銛と足元に置かれた小球の罠を切り抜けてから数分。
どこから来るのか分からない攻撃、しかも二次元的なものではなく、
空や地面といった三次元的な方向から襲ってくる攻撃は彼らの警戒心を存分に煽った。
たった数分、されど数分。
焦りは精神力を磨耗させ、現に隙という形となって現れ始める。
しかし、姿を見せない襲撃者はここから更に数分間の焦らしをかけた。
ホルマジオが積もった苛立ちのぶつけ所を見失い電柱に怒り任せの蹴りを入れる。
イギーが今にも吠え出しそうに表情を歪めて大きく唸り声を上げた。
アバッキオの足取りも徐々に覚束ないものになっていく。
そして彼ら三人にとって致命的な隙が生まれた。
ホルマジオの背面をカバーしていたスタンドに微妙にだが死角が生まれたのだ。
引き金にかけた指をゆっくりと曲げる。
殺しに対する罪悪感などローティーンの頃には既に捨て去っていた。
表情から読み取れるのは仲間を急に失った二人がどのような反応をするのかという期待だけ。
指の動きが終わりと告げると共に、辺一面に軽い音が響き渡った。

「なっ!? ホルマジオ! おい返事しやがれホルマジオ!」

アバッキオの狼狽した声、イギーの悲痛な鳴き声。
それから少し遅れてホルマジオの体が揺らぐ。
頭部、脳を破壊したことを確信し、チョコラータは満足げに頷く。
膝が折れ、懺悔するかのような体勢で一旦動きが止まった。
傍に立つスタンドのほうも細かい粒子となって消えていく。
次第に薄くなっていく影はホルマジオの命が尽きつつあるということを如実に表している。
“養分”が下に行ったことを確認してカビは繁殖を始めた。
二、三呼吸ほど間をおいて上半身も前のめりに倒れ、彼の全身を緑色が覆った。
最初に仕留めた獲物は彼の胸に達成感を与えるには十分すぎるものだった。

「できればあらん限りの苦痛を与えて殺してやりたかったところだがな、後二人もいるんだ。
 犬のほうは分からんがアバッキオのほうはきっと楽しませてくれるだろう。
 見ろ! あの悔しそうな顔を! 実に最高の相手じゃないか!」

軽く俯き気味となっているアバッキオの様子がチョコラータを興奮させる。
殺した甲斐があったものだ、彼は心の底からそう思った。
唯一の不満を挙げろと言われれば、ビデオのズーム越しでしか見ることが出来ないという事であったが、
それを差し引いても十二分に満足の行く表情を眺める事ができた。
物言わぬ死体へと嫌味を込めつつ賛辞の言葉を贈る。

「ホルマジオ……裏切り者とは言えども俺はお前に敬意を表そう、お前のおかげで実にいい物を見ることが出来たよ。
 地獄で暗殺チームの仲間のギアッチョとやらに誇ってくるがいい、俺の快楽の礎になれたという栄光をな。
 暗殺チームの仲間もアバッキオたちもそっちへ送るからあの世でも不自由はしないだろうよ。
 そうだ、生きていたほうが苦しいかもしれんからなぁ」

脳内から分泌される麻薬が彼の気分を高揚させる。
しかし、理性的な部分が極限のところでせめぎ合い、派手に声を発する事だけは防いだ。
次はどちらを狙うか? 拳銃を構えつつ悩む。
銃口を交互に動かし、彼らの命を握っているという優越感に浸った。
一通り快楽を貪った後は今までいた見渡しのよい屋根から飛び降り、特定されぬうちに他の場所へと移動しようとする。


彼の体に悪寒が走った。
原因は分からないが何となく嫌な予感がしたのだ。
一歩、たったの一歩であったがたたらを踏んでしまうチョコラータ。

「しょうがねぇなぁ~ 勘のいい野郎ってのは嫌いなんだ、全くよぉ。
 この軌道じゃあたらねぇからな。おまえさん運が良かったな~」

視界の端に男の姿が見えた。
それもありえない方角、前でも上でもなく下から出てきたのだ。
完全に不意を突かれた上に、通常ではありえない速度での攻撃による被害がシャツを切り裂くだけに留まったのは幸運という他無いだろう。
自分の悪運の強さにホッとするチョコラータと、それに対して舌打ちを打つホルマジオ。
両者は向かい合い、真の意味で戦いの火蓋は切って落とされた。

「ハッ、人様にとやかく言えるような素敵な仕事をしてたって訳じゃないがな、
 テメェがマトモな野郎じゃないってことだけはよ~く分かるぜ。
 それに俺とギアッチョのつながりを知ってるって時点でお前はこっち側か」
「そうだな、貴様ら暗殺者に言われたところで説得力はない。が、あえて否定したりはしない。事実だしな。
 お前達は仕事で殺しをするが俺は自身の快楽の為に人を殺す」

ホルマジオが地面へと唾を吐き捨てた。
地へと落ちるのと同時に彼は駆け出す。
狙うのは相手の首。
先のイギーとの邂逅により、敵のスタンドの格闘能力は低いと判断したゆえの行動だ。
小細工の効かないこの状況なら勝てる、そうホルマジオは踏んだのだ。
今回は絶対に対象を見失うわけにも行かないし、カビという下方への攻撃を縛る枷があるので敵を縮小させる気はない。
だが殺傷能力という点から彼は右手に存在する“爪”を使用する。
チョコラータは自身に迫る右腕をスタンドの両腕を使用して止めた。
そう、つまりこの時点でホルマジオの左腕は完全にフリー。
無防備なグリーン・ディの右頬へと叩き込まれる拳。
本体へのダメージのフェードバックにより砕けた奥歯を吐き散らかしながら彼は地面へと倒れこむ―――


リトル・フィートの腕を両腕で掴んだまま。


「ぐっ! テメェ!」
「お前のスタンド能力の発動条件は一目で分かったからな。
 最も効率のイイやり方がこれってわけだ。
 お前の右腕を封じると同時にカビによる攻撃を兼ねているからなあああああああああああああああ!」

スタンド能力を使用する気がないというのは知らぬことだが、チョコラータの行動は間違ってはない。
外見だけでへビィ級の存在だという事が見て取れるグリーン・ディ。
耐えかねたホルマジオの腕が僅かに下へと下がった。
瞬く間にカビによって包まれていく右腕。
たまらず、敵スタンドの腕を両腕で掴みなおす。
……気がつけば掴んでいたのはスタンドの左腕のみとなっていた。
ハッとした表情でホルマジオが正面を向く。
迫る拳。
ガードに回す時間も余裕もない。
意趣返し。当たった箇所はホルマジオがチョコラータを殴った場所であった。
不安定な体勢だったのが幸いし口の中を切るだけに留まるも、彼は冷や汗を流す。
二発、三発、四発。彼の口からも根元から折れた歯が飛ぶ。
唇に付着した返り血を舐め取りつつ、狂気の固まりは満足げな顔で笑う。

「いい顔になったじゃないか、さっきの呆気ない死に様よりはずっといいと思うぞ」

あざけりの言葉にホルマジオは小さく返した。
頬が腫れてしまったせいか何を言っているか聞き取りづらいがチョコラータも確かにそれを耳にする。
わざとらしく耳に手を当て、聞き返した。

「すまないがもう一度言ってくれないか? 俺に何か言いたいんだろ? はっきりと言ってくれよ」
「そのい…………おれ………った」

なおも聞き辛い発音で喋るホルマジオ。
再度聞き返そうと口を開け―――――――

「そこがいいんだって言ってたんだよ、このヌケサク」


小石がチョコラータの脇腹を貫いた。


ポケットの中に小さくして仕込んでおいた基本支給品の鉛筆、そして小石。
今の攻撃の原理は、鉛筆にかけていた能力を解除。
その反動で飛んでいった小石をチョコラータに当てるというシンプルなものであった。
口からも血を流し、ホルマジオを憎憎しげな目で睨む。
グリーン・ディはリトル・フィートの腕を離してしまっていた。

「おいおい駄目じゃねぇか、ここで腕を離しちまったらよぉ。
 敵に喰らいついたならば死んでも離さねぇ……これが基本じゃねーか。
 俺の仲間じゃお前みたいなヤツをマンモーニっていうんだぜぇ」

まっ、俺は喰らいつけないときは深追いしないがなと小さく付け加える。
穴の開いた腹を押さえながら怒りの篭った瞳でホルマジオを見据えた。
形勢は当初より完全に逆転した。
手数の増したホルマジオを攻撃を凌ぐので精一杯。
小石の弾丸を警戒し、己も同時に拘束してしまうさっきの手は使えない。
何とか爪の一撃だけはかわしているがそれも時間の問題だろう。
チョコラータの表情が屈辱で歪んだ。

(やりたくはない……やりたくはないがあれをやるしかないのか?
 クソッ! さっきまでのいい気分がこれで全部台無しだッ!
 ホルマジオ、お前も俺の復讐の標的になったぞ!)

腹を決めたチョコラータ。
左腕を弾いた後にスタンドの体をリトル・フィートへとぶつける。
相手がよろめくのを視認すると同時に後ろへ飛びのく。
追撃がないことを疑問に思うホルマジオ。
そんな彼を他所にチョコラータは行動を開始した。
スタンドの手を己の右腕に近寄らせ――――――――――――傷口に手刀を突き込んだ。

「ぐぅ……がぁっ…!」

苦悶の叫びを上げながらチョコラータはカビで塞いだ傷口をこじ開ける。
引き抜く際の地獄のような苦しみにより再度呻く。
既に体勢を整えたホルマジオが行動を取る前に仕留めようと詰め寄った。
そんな彼に対して右腕を振るい――――――



自分の血液をホルマジオの顔面へと浴びせかけた。
視界を失ったことでしばし立ち尽くすも、蹲ったりすることはない。
このまま止めを刺すことができるかもしれないだろう。
しかし彼は細心の注意を払うことを決め、撤退を選択する。
作戦は成功したものの、逃げ歩く彼の顔には明るさの欠片もなかった。




★   ☆   ★



「すまねぇが水を取ってくれないか?」

頼りない足取りで帰ってきたホルマジオは第一声で水を要求した。
イギーが砂を操作することによってディバッグを漁り、ペットボトルを手渡す。
片方の掌で作った椀へと水を注ぎ、自身の顔へと浴びせかける。
まだ痛みは引かぬものの一応視界は帰ってきた。
数回瞬きをして目の調子を確かめた後、すまなさそうに一言。

「すまねぇ、後一歩って所だったのに敵の本体を逃がしちまった。
 血の目潰し程度だったらそのまま殺れてたはずだ!」
「済んだことを気にしてもしょうがねぇ、ムカつくが責任の追及はしねぇよ。
 後一歩って事は重傷を負わせたって事だ。前向きに考えようぜ。
 次やりやすくなるように繋ぐことができたってな」
「ありがとよ。だが……あの手は二度通じるものじゃないと思うぜ?
 野郎も俺の存在がいなくなれば警戒するようになるだろうよ」

あの手というのは今、チョコラータへと接近するために使用した作戦だ。

もっていかれた支給品の内訳より相手が再度拳銃を使用すると予想。
そこで、イギーのザ・フールでホルマジオとリトル・フィートの砂像を作成。
普通に作っては自衛に回す砂の量が不足するので中身は空っぽだ。
“本物”のホルマジオは一気にカビの出ないサイズまで縮んでから、ある程度のサイズまで拡大。イギーの頭上に乗っていた。
そしてワザと、かつ不自然にならない程度に隙を作り出し、攻撃をあえて受けて死んだように錯覚させ、
本物のホルマジオが接近しているということを察知させないという作戦だ。
余談であるが、この作戦において民家から出た際にはホルマジオは既に入れ替わっていた。
要するに銛による奇襲の際の救出劇はイギーによるある種の自作自演だったというわけだ。

「もう一つのほうをやるべきだろうがココはな。
 テメェやイギーだって命を懸けている、俺だけ安全地帯でヌクヌクしてるってのは性に合わねぇんだよ」

アバッキオの覚悟に対してホルマジオは返事をしない。
分かっている。自分だって、チームの仲間であっても同じことを言うのは間違いないから。
しかし、敵を確実に倒しにかかるためとはいえ自分の命を捨てるのは最後の手段にしたい。
できるならば誰も犠牲にせずに勝てるのというのが一番好ましいのだから。
けれども考える時間はない、敵は今にも攻撃を仕掛けてくるだろう。
ホルマジオは腹をくくってアバッキオへと告げた。

「しょうがねぇな~。簡単に死んじまうんじゃねぇぞ。
 死人を出して勝っても戦勝祝いのワインがまずいだけだからよ」
「ハッ! なんだかんだ言っても死に掛けの俺は早々狙われねぇだろうよ!
 むしろお前らが逝っちまわないかの方が俺としては心配だぜ」

敵に聞かれぬように小声であったが、端端から楽しげなものが読み取れる。
イギーの耳が小さく揺れる。
戦士達は目ざとくそれを感じ取り、イギーへと問い掛けた。

「イギー、敵の気配でも感じ取ったか?」

彼はよく観察しなければ気付かないほど小さく頷き、ある方向を向いた。
しかし、それは彼が聞き取った音源とは明後日の方角。
気付かれたことを勘付かせぬ為に別の方位を見ただけだ。
真の意思を伝えるのは足元から伸びた一筋の砂。
アバッキオたちは即座にその事に気がついた。

(確かに聞いたぜ! テメェのうめき声をな!
 このオッサンがどこまでやったか知らねぇが結構なダメージを与えたみたいだな)

おおよその敵の位置は分かったがこちらからは襲撃を仕掛けない。
そちらのほうへと警戒を深めるだけだ。

そして――――――――――時は来た。


鳴り響く軽い音が2、いや、3。
イギーがザ・フールによって砂の防壁を生み出した。
来る方向の大まかな予測はついていたので楽に防ぎきる。
硬化を解除したことにより砂のカーテンが重力に負けて崩壊した。
三人の周囲を砂埃が包む。
人影すらも見えぬ状態が終息した時、そこにいたのはイギーとアバッキオ。
そして消えたホルマジオと同様、イギーも銃声のなった方向へ駆け出す。
残されたアバッキオは完全に無防備。スタンドを使ったとしてどこまで防ぎきれるか。
しかし、彼の下へ飛んでくる銃弾は一発もない。

「やっぱり放っておいても死ぬような怪我人は後回しにするってか?
 俺には神様に頼むくらいしかできねぇが……帰って来いよ」

アバッキオの半ば呟くような言葉に後押しされたが如く、イギーは更に加速する。
硝煙の臭いも一瞬であったが確かに嗅ぎ取った。
角を数回曲がり、直線を何mも走りきる。
彼は焦っていた、アバッキオの命のタイムリミットが迫っていることに。
イギーは最初に臭いを感じ取ったポイントの手前であろう交差点へと辿り着いた。
周りを見渡してみるも人間の気配らしきものは一切感じない。
臭いを嗅いで見る……医薬品の香りがした。

(胡散臭せぇ、本当に胡散臭せぇぞこれは。いままでカビで隠していたのにどうして臭いが明らかになった?
 ……間違いなく罠だよな。チッ! けども行くしかないってやつだよなこれは)

意を決して曲がり角を左へと曲がる。当然右側のチェックもしてだ。
敵の本体らしき人間はいない。
あるのはここら一帯で飽きるほど見てきた民家の塀。
樹高が5m程で統一された街路樹達。
よくある設計のありふれたマンホール。
交差点で事故を起こさぬために必要不可欠な道具、信号機。
そして無造作に投げ捨てられた人間の右腕。
切り口から流れ出る鮮血がまだ止まっていないので切り落としてからそう時間は経っていないのだろう。

(あの野郎の……腕……だよな? ってことはさっきの声はこれをやったときのヤツか?
 けっ、本当に狂っていやがる。まさか自分で自分の腕をちょん切るたぁな)

恐る恐る近寄っていき、スタンドの腕で触れてみる。
………………何も起こらない。
が、害があるわけではないがとにかく不気味なのだ。
自分たちが進んでいく方向とは逆側に右腕を投げ捨てる。
落ちていく際にカビに包まれた肉塊。

(うへぇ……体から一度離れれば元々自分のものであってもお構い無しってかよ。
 気色悪いとか胸糞割るいとかそういう次元じゃないぞ!?)

げんなりとした表情となるイギー。
これからどのように本体を探そうか思索しようとしたところで―――――


鉄塊に大砲を叩き込んだような音がした。
マンホールによって塞がれていた穴よりチョコラータが這い出る。
音がした時点で振り返ったイギーであったが一歩遅れた。
両腕に装着した鉤爪を振り回すグリーン・ディ。
砂を展開して盾に、しかし集中を欠いた状態では強度に不安が。
刃の先が砂の壁を突破して現れる。
大分勢いが削がれているとはいっても喰らえば致命傷。
その一撃がイギーを捉え――――――――――毛皮にぶつかって止められた。

チョコラータが狭く薄暗い穴倉の中ではなく、見通しの良いところにいれば即座に気がつけただろう。
イギーのサイズが通常よりも二回りは大きいということに。
全身に砂を密着させ、それを硬化しある種の鎧とする。
当然機動力を大きく損なうので戦闘中に常時使用できる代物ではない。
けれども奇襲の一撃を防ぐことのみを考えれば十分すぎるものがあった。
動揺を見せたチョコラータをイギーの上に乗っていたホルマジオが元のサイズへと戻りつつ襲う。
爪の一閃、かわしきれずに頬に大きな一文字を残す結果となった。

(クソッ! 喰らってしまったぞ! ヤツの能力は何だ?)

能力の発動に向けて身構えるチョコラータ。
しかし、何も起きる事はなくその事が彼にホルマジオの能力を誤認させることとなった。
本人が不利になるということを知って、あえて能力を使用したという事を知らずに。

(ヤツの能力はある種の瞬間移動か!? しかし、それではさっきの小石の説明が付かん……)

分からぬ事ではあったが、それを考えている暇はない。
対峙するホルマジオは小さく腕を振り爪に付いた血液を軽く振り落とした。
イギーのほうも体を覆っている砂をスタンドの本体へと戻し臨戦態勢を取る。
二対一、圧倒的に不利な状況下でチョコラータの戦いは始まった。

「コイツを取り付けるにはそりゃあもう、死ぬ思いをしたってもんだ。
 新鮮な傷口に異物を当てたらそれは痛いに決まっている、実に、実に痛かったよ。
 だからな……お前らも精々苦むんだなあああああああああああああああああ!」

宣言と共に両腕に取り付けられた鉤爪を振るう。
実際のところ、彼の武器は苦労した分だけいい働きをしている。
スピードは減ったものの、それを補うに十分すぎるリーチに力ずくで圧し切ることのできるパワー。
元来より下半身がなく安定しているグリーン・ディの形状から考えて無理な攻撃で重心が崩れることもない。
剣術などの心得がないのでただ振り回すだけだが、脅威と言っても過言ではないだろう。
事実、ホルマジオも攻めに転ずる機を見つけることができずに防戦一方といった感じだ。
だが彼は攻めなくてもよいのだ。傍らには頼れる仲間が一匹。

「よしっ! やれイギー!」
(言われなくってもタイミングぐらいは合わせられるっつーの!)

ザ・フールの硬質化した爪先がチョコラータの肉体を切り裂いた。
咄嗟に回避行動を取れたため、傷自体はそう深い物ではない。
しかし、浅い傷としても幾度と無く攻撃を喰らったとしたら?
この二人のコンビプレーはチョコラータに防御することすら許さない。
比較的近距離での戦闘に優れたリトル・フィートが相手を足止めし、ミドルレンジから臨機応変に攻撃できるザ・フールが間を読んでダメージを与えていく。
ゆっくりと、しかし確実にチョコラータの体に刻まれていく生傷。
彼の視線がチラチラと後ろを向いた。

「逃げる気か? それは正しい判断だ。俺だってこんな状況になったら逃げるぜ。
 だがな……残念な事に俺達はお前を逃がす気がないんだ」

怒るわけでもなく、哀れむわけでもなく、ただただ冷徹に告げられた死刑宣告。
とは言っても決して深くまでは飛び込んだりしない。
あくまでも敵の懐に潜り込むのは最後の手段だ。リスクを負ってまで取りたいものではない。
彼の脇腹に何度目か分からぬ攻撃が加わる。
そろそろ出血量的に余裕の保てない頃になってきただろう。
本体のチョコラータは俯きがちになり、完全にスタンドの視覚に任せている。
先の苦い経験より、ついついイギーへと忠告してしまうホルマジオ。

「“右手”からの目潰しに俺はやられたんだ。右はないがお前も注意しな」
(分かってるよ、そもそも目潰しされても片方が残るように二人できたんだろ?
 ちょっと焦ってねぇかお前? 手負いになったこれからがやばいんだぜ)

ホルマジオの耳の中で銃声がやけに長く響いたような気がした。

嫌な予感がしたホルマジオは後ろに引いてチョコラータから距離を取る。
そして横目でイギーの姿を確認した。
……ちらっと見るつもりが気がつけば顔の全体がそちらを向いている。
目が見開いた、口が勝手に開く。






「なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」




そこにいたのは後頭部に穴を開け、白黒の毛を緑色へと染め直したイギーの骸。



ふと視線をずらしてみる。
拳銃を握り締め、銃口をこちらへと向ける切り離されたチョコラータの右腕。
吐き出された鉛玉をスタンドを前面に押し出すことによって防ぐ。
背後からは悠然と歩み寄るチョコラータの影。
瞬時にして自身の敗北を悟るホルマジオ。

(しょうがねぇ……潮時ってやつか)

悔しさで胸が焦がれるもこの事実は揺るがしようが無い。
手負いの相手とは言えども自由に動く右腕と本体を同時に相手取るのは荷が重過ぎる。
噛み締められた唇からは血が滲み出した。

「リトル・フィート」

本人にしか聞こえないような声で呟き、能力を発動。
イギーの忘れ形見であった砂を蹴り上げて砂埃に身を包みつつ縮んでいく。

「くそっ!」

もう一度だけ小さく悪態をつき、ホルマジオは戦場より離脱した。

「逃がしたか」

さほど残念がる様子を見せず、チョコラータは己の右腕を拾い上げた。
なおも血を垂れ流す全身の傷口をカビで包み込んでいく。
切断した右腕もカビによって断面を接着した。
指を動かして異常が無いかどうかを確認。
結果に満足したチョコラータは歩き始める。

「少し……血を失いすぎたな。まぁ、あの犬への復讐は果たせたしよしとしておくか。
 ホルマジオを殺し損ねたのは痛かったが、この傷だから逆によかったかもしれん。
 さて、どこか適当な民家にでも入って休息を取るとするか」



★  ☆  ★



ホルマジオとイギーが去ってからある程度の時間が経過、アバッキオの体が僅かに揺れた。
彼の命を司る砂時計が急速に全ての砂を振るい落とそうとしているのだ。
半ば朦朧としていきた意識の中で彼は決断を下す。
二人を追いかけて戦場へと向かうことを。

「このまま待ってても血がなくなって野垂れ死にするだけだ……。
 まだ戦いが終わっていない可能性だってありうるがその辺はしょうがねぇ。
 万が一足手纏いになりそうだったらばとっとと死んでやるよ」

半分足を引きずるような形で彼は歩き始めた。
モデルのような華麗な歩き方でも、大地を力強く踏みしめた歩き方でもない。
非常に頼りない足取りであったが瞳に輝く意思だけは消えずにギラギラと光っていた。
十m前後を歩いたと思いきや塀に寄りかかって息を整える。
道端にある石に躓きそうになって思わず冷や汗をかく。
遅々とした歩みであるが彼自身がそれを気にすることはない。
目的地へと向かっているのだ。自分はゴールへと向かっている、そう確信して。
少なくとも銃声の発生源の近くまでは行くことができたのだ。
残り3m、2m、1m、この交差点を左に曲がって―――――


「イギー?」

カビに覆われ倒れ伏す死体と辺り一面に散らばった砂を見た。



そうか、やられちまったのか。
俺の心の中でやけに冷静に答えは出てきた。
イギーと全く同じ体格、命の抜け殻となった消えつつある砂。この二つがあるのに違うとは言えまい。
あれだけ時間が経っても帰ってこなかった時に既に嫌な予感はしていたんだ。
ただ、あんまりにも死体が酷すぎて逆に実感が湧かない。

「お前は……本当にイギーなんだよな?」

何気なく呟いた問い掛けに“肉塊”は返事をしてくれない。
そして気にかかるのはもう一人の男の事。
ホルマジオの姿がないかを見渡してみたが―――――いない。
死体がないのだから恐らく逃げたのだろう。
このことについてはあいつを責める気は一切ない。
勝てるか勝てぬか分からないこの状況ならば妥当だ。
少しでも多くの情報を持ったやつが生きて帰る。これは正しいと俺は個人的に思っている。
見た限りで把握できる大まかな情報を確認した後に、半身を傍に呼び寄せた。
己が分身の力を使って敵本体を此処を立ち去る直前まで巻き戻す。
本当は戦闘の部分もじっくり見たかったが俺の命が足りねぇ。
数分前のことだからか巻き戻しはあっという間に終了した。
……なんだ、ヤツも傷だらけなんじゃねぇかよ。
全身のいたるところから血が滲み出して服をどす黒く染めていた。
足取りだって俺と似たり寄ったりだ。

「行かねぇといけねぇよなこれは……」

ヤツを倒さなくっては休息どころか止血すら碌にできない。
勝ち目があるかは……かなり微妙だ。
だが、此処で退いちまったらイギーの死が文字通り犬死になっちまう。
生意気な犬だったがな、命懸けで戦ったってことは誰にも否定させねぇ。
リプレイをここでやめにしてムーディは俺の護衛に回す。
どこから来るか分からない攻撃にぶるってるわけじゃない 。
血が手がかりになってヤツの行く手を教えてくれているんだリプレイは必要ない。
じゃあ、足は重いがよぉ。追跡のほうは再開させてもらうとするぜ。



★  ☆  ★



血痕の跡を辿り、アバッキオは一軒の家屋へと到達した。
支給品にはこれ以上罠に使えるものはなかったと判断。
念のためにドアに耳を当ててみるが、物音も人の気配もしなかった。
ゆっくりとドアを開け、僅かな隙間より内部を見渡してみる。
人の気配はない。唯一の手がかりである血痕は点々と続いていた。
今までのことを考えると逆に不安がつのる。
が、アバッキオはあることに気がつき自嘲気に笑う。

「明らかに……俺は見下されてるってわけか。
 非戦闘型の一体くらいには真正面から行っても絶対に勝てるってなぁ」

一瞬だけ腹を立て、すぐにその考えを改めた。

「油断してるならさせてやるぜ、俺はその隙を突いていくだけだ」

思い直したアバッキオは再度血痕を追う作業を再開した。
追跡の一時的な終着は階段。
血痕は上へ上へと続いていっている。

「二階か……高所はヤツのテリトリーだな。
 いや、今更不利だなんだで怖気づいてるようじゃ決してやつには勝てねぇ」

段差に右足を乗せた、もう後戻りはできない。
手すりに体重を預けつつ、一段一段を着実に踏みしめていく。
弱った体を上り階段の傾斜が蝕んでいった。
息が今まで以上に荒くなる。
命が急激に削り取られていくのを感じた。
それでも彼は休憩を取ることなく前へ、前へと進む。
瞳に映るは頂上。
そして、二階のどこかに潜んでいるであろうチョコラータをも見据えていた。



★  ☆  ★



金属同士が擦れあう小さな音と共にアバッキオがドアの向こうより現れる。
ベッドに腰掛けていたチョコラータの顔が綻んだ。

「ようこそ、レオーネ・アバッキオ。よくぞここまできたものだな。
 ご褒美とはいってはなんだがハンデをやろう、俺の慈悲に感謝することだ。
 “カビを解除して戦ってやる”どうだ、かなりおいしいだろう?」

彼には戦闘をするという意識が一切ないのが見て取れた。
満身創痍の男をじわじわといたぶって虐殺する、そのことしか考えていない。
ニヤ付いた笑顔をアバッキオへと向けながら手加減を申し出る。
彼の返事はない。
幽鬼の様な足取りでチョコラータの元へと向かうだけだ。
無視されたとしてもその行為がチョコラータの機嫌を損なうことはない。
これから自分のことを無視できないようにしてやろう。
逆にこのような情熱を燃やしだすのが彼の性格だ。

「そう冷たくするなよアバッキオ。
 俺からの気付け薬だ、ありがたく受け取るんだなあ!」

鉤爪付きの手袋をゆっくりとした動作で両腕へとつける。
アバッキオが無言なのも、スタンドを出さないのも消耗のためだと判断する。
意識も殆どなく、意地だけでここまで来たのだろう。
そう考えただけでチョコラータの全身が粟立ち、興奮で貌が紅潮する。
完全な無防備なアバッキオの左肩へと爪を振るい、肩の肉を抉り取った。
あっさり殺してはつまらない、この攻撃はそう語っていた。
しかし、アバッキオは怯むどころか目を瞑ることすらしない。
今までと寸分も変わらぬ歩調で迫ってくる。
次は右の腿へと刃の先端が突き刺さった。
血が湧き出てきたもののバランスを崩すことすらない。
まるで機械のようにひたすら前へと歩いてゆく。
流石のチョコラータもこの異常な出来事には頭を捻る。

「……スタンドの方か?」

彼の呟き、その考えが本当ならば合点いく。
ムーディ・ブルースの“再生”は起きた出来事を寸分違わずに再現できる。
つまりは足をもぐか、本体が死なない限りは止まることなく歩き続けるという事だ。
グリーン・ディが大きく右腕を振りかぶる。
日光を浴びて鈍く光る切っ先。
そして次の瞬間、アバッキオの胸から腹にかけて鮮血が噴出した。
それでも歩みをやめようとしない彼の姿にチョコラータは笑みを見せる。
念のために歩行の軌道より立ち退く。
アバッキオの狙いが油断して近寄ってきた自分の命を狙うことだと推測して。
幻影はそれでもなお前進を止めない。

「まだ生きてるとは随分としぶといなぁアバッキオ。
 苦しいだろ? 痛いだろ? 諦めて出てきたらどうだ?
 このままだとお前のスタンドがなぶり殺しになってしまうぞ?」

幼子に言い聞かせるが如く口調。
苦悶の表情が見たいという欲求はすぐにアバッキオに伝わった。
二度目の金属音と共に“もう一人”の方が現れる。
フィードバックしたダメージは残り少ない命を更に縮める結果となった。
しかし、もはや意味はないというのに先に部屋に入った方も歩みをやめない。
消す気力すら湧かないのだろう。
これから来る虐殺という名の宴の期待に目を細める。

ドアから入ってきたアバッキオはふらつきながら歩いていた。
紅い命は絶え間なく流れ出し、言葉を発することすらままならない。
そんな彼の元へとチョコラータは歩み寄り、嘲った。

「くくく、一体どんな気分だアバッキオ?
 これから絶望の淵へと叩き込まれる気分はなあああああああああああああああああああああああああああああ!」




ドサリ




何かが倒れる音が背後から聞こえてきた。
最後の抵抗に備えてグリーン・ディを置いておいた“ムーディ・ブルースと思っていたアバッキオ”がいた方からだ。
機械のようにぎこちなく振り返ってみると、倒れていたのはやはりアバッキオ。


理解不能  理解不能  理解不能


そう言わんばかりにチョコラータの表情が凍りついた。

「こっちにいるのはスタンドのはずだ! 何故スタンドが本体よりも先に倒れる!?
 いや……あっちが本体なのか!? ありえん、そんなわけがあってたまるか!!
 あれだけのダメージを負いながらも微動だにしない人間がいるはずが――――――――――」


首元に目をやってみる、青い手が存在した。
前の見ると額に液晶画面のようなものが付いた無機質な顔……。
なんだって、そう叫ぶ暇もなくチョコラータの首は直角に曲がった。
糸を失ったマリオネットのように地面に倒れ伏す彼の体。
ベッドを紅く染めつつ、アバッキオは薄く笑う――――――――




やってやったぜ……!
何をされようと動じず、微塵も反応を見せぬ覚悟は出来ていた。
最後に倒れてちまったのは情けねぇがな……。
任務は達成したんだ、よしとしても罰は当たんないだろ?
しかし、体のいたるところから感覚が消えてってるな。
お陰様でヤツの攻撃に瞼一つ動かさずに済んだんだからこれもよしとしよう。
ムーディの最後に発揮したパワーも不思議だが火事場の馬鹿力からってことで納得しておくか。
本来の目的だった絞首だけじゃ間に合わなかったかもしれないからな。




「ッキオ……アバッキオ……」



誰かが俺を呼ぶ声がしやがる。もしかしてイギーとかじゃねぇよな?
しょうがねぇ……徐倫には悪いが俺もそっちの方へ行くか。
“あの人”も俺を許してくれるといいんだが――――――――――。










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最終更新:2009年07月29日 22:04