ディオの計算は崩れ去った以上完璧とは言えないが、少なくとも実用レベルのものだった。
現実がハッタリだったとしても、二重三重の策があることをアピールし、アナスイは負けないかもしれないが勝ち目がないことを証明した。
アナスイが控えていた第二の首輪も、あのままだったら取り出すこともできなかっただろう。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ」
徐倫はそれらを踏まえたうえで『手ぬるい』と考えたようだが。
あのままだと、『ホワイトスネイク』が干渉する隙があっただろう。
どの道それが狙いだったであろうことは、口出しできない人質にされた時点で気付いていた。
敵は、真っ向から打ち砕かなければいけない。避けて通れぬ修羅場を突き進むのが、彼女。
しかし、ディオの誠意にまるきり利益がなかったわけでもない。
首輪の機構の真偽はともあれ、首輪をわざわざ嵌めてくれたのは徐倫にとって有難かった。
『ストーン・フリー』でジャイロの鉄球を首輪に投擲し、強靭な矛を奪うのに成功したのだから。
防御に徹しているのなら、右腕を再生している暇もない。
アナスイの首を狙わなかったのは、
空条徐倫はその手で因縁を断ち切ることを望んだからだ。
突きの連打は容赦なく、かつての仲間に振るわれた。
(どうする? どうする? どうする? 片腕を失って、しかも時間が限られた中、これ以上の消耗は厳しい!)
一方のアナスイに、拙考をする余裕はなかった。
片腕でも凌いでのけるパワーには目を見張るものがあるが、膠着状態は長くは持つまい。
徐倫のパワーが脅威というわけではなく、防戦一方では多対一の憂き目にあうから。
吹き飛ばされた右手も、防御に集中しているから独立して動かせたものではない。
逃げるべきかもしれないが、それにしたってまずは徐倫を振り払わなければならない。
そのために危害を加えるやり方を選べるはずもなく。
(策ならある……だが、限りなく最悪だ! 攻撃の手を収める『しかできない』!
今後それ以上のしっぺ返しが来ることだってあり得る、逃げの一手!)
あらゆる攻撃手段が許されない状況下、弱気になるのも致し方ない。
数秒の猶予を、ひどく渇望する。
それに至るまでが非道だとしても、非情だとしても。
(やるんだ……ここは何としても乗り切る!)
ウジュルウジュルと音を立て、軟体生物のようにうねるアナスイの頭部。
変化は頭部だけであることから、衝撃を緩和するための緩衝材とし、徐倫の攻勢を食い止める目的はないらしい。
元より徐倫の連打は緩まず、弛まず、それどころか勢いを増すばかり。
そして、こうなった以上はと、ディオが、リゾットが、
ディアボロが迫る迫る。
しかしながら花京院は、微動だにしなかった。いち早く、目の当たりにしたのだから。
アナスイの転身、あるいはその意図を。
「……徐倫」
アナスイの変貌、声音に、全員の足がぴたりと止まる。
同時に、『ストーン・フリー』の拳さえも。
「とう……さん?」
その風貌、変幻し――新生するは、
空条承太郎の顔。
『ダイバー・ダウン』で内部を組み替え、『
フー・ファイターズ』で外部を加工すれば、わけのないこと。
徐倫を力任せに振り払うこともできず、されるがままもまずいためにとった手段。
この上なくゲスな手段。
「貴様ッ……!」
卑怯者め、亡き者に対する冒涜をするか。
身内を盾にすれば、拳を収めるとでも思ったか。
『空条承太郎』の姿を騙る悪魔に、制裁を。
――だから、ここで裁かれろ。
――では、その怒りを湧きあがらせるお前は何者?
理想をものにするための邪魔者だと吐き捨てることなく、ただただ責め立てる。
その怒り、義憤でなければ何だというのか。
――これは打算。利がないから、こうするまで。
――では、拳を突き出さぬお前は何者?
そうだ。
『
山岸由花子』なら、『空条承太郎』を殺せる。
『山岸由花子』の遺志を受け継いだのなら。
――ならば私は、山岸由花子ではない……?
――では、『受け継がされた』お前は何者?
山岸由花子でないのに、同じことなど出来るはずがない。
姿形は空条承太郎なのだから、山岸由花子はここで躊躇いなく、臆面もなく、怖気もせず顔面に重い一撃を喰らわせる。
ここで出来なかったら後も同じ。遺志を受け継ぐだなんて、しょせんは仮初、虚仮おどしだったのか。
でなければ、アバッキオの遺志を継がなかった理由は。
イギーの遺志を無視した理由は。
――都合が、よかった、から。
――なら、アナスイを、
F・Fを討たない理由は何だ?
取り繕って、『利用するため』などと出来もしないことを並び連ねて。
復讐ですらない、暴走を重ねて。
今更正義面か。いや、それしかできないから。
――そんな、ことは……関係ない! こいつは討たなきゃいけない奴だ!
――だが、静観している。
山岸由花子を『利用できるかどうか』という尺度で見なかったことも、打算で動けない人間であるという証。
気難しいことを考えずにいる方が、動きやすいというのに。
――『空条承太郎に似た遺体』に固執した女が、山岸由花子であると誰が言える。
――あれは……あれは!
山岸由花子なら、そんなことは絶対しない。
いや、利害でしか動かない人間がする行為とは思えない。
言い訳しようにも、理由なんて出てこない。意味の無いことにしては時間をかけ過ぎた。
ただ、思い返せばその時は、以前似たような事をした記憶があった。
あの状況が、いつかの日と重なって見える。デジャヴを感じずにはいられない。
――先に行くんだ。このペンダントを持って……落とすなよ
石造りの海での辛く、だからこそ誓いを立てたあの日と、重なって見える。
父親からの不器用な愛に気づくことが出来なかった悔恨。
その愛からなる恩に報いようと決死の思いで繰り広げた死闘。
あの時と同じ無念を味わいたくない、そんな必死さが、湯水のように湧き出て。
こんな風に無意識下でも過去に執着する女が、野望のため奮起するとの言葉のどこに説得力がある。
――決意とやらに反し、空条徐倫でいようとしている。
――何で……何でなのよ……! どうして、今のあたしを否定しようとする!?
いつまでたっても拳が空を切り裂かない。
今の空条徐倫は、『山岸由花子が空条承太郎を討てない』という矛盾を許容できない。
『倒さなければいけない敵を攻められない』という矛盾を抱え続ける。
そこに、意に掛けもしなかった
広瀬康一の遺志も加われば、行動原理はまるでかみ合わない。
過去を否定されるのが嫌ならば、いっそ、認めてしまえば。
自分が空条徐倫であると。他の何者にもなれないと。
それは確かな事かもしれない。事実かもしれない。
しかしもし、自分が山岸由花子でないことを認めたら。認めたら。
――じゃあ、父さんは……取り戻せないっていうの?
今までの自分は何だったのか。
荒木を屈服させ、最後には全てを取り戻すという目標は。
追いかけた末、夢物語と認めなければならないのか。
手段を選ばないつもりでいたのに、その実、まるで無駄足だったと。
失うだけだったと。
――いや……違う。
徐倫が、逃走を図るアナスイの手を取る。
手を取るというからには、その手、破壊や武力を巻き起こす握りではなく。
手を取るというからには、その手、差し伸べ、狂気を持たないことを示す平手だった。
「あたしが求めていたものは」
――お前のことは……いつだって大切に思っていた。
『空条承太郎』なら、ここにいるではないか。
思い出せたではないか。
これ以上誰かを失う必要なんて、ないではないか。
――大切だと分かっていながら、この手で断ち切ってしまおうとするだなんて。
取り繕って、形だけは立派な結論を突き立てて、あげくの果てに何もかも失った?
いや、分かりやすい餌に釣られて、視野を狭めただけだ。
欲しかったものは、ここにあるではないか。
――夢を見てた。とても、悲しい夢を。
夢から覚めたって、全てが元通りになるわけではないけれど。
大切な事は残っている。
偉大なる男の背中を見失っていた徐倫は、ついに探し当てた。
「許し、許されることだった」
――真に求めていたのは、生き返った皆じゃあなく、私を大切にしてくれている皆だった。
死んだ人間に顔向けできない真似だとしても、死人の気持ちなど分かるものか。
これまでなら、そう言えたかもしれない。だが、知ろうともしなかっただけだ。
『空条承太郎』が、沈み、淀んだ表情を浮かべているという事実がここにある。
アナスイだって、F・Fだって、浮かばれない気持ちが顔に現れていた。
エルメェスもウェザーもエンポリオも、アバッキオもイギーも、きっとそうしていたはず。
――あたしにしかなれないあたしを、大切にしてくれる皆だった。
ようやく、彼女は悟ったのだ。
「いいわ、アナスイ。F・F。貴方たちを『許す』」
思い人に再会した彼女は、拳を収めて手を取り合った。
慕い人と再会したと思い込んだ山岸由花子とは違う。
広瀬康一が既に亡き人だという事実に向き合えなかった山岸由花子とは、同じになれなかったのだ。
だって彼女は、ただの空条徐倫だから。
「俺が……俺たちが、やったことは」
「いいの。もう……いいの」
「そうだと、しても……。それが、出来たとしても……!」
「だからどうか、あたしを、空条徐倫を許して欲しい。回り道を、無駄にしないために」
――真に彼らのために戦うには。勝ち取るには。
胸を張って自分の名前を言えるなら。
理不尽なんて、罪悪感なんて、涙と共に流してしまえる。
手を取り合えば、眼前するものが幻想だなんて誰も言えない。
「アナスイ、F・F」
「ジョリーン」
殺せるはずがない。
「あなたたちが、取り戻させてくれた」
「君がいなければ、俺は化け物になり果てていた」
誰より大切に思ってくれたから。
誰より大切に思われていたから。
「あたしは空条徐倫。空条徐倫にしかなれない」
「俺たちは、結局怪物になんかなれなかった」
彼女の名前は空条徐倫。ついには、それ以外の者になれず。
半端者の名前は
ナルシソ・アナスイとフー・ファイターズ――合わさっても、別個体にはなれなかった。
「それを、思い出させてくれた者のために――」
「それでも、人間にしてくれた者のために――」
空条徐倫は、空条城太郎と再会し。
アナスイは、F・Fは、本来の空条徐倫を取り戻した。
「全てを、許してほしい」
「全てを、許してくれ」
その間、誰も攻めなかった。
責められるはずがなかった。
★
誰もが、ひどく不安定だ。
つつけば崩れ落ちるほど、人の結束というやつは儚い。
しかし、『儚い』というからには、人の夢だ。
夢を皆が求めれば、道が同じならば、形にならぬ道理などない。
巨悪を前にすれば、人類は団結できると誰かが言った。
絵空事と笑うに値する命題だ。いち種族を危機に陥れる外敵など、存在しない方が身のため。
そして、荒木飛呂彦と言う絶対悪を前にして、誰も彼もが牙を向けるわけではなかった。
悪が人の心を纏め上げることはない。
大切なのは認めることだ。お互いを認め合う『寛容』こそが。
正義を。矜持を。覚悟を。強さを。弱さを。仲間を。――そして自我を。
今あるものは、誰も捨てることはなかった。
何より大切だったから。
自分を蔑ろにして、個を保たずして、寛容はあり得ない。
名前とスタンド能力程度の、形式ばかりの自己紹介を済ませた6人。
決して、談笑できるほどの仲ではなかった。
だが、仮初でなく、目的が一致する味方だという認識は揺るがない。
「読めていたのか、この結果?」
「まさか。花京院が死にたがりだと思ったから、そうしたまでだ」
荒木を倒すという目的が一致して結束できたわけではない。
徐倫もアナスイもF・Fも、花京院が得たかったものと同様の結論に達したのだ。
『全て許す』という、とても優しく、叶え難い願望に。
「ここで復讐を優先するほど、俺は現実が見えていないわけじゃあない。だが、必ず……貴様には俺たちを認めさせる」
「……そうか」
世界規模の影響力を持つギャングが、身内の抗争を休戦せざるを得なくなるほどに。
全員が、その答えを許容すること厭わなかった。
と言うより、それが荒木を討つ上で最も大切で、確実で、過去の反省が活かされている手段だから。
だが、損得勘定でなく、誰しも本心から願ったこと。
ディアボロとリゾットを尻目にした後、花京院がディオを見つめる。
後世まで轟く悪行の再来を訝しむそれではなかったが、されるがままは気に食わず、ディオは目線を逸らす。
「鼻で笑われるかと思いましたよ」
「馬鹿馬鹿しい……と言うとでも思ったか? きっかけでも、場を収めたのはまぎれもなくお前の力だ。認めざるをえまい」
ディオとて、そこはわきまえる。
場の和を乱す無粋な真似は、ふさわしくない。
それでも、乱さない程度に、ディオにとっての懸念事項だけはしっかりと確認する。
「全ては脱出のためだ。貴様らを敵に回す気もない。それでも……いずれDIOとなる俺を殺すか?」
「言ったでしょう、『許す』と。それをとりあえずは受け入れてくれるなら、戦うのは、荒木を倒した後だ」
花京院は、秘密や陰謀を持つ者を嫌う。
過去の人物とはいえ、ディオにそれがないとは、到底言いきれない。
だが、花京院の願望に例外はない。打倒荒木という道が同じであるならば。
「それを聞いて安心したぞ。では、とっとと首輪を外すとしよう」
本来ならば、ディオはアナスイに『ディオに従え』と命令したいところではある。
しかし、ほかの4人に囲い込まれて襲われるのは勘弁願いたい。
特に徐倫は『ホワイトスネイク』の厄介な部分を身をもって知っているのだから。
DISCを挿さずとも命令は下せるが、頭部に手を触れさせ続けなければならないために、驚異的身体能力を生かしづらい。
その戦闘力も、片腕を吹き飛ばされたせいで削減されている。
もっとも、片腕分の生命エネルギーが減ったともとれ、急いで首輪を何とかしようと焦らずに済んでいるのだが。
もともと首輪解除という時間のかかる手段を選ぶほかないために、邪魔をされない環境を作らなければならなかった。
だからこそ、反抗の可能性を限りなくゼロにした花京院に、ディオはそれなりに感謝している。
何だかんだで、偏見の眼差しもなくなり、首輪を外せるという優位性は保たれたから。
「空気を読まないようで悪いけど」
そんな希望など、巨悪の前では容易くもぎ取られる。
その声、その容貌、そのオーラ。
脳裏に根付いては離れない、邪悪の化身。
墨のように染みわたり、細菌のように蔓延り、そして腐臭のように吐き気を催す。
「君たちは僕と戦うことを望んでいるようだから、出向くことにしたよ。まあ、殺し合いが不成立になったというのが最大の理由だけど」
いつの間にか眼前に現れた荒木飛呂彦は、狂気を細躯に宿してなお、溢れかえさせる。
「こうまで出向くのが早いか……!」
ディオが盛大に舌打ちする。
乗り越えるべき究極の試練。
それは最後にして、最大にして、最厄。
今までのは前座。通過儀礼。乗り越えて然るべきターニングポイントだ。
まだ終わっていない。始まってすらいなかった。
「ちょうど6人……いや7人か? ここにいるので全員だ。首輪の反応によればね」
死者の顛末を、何もかも把握していたわけでもない。
いざ言われれば動揺が走るのも無理はなく。
まるで孤立無援、逃げ場なしだと言っているみたいで。言われてるみたいで
それらは事実ではあるが、荒木の降臨によって、より浮き彫りになってしまう。
うろたえるのがほとんどだった中、アナスイの行動は早かった。
「確かお前は言っていたな、荒木? 『テレンス・T・ダービーを倒した者は僕と勝負する権利を与える』と」
テレンスの記憶を辿れば、荒木の口からその旨の発言はあった。
ギャンブルで敗北を喫したテレンスの前での言葉だが、荒木は手段をギャンブルに限定していない。
広義に――と言うより、バトル・ロワイアルの
ルールに当てはめて解釈すれば、F・Fはテレンスに対し勝利を収めたと言って良い。
「ああ、そんなのあったね」
「その権利を使う。俺と一対一の勝負を受けてもらうぞ」
この発言がどちらの意志で行われているかなど、荒木には知れぬこと。
アナスイの言葉でもF・Fの言葉でも、どちらもだとしても、荒木に真意は分からない。
「何言ってるんだアナスイ!」
「今から首輪は外せない……そうだろ、ディオ?」
「……時間がかかりすぎるし、何より荒木が待ってくれないだろうな」
アナスイはもはや、徐倫の懇願があっても、聞き入れてくれそうにない。
荒木は、時間は、運命は、片時も待ってくれやしない。
滝を押し返すことなど出来ないように、あらゆる激流を制することなど、人には出来まいて。
「ちなみにさっきまで言ってたディオの考察はおおむね正解さ。スタンドDISCを支給しなかったことからも、それが分かるだろう?」
「……どの道、この命は限られているらしい。俺はその命を、奴の能力の解明に使う」
「そうだね、それが賢明だ。受けようじゃあないか、その勝負」
懸念としていた約束の反故も、杞憂に終わることと相成った。
徐倫も、引き留める言葉が見つからぬまま、アナスイを凝視する。
無事を祈ってのものではない。彼の決死の選択を無下にしない為。
「ああ、待った。ちょっと確認させてくれ」
荒木との距離を詰めるアナスイはふと立ち止まる。
確認と言っても、決闘内容の委細を伺いたいわけでもなし、そもそも確認とは対峙する荒木に向けてのものではなかった。
「F・F……前に言ったことを覚えているか? 俺達が荒木に勝てそうなら協力を頼む、っていう約束だよ」
現実には、勝率に関係なく協力体制を結んでいるが、荒木の討伐が当初の目的でないことは事実だ。
ここまで話が進めば事後承諾みたいなものだが、一応の意思統一は図らねば。
「未来のことは分からないが、支配権は俺にあるんだ。その気がなくても従ってもらうぜ」
この際、勝てそうかどうかは関係ない。
いや、未来が分からないからこそ、『勝てない』とは言い切れないはず。
どこにも尺度がないのなら、最善を尽くすことに間違いはない。
「条件がある」
「条件?」
「私の贖罪も果たさせろ」
F・Fの細胞がアナスイの舌を無理矢理動かし、会話とする。
F・Fが言うところの贖罪――アナスイは、F・Fの記憶を辿る。
――自分が捨石になる事で、彼らの勝機がより濃厚になるような方法を取る。
そんな方法があるかは分からないが、近いことはしようとしている。
「身勝手だと罵るか?」
「そんなことはしねえよ。身勝手に付き合わせてるのは俺だ」
もとより、無事で済むはずがない。
荒木が約束を反故にする可能性を論じたが、約束を破るのは自信家の荒木にしては格好が付かない。
素直に対決するのは、裏があるか、単純に介入をものともしない差があるか。
どちらにせよ条件の違いから、荒木は勝つべくして勝ち、アナスイもF・Fも、負けるべくして負ける。
可能性が見えないのなら、せめて、自分たちが納得できる手段をとっていくしか。
「ジョリーン」
アナスイは、F・Fは、誰もが目を背けたくなるぐらい、凄惨な敗北を喫するだろう。死という形で。
それを勝利のために直視しろというのだ。
言い訳の一つしなくてどうする。『友達』に対して。
「押しつけてすまない。それでも最後ぐらいカッコつけさせてくれ。『友達』として君を信じる……必ず、奴を倒すんだ」
――逆に俺達が荒木に勝てそうなら……協力を頼む。
――提案に賛成することは決してないだろう。
当初の通り、F・Fはアナスイの提案に賛成することは決してなかった。
ここにいるのはF・Fではなく、アナスイとして生きるF・Fなのだから。
誰も裏切らない答えが、ここにある。
水を一口飲み干すと、アナスイの右手首から『フー・ファイターズ』のゴムのような手が再構成される。
「『ダイバー・ダウン・フー・ファイターズ』!」
それが、彼らの最期の言葉。
荒木に猛突進するのは、究極生物を退治してのけた、二人で一人の鬼神。
彼らは今、一つになってここにいる。
愛すべき人を守る力を、彼らはそう呼称した。
★
決闘は終わりを告げる。
もはや決闘ですらない。
これは、一方的に弄るだけの蹂躙。
或いは、被害を最小限に抑えるための弾除け。
最大戦力であるにもかかわらず、自らをぞんざいに扱ったアナスイとF・F。
後悔も未練も、一切見せず。
アナスイは、F・Fは。
一矢報いることが出来ただろうか。
化け物を嘲るほどに驕れる牙は、荒木に傷跡を残したか。
人を超越して得た誇れる爪は、荒木に汚点を残したか。
「アナスイッ!」
否。
非情にも、肉片が、土の肥やしに変わり果てただけだった。
激突。破砕。消滅。
一瞬の出来事と言うには速すぎる。刹那の決着と言うにも早すぎる。
一度瞬く間に始まり、完結していたのに、徐倫はアナスイの、F・Fの死に際すら網膜に焼きつかせることなく。
「何だ、今のは!?」
「速いなんてもんじゃあない……! 『線』で見るのが、精一杯だった」
目を点にし、逡巡の出来事に驚きを露にする花京院。
不意打ちに翠玉の光弾を撃ち込むこと叶わなかった。
最高速のスピードを有する『キング・クリムゾン』を並び立たせるディアボロでさえも、把握には難儀した。
それもせいぜい『見えた』というだけで、『捉える』域にまで達していない。
「空が明るみ始めた……?」
「そんな、日の出はまだ先のはずだ!」
次いでディオとリゾットが、読んで字の如く仰天する。
いや、地を照りつける陽光は、否が応にも全員の目に入る。
光どころの話ではない。異変は、光源たる太陽までも。
朝日が顔を出し、身を乗り出し、更には全容を明らかにするまで要した時間は僅かばかり。
おぼろげながら、概要ながら、見えてきた。
「まさか……」
「察しの通り、僕の能力は『時の加速』。名を冠するなら『メイド・イン・ヘブン』」
しかし荒木はその努力を踏みにじる。
淡々と、それこそ普遍の真理を語るみたいに、荒木は自身の異能を明かす。
スタンド能力を見せるということは、弱点を教えることに他ならない――そんな常識さえも無視して。
アナスイの、F・Fの頑張りなどなかったことにしたみたく、あっさりと。
「フフッ……。ばらしちゃったけど、こうやって能力を行使すれば、僕の能力なんて分かりやすいもんだろう?
ま……アナスイとF・Fは文字通り無駄死にだったね。ハハッ!」
荒木は諸手をパンパン叩き、腹の底から笑いだした。
敵を軽んじ、命を軽んじ、ひたすらに侮辱する。
ハナから神聖な決闘をする気など微塵もなかった。
絶望と、失望と、死の軽さを、最高に最低な方法で報せるためだけに。
「オラァッ!」
大笑いしていた荒木も、流石に刃向う空条徐倫にはむっとする。
迫る糸、重心を後ろにずらしてかわそうとするも、徐倫は拳を突き出していない。
そもそも、徐倫は荒木に矛を向けていなかった。
地を這うように、糸をある一点に向かわせるのみ。
引き揚げたのは、釣りあげたのは、DISC。『フー・ファイターズ』のスタンドDISC。
「お前にF・Fを――アナスイが託してくれたF・Fをやるものか」
「くれてやるよ。僕が必死になって奪いに来ると思った?」
荒木の挑発に、徐倫はこれと言った反応示さず。
俯いてDISCを見つめているために、表情を窺い知ることもできない。
ではもうひと押しと、荒木が更に揺さぶりをかける。
「わけがわからないよ。それはただのDISCだ、人格なんてものはない。ましてスタンドDISCだから尚更だ。
なのに『F・Fを』だの『アナスイが託してくれた』だの……どうして君はそこまで魂の在処にこだわるんだい?」
おどけてみせても、からかってみせても、徐倫の燃え盛る炎は沈まない。
彼女は、『友達』を侮辱した荒木を許さない。決して。
「黙れよ」
陽が昇った。
夜が明けた。
「あたしは空条徐倫ッ」
名乗るは、彼女の本来の名前。
大切な人たちが、思い出させてくれた名前。
「お前の悪意を『封印』しなければならないッ!」
邪悪を食い止めるため、思い出させてくれたこと。
【サンドマン 死亡】
【ナルシソ・アナスイ 死亡】
【F・F 消滅】
【残り 5名】
★
ディアボロ
かつて運命に屈し無限に死に続けた。
死から抜けた先は荒木の仕組んだ地獄だったが、ディアボロは逆に成長していく。
空条徐倫
彼女の家系は誰もが数奇な人生を辿った血統。
空条徐倫は空条承太郎の娘として生まれ、ジョースター家の生き様を示して育った。
ディオ・ブランドー
未来、1989年、DIOという人間の頂点を目指した男の野望を内包。
だが、その封印された最終の『能力』を荒木飛呂彦は並行世界の彼の中にあると考え、元主催者を騙し奪い取った。
花京院典明
荒木がプッチの求める能力を手に入れるため利用したスタンド能力者が、
彼に恐怖を植え付けた諸悪の根源の能力者だった。
リゾット・ネェロ
殺人を犯した自分の心を不退転の覚悟にして、
殺人を正当化することなく、あくまで地位と名誉を追い求めることで人間足り得ようとする。
荒木飛呂彦
「運命」の克服になによりもこだわる。
そしてついに「時の加速」! DIOの、プッチの求める能力を手にした。
――今こそ、終焉の時。
ジョジョの奇妙なバトルロワイアル2nd 最終話
黄金の精神は、此処に
★
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最終更新:2015年07月25日 19:20