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あたしは走っていた。
涼しい風を肌で受け止めながら。
チラチラと揺れる前髪を視界の上部に感じながら。
踝の辺りまで伸びた草を一歩一歩踏みしめる感触を味わいながら。
目の前に木の枝が迫るも、無理矢理へし折りながら前へと進む。
背中に名も知らぬ男を背負っているが、大した負担にはなっていない。
元々、近距離パワー型と張り合える力は持っているのだから成人男性一人くらいの重量は重しにすらならない。
意識はないものの、重態だったコイツにこの揺れは厳しいようで吐く息もかなり荒い。
でも……流石に殺しに乗ったヤツがどこにいるかも分からない状況で適当に放置するのもナンセンスだ。
それに、衣服越しに感じる体温は温かいままなのでしばらくは大丈夫なはずだ。
内臓に負傷があるといけないから、一応あたしの一部を飲み込ませて傷口を塞ぐようにしたしな。
ジョルノのヤツは無事にやっているのだろうか?
完全に信頼したわけじゃねぇが、見ず知らずであろう男を治療するってことは少なくとも敵にはならねぇはずだ。
だからあたしは鉄塔に向かって走っている。
朝日に照らされて不気味に輝く鉄塔は何かによく似ていた、それが何に見えたのはあたしにも分からない。
ただわくわくするような、不安のようなよく分からない感覚が頭の中に流れ込んでくる。
警戒しながらも、不思議な世界へと心を飛ばしていたあたし。
突然響いた無粋な人の声にあたしの旅は終わった。
忘れはしない穏やかな口調の中にゲロ以下の何かを感じさせるムカつく声によって。

「―べート―ヴェン交響曲第九番の第四楽章「歓喜の歌」
 う~ん、じつに素晴らしいね。心が震える、そんな曲だ。
 格好つけたような言い方すると、人間賛歌、ってとこかな?」

謎の舞台以来きっかり6時間ぶりに聞く荒木飛呂彦からの放送だった。
ヴェートーヴェンがなんだのってムカつく態度が気に食わないが我慢して聞き流す。

「おっと、挨拶が遅れたね。おはよう、みんな。元気にしてる?
 水平線からお日様が顔出してる、そんな美しい光景。
 この六時間、無事に生き延びた君たちに相応しいと思うね、僕は。」

こんな所にいきなり飛ばされて元気か? だってよ。本当に人を舐めた野郎だ。
お前の挨拶なんて聞くだけで朝から気分は最悪ってやつだぜ。
へッ、それに美しい光景だとよ。
そんなに綺麗なもんが見たけりゃモナリザによ~く似た自分の顔でも鏡で見つめてやがれってんだ。

「いやぁ~、それにしても…それにしてもだよ…。
 本当に君たちは良く生き残った!素晴らしい、心の底から思うね!
 …うん?なんでかって?それはだね…君たちも聞けばわかるよ、聞けば…。 」

へっ、徐倫とエルメェス。そしてエンポリオにウェザー・リポート。
あたしの友達はそうそう死んだりはしねーよ。
アナスイはよく分からないヤツけど実力は確かだ。
そんなブラフがあたしに効くと思ってるのかあの野朗は?

「ジャック・ザ・リパー、ロメオ、ラング・ラングラー……」

次のヤツの名前を言うまでかなりの間隔を空けやがるな、嫌な間を作る野郎だぜ。
誰が死んだか確認するために、ディバッグから取り出したボールペンのキャップをはずして呼ばれたヤツの名前に横線を入れていく。
しかし、徐倫の敵だったラングラーが死んだのはある意味吉報かもしれねぇぞ!

「ダイアー、スージーQ、ケンゾー……」

あの風水ジジイも死んだのか!
アイツの能力は厄介だからな……他に死んだやつのことを考えれば素直に喜べねぇがいい兆しなんじゃないのか?
ペン先が名簿の上で滑り、呼ばれた名前を一つ一つ消していく。
敵対してた人間ばかりが死んでいくので心に少しだけ余裕が生まれた気がする。

「トリッシュ・ウナ、リサリサ、オエコモバ……」

この三人は知らない名だが、天国に行けるように願っといてやるぜ。

「エルメェス・コステロ」
「はぁっ?」

マヌケな声と共に唇からキャップが落下して草の中に埋もれる。
誰の名前を呼んだ?
荒木は今誰の名前を呼んだんだ?
聞き間違いだろ?
まさか、エルメェスが簡単に死ぬはずがねぇ!
あの男らしさと優しさの両方を持っていたアイツがたったの6時間で!
なにかの間違いだ。そうだ、同姓同名がいるに違いない。
名簿だ。名簿を再確認すれば分かることだ。
呼ばれる名前を無視してあたしは視線を名簿に這わせる。
一番上のジョナサン・ジョースターから一番下のベンジャミン・ブンブーンまでを血眼になって探す。
いない。
再び一番上から。今度は小さく声に出しながら名簿の一字一句を網膜へと焼き付ける。
いない。
ペンで確認した名前の前に印をつけながら名前を探す。
やはり、二人目のエルメェス・コステロは存在しなかった。
気がつけばあたしの口からは笑い声が漏れ始めていた。


再び荒木の口から紡がれる大切な友達の名前。
死んでしまった。
失ってしまった。
友を、二人の友を。
その後に禁止エリアがなんだのと言っていた気がするが頭に入ってこねぇ。
放送が終わり、辺りに静寂が戻ってきてもあたしは呆然と立ち尽くしていた。
動けない。動く気が起こらない。
目は見えるのに頭に映像が届かない。
耳は音を拾っているのに、脳は全て雑音としてか捉えない。

「さよならも……別れすら言えずに逝っちまったのかよ」

ようやく自由を取り戻したあたしの体が真っ先に行った行動はこの呟きだった。
人間の肉体を使っている名残だろうか? 涙腺からは雫が滴り落ちている。
体内から消えていく貴重な水分達。
普段ならばもったいないといって飲み込んでいただろう。
だけど……あたしはそれを吸収できなかった。拭うことすら……。
やけに温かく感じるこれは何を象徴しているのだろうか?
人間はこれを涙といい、悲しい時は瞳からこれを流すとエートロの記憶が告げていた。
そうか……あたしは今悲しんでいるんだ。
伝わる熱は多分、エルメェス達がくれた温もり。
あたしはボロボロと涙を流していた。
地面に吸収された水滴は小さな染みを作る。
その小さな染みが集まって大きな塊へ。
たまらずペットボトルを取り出して水分をとるものの、瞳から溢れる水は止まる事を知らない。

「エルメェス……エンポリオ……」

出会ったときからどんな会話をしたかは一字一句間違えずに言う事ができる。
笑顔は、眉の角度も正確に思い浮かべることができる。
肌の温もりは、今でも記憶の中にこびり付いている。
あたしに知性、そして魂を与えてくれた大切な仲間。
生きる意味―――思い出を作ること―――をあたしは知ることができた。
でも……思い出だけじゃ耐え切れない。
もう一度、エルメェスと、エンポリオとお喋りがしたい、下らないことで笑いあいたい。
潤んだ瞳を瞼で覆い隠すとクッキリと映像が映し出される。


湿地での出会い、そういえばあたし達の出会いは最悪なものだったな……。
世間話の最中に、足の指の形で盛り上がったりもした。
キャッチボール……今度は賭けでもなんでもなく純粋な遊びでやりたかった……。
公衆電話の落書きや、ベッドの毛布やゴミの臭い、扉の開閉の音やトイレの音……。
エルメェスのネーチャンの敵であるスポーツ・マックスに復讐は果たしたし、
徐倫の父親の敵がプッチ神父だってことも判明した。
もう少し……もう少しで戦いを忘れて皆で笑って暮らせるんじゃなかったのかよ。
ゆっくりと一歩一歩思い出を胸に刻んで。
何時かはあたしもみんなも死んじまうことだって分かっていた。
あたしに関してはホワイトスネイクが死んだ後もDISCが残っている保証だってないから覚悟はしていた。
でも、だけどだ! こんな殺し合いで死ぬ事なんて……チクショウ。


昔読んだ本ではこの状況を胸にポッカリと穴が開いてたと表現するらしい。
今のあたしを説明するのにこれ以上の表現は何処を探してもないんだろうな。
二人。
一人一人の思い出が知性のなかで満ち溢れているのだから二人分が消えたらそりゃ隙間も空くはずだ。
思い出として二人はあたしの中に残っている。
しかし、それだけでは足りないんだ。
体が干からびてしまうんじゃないだろうかって位涙は溢れる。
あたしに泣ける心をくれたエルメェス達。
生ける機械だった自分に感情を与えてくれた人だったからこそ……いなくなると寂しいのだろう。
『知性』は死んでしまっても残るのだろうか?
『知性』さえあれば死んでしまっても生き返ることができるのだろうか?

「馬鹿馬鹿しい……」

その事についてはあたしが一番知っている。
新しい肉体に、記憶と知性を与えて再びエルメェスとエンポリオをこの世に呼び出したとしよう。
しかし、それはあたしが知っているのとは別の二人。
あたしがさよならを言いそびれた二人は二度と帰ってこない。
あたしは初めて右腕で涙を拭った。
濡れた腕は自然に乾燥させる事にする。
これがあたしから二人に捧げる鎮魂の意。

「徐倫……」

ポツリと呟いた生き残っている友達の名前。
死なせたくはない。死なせてはいけない。
この身が滅びようとも、あたしの知性が消失しようとも。
だけど、あたしは徐倫が何処にいるかなんてわからない。
脳裏に過ぎる最悪の想定。
そんなわけがない!
必死に否定しようとするけど、前に死んだ二人の影があたしの心を縛る。
なんとしても、なんとしてでも彼女を守らなくては。
でもどうやって?
堂々巡りとなっていく思考。
最後に行き着いた考えは――――――




彼女以外の参加者を皆殺しにすることだった。

やれるのか? 本当にやれるのか?
人を殺した経験なら何回もある。
徐倫の前に立ちふさがる相手ならば殺すことに躊躇したりしない。
しかし……あたしは徐倫の為に無関係の人間を殺せるのか?
やっぱり荒木に反抗したりすることはできないのか?
気が付けば瞳から溢れる雫は止まっていた。
荒木の意図に乗るべきか乗らざるか。
そもそも、徐倫の父さんである承太郎さんやウェザーにアナスイだってこの場にはいる。
彼らを犠牲にしても徐倫一人を救い出すのか?
いや……あたしの腹は決まっていた。
よくよく考えたら、特別懲罰房で植物化して死んだはずのケンゾーのジジィが参加者としているのはおかしい。
つまり、荒木には死者をも蘇らせる何かがあると判断してもいいはずだ。
どんな能力があるかは見当もつかねぇ……が、マトモにやりあおうとも、どんな策を弄そうとも勝てるとも思えない。
そもそも戦闘中で神経を研ぎ澄ませていたあたしにすら連れて来られた時に何が起こったか感知することすらできなかったんだ。
たとえ時を止められたとしても―――――恐らくヤツには勝てない。
珍しく弱気になってしまっているという自覚は十分ある。
だけど徐倫だけは何があっても生き延びさせなくてはいけない。
荒木が死者を復活させるとしても、死んでいった彼女は戻ってこないから……。
でも、万が一があったら?
……考えないようにしよう。
あたしは彼女を優勝させなきゃいけない。

「すまねぇな……」

一番近くにいた参加者へと右手の人差し指を突きつける。
苦しそうに唸っている男の姿が、一瞬だけ徐倫に被さった。
アイツも多分泣いているんだろうな……。
そして、これからあたしは彼女を泣かせてしまうんだろうな……。
胸に突き刺さるような痛みが湧き上がる。
勝手に歪んでいく表情を元通りに戻して、あたしは再度F・F弾を発射する形をとる。
汗が額を伝わって顎へと辿り着くのを感じた。
今までになく構えた右腕が震える。
二の腕を左手で掴んで必死に固定しようとするも、左腕まで震えだした。
心のどこかであたしは殺しを拒否しているのだろう。
目の前の男を前にしてあたしの動きが止まる。

動け。

両腕を使って照準を合わせようとする。

動け。

震えに関しては既に諦めた。

動け。

揺れるならば丁度ターゲットと指先が重なった時に発射すればいい。

動け。

片目を瞑って一点を見定める。

動け。

指先にプランクトンの塊を集めて弾丸と為す。

動け。

指の皮を突き破り、黒い何かが男の顔へと飛んで行き―――


耳の脇数センチという距離の地面へとめり込んでいった。
徐倫を守るといいながらも当てられない自分に憤るのと同時に、殺さなかったことに安堵する自分も居た。
それがとても許せないことに思えて、あたしは自分のこめかみに指先を突きつける。
打ち出されたF・F弾。
入った側とは反対から突き出したそれはエートロの頭部に詰まっていた自身の一部を吹き飛ばす。
地面へと降り注ぐフー・ファイターズは男の顔にもかかった。
そして、ヤツの口内にも微量なフー・ファイターズが。

「ゲッ、グガガガガガガガガガ」

ヤツの唾液、そして細胞そのものに含まれている水分を吸収してフー・ファイターズは増殖を始める。
口内を満たした後は、食道を通って胃袋の中へ。
先程飲ませておいた治療に当てた分にも増殖を命令した。
あっという間にコイツの胃袋はあたしの分身によって一杯となった。
あたしは体内にいる分身へと告げる。
この男の体を内部から完全に破壊しろと。
まずは男の胃袋を完全に破壊して、体内へと散らばっていくのが分かった。
血は出ない。水分は全て増殖に当てる。
あまりの激痛に男が目を覚ましたらしい。
腹を押さえてのた打ち回る姿に罪悪感が湧いてくる。
これも皆がくれた感情だと思うと悲しみがあたしの心を浸し始めた。
口を大きく開けて激痛を訴え続ける男。
しかし、声が出ないようだ。
無駄に苦しめる事もないな……。
あたしは心臓を破壊するように指示を出した。
潰された瞬間、爪の先端から血を出しながら地面を引っかき――――――――男は死んだ。
目から、耳から、鼻から、あたしの分身が体の中から出てきて本体のあたしと融合していく。
カラカラな死体になる一歩手前で水分の吸収はやめた。
無残な姿に変えようと思わなかったのはあたしの心にある躊躇が原因なのだろう。
だけど……殺されたやつにとっては死体がどうなろうと関係ないはずだ。
つまり、これはあたしの下らない逃げ道。
自分の為に殺人を犯したあたしが徐倫に嫌われたくないという願望。
そんなものは捨てろ!
両手で激しく頬を打ちつける。
後戻りできない領域に来てしまったのは間違いないんだ。
男の死体を見下ろしながらあたしは決意を固めた。



フー・ファイターズはここで死ぬ。


F・Fと彼女たちが呼んでくれた存在をこの世から消し去ろう。
エートロという仮の皮を捨て去ろう。
今からあたしは名も知らない男になる。
それは徐倫を傷つけないため。
エルメェス達に続いてあたしが死んだことを知ったら徐倫は悲しむかもしれない。
だけどアイツは強い奴だ。
少なくとも……あたし達の為に罪を重ねたりは絶対にしない。
だから、だからこそあたしが全ておっかぶる。
……いや、おっかぶるんじゃない。
あたしが勝手にやった行動であって、今からの行動に徐倫は一切関係しないんだ。
指先を呼吸の止まった男の口元に当てて、体の一部を流し込んでいく。
萎れた男の体が膨らむのとは対照的にあたしの体はしぼんでいった。
新しい体。
新しい決意。
それは思ったよりあたしに馴染む。
最後の一滴まで移し終えた後に、指を曲げ伸ばししたり、刑務所でやった体操をやって体の操作性を確かめた。
またしてもみんなとの記憶があたしの脳裏を過ぎる。
徐倫を守る為なら……あたしは思い出を捨てても構わない。











      幻の戦闘機   誰かの為に戦う者
こうして『Foo Fighters』は『Who Fighters』となった。
F・Fは愛するものの為に、名を捨て、姿を捨て、心を捨てた。
彼女は守り抜けるのだろうか?
同じ空の下にいる仲間を思いながら彼女は永遠の孤独へ向かって歩き始めた。






【ダニエル・J・ダービー 死亡】
【残り 61名】

【E-2とD-2の境目付近 / 一日目 朝】

【F・F】
[スタンド]:フー・ファイターズ
[時間軸]:DアンG抹殺後
[状態]:健康
[装備]:ダービーの肉体
[道具]:加湿器、メローネのマスク、支給品一式、壊れた懐中電灯
[思考]:基本行動方針: 空条徐倫を生存させるために彼女を優勝させる
1.ジョリーンの為に皆殺し
2.殺すことにはまだ躊躇いがある?
3.死んでいった仲間たちへの深い悲しみ
4.ブチャラティチームとプッチの一味は敵と判断
[備考]
※リゾットの能力を物質の透明化だと思いこんでいます
※承太郎はDISCを抜き取られ廃人化した状態だと思いこんでいます
※リゾットの知るブチャラティチームの情報を聞きましたが、暗殺チームの仲間の話は聞いてません
※隕石を落としたのはウエストウッドじゃあない別のスタンド使いだと思っています。
※ジョルノに対してはある程度の信頼を寄せるようになりました。
※黴に感染しませんでした
※ダービーの体を乗っ取ったので外見は完全にダニエル・J・ダービーです
※彼の記憶も見ることが出来たので三部勢(少なくとも承太郎一派、九栄神、DIO、ヴァニラ、ケニーG)の情報は把握しました
※放送でダービーの名が呼ばれるかF・Fの名が呼ばれるかは不明です
※エートロの皮がE-2とD-2の境目付近に放置されています


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キャラを追って読む

88:名に棲む鬼 ダニエル・J・ダービー GAME OVER
88:名に棲む鬼 F・F 131:今ここに生きる意味を(前編)

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最終更新:2009年07月23日 16:30