最初に覚えたのは不快感だった。
頭の中を誰かにこねくり回されているような感覚と、喉からせり上がってくる胃液の味。意識が覚醒していくにつれて胃が痙攣していき、嘔吐が口の中に拡がり、それをなんとか飲み下す。
ぜぇぜぇと息をして酸素を取り込んでいると、水の中のようなくぐもった音ではあるが、なにか音が聞こえてきた。なんと言っているのかは聞き取れない。天野ナツメの三半規管は、いまだ脳震盪から回復していなかった。
頭の中を誰かにこねくり回されているような感覚と、喉からせり上がってくる胃液の味。意識が覚醒していくにつれて胃が痙攣していき、嘔吐が口の中に拡がり、それをなんとか飲み下す。
ぜぇぜぇと息をして酸素を取り込んでいると、水の中のようなくぐもった音ではあるが、なにか音が聞こえてきた。なんと言っているのかは聞き取れない。天野ナツメの三半規管は、いまだ脳震盪から回復していなかった。
第一回放送が死者の名前を読み上げ、有星アキノリが呼ばれてから少しして、ナツメはゆっくりと目を覚ました。頭は割れるように痛く、それ以上に強い倦怠感に体に力がまるで入らない。人間の体は気を失って直ぐに立てるようにはできていないのだ。寝かされていた布団の上で寝返り一つうてず、かすかに頭を振って辺りを見渡す。といっても天井しか視界に入らないのだが。
(知らない天井だ。)
自分の現在地がわからず漠然と不安になるが、ここがどこかと考えることで頭の中で記憶が繋がっていく。チャイナ服の少女に、玉砂利の音、銀髪で髪を高く盛っていたオジサン。バラバラのイメージが時系列に沿って1つのストーリーを作っていく。
頭の中でなにかが蠢いていく。それは予感だった。なにかとても大きなことが変わろうとしている。いまや体は燃えるように熱く、聞いたことのない音が体から発せられている。
頭の中でなにかが蠢いていく。それは予感だった。なにかとても大きなことが変わろうとしている。いまや体は燃えるように熱く、聞いたことのない音が体から発せられている。
(なに……これ……どうなってるの!?」
言葉にならなかった言葉が明瞭に発せられるようになり、今まで力なく横たわるしかなかったのが上体を跳ねるように起こせる。バサリ、と顔になにかが引っかかり、反射的に払い除けようとして気がつく。それは自分の髪だった。
「なんでこんな髪が、しかもなんか頭に着いてる!」
引っ張ったときの痛みからまさかと思ってよく見てみれば、それは自分の髪だったのだ。もちろん、彼女にこんなにも長い髪を持っていた自覚など無い。起きたら突然何ヶ月も髪を切っていなかったかのように長くなっていたことに困惑するが、それだけに驚く間もなく、手に触れたなにかに気がつく。髪をかき分ける中でなにか棒状の物に触れた。引っ張ってみるがまるで取れる気配がない。まるで頭蓋骨に刺さっているかのようなそれに無理やり取ろうとするのをやめて、恐る恐る立ち上がると、鏡は無いかと部屋を見渡した。
異様にクリアな視界に困惑を深めつつも、とりあえず自分がいるのが一般的な生活感のある和室であることに気がつく。やけに仏教関連らしいグッズはあるがそんなことはどうでもいいことだ、重要じゃない。タンスの横にある姿見の前に走ると、勢い余って突っ込みそうになって、慌てて踏みとどまると、自分の姿に驚いた。
異様にクリアな視界に困惑を深めつつも、とりあえず自分がいるのが一般的な生活感のある和室であることに気がつく。やけに仏教関連らしいグッズはあるがそんなことはどうでもいいことだ、重要じゃない。タンスの横にある姿見の前に走ると、勢い余って突っ込みそうになって、慌てて踏みとどまると、自分の姿に驚いた。
「つ、角──」
『逃げろ!』
『逃げろ!』
いつの間にか服が変わっていた。どこかの民族衣装のような赤い服に。まず目に入ったそれに驚き視線が下に向き、ついで上へと向くと、その髪は伸びて風も無いのにたなびき、その耳も鋭く伸びてエルフのようになり、そして額からは角が生え。
自分の真後ろにいた人形が灰皿を自分の後頭部に振り下ろしていたまさにその瞬間が鏡写しになっていた。
自分の真後ろにいた人形が灰皿を自分の後頭部に振り下ろしていたまさにその瞬間が鏡写しになっていた。
「ギャッ! やめ──」
膝から崩れ落ち、悲鳴を上げようとするのに声が出ない。急速に体から力が抜けていっている。
妖怪ウォッチに手を伸ばすが、そこには奇妙な梵字の列が鎖のように巻き付いていた。
そして視界の端できらめく光が、ナツメの背中から腹へと抜けた。
妖怪ウォッチに手を伸ばすが、そこには奇妙な梵字の列が鎖のように巻き付いていた。
そして視界の端できらめく光が、ナツメの背中から腹へと抜けた。
「なあ天……陽菜、天野の親戚だったりするか?」
「……ううん。同い年の知り合いはいない……」
「そうか……ま、別にどうってわけじゃねえけどな。」
「……ううん。同い年の知り合いはいない……」
「そうか……ま、別にどうってわけじゃねえけどな。」
日比野明は、自分の首輪から流れた放送を聞いて、腕組みして空を見上げながら言った。
この寺で戦闘があったのは数時間前のことだ。ここで日比野が最初に目にしたのは、武市変兵太と木本麻耶の死に立ち会ったところから。故に、ここで実際に人が死ぬことは既に理解はしていた。
安土流星が彼らの死体を運ぶのを手伝いもした。警察だとのたまう彼に普段なら絡むところだが、さしもの日比野もその気にはなれなかった。ただ彼の手際からなにか専門的な知識があるのだろうなと思った。
死体は頭が割れていた。侍の方は頭蓋骨がぱっくりと割れていて、中身が覗いていた。きっとあれは脳味噌だろう、もう蟹味噌食えねえなと、数時間経ってもくちざみしさが全くわいてこない。少女の方も、胸に妙な膨らみがあった。ちらりと見えたそれが肋骨だと気づいたのは、彼が料理の中で骨というものに触れる機会があったからだろう。
食事と死は近い。食べ物とはつまりなにかの死体だ。普段自分が調理している側の存在に人間がなったとき、日比野にできることは何もなかった。
そんな中で唯一できたのが天野陽菜との会話だった。はじめ、彼は同級生の天野司郎の親戚かと思った。すぐに違うとわかって、以後会話は、この放送後の先程のやりとりまで無かった。
ほんの雑談の気だった。仲間と苗字が同じだからという理由だけの場繋ぎの。それが2度目のときには違った意味になっていた。
この寺で戦闘があったのは数時間前のことだ。ここで日比野が最初に目にしたのは、武市変兵太と木本麻耶の死に立ち会ったところから。故に、ここで実際に人が死ぬことは既に理解はしていた。
安土流星が彼らの死体を運ぶのを手伝いもした。警察だとのたまう彼に普段なら絡むところだが、さしもの日比野もその気にはなれなかった。ただ彼の手際からなにか専門的な知識があるのだろうなと思った。
死体は頭が割れていた。侍の方は頭蓋骨がぱっくりと割れていて、中身が覗いていた。きっとあれは脳味噌だろう、もう蟹味噌食えねえなと、数時間経ってもくちざみしさが全くわいてこない。少女の方も、胸に妙な膨らみがあった。ちらりと見えたそれが肋骨だと気づいたのは、彼が料理の中で骨というものに触れる機会があったからだろう。
食事と死は近い。食べ物とはつまりなにかの死体だ。普段自分が調理している側の存在に人間がなったとき、日比野にできることは何もなかった。
そんな中で唯一できたのが天野陽菜との会話だった。はじめ、彼は同級生の天野司郎の親戚かと思った。すぐに違うとわかって、以後会話は、この放送後の先程のやりとりまで無かった。
ほんの雑談の気だった。仲間と苗字が同じだからという理由だけの場繋ぎの。それが2度目のときには違った意味になっていた。
(天野、小黒、菊地。お前らは死ぬようなタマじゃねえだろ? 死ぬような……)
日比野はもっと空を見上げる。何時間経っても代わり映えのない空だ。悪趣味な赤に黒い雲がとぐろを巻き、時々稲光が走る。まさに地獄のような光景は、見れば見るだけ気が滅入る。それでも上を向き続かるしかない日比野が目元を拭って顔を下げたのは、慌てた様子で、しかし冷静になるよう努力して流星が話しかけてきたからだ。
「全員、直ぐに着いてきてほしい。」
「……ああ、今行く。」
「……ああ、今行く。」
流星が向かってきたのは、少女が寝かされている部屋の方からだ。彼女に何かあったのだろうと察する。それがいいことか悪いことかは不明だが、ここでこうしていても仕方がないのだ。そう、仕方がないから、日比野はようやく動き出せる。でなければ何時間でも天を見つめるしかなかっただろう。
「■■■■■?」
「フウカも着いてきてくれ。」
「フウカも着いてきてくれ。」
1人言葉の通じない少女、フウカもただならぬ気配を感じてか、おどおどと日比野たちの前を歩く。彼女の首輪からは日本語ではない言葉が流れていたなと日比野は漠然と思った。直ぐに天野の名前が呼ばれてそれどころではなくなったが。
「落ち着いて見てほしい。」
わかってるよ、と相づちを打つこともせず、日比野は最後尾からノロノロと着いていった。思い詰めて下を向いて歩く陽菜より、更に足取りは重い。彼女も誰か友人が死んだのだろうか。それを問う勇気もなければ、問えるデリカシーの無さも今の日比野には無かった。
寺の中庭から縁側を経て廊下を歩く。少女が寝かされている部屋まではせいぜい10mほどの距離しかない。それがやけに長く感じられる。時間が引き伸ばされているような感覚なのだ。もっとも、それはこのあとすぐに無くなったが。
流星がふすまを開ける。その瞬間飛び込んできたのは、赤まみれの和室だった。
寺の中庭から縁側を経て廊下を歩く。少女が寝かされている部屋まではせいぜい10mほどの距離しかない。それがやけに長く感じられる。時間が引き伸ばされているような感覚なのだ。もっとも、それはこのあとすぐに無くなったが。
流星がふすまを開ける。その瞬間飛び込んできたのは、赤まみれの和室だった。
「何者かに彼女が殺された。」
血溜まりの中に沈む少女の死体に、日比野たちは悲鳴を上げた。
「誰かがこの寺に忍び込んでる、全員1か所にいてくれ。」
「おいおいおいおいなんこれ!」
「そんな……そん……」
「■、■■■■? ■■? ■■■……■■■■■。」
「おいおいおいおいなんこれ!」
「そんな……そん……」
「■、■■■■? ■■? ■■■……■■■■■。」
三者三様の反応をする3人。日比野はただ叫び、陽菜は目の前の光景を受け入れられず、フウカは引きつった顔で何ごとか話している。流星は3人を先導して襖を隔てた隣の部屋に入ると、ちゃぶ台の前に腰を下ろした。
「怖い気持ちはわかるが、協力してくれ。1か所にまとまっていないと襲われる。」
「襲われるって、だ、誰に。」
「この寺に侵入している殺人犯にだ。」
「襲われるって、だ、誰に。」
「この寺に侵入している殺人犯にだ。」
とてもではないが座る気になどなれず、日比野たちはちゃぶ台を囲んで立ち竦む。突然の惨殺死体に姿の見えない殺人犯という情報で冷静になれるわけがない。
だがそんな3人とは違い流星は努めて落ち着いて話して聞かせる。
だがそんな3人とは違い流星は努めて落ち着いて話して聞かせる。
「犯人は、意識を失っている彼女を狙った。自分より弱い相手しか狙えない卑怯者だ。こうして全員で同じ部屋にいれば襲ってはこれない。」
「んなことわかんねえだろ、銃持ってたらみんな撃ち殺されちまう!」
「いや、それはない。」
「なんで!」
「彼女は銃で殺されていない。」
「んなことわかんねえだろ、銃持ってたらみんな撃ち殺されちまう!」
「いや、それはない。」
「なんで!」
「彼女は銃で殺されていない。」
声を荒らげる日比野に、流星は冷静に続けた。
「誰か銃声聞いたか?」
誰も答えない。もちろん、そんなものは聞いていない。流星は3人の顔を1人ずつよく見ると、声を低くして続けた。
「犯人は、銃を使えなかったんだ。気づかれるから。おかしいと思わないか、この寺にだって拳銃だけでも20丁あった。なのに、犯人は拳銃以外で殺している。使えない理由があった。」
「理由って?」
「それはわからない。単に銃を使う自信が無かったか、音を立てたくなかったか。だが手がかりは。」
「理由って?」
「それはわからない。単に銃を使う自信が無かったか、音を立てたくなかったか。だが手がかりは。」
言葉を区切ると、流星は襖を見る。全員の視線が、殺害現場とこの部屋とを隔てる襖へと向けられた。
「あの部屋を調べればわかるかも知れない。」
重い沈黙が流れた。
殺害現場に入る。死体を調べる。そしてその先は、誰も想像したくない。したくないのに脳が強烈な死のイメージを沸き上がらせてくる。
殺害現場に入る。死体を調べる。そしてその先は、誰も想像したくない。したくないのに脳が強烈な死のイメージを沸き上がらせてくる。
「…………あの部屋に、入るの?」
言葉のわからないフウカはともかく日比野が何も言わないので、仕方なく陽菜が言った。その声色にはありありと行きたくないという意思が込められている。
そして流星はもちろん、その言葉に頷いた。
そして流星はもちろん、その言葉に頷いた。
「ああ、これはどうしても必要なことだ!」
そしてすぐさまに続ける。
「ただ……犯人の侵入経路だけなら他の方法からも割り出せるかもしれない。」
「そうなのか?」「そうなの?」
「ああ。2人がいつどこにいたかが分かれば、少なくともそこに犯人はいなかったことになる。」
「そうか、なるほど、そうかそうか。じゃあなんでも聞いてくれ。陽菜もそれがいいよなっ。」
「うんっ。」
「では日比野から。話は、そうだな、ここで情報交換が終わった3時から今までで頼む。」
「おうっ。そうだな、ずっとこの部屋にフウカといたぞ。あ、4時と5時に、トイレに行った。5時のトイレの帰りに陽菜と中庭で会って、その後フウカもトイレ行って、6時前にトイレに行った後は呼ばれるまで3人で中庭に居たぜ。」
「私は、5時ぐらいまで安土さんと一緒にお寺に落ちてる武器を拾ったり、リストを作ったりしていて、それからはずっと中庭に居ました。」
「……■■〜、■■■■■■■■■■?」
「フウカはわからないか……よし、これだけじゃわからないな、現場をしらべよう。」
「「ええっ!」」
「そうなのか?」「そうなの?」
「ああ。2人がいつどこにいたかが分かれば、少なくともそこに犯人はいなかったことになる。」
「そうか、なるほど、そうかそうか。じゃあなんでも聞いてくれ。陽菜もそれがいいよなっ。」
「うんっ。」
「では日比野から。話は、そうだな、ここで情報交換が終わった3時から今までで頼む。」
「おうっ。そうだな、ずっとこの部屋にフウカといたぞ。あ、4時と5時に、トイレに行った。5時のトイレの帰りに陽菜と中庭で会って、その後フウカもトイレ行って、6時前にトイレに行った後は呼ばれるまで3人で中庭に居たぜ。」
「私は、5時ぐらいまで安土さんと一緒にお寺に落ちてる武器を拾ったり、リストを作ったりしていて、それからはずっと中庭に居ました。」
「……■■〜、■■■■■■■■■■?」
「フウカはわからないか……よし、これだけじゃわからないな、現場をしらべよう。」
「「ええっ!」」
あっさり話が終わってしまい日比野と陽菜は悲鳴に似た声を上げる。あの部屋に入らなければならないというのはそれだけの勇気がいるものだ。
そんな2人を無視するかのように、流星は襖を開けた。
ムワッと濃厚な血と、強烈な糞の臭いが4人を襲った。襖越しにも臭っていたそれの直撃を受け、心得のある流星以外はえづく。そんな3人を後ろに、流星は手袋を付けると少女の前にしゃがみ合掌した。
そんな2人を無視するかのように、流星は襖を開けた。
ムワッと濃厚な血と、強烈な糞の臭いが4人を襲った。襖越しにも臭っていたそれの直撃を受け、心得のある流星以外はえづく。そんな3人を後ろに、流星は手袋を付けると少女の前にしゃがみ合掌した。
「おえっ、じゅ、準備がいいな……」
「いつも持ち歩いてるんだ、こういう時のために。」
「さすがっスね……おええ……」
「いつも持ち歩いてるんだ、こういう時のために。」
「さすがっスね……おええ……」
流星はまず傷口を検めた。頭部と背部を入念に調べ、手帳にメモしていく。
「後頭部を2度殴られている。ちょうど真ん中か。背中はメッタ刺しだな。28ヶ所の刺し傷だぞ。確実に殺したかったんだろう。」
「うっ……」
「おい、陽菜、陽菜!」
「■■■!?」
「うっ……」
「おい、陽菜、陽菜!」
「■■■!?」
あまりの惨状に卒倒するのを日比野が支えるが、彼もまたとても立っていられる状態では無い。
「なぜ、犯人は寝ている彼女をうつ伏せにした? 姿見の前まで運んで。」
「鏡の前にいたところを殴られたんだろ、おいもういいだろ!」
「彼女には5時の段階で意識障害が見られた。それから1時間で立って歩くのは困難だ。」
「■■■、■■■■■■■■■■!」
「鏡の前にいたところを殴られたんだろ、おいもういいだろ!」
「彼女には5時の段階で意識障害が見られた。それから1時間で立って歩くのは困難だ。」
「■■■、■■■■■■■■■■!」
叫ぶ日比野とフウカに構わず、流星は死体を漁る。その中で、腕時計が無くなっていることに気づいた。服も漁り、彼女のスマートフォンも入手する。
「犯人は腕時計を持っていた。だがスマートフォンはそのままだ。彼女の名前は──」
「おいいい加減にしろってんだ!」
「──天野ナツメ。」
「えっ。」
「■■■、■■■!」
「おいいい加減にしろってんだ!」
「──天野ナツメ。」
「えっ。」
「■■■、■■■!」
突然、フウカは陽菜と日比野を部屋から押し出し始めた。その様子は明らかに焦っている。日比野には全くわからないが、必死に何かを訴えている。そのジェスチャーはまるで『逃げろ』と訴えかけているかのようだった。
だがそれに日比野は従えなかった。陽菜もだ。聞こえてきた苗字が、自分の知り合いではないかという一抹の疑念を呼んだのだ。別に、日比野からすれば天野司郎の親戚であっても会ったことのない人間に変わりはないし、陽菜も自分と同い年ぐらいの親戚などいない。そんな当たり前のことはわかっているのに、その場を離れられないのだ。また1人自分に関わる人が死んだのではないかと思うと、足が動いてくれないのだ。
だがそれに日比野は従えなかった。陽菜もだ。聞こえてきた苗字が、自分の知り合いではないかという一抹の疑念を呼んだのだ。別に、日比野からすれば天野司郎の親戚であっても会ったことのない人間に変わりはないし、陽菜も自分と同い年ぐらいの親戚などいない。そんな当たり前のことはわかっているのに、その場を離れられないのだ。また1人自分に関わる人が死んだのではないかと思うと、足が動いてくれないのだ。
「2人とも、彼女の身元に心当たりはあるか?」
「いや……」「ううん……」
「そうか。とりあえず、捜査は中止しよう。まずはフウカ、君に落ち着いてもらうのが先だ。」
「いや……」「ううん……」
「そうか。とりあえず、捜査は中止しよう。まずはフウカ、君に落ち着いてもらうのが先だ。」
4人は部屋を後にして襖を閉める。それまで開けていたのもあって臭いが充満しているので他の離れた部屋に移動することにした。その間もずっとフウカは盛んに全員をどこかに連れて行こうとする。日比野は、まあそうだろうなと思った。日比野だってあんな場所に二度と行きたくない。神楽が助けを呼んでくるのでなければ即刻この寺からも逃げ出したいところだ。
さすがの流星も言葉の通じない彼女には手を焼くようで、日比野に変わって肩を貸していた陽菜を再び日比野に預けている。そしてようやく気づいた。
さすがの流星も言葉の通じない彼女には手を焼くようで、日比野に変わって肩を貸していた陽菜を再び日比野に預けている。そしてようやく気づいた。
「あれ……陽菜がいねえ。」
「なにっ。」
「なにっ。」
流星の冷静な顔が崩れた時だった。
(やっぱり奴が犯人か。)
「日比野、絶対にフウカから離れるな!」
「日比野、絶対にフウカから離れるな!」
安土流星は信頼できる警察官の仮面を脱ぎ捨てて走り出した。
実のところ、流星は天野陽菜が第一容疑者であると見てこれまで推理を披露してきた。彼女たちには外部犯であるかのように言ったが、当然ながらこの寺で神楽を待つに当たって、謎の少年『タイ』が戻ってくる可能性は想定している。犯人は現場に戻るとは使い古された言葉だが、存外嘘ではないのだ。それに彼以外にもマーダーが襲撃してくる可能性は当然ありえる。今どきの寺ならあって当たり前の監視カメラなどの防犯システムはもとより、鳴子などの古典的な仕掛けも木々の間に張ることで、敷地内に外から立ち入ればすぐに気づけるようにしていた。この辺り怪盗相手の捜査の経験が活きている。神出鬼没の犯罪者を相手どるにあたって、使える手段は古臭くても選んでいられない。
その上で言える。外部犯はありえない。人感センサーや流星の施した仕掛けをこの暗闇の中前情報無く1つも引っかから無いというのは不可能だ。寺の中の武器を回収する折に自分が侵入者ならどうするかを考えて慎重に動いても、監視カメラなどを後から確認すれば丸わかりだった。
また、死体の傷からも内部犯、もとい子供が犯人だと当たりはつけられた。天野ナツメの頭部の傷は後頭部でも首に近い位置で、ここに打撲を加えるには下からすくい上げる様に殴りつけるか、あるいはナツメより小柄な人物が振りかぶって殴りつけたが距離などの関係からギリギリで当たった場合か、トリックでもなければそのどちらかだ。この位置は脳幹に近く頭部への打撃において特に致命の一撃になることも気になりはするため、これだけで断定はできないが、とにかくこれが死因の大なるところなのはほぼ間違いないと言える。脳震盪でダメージを負ったところに追撃ちをかけられたのが致命傷になったのだろう。これは背中の刺し傷からも言える。フウカたちはその臭気に嘔吐いていたが、流星からすれば明らかに腸にまでほとんど達していないレベルの臭いだ。実際に服をめくれば、28ヶ所の刺し傷のうち、脂肪や骨で止まったと思われるのが20ヶ所に及んだ。服の上から刺したことに加えて、何度も刺しているうちに握力が抜けたのだと考えられる。内蔵にまで達していると確認できたのは3ヶ所のみだった。
この2点から考えて、流星は陽菜が殺したとの疑いを強めた。打撲痕は傾きがなかったことから、両手で鈍器として使った灰皿を持ったのだろう。このせいでどちらの手を使ったのかわからないが、日比野であればわざわざ両手持ちしにくい灰皿は片手で持つだろう。多少持ちにくとも両手で持たなければならないのは、陽菜とフウカだ。そして刺し傷。これは傷痕が深いほど傷口が広かった。おおかた、ハサミのような根本に行くほど幅広くなる刃物を使ったと考えられる。誰も返り血を全く浴びていないことが気になるが、服と浅い刺し方、そして頭部への打撃で心臓が止まっていたとあれば、簡易的な用意でも返り血を浴びていない可能性はある。ともかく、犯人は3回は深く刺せるだけのそれなりの握力はあった。この点、フウカでは考えにくい。日比野か陽菜でなければ、人を刺すための武器でもなしにあそこまでの深い傷は作れない。よって消去法で最も怪しくなるのは陽菜だ。
だがなにより彼女を疑ったのは、最初に聞いたアリバイだ。死体を見せて揺さぶって聞き出したのだ、嘘をつかせる余裕を与えなかったし、演技を見破るためにつぶさに観察していた。死体を見て同様していた日比野と言葉の通じないフウカを部屋に残し、陽菜は自分を手伝わさせることで誰かが1人になる時間をなるべく減らしたかいがあったというものだ。
結果わかったのは、6時に日比野と日に単独行動するチャンスがあったということだ。トイレに行った日比野は言うまでもなく、残された陽菜も、言葉の通じないフウカとずっといたと言えばそれを否定するのは難しい。日比野がトイレに行っている間にナツメを殺すことは不可能ではないのだ。
実のところ、流星は天野陽菜が第一容疑者であると見てこれまで推理を披露してきた。彼女たちには外部犯であるかのように言ったが、当然ながらこの寺で神楽を待つに当たって、謎の少年『タイ』が戻ってくる可能性は想定している。犯人は現場に戻るとは使い古された言葉だが、存外嘘ではないのだ。それに彼以外にもマーダーが襲撃してくる可能性は当然ありえる。今どきの寺ならあって当たり前の監視カメラなどの防犯システムはもとより、鳴子などの古典的な仕掛けも木々の間に張ることで、敷地内に外から立ち入ればすぐに気づけるようにしていた。この辺り怪盗相手の捜査の経験が活きている。神出鬼没の犯罪者を相手どるにあたって、使える手段は古臭くても選んでいられない。
その上で言える。外部犯はありえない。人感センサーや流星の施した仕掛けをこの暗闇の中前情報無く1つも引っかから無いというのは不可能だ。寺の中の武器を回収する折に自分が侵入者ならどうするかを考えて慎重に動いても、監視カメラなどを後から確認すれば丸わかりだった。
また、死体の傷からも内部犯、もとい子供が犯人だと当たりはつけられた。天野ナツメの頭部の傷は後頭部でも首に近い位置で、ここに打撲を加えるには下からすくい上げる様に殴りつけるか、あるいはナツメより小柄な人物が振りかぶって殴りつけたが距離などの関係からギリギリで当たった場合か、トリックでもなければそのどちらかだ。この位置は脳幹に近く頭部への打撃において特に致命の一撃になることも気になりはするため、これだけで断定はできないが、とにかくこれが死因の大なるところなのはほぼ間違いないと言える。脳震盪でダメージを負ったところに追撃ちをかけられたのが致命傷になったのだろう。これは背中の刺し傷からも言える。フウカたちはその臭気に嘔吐いていたが、流星からすれば明らかに腸にまでほとんど達していないレベルの臭いだ。実際に服をめくれば、28ヶ所の刺し傷のうち、脂肪や骨で止まったと思われるのが20ヶ所に及んだ。服の上から刺したことに加えて、何度も刺しているうちに握力が抜けたのだと考えられる。内蔵にまで達していると確認できたのは3ヶ所のみだった。
この2点から考えて、流星は陽菜が殺したとの疑いを強めた。打撲痕は傾きがなかったことから、両手で鈍器として使った灰皿を持ったのだろう。このせいでどちらの手を使ったのかわからないが、日比野であればわざわざ両手持ちしにくい灰皿は片手で持つだろう。多少持ちにくとも両手で持たなければならないのは、陽菜とフウカだ。そして刺し傷。これは傷痕が深いほど傷口が広かった。おおかた、ハサミのような根本に行くほど幅広くなる刃物を使ったと考えられる。誰も返り血を全く浴びていないことが気になるが、服と浅い刺し方、そして頭部への打撃で心臓が止まっていたとあれば、簡易的な用意でも返り血を浴びていない可能性はある。ともかく、犯人は3回は深く刺せるだけのそれなりの握力はあった。この点、フウカでは考えにくい。日比野か陽菜でなければ、人を刺すための武器でもなしにあそこまでの深い傷は作れない。よって消去法で最も怪しくなるのは陽菜だ。
だがなにより彼女を疑ったのは、最初に聞いたアリバイだ。死体を見せて揺さぶって聞き出したのだ、嘘をつかせる余裕を与えなかったし、演技を見破るためにつぶさに観察していた。死体を見て同様していた日比野と言葉の通じないフウカを部屋に残し、陽菜は自分を手伝わさせることで誰かが1人になる時間をなるべく減らしたかいがあったというものだ。
結果わかったのは、6時に日比野と日に単独行動するチャンスがあったということだ。トイレに行った日比野は言うまでもなく、残された陽菜も、言葉の通じないフウカとずっといたと言えばそれを否定するのは難しい。日比野がトイレに行っている間にナツメを殺すことは不可能ではないのだ。
(あの放送を聞いて、大量殺人によるゲームからの脱出を狙っている可能性がある。あるいは親族を狙っているのか?)
そして動機にも思い至った。放送では多くの人間を殺害すれば首輪を外すと言っていた。この極限状態の中で判断力が落ちていれば、6時間の間に一番多く殺人するなどというあんな無茶苦茶な言葉を真に受けないとも限らない。なにより気になったのは、彼女も『天野』だということだ。
『アケチ』や『オオバ』、『コバヤシ』や『ノハラ』など同じ苗字を持つ死者の名前が異様に多い。これは単なる偶然で片付けて良いものか。81名の死者のうち、同じ苗字を持つものがなぜこんなに多いのかと言えば、彼らが家族で巻き込まれているからではないか。『マツノ』など3名呼ばれその名前にも規則性があるあたり、主催者は高い確率で家族などの単位でまとめて拉致していると考えられる。全くの無規則に1人ずつ攫うよりはその方が効率も良いだろう。
そして、殺人事件の半数は身内でのトラブルという統計が流星の疑いを更に深める。果たしてナツメは陽菜と無関係なのか? 日比野が言う天野と陽菜は本当に無関係なのか? さして多い苗字ではない『天野』の関係者がこうも1か所に集まるものなのか? 主催者になんらかの意図があるのではないか?
『アケチ』や『オオバ』、『コバヤシ』や『ノハラ』など同じ苗字を持つ死者の名前が異様に多い。これは単なる偶然で片付けて良いものか。81名の死者のうち、同じ苗字を持つものがなぜこんなに多いのかと言えば、彼らが家族で巻き込まれているからではないか。『マツノ』など3名呼ばれその名前にも規則性があるあたり、主催者は高い確率で家族などの単位でまとめて拉致していると考えられる。全くの無規則に1人ずつ攫うよりはその方が効率も良いだろう。
そして、殺人事件の半数は身内でのトラブルという統計が流星の疑いを更に深める。果たしてナツメは陽菜と無関係なのか? 日比野が言う天野と陽菜は本当に無関係なのか? さして多い苗字ではない『天野』の関係者がこうも1か所に集まるものなのか? 主催者になんらかの意図があるのではないか?
(石段から逃げる気かっ。)
リィンと鳴子に使っていた風鈴の音が聞こえた。あれは正面側の低木の間に張らせていたもの、音から逃走経路を察して猛然と走る。流星の健脚を持ってすれば陽菜との距離をあっという間に詰められ、石段を駆け下りようとする陽菜の背中が見えた。
「止まれ!」
銃を抜き出しつつ叫ぶ。振り向いた陽菜は恐怖と焦りをありありと顔に出して、石段を駆け下りだした。もう一度叫びつつセーフティを外し、石段の頂上で立ち止まると銃口を華奢な背中に向ける。狙いは、心臓。
「────────」
20m先の陽菜が目の前にいるかのようにくっきりと見える。
今度は迷わない。
迷えば木本麻耶と武市変兵太のような犠牲を出す。
陽菜の背中が遠のいていく。
1m2mと離れていく。
撃ち下ろすポジショニング、走る手足、胴体に当てるしかない、急所を外すなどという芸当はできない、やったところで医者がいない。
撃つしかない。逃亡を図る被疑者の無抵抗な背中に引鉄を引く他ない。
今度は迷わない。
迷えば木本麻耶と武市変兵太のような犠牲を出す。
陽菜の背中が遠のいていく。
1m2mと離れていく。
撃ち下ろすポジショニング、走る手足、胴体に当てるしかない、急所を外すなどという芸当はできない、やったところで医者がいない。
撃つしかない。逃亡を図る被疑者の無抵抗な背中に引鉄を引く他ない。
ダァン。
体の芯まで銃声が響いた。
駆け下りていた陽菜が足を止め、再び流星を振り返る。
流星の持つニューナンブM60の.38スペシャル弾の発砲音とは違う、もっと強力な銃声だ。
陽菜が撃った、というわけではない。今の彼女は何も持っていない。
音のした方向はむしろ、自分の後方、日比野たちがいる方向。
なぜ? 疑問が心を占める。
全員から銃を取り上げたわけではない、そんなことをしても部屋に隠された銃を見つけたりされかねない、だから銃を持っているという前提ではいた。
だがなぜ日比野は発砲した、犯人に襲われたか、犯人はまだ潜んでいたのか、フウカを殺したか、ナツメを殺したのも日比野か、もしそうならなぜ今回は銃を使った、フウカが発砲したのか、動機は、日比野が陽菜と共犯者の可能性は、いや、陽菜の共犯者は日比野に限らず……
駆け下りていた陽菜が足を止め、再び流星を振り返る。
流星の持つニューナンブM60の.38スペシャル弾の発砲音とは違う、もっと強力な銃声だ。
陽菜が撃った、というわけではない。今の彼女は何も持っていない。
音のした方向はむしろ、自分の後方、日比野たちがいる方向。
なぜ? 疑問が心を占める。
全員から銃を取り上げたわけではない、そんなことをしても部屋に隠された銃を見つけたりされかねない、だから銃を持っているという前提ではいた。
だがなぜ日比野は発砲した、犯人に襲われたか、犯人はまだ潜んでいたのか、フウカを殺したか、ナツメを殺したのも日比野か、もしそうならなぜ今回は銃を使った、フウカが発砲したのか、動機は、日比野が陽菜と共犯者の可能性は、いや、陽菜の共犯者は日比野に限らず……
「そこにいろ!」
流星は陽菜に向けて叫ぶととって返した。確実なのは陽菜は今は撃っていないということ。彼女は限りなく黒に近いが、銃撃犯は寺の中にいるということ。ただの誤射であってくれ、そう願った流星が見たのは。
「き、気をつけろ! ね、ね、狙われてんぞ!」
泣きながらフウカを抱きかかえる日比野と、彼に抱かれながらその胸を赤く染めていたフウカだった。
「■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■。」
「■■■■■■■■■■!」
「■■■……■■……」
「な、なんだろ? 魔力? これは……幻じゃない。」
「■■■■■■■■■■!」
「■■■……■■……」
「な、なんだろ? 魔力? これは……幻じゃない。」
時間は少し遡る。
血溜まりの中に沈む少女の死体に、日比野たちは悲鳴を上げ、それぞれが反応する中、フウカは顔を引きつらせながらも部屋に満ちる不思議な力を感じていた。
らくだい魔女のフウカでも、赤い霧に慣れていたために、その2つの力は際立って異質に感じる。1つはナツメから、もう1つは部屋の中に漠然と感じられる。
だからフウカは、魔法による幻覚かとまずは疑った。本物と見分けのつかない物も魔女ならば作れる。そして彼女の目には微かに見えるのだ。倒れるナツメから漏れて脈打つ魔力が。
血溜まりの中に沈む少女の死体に、日比野たちは悲鳴を上げ、それぞれが反応する中、フウカは顔を引きつらせながらも部屋に満ちる不思議な力を感じていた。
らくだい魔女のフウカでも、赤い霧に慣れていたために、その2つの力は際立って異質に感じる。1つはナツメから、もう1つは部屋の中に漠然と感じられる。
だからフウカは、魔法による幻覚かとまずは疑った。本物と見分けのつかない物も魔女ならば作れる。そして彼女の目には微かに見えるのだ。倒れるナツメから漏れて脈打つ魔力が。
「待って、その人まだ生きてるよ!」
ナツメの体を色々調べる流星を止めようとするも、やはり言葉が通じない。
それどころかフウカはもう一つの魔力が強くなるのも感じた。これはきっと魔法を使おうとしているのだ。
それどころかフウカはもう一つの魔力が強くなるのも感じた。これはきっと魔法を使おうとしているのだ。
「みんな! 逃げて!」
言葉が通じないししかたがない、フウカは陽菜と日比野を部屋から力ずくで追い出しにかかった。大焦りしながら必死にジェスチャーする。このままではたぶん危険なのにそれを教えられないのがもどかしい。それでも強く念じれば、届くのだ。
グッタリしていた陽菜の瞳がしっかりとフウカを見る。彼女はフウカをなだめるために流星が日比野に預けたタイミングでそれとなく自立し、全員の注意がフウカに集まっているタイミングで静かに離れた。伝わった、届いた、そう察したフウカは更に暴れて少しでも注意を引きつける。
グッタリしていた陽菜の瞳がしっかりとフウカを見る。彼女はフウカをなだめるために流星が日比野に預けたタイミングでそれとなく自立し、全員の注意がフウカに集まっているタイミングで静かに離れた。伝わった、届いた、そう察したフウカは更に暴れて少しでも注意を引きつける。
「■■■、■■■■■■■■■■■■!」
「■、■■、■■、■■■■■■■■■。■■■■■、■■■■■■■■■■■■。」
「■、■■、■■、■■■■■■■■■。■■■■■、■■■■■■■■■■■■。」
すぐに流星には気づかれてしまったが、その頃には陽菜の姿は見えなくなっていた。そのことに少しホッとしながらも日比野に連れられてさっきの部屋に戻らされる。ここも危険な気がするが、今は陽菜が逃げられるかが気がかりだ。そのため彼女は見逃した。部屋に置かれたリボルバーを1枚の人形が操り、その銃口を彼女に向けるのを
ダァン。
体の芯まで衝撃が響いた。
次に痛みが、そして寒さが胸を貫いた。
間に合わなかったと、察するには遅かった。
次に痛みが、そして寒さが胸を貫いた。
間に合わなかったと、察するには遅かった。
「■、■■■■■! ■、■、■■■■■■!」
戻ってきた流星に日比野が叫ぶ。その意味はわからないし、もう声も聞こえなかった。ただ、流星が部屋に転がる小さな金属の筒──それが.44マグナム弾の空薬莢であることも、それが部屋の中で発砲があったと流星が推理するに足るものであることもフウカはわからない。だが流星の持つ拳銃が日比野に向けられていくのを、霞んだ目で見て止めなければと思った。
(ダメだよ……どうして……)
流星はフウカに当てないように、日比野の眉間へと狙いをつける。日比野はそれを叫んで制止しながら、フウカで影になっている腹の隙間からデリンジャーを取り出す。一触即発の状態で、また人形がリボルバーを操り、その銃口を今度は流星に向けたとき、フウカの体は最後の煌めきを放った。
命と引き換えの潜在能力の発露。火と風の二重属性を持つフウカだからできる爆風のストリーム。火の魔力を風の魔力で高めたそれが、強烈な一陣の風としてマグナム弾を逸し、流星の顔をかすめるに留める。それが彼女にできる最後の魔法だった。
命と引き換えの潜在能力の発露。火と風の二重属性を持つフウカだからできる爆風のストリーム。火の魔力を風の魔力で高めたそれが、強烈な一陣の風としてマグナム弾を逸し、流星の顔をかすめるに留める。それが彼女にできる最後の魔法だった。
「な、なんで撃たなかったんだ……」
「その銃じゃ……あの弾は装填できない……撃ったのはお前じゃ……ガハッ!」
「その銃じゃ……あの弾は装填できない……撃ったのはお前じゃ……ガハッ!」
人形の発砲に驚いた日比野が引いた引鉄は、1発の弾丸を流星の腹部へと直撃させていた。
暴風の吹き止んで狙えるようになってすぐの発砲。流星ならばその間に自分の命を奪えるという発想には至らず、流星は爆風を第三者の襲撃と判断しそちらに備えた。その結果が流星の腹部への被弾と、そしてこめかみに撃たれたマグナム弾であった。
暴風の吹き止んで狙えるようになってすぐの発砲。流星ならばその間に自分の命を奪えるという発想には至らず、流星は爆風を第三者の襲撃と判断しそちらに備えた。その結果が流星の腹部への被弾と、そしてこめかみに撃たれたマグナム弾であった。
「今のは……危なかった。当たっていれば命は無かったな。」
「お前は……」
「お前は……」
日比野が言い終わるより早く、流星と同じようにこめかみを撃ち抜かれ即死する。歩み寄り3人が確実に死んだことを確認すると、透門沙李は安堵しつつ薄い笑みを浮かべた。
最期のフウカの一撃は憎き伝説の子を思わせる凄まじい妖力を感じた。術式を発動していた沙李では結界を張る間もなく爆死していただろう。その上、あの膨大な妖力のせいで式神との接続も切られてしまった。おかげで至近距離まで接近して式神を操り銃を撃ち、不測の事態に備えて姿を見せてでも確実に死んだか確認するはめになった。
そもそもの話だが、沙李が自衛隊基地を離れなければならなくなったのも、式神との繋がりが切れやすいというこの会場の特性からだ。戦車に乗り込んで脱出していく星乃美紅たちには当然式神を貼りつけていたが、本来よりも遥かに早く監視が及ばなくなってしまった。陰陽術による式神は多様な用途に使える便利な術式でありながら基礎的なものであるが、こうなってはただの人の形をした和紙でしかない。やむなく会場をさまよっているところで感じたのは、天野ナツメの中に潜む朱夏の妖力。そして聞こえてきた放送だった。
沙李の優先順位は竜堂ルナの抹殺だ。憎き竜堂家の末裔で自分を一度は葬った彼女を絶対に虐殺するという強い志を持って行動している。しかしそれはそれとして、自分の命を縛る首輪など外すに越したことはない。そういう意味でも美紅たちの集団を見失ったことは痛かったが、まずは殺せる者から殺そうと、寺に向かわせた式神を操りナツメを射殺しようとした。
誤算は3点。1つはナツメの中の朱夏が命の危機と沙李の邪悪な妖力からナツメを無理矢理覚醒させたこと。彼女が妖怪ウォッチを持っていたこと。そしてナツメ以外にも妖力を持つものがいたことだ。おかげで慌てて灰皿を式神に持ち上げさせて撲殺し、殺しきれたかわからないのでハサミでメッタ刺しすることになった。本当はもっとスマートに殺す気だったが、遠くから妖怪ウォッチに封印を施しながらでは早々高度なことはできない。そしてフウカの存在も厄介だった。負ける気は無いが、一度死んだ身だ、慎重にもなる。そのせいで陽菜が寺から離れ見失ってしまった。彼女たちが勝手に不和に陥っている時は嗤っていられたが、これは失敗である。
最期のフウカの一撃は憎き伝説の子を思わせる凄まじい妖力を感じた。術式を発動していた沙李では結界を張る間もなく爆死していただろう。その上、あの膨大な妖力のせいで式神との接続も切られてしまった。おかげで至近距離まで接近して式神を操り銃を撃ち、不測の事態に備えて姿を見せてでも確実に死んだか確認するはめになった。
そもそもの話だが、沙李が自衛隊基地を離れなければならなくなったのも、式神との繋がりが切れやすいというこの会場の特性からだ。戦車に乗り込んで脱出していく星乃美紅たちには当然式神を貼りつけていたが、本来よりも遥かに早く監視が及ばなくなってしまった。陰陽術による式神は多様な用途に使える便利な術式でありながら基礎的なものであるが、こうなってはただの人の形をした和紙でしかない。やむなく会場をさまよっているところで感じたのは、天野ナツメの中に潜む朱夏の妖力。そして聞こえてきた放送だった。
沙李の優先順位は竜堂ルナの抹殺だ。憎き竜堂家の末裔で自分を一度は葬った彼女を絶対に虐殺するという強い志を持って行動している。しかしそれはそれとして、自分の命を縛る首輪など外すに越したことはない。そういう意味でも美紅たちの集団を見失ったことは痛かったが、まずは殺せる者から殺そうと、寺に向かわせた式神を操りナツメを射殺しようとした。
誤算は3点。1つはナツメの中の朱夏が命の危機と沙李の邪悪な妖力からナツメを無理矢理覚醒させたこと。彼女が妖怪ウォッチを持っていたこと。そしてナツメ以外にも妖力を持つものがいたことだ。おかげで慌てて灰皿を式神に持ち上げさせて撲殺し、殺しきれたかわからないのでハサミでメッタ刺しすることになった。本当はもっとスマートに殺す気だったが、遠くから妖怪ウォッチに封印を施しながらでは早々高度なことはできない。そしてフウカの存在も厄介だった。負ける気は無いが、一度死んだ身だ、慎重にもなる。そのせいで陽菜が寺から離れ見失ってしまった。彼女たちが勝手に不和に陥っている時は嗤っていられたが、これは失敗である。
「……まあ、良い。これで4人、それに……」
沙李は手の上の妖怪ウォッチを弄ぶ。妖怪には彼女も縁がある、ありすぎる。その使い方も経験で大方のあたりはつけられている。妖怪を調伏して従わせればちまちまと式神を使う必要も無い。
だがそれを許さない者が1人。
だがそれを許さない者が1人。
(! 妖力が膨れ上がっている!)
「──急々如律令!」
「──急々如律令!」
長々と唱えている間は無い。予め作っていた護符を鷲掴んでばら撒き、即席の結界を張る。が、耐えられない。押し切られる。
フウカの火の魔力は、同じく火を司る朱夏に最後の煌めきを与えていた。ナツメの肉体的には死亡していても、朱夏の妖力がそれを補い、避けられぬ死を先延ばしにしていた。
フウカの火の魔力は、同じく火を司る朱夏に最後の煌めきを与えていた。ナツメの肉体的には死亡していても、朱夏の妖力がそれを補い、避けられぬ死を先延ばしにしていた。
「もらっていく……」
「し、死に損ないがぁ!」
「し、死に損ないがぁ!」
朱夏の拳がバリバリと結界を割っていく。迷う間などなかった。妖力の濁流で術式がどこまで使えるかわからない今、打てる手は妖怪をウォッチを投げ捨て、リボルバーを手に取ることだった。
「ぐあっ!!?」
即座に発砲し、朱夏の首輪を吹き飛ばす。反動で肩が脱臼するが構っていられない。急速に動きを減じる朱夏が早く死ぬように祈りつつ、結界の維持に努める。
そして朱夏の最期の一撃が床を砕いた時、沙李は安堵と共に失敗を理解した。
ナツメの殴りつけた拳の下には、砕かれた妖怪ウォッチがあった。
そして朱夏の最期の一撃が床を砕いた時、沙李は安堵と共に失敗を理解した。
ナツメの殴りつけた拳の下には、砕かれた妖怪ウォッチがあった。
「ハァハァ、ケホっ、ケホっ!」
そして寺から離れた場所に生き残った少女が1人。
天野陽菜は背後から起きた爆風を感じて振り返った。
実のところ、フウカの魔力を感じたのは沙李だけでは無かった。
彼女が逃げ出したのは、フウカが彼女たちを逃がそうとする中で漏れ出た魔力を見て、フウカもまた自分のように人とは違う何かがあるとわかったからだ。
それは理解というよりかは共感に近い感覚だ。フウカだけは何かがわかったのだと、陽菜は心でわかったのだ。
天野陽菜は背後から起きた爆風を感じて振り返った。
実のところ、フウカの魔力を感じたのは沙李だけでは無かった。
彼女が逃げ出したのは、フウカが彼女たちを逃がそうとする中で漏れ出た魔力を見て、フウカもまた自分のように人とは違う何かがあるとわかったからだ。
それは理解というよりかは共感に近い感覚だ。フウカだけは何かがわかったのだと、陽菜は心でわかったのだ。
「もう……わけわかんないよ……」
それでも、陽菜にできるのはそこまでだ。
森嶋帆高の死を宣告され、ナツメの死体を見て、銃声から逃げてきた。一度に多くのことが起こりすぎている。
路地裏にへたり込むと、寺に背を向けて息を整えるほかない。
こうして4人の参加者が死亡した寺の戦いは終わった。
森嶋帆高の死を宣告され、ナツメの死体を見て、銃声から逃げてきた。一度に多くのことが起こりすぎている。
路地裏にへたり込むと、寺に背を向けて息を整えるほかない。
こうして4人の参加者が死亡した寺の戦いは終わった。
【0613 寺】
【天野陽菜@天気の子@角川つばさ文庫】
【目標】
●大目標
殺し合いたくない。
●小目標
???
【目標】
●大目標
殺し合いたくない。
●小目標
???
【透門沙李@妖界ナビ・ルナ(10) 黄金に輝く月(妖界ナビ・ルナシリーズ)@フォア文庫】
【目標】
●大目標
竜堂ルナに復讐する。
●中目標
首輪を外す。
●小目標
竜堂ルナに悪評を向けさせるためになんでもする。
【目標】
●大目標
竜堂ルナに復讐する。
●中目標
首輪を外す。
●小目標
竜堂ルナに悪評を向けさせるためになんでもする。
【脱落】
【天野ナツメ@映画 妖怪ウォッチシャドウサイド 鬼王の復活(妖怪ウォッチシリーズ)@小学館ジュニア文庫】
【フウカ@らくだい魔女と闇の魔女(らくだい魔女シリーズ)@ポプラポケット文庫】
【安土流星@小説 魔女怪盗LIP☆S(1) 六代目夜の魔女!?@講談社青い鳥文庫】
【日比野明@ぼくらのデスゲーム(ぼくらシリーズ)@角川つばさ文庫】
【天野ナツメ@映画 妖怪ウォッチシャドウサイド 鬼王の復活(妖怪ウォッチシリーズ)@小学館ジュニア文庫】
【フウカ@らくだい魔女と闇の魔女(らくだい魔女シリーズ)@ポプラポケット文庫】
【安土流星@小説 魔女怪盗LIP☆S(1) 六代目夜の魔女!?@講談社青い鳥文庫】
【日比野明@ぼくらのデスゲーム(ぼくらシリーズ)@角川つばさ文庫】