アナスイに張り付いていた黄色い肉片が吹き飛んだ。
肩こりが取れた時のように肩関節を2、3回転させ、ひゅうと軽く息を吐く。
その程度だ、と。今感じた痛みはその程度だと、アナスイは暗に示す。
己が力を誇示する。
「偉そうにしてッから教えてやるけどな」
『ダイバー・ダウン』を己の肉体に潜行させ、『
フー・ファイターズ』で覆われた外皮を内部から吹き飛ばす。
恐るべきはその速さ。細胞が死滅するよりも速く、精密にこなせるのは彼が『分解』に長けているから。
なんてこともなく、『イエローテンパランス』を攻略してのけたアナスイ。
エシディシが剥がされた肉片を依り代に集めているものの、それも徒労に終わるだろう。
「狩るのは俺で、狩られるのはお前だ」
蛇に睨まれた蛙は、恐怖ゆえ身を固まらせ、そのまま飲み込まれてしまう。
恐怖しなければ逃げられるのに、と言うのは早計。
身の危険を感じるからこそ恐怖するのだ。それは時に、力量を見極める秤になる。
危険を感じる心がなければ、力量も読めず無謀にも飛びかかるか、はたまた恐怖に駆られた時同様、固まるだけ。
エシディシは、危険を感じなかった。感じることが出来なかった。
「黙ってやられてやるものか!」
仮にも、一時にも太陽を克服した究極生物。
そう、エシディシは太陽という恐怖を振り切った。
身の危険が、脅威が近づくほどに、振り切ってしまった。
彼にとって、かつての太陽以上の恐怖は存在しない。してはいけない。
「立場を理解しやがれよ、エシディシさん!」
呼び捨てにしないのは親近感が湧かないから、とは誰が言ったことか。
そう、近しさを感じないほどに、アナスイはエシディシが柱の男であった頃の立ち位置をぶっちぎりで飛び越えた。
同じ化け物だとは、誰にも言わせない。言えるものか。
「ぬん!」
「ウリィア!」
拳と拳がかち合い、砲撃を連想させる爆音が響いた。
どちらがどちらと一概に語れないが、その様、隕石が天体に衝突するかのよう。
本当に一方の拳がへこみ、それこそクレーターを形成しかねないほど。
その前に弾かれ、両者、大地に抉り跡を刻みつつも踏みとどまる。
「うおお!」
――それが拮抗を表わすとは限らないが。
エシディシの、ブチャラティとしての右手甲が枝分かれるようにひび割れた。
衝撃を殺せないまま、えび反りになる。
『イエローテンパランス』で打突部位を強化したとしても、『ダイバー・ダウン』の潜行は、肉の鎧を貫く何より強い矛。
完全なスタンドの行使が不可能なのもあり、今や鎧としても牙としても不完全。
打撃・斬撃・衝撃・爆撃――どんな武であろうと敵なしだった具足は、その優位性を失った。
右で駄目なら今度は左。
だが遅い。
打が遅い。
「もいっぱあああああああああつ!」
『ダイバー・ダウン』はエシディシより速く。
『フー・ファイターズ』はエシディシより疾く。
エシディシの頬を叩く。
「グアアァッ!」
『イエローテンパランス』の防壁構成が間に合わず、もろに殴打を食らう。
横っ飛び、樽のように転がるエシディシの様を見て、アナスイは満悦の笑みを浮かべた。
今のエシディシには、『たかが』吸血鬼程度の能力しかない。
吸血鬼の利点として筋組織の強化もあるが、それ以上に異常な再生力に頼っての無茶が可能というのが大きい。
拳が砕けるぐらい力一杯殴っても、血液さえあれば修復できる。
だがそれも、生物というカテゴリーでしかメリットとして語れない。
根底にある原理として『スタンド以外で傷付かない』スタンドに、生物的な無茶などいくらでも出来る。
「ぬぅっ……ぐっ!」
「おっと、傷を再生させるか? けどさあ、もっかい痛めつけてやりゃあ同じことだよな!」
『イエローテンパランス』で補強しようと、
F・Fによって細胞が増強されているアナスイにどれほどの痛みを与えられるか。
その補強さえ、加速する戦闘に間に合わないと来た。
身に纏っても全身を包めず守りが煩雑となり、打突部位に回すにも効果がなければ無用の長物。
不意打った有利を生かすこともできず、ただただ追い込まれる。
あらゆる点で、今のエシディシはアナスイに勝てない。
アナスイは両手のひらを水平に構え、エシディシに向ける。
距離が置かれたのだから、このまま逃がすわけにはいかない。
「とっておきのダメ押しだ!」
F・F弾を全ての指先から発射。
「ホラホラホラホラァ! どうしたどうしたぁ!」
連射、乱射、雨あられ。
数刻前ならその威力、豆鉄砲と侮っていただろうが、吸血鬼レベルの肉体からすれば重機関砲。
岩陰に隠れても、F・F弾は障壁を確実に刈り取っていく。
走って追いつくぐらいのことは出来るだろうに。もはや遊び。怪物にとってこれは児戯。
手に入れたばかりのおもちゃのように己が能力を試したがっているだけ。
何にせよ黒鉛のように脆く、頼りない防衛線を突破されるのは時間の問題だ。
アナスイが体液を出枯らして脱水症状になるのを待つなんて、御伽噺より非現実的な策略。
手立てゼロのまま、エシディシは命綱の岩と同じくズタボロとなってしまうのか。
厳密には、手はある。
(どうした、人間。さっきまでの威勢はどうした?)
宿主、
ブローノ・ブチャラティが使役するスタンド。
再生能力を無視できる『スティッキィ・フィンガーズ』が触れさえすれば、勝機はある。
一瞬だけではあるが、究極生物の支配を精神力だけで振り切ったのだ。
エシディシがその気になれば、意識を取り戻すこと自体、そう難しくはないだろう。
(曲がりなりにも俺は貴様ら人間の力を認めたぞ。ああ、認めるさ)
その発想、拳一つで邪魔者を撥ね退けた怪物にしては、あまりに弱気。
何とも情けないその姿。同族にこの姿を見られようものなら、後ろ指を指されたことだろう。
いや、面と向かって種族の存在意義を延々聞かされるかもしれない。
(少しだけ意識をくれてやる。貴様のスタンドで、奴に一撃食らわせろ!)
だが、今のエシディシには、か細くてもすがりたい可能性。
エシディシにとっても、ブチャラティにとっても、アナスイの始末は利害が一致する。
焚きつけるのに、これほどの好材料があろうか。
脱力し、意識を薄れさせるエシディシ。
(もっとだ! もっと来い!)
魂を空っぽにする感覚。神経を拡散させる感覚。玉座を譲り渡すような感覚。
まるで、生きることそのものを放棄するかのような手段。
恥だろう、屈辱だろう、悔しかろう。
弱者が苦しみ悶え、足掻いても、叶うか知れない逆境。
――イコール、戦慄するということ。
エシディシは今ようやく、この時になって気づけたのだ。
生存したいという欲望は、あらゆる矜持に勝ってしまうということに。
恐怖するがままに振る舞うという愚かしき行為も、死を前にした弱者には安い代償。
「逃げようったって無駄だぜ!」
アナスイの知るエシディシにしては弱気な選択だが、この機に乗じて退避することも可能。
念には念を、そうされては困ると、開いていた指先を閉じ、拡散させていたF・F弾を一点集中。
バルカン砲は、その口径・連射性を衰えさせることなくショットガンと化す。
発射。
ある程度削られ、本来より脆くなってはいたものの。
一発だけで、岩石の半分以上が撃ち抜かれた。いや、穿たれた。
炎も煙も立たないが、爆破と言って遜色ないほどの威力。
連射力を生かすまでもなく、ただの2、3発で、防壁は跡形もなく粉々に崩れ去る。
見通しが良くなった前方。
穴ぼこだらけのエシディシ――いない。
骨となった死体――それもない。
瞬時。
獣のように飛び出したエシディシ。
「『スティッキィ――」
否、ブローノ・ブチャラティ。
眼光、蘇る。
荒ぶる鷹を思わせるブチャラティを狙い打たんと、アナスイは射角を引き上げる。
「――フィンガース』!」
それより早く湧き出るは、ブチャラティが生来より携えてきた、相棒。
拳一発。
「がっ」
それだけで、亀裂走ったかのように。
ジッパーが、幾重にも幾重にも敷かれ、敷かれ。
「く……うっ」
バラバラに、細切れになる怪物の五体。
最期の力を振り絞り、修復させまいと。
「アリーヴェ・デルチ(さよならだ)」
その間、ただの一瞬。
勝負は決した。あっけなく。
「滑稽だな、化け物」
「何……だと……?」
嗤うは、ブチャラティ。
混乱するは、エシディシ。
「何故……だ……」
「人間を舐めた、ツケを払え」
微塵となった元怪物にして元人間、見下ろすは――アナスイにして、F・F。
ブチャラティは、スタンド能力をエシディシに行使した。
頭部と胴体だけを残し、四肢は散り散りにして。
ダルマとなったブチャラティが、エシディシが、天を眺めるまま噴き出した。
心臓を離脱させようとしても、ブチャラティの体力もないようでは間に合わない。
「フフっ……ハハハッ……結局、俺は何も、分かってはいなかったのか」
『黄金の精神』だの何だのと、知ったかぶっていた。
所詮人間と、最初から最後まで下に見ていた。
だからこそ究極生物に、化け物になれたのだが、それが化け物を死に至らしめる。
化け物を殺すのは、いつだって人間。
死に瀕していたブチャラティは、限られた時間を自身に宿るエシディシ退治に費やした。
衰弱した精神ではアナスイを分解するのは難しいと判断。
確実な『死』を、化け物に。仲間を巻き込んだ、罪滅ぼしとして。
『生きるしか』ないとは言った。だがもう、死んだも同じの命を無駄に生き永らえさせてはならない。
リゾットの本懐を遂げさせられないのは心残りだが、彼が生きるには必要な事だ。
「てめえのしょぼい切り札に裏切られた気分はどうだい、怪物さんよオ」
胸像のようになったブチャラティの頭部をぐりぐりと踏みにじるアナスイ。
状況をよく理解していないが、エシディシの期待が多いに外れたのだけは、落胆する表情から察せた。
首筋に手を当てつつ、芋虫の死体でも見ているかのように侮蔑する。
「お前が乗り換えたからってのもあるんだろうが、こんなにも差が付くなんてな」
ウサギとカメ――なんてレベルではない。
豹とナメクジ――そんな例えが似合うほど、ぶっちぎりで差が開いた。
これが本当に人間だったのか。あるいは、化け物になれずにいた者なのか。
「紆余曲折したが、勝つために人間やめてやることなんざ、結局のところ簡単だったぜ」
エシディシが究極生物に至るまでの道筋、並大抵のものではなかった。
その過程、仲間を失い、そして、男の世界に触れた誇りさえも捨て去った。
何かを失う度、戦い、死に近づき、ついにここで何を残すでもなく命果てる。
対し、アナスイやF・Fは化け物を斃すために何かを捨てただろうか。
エンポリオやエルメェス、ウェザーが死んだものの、共同体意識はエシディシのそれとは比べようもないほど薄い。
それ以上に、『考えを改めた』エシディシとは違い、彼らは『考えを改めない』で、『考えを捨てない』で肩を並べた。
あまりに理不尽。比べてしまえばアナスイは、F・Fは化け物の域に、あまりに犠牲なしで辿りついてしまっている。
死に近づこうとする化け物にしては、あまりに。
「フッ、そうか……。人間だけならまだしも、化け物を……舐めるか」
エシディシが、あるいはブチャラティが、意味ありげな笑みを浮かべる。
無理もないことだろう。化け物が化け物を、己の存在を舐めるとは。
エシディシでさえもやらなかった、自嘲とも取れてしまう愚かな行為。
「やはり、お前は……人間にも化け物にもなれない、半端者だ……」
エシディシは、人間に取り付くことで死に近づいた。
その身が人間であることによって死ぬ。
「そうかよ」
『ダイバー・ダウン』の力を借りず、アナスイ自身がエシディシの心臓を鷲掴み、握りつぶす。
その様を、エシディシの亡骸に見せつけるようにして。
シュウシュウと音を立て、手のひらから煙が立つも、アナスイは顔を歪めたりしない。
人間にも化け物にもなれない――この圧倒的な結果を見て、まだそう思うかと語りかけるかのような面持ち。
結果的に自ら命を絶ったから、アナスイは化け物を殺す人間でも、化け物を弄る化け物でもないと言いたいのか。
ともあれエシディシは、人間を舐めたからこそ、ここで死ぬ。
ならばアナスイは、F・Fはどうなる。
人間を、化け物を見下す者の末路とは。
答えはまだ、出ない。
【エシディシ 死亡】
【ブローノ・ブチャラティ 死亡】
【残り 9(10)名】
★
少女は焦燥していた。
もしかしたら焦燥と言うのは間違いで、僥倖を手にし、浮かれていると表現できるかもしれない。
積もり積もった恨み辛みを晴らす機会というやつに、彼女はそう恵まれなかったのだから。
だからこそ、慎重に期するべきなのに。
額から流れ出る汗は彼女の頭を冷やすことなく首筋を、顎を滴り落ちる。
「どこだ……荒木ィ!」
空条徐倫はジョースターの血族。
星型の痣を首筋に持ち、互いの距離・方向を感じ取ることが出来る一族。
宿敵・荒木が力を得た際の副産物が、徐倫にとって唯一の道程。
しかし、首筋の痣が伝える感覚はアバウトなもので、簡単に携帯電話で言うところの圏外になってしまう。
更に標的が人類最速となれば、蝶やカブトムシを探すのとはわけが違ってくる。
火傷や切り傷を抱える身で、全力疾走は期待できない。
なのに空条徐倫は、それらのマイナス要素を気に掛けようとしない。
このまま怨敵を見つけ、痛めつけ、成敗する――何もかもうまくいくと期待して。
駄々っ子の妄想にも勝る、あり得ないほどやさしい世界。
甘えを捨てたように見せかけて、望んだのは誰もが自分のために動くことだなんて。
誰にも邪魔されず、手出しされず、道を開けてくれるだなんて有難い話はない。
『有難い』とかではなく『全く無い』話だ。
「『イン・ア・サイレント・ウェイ』」
石つぶてと木の葉が織り成す二重奏。
頭上にて奏でられたそれを拝聴していられるほど、徐倫は心中穏やかではなかった。
短絡的に、何の疑いも持たず、羽虫を退けるように『ストーン・フリー』の腕を振るう徐倫。
弾いた石には、漫画の書き文字のようなものが。
――ペキッ
確認もままならず、途端、手の甲が枯れ枝をへし折るような音を立てひび割れた。
一瞥し、糸で傷口を結び縫い合わせる徐倫。
速度もない、尖ってもいない、そもそもスタンドはただの物質では傷つかない。
分かりきったことだ。これが彼の才能、彼の破壊的個性だということぐらい。
「約束通り事が運ばないのが非礼と? どの道……俺は詫びないぞ」
もちろん徐倫は、
サンドマンに罵詈雑言を浴びせたりしない。
何であなたが、などとこの奇襲の真意を知るために疑問を投げかけたりもしない。
徐倫の背後より来る二人に、サンドマンは目をやる。
憶えがあろうとなかろうと、彼らも排除対象に変わりあるまい。
「待てと言っているだろう!……クソッ!」
待てと言われて待つ奴がどこにいるのか。
だが、別にディオも
ディアボロも徐倫を好き好んで追いかけまわしているわけではない。趣味でもない。
見なかったことにして去ることもできた。
サンドマンがビルの窓に向け、羽虫を払うように軽く石を投げた。
勢いがなかったはずなのに、着弾した途端、ガラスのシャワーが3人に降りかかる。
たまらず、スタンドを出して応戦。
「『ホワイトスネイク』!? 何で……」
仕組まれた運命の発端。
歪な願望が肉として浮き出た『ホワイトスネイク』を、目の前の男が所持している。
よりによって、後世に轟く悪名を持つ、
ディオ・ブランドーが。
「言っている場合か!」
ガラスに額を切られそうになった徐倫を、ディオが突き飛ばす。
すんでのところで回避には成功した。
しかし、紙を肌に走らせた時のような感触をディオは覚える。
(触れていないのに……切れた?)
手の甲にうっすらと浮かぶ、切り傷。
ガラスが触れたのなら血痕が残っているかもしれないと、ふと地面に目をやると、ガラスに浮かぶ見覚えのない人影。
人と形容していいのかも怪しい。
「ディオ! 鏡面にスタンドが!」
ディアボロの指摘でガラスを注視し、ミイラのような出で立ちの男を、ディオも確認する。
右手――鏡に映っているのだから左かもしれないが――に、仕込み刀を携えている男が。
見回しても、周囲にそんな奇怪な格好をした奴はいない。
そもそも、徐倫やディアボロに向けて石を投げなかったのがおかしい。
――ここにはいない誰かのスタンド能力。
火事場泥棒のように偶然居合わせたとかではなさそうだ。
ガラスを割ったことからも、見事なコンビネーションを発揮し、暴風雨のように被害を与えに来たと見るべき。
的確に狙いを定めに来るところは自然災害より厄介だ。
「ふんっ!」
ディアボロがスタンド像と思しき男が映るガラスをたたき割る。
どこからも、うめき声一つ上がらない。
「ダメージがない……!」
それ以前に、ディアボロは『キング・クリムゾン』の拳にガラスと地面以外の感触を覚えなかった。
本体はこのザマをどこかでほくそ笑んでいるに違いない。
徐倫が再起して、礼もせず、詫びもせず勇猛果敢にサンドマンに立ち向かおうとするも。
「ディアボロの言うことも聞かないで! 大局も見れないのか!」
そこでディオのかけた言葉は忠告というより、非難だった。
ただでさえ守りに入ってしまっているというのに、どうして自ら進んで、数で不利になろうとするのか。
しかし徐倫に走駆を縛る理屈は不要。
自分の意に沿わない者は全て、並び立ってほしくはなかった。
たむろしているだけなのに職務質問をされたみたいに、気に食わないといった感じの目つきをディオに向ける。
「プッチが渡した、俺が手に入れた、『ホワイトスネイク』に関してこれ以上の説明がいるか!?
俺を悪く言うならそれでもいい、ここであいつに為されるがまましていろ!」
字面だけ追えば、厳しいながらも厚情ある人物と見れるかもしれない。
しかしディオにはプッチに対する敬意もなければ、徐倫に対する忠告の意もなかった。
彼が見るのはあくまで自分。客観視する主観。
(最悪だな……。攻められていることもだが、『ホワイトスネイク』の能力を知っている以上、今後こいつは俺を警戒する!)
ディオは内心、これ以上なく焦っていた。
矢継ぎ早に降りかかる難題に、思うようにいかない歯がゆさに。
首輪を外す提案で歩み寄る姿勢を見せたのに、荒木が視線を一人占めしてから、どうしてこうも不幸が重なる。
空条徐倫の洗脳は諦めるしかないだろうか。
DIOの悪名という二重の不利が響く中、他の方法がどれだけある。
手がないわけではない。
「ディアボロ! もう一人の方を探せ!」
「手掛かりがない!」
「ここで奴を倒せば、もう一人は確実に逃げる!」
恩を売るなら二人より一人。
古典的な策だが、外敵を追い払えば余計なちょっかいを受けることもないだろう。
吊り橋効果という言葉もある。
「お前が奴の相方を見つければ、ヴィジョンを戻しに来るだろう。こいつの攻めも弱まる。
射程距離の関係上、そう遠くにはいないはず!」
要は押し付けたいのだが。
しかし理にかなっていないわけでもない。
近距離型はいかに近づくかが課題として付きまとい、ヒットアンドアウェイを戦法とする敵とは相性が悪い。
サンドマンは、もろにディアボロが苦手とするタイプだ。
「それまで防戦一方になるだろうがな……。必ず見つけろ!」
脇道に逸れるディアボロ。
それを視認したディオは良し、と呟いて、幸いにも静観するままのサンドマンを捉える。
説得か始末か、どちらにせよディオは主体的に動くことを止めない。
欲望の塊は己がため、夢も願いも食いつぶさんとする。
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最終更新:2011年11月26日 19:13