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願い事、ひとつ 後編

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だれでも歓迎! 編集
  もしも願い事が一つ、必ず叶うとしたら。
  今の貴方は……何を願ってくれますか?

          ◇

  ――主が倒れた。
  彼がそれを伝えられたのは、屋敷を出る前日の事だった。
「年齢には敵わないという事かな。もう長くないらしい」
「そう、ですか……」
  主の自室。主は大きなベッドの上で横たわっている。
  ベッドに対し小さすぎるように見える主。彼はまるで世間話のように、自分の死期を告げる。
  未練の一つでもあるだろう。それなのに、その口調に絶望はない。
  それが、悲しかった。自分が無理をさせている、そう感じさせるせいで。
「君とは違い、私は人を悲しませる事しか出来ないようだ。残念な事だよ」
「……人間、誰しもそういうものですから。自分だっていつかは」
「確かに、そうだな」
  主の浅い溜め息。
「ホープは、どうしている?」
「今は自室に。相当ショックだったみたいです」
「そうか……せっかくあの子の笑顔が見られたのに、悲しませてしまっては本末転倒、か」
  もう一つ、今度は深い溜め息。
  彼は、主にホープの笑顔という最高のプレゼントを贈る事が出来た。
  自分が生きているうちは見る事もないだろう、そう告げていた笑顔。
  どんな宝石よりも美しく輝いた、あの笑顔。
  ……主が、何を考えているのかは分からない。
  だが、たった一つ、主は彼に告げる。
「ホープの、新しい契約者になってくれないか?」
「え?」
  思わず耳を疑う一言。
  出会って一ヶ月ほどしか経たない彼に告げられた、重い使命だった。
「私が死んだ後、あの子の笑顔を取り戻すのは容易な事ではないかも知れない。だが、君なら……君ならそれを全うしてくれる、
そう思うんだ」
  その言葉にお世辞はない。
  主は、真剣に自分の思いの丈を告げている。
  目を見れば、一目瞭然だ。
「し、しかし……自分は旅をして生計を立てています。あの子に満足な生活を与えてあげられるかどうか……」
「私の財産の一部も譲る。私に付き添ってくれた家族にも分けたいから、全てとはいかないが」
「そんな……いえ」
  遠慮の言葉を、喉で止める。
  彼の財産がホープに与えられるのは至極普通の事だから。
「……少しだけ、考えさせてください」
  それでも、彼には答えを出す事が出来なかった。
  ホープのマスターになることの重荷に、自分が耐えられるのか。
  自分自身の事なのに、それが分からなかった。
「そう、だな。私も結論を急いでしまったようだ。すまない」
「いえ……こちらこそ、はっきりした答えを出せずに」
「いいんだ。あの子の事をそれだけ真剣に考えてくれている、そうだろ?」
  主の笑顔。
「……ありがとうございます」
  その笑顔で、彼の気も少しだけ楽になった。
  だが少しだけだ。目の前に立つ大きな問題は、今も突きつけられている。
  ――人生の分かれ道。
  そんな言葉が、彼の頭を過ぎる。
「失礼します」
  ノックの音と声。
  執事が、一礼の後部屋に入ってくる。
「ホープ様が、貴方に会いたいと」

  彼は、この手の暗い話が苦手だ。
  だが向き合わなければならない事実。主だけではなく、自分にもやがて訪れる事なのだから。
  それでも、ホープの顔を見るのが辛かった。
「失礼します」
  ドアをノック。
「……どうぞ」
  ドア越しから聞こえるホープの声を確認し、室内へ。
  部屋は暗かった。明かりが灯っていないだけではなく、空気自体が暗い。
  ホープは、椅子に座っていた。ただそれだけ。
  月明かりで見える表情は、涙を堪えているようにも伺える。
  胸が締め付けられる気分に襲われる。わずかに目を逸らす彼。
「あー……どうした?」
  黙っていても始まらない。まず一言声をかける。
  わずかな沈黙……ホープが静かに口を開く。
「こちらに、来て頂けませんか?」
  黙ってホープの傍に寄る。彼女を見下ろすぐらいの距離まで。
「ありがとうございます……」
  袖を引かれる感触。
  彼の腕に、ホープが顔を埋める。
「他の人には、どうしても甘えられなくて……ごめんなさい」
「いや……」
  その先の言葉が出てこない。
「急すぎます、よね」
「……ああ」
「せっっかく、あんなに喜んでくれたのに……まだ、お父様に色んな事、してあげたいのに……」
  親孝行、そんな言葉が頭を過ぎる。
  今まで笑顔を向けてあげる事が出来なかった。それでも主を、父として愛していたホープ。
  言葉として聞いた事実ではない。だが、それには確信が持てる。
  服に染みこむ暖かい涙。こんな涙を流せる相手を、愛していないはずはないのだから。
  袖を握る手に、力がこもる。
  そんな彼女の頭に、手を添える。今の彼に、出来る事。
「してあげればいいんだよ、色んな事。出来る限り。全部は無理だとしても、な?」
「でも……お父様の顔を見たら、涙が……」
「なら、今のうちに泣いておくんだ」
  空色の髪を、ゆっくりと撫でる。
「せめて、最期は笑顔で……な」
  容易な事ではないけれど、それが彼に出来る精一杯の誠意。
「……はい」
  最期の離別を、笑顔で。それはあまりにも難しい事。
  それでも、彼はやるつもりだった。ホープが出来る限りの事をするのなら、自分もやらなければならない、と。
  ――月が明るい。
  やたらと冷たい光で、夜空を照らしている。
  わずかに開いたドア。
  人影を、月が照らしていた。


          ◆


  運命という奴は、どうにも人の都合を考えていない。
  ホープとの約束すらも、無理矢理に無かったものにしてしまう。
  ――誰が想像したか。医者が長くないと言ったら、次の日に永眠などと。
  答えすら告げられなかった……廊下の壁に、彼の脚がぶつかる。
  自分は今、きっと怖い顔をしている。そう思うと、ホープに会う事が出来なかった。
  どうすればいい、何をすればいい……もう、自分の役目も見えてこない。
「笑顔が、遠ざかってゆく。そんなところでしょうか」
  突然の声。
  振り返ってみると、先ほどまでホープの世話をしていた執事の姿。
  同様に、彼の顔も暗い。
「どうもここ数年は良い年ではありません。悪い事ばかりが、続いています」
「そう、ですね……」
  表情を隠すように俯く彼。
「……今日は雷雨が酷いですね」
  窓から見える風景。
  灰色の雲が空を覆い尽くし、水滴が窓を叩く。
  時折聞こえる雷鳴。先ほどより、音は近づいてきている。
  何もかもが、薄暗い日だ。
「……フランスの青を、ご存じでしょうか?」
  執事の口から出た言葉。
「王族に伝わる、青色のダイヤモンドだそうです。一度見てみたいものですね」
「それが……どうかしましたか?」
「いえ。ただホープ様の傍にいて、それを思い出しただけです。あまり暗い事ばかりですと、私も仕事に支障が出てしまうので……
気晴らしに」
  それだけを告げると、執事は彼に背を向けた。


          ◆


  静まりかえった屋敷。
  時折響く雷鳴が、やたらとうるさく耳に入る。
  雷はかなり近い。閃光と音が、ほとんど同時に伝わってくるほどだ。
  ――窓に映る自分の顔。
  笑顔など、浮かべられるはずもなかった。
  あまりにも悲しくて、彼にすがった。なのにまた涙が溢れてきてしまう。
  止められなかった。降りしきる雨と同じように、止む気配はない。
  手に握りしめた小さな物……彼が初めて教えてくれた、手品の小道具。
  主に見せてあげたかったのに、結局彼のように上手くできる事はなく……。
  ……彼に、会いたい。また、彼の腕にすがりたい。
  知り合って間もない彼に、心を委ねたい。
  そう、願っていた……願っていたのに。
  ――雷が、見えた。


          ◆


  森に落ちた雷。
  しかも場所は近い。すでに煙が窓の外から見える。この酷い雨の中で、火の手が上がっているのだ。
  静かだった屋敷は途端に慌ただしくなる。柩を乗せた馬車が、屋敷を離れてゆく。
  それを窓から見送る彼。のんびりしている余裕などない。
  ――二度目の落雷。
  彼は、雷を初めて間近で見た。
  近くの木が火を放ちながら砕け、屋敷に倒れ込む。
『どうもここ数年は良い年ではありません。悪い事ばかりが、続いています』
  執事の言葉に、彼は同意した。
  魔女狩りなどという下らない風習で、一時期は仕事をやめていた。
  重税で、手持ちの金もすぐ逃げていった。
  この前入った店では虫入りのスープを出され、店長と小一時間喧嘩をした。
  とにかくロクでもない数年間。それ故に、ここでのひとときは本当に幸せだった。
  それが何かに壊されていくような、そんな不安が、彼の心に渦巻く。
  ――感傷に浸っている暇はない。
  すでに、屋敷に火の手が回っているのだから。

  先の落雷で、使用人のほとんどは避難していた。
  だが人のいない屋敷なのに、やたらと賑やかだ。赤い光が、窓から差し込む。
  煙の臭いも酷い。目に見えずとも、こちらに火が近づいているのは明らかだ。
  そして、古い屋敷故だろう、先ほどから建物全体に軋む音が響いている。
  崩れるか……彼の頭を過ぎる不安。
  そして一人の少女の顔。
「……ホープっ」
  彼女はすでに逃げているかも知れない。
  それでも、不安が拭えなかった。嫌な冷たさが、彼の身体を襲う。
  彼女の部屋だけでも確認を……しかしそれは、一度来た道を戻る事。
  火の回っている方へ、自分から向かうという事……。
  ――彼女は人形。平気だろう。
  雑念を、すぐに振り払う。
  こんな事を考えた自分を、殴りたくなった。
  その戒めも込めた行動。来た道を振り返り、また戻る。
  ホープがいるかも知れない、彼女の部屋へ。
  案の定、煙が廊下を包み込んでいる。息苦しい。
  それでも足を止める訳にはいかない。手で口を押さえ、時折咳き込みながら、窓から差し込む光を頼りに進む。
  彼女と初めて出会ったときの顔。儚げでいて、そして寂しそうな顔。
  彼女に手品を見せたときの顔。まるで子供のように驚き、仕掛けを必死に考えようと悩む顔。
  彼女に手品を教えたときの顔。自分の不器用さに落ち込みながらも、こちらの言葉を必死に理解しようとした、真剣な顔。
  ……そして、あのときの笑顔。人を幸せな気持ちにする、優しい笑顔。
  たった数週間の出会いで、ホープは彼に色々な顔を見せてくれた。
  そんな事ばかりが、頭を巡る。どうしても離れない、ホープの表情。
  煙が目に染みる。目が潤む。視界もまともに確保出来ない。
「……フランスの青。ブルーダイヤモンドは、呪われているんです」
  声。
  常に冷静で、やや冷たい印象すら持つ、あの声。
  振り返ると、いつも通りの表情を浮かべた執事が、こちらを見据えていた。
「持ち主に、次々と厄災を与える呪い。きっとこの国にも、近々厄災が訪れるでしょう」
  これだけ煙の酷い中で、彼は平然と喋っている。
  ……妙な胸騒ぎが、彼を襲う。
「ホープ様は、その宝石をモチーフに作られたのですよ。希望という、全く逆の名前を付けて」
「何を……言ってるんですか」
「……彼女に課すのは、真の絶望。それは幸福を知らなければ得られぬ事なのです」
  宝石、絶望、幸福。
  それらの繋がらない単語に、彼は混乱する。
「……幸福の時間は終わりです。私の作品は、絶望を以て完成する。それが彼女の、ブルーダイヤモンドの呪い」
  怒りが、込み上げる。
「ホープは、全ての人から忘れ去られなければならない。それが絶望へ繋がるのだから……だから、君も」
  我慢が出来なかった。
  気付いたときには、力の限りを振り絞って、彼に殴りかかっていた。
  拳が、彼の胸を打つ。
  ――妙な重み。そして湿った感触。胸に突き立てられたナイフ。
「なっ……」
  執事は、すでにこの世の人ではなかった。
「いいか、忘れるんだ。私は自分の手を汚したくないのだから……」
  声が響く。人影は見えない。
  だが、確かに気配は感じる。彼の近くに、男が一人。
  ――屋敷の軋む音。
  ホープの顔が、また頭を過ぎる。
「……あんた」
  言いたい事はあった。多すぎて、何から言えばいいのか分からないほどに。
  だがそれは重要じゃない。ホープに出会う事が、今の目的なのだから。
  呪いなど関係ない。早く、彼女の安否を確認したかった。
  再び火の手の方へ歩き出す彼。
  気配は一つ、彼自身のもの……。

  不思議な現象だった。
  煙で噎せ返りながら辿り着いたホープの部屋には、全く火の手が上がっていなかった。
  古びた屋敷に似合わぬ、新調された内装。
  父親の愛が伝わる、そんな部屋……全て、そのままの状態で残っている。
  廊下はすでに炎が見え隠している。だが、彼女の部屋には煙すら侵入していない。
  ホープの創造主の力なのだろう……怒りが、胸の中で渦巻く。
「ホープ!」
  そして、彼女はそこにいた。
  ただ静かに佇み、涙が絨毯を濡らすのも気にせず、ただ涙をこぼして。
「……来ないで」
  彼に告げられた、拒絶の言葉。
「全部……わたしが、いけなっ……いけないんです……」
「……呪いの事、か?」
  ゆっくりと頷く。
「お父、様が……そう……言って……わたし、は……不幸の……」
  違う……そう言ってあげたかった。
  だが、どんな言葉も、彼女の創造主が告げた事実の前では無意味だ。
  言わずとも、それははっきりと分かる。分かるから、あまりにも悔しい。
「だから……早く、逃げて……貴方は……」
  懇願。
  彼女は、創造主が下した運命を、華奢な身体で受け止めようとしていた。
  ――こんなにも強い悲しみを受けたのは、いつぶりだろうか。
「……君の父親は、この屋敷の主だろ」
  言葉が見つからなかった。
「俺、君のお父さんに言われたんだ。ホープの新しい契約者になって欲しい、って」
  もう自分に出来る事ではないのも分かっていた。
「最初は、迷ったさ。今の生活を維持してあげる事なんて出来る訳ないし、何より俺は旅芸人だ。ホープの面倒をまともに見られる自信、無かったよ」
  それ以上の問題が、すでに彼を襲っていた。
「でもさ……君のお父さん、俺なら笑顔を取り戻せるって、そう言ってくれた」
  それも、出来る事ではないだろう。
  偽りの言葉にしかならない。その偽りの言葉を告げる事が、彼に出来る唯一の事だった。
「……呪いから、解放してやる」
  出来るのか? 出来ないだろう。
  出来る訳がないのだ、そんな事。
「それが、ホープの笑顔を取り戻す方法だと、思うから……」
  一緒にいたら、きっと彼女を不幸にさせる。
  いや、それは言い訳なのかも知れない。彼女の傍にいたくない、自分への。
  ……雑念を、振り払う。
  必死になって、振り払う。
「……どうして、優しく……してくれるんですか?」
  わずかな沈黙の後、彼女が呟く。
「わたし達……まだ……何も……知らない、のに」
  涙は、止まらない。
  いや、この先一生止まる事はないのかも知れない。
  ……彼女の手。握られた、小さなコイン。
  互いを知らぬ者同士を繋ぐ、唯一の絆。
「ホープは、俺の……初めての、教え子だから」
  出来る限りの作り笑いで、そう答えた。
  それが、精一杯だった。
「で、でも、俺はまだまだ未熟だ。だから呪いを解く方法探しながら、もっと、すごい手品考えるから」
  ホープの顔。涙は止まらない。
「ポケットから城だって、いつか出してやるさ。そしたらいつでも王様になれる。俺としても万々歳だ」
  せめて、今この一瞬だけでも、彼女涙を止めたい。
  思いを込めた、言葉。
「そのときに……見て欲しいんだよ、君に」
  声が上ずる。
  目頭が熱い。
  煙で目が染みたのとは違うのに、視界がぼやける。
  悲しくはない。悲しみなんて、自分には似合わない物だから。
  ただ、悔しかった。それだけのこと。
  ――激しく降る、雨の音。
  ――屋敷の倒壊する、破壊音。
  それでも、この部屋は静かだった。
  この部屋だけ、時が止まっていた。
「……ポケットに、色々詰め込んでくる。だから……」

  ――待っていてくれ。

  その言葉の意味……今は、何も出来ない。
  ポケットの中に、何も詰まっていないから。
  花も、コインも、お城も……呪いを解く術も。
  ホープの涙を止める術は、何もない。
  ホープの笑顔を取り戻す術も、持っていない。
「……待っています」
  それなのに、ホープは笑ってくれた。
  偽りの言葉ばかりを並べた、彼に向けて。
  涙が止まる事はなかった。それでも……。
  ……ありがとう。
  その一言が、嗚咽で消えてしまう。
  その一言が、告げられなかった……。


  もしも願い事が一つ、必ず叶うとしたら。
  その願いは、ひとつ……。










  小さな町に、大道芸人が来た。
  革命の騒ぎで娯楽の欠けていたところにきた知らせは、わずかながらでも周りを明るくさせた。
「じゃあ、ここで一つとっておきのをやってみましょう」
  人集りの中で芸を披露する男が一人。
「そこのあなた、手のひらを拝借してもよろしいでしょうか。出来れば両手を」
  子供の両手が、彼に差し出される。
「ありがとうございます。さて、この少年の手のひらに僕の手のひらを載せると、みんなが喜ぶある物が出てきます。君、ちょっと
目を瞑ってくれるかな?」
  彼の言う通りに目を瞑る少年。
「それじゃあ早速……ワン、ツー、スリー!」
  自分の両手を1回叩く。
  同時に頭からこぼれるコイン。
  ……苦笑が、周りから漏れる。
「さぁ、目を開けてみてください」
  トリックを知らない少年は、彼の手に現れたコインを見て驚いている。
  しかし周りの苦笑は止まらない。
「いかがだったでしょうか。では次、あなたです。さぁお手を拝借」
  コインを子供に手渡し、苦笑を浮かべていた女性の一人を指名。
  彼女も素直に手を差し出す。
「じゃあ、次は皆さん目を開けたままでどうぞ。それじゃあ……ワン、ツー、スリー!」
  同じように手を叩く。
  頭からコインはこぼれない。
  ……何もなかった彼の手に、3枚のコインが現れている。
  今度は苦笑じゃない、拍手が周りから漏れる。
「ありがとうございます。それじゃあ次は……」

  夕暮れの路地で、道具を片づける彼。
  彼の手品は大盛況だったし、お金もそれなりに儲けた。今日の彼は少しだけ贅沢が出来そうだ。
「なかなか面白い物を見せてもらったよ」
  そう語りかけてきたのは、男物の服装に身を包んだ女性。
  風貌からして、良い家の出なのだろう。
「まぁ、これが仕事ですから」
  疲れた表情一つ見せず、彼は笑う。
「それだけの腕を持って、一人旅とは。この時勢じゃ色々と危険だろう?」
「確かに、身ぐるみ剥がされてもおかしくないかも知れませんね。そのときはまた手のひらからお金出しますけど」
  軽い冗談を一つ。
「便利な物だ……だが、弟子の一人でも持ってみようとは思った事ないのかい?」
  その言葉に、彼はどこか悲しげな表情を浮かべた。
「……んー、まだ未熟ですから、僕」
「それは謙遜かな?」
「ま、そんなところです。あぁ、一つお尋ねしたいことが」
  先ほどと変わらぬ笑顔。
「この町で、図書館とかありますか? 魔術とか、そういうのを調べたいんですけど」
「魔術……そんなのが調べられたら苦労しないと思うのだが」
  そんな本が、この国に存在して良い訳がない。
  女性は困ったような笑みを浮かべる。
「ま、そうですよね。あぁ、今のは他言無用で。それじゃあ今日の宿を探さないとけないので、これで」
  図書館の事を尋ねた後、彼は足早にその場を去ってしまう。
「変わった男だな」
  自分が魔術のような事をやっているのに、何故今更調べるのか。
  本当に変わった男だと、溜息をつく。
「アメジストー、何してるの?」
  空から颯爽と現れる少女。
「……いや、別に」
  彼女に向ける微笑み。
  ――また、変わった人間と出会った。

  ……誰もいない路地。






                              了




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