「能力を発動する前に一つだけ言っておく。これから俺のムーディ・ブルースは完全に無防備になる。
敵も俺のスタンドを知ったら積極的に消しにかかるに違いない。だからこそお前に命を預ける、分かるな?」
幼子に言い聞かせるような柔らかな言い方ではなく、隣にいる犬を一介の戦士として見た信頼を示す厳しい一言。
小さく鼻を鳴らしたものの、
イギーは素直にザ・フールを出して周りからの攻撃に備える。
素直じゃないヤツだと唇を緩めるも“死体”のあった場所に辿り着くと共に真一文字に締め直した。
「やっぱり俺達の予想はあってたみたいだな。ムーディ・ブルースッ!」
脱皮する蝶のようにアバッキオの体から分離したのは暗い水色のゴムのような表皮を纏った人型のスタンド。
民家にいたときとは違い、イギーにも完全にその姿を晒すこととなった。
そして死体のあった場所まで誘導させた後、アバッキオは能力を解放する。
ビデオテープを巻き戻す際に出てくる独特な音が辺りを埋め尽くした。
彼のスタンドは一度だけ熔けたかのように崩れ、再び人の姿を模っていく。
これが彼の能力の一端“リプレイ”。
過去に起こった事象を再現する能力を持ったスタンド。
これがパッショーネの構成員にしてブチャラティチームの古参、レオーネ・アバッキオの牙。
巻き戻しを開始して僅か十秒もたたないうちに彼は目的の人物を捉える事に成功した。
カビに覆われた死体、最初に見たときの同情心がより彼の心へと油を注ぐ結果となる。
虚仮にされたという憤りを持ったまま、アバッキオは再生を開始した。
(なるほど、完全に動きをトレースするからこそいざという時に動けないってヤツか。
死体もなくなってカビクセーのも消えたから奇襲は通じねー。お前の事は気に食わねぇがしっかりと守ってやるよ!)
死体は立ち上がり、全身にこびり付いたカビを解除する。
そして大きく笑みを浮かべ、近くの茂みへと向かう。
何かを拾ったのが分かったが彼が拾った物体までは再生できない。
なにやら覗き込むような形から何かを見ていることはうかがい知れる。
少し時間がかかるようなので早送りで時間を進め、ターゲットが動くのを待つアバッキオ。
見ていた何かを左手に掴み動き出す男。
アバッキオは彼の向かっていく方向に心当たりがあった。
今しがた出たばかりの民家がある方角。
つけられていたのに全く気配を感じなかったことがアバッキオのプライドに傷を付ける。
彼が入っていったのは大胆なことに自分達が入った場所の真向かい。
アバッキオの拳が行き場を失った血液により赤紫色に変色する。
男、ムーディ・ブルースがドアを開けるのに従って一時停止。二人が家屋に入った後に再生。
敵がカーテンなどで作り上げた死角越しに外の様子を窺っていることがよく分かった。
ニタァ
アバッキオの全身を冷たいものが走る。
笑み、そう表現するしかないがそう表現してはいけない何か。
ハッキリと言えば彼は恐怖した、得体の知れない何かに対して。
イギーも同様だった。一瞬だが彼の体が硬直し、心の臓腑の鼓動が増した。
しかし彼らは一流。
一時の感情が後まで尾を引くことなくすぐに平常心へと戻る。
手の動きから男が右手に銃を構えていることを確認した。
「拳銃か? 片手で構えてる点から少なくともライフルみたいな高威力の火器じゃぁないみたいだな。
お前の砂だったらいけるのか? 出来るかもとか頑張るじゃなくって、正直なところを答えな」
(薄い膜状にしてても小火器ぐらいならいけるな。流石にライフルなら集中しないとキツイけどよ。
そもそも火薬の臭いを嗅ぎ分けれる俺に銃の奇襲は通じねぇ)
頭を縦に振り肯定の意を伝えるイギー。
丁度同時にリプレイ中の人間が立ち上がり玄関へと向かった。
アバッキオ達もそれに続く。
ドアを開けイギー、ムーディ・ブルース、アバッキオの順に民家から出る。
―――――――乾いた音、それと同時にディバッグを持っていたアバッキオの右掌に紅が散った。
民家から出た直後、歩き出すか出さないかの内にやって来た襲撃。
前触れ無しにやって来た銃撃はアバッキオを正確に貫いた。
思わず蹲ってなりそうになるも命がかかっていることを思い出し、反射行動を意地ででねじ伏せる。
が、ディバッグはアバッキオの手から零れ落ちてしまう。
地面に落ちた支給品の詰まった財産。
(なっ! 確かに火薬の臭いはしなかったはず!? 事実硝煙の臭いはこうやって感じ取れてるぞ!
……いや、弱すぎる! 距離じゃない。拳銃の射程から考えてこんなかすかな臭いしか感じ取れないのはありえないんだ)
自慢の鼻が利かなかった混乱と衝撃がイギーの判断力を奪う。
スタンドを使って地に落ちた荷物を拾い上げようとした所に相方の怒号がとんだ。
「何してやがる! ディバッグはいいから俺らの周りを守りやがれ!」
咄嗟に目を上げてスタンドの砂を硝煙の臭いがした方角へと収集。
先程と同じ音が三発響き、ほぼ同時に砂の壁から弾丸が落ちる。
コンクリートとぶつかり甲高い音を立てた小さい金属の塊。
やりゃあ出来るじゃねぇかと呟きつつアバッキオは歩みを進める。
自分の非を責められなかった事が逆にイギーのプライドを刺激した。
再び音が二度鳴るものの一分の無駄ない砂の壁がもたらされる死を遮る。
(あぁ、分かっちまったよクソッタレ。俺の鼻は完全にカビの臭いに慣れちまってたんだ。
嗅覚は五感でも最も“慣れやすい”って言うしな。
アバッキオやジョリーンから体臭を感じなかった時点で気がつくべきだったぜ。
だが……集中すれば火薬の臭いも、お前の臭いも、そしてコソコソしてる野郎の臭いも丸分かりだ!)
いまだ姿を現さない敵に対して両前足を突き出し、臀部を高く上げ威嚇の唸り声を上げる。
そして凶弾から身を守るのに十分な砂を残し“もう一人”が隠れているほうへ砂の矢印を作った。
「これは? なるほど、そういうわけか。そこにいるお前、自分でそうだと思うならばお前の事だ。
今から三つ数えるうちに出てくれば敵対心はないと判断しよう。しかし、出てこないならばお前の命に保証はない」
意図を掴み取り、即座に脅しを交えた要求をだす。
剃り込みを入れた男、
ホルマジオは不自然なほどにあっさりと姿を見せ、降伏の証として両腕を上げようとしてやめた。
ディバッグも下に落とすつもりだったが辺りを取り巻くカビがそれを許さない。
「おいおい物騒な事言ってないで落ち着けよ。俺だってこんな環境で誰かとドンパチする気はないぜ。
なんせ自分の命がかかってるんだからよぉ~。とは言っても元からこの殺し合いに乗り気って訳でもないがな~」
よく観察すると男の全身からは所々に出血が見られ、彼らと同じ状況であることは用意に推測できた。
そもそもカビのスタンド使いの素顔は把握しているのだから騙しようがない。
能力的にも顔を変えることは無いとアバッキオは判断する。
「じゃあもう一つ聞かせてもらおうか。お前の名前とスタンド能力をな」
「名前を聞くときは自分から名乗れって言うじゃねぇか。しょうがねぇな~、答えてやっか。
俺の名はホルマジオ。だが、俺が教えられるのは名前までだな。スタンド能力は……本当に切羽詰まったら教えてやるよ」
返事はある程度アバッキオの期待していたものと同様だった。
スタンド能力を教える気はない。アバッキオも似たような考えを抱いていたのでそれには不安はない。
カビのスタンド使いを倒すまでか、これからずっとになるかは分からないが一時的に手を組んでもいいと判断する。
「俺の名はレオーネ・アバッキオ。教えるのは名前だけ、お前と同じでスタンド能力を明かす気はない。
んでもってこっちの犬がイギー、スタンド使いだってことだけは教えておこうか」
どうせイギーのほうの能力はすぐに割れるんだろうけどな、と小さくぼやく。
彼の背を海からやって来た冷たい風が撫でた。
(さっきはくだらねーことに引っかかっちまったが集中すればテメェの臭いなんざ幾らでも追跡できるぜ!
俺をまんまと騙してくれたお礼は今からキッチリつけてやるから覚悟しな!)
イギーがホルマジオの出てきた方とは別の向きに体を動かして吼える事二回。
彼らが真意を測りかねている内に彼は勢いよく飛び出していった。
牙を剥き出しにしながら怒りを昂ぶる闘争心へと変える。
(虚仮にされた以上借りは返させて貰うぜ! まだ反応できてないか? 動きが鈍いぞ!)
アバッキオ達がちゃんと後ろから着いてきているのを確認しつつ更にスピードを上げた。
今はホルマジオとやらがいるし、再生中でもないからある程度は自衛が可能だと判断しての事だ。
最初にアバッキオは“命を懸ける”と言った。
それはイギーだけでなく自分自身にも念を押したのだろう。
だから彼は守りよりも向こうにいる敵へ一刻も早く辿り着くことに専念した。
硝煙の臭いだけではない、本当に本当に微かであるが人間の体臭も感じれる。
それともう一つ、消毒液や麻酔と言った医薬品の独特な香りも。
(消毒液? 確かに目立つ臭いだがここまでキッチリと分かるって事は早々染み付いたようなもんじゃねぇぞ?
もしかして……ヤツは医者だったとか? あんな物騒な医者なんて真っ平ゴメンだぜ)
香りは先程から殆ど動かずに数メートル動いて止まると言うのを繰り返していた。
誘っているのか、それとも逃げては回りを確認するほどの臆病者なのか。イギーには判断がつかない。
しかし一つだけ分かった事はある。
(奴さん、俺が来ているのに気がついて銃を捨てやがったな。
最初は分からなかったが徐々に硝煙とヤツの臭いが離れて行ってるのが分かるぜ。
あんまり動いてないみたいだがどっかの民家にでも隠れたか?
どうやら最初の奇襲の成功で伸びきっていた鼻を急にへし折られて焦ってるらしいな、それに自分の能力を過信しすぎている事もな)
そこで急に臭いが薄くなった。
(カビを使って臭いを隠そうとしてるな! だがテメーの臭いは覚えたッ!)
残り数メートル。ザ・フールの爪先を密度を上げる事によって硬化、逆に疎となった砂によりあらゆる動きを可能とした腕の部分を伸ばす。
カビでは砂を食えない、この算段からイギーは攻めに出た。
(此処のT字路を右に曲がって数メートル!)
臭いを頼りに攻撃を仕掛ける。
スタンドの視界からは右腕から血を流す男の姿が映った。
少し遅れてイギーも角を曲がり男と対峙する。
「驚いた、あぁ驚いたよ。正直言って犬の嗅覚を舐めていた。
そして今此処に来ている“裏切り者二人”とお前を相手にするには私じゃ少々荷が思い」
右腕から流れる血液を意に介さず、男は淡々とした口調で言った。
どこからこの余裕は湧いてくるのか? イギーの疑問はすぐに解ける事となる。
「グリーン・ディ」
スタンド名を呟いた男が走り去る。
イギーは男を追いかけることは出来なかった。
苦し紛れに放った腕も男のスタンドが全て捌ききる。
こうして男、グリーンディの本体、
チョコラータは悠々と、余裕を見せ付けつつ下り坂を下っていった。
獲物を逃したイギーは青筋を立てつつ去っていった男を睨む。
★ ☆ ★
(危なかった、あぁ本当に危なかったぞ。あの犬っころめ! よくもやってくれたものだ!)
先程イギーからの手痛い一撃を受けたチョコラータは傷口をカビで覆い、右腕の出血を最小限に抑えながら歯を食いしばる。
ハッタリとして余裕を見せたが正直に言ってしまえばかなりの深手であった。
骨に達する一歩手前、要するにギリギリ腕が千切れなかったという状態。
神経もやられてしまいカビのサポート無しでは動かないだろうというところまでなった。
憎悪の炎を瞳に宿し、呪詛の言葉を吐き出す。
「銃弾程度の攻撃では奴らを仕留められん事ってことか。しかしやりようなら幾らでもある。
奴らは我が手で殺す。甚振るよりもなによりも殺すことを優先だ! 野郎どもを絶対許さねぇ!」
余裕の笑みは崩れ去り、殺意のみを込めた表情が前を見据える。
足取りは重いものの行く先は決まっているようで向かう足は力強い。
血痕に関しては一切気にしない、下り坂のココでは絶対に追跡されないという保障もあるから。
緩い坂道を彼はさほど急がずに歩く。
脂汗が彼の額に滲み出し、顔色は悪い。
「砂のスタンド……リーチがある上に殴ったり切ったりしても死なないというのは厄介だな。
コイツは本体を狙うしかない。いや、むしろそれこそが俺の戦い方なのだな」
本来チョコラータのスタンド『グリーン・ディ』は格闘戦には向いていない。
それは彼自身が最もよく知っているはずである。
にも関わらずイギーの接近をまんまと許し、攻撃を許してしまった。
これにはチョコラータ自身の経験不足も関係している。
今までずっとポッショーネのボスは彼に戦闘に関わる任務を言い渡したことがなかった。
彼の人格上、被害がターゲット及びその近辺のみでは済むことがありえないからだ。
だからこそボスはいざという時の切り札、いや、諸刃の剣的な存在としてチョコラータを飼い殺しにしていた。
故に彼に戦闘の経験はない。あるのは虐殺と拷問の歴史だけ。
その経験のなさが戦いにおいて大きな差となる事を彼は表面上理解しつつも、真の意味で理解することはなかった。
初めて戦いの緊迫感を知った、初めて命を狙われる敵の存在に出会った。
ダービーのギャンブルとは違い直接的に生命のやり取りをしている点が彼に大きな刺激をもたらす。
「……ギャンブル的な要素が強くなるがあれを使うとしよう」
ただ目的のない逃避行が明確な意思をもった進軍へと変わる。
相変わらず顔は蒼白のまま、しかし足取りはゆっくりながらも一歩一歩が重い。
血を失った事によって意識に微かではあるが霞がかかる。
けれども彼は目的地に辿り着くことが出来た。
どす黒い染みが点々と散らばるアスファルト。
レオーネ・アバッキオが撒き散らした紅い花は太陽に熱されて枯れかけている。
そしてすぐ傍に落ちているのが血潮のこびり付いたディバッグ。
彼の銃撃によってアバッキオが取り落としたディバッグをチョコラータは拾い上げる。
その場で開けることも考えたが、イギーに不覚を取ったこともある。
念のために警戒するべきだろうと判断し、民家へと足を進めた。
カビで全身を、先程よりも遥かに多量のカビで一分の隙間もなく全身を覆って。
(さっき俺が臭いを隠すためにカビを纏った時、少しだったが犬の足音が止まった。
つまりはあれ以上のカビを付着させれば気がつかれる事はないんじゃないのか?
どっちにしろあの犬の嗅覚は異常だ。どんな些細な香りでも探知されかねん)
チョコラータは民家へと最初の進入しアバッキオをディバッグを確認する。
彼は笑った。
先程までの加虐性に満ち溢れた笑みではない。
勝利を確信した笑みを彼は浮かべた。
声は出ないものの、三日月のように曲がった目は自分の
未来への希望を示していた。
★ ☆ ★
「逃がしたみてーだな」
事実だけを見据える淡々としたアバッキオの瞳が伸びていく血痕を追った。
取り逃がしたイギーを責める気はない。
この下り坂という、相手の為に存在するような地形で手傷を負わせただけでも満足だ。
「どこに行っちまったんだろうな。本当にしょうがねぇ~なぁ」
しょうがないと言いつつも口調にとげとげしいものはない。
ホルマジオもまたこの結果には満足したとは言わないものの不満もない。
暗殺チームの仲間ならカビで死のうと追撃をやめなかったかもしれないが、生憎隣にいるのは頼れる仲間達ではない。
「んで、どこに行くとするか?」
気分を転換するために話題を振る。
カビのスタンド使いを倒すまでと言った以上、まだ彼らの同盟関係は続く。
さもそれが当たり前のことであるかのようなホルマジオの態度を責めるものはいない。
しばし考えた後にアバッキオは答えた。
「最初に襲撃を受けた民家に帰るとするか。あそこにはさっき回収できなかった荷物がある。
イギーのスタンドを防御に回す必要も薄れている今だけが拾いにいけるチャンスだろう」
「だが、カビのスタンド使いとも遭遇する可能性だってあるんじゃないか?
荷物を落としたのを見られたって事はそっちも向かってておかしくはねぇだろ?」
間髪いれずにホルマジオからの指摘が飛ぶ。
イギーも同意だといわんばかりに首を縦に振った。
対してアバッキオも軽く溜息をついて諭すように言う。
「いたら? 逆に好都合じゃないか。荷物がなくなってたらそこから俺の能力で追跡できる。
もしも現場にいたら……叩ける。近距離戦に堪能なスタンドではないようだしな」
ハッ、とホルマジオの嘲笑が浴びせられる。
対象は“弱い考え”に逃げた自分ということを察したアバッキオは気分を害したりはしない。
自分達の来た道をそのまま引き返す。
そして彼らは目的の場所へと辿り着いた。
荷物はない。あるのはアバッキオの血痕のみ。
これは吉報であると同時に凶報でもあった。
「これであの野郎と別人だった日にゃ笑い話にもなんねーぜ」
軽く冗談を飛ばしながらもホルマジオはの直感は告げていた。
間違いなくここにあったディバッグを持っていったのは自分の敵であると。
アバッキオとイギーも同様であった。
この場にいた全員を張り詰めた空気が覆う。
「いいか、音声のみとかみみっちい事は言わねぇ。これから起こることを全て見るのを“許可する”。
ただし集中するのは俺に対してじゃない、敵からの攻撃に対してだ。
俺の方を向けないで敵スタンドの攻撃に対応できずに死ぬよりは遥かにマシだからな。今回限りの特別だ」
スタンドのことなのだろうとホルマジオは解釈した。
確かに三百六十度どこから襲撃が来るか分からない以上はこっちを向くなという要求は出来ない。
持って行かれた支給品に銃などの遠隔攻撃が可能なものが含まれていたのだと判断する。
「ムーディ・ブルース!」
アバッキオの半身が現れ『再生』が開始した。
(なるほどな、これがアバッキオの能力って訳か)
ホルマジオが横目で見ている先には粘土のような塊になったアバッキオのスタンドの姿がある。
そして粘土は形を変え、何かを拾うような動作をする男へとなった。
男は最初に追跡した際に入っていった民家へと再び入っていく。
(人物の動きを再生するスタンド。なるほどな直接な戦闘力はないが支援としてはかなり優秀な部類だ。
是非ともウチに欲しい人材だな。ウチには戦闘向けのスタンド使いばっかだからよぉ)
敵であることが本当に惜しい。
罠があることを警戒するためにリプレイを解除しないまま民家へと向かっていくアバッキオを見ながら素直に思った。
しかし彼の感想も何もかもを無視して時はすぎていく。
「おい、何ぼさっとしてるんだ」
アバッキオの苛立った声にようやく我を取り戻したホルマジオが早歩きで前の二人に追いつく。
チョコラータを模したムーディ・ブルースが民家のドアを開け―――――――
煌く雨が彼のスタンドを襲った。
声をあげる間も無く切り刻まれいていくスタンドの肉体。
一瞬送れたザ・フールと腕による防御で致命傷となる部分は防ぎきったが全身に負った切り傷は少なからぬモノであった。
スタンドからフィードバックしたダメージにより彼の衣服が血に染まる。
膝から崩れ落ちそうになるアバッキオの体をザ・フールが支えた。
「すまねぇな」
そうとだけ呟いたアバッキオの顔色は真っ青で、今にも倒れそうな儚い空気を漂わせた。
しかし彼は自分の両の足で大地を踏みしめて再び体勢を立て直す。
息は荒い、流れる血を抑える術はない。
今、彼の命にタイムリミットが生まれた。
もって30分、たったの半時間の内に止血、最低でも安静にしなくては彼は意識を保つことが出来なくなるだろう。
そして意識を失えばそこからの生存は絶望的、それでもアバッキオは立つ。
足元からは彼を気遣う目が、正面からは哀れみの目が、四対の瞳が彼を見据える。
「大丈夫だ、敵の本体をぶっちめてからすぐに止血すればなんとかなる。
俺の命もそれまでは持つだろう。だから俺を気にするな。敵を叩くことを優先にしろ」
肩で息をしながら、確たる意思を込めた言葉を発する。
堅気ではないある種の異常な環境で生きてきたホルマジオには彼の言っていることはすんなりと理解できた。
だがイギーは違う。自分の命と敵を倒すことを天秤に掛け、敵の討伐のためならば命をも捨てるという気持ちは理解できなかった。
(何だコイツは? テメーの命が一番大事なものなんじゃねーのかよ? んっとうにわかんねぇ!)
悩む彼を他所に二人は話し合いに入った。
「って訳だ、こんな緊急時だし俺も能力を明かした。だからホルマジオ、お前の能力も明かしな。
傍にいる相手の能力が分かってればこっちだって行動しやすい」
「しょうがね~なぁ。こっちもそろそろ危なくなってきた。俺のリトル・フィートの能力教えてやるよ。
俺のスタンドは―――――――」
★ ☆ ★
「じゃあ、行くとするか」
アバッキオの残り時間からすると長すぎるとも感じられる情報交換が終わった。
先程よりも一層蒼白さを増した顔でアバッキオは歩き始める。
民家のドアを開けるのはイギーのザ・フール。先行するのはホルマジオ。
ムーディ・ブルースのリプレイは続けるものの、決して奇襲はさせない。
先陣を切るホルマジオはムーディ・ブルースをアバッキオと並んで歩くイギーは彼の身を守ることとなる。
何があっても対応できるような陣形を組み、彼らは民家から出た。
この場にいる三体のスタンドの耳が風切り音を捉えた。
出てから間髪いれずに飛んでくる何か。
弾くか、避けるか悩むホルマジオだったが飛来するものを弾いたところでどこへ行くかは保障できないので回避することを選んだ。
ここでイギーの手を煩わせていたらアバッキオの守護に裂く余裕が無くなるとも考えてのことである。
体を下げるわけにはいかないから着弾点を予測し、その場を離れる。
音がしてからこの動作を行うまでに実にコンマ数秒。
実践で培ってきた判断力がなせる業だ。
しかし考えることが少なかったこと、これは彼の過失である。
(コイツは……銛か! チッ、防いでも下手したらメザシになってたって事か畜生!)
スタンドの視界から見えた形状。
細長い棒状のボディの先端についた鏃、鈍い金属製の光沢。
突き刺されば人間などひとたまりもないという事は心で理解できた。
軌道を見るに避けたらアバッキオに刺さるということはないようなので襲撃をかわしたことに一息吐く。
(アバッキオの言ってた事が正しければ飛び道具になり得るのは謎の鉄球と拳銃だけ。
正面から気を張って防ごうと思えば防げないモンじゃねぇ!)
スタンドの、近距離系の力で投げられたものは威力という点で言えば拳銃のそれを上回る。
明らかに投擲向けの武器であった銛を紙一重ではあったといえども回避できたことにホルマジオは希望を見出す。
ズルリ
「はっ……?」
足が滑った。それだけは知覚することが出来た。
次に感じたのは背中の一部を“喪失”した感覚。
明確な“死”の存在をホルマジオは感じ取る。
差し出された、いや、支えてくれた“手”の存在を知るまでは。
鼻を鳴らしながらイギーは心中でぼやく。
(しょうがねーしょうがねー言ってるけど一番しょうがねーのはオメーだな。
二人して頼りない連中が揃っているからよ、俺が何とかしねーとよ!
ジョリーンのヤツも今どうしているか心配だし、とっととやってとっとと帰るか!)
もう一度だけ、実に不機嫌そうにイギーは鼻を鳴らした。
★ ☆ ★
おお、一人も死ななかったか。連中も中々やるな。
アバッキオはそう長くもちそうにないだろう。放っておけば失血死するか。
あの紙を上手い角度で開くようにするのは中々骨が折れたからなぁ。
最終的には臭い隠しの黴でドアに貼り付ける事にしたんだが。
日本人にはこれによく似た伝統的で古典的な悪戯があるって聞いたがあれは黒板消し。
せいぜい服が汚れてイラッとするだけだ。
だがな、俺の罠は服が汚れるのは同様だけれどもゾッとするんだ。
引っかかった瞬間のアバッキオの顔を見たか?
見開いた目、半開きで固まった口、死を覚悟したんだよなあれは。
あそこで生き残ったのは運が良かったか? それとも悪かったか。
間違いなくヤツは後悔するだろうよ。
いや、俺が生き延びちまったことを後悔させるんだ。
この戦いが終わる頃にはきっと『何であそこで死ねなかった』ってね。
それにホルマジオへのトラップも上々だったな。
本当にあそこへ行ってくれるか不安なところもあったが案外計算どおりに動いてくれて助かったよ。
滑った瞬間のアイツの表情も同様に最高だった。
何が起こったか分からないってマヌケな顔を見たときは腹を抱えそうになったよ。
アイツしかいないって状況だったら間違いなく堪え切れなかっただろうな。
そして最後に自分の死を覚悟した時の顔。
大の大人が思わず目を瞑った様は実に見苦しい。見苦しいからこそ素敵であるんだがな。
さて、次はどうしよう? とりあえず数分ぐらい焦らしておいてやるか。
ストレスで煮立っていく様を見るのも楽しい、苛立ちによって隙が出来てもおいしい。
まさに一石二鳥ってヤツだ。
時間つぶしがてらに支給品の方も見ておくか、武器は有り余ってるからな。
銛なども回収すればまた使えるだろう。
こういう小物も応用すれば色々と使い道があるのは分かったから考えてみるのも乙だ。
む? ムーディ・ブルースで俺の追跡をするんじゃないのか?
明後日の方向へ行ってるということは……逃げているという事だな?
興ざめだ。どっちにしろ殺すっていうのは変わらんがな。
常に追う側だったから、たまには挑戦者を叩きのめして殺すということをやってみたいのだが。
まぁいい、逃さなくてはいいって話だからな。
さて俺もボチボチ歩き出すとするか、暇つぶしのおもちゃはたくさんある。
数分くらいならばあっという間に費やせるはずだ。
さて、最初に出てくるのは――鉤爪か。
リーチと切れ味はいいと思うんだが如何せん動かしにくいってのは問題だな。
機動性が皆無に近い我がスタンドならばそのデメリットも小さいか?
とりあえず現在の段階ではこれをつけるのは保留だな。
次は何んだ……ナイフか。
殺傷力溢れるって訳じゃないがある意味俺の一番得意な獲物ってやつだ。
死なないように気を遣いつつゆっくり解体する、この殺し合いでその機会があればいいんだが。
他には特筆するほどの支給品はないな。
改めて思うが案外色々なものが支給されているみたいだな。
殺し合いに関連するものばかりだと思ったがビールに古地図、挙句の果てにはドレスか。
主催が何を考えているのか本当に分からん。
荒木なりのジョークってヤツか? 考えても無駄なことだろう。
そしてディバッグの最深部。本当にそこの部分にあった“それ”。
「そろそろ襲撃の頃合か」
黒い金属の塊、先刻も確認した銃器、不思議と重さを感じさせない謎の拳銃。
これがないと遠くからの奇襲も糞もない。
少しだが配置したスタンドの陣形が乱れてきてるぜ。
予備があるから弾数に余裕があるとはいえできれば一撃で決めたいところだな。
これから先にも銃は重宝する。
そんなことを考えながら俺はカメラをグリーン・ディの方へと手渡す。
両腕で照準を合わせ、いつでも狙い打てる体制へと入った。
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最終更新:2009年07月27日 22:09