「徐倫がいたなんて……!」
思いがけぬ、予想外の、そして何より避けたかった再会。
ちらと垣間見えただけなのを、再会と言っていいのかは分からないが。
インディアン風の男に
F・F弾を狙撃し、風に晒された灯のようにあっさりと絶命させた。
そして倒れ込んだ先、向かい合うように立っていた愛しの人。視力も強化された今なら見紛うはずもない。
追撃を加えることなく、その場を離脱。
臆病風に吹かれた、とは、このモンスターには似合わぬ言葉だ。
「見られたか? いや、気づかれていたらすぐさま飛び出しているはずだ」
決して間違いではない。
徐倫は非道を度重ねる外道を前に、正義感に駆られるだろう。
忌み嫌われる分には良い。汚れ役を買って出たことは否定されても構わない。
それらを目の当たりにしなければ。面と向かって忌み言を並べられなければ。
アナスイは、自身が有する
空条徐倫という『個』が失われるのが怖かった。
「花京院……!」
彷徨うだけの時間もどうやら無駄ではなかったらしい。
因縁を振り切ろうとした際、駅に吐き捨てられたガムみたいにこびりついた残りカス。
念願叶って再訪果たす。
「会いたかったぜ、おい」
満ち満ちた憎悪を、言葉に乗せて伝播させる。
出会いを待ち望んていたとの言葉は、織姫と彦星のようなそれではないことは明らかだった。
初対面のリゾットにも。
「アナスイ。どうか、僕の話を聞いてください」
「いやだね」
前回は余計な事に思考を割いていたから、
エシディシに付け込まれた。
同じ愚は犯すまいと、見敵必殺とばかりに、凶弾と化した体液を放つ。
花京院の眼差し違えど、それごと貫こうと。
「『メタリカ』ッ!」
リゾットが生成したメスが軌道を逸らし、花京院の頬をかすめるにとどまる。
目つきを歪ませ舌打つも、アナスイはそれ以上はしない。
エシディシにしたように、F・F弾を連射しても良かったのに。
「借りは返した。……後は好きにするんだな」
「チッ」
――攻撃を加える隙があったのに、棒立っている謎を解き明かせれば、そうしていただろう。
スタンドも展開しておらず、奇襲の類ではないのは明らか。
的にしてくれと言っているようなもの、気が狂ってるとしか思えない。
エシディシを慄然させた割に、アナスイは花京院の様から不気味さを感じ取る。
「気に食わないと思ったら、いつでも僕の息の根を止めればいい。実際、そんな内容です」
要望通り、花京院と、その連れに止めを刺すのに要する時間は5秒か? 10秒か?
どっちにしろ、徐倫が追ってこないのなら妄言を聞いてやる時間はある。
エシディシを赤子の手を捻るように殺した今、殺戮の宴はアナスイの独壇場。
「フン……冥土の土産に聞いてやるよ」
構えを下ろし、しぶしぶ承諾する。
首をさすりつつ溜息つくその姿に、真摯さは感じられず。
「ずっと考えていたんです。ティムさんが、貴方を救ってくれと言った理由を。方法を」
アナスイが、ティムの死に際の言葉など知る由もない。
だが、救いの形はともあれ、ティムはその願望を達成できなかったからこそ、花京院に託したことぐらいは分かる。
彼が望んだ正しさは、何処。
「ティムさんは貴方を止めるために命を賭けた。だから僕も、その答えのために命を張らければならない」
花京院とティムとでは、アナスイと交流した時間が違い過ぎる。
言葉を交わした時間だって違えば、共に修羅場を乗り越えるなど、僅かでも密な時を過ごしたわけでもない。
拳で語り合うなどと、洒落た言い回しをしていいのか分からない喧嘩が一度きりあった程度。
曖昧な言葉で濁すな、と、大いに怒っても良いくらい、いい加減な遺言だ。押しつけるばかりで。
花京院は、そのいい加減な約束の反故を良しとしなかった。
「アナスイさん――僕は、あなたを許します」
空気が凍りつく。
★
「はッ……イカれてるのか? この状況で」
アナスイの返答は、数刻遅れてのものだった。
だが、暫時でも時間をかけたのだから、その返答は誰より正直で、実直で、何より冷やかなものに仕上がる。
「これは僕の本心です。そもそも、『許す』なんて偉そうな言い方じゃあなくっても良いんです」
染みわたる寒気のような、刺さるような空気は、花京院の相貌を凍りつかせることはない。
花京院には自信があった。ティムの求めていた答えは、偶然ではあるが、自分でなければ与えてやれない、と。
与えなければならない、と。
殺すしか解決の手段がない、とは、あまりに安直。
人が死ぬのは肉体的なそれでもなく、人に忘れられた時でもなく、考えるのを止めた時だ。
自害は言うまでもなく、殺すというのも、『救い』とは違う気がする。
花京院は生きようとしているが故に、こうして考えるまま己が心をさらけ出す。
「僕はずっと『悪を許さない』『非道を許さない』という姿勢でいました。
誰も死なすまいと、誰をも救ってやろうと、躍起になりすぎていました」
目的が一致し、初めて『仲間』といえる存在が出来てからの日々。
正しくありたいと願う彼にとっては、その時間、これ以上なく充実していた。
倒すべき敵がいて、仲間と共に歩む――ここでは今までみたく、そう単純にはいかなかった。
「全部、人を傷つける結果に終わってしまいました。
グェスさんが僕を盾にしたのは、力ない彼女なら無理のないことだったかもしれません。
フーゴが荒木にそそのかされて引き金を引いたのは、彼を責めても仕方ありません。
アナスイさんが愛のまま狂気に手を染めたと僕は解釈しましたが、大切な人のために周りを見失うこともあるでしょう」
正義の執行者になるべく行動してきた花京院にしては、優柔不断だ。
スタンスが見えてこない、どっちつかずの押し問答。
「でも僕は、彼らの道を無理矢理正そうとした。僕の考えを、正義を押し付けてしまった。
仮にみんなのやったことが非道だったとしても、僕のやったことは遥かに出過ぎていました」
結果が全てと言うかもしれない。
だが、過程だけを見れば花京院は過ちを犯してなどいない。
だから性質が悪かった。目に見えて悪いことではないから、誰も指摘してくれないし、気付くのも遅れる。
「『君は悪くないんだ』と、ついには言ってやれなかった。許して……やれなかった」
思い返すは、二つの躯。
「ティムさんは貴方を生死を問わず止めると言ったそうですが、結局有無を言わさず、ということはしなかった。
まず彼は『許した』んです」
堅牢な守りがあるわけでもない民家に、愛する女性を閉じ込める。
考えようによっては、いや、字面だけを追えば、そんなことをするのは歪んだ愛を抱えた者だけだ。
だが、ティムが責めるでもなく、まずは事情を聞いてやろうとしたことは、花京院が聡明でなくとも想像に難くない。
よくよく考えれば、
空条承太郎もそうだった。
――なぜ、おまえは自分の命の危険を冒してまでわたしを助けた…?
――さあな…そこんとこだが、おれにもようわからん。
まずは許してくれた。
「僕は、もう後悔したくない。言えるうちに言わなきゃ意味がない。正しくティムさんの遺志を引き継ぎたい。だから」
花京院はその点、功を焦りすぎた。
聞こえの良い正義に身を委ね過ぎ、あながち間違いでないだけに、ミスをミスと許容できなかった。
リゾットの指摘は、単純でも、何より心に響いたことだろう。
常に同じ過ちを繰り返してきたのだ。最後ぐらい、最良の選択をしたい。
「この場で起こした、貴方の全ての悪行を、僕は許します」
――『救い』なんてありませんよ。
救いがないのなら、与えてやればいい。
いや、与えなければならない。自分から差し出しもせずに求めるな。
貴方は悪くないと言われたいばかりで、ねだるばかりで、時だけが浪費されていく。
花京院は、悪を許すまじと奮い立って、思いあがったために、誰も救えなかったのだから。
「だから殺しをやめろと、そう言いたいのか?」
「そこまでは言いません。あなたの気が済むのなら、殺すのは僕で最後にしてください。
貴方のやったことが意にそぐわなかったからと言って、話を聞かなかった僕には過失がある。
だから、ティムさんみたく全てを投げうたなければ、きっと許したことにはならない。これで……最後にしましょう」
決断には、かなりの時間を要した。
もともと、裏で秘密や策謀のある人間を非常に嫌う花京院だ。
人に頭を下げるのだって、自分に非がなければそうそう行うことはない。
『許す』とは、疑わしきを良しとしない正義感、正しくありたいとする義務感、それらを否定しかねない選択。
花京院自身の在り方を捻じ曲げかねない選択。
しかし、悪をねじ伏せるだけならまだしも、人に正義を強制するべきではなかったと、ようやく自省出来た。
「マジでクレイジーな奴だな、お前は。勝負を申し込んできた時はもう少しまじめだと思ってたんだが」
非情にも、花京院が苦悩の末、やっと辿り着いた懇願をアナスイは嘲る。
むしろ当然だったろう。悪を悪と認識するまでも、振り返るまでもなく走りぬけようとしたアナスイでは。
人差し指を銃身にして、花京院に向ける。
「……俺だって、許して欲しかった」
天を仰いで、呟いた。
誰だって、それが幻想と知りながら身を寄せたくなる。
「許して欲しかったさ……」
アナスイでさえも。
殺し合い始まる以前なら、求婚を。
殺し合い始まって以後なら、自分の『友達でいよう』という苦渋の決断を。
アナスイは徐倫に認めて欲しかった。
許して欲しかった。
「だが無理だ。何もかも『許す』ってんならよお……この場で徐倫のために死んでくれや」
アナスイの双眸が再び花京院を捉え、照準がより正確なものになる。
花京院は身じろぐも、逃げ去ろうとはしなかった。
それどころか、傍らのリゾットが鉄分を意のままにしようと眼力を込めるのを察し、右手で制するほど。
逃げる時間だけは作ります、と、小声で囁く。
「無駄な時間稼ぎだったな、花京院」
「いや、お前の時間稼ぎは充分に有効だったぞ」
窮地に颯爽登場する助っ人。まるでアメリカンコミックのヒーロー。
現実はそう綺麗なものではない。
ピンチに駆けつけるのは、何も正義の味方だけではないのだ。
「DIO!?」
彼の知るそれより、姿も声色も若い。
纏う空気と言うか、凄味は劣るものの、それが発展途上と思わせるだけの底知れなさはあった。
「やっぱりアナスイ……貴方だったのね。F・F弾を飛ばしてきたから、乗っ取られたのかと思ったけど」
そして付き添う女も、花京院は知っている。
「ジョリーン……!」
「まさか『共生』しているとはね」
空条徐倫。
ディオ・ブランドーと直接相見えたことさえないものの、両者の間柄は筆舌に尽くしがたい。
一世紀以上の時をまたぐ、切っても切れない遺恨を抱えた関係。
そのジョースター家とブランドーが歩みを共にしている事情は、英明な花京院とて見抜けず。
「アナスイ。いや、徐倫が言うにはF・Fとかいうのも混じっているんだったか? それならば言っておく」
誰もディオを讃えるわけでもない、崇めるわけでもない。
しかし、悪魔を討つのは魔王だと言わんばかりの、覇気を感じ取っていた。
徐倫が側立っていることも大いに関係していたが、皆が皆、害虫を駆除するみたいに先手取ろうと無粋な考えを起こすことなく静止。
首を掻くアナスイを見据えるディオは、余裕とはいかずとも、汗を噴き出したり、呼吸を荒げたりはしない。
ディオ・ブランドー。窮地に無策で現れる男ではないはず。
「お前は決して、この殺し合いで優勝することは出来ない」
そして断じた。
『勝てない』でもなく『負ける』でもなく、『出来ない』と。
算段があるとしても強気だ。
いや、ディオには強気に振る舞うべき事情があった。
『ホワイトスネイク』を使役しているなかで、徐倫をはじめとした脱出派から信頼を勝ち取ることも同時にしなければならない。
だから、ディオは徐倫に吹っ掛けた。
――結構無茶な相談よ、それ。協力だなんて。あたしにとってあなたはディオ・ブランドーでしかない。
――ただで、とは言っていないだろう……。これから『お前に味方するディオ・ブランドー』だと証明してやる。
――言っとくけど、こいつの件を持ちだしても無駄よ。これはアナスイがやった……事故みたいなもの。
――そんなことは分かっている。そうだな……。
徐倫に関しては、DISCで洗脳しようというせこいやり口では無理だ。
一人に能力が割れたのなら、穏健派を自在に操るのは厳しいものがある。
全員を洗脳するのが無謀なら、自分が中心となってまとまる体制を作る必要がある。
それには、おそらく首輪を外せるというだけでは足りない。
――あのアナスイを『スタンドを使うことなく』膝をつかせ、無傷で勝利すれば、俺を信用するか?
モーゼがエジプトからの逃避行の際、海を裂いてみせたように。
ディオは導く者として、ここで奇跡の担い手にならねばならない。
「優勝狙いってのはちょいと違うが、まあいい……この場の戦力差を言っているのか? この程度、わけないぜ」
「そんなわけないだろう。力量差があろうがなかろうが、そんなの関係ないんだよ」
策でも何でも、求められているのは、ふらつく程度の揺らぎではない。
詰みかけている盤上を、揺らぎを超えてひっくり返すような、奇抜な展開。
悪魔を殺す魔王的魔手、ディオにそれ程の腕があるか。
活路開いたのは、たったの一言。
「首輪は装着者の生命エネルギーで動いている。この意味が分かるか?」
その事実、立ち位置が違えば、驚嘆に値したかもしれない。
あるいは徐倫のように、ディオという名が足を引っ張り、惑わそうとしていると邪推したかもしれない。
だが、アナスイにとって、F・Fにとって、それに何の価値がある。
「フン、わざわざ今から外し方を考えるとでも……!?」
価値はともあれ、意味はあった。アナスイの余裕の返事が途切れる。
その瞳に切迫感を携えディオを見つめるも、その様を期待していたかのように、ディオはニヤつくだけで何も言おうとしない。
アナスイが推測を言語にするより早く、ディオが本旨を嬉々として語りだす。
「気が付いたようだな。貴様らは今、体内で共存・一体化している。だが、身につけている首輪は一つ。
エネルギーは二人分……プランクトンを一人として考えるのはどうかと思うが二人分だ。だから、首輪に流れるエネルギーは供給過多になってしまう」
改善が施された首輪の、唯一の欠点。
生命エネルギーがあまりに多いと、首輪が自壊してしまうこと。
原動力が有り余ると推測された参加者に対して、荒木は抵抗器代わりの爆弾を頭部に備え付けた。
だがアナスイは『元・人間』。二重のエネルギーは一点に集中する。
「不安定なんだよ、今の貴様らの首輪は。荒木が手を下さずとも、いずれ爆発するだろうな。
さっき首輪に紫電が走ったのが見えた。もうそろそろ頃合いなんじゃあないか?」
例えば、これが『ゴールド・エクスペリエンス』で手足を復元させる程度なら平気だったろう。
『
フー・ファイターズ』で言うなら、傷の埋め合わせをするぐらいなら、問題はなかった。
だが、『フー・ファイターズ』をスタンド使いが丸ごと取り込んだとなれば話が違ってくる。
F・Fを取り込んだ時に余計な痛覚を鈍らせたせいで、首輪の異常を肌で感じ取りづらくもなった。
「どうせハッタリだ! あいつの言うことにいちいち構ってられるか!」
アナスイのそれより一段高い声音が響く。発したのは、F・Fだ。
F・F側からアナスイの肉体に働き掛け、舌や声帯を操作すれば造作もないこと。
アナスイの口だけがF・Fとして動き、『らしさ』が乱反射。焦りからか、自己統一すらままならない。
アナスイはそっと、雛鳥に触れるように首輪をさする。
F・Fとしての細胞が反応したのか、指先がびくりと震えた。
「F・F……一体化してるんなら分かんだろ? 首輪が熱を持ち始めた、って」
水に執着することの多かったF・Fが、今では体表に一筋流れ出た汗を気にも留めていない。
首輪は肌に直に触れているが、何も火傷するほどの熱量はない。アナスイが痛みを忘れたのなら、なおさら。
だが、来るべき末路を予感させるには充分な温かみ。
「気づいてたんだろうぜ、エシディシも」
――人間だけならまだしも、化け物を……舐めるか。
――やはり、お前は……人間にも化け物にもなれない、半端者だ……。
アナスイの、あるいはF・Fの脳内でエシディシの二言がフラッシュバックする。
彼にも、首輪の異常は見て取れたのだろう。見て取れたからこそ、エシディシの宿主はエシディシの始末を優先した。
エシディシのような生来の怪物に人間が肩を並べるには、こうもリスクが伴うのか。
いや、あってしかるべきなのだ。さもなくば、人間と怪物の境界線が危うくなる。
「首輪……。あいつからも異常が見てとれたんだろう」
等価交換――モンスターとしての力に等しいものを差し出して初めて、人は化け物になれるのだ。
吸血鬼がその力を宿した瞬間から、太陽を疎む日々を過ごすことになることからもそれが分かるだろう。
『人間をやめることこそが犠牲』というのは、それが形式的であることに気づいていない発言だ。
倫理観の欠如で言えば、日常でも起こり得る瑣末な犠牲。それ以上が起きてこその化け物。死が間近に近づいてこその化け物。
人間が、リスクなしで簡単に人間をやめられるほど、摂理は甘く出来ていない。
運命になろうとした荒木飛呂彦が、そこまでを意図したかは別として。
「あの様子からして、一体化しているというのは本当らしいな」
ならいっそただの人間になる、という策も難い。
プランクトンと細胞の融合――完璧に近い形でそれをやってのけたから、今更二人に分離するのは不可能。
DISCを取り出したとしても、単純にパワーダウンする。囲まれているのに、そんな選択が出来るか。
「だからこそだ。ここに集まっている人数で全てだとして……全員散り散りに動いたところで全員殺せるか? 首輪のリミット前に。
まして俺と
ディアボロには首輪がない。禁止エリアに逃げ込めばチェスで言うところのチェックメイトだ。
寧ろ動きまわるほど、文字通り自分の首を絞める結果になるだろうな」
首輪の稼働限界がどれほどまでかはわからない。もしかしたら心配のし過ぎなのかもしれない。
だが、首輪の無い参加者の存在を無視できるだろうか。しかもよりによって、徐倫を脅かすかもしれないディオを。
意外にもここで、ディオの悪名が役に立つこととなるとは。
「そして、この瞬間お前の完全敗北が決定的となる!」
ただし全員逃げ回っては、決着までに時間がかかりすぎる。
故に、ディオは更に一手、先を行く。
「何をしているんだDIOオオオオオオッ!」
「見ての通りだ。ここまで言っても奴が分からず家なら、この場で空条徐倫を殺す」
ディオは、徐倫から借りたサブマシンガンを隣に向ける。
アナスイの行動理念は『空条徐倫の保護』――これが明確なら五万と手はある。
しかし、相手の不利は明確なので、ただ神経を逆撫でる結果に終わるのももったいない。
自分を殺すのは悪手になる形に仕向けようと、ディオは二言、三言付け足した。
「首輪に精通している時点で理解できていると思うが、俺は貴様の首輪を外せるぞ。
自棄を起こすのは得策ではない、と念のため言っておこう。徐倫のためを思うなら、大人しく降伏し、荒木の討伐に協力するんだな!」
鞭の後の飴は格別だろう。
この場はディオの独壇場。あまりに上手くいきすぎている。
徐倫とて焦りを浮かべたものの、反骨精神を見せることはなかった。
ディオの実力を認めざるを得まい。
首輪の不利を指摘したのも、禁止エリアに縛られない参加者がいることも、徐倫を人質にしたのも。
それぞれの要因が重なったのは降って沸いた幸運かもしれない。
しかし、その要因を見出し、組み立てたのは全てディオ自身の力。
それに、コロンブスが卵を立てたのを、自分だって出来たと愚痴るようなみっともない真似を徐倫はしない。
最初にしなければ敗者。最初にしないから敗者。難きを行わぬ者は易きを並べ立てるだけ。
アナスイを言葉だけで翻弄してのけるから、ディオ・ブランドーは勝者なのだ。
「協力する気があるのなら、地べたに這いつくばれ。決して抵抗するんじゃあないぞ。
もっとも、嫌だのノーだの言えた身分じゃあないことは承知して欲しいところだがな」
ディオとしても手駒を増やしたいのだから、躍起にもなる。
この件は、『奇跡』の体現者ならば不問になるだろうから。
目的が相反する者なら、洗脳という手段はそうそう咎められるものではない。
既に『ディオに従え』との命令DISCは生成を終えた。
首輪を外すために、膨大な隙を晒さなければならないという弁解も可能。
誤算があるとすれば。
「止めろディオッ!」
身内が足を引っ張るイレギュラーを、計算に入れなかったこと。
「何ィッ!?」
ディアボロがディオにタックルを仕掛ける。
いくらラグビー部の雄であったディオとて、不意打たれればよろめく。
更に、誤算を付け加えるなら。
「その隙が欲しかったぜ!」
アナスイが、首輪をもう一つ持っていたこと。
ラング・ラングラーを分解して手に入れた首輪が、偶然にもアナスイの命綱となる。
エネルギー過多が首輪の異常を引き起こしたのなら、供給先を増やしエネルギーを分散させれば、問題は解決するはずだ。
ディオも懸念としていたものの、わざわざ回収していないだろうと高をくくっていた。
僅かな可能性でしかないから、徐倫を盾にすることで、保険として機能させていたぐらい。
接触していれば、腕でも問題ないはず。
今のアナスイにとって、首ほどのサイズに手首を膨らませるのは造作もない。
宙を舞い、回転し、輪投げのように腕に収まろうとする。
輪が手首をくぐるまで30センチ。
20。
10。
ゼロ。
「オラァッ!」
――アナスイの手首が、首輪ごと弾け飛んだ。
★
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最終更新:2025年03月29日 11:22