる。
しかし志々雄の話が真実ならば、可能性はある。
今は、それに賭けたい。
腹部から流れ出る血は、桜の木の根元、地面に複数の文字を形成していた。
今はただ、このメッセージを友が受け取ってくれることばかりを願う。
【兵庫県・民家/夜】
【志々雄真実@るろうに剣心】
[状態]:全身に軽度の裂傷、戦闘による疲労中
[装備]:衝撃貝の仕込まれた篭手(右腕)@ONE PIECE、飛刀@封神演義
[道具]:荷物一式、三人分(食料、水一日分消費)
[思考]:1:朝まで休息。
2:長時間戦える東北へ向かう。
3:無限刃、その他武器を手に入れる(刀が好ましい)。
4:少しでも多く参加者が減るように利用する。
5:全員殺し生き残る。
【たけし@世紀末リーダー伝たけし!】
[状態]:爆睡中
[装備]:パチンコ@ONE PIECE(鉛星、卵星)、キメラの翼@ダイの大冒険
[道具]:荷物一式(食料、水一日分消費)
[思考]:1:ゴン蔵を殺した犯人を倒す(ただし大体の位置が分かるものの犯人はわかっていない)。
2:主催者を倒す
3:志々雄について行く
4:仲間を探す(ボンチュー、マミー、ウォーズ)
※荷物一式、神楽の髪飾りの欠片はラーメンマンの死体の傍に置かれています。
※神楽の髪飾りの欠片を持っている理由は以下の通り。
・形見として少女の仲間、家族に届けるため
・殺人犯を見つける手がかりにするため
【岡山県/海岸沿いの町・桜の木の根元/夜】
【ラーメンマン@キン肉マン 死亡確認】
【残り70人】
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最終更新:2024年06月20日 12:11