「ッ! やっぱり痛いからやりたくなかったわ」

カビに侵された指先を糸へと変えて引きちぎる。
足元には裂帛の叫びと共にスタンドのつま先が開けた穴。
緑でコーティングされた糸をそこに投げ入れ、そのままストーン・フリーで埋める。
絹のように滑らかで白い肌に真紅の血が一つのアクセントとなった。
口では痛いと言っているものの、実際にはさほど気にせずに彼女は西へと歩む。
思考のウェイトの大半を占めているのは出会ったばかりの仲間の事。
どうか、どうか無事であって欲しい。
縋るように祈った彼女の眼前にSFそのものの存在が現れた。

「あれは……トカゲ?じゃないわよねぇ……ワニよりでかいもの。やっぱりあれは恐竜?」

黄土色の鱗に鋭利な爪、掠っただけでも怪我は免れないだろうと一目で分かる牙。
トカゲと似た部分は多数存在するも、雰囲気、サイズ、そして威圧感が完全に別な種族である事を告げていた。
呆然と立ち尽くす彼女であるが恐竜は何も仕掛けてくる様子がない。
安心した彼女が念のために進路を変えようとしたのと同時に恐竜は彼女へ飛び掛ってきた。

「何ィ!? コイツ……速い!」

上下の運動を制限されている身では立体的な回避は出来ない。
彼女は軽く後ろへ下がることによって恐竜の着地点から離れる。
跳躍による放物線の頂点に辿り着いてしまったからはこれ以上の軌道の変化は不可能。
そう踏んだ彼女の予測通り恐竜は現在地の数メートル手前に降り立つ。
タイミング的には完璧なものであった。
着地から来る衝撃による一瞬の硬直。
如何なる生き物であっても消すことのできぬ隙を狙って叩くつもりであった。
けれども彼女もまたスタンドの拳を振り上げたまま凍りつく。
恐竜の脚は重力がもたらした衝撃を大地を蹴るエネルギーへと変換。
初撃よりも更に勢いを増して彼女の元に飛び掛る。
我に返った徐倫が迎撃しようとするも時既に遅し。
尖った爪が彼女の肩口へと突き刺さり、血飛沫を撒き散らさせながら飛び去っていった。
声をあげることなく傷周りの肉を糸へと変え、傷口を縫いとめる。
なぜ首に攻撃して致命傷を与えなかったのか疑問に思ったが、それを考えるのは後に回す。

「これは……この恐竜の特性なの? それともただの射程?」

彼女の頭が最優先に考えるのはどうしてこの恐竜はカビないのかという疑問。
いくつかの可能性が浮かんできては消える。
再度こちらへと向き直った恐竜を見据えつつ、左手を下へ降ろしてみた――――カビは生えない。

「なるほど、カビの射程のほうだったみたいね」

ひとまずの危機は去った事を確信する徐倫。
彼女が知る由もないがこれはグリーン・ディの真の射程ではない。
殺し合いの主催、荒木飛呂彦が突出した力によりバランスを崩させないように枷を着けたのだ。
本体のチョコラータからある程度の距離を取れば“胞子”は消滅する。
一度発生したカビは消滅しないが感染が広がる可能性は格段に落ちる。これが架せられた制限。
今、徐倫に与えられたハンディの一つが消え去る。
先程までは出来なかった少し腰を落とし気味な姿勢で恐竜と対峙。
次は直線的に突っ込んでくる恐竜。
カウンターとして放たれた左ストレートを持ち前の反射神経でかわす。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッッ!!」

続けざまに放たれた拳の弾幕も軽いフットワークで避けていく。
一発、二発、三発、四発、五発、六発、ついに叩き込まれる鉄拳。
しかし掠める程度であったので少し後退するだけに留まる。

「第二ラウンドの開始ってヤツかしら」

岩をも砕くストーン・フリーのジャブが数発飛ぶ。
左右のステップで紙一重の余裕を残しつつ拳をすり抜け距離を詰めた。

「オラァ!」

右足が恐竜の側頭部を狙い跳ね上がる。
軽く屈むことにより直撃を免れ、そのまま向かおうとする恐竜。
止まることのない右足の回転エネルギーに左足で大地を蹴ったパワーを乗せて加速。
両足が大地から離れた徐倫の体が宙に浮かび、左踵が恐竜の頭頂を狙う。
この“回転”の力にも太古の反射力は打ち勝った。
鱗が少し削ぎ取られるものの致命的なダメージには至らない。
両足が地面に付くと共に徐倫の体は再度飛び上がる。
後に残されたのは踏み込みの衝撃で抉れたクレーターとそこへ飛び込む愚か者の姿。

「やれやれだわ。このスピードと反射神経、単純なだけに面倒ね」

最初の交錯以来、恐竜が飛び上がることはない。
足を使って徐倫の隙を引き出そうと彼女の周りを走り回る。
こうなってしまっては彼女のほうも迂闊に攻撃を仕掛けることは出来なくなる。
ジャブ一発分の隙ですら見逃さないことが分かっているから。
こうして場の空気は膠着し始めた。
セオリーとしては恐竜のスタミナが切れるまで徐倫が待つべきなのだろう。
しかし、相手は始まりから今までの間に疲労の様子を一切見せない。
加えて徐倫には一刻も早くこの戦闘を終わらせる必要があった。
進退のないこの状況に歯噛みする徐倫。
痺れを切らした彼女は“障害”の元へと走り出した。

「ストーン・フリー!」

精神を研ぎ澄ました全身全霊の一撃が当たらないのだ、やぶれかぶれに放った拳が当たる道理がない。
軽くしゃがみつつ腕を掻い潜り勢いを殺さぬまま彼女に肉薄する。
咄嗟に肘を落として迎撃を狙うももう遅い。
尾によって右腕は弾かれ、気が付けば既に眼前に。
苦し紛れに放った左膝の上に器用に飛び乗り、膝に秘められた威力を殺しつつ――――徐倫の首元へ牙を突き立てた。
大きくのけぞる徐倫。しかし彼女の肌に染み出した血液の量はごく僅か。

「やれやれ、本当にやれやれだわ。捕らえるのにここまで苦労するなんてね。
 逆に言えばッ! このチャンスだけは絶対に逃すわけにはいかない!」

苦しさに恐竜が思わず彼女の首筋から口を放す。
さっきのジャブとエルボーの狙いはダメージを与えることではなかった。
両腕を前に伸ばして恐竜の死角に持っていくことが真の狙いだったのだ。
そして彼女はあえて牙による一撃を喰らった。
突き立てた際に生じる隙、死角にある二本の武器。
致命傷になるほど牙が食い込む前に両腕で恐竜を抱きしめる。
いや、抱きしめるというような生易しいものではない。
腕の力によって恐竜の背骨を圧し折ろうとしているのだ。
プロレス技のいわゆる“鯖折”。
体を“く”の字にへし曲げられ甲高い叫びを上げる恐竜。
決死の抵抗が徐倫を襲う。
自由に動く前足による引っかき。
肩、顔を中心に紅い筋が無数に出来た。

「これしきの事ッ! なんて事ないわ!」

叫ぶことにより己を鼓舞する徐倫。
スタンドの背を締める力は徐々に強くなっていく。
それとは対照的に恐竜の抵抗する力は弱まっていった。

(潮時か……私も向かうとしよう)

カビの感染の心配がないこともほぼ確定した。
恐竜の視界から不利な現状を把握し、参戦の決断を下す。
放っておけば殺されることが明白、しかし勝利するためには二頭でかかれば十分すぎるほど。
その事実はフェルディナンドの腰を上げさせるのに不足ない。
アヴドゥルであった存在が大地を蹴り走り出す。
強靭な脚力により出発より数分で戦地へと辿り着いた。
締める腕へ全意識を集中する徐倫はまだ忍び寄る博士の気配に気付かない。
物音を立てずに背後まで肉薄し、彼女の背を狙って爪を振り上げる。
殺気を感じ取った徐倫は反射的に掴んでいた恐竜を別の方向へと放り投げ、両腕で顔と急所をカバー。
が、一手遅れていた。
今まで対峙していた相手のものよりも更に巨大な爪が彼女の頬を切り裂く。
深い傷口からは血液が流れ出し小さな河を作った。

「その首輪……どうやらアンタが本体みたいね。能力は生物以外の何かを恐竜に変えるといったところかしら?
 条件はまだイマイチ分からないけど、自分も恐竜へ変えられるとは思わなかったわ。正直ちょっと驚いてる」

本体にはついていた首輪が小さい方についていないことから元は“参加者”でなかったと推測。
自分の仮説が間違っていることに彼女は気がつくことはない。
上から下へと左手を滑らせ頬に付着した紅を親指で掬い取る。
大きく指を振り血を振り払った後に、指に残るものを舐め落とす。
そして紅く染まった唾を地べたへと吐き出し――――見事なまでにフェルディナンドの琴線に触れた。

「貴様も大地を敬わぬクソ頭しか持ち合わせていないようだな!」

リンゴォに見破られた反省を生かし、極力口の中を見せぬように言葉を吐き出す。
前後から二頭が同時に跳躍した。
左か右か、特に意識することなく徐倫は右手に飛びのく。
着陸時の隙を狙うか、あわよくば二体が宙で激突するのを期待して。
放物線が上昇を止め下降を始めた。
弓のように腕を引いて構える徐倫。
二頭はぶつかることはなかったが予想通りの軌跡を描いて落ちていく。
狙うは本体である首輪付きの方。


交差した時、フェルディナンドは虚空の中で唯一の足場としてもう一頭を利用した。
一度目よりも更に高く飛ぶ大きい恐竜と地面へ叩きつけられる小さい恐竜。
どちらへ攻撃しても残ったほうの攻撃を喰らうのは必至。
地に伏す者が起き上がるのと天へ昇った彼が頂点に達したのはほぼ同時。
反撃を諦め、徐倫は二方から距離を置いた。
しかし重力の恩恵でより加速したフェルディナンド達と迫るもう一方を同時に退けるのは至難の業。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッッ!!」

ラッシュの手数により勝負を試みる徐倫。
先発として小柄なほうを向かわせ、フェルディナンド達はその後ろを走る。
小回りが聞く分、ラッシュを掻い潜りやすいという算段の上でだ。
けれども先刻の激突が告げるとおり、幾ら回避能力が高かろうと完全に掻い潜るのは不可能。
一発喰らって動きが止まったところから追撃の連打が体を叩く。
悲鳴を上げながら押し返されていく恐竜。
本命は“囮”には見向きもせずに突進を喰らわせる。
肺から空気が抜ける感覚を味わった徐倫であったが、すぐに上にのしかかる者の顔面に一撃。
新たな傷を増やしつつも彼女は立ち上がった。
そこへ突き刺さる無情な死刑宣告。

「そう、そのパワーに対して真っ向から対峙するのは御免こうむりたい。
 だからこそ……いたぶって失血死を狙わせてもらおう」

フェルディナンドの予告に徐倫は眉一つ動かさない。
不本意ながらも殺す殺されるの戦いには随分と慣れてしまった。
スタンドの補助を得つつ大地を蹴る。
目指すはまたしても本体。
裂帛の叫びと共に眼前へと詰め寄る。
己からの攻撃はまだ仕掛けない。
首筋を狙った一閃を左腕を使って上手く逸らす。
小柄な一匹が仕掛けてくる体当たりにも踏みこたえて倒れたりはしない。
逆に体を持ち上げて巨躯へと投げ飛ばす。
投擲されたほうも受け止めたりはせずに同じ動作で回避と攻撃を。
スェーバックで紙一重にかわすものの前髪の先端が数本散った。
小刻みなステップで徐倫はフェルディナンドの背後へと回り込んだ。
瞬時にして反応して振り返って見せるもそこに彼女の影すらない。
冷や汗をかく博士であったがすぐに居場所は察した。
恐竜の視線を下へと向けさせる――――いた。
地面スレスレを滑り足元を狙う右腕を軸とした両足。
軽くジャンプする事により彼女の脚は虚空を舞った。
しかしその回避すらも想定内、折込済みの出来事。
体を捻り、左腕も地面に付け体の角度を変化させる。
回転力を上手く利用したことにより、地面と水平であった体はさしたる力を使うこともなく向きを変えた。
地面とほぼ垂直にそびえ立つような形へと。
両肘、両肩、両膝と順に折りたたんでいく。
マズイ、直感がそう告げるものの体は制御できない。

「そこぉっッ!」
「ぶげっ!」

先程は間逆の順で伸ばされていった間接達。
それぞれの加速が生んだスピードと天へと延びた体の軌道は形容するならばロケット。
二つの靴底が顎に衝突し、自慢の牙と吐き散らかしながら宙を舞う恐竜。
倒れ伏した相手を再起不能とするべく徐倫が迫る。
が、ラッシュのダメージより回復した方が行く手を遮った。
舌打ちと共に徐倫はそちらと向かい合う。
その隙にフェルディナンド達も立ち上がった。
再び彼女の足がステップを刻み始める。
蝶の様に華麗に舞うものではなく、獲物を刺し殺す蜂のような鋭さを持ったそれを。
強攻すれば手痛い反撃を食らうが彼女は防御に専念しているのでそう攻撃は喰らわない。
徐倫の行動に博士は首を捻った。

(この動きを続けて何をやりたい? いくらスタンドの補助があろうとも限界は来るはずだ。
 そうだ、恐竜でもない限りは絶対に限界が出てくるはずなんだ。体力にはな)

事実、見るからに徐倫の体は疲弊していた。
全身を流れる汗、間隔の短くなった呼吸。
彼女のリミットを知らせるものは他にもいくらでもあった。
思考にふける彼を他所に彼女が何度目か分からないこちらへの接近を仕掛けてくる。
右腕を振り上げつつ、左腕による直線的な攻撃を。
このフェイントを彼女は完全に見切ったものの回避の際に足を滑らせた。
小さいほうの恐竜はこの隙を決して見逃すことなく走り寄ってくる。
彼女は薄く笑った。
スタンドの張り手を己の頭にぶつけて無理矢理倒れこむ。
対象を失った恐竜は勢いを殺せぬままもう一匹のほうへと突っ込み――――――


完全に不意をつかれたフェルディナンドと共に地面に倒れ込む。
地面に叩きつけられた痛みによって一瞬目を瞑ってしまった博士。
目を開けた彼が最初に見たのは拳を鳴らした後に、首を鳴らす徐倫。

「やっと捕らえたわ……オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァッ!!!」

気がつけば彼は民家の中にいた。
アヴドゥルの体を動かそうにも動かない。
既に体の限界が来ているのだ。
小さく溜息をつきつつ一旦スタンド能力を解除。

(この際あの女を恐竜としてしまうか? ……いや、駄目だ。
 二匹いてやっと互角な上にイギー監視をやめるわけにはいかない。
 生きた人間を恐竜化するには数分かかるというのは思わぬ欠点だな)

心の中で愚痴を言いつつ彼は二人の死体を見た。
いや、正確には繁華街近くで拾った男の死体をだ。
元から凄惨な様子であった死体がどう変化しようと彼になんら感慨は湧かなかった。
殴られ続けたお陰で一層損傷の激しくなった頭部へとメスを突き刺す。
周りの肉が寄り合って再び新しい命へと昇華する。
幾度も見てきた光景であるし、これからも数知れず見ていくことになるであろう景色。
死体を見たときと全く同じ感情を抱きながら彼は変化を見届けた。
傷一つない鱗、綺麗に生え揃った牙、少しのへこみや欠けもなく尖った爪。
今までボロボロだったのが嘘のように恐竜は元通りに蘇った。
そして彼はアヴドゥルを見ようとする………首を動かす事ができない。
完全に無意識の内に彼は自身の体に金縛りをかけていた。

(何を馬鹿なことをやっているのだ私は!
 アヴドゥルはもう死んだ。これだけは何があろうとも覆しようがない。
 今更死体がどうなってようとも問題はないはずだ!)

強い調子でまくし立てる心中とは裏腹に体は動かない。
激しい苛立ちが彼の胸へと去来した。

(早くするんだ! 早くしなければ今にもあの女がここへと来てしまうぞ!
 見ろ! 見ろ! 顔を僅かでもいいからそっちへと向けるんだ!)

精神が無意識を凌駕し始めた。
油の切れたブリキのおもちゃのようにぎこちなく回る首。
彼は見た、アヴドゥルであった何かを。
巨大なハンマーで何度も叩き潰されたかのような顔、特に顎は原型をとどめてすらいない。
衣服の所々が破れ、筋肉に覆われた肉体は所々が陥没している。
手と足の関節は無数に増え、通常ではありえぬ方向を向いていた。
思わず目を背けるフェルディナンド。
あまりにも情けない自身を叱責しつつ再度彼の方へと顔を向ける。



眼孔から零れ落ちた彼の左目と目が合った。


込み上げる猛烈な吐き気を必死に飲み込む。
目に滲んだ涙は果たして何が原因だったのだろうか?
吐き気から来るものだったのか? それともあるいは――――。
これは本人であるフェルディナンド自身にすら知り得ない難題。
だが、答えの一つが彼の脳裏を過ぎった。

『自分は間違っていると』

彼はその後に無理矢理言葉を続けた。
あたかも折れそうになる自身の心を納得させるかのごとく。

「だからこそ、私はこの殺し合いで優勝する必要があるんだ」

半ば呟くような弱弱しい宣言。
しかし少しであるが吐き気が和らいだ気がする。
今度は迷うことなくアヴドゥルの崩れかかった死体を見据える。
メスで彼の体に一筋の傷を付けた。
徐々に異形へと生まれ変わりつつある彼の姿を眺めながら、
博士は「そういえば何故あの女はこちらへと来ないのか?」と考えた。

自身がブチ破った穴より小さいほうを外に出して見回りをさせる。
左右、念のために上を見てみるものの人影らしきものはない。
共有した視界に映るのは風に流されて飛んでいく雲だけ。
軽く息を吐き出し、少し時間を置いてみるものの今までに戦っていた相手は姿を見せない。
もしや恐竜の秘密に気付いたのか? と案じるも、気付かせる要素はなかったと自らを納得させる。

「助かったのはやつなのか? それとも私か?」

何気なく呟いた一言に答える相手はこの場において誰もいない。
このことが沈み気味だった彼の気分を更に悪化させることとなった。
安全を確認すると恐竜の中に忍び、民家の敷地内から出て行こうとする。
同時に背中を襲った重量感、違和感。
何があったかを彼が知るまもなく暴れだす恐竜。

「もらった! 一か八かの勝負だったけど……どうやらこの賭けは、私の勝ちのようね!
 アンタ達は動かないものを見れない! 確かめるためとはいえ、怪獣を目の前にして動かないってのは辛かったわ」
「なんだと!? なぜだ! どこでそれに気がついた!」
「答えてあげるわ」

その言葉と共にストーン・フリーの腕に込められた力が一層強まる。
此処へ来て博士は、徐倫が恐竜の首を極めているのであるという事に気がついた。
体をゆすって振り落とそうとするも両手両足は決して緩まない。
体内にいるフェルディナンドの顎から冷や汗が滴り落ちた。

「まず最初にこいつが襲ってきたのは私が動いてからだったわ。
 それに次の攻撃の時も私の頚動脈を外した。格好のチャンスだったにも関わらず。
 私はその時とある事情で完全に動きを止めてたの。ついさっき気がついたんだけどね」
「バ、馬鹿なッ!? たったそれだけの手がかりで特性を見抜いたと!?」
「言ったでしょう、私は確かめてみたってね。
 ラッシュで吹き飛ばした後、私は穴の脇でジッとしていたの。その結果は……ね」

言い終わるや否や徐倫はトドメを刺しに走った。
これまで完璧に動脈を極められたならば恐竜の生命力を以ってしても数分と持たないだろう。
小さいほうを動かそうにも同士討ちを恐れるあまりについつい躊躇ってしまった。
活路を見出すために博士は恐竜を跳躍させ、宙で姿勢を制御し背を下へと向ける。
総重量は計り知れぬが確かなことは一つ、背中に張り付いていた徐倫が重傷を負ったということ。
巨躯から繰り出されるボディプレスによって彼女は喀血する。
けれども締める腕の力だけは何があろうとも緩めようとはしない。
知らぬうちにフェルディナンドの口から漏れていたのは恐怖の叫び。

「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ねええええええええええええええええええ!」

半狂乱になりながら同じ動作を二度、三度と繰り返す。
怖かった、ただひたすらに彼女の事を恐れ続けた。
敵の弱点を見抜くために自分の命ですらも惜しまずに懸けること。
どんなにダメージを食らおうと決して喰らいついた牙を離さないこと。
つまりは、死を恐れぬ彼女の精神が怖かった。
空条徐倫の全ての挙動が博士の大脳よりアヴドゥルの記憶を引き起こす。
年齢も人種も、性別すら異なる両者の姿が不思議と重なって見えた。
唯一違うのは、アヴドゥルはフェルディナンドの命を救ったが、徐倫はフェルディナンドに命を狙われているということ。
彼にとっては何故かそれが許されざることのように思えた。
故にそれを振り払うかのように彼は攻撃の手を休めない。
その目は血走り、彼の理知的な雰囲気を霧散させていく。

徐倫のほうも最初の一撃以外は命に関わりかねないダメージは負っていない。
とはいっても一撃一撃の非常に重い攻撃は彼女の体を徐々に蝕んでいく。
何発目だろうか?
彼女は再び口より血を吐き出し、同時に一瞬だけ緩む拘束。
恐竜はその刹那すらも逃さずに必死に身を捩る。
そして、恐竜は小さくも堅牢であった檻より脱出を果たした。

「君のその精神力、ああ感嘆したよ。本当に尊敬できると思う。
 だがな、私はそういう“愚か”な生き方をするヤツの気持ちが分からないんだよ。
 あぁ本当に君は狂人のようにしか見えない。尊敬できるというのは嘘ではないが決してなりたくはないタイプの人間だ」

内臓をやられた痛みで腹を押さえる徐倫にとって意外な言葉が投げかけられる。
ふと顔を上げてみるも巨大な口から続く言葉はない。
ただ、一瞬だけ頭を垂れた後に彼女に襲い掛かるのみだ。
タイミングをずらして襲撃する二頭にもはや反応することは出来ない。
軽い舌打ちと共に砂を一掴み掬い上げ恐竜達へと投げる。
幾ら動体視力があろうとも広がる粒子を完全に避けるのは不可能。
目に入って時間を食うよりはましだと一瞬だけ瞼を下ろす。
攻撃が来る事を覚悟するも、聞こえたのは去っていく彼女の足音。
逃げたとは判断しない、あくまでも戦略的なものがあるのだろう。
短い交戦であったものの彼女は敵を前にして尻尾を巻くタイプの人間ではないと判断した。
先程までは使っていなかった嗅覚、聴覚も全て使用して彼女を追いかける。
その姿はまさに捕食者。
太古から蘇ったハンター達は獲物を追い詰めるべく走る。
匂いから判断すれば彼女はこの通りへと入ったのだろう。
非常に細い路地。サイズ的にアヴドゥルが入れば一杯一杯になるはずだ。
彼女のほうもそれを見越して此処を選んだのだろうと考える。

「この程度の浅知恵で私を倒せると思ったか……。
 稼いだ僅かな時間ではどの程度準備を整えられただろうか? 殆ど何もないだろうな」

小型で比較的自由の利くであろう小さい恐竜を路地へと突撃させる。
自身達はといえばその場からの跳躍で屋根の上に飛び乗った。
巨獣の着地の反動により、瓦が数枚割れ砕ける。
そう進まないうちに斥候として放った恐竜が小道に立ちふさがる徐倫の姿を見た。
息も荒くなっており彼女の消耗は相当激しいのだろうことが推測できる。
体のバランスもおかしく左寄りに傾いている。
好機と判断したフェルディナンドは構わず恐竜をけしかけた。
彼は大きな事を見逃している。
ストーン・フリーの明かされていない能力を完全に失念していた。

「私の能力、まだ教えてなかったわね? 私のスタンド名はストーン・フリー。
 シンプルにたった一つの分かり易い部分だけを教えてあげるわ。
 自分の体の一部を“糸”に変化させることが出来る、これが私の力よ。
 そしてやれやれだわ。近距離パワー型の脚力でもこれは中々骨が折れたわ。
 バランスも悪い、千切れそうになる足が痛い、本当に散々ね。
 でも、これで私が一歩上をいくわ、コイツをこの戦いの場から退場させる」

フェルディナンドはついつい彼女の話を聞き入っていた。
これはジョースターの血筋が持つカリスマか、それとも黄金の意思の眩さか。
どちらにしろ彼が精神力で彼女に一瞬であろうとも押されてしまったのは事実だ。
その事を理解し、眉間に皺がよるも戦闘における集中力は切らない。
恐竜の数メートル手前で徐倫の体のバランスが一瞬崩れた。
今までは匂いで彼女の位置を把握していた彼が彼女の体を改めて視認する。
左足がなかった。いや、足の付け根辺りから伸びる糸のみが存在した。
糸の先は動いていないから何があるかは分からない。

「ダメージがあるとはいっても私のスタンドは近距離パワー型。
 問題は折ることよりも支えることだったわね」

彼女の溜息と共に木が倒れていく。
前に飛ぶか? 彼女がいるから無理だ。
左右へ飛ぶか? 壁に阻まれて不可能だ。
上に飛ぶか? 木との激突が早くなるだけだ。
後ろへ逃げるか? 最後にこの選択肢が出てきたのは彼の精神的な成長によるものだろう。
しかし皮肉な事にこの場においてはその成長が仇となり、逃げ遅れた恐竜は―――巨大な質量によって押しつぶされた。

「さて、これであんたと私の一騎打ちって状況が出来たわね。
 今までの戦局を見る限りだと私のほうが有利みたいだけど、今の私は傷だらけだわ。
 要するにどっちが勝つのか分からない。あんたも分かっているでしょう?」

潰され、身動きもとれずに呻いている恐竜を一瞥し徐倫は路地より出る。
そして居場所も分からぬ対戦相手へと宣誓した。
丁度他の家が影となり見えない位置に立っていたフェルディナンドは悩む。
バカ正直に正面へと立つか、このままこの場を去っていくか。



自分の理性的な部分は告げる『このまま立ち去れ』と。
確かに先程までの白兵戦から考えて勝率がないわけではないだろう。
しかし、彼女の持った糸の力。変幻自在なそれは戦力としての真価を図りにくい。
あの時まで一切能力を明かさずに乗り切った駆け引きも自分に真似できるかどうか。
身体能力などの基礎値では勝るも、戦い方は明らかに向こうのほうが上手い。
それでも私の感情的な部分は叫ぶ『立ち向かって打ち勝て』と。
彼女を越えればアヴドゥルの幻影に縛られることもなくなる、そんな気がした。
強く、気高い彼女を踏み台にすればどこまでもいけそうなのだ。
弱き心を断ち切るためにも此処で彼女は倒さなくてはならないと思う。



彼の心の中の拮抗は―――――前者が勝った。
皮肉な事にも決め手となったのは『覚悟を決めた相手に覚悟を持たぬ私が勝てるのか?』という彼の否定した精神論であった。
声が聞こえてきた方より背を向けてフェルディナンドは去っていく。
唯一つの置き土産を徐倫に残して。

「面白いことを一個だけ教えておいてやろう!
 さっきお前が潰したあの恐竜。実はあれの中身は人間だ。
 信じられぬなら見に行け、後悔すると思うがな」

吐き捨てると共にダイアーにかけたスケアリー・モンスターズを解除。
今頃は木の下で潰れた無残な死体という光景が展開されているのだろう。
そう、これは彼なりの徐倫に対する復讐。
死体を見て彼女がどう反応するのか?
自分が殺したと思い込み再起不能の廃人となってしまうのか?
そこまでは行かなくても少なくとも衝撃だけは受けるだろう。
想像すると黒い快感がフェルディナンドを包む。
下卑た喜びに浸りかけた事に少し顔をしかめつつ、彼は戦場より離脱した。



★  ☆  ★



逃げられた! いや、最後の発言は……罠?
それとも本当にあれは……人間が恐竜に変えられただけだって言うの?
どちらにしろ私はあの場所へ向かわなくてはいけないみたいね。
重い足を引きずりつつ一歩づつ着実に進んでいく。
アバッキオにイギーは無事かしら?
アナスイ、ウェザー、FF、父さんもいい仲間を見つけたのかしら?
向こうにいるエンポリオとエルメェス、それにママはしがらみを忘れて上手いことやってるのかしら?
ちょっとだけ涙が零れたけど、これくらいは許してくれるわよね?
そして私は引き倒された木の鎮座する場所へとまた辿り着いた。
正直に言っちゃえば嘘だって思ったわ。
だって小さすぎるし、本体のほうにある首輪がついてなかったから。
けどね、本当にその人はいた。
顔もどうなってるか分からないくらいに潰れて、肉が細切れになったその人が。

「あっあ……うあああああああああああああああああああああああああああ」

間違いない、私が……私が殺してしまったんだ。
ラッシュを何回も当てた上にこんな木で押しつぶしたんだ、肉体だって無事なはずがない。
潰れてなのがどうなっているかわからない顔を私は見た。
この人は私が殺した。
家族も恋人も仲間もこの殺し合いの会場にいるんだろうか?
それとも平和な世界で平穏な暮らしをおくっているんだろうか?
次の放送で、生還した人の話でこの人の死を知ったらどんな風に思うんだろうか?
いや、悲しまないはずがない。きっと泣きじゃくってしまう。
どんなに心の強い人だって悲しみを感じないはずはないんだ。
私のせいで、私が殺しちゃったせいで。
ボロボロになった死体じゃせめてもの供養すら出来ない。
見ただけでとても……とてもショックを受けちゃうだろうから。
崩れた頭部へと私は駆け寄って抱きしめた。
この人の知り合いを探そう、何があっても罪を償おう―――――



そこまで考えた所で、彼女、空条徐倫の意識は完全に途絶えた。
あまりの現実感のなさに逃避しかけていた彼女の思考も、起き上がったときは完全に復活するのだろう。
その時になって彼女がどのようなことを考えるかは分からない。
たった一ついえることは彼女は“人殺し”という罪を己に科しまったという事だ。
冷静に考えれば分かっただろう、この死体の孕む様々な矛盾点に。
生憎と彼女は完全に取り乱していたせいで気付く事がなかったのだが。



「父さん……」


彼女の顔で涙が河を作る。
風は、そんな彼女の頬を優しく撫でた。



★  ☆  ★



私の行動は間違っていない、決してだ。
そうだろアヴドゥル君。と言ったところで君は返事をしてくれない。
なぜなら君はもうモハメド・アヴドゥルじゃないからだ。
あぁそうだ、何度も確かめてきた事実じゃないか。
ならば何故私は“あれ”出来なかったんだ?
思いつかなかったわけがない、最も基本的なことを忘れるはずがない。
下敷きにされたヤツの恐竜化を解除すれば動揺して隙も出来るはずだ。
不可能ではない、むしろチャンスには溢れていたはずだ。

「そうだ、アブドゥルを捨て駒にしてでもあの女を引っかけば私たちの勝ちだったんだ」

苦々しげな声が私の口から漏れ出した。
本当にそうだったと今になっては思う。
私がアブドゥルの体内から出て、彼をあの女の下に突撃させる。
先程までならば百%の確立で爪の一撃を当てれるかどうか不安だったが、
人間一人分の重さがなくなったことに加え、彼女の傷つきようから判断するに確実に一かすりは入った。
無謀な賭け等ではなく、論理的に考えれば当然の行為だった筈だ。
確かにアブドゥルが本体だと思っていたあの女の口ぶりからいえば、突撃させた彼の体も無事にはすまない。
民家で見たときよりも更に酷いものになるってくらいは容易に想像がつく。
だが! それが一体なんだったというのか!?
勝つためならば些細な問題は切り捨てるべきじゃないか!
これではまるで感情論などという下らないものに私が振り回されているみたいではないか!?
……いや、確かに私は振り回されている。
結局私もさっきの狂人どもと同類というわけか?
尊敬を知らぬものと同程度の頭しか持ち合わせていないというのか?

「クソッ、私がこんなにも弱い人間だっただと!?」

口調が荒れてしまっているのがはっきりと分かった。
普段ならばこんな物言いをすれば周りから奇異の目で見られるだろうな。
恐竜の中から這い出てみる。
アブドゥルが私を目で追うが、瞳からは知性の欠片も感じられない。
あくまでも反射的な行動なのだろう。
彼が私の命を救ったというのは紛れもない事実だ。
そうだ、それだけは自覚している。
彼の持つ黄金の精神に私が多少なりとも感化されたのは認めよう。
仲間へと遺志を伝えようというのも私が彼に対して恩義以上の感情を抱いているからに違いない。


だが! 私は一体どうすればよいというのだ!?
イギーが死んだというのをついさっき翼竜が教えてくれた!
帰還させずに花京院の元へと飛ばしてみたが彼もまた死んでいるのかもしれない!
どうすればいいというのか!?
彼の最後の願いを完遂することが不可能となった私はどうすれば!?
誰でもいい、是非とも教えてくれ!
私は弱い人間だ。そうだ、死ぬのが何よりも怖いと思っている!
荒木にだって勝てる気がしない!
ロビンスンやリンゴォとやらが言った男の世界ってヤツを理解できないんだ!
だったら私は殺すしかないじゃないじゃないか!
後戻りなんてできっこない、誰も殺してはいないがあの女にやったことは許させるはずもない!
そもそも荒木に勝ち目がない以上は殺すしかないじゃないか!
何故だ、何故君は命を懸けて満足げな顔を遺して死んでいくことが出来るんだ!
分からない、私には到底分かりっこない!
たった一つだけ言える事はある。
結論を既に下してしまったという事だ、私には悪にしか思えないがこれしかない。




優勝して元の世界へと帰る
私には―――――――――――それしかない



★  ☆  ★



「しょうがねぇなぁ」

溜息混じりに発した口癖はかなり疲れた感じだった。
本当に俺という人間はしょうがない。
いや、違う。俺は“どうしようもない”野郎だ。
アバッキオの元へ俺はあえて戻らなかった。
あいつは勝ち目がなかろうとも敵の懐へ向かってしまう。
直感だが中々不思議と間違っているという気はしねぇ。
だけどよぉ、それはただの犬死なんじゃねぇのかよ?
そんな事を考えちまう俺は間違いなく臆病者の部類に入るんだろうな。
けどな、しょうがねぇじゃねぇか。
俺だって一度喰らいついて勝機が見えた状態なら、たとえ待ち受ける結果が“死”であっても逃げたりしないぜ。
だが……あの状態からは勝ちってヤツが連想できなかったんだ。
博打は大好きだが負ける可能性のほうが明らか高いヤツには絶対に乗らねぇ。
張ってるのが命だってんだからなおさらだぜ。
生き残るためには大勝負を繰り返すよりは小さい勝ちを重ねてく方が確実だしな。
そもそもアイツは無茶して自分で倒さなくとも何とかしてくれるヤツがたくさんいやがる。

「俺は……何なんだ畜生!」

頭を使えばどんなくだらねー能力だって使えるようになる。
日頃からそうやって豪語してきた俺はまるっきりピエロじゃねぇか。
ウチのチームを見渡すだけでもアイツに勝てそうなやつは幾らでも存在する。
むしろ俺以外ならば全員勝利を収めるんじゃねぇか? って思うほどだ。
許可したもの以外は入ることの許されない鏡の世界を生み出す能力。
半径200m以内の生物を全て老化させ朽ち果てさせるガスを出す能力。
近距離型の力、速度、更に遠距離型の射程までも兼ね備えてる能力。
ほぼ無敵の“息子”を量産し本体には全くダメージが届かない能力。
触れたもの全てを凍てつかせる矛と堅牢な氷の鎧を備えている能力。
磁力を操り、敵の体内から刃物を産んだり自身を透明化させる能力
あぁ、こんな奴らの中において俺の能力だけが無力だ。
遊びで殺しをするようなゲス野郎に不覚を取るのは俺だけだ。
暗く沈んでいく思考、仲間が見れば間違いなく何やってんだって笑うんだろうな。
別方面に考えを飛ばすために別のことを考えてみる。

「アバッキオは……結局どうしたんだ?
 一人で向かったんだよなぁ、おい。間違いなく死んでやがるか」

あいつの死に関して悲しんだりはしない。
元来ならば俺の所属しているチームは、ヤツのチームとの血みどろの抗争をおっぱじめる予定だったんだ。
この殺し合いがなければ俺とあいつらは殺しあってたはずなんだからな。
その辺に関しては俺も冷静に考える事ができるぜ。
確かに見殺しにしちまったのは悔しいっちゃ悔しいが身を裂くほどじゃねぇ。
あぁ、立ち向かったであろうあいつを尊敬するって気持ちは多少なりともあるがな。
奇跡が起こったとしても相打ちどまりなんだろうよ。
……なんだかんだでアイツにも少し情が移ったのかも知れねぇな。
なんだかんだ言いつつも少しだけだが虚無感を覚えちまってる俺に気がついた。
戦闘中ではあったが一応あいつと笑いあった事もあったしよ。

「いい加減俺も疲れちまったな」

疲れたのは体か、それとも心か。
二度目の溜息と共に頭に手を伸ばして頭部をかきむしる。
カビがどうたらってのは気にしねぇ、イライラをぶつける対象が他にねぇんだからよ。
独特な音が俺の頭から響く。
ふと何気なく腕を少しだけ慎重に降ろしてみた。


カビが生えない。



本体が死んだか? 咄嗟に思ったがそれはありえないなと否定する。
アバッキオが勝てる確立はさっきも言ったとおり奇跡でも起きねぇと無理だ。
起きないからこそ奇跡って言うんだしよぉ。
どっちかといえば射程距離とかあんがえるのが打倒だろうな。
少し思考が飛び掛っている俺の目の前に一人の女の姿が見えた。

「あれは……アバッキオと行動していた女。確かジョリーンって呼ばれてたよな?」

職業柄人の名前と顔を覚えるのが得意な俺はすぐに脳みそのデータベースから女の名前を持ってきた。
あいつの仲間って事はある程度信頼を置いても安心ってことだな。
だが、これだけは不安だ。
このことをほって置いたら後々でやばいくらい面倒なことになる。
それは――――――――



女が潰れた男の生首を持ってやがるってことだ。
面倒ごとはしばらくゴメンこうむりたいぜぇ。
さて、俺は最初に考えたのと同じ三択を選ばなくっちゃいけないって訳だな。



「しょ~~~がねぇなぁ~~~」




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最終更新:2009年08月01日 18:51