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薄曇りの空

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「『毎日たくさんご飯が食べられますように』……って、いつもたくさん食べてるのに」
 大家さんからもらった小さな竹。
 それに吊された、色とりどりの飾りと4つの短冊。
 今日は七夕。実家では8月にやっていたから、ちょっとだけ変な感じだ。空も曇っているし。
「えへへ。でもご主人様のご飯はいくら食べても足りないんですよ。美味しいですから」
「そ、そう……」
 でも、曇り空でも笑顔を向けてくれる蛋白石がいれば、こんな七夕も悪くないと思う。
「それよりも、妾は主様の願い事が気になりますね」
 唐突に殺生石が間に割り込んでくる。かなり不機嫌そうだ。
「あ、私も気になるー。えっと、ご主人様のはー……」
「これですね……『家庭円満』とは、また普通ですね」
 確かに、書いていた僕も普通すぎるなとは思っている。
 でも、それでいいのだ。
「あぁ……個人的なお願いってなかったから。なんだかいつも満足しちゃってて」
「どうしてですかー?」
「んー……みんながいるから、かな?」
 こんなにも毎日が充実しているのは、きっとみんながいるから。
 だから、そんな家庭をいつまでも続けていたいと願うのは、当然のことだと思う。
「ご主人様の迷惑になってなくて、良かったです」
「そうですね。妾達の事を望んで頂けるのは、とても光栄なことです……当然、妾も
主様がこの場にいることを望んでいますが」
「あはは……あ、電気石寝ちゃったね」
 床に横たわって寝息を立てる電気石。
 もう夜も遅い。そろそろ寝る時間だ。
「ほんとだ。じゃあ、私もそろそろ寝ますね」
 電気石を抱き上げ、居間を出て行く蛋白石。
「おやすみなさい」
 去り際に、笑顔をこちらに向けてくる蛋白石。
 その笑顔に、僕も笑顔で答えた。

 灯りを消し、曇り空を見上げる。
 やや薄い雲から、時折淡い月明かりがわずかに差し込む。
 天の川は見えないけれど、こういうのを楽しむこともまた悪いものではないと思う。
「賑やかでしたね」
 先ほどより穏やかな表情を浮かべている殺生石がつぶやく。
 今日、こうして二人きりになる時間を作るのは、1ヶ月以上前からの約束だったりする。
「うん。賑やかな七夕なんて、なんだか久しぶりだよ」
「わたくしは祝ったことすらありません。第一1年でたった1日しか逢えない
思い人同士など、悲しすぎますから」
 殺生石らしい意見だと思う……いや、きっと昔はそんなことを考えたことなど
無かったんだろう。
 ……遠くから聞こえる、街の音……沈黙が続く。
「もうすぐ、1年」
 風の音と共に、殺生石の声が耳に届く。
 同時に、僕の肩に彼女の頭が寄りかかってくる。
 いつ触っても手触りの良い髪に、腕が包まれる。
「本当に、幸せな1年……」
 腕が抱き寄せられる。
「あのとき、だんな様と出会えたこと。本当に嬉しく思います」
「……僕も嬉しいよ」
 偽りのない気持ち。
 短冊が、竹の葉と共に揺れる。
 月明かりに照らされ、殺生石の短冊が目に入る。
 『この時を、永遠に』
 全てを読むことは出来なかったが、その一文だけが頭に残る。
「このまま、時が止まってしまえばいいのに」
 そうつぶやいた殺生石は、あまりにも寂しそうな顔をしていた。
 どうしても放っておけないほど、寂しそうな顔……。
 ……ゆっくりと、殺生石の肩を抱き寄せる。
 僕の行動に、彼女はただ黙って身をゆだねる。
 …………たった1年で、僕はどうしてこんなにもこの子が好きになってしまったのだろう。
 眠るわけでもなく、ゆっくりと目を閉じる殺生石。
 そんな彼女の頭に、僕も顔を寄せる。
 ……とても、静かだった。

          ◇

 『この時を、永遠に続けられますように』
 わたくしの真摯な願い。
 でも、本当はそれだけじゃない。
 ……ただ、その願いは必要がないだけ。
 『主様の寵愛を、受けられますように』
 わたくしは、主様に愛されている。
 そう、確信が持てる……だからこの短冊は、ずっと懐にしまっておこう。

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