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名も無き乙女の昔話8~思い出の歌~

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《おおきなのっぽの古時計 おじいさんの時計
 百年 いつも動いていた ご自慢の時計さ
 おじいさんの 生れた朝に買ってきた時計さ》

おじいさんが生まれた日に この家に来たのは時計だけではなかった
『宝石乙女』
巷の噂でしかないと思われている貴重な人形も一緒に この家に来たのだそうだ

彼女は おじいさんの母であり、姉であり、初恋の人であり、恋人で、ライバルで、友人だったそうだ
私の記憶にある おじいさんと彼女の姿はいつも和やかな空気に包まれていた
私は、そんな二人の間で遊ぶことが大好きだった



《何でも知ってる 古時計 おじいさんの 時計
 きれいな花嫁やってきた その日も動いてた
 うれしいことも 悲しいことも みな知ってる 時計さ》

おじいさんが先に亡くなった おばあさんと結婚した時
「そりゃあ、ちょっと哀しかったわよ」
と、ある時に彼女は話してくれた
でも、3人で仲良く家族と家庭を護ってきたそうだ
「いろいろあったけどね」
ケラケラと笑いながら話す彼女だが、本当にいろいろあったのだと思う



《真夜中に ベルがなった おじいさんの 時計
 お別れのときがきたのを みなにおしえたのさ
 天国へのぼる おじいさん 時計とも お別れ
 いまは もう動かない その時計
 百年 休まずに チク タク チク タク
 おじいさんと いっしょに チク タク チク タク
 いまは もう動かない その時計》

おじいさんは私がまだ幼い頃に亡くなった
穏やかな笑みを浮かべて、満足気な顔だったことを覚えている
とても安らかに眠りについたようだった

しかし、彼女の悲しみは 遺された家族以上のものだった
彼女がおじいさんの時計に すがりついて泣き叫んでいた姿を今でも覚えている
「ちょっと! 何で止まってるのよ! 動きなさいよ! たかが100年くらいで壊れたっていうの!
 冗談じゃないわよ! これから先、あの人なしで生きていけって言うの!
 ホラ! 早く動きなさいよ! 動きなさいったら! 早くあの人を起こしてよ……
 ねえ……ねえ……お願いだから……あたしから、あの人をとらないで……」
家族は見守ることしか出来なかった。

数ヶ月が経ち、季節が巡り。私の成長する姿を見守ることで彼女は立ち直ってくれた。
「孫のことを頼む」
おじいさんの遺言の一つだったそうだ
彼女は父を新たなマスターとし、その後も私たちと共に暮らし
私の成長を見守ることになる。




《ある日 パパと二人で語り合ったさ
 この世に生きる喜び そして 悲しみのことを》

父の書斎に呼ばれ、部屋に入ると父と母と彼女が居た。
「外に行こうか」
父に促され、二人で部屋を出る。
視界の端で母は涙を拭いているのが見えた。彼女は おじいさんを亡くした頃の顔をしていた。



《その時 パパは言ったさ ぼくを胸にだき
 つらく悲しいときにも 泣くんじゃないと》

父と二人で いつもの散歩道を歩く。この林を抜ければ見晴らしのいい丘の上に出る。
家族でよくピクニックに来る場所だった。
父と私はいろいろな話をした。家族のこと、学校のこと、友人のこと、私の将来のこと。
言葉が途切れ、二人の間に沈黙があった。父と私は風にそよぐ草花を眺めていた。
ふいに、父は私を抱きしめ、私に言った。
「これから、なにがあっても強く生きろ。母を守れ。兄弟を守れ。友人を大切に。自分を愛し、家族を愛せよ。
 そして、彼女のことを頼む」



《ある朝 ぼくは目覚めて そして知ったさ
 この世につらい悲しいことが あるってことを》

父の枕元に立つ。もう、すでに旅立った父が寝ている。
母は泣き崩れ、弟と妹も号泣していた。集まった使用人達からも嗚咽がこぼれる。
「不治の病だったのよ」
彼女が呟く。
「分かった時には、もう手の施しようがなかったの……。我慢強い、いい子だったわ……」
彼女は慈しむように父の髪を撫でる。
父が……優しかった父が、勇敢だった父が、もう いないなんて!

私は部屋を飛び出し、当ても無く走り続けた。



《あの時 パパと約束したことを守った
 拳をかため 胸をはり 僕は立っていた》

走る、走る、走る。
湧き上がる悲しみを どうしていいのか分からずにとにかく走った。
気がつくと、父と最後に話をした丘に来ていた。
『これから、何があっても強く生きろ』
父は どんな気持ちで私に そう言ったのだろう?
まだ幼い弟や妹のことを どう考えていたのだろう。家族を遺して旅立たねばならなかった父は 何を思っていたのだろう?
涙が止まらなかった。
『辛く、哀しい時でも、泣くんじゃない』
父の言葉を思い出す。でも、でも、父さん! 哀しいのです……哀しいのです! 父さん!

「泣くのは およしなさい。貴方の父上は貴方が哀しみに流されることを望んではいませんでしたよ」
振り返ると彼女が立っていた。
「あの人は、まだ若い貴方が当主の跡を継いでいけるか悩んでいました。
 自分が、貴方が成長するまで生きていられないことも知っていました。
 遺された家族や使用人たちを立ち直らせるのは貴方しかいないのです。
 さあ、涙を拭きなさい。泣いてはいけません。貴方が泣けば、父上は安らかに眠れません。
 昔から、貴方が泣くたびに落ち着くまで眠らないで傍にいたような人ですから」
そう諭す彼女も涙声だった。彼女に見つめられる。
私は歯を食いしばり、涙を拭き、力いっぱい拳を握り、彼女を見つめ返した。
そう、父亡き今、私が当主なのだ。私が母を守り、兄弟を守り、家族を愛さなければならない。
しかし、まだ子供扱いされるような私に 当主など務まるのだろうか?
胸に不安がよぎる。
「何も心配することはありません。貴方に足りないものは私が補います。私が支えます。私が、貴方と共に生きていきます。
 だから、どうか私のマスターになってください。貴方のおじいさまや父上からいただいたものを 貴方に返させてください。
 決して、貴方を独りにはしませんから……」
私の手を取り、強く握り締めながら、彼女は言った。
私と彼女は その場で契約を結んだ。



《その朝 パパは出かけた遠い旅路へ
 二度と帰ってこないと 僕にもわかった》

父の葬儀を済ませる。途中、何度も哀しみと不安で押しつぶされそうになるが
彼女が隣に居てくれたおかげでのり切ることができた。
もう、父はいない。父は……帰ってこない。



《やがて 月日が過ぎゆき僕は知るだろう
 パパの言ってたことばの ほんとの意味を》

当主と言う仕事は思いのほか忙しいものだった。学校へ通いながら、父の遺した事業を引き継ぐ。
私は、忙しさに振り回され 哀しさを忘れていた。
慣れないことを無理にやっている為、私にイライラが募る。
そんな時はいつも、彼女が癒してくれた。
母にさえ甘えられなくなった私にとって、彼女は母であり、姉であり……恋の対象だった。
おじいさんや父も、同じだったのだろうか?
『彼女のことを頼む』
父の言葉を思い出す。



《いつか 僕も子供と語り合うだろう
 この世に生きる喜び そして 悲しみのことを》
 グリーン グリーン
 青空には かすみたなびき
 グリーン グリーン
 丘の上には ララ 緑が広がる 緑が広がる 緑が広がる 緑が広がる》

少年期を終え、世間からも青年と言われる年代になった私は いまも彼女と一緒にいる
母は老いて家に篭もるようになったが、彼女と一緒に庭園の手入れをしたり
父の思い出話をしたりで落ち着いた暮らしをしている。
弟や妹は寄宿舎に入り、奔放な日々を送っているらしい。
時折、アカデミーから苦情が入ることが悩みどころではあるが 父の代わりとしては嬉しく、頼もしくもある。
かつての使用人たちもほとんどの人は残ってくれた。
いまでも、私の仕事を支えてくれている大切なパートナーだ。

「何をなさっているのですか?」
「キミか……。ちょっとね、昔を思い出していたよ」
「昔ですか」
「ああ、私が子供の頃からの思い出さ。いつも、キミがいた」
「マスターのおじいさまのお父様との約束でしたから。決して、独りにはしないって」
「約束……か。 それだけ?」
「……ふふっ。私は宝石乙女。分をわきまえていますから。望んではいけないこともあるのです」
「私には解るんだ。おじいさんも父上もキミのことを どれだけ愛していたのか。本当は、何を望んでいたのか」
「みなさんの気持ちは知っていました。でも、その望みは果たしてはいけないのです。
 私は これから先も貴方や貴方の子供も、その次の子供たちも見守って生きていきます。ずっと……私の命が尽きるまで
 それが、私のもう一つの望みでもあるのです」
「もう一つのねぇ……」
「はい。私には それで十分なんですよ。たとえ、結ばれることが無くても
 マスターの気持ちは受け取っていますから」

それから数ヵ月後、私は妻と結ばれる。さらに1年後、子供に恵まれ家族が増えることになった。
彼女はことのほか喜び、それ以来 私よりも子供の世話に勤しんでいる。
ああ、そうか。 思えば私にも付きっ切りだったなぁ。
幼い子供に大切な彼女をとられる寂しさと嬉しさと、おじいさんや父も同じ気持ちを味わったに違いない。

いつか、私も子供たちに伝えよう。おじいさんが教えてくれた優しい眼差しで
父が教えてくれた生きる喜びと哀しみのことを
彼女のことを よろしく頼むと精一杯の気持ちを込めて







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