みなさんは、今までに空中へ放り出されたことがあるだろうか。
この世に存在する生物の大半は、一度は地面に着地し、大地の恩恵を足から実感する。
その地面が、とつぜん何かの拍子に無くなってしまえば、我々はいとも簡単にバランスを崩す。
高さ云メートルの塀からしなやかな着地をする猫も、地上数十メートルの上空を飛ぶ鳥も、みな一緒なのだ。
「MUNNNNNAAAAAAAAA!?」
ここは知る人ぞ知るとある休憩室。
ソファーやクローゼットといった家具はもちろん、冷蔵庫にはキンキンに冷えた飲み物も用意されている。
先ほどまで土砂降りの中にいた
カーズは、なんと突然この部屋に招かれてしまったのだ。
しかも身体は完全に空中にあるので、間もなく机に落下し、激突すること間違いなし!
予想外のことに思わず焦るカーズ!
「きた、きた、きた、きたアアアアアアアアアアアッ!! 」
だが、次の瞬間! なんとカーズの宿敵であるシュトロハイムが机の下から飛び出してきたではないか。
プロシュートから返して貰ったスタン・グレネードを、部屋の天井目掛けて投擲するシュトロハイム。なかなかの腕前だ。
爆発と一緒に放たれる強烈な閃光は、カーズの背中を焦がし、更なる窮地を生み出す。
火薬の威力が大したことでなくとも、光はカーズにとって目の上のたんこぶ。
意気揚々と第二、第三のスタン・グレネードを準備するシュトロハイム。これでカーズは迂闊に天井に近づけなくなってしまった。
「カァァァァァァァズッ! きさまにとどめを刺せるなんて!スカッとするぜーッ!! 」
お気づきだろうか? この部屋は我々がよーく知っているッ! この空間に我々は覚えがあるッ!
ここは、プロシュートたちが支給品として管理していた『ココ・ジャンボ』の作り出した、異空間なのだ。
『ココ・ジャンボ』はギャング組織パッショーネが発見した、スタンド使いの亀。
長きに渉る訓練により、ココ・ジャンボは特殊な鍵を甲羅にはめ込むことで、スタンド発動のコントロールを身に着けた。
つまりその特殊な鍵をココ・ジャンボの甲羅にはめ込めば、異空間への入り口が発生し、鍵を外せば入り口は消える。
ちなみに、その異空間はココ・ジャンボの甲羅からでしか侵入できない。
「ジィィィィイイク・ハイル!! 」
もう、おわかりだろう。
プロシュートがカーズに投げつけたモノは、ココ・ジャンボ自身。
カーズが見た宝石とは、ココ・ジャンボの甲羅にはまっていた鍵の付属の模造石。
そして、カーズがシュトロハイムと対決しているこの部屋は、ココ・ジャンボの異空間。
カーズはココ・ジャンボの甲羅に切りかかるはずが、そのまま中の異空間にの中に引きずりこまれてしまったのだ!
「くだらんぞナチ公ッ! 貴様には大人しく泥を舐めるのがお似合いだNUAAAAHHHH――輝彩滑刀ッ! 」
ではプロシュートはなぜこのような行動に出たのか。
シュトロハイムに因縁を決着させるために、このようなお膳立てを用意したのか。
シュトロハイムは残りのスタン・グレネードもろとも、ココ・ジャンボの体内で特攻する算段だったのか。
彼らが悩みに悩み選んだ答えは、これだったのだろうかッ!?
「そんな手をマンマと食らうドイツ軍人などおらんわーッ!」
まばゆい光を撒き散らしながら、カーズの輝彩滑刀は12000000年の年季を見せ付ける。
だがその刀はシュトロハイムに身に食い込まず、寸での所で留まっているッ!
刃に仕込まれたツメは目にも留まらぬ速さで、エッジの部分を滑るように動いているというのに。
なんと、そのエッジの部分を我らがシュトロハイムがしっかりと掴んでいるからだ。
エッジの表面はまっ平らな金属。触れるだけなら、切れることはない。
危険なのはエッジの面ではなく、刃の部分なのだ。
全壊した右足の膝と右手で挟み、上下の力で輝彩滑刀を徹底的に押さえつけてしまったのだッ!
例え故障していようが、シュトロハイムの全身は柱の男・
サンタナの倍を誇るパワーを持っている。
カーズのパワーがいくらサンタナを軽く凌駕していようと、わずかな均衡は生み出される。
「――シュトロハイム、そーゆーのをなぁ~~ただのやけくそと言うのだッ! 貴様は柱の男という存在を舐めたッ! 」
しかし、非情にもその均衡は刹那に終わり、シュトロハイムはカーズの刃で文字通り“辻斬り”にされて、散った。
宙を舞ったスタン・グレネード×2が弾みで暴発し、より一層激しく閃光を放射する。
上等なカーペットが、シュトロハイムから噴出したオイルでドス黒く染まってゆく。
このとき、シュトロハイムは我が身がバラバラにされたことを、いともすんなり受け入れていた。
恐怖はなかった。痛みもなかった。後悔もなかった。『やるだけやったのだから』――そう思っていた。
圧倒的悪の前で、彼が最後に感じていたことは、氷のように冷静な己を見つめる姿。
まるで生きながらヘビに飲まれるカエルのように……ぐったりとする自分。
(フフフ……カーズ、この部屋は貴様の棺桶よ! )
シュトロハイムの行動は最初から予定通りであった。
ウェザーたちと手を組んだのは偶然だが、誰かと手を組むのは偶然ではなかった。
仲間同士でいざこざが起こらぬよう、いつでも『この役目』を引き受けるつもりでいた。
それは何度もプロシュートと話し合ったし、何度も討論し続けた。
生身のプロシュートよりも、ほぼ全身サイボーグである自分が適任であると押し通した。
柱の男の情報は、自分でなくとも誰かに伝えることができる。
(さらばだ……いまいましくも……誇り高き……戦士たちよ)
より多くの時間を稼ぐのなら、それがいい。
『どんな手段を使ってでも』とは、そういうことだ。
★ ☆ ★
カギをはめれば、そこはてんごく。
あなたもわたしも、こんにちは。
あなたもわたしも、さようなら。
おおやさん、きょうもよろしくね。
カギをはずせば、ゆめはおわり。
あなたもわたしも、おいだされ。
あなたもわたしも、もとどおり。
おおやさん、おげんきで。
――鍵を外しちまったら、もう中には入れないのか?
――そうだ。生き物はみんな部屋から追い出されてしまう。
――逆に言えば中に残ることができるのは、生物以外……なぁ、柱の男は、どうなんだ。
――アレは生物界の頂点に君臨していると言っても過言ではない。おそらく放り出されるだろう。
――そのまま中に残っちまえば、いい気味なんだがな。
――鍵が外れてから追い出されるのに、若干の猶予がある。亀から出た所を飛び出した所を狙うか。
――シュトロハイム、ちょっと待て。その発想を『4次元』的にしたらどうだ?
たいへんだ。
おおやさんが、いない。
おおやさんが、いない。
どうするの。どうするの。
おおやさんが、いなくなったら――
「ザ……グレイト……フル・デッド……掴んだぜ」
へやは、いったいどうなるの?
「『栄光』をなぁッ! 」
★ ☆ ★
したたる水を両手で払いながら、プロシュートはゆっくり足を前へ進める。
数分前には視界がぼやけるほど振っていた大雨も、少しづつ勢いを失い始めていた。
それは、小ぶりの傘を差して、幼稚園児が水溜りでぱしゃぱしゃと遊べるほどに。
この雨の勢いから考えれば、
ウェザー・リポートの雨も5分足らずで止むだろう。
「よう、ウェザーはどうだった? 」
ブラックモアがふわりと地面に降り立ち、一時限りの盟友を出迎える。
しかしブラックモアは返事をせず、胸を両手で優しく撫でると、その場にゆっくりと横たわってしまった。
雨粒で塞がっていた傷を確認していたのだろう。とはいえ残された命はあとわずか。
カーズから受けた怪我で更に血を失ったのは大きかった。トレードマークのマントもボロボロだ。
最悪の場合、いつショック死になってもおかしくない状況。しかし運命はまだ彼を弄ぶらしい。
「……こっちは終わったぜ」
プロシュートの声に合わせるかの様に、最後の気力を振り絞り、顔をしっかりと右に向ける。
ブラックモアは何も言わず、思いの丈を真っ直ぐな視線で訴えた……瞳は曇りつつ。
「迷惑をかけた。お前も、アイツらも、コイツにもな」
プロシュートはすっと右手を持ち上げて、『結果』を掲げた。
それはザ・グレイトフル・デッドによって朽ち果てたココ・ジャンボの死体。
直に老化能力を叩き込まれた生物の肉体、自制は既に失われている。
ところどころにムキ出しとなった骨が、醜く崩れる生物の最後を主張していた。
どしゃりとココ・ジャンボだった肉塊を地面に落とし、プロシュートは懐から『鍵』を出した。
「カーズはあの部屋から出られなくなった……ツいてなかった」
『鍵』を外されたココ・ジャンボは異空間から生物を追い出そうとする。
その刹那の内に、ココ・ジャンボが死ねば、追い出されるはずの生物たちは、そのまま部屋に残るのではないか。
そして本体の死がスタンドの消滅であるように、異空間はそのまま消滅してしまうのではないだろうか。
この仮説を実践することこそが、カーズ抹殺作戦の全容だった。
「じゃあな。柱の男が、まだ1人残っている」
人手が欲しかった。
①カーズに安全に近づくまでのメンバー。
②カーズにココ・ジャンボを叩き込むのを助けてくれるメンバー。
③カーズをココ・ジャンボの異空間内で足止めしてくれるメンバー。
④カーズの殺害に失敗したとき、しんがりとして助力になってくれるメンバー。
⑤カーズ殺害に成功したあと、もう1人の柱の男の存在を誰かに知らせてくれるメンバー。
「……オレは……ここで」
ブラックモアはココ・ジャンボにプロシュートたちを潜ませ、雨に溶け込みながら①と②を担った。
雨まみれの街におびき寄せられた、ネズミを探すことは、造作もないことなのだ。
シュトロハイムは言うまでも無く③を一身に引き受けた。代わりにプロシュートが⑤を任された。
ココ・ジャンボ殺害という切り札に集中して欲しいという、皆の要望だった。
そしてウェザー・リポートはカーズを食屍鬼街におびき寄せる他に、④も心得てくれた。
ブラックモアの合図が無ければ、食屍鬼街全域に雷と洪水と全力の台風が暴れる予定になっていた。
カーズが住宅に篭城しようと、そこに逃げ場はない。嵐に備えていない16世紀時代の古い構造など、容易に崩れ去る。
ブラックモアがウェザーに吉報を届けていたので、この天災は収まり始めているのだ。
「くたばるわけには」
プロシュートはまたしても賭けに勝った。彼の『勘』は最後まで鈍ることなく、精彩さを放ち続けた。
カーズ討伐計画を足早に実行させるだけの見返りを彼は得た。『栄光』を掴んだのだ。
――しかし多くの犠牲を出した。何の罪も無い、何も知らない者を、己の私欲のためだけに巻き込んだ。
それは彼も重々承知だった。自分は吐き気を催す邪悪。どんなに気高くあろうとしても、悪は悪。
だからこそ、ここでくたばるわけにはいかなかった。
会って数時間も経っていないのに、自分の計画に乗り、全力を尽くしてくれた。
自分が最後のツメをしくじれば、それこそ彼らに申し訳が立たない。
シュトロハイムには仲間がいる。ウェザー・リポートにも仲間がいる。自分にも仲間がいる。
彼らと接触しなければ、わざわざ遠回りしてまでカーズ抹殺に専念した意味が無くなってしまう!
「――ゴバッ!……も、もしかして……」
彼らはどうして自分の意思に賛同してくれたのだろうか。信用? 信頼? スゴ味?
違う。
彼らは誇り高くありたかっただけだ。プライドを嘲笑しコケにした存在を許すことが出来なかった。
カーズ、いや、柱の男から一方的な侵略に全力で立ち向かおうとしただけ。
蟻を無自覚に踏み潰す象のような、過程を省みることすらせず、我が物顔で進む奴に思い知らせたかったのだ。
“人類存続とか地球平和とかどうだっていい。だがな、テメー、あんまり人間様をナメてんじゃねーぞコラァッ! ”と。
「ま、まさか……ツいて、なかったのは……オレもなのか……! 」
ドクドクと血を垂れ流す腹部を、手で押さえて、プロシュートは声を絞った。
この傷は、紛れも無くカーズの水圧弾を受けた時のものだった。
極限の緊張状態にあったため、脳内麻薬が活発に溢れていたのだろう。
彼はブラックモアのキャッチ・ザ・レインボー―――雨粒による傷口の固定――が解除されるまで、気づいていなかった。
自分もまた無傷では済んでいなかったという事実。無傷で生還という奇跡は、起こっていなかったのだと。
「……シュトロハイムよぉ、『もっと落ち着け』とか、『やかましい野郎』だなんて言ったが、撤回するよ……無礼な事を言った。
おまえが『エイジャの赤石』の話を持ちかけていなかったら……紙一重でカーズを出し抜けなかったかもしれねぇ。
ウェザー・リポート、ブラックモア! おめーら胡散臭ぇくせして頼りになっちまったじゃねーかッ! どうせならもっと役に立てよ!
赤の他人を簡単に信んじまったオレが馬鹿みたいだぜ……それもこれも! いつもの面子がいねぇからだ!
なぁ
ペッシ、リゾット、
ホルマジオ! お前らどこで油を売ってやがる……早くオレを助けろよ……いや、助けなくていい……」
死にたくない。死ぬのが怖いからじゃあない。
死ぬことに対する恐怖はとうの昔に捨てた。死ぬことに悔いはない。
オメオメと救助されて生き延びるつもりはない。己のケツは己で拭いて当然。
自業自得がこの世界だ。
「聞いてくれるだけでいい……柱の男は……ヤベェんだ……誰か………………………………」
ココ・ジャンボを何度も老化させて、年齢を探ったことが、余計に精神力を消費させたのか。
この降りしきる雨天で、冷えたココ・ジャンボを老化させるために、いつも以上のエネルギーを使ってしまったのか。
そんな屁理屈はどうだっていい。ただ、今は死にたくない。『その時』は今ではない。
まだまだずっと先の『未来』で待っているはずだった。きっとそうだった。
(なんて……こった……ツいて…………ない、な………………)
チャリンと鍵が路面に跳ねる。
持ち主も、後を追うように倒れた。
時計は午前0時に差し掛かり、空は穏やかな晴間を作り始めていた。
【ココ・ジャンボ 死亡】
【シュトロハイム 死亡】
【ウェザー・リポート 死亡】
【ブラックモア 死亡】
【プロシュート 死亡】
※ココ・ジャンボ、ブラックモア、プロシュートの遺体はG-5とG-6の境目付近の食屍鬼街内にあります。
※プロシュートの遺体のそばにはフルフェイスヘルメットと基本支給品があります。
※ブラックモアの遺体のそばには一八七四年製コルト予備弾薬(4/18)と【マルクのペンダント】、【デジタル式腕時計】、基本支給品があります。
※ウェザー・リポートの遺体はG-5の食屍鬼街の端です。そばに支給品一式、黒い糸数本、【梨央ちゃんのアレ】、【オペラグラス】があります。
※シュトロハイムの遺体はレミントン・ダブルデリンジャー、基本支給品と共に消滅しました。
【デジタル式腕時計】
安物。現実支給。
【マルクのペンダント】
ブラックモアの最後の支給品。
ジョジョ第二部で登場したシーザーの旧友、マルクのペンダント。中には女性の写真が入っている。
ナチスの軍人として勤務していたマルクは、写真の女性と近々結婚する予定だった。
【オペラグラス】
ジョニィがジャイロと与太話したときに出てきたもの。
一応、現実支給。
【梨央ちゃんのアレ】
ウェザー・リポートの最後の支給品。
ジョジョ第四部で
東方仗助と
吉良吉影の最後の決戦舞台となった家。
梨央ちゃんはその家の住人で、最近よくアレが盗まれると近所に相談していたらしい。
吉良の「うらやましいな……暇そうで……」のシーンと言えばピンとくる人もいるだろう。
もちろんこれは、何の変哲もないただのアレなのでご安心を。
★ ☆ ★
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最終更新:2009年09月23日 22:37