「~~っ!」
「貴様は黙っていろッ!」

返せと言われて返すはずもなく、力ずくで奪い返すこともままならない。
鳩尾を抉るように蹴られた荒木は、ディアボロの足下へ転がり、嫌味憎たらしい言葉を発することはなくなった。
空いた手でDISCを頭部に挿し込むのをディオは怠らない。

「ディオォォォォォッ!」
「おっと、よせよ空条徐倫

『ストーン・フリー』の拳を目前にして、ディオが天を指す。
すらりと高い鼻の先を叩くかと思われたところで、勢いが衰え、静止する。
ディオが、と言うよりは、取り巻く環境に違和感があったため。
花京院もディアボロも傍観し、ディオが言わんとすることが分かっていたからこそ、ひとまず待ちに入った。

ディオが指す天、照らす太陽も、陰る雲も、舞い踊る息吹も、今までほどには動きを見せず。
意味するところはこうだ。
ディオはまだ、『あえて』時を加速させていない。

「冷静に考えろ。ここから脱出する手段が『時の加速』で箱庭を破壊する以外ない現状、誰かがしなければならん」
「口を滑らせたなディオ。だからって、一巡させる意味があるのか?」

荒木を討つ策を練り上げたディオにしては、このミスは間抜けすぎる。
こんなところで意味のない発言をするとも思えない。

「ある。だからこそ言わせてもらう」

意味はあった。

「全員、このディオ・ブランドーに従え」

あくまでも、ディオにとっての。

「何を言っているんだ!」
「一時の感情で判断するのは賢くないぞ、花京院」

花京院に対し、その物言いは時が過ぎれば変わりゆく、と馬鹿にするようにディオが返す。
実際のところ、無限に近い時を飛び越えようとしているのだが。
ディオが求める、賢い判断。
実に正当なものだった。

――時が全てを解決してくれる、という判断は。

「つらいかもしれない、思い返したくもないだろうが思い出せ。貴様らは今までどれほどのものを失った。この殺し合いで」

自分個人ならまだいい。
命があるだけ儲けものと考えることもできる。
しかし、ひとたび他人に目を向けてしまえば、文字通り計り知れぬ損失があったことだろう。
当人だけでなく、関わり合った人は皆、在りし日々全てを消し飛ばされたとなれば。

「荒木の言葉を信じれば、宇宙を一巡させてしまえば、全ての運命は思うままということらしい。
 この殺し合いで亡くなった者も取り戻せるかもしれない。喪われるはずの無かった命を」

もちろん、どれもディオにとっては口実でしかない。
欲するものはあっても、取り戻したいものなどない。
彼が覇道を歩むことで、新たな人類の歴史が織り成されていくのだから。
しかし新しい歴史、新しい人生に惹かれぬ者がいるだろうか。
どんな失態も帳消しにできる力に。

「貴様らはそのチャンスを失ってもいいのか? 友情を、愛を、宿命との決着を。俺に従えば元通りだ。
 なんなら貴様らの望むように、運命の改竄を手伝ってやっても良い」

荒木のスタンドの前には、『メイド・イン・ヘブン』の前には、ジョースター家の遺産など家畜の餌程度の価値しかない。
既存の価値観を無に帰すスタンド。自然律さえ従属させるスタンド。
ディオ・ブランドーが切望した理想郷、そのものを体現する能力がその手にある。
誰よりも上に。頂点に。力の前にひれ伏せ、と。

「俺は運命を掌握する。だが、俺の命に首を縦に振ったのなら、必要以上に干渉しないことを約束するぞ」

人を憎んだり、否定したりもしたが、今はもうしない。『するまでもない』のだ。
彼が真に憎んだのは、人ではなく、親でもなく、親を選べぬ境遇なのだから。
生まれながらの囚人である不遇の身、監獄で彼は泥を見た。
睨みつけた矛先は、思うようにいかない世界で、勝ち得たいのは、手足のように動く世界であり、世界を己が手足とする世界。
ディオ・ブランドーは世界を呪う。

「お前がそのスタンドを荒木並みに扱えれば、という前提があるがな」
「無論だ。だが俺には使いこなせる。俺ならばやれる……使いこなしてみせる!」

ディオがスタンドを使いこなせなければ、今までの聞き心地いい理想論は空論でしかなくなる。
ただヴィジョンを出すだけでは駄目だし、スタンドが暴走すれば身を滅ぼす危険だってある。
世界、ひいては宇宙の彼方にまで影響を及ぼすのなら、尚のことリスクが付きまとう。
だがディオの自信は、普段から尊大であるにもかかわらず、今回は説得力を感じさせた。
真実であると、いやむしろ、彼の発言に真実が付いてくると思わせるほどの凄味があった。

「なら、決まりだな」
「ええ」
「はい」


だから、結論は、三人の総意は、時を加速させなくたってすぐに出る。


「お前の野望は、ここで食い止める」


時を加速させなくたって、既に、決まりきっている。


「運命がなんだ。そんなものに怯えて過ごすと思ったのか? 人の法にも、神の法にも反するギャングが」

運命に怯えていた時期はあっただろう。
だが、なるようにしかならないのに、反発しようとしたためにディアボロは負けた。
運命は悪に与しないと、身をもって知ったからこその返答。

「貴方に従って生き返ったところで、みんなが喜ぶとは思えません。僕だって、どんな顔して会えばいいか分からない」

長い旅路を経て得た、正義。
花京院がDIOに屈した屈辱をなかったことにすれば、それも消え果る。

「都合のいい未来なんてものはないわ。どこかにあるって信じたあたしが、あの様だった。
 空条徐倫として、これ以上、あたしがあたしであることを認めてくれた皆に恥じるような真似は出来ない」

迷いを振り切って見えた、絆。
徐倫が石造りの監獄に収監されなければ、それも幻となる。

「つらいことばかりだった。だが、そのつらいことを含めて今の俺がいる。
 『かつて』を否定すれば、『これから』さえも否定することになる。彼らの誇りを、永久になかったことにしてしまう。
 そんなこと、俺には出来ない」

無限獄を乗り越えることで身につけた、勇気。
ありとあらゆる出会いを否定する世界を作れば、王宮に籠るのと何ら変わりない日々を過ごすことに。

「お前が作り出す時間なんて、これから俺たちが築いていく時間の前にはチンケなものだ」

どれも掛け替えのないものだ。どれも対価なしでは得られなかった。
不都合な歴史を認めないようなら、変えられるようなら、その力に縋りつくしかできなくなる。
悲劇しかないと決めつけるのなら、この先何があっても、悲観しかできなくなる。

「彼らが見せた希望は、無駄にはしませんよ」
「あたしたちは、運命に屈しない。たとえそれが、与えられるままでしかないとしても」
「荒木が生み出した運命を否定したのだから、いくらでも抗ってやる!」

生まれながら、運命に縛られた囚人である身、彼らは星を見た。
彼らは、世界と向き合うことが出来る。

「フン……やはり貴様らは人間だ。ごく短い時の流れでしか生きない人間の考え方をする。
 俺は違う、このディオにそれはない。『勝利して支配する』、それだけだ!」

誘惑を撥ね退けた三者を、ディオは人間らしいと評する。
小馬鹿にはしても、考え直せとか、間違っているとか、改心を謀ろうとはしない。
人の思念を塗り潰す『ホワイトスネイク』の有無は関係なく。
それどころか、気の利いたジョークを聞かされた時みたく、笑っていた。
どこか、三人のその回答を求めていたような。そしてそれが模範的であることに対しての、安心感を含ませて。

「荒木は調子づいた。始末するのはわけないと見くびった。だからこその敗北だ。
 ならば俺は、『時の加速』が極限に達するまで逃げ回らせてもらう」
「出来ると思うのか?」
「出来ないだろうな、人間ならば。だが俺は、人間を超越する」

ディオにとって、人間であることは枷でしかなかった。
人間は策を弄すれば弄するほど、予期せぬ事態で策が崩れてしまう。
『ホワイトスネイク』を意のままにしたディオとてそうだったのだ、真に人間を超えるには、運命を意のままにするしか。
人間をやめ、それ以上の存在に昇華しようとする。
結果的に、本来の歴史と同じ道。

「刮目しろ。そして後悔するんだな」

だから、『人間らしい』彼らを始末できることが逆に喜びだった。
人間を超越するのなら、相容れなくて当然だから。
抵抗することの無意味さを、思い知らせるために。

王道に、並び立つ存在など、いてはならないのだ。

「『法皇の緑』!」
「『ストーン・フリー』!」
「『キング・クリムゾン』!」

囲まれようと恐れはしない。
迫られようと逃げはしない。

「時は加速する!」

扱えるかどうかも分からないスタンドを、ぶっつけ本番で会得する。
まさしく、人を超え、化け物を超え、帝王を超え――神として君臨するための試練にふさわしい。


  ★


目眩。
暗転。
瞬き。

「ここは……どこ?」

眼球動作が巡視に至るまでの一連、瞬間にも永遠にも感じられた。
薄暗いのもあるが、徐倫が周辺を調べても、花京院やディアボロの姿が見えない。
目が慣れるのに一分かそこらの時間を要したが、その間、夜が明けたのに、なぜまた陽が落ちているのか――とは考えない。

肌を包む空気で分かる。
ここは、室内。

「あんたは……!」

そして隣に座す存在、徐倫には覚えがあった。

「いや……似てる! すごく! でも違うッ!」

裏若く、さりながら幼さを感じさせる顔つきの女性――徐倫は名前を知らないが――スージーQに、似ているのだ。
イヤリングのデザインだとか、鼻の高さだとかは若干の違いが見られる……ような気がする。
それこそ、ウォーリーを探すように目を凝らさなければ分からないような些細な違い。
驚愕のあまり立ち上がってしまうほどに、瓜二つ。

「二人とも、無事だったか」
「ええ、ですがこれは……」

その拍子に、ディアボロと花京院も起立する。
薄暗いのでちゃんとした確認は取れないが、二人に関しては変わった点は見られない。
分かるや否や、降って沸いた疑問に考えを巡らせる。

ディオはどこへ行ったのか?
荒木はどこへ消えたのか?
ただのそっくりさんとは思えない女性の正体は?
他の観客が何人いるか確認できないが、いつの間に集められたのか?
そもそもこのホールは一体どこなのか?

手繰り寄せた思考は、一遍に断絶された。

「ククッ……ハハハハハハハハッ!」

壇上にて、腹を捩り切らせんばかりに笑い、悦に入る男が一人。
その大声が耳朶を打ち、皆の視線が刺さっても、それ自体には眉の一つも動かさず。
羞恥も外聞も放り出して、気が済むまでそうしていた。
しばらくして落ち着きはらい、続けた言葉は、言意知るものを震撼させる。

「実にッ! 実に素晴らしい感覚だ! 運命を手中に収めるという感覚は!」

そう言いながら、ひたすらに愉楽に浸っていた。
場内がざわめくも、『運命を手中に収める』との不可解な言動に戸惑うだけなのが大半。
あまりの狂言回しについて行けないといった反応も見られる。
その大言が意味することは、ディオを除けばたった三人だけが察していた。

「『宇宙の一巡』! どうやら達成したらしい!」

究極でありながら、原初。
始発点にして、終着点。
『メイド・イン・ヘブン』の完全系が、ここにあると。

「馬鹿な! あの一瞬の間に!?」
「荒木以上の素質が、ディオにあったとでも言うのか!?」

ここに、『メイド・イン・ヘブン』の本体となったディオさえも知りえない事実があった。
『メイド・イン・ヘブン』は、『ザ・ワールド』を礎にして生み出された緑色の赤子と、重力の影響で進化したスタンド。
ならば、将来的に『ザ・ワールド』の本体となるディオ・ブランドーに、『メイド・イン・ヘブン』が扱えない道理はない。
それこそ、プッチ神父以上に扱える資格があってもおかしくないほどに。

「殺し合いの開始前に、荒木が講釈を垂れたホールだなァ! 周りの様子からして!」

とは言え、素質があったからと言って自在に操れるというわけでもなく、完全な一巡は果たせずにいた。
宇宙を完全に一巡させようものなら、少なくとも殺し合いの場ではないはず。
荒木と決着をつけたその後――そこまで至らなければ、天国の時は完成しない。
しかしディオには、この中途半端は都合がよかった。

「ならば貴様らは、『その場を動けない運命』!」

このホールにおいて、誰一人動きはしなかった過去がある。
ディアボロも、花京院も、徐倫も、ディオに指摘される以前から運命を実感していた。
いや、この三人しか、と言うべきか。他の84人は、どうせこのやり取りを芝居か何かとしかとらえていない。
故に、微動だにしない。いかにDIOという悪名が歴史を貫き轟こうと、今すぐの援軍は期待できず。
ディオは歓喜する。恐れ多くも新世界の神に反逆を企てた愚か者どもを始末するのに、これほどおあつらえ向きなシチュエーションがあろうか、と。

「……とは言え、スタンドは出せるらしいな。なあに心配するな、痛みを感じる間もなく一瞬にケリをつけてやるだけだ」

スタンドに防御姿勢を取らせたのは咄嗟のこと、無意識レベルで行われる本能的行動だったろう。
あくまで『メイド・イン・ヘブン』で固定できる運命は、大元の運命のみ。細かいことまで固定できるわけではない。
今のディオにとって、それが何の障害になろうか。
動かぬ者を相手取るなど、巨象が蟻を踏みつぶすより、造作もないこと。
スタンドの力が伴えば、貧民街ブース・ボクシングの技巧さえ、あらゆる格闘術の上を行く。

狙うは、連戦で疲弊したディアボロ。
不動の相手に背後を取るなど、赤子を手玉に取るより容易い。
かつかつと音を立て、ファッションショーのように練り歩くディオにディアボロは何も出来ない。
何の障害も妨害もなく、目的地まで到達したディオ。
逆袈裟に振るわれた手刀はディアボロの脇腹をえぐり、アジの開きのように胴を掻っ捌く――

「うぐうっ!?」

――かに思われた。
途端、ディオの腕に衝撃走る。
ディアボロがカウンターや反撃を決めたわけではない。
どころか、ディアボロ自身、ディオが攻撃を止めたのを奇怪に思っている様子。

何かに、攻撃が阻まれた。
拳を当てた障害物を、宙を舞う黒いものを、ディオは観察する。

――蠅だった。

蠅はやがて布切れに変わって、地に落ちる。
布は、リゾットのフードに使われた素材と同一のもの。
布が蠅に変わる――ディオはそんな芸当が出来る能力者に覚えがあった。
しかし、普通にはあり得ないことだ。
その覚えが現実のものとなっているはずは。予想が事実であるはずが。

ディオが、蠅を放った張本人を探そうと周辺を見渡す。
観客が座っている中、立っている者は非常に目立つ。
こちらの様子を窺っている、すらりとした体躯の青年は、とてもよく目立つ。
同じ方角を見たディアボロは吃驚した。その様でなく、少年の外観そのものに。

「お前は!」
「彼は……! 知っているんですか、ディアボロさん!?」
「組織の情報網を通じて、過去の経歴は概ね知っている。だがまさか、そんな……」

正確には面と向かって出会ったことはない。
それでもディアボロは、一方的によく知っていた。
パッショーネに入団して一週間ほどで、組織のボスの座を、帝王の座を奪い、掴み取った張本人。
その手腕には目を見張るものがある。
下っ端からのし上がる圧倒的才覚、世が世なら、天下泰平を築き上げていたであろう少年。





「なぜ、汐華初流乃がここに……!?」





――その前身とも言うべき存在が、ここにいる。

服装はジョルノ・ジョバァーナのものと同一。
しかしながら、頭部を覆うのは黒色毛、もちろんあの信号機のように丸を三つ連ねた髪形ではない。
さらに、ギャングとして修羅場をくぐったにしては、どこか幼さが残る顔立ち。

「汐華初流乃?」
「ジョルノ・ジョバァーナの本名だ、便宜上そう呼ぶ。母親が日本人なんだ、奴は。だから、元々は黒髪だった」

荒木は『この場にいる6人(7人)で全員』と言ったのだから、ジョルノは生存していない計算になる。
確認を怠ったか、ジョルノが荒木の目を欺いて生き残っていた、というのならまだ分かる。
しかしならば何故、髪の色を変える必要があるのか。

ホールには大量の人間――そうでない者もいるかもしれないが――がごった返している。
そして、先の『凄く似ているが違う』という徐倫の発言。
この二つの事象を鑑みるに導き出される汐華初流乃の正体――『生まれ変わりのようなもの』では、と花京院が呟くも。

「死んだと聞かされていたがな」
「実際、死んだようなもんです」

その可能性は、このやり取りで完全に払拭された。
ディオには確信があった。この汐華初流乃とやらは、自分の知るジョルノ・ジョバァーナだと。
何がそう思わせたのかは分からない。
ただ、その凛とした態度は、例え並行世界を辿ろうと彼以外体得していないだろう、とは。

「ギリギリでした、本当に。フーゴが頭部を打ち貫いてくれなかったら、こうはいかなかった」

頸椎損傷からの、頭部への発砲。
オーバーキルも良いところ。必要以上に執拗に壊しにかかった。
そう、殺すというよりは、壊すという表現が似合うほどに。
フーゴが心の内に秘める破壊衝動がそうさせたものの、逆にそれが好都合だった。

「『ゴールド・エクスペリエンス』に、生物をそっくりそのまま複製させることはまず無理です。
 少なくとも、スタンド能力を持たせることまでは絶対にできない」

喪われた命は、決して取り戻せない。
スタンドにおける不文律であり、森羅万象における絶対則。
因果を捻じ曲げる『メイド・イン・ヘブン』でさえ、喪失の事象を『なかったこと』には出来ても、魂を『取り戻す』ことは不可能。
生命は不可逆であり、そこに一切の例外はない。

「ですが、例外があるんです。生物の細胞を埋め込んだ物質に生命を与えれば、複雑な生物だって生み出すことが出来る」

ジョルノにとって未来の話――ヴェネツィアでの、トリッシュ引き渡しの任務でのこと。
ジョルノは自身のブローチと細胞から「亀」を生み出すことに成功している。
しかも、同じ品種の亀というだけならまだしも、スタンド能力を維持したままで。
肉体の部品を生み出すことのできるジョルノは、薄れゆく意識の中、想像を巡らせた。
人間の脳細胞というバックアップがあれば、全く同じものを作ることが出来るのでは、と。

「脳漿を付けた布切れ二つを、片方は脳にして首を失ったジョルノ・ジョバァーナの生命活動を無理矢理維持させました。
 もう一つの布切れから、新しいジョルノ・ジョバァーナの頭部を生誕させるために」

目論見は成功。
その間二人の荒木は外出し、杉本鈴美は館の中で悲しみに暮れていた。
主催者陣営は誰一人として、ジョルノが幽霊として天に還る姿を目撃していない。
首輪の生体反応だけでしかジョルノの生死を知ることが出来なかったのだ。
フーゴが生首ごとジョルノから取り外した首輪でしか。死亡報告は誤認。

「新しいジョルノ・ジョバァーナ……それが僕です。もっとも、1、2年ほど成長が足りなくて、髪も黒いままですが」

言葉にすれば単純だが、生死の瀬戸際、背水の陣だった。
何もかも元通りにするよりは、確実な生還を果たすべき。
結果として、顔立ちは汐華初流乃の頃と酷似する。

「合流のために蠅を飛ばすつもりだったんですがね……いつの間にか、こんなことに」

喜ぶべきことだが、いかんせん、時間がかかりすぎた。
ジョルノがいくら聡明であっても、全ての状況を把握できたわけでもない。
気がかりな事は、いくらでも湧いてくる。

「そして、僕の過去を知っているということは……」
「……そうだ。俺がパッショーネのボスだった男だ」

例えば、人間関係。
ディアボロから人伝で協力を要請したものの、ジョルノからすれば、その悪行を止めるため蹴落とそうとしていた御大将。
気まずい空気が場を支配する。

「無駄な足掻き、ご苦労な事だな。『成長が足りない』ということは……だ。前ほどスタンドが使えないんだろう?
 ヴィジョンを出さないのがいい証拠だ」

乱入者現れようと、ディオは余裕を崩さない。
若いということは、それすなわち熟練していないということ。
『ゴールド・エクスペリエンス』が出せるようになったのは、ごく最近のことなのだとディオにも見抜けた。
スタンドが現れない更なる根拠として、外付けされたであろう生命維持装置としての脳が見当たらないというのもある。
守りの無い外側の脳をメインに運用するのは、あまりに危険。
最低限の能力行使が可能になった時点で、ジョルノは成長を止めさせ、むき出しの脳を放棄したのだ。

「ああ、お前は哀れな男だよジョルノ。奇跡の転生を果たしても、ここで命潰える運命だ。俺の手によって!」

運命を手にしたディオだからこそ吐ける台詞。
ディオはジョルノにゆったりと近づき、ハイタッチするみたく、軽々しく拳を振るう。

「何ィッ!」

またしても、当たることはなかった。

逞しく、輝かしい『ゴールド・エクスペリエンス』の腕。
手の甲で、『メイド・イン・ヘブン』の前腕を弾いたのだ。
腕だけでなく、足も胴も頭も、全てが元通りに召喚された。
秘中の秘、奥の手として、スタンドの存在を控えていたわけではない。
ジョルノ自身、全容を露にした『ゴールド・エクスペリエンス』をまじまじと見つめていることから、それは誰にでも分かった。
そしてジョルノに訪れた変化は、スタンド発現だけではない。

「髪が……」
「金色に!」

スタンド発現を皮切りに頭髪が根元から、太陽のように眩しい、黄金の色味を帯びて行く。
やがて染めあがり、その風貌はどこか、少年期のディオを想像させるものだった。

空条承太郎の考察では、ジョルノが金髪になったのは『スタンド能力の目覚め』に関係があるのではとしていた。
 目覚めのきっかけとなる例として挙げていた『強力なスタンド使い』の近在――それは現に起きている!」

ジョルノ・ジョバァーナがスタンドのヴィジョンを発現させたのは、入団するほんの少し前のようだった。
ディアボロも不可解だったその理由。目にした変異と空条承太郎の推察は、彼を納得させるに値した。
窮地に置かれた際、火事場の底力を利かせるときのように、能力が強化された例はいくらでもある。
望む限り、スタンドはそれに応えてくれるのだ。

「『メイド・イン・ヘブン』――確かに強力なスタンドだ。だが俺は知っているぞ、ジョルノ。
 血縁者の影響で、スタンド能力が目覚めることがあると」

ジョルノは、ディオにスタンドを生み出す方法を教えなかった。
荒木が『矢』を支給品にするとは思えないし、他の手段でも新規に目覚めることはないだろうと判断してのこと。
しかしディオは知っている。『ウェザー・リポートの記憶DISC』から読み取れた、スタンド発現の条件を。
社会への憎悪と復讐心に駆られた男が、凶悪な暴力を手にした理由を。
『感覚』としての『理解』は、記憶を通して把握済みだ。

「『メイド・イン・ヘブン』が俺に馴染むたび、お前に力が与えられるのならば! どうやら本当にお前は俺の息子らしい!」

本来ならば、ディオとジョルノの間に直接的な血縁はない。
だが、人は誰しも眼前する現象を一番大事にし、理屈は置いてけぼりにされる。スタンドが超常の塊であるのならなおさら。
ディオの言いたいことは、ジョルノ以外にも理解出来た。
軍門に下れ、と。親子なら望むことは同じなはずだ、と。

生憎と、ジョルノ・ジョバァーナはディオ・ブランドーと違い人間を止めたわけではない。

「僕が父親のことは分からないと言った時、ジョージさんは『これから考えればいい』と言ってくれました。
 その答えを示していないから、僕は再起できた。しなければと思った」

これから考えればと言うからには、追求を放棄することは許されないというのと同義。
ジョージの言葉は優しいものだったが、その裏に厳しさも兼ねていた。
だからジョルノは、フーゴのように考えるのを止めたりはしない。
絶望するがままでなく、最期まで足掻いて見せた。
絶望を吹き飛ばすために希望が必要、とは受け身の姿勢。

「答えは既に出てたんです。自信がなかっただけで。今ならある」

誰かに与えられるまでもなく、彼は既に進みべき道が見えている。
希望は、夢は、欲しければ命懸けでその手で掴まなければ。
今までも、これからも。

「僕は! DIOの息子である以前に!」

邪悪を灼く日輪こそ、彼の名。

「ギャングスターを目指す、ジョルノ・ジョバァーナです!」

DIOによって産み落とされた故の不幸も。
心を真っ直ぐに叩き直してくれた恩師も。
ギャング組織の大ボスとなるという目標も、全てひっくるめて、彼なのだ。
過去・現在・未来、全てが存在証明する彼なのだ。

「過去や血縁が付いて回っても、ギャングに憧れた僕として、この手で作り出す未来を信じます!」

ギャングスターを目指した自分は本物だし、きっかけとなる出会いを否定することもしなかった。
自分を陥れたフーゴに対しても、責め苦を言い連ねるようなことはしなかった。
ジョルノ・ジョバァーナは、人も、世界も呪わない。
彼もまた、必要としたのは『かつて』を否定しない『これから』。

「それがどうした! お前も一巡した身、このディオ以外、運命に足掻こうが無駄なんだよッ!」

きっと誰もが不幸で、それでも、這い上がろうとした。『幸せ』になるためのやり方が違うだけ。
ディオ・ブランドーは生まれを、境遇を、自らを不幸に晒した世界を呪う。
水平になぎ払われる、『メイド・イン・ヘブン』の手刀。
描く軌道は、彼が骨身に刻まれた人間世界の悲惨の線。

「無駄ァッ!」
「うぶぇっ!」

ディオの左頬に『ゴールド・エクスペリエンス』の右フックが刺さる。
ジョルノは動けない、故に腕を伸ばせる範囲は限られ、ディオはその射程外を攻めようとしたのに。
大きく一歩を踏み出し、掻い潜るようにしてディオに攻撃した。

「何故だ! 何故奴はああも自由に動ける!」

踏み込むだけならまだしも、追撃を加えんとばかりに更なる接近を許している。
何人も、『メイド・イン・ヘブン』の前には運命に縛られるはずなのに。
『メイド・イン・ヘブン』以外の手段では。

「まさか!」

一旦、射程外へ引くディオ。
思い当たる可能性に、ディオは不利な運命を実感せずには居られなかった。

「荒木は『固定された運命を覆せるのは、『メイド・イン・ヘブン』の本体のみ』だと言った。
 俺がジョルノのスタンド能力を目覚めさせたのなら、ジョルノは運命を変えられた存在――特異点になったというのか!」

皮肉にも、ジョルノにスタンドを――『味方する運命』を与えたのは、ディオに他ならないという結論が導き出される。
因果の改変は、ディオの意志の及ばぬところにさえも作用した。

「それでも、スタンドの差は埋められまいッ!」

だが、それさえ分かればディオの切り替えは早い。
『メイド・イン・ヘブン』のパワーもスピードも、時を加速させなくても、生まれたての『ゴールド・エクスペリエンス』の比ではない。

言うが早いかディオは虎のように駆けたかと思いきや、時に兎のように飛び跳ね、追いかけてみろとばかりに錯乱させる。
対しジョルノは待機。
ディオもむやみやたらと殴りかかろうとはしなかった。
ジョルノの足下を這う、無数のツタ。踏み込めばきっと千切れ、身悶えるほどの苦痛が襲うだろう。
ならばと、跳躍。

「エメラルド・スプラッシュ!」

獲物に止めを刺そうとする瞬間なら。標的に確実な一撃を与えようとする瞬間なら。
絶大な隙が生まれることだろう。

「邪魔だあッ!」

ディオも当然ながら、荒木との戦闘を経て、その隙を攻めてくるだろうと予測していた。
急速に方向転換し、ジョルノから離脱。
弾幕の隙間を縫って、花京院に肉薄。

「無駄無駄ァ! 所詮運命に従う身だと言ったろうがァッ!」

足を止めるどころか、かすりもしないエメラルド・スプラッシュ。
対応する間もなく、花京院は『メイド・イン・ヘブン』の鉄拳をまともに食らう。
拳は貫通し、人体に出来るはずの無い孔穴が、鮮血を噴き出して出来あがる。
ホールの壁面まで、大砲の砲弾の如く吹き飛んでいった。

「がふッ」

えぐられた腸と一緒に、壁面に叩きつけられる。

「うっ!」
「ぐぅっ」

――徐倫とディアボロも。
彼らの足下に結ばれた『法皇の緑』の触鞭。
事前に縛りつけていたのだ。ディオが突き飛ばすことを想定して。

「そう……それが、いい……」

ディオの干渉なしで、『メイド・イン・ヘブン』が固定した運命の呪縛から逃れることは出来ない。
ならば、変えてもらうしかないだろう。ディオ・ブランドー本人の手で。
運命に立ち向かう姿を体現する彼らが、これほどまでに厄介だとは。これほどまでに策謀を巡らせるとは。
このまま運命を変えられた身として来るなら、迎え撃つとばかりに残り二人に迫撃するディオ。
しかし、ディアボロの頭部からずるりと銀環が這い出たことで、私見を修正する。

「使え、ジョルノ・ジョバァーナ! お前なら、王の名を冠するスタンドを……『キング・クリムゾン』を使いこなせるはずだ!」

かつてディオが抜き取った『キング・クリムゾン』のスタンドDISC。
放り投げられ、回転するまま、虚空を裂く。
向かう先、万全の態勢でいるジョルノなら、存分に力を発揮できるはず。

「させるかああああああッ!」

フリスビーのように直進するDISCを、指を銜えて見守るディオではない。
次々と自分に仇為す運命を、黙って見過ごすものか。
ディアボロの能力は、この場で唯一『メイド・イン・ヘブン』に対抗できるもの。
幸いにも、ジョルノを遮る立ち位置、妨害には何ら苦労しない。

「勝ったッ!」

ディオがDISCを手にしたその時、肘元を深縁の光が駆け抜け、弾かれたように曲がる。

「ぐぁっ!」
「さ…………最後の………エメラルド・スプラッシュ…」

何十、何百と繰り返してきた所作。
その言葉と構えを最後に、事切れる花京院。
告げる口から血反吐を垂らしても、正義の意は揺るがない。
緑の光弾は、皆に進むべき道を照らしたのだ。

「『ストーン・フリー』!」

そして、これから進むべき、正しい道をも。
撃たれた勢いのまま地に落ちたDISCを徐倫が釣り上げ、カウボーイが投げ縄をする要領で飛ばす。
再び宙を滑空するDISC。今度こそ、ジョルノの元へ。
ディアボロをギャングのボス足らしめたスタンドが、ギャング・スターになろうとするジョルノの手に渡る。

「届いた……!」
「ギャングとしての立場を、因縁を脱却する――俺は示したぞ、ジョルノ・ジョバァーナ!
 お前を縛る因縁の鎖は……お前の手で断ち切れ!」

すっと、閊えや詰まりを微塵も見せず、DISCはジョルノの頭部に差し込む。
それを、ディアボロに対する返答代わりにするように。
継承の儀は終わり、ジョルノは、存在意義たる願いを乗せ王の名を叫ぶ。

「『キング……クリムゾン』!」

全身に網上の凹凸を張り巡らせ、両肩にプロテクターを備える深紅の王が、再び召喚される。
その猛る剛腕、運命を断ち切るに相応しい。
その昂る豪腕、次の未来を切り開くに相当する。
ディオさえ全身の毛が逆立つ、終末の予感。

「馬鹿な、やられるというのか! 荒木さえ出し抜いた、この俺が!
 クソオオオオオオオオオ! 『メイド・イン・ヘブン』! 時を加速させろおおおおおおお!」
「『キング・クリムゾン・ザ・ワールド』!」

消えゆく天地、切り離される刻限。
ゆったりと、歩くような速さでジョルノはディオに付いていこうとする。
『飛躍する時』にて、あらゆる躍動はスローモーション。
ディオがどんな不規則な軌道を描いても先回り出来る。

「受け継いだものは、さらに『先』に進めなければならない。僕たちが歩む未来を、照らすためにも」

そして、そのスピードに拍車がかかることはない。
『メイド・イン・ヘブン』は、ディオの願いに応えなかったようだ。
一巡を迎えたいという気持ちからではなく、その場凌ぎのためでは、スタンドは味方しない。
天国に至ろうとする気持ちが、世界を再編しようとする気持ちが『メイド・イン・ヘブン』を使役する資格。
敵も、味方も、全ての運命はディオ・ブランドーに敵対した。

崩壊した世界は、再び復活し始める。

「……時は再始動する」

生きとし生けるものが、忘却の時間から解放される。
全員の目に映るのは、『キング・クリムゾン』の剛腕が、ディオの頭部をゴム毬のように押しつぶしていく姿。
肉片が、脳漿が、血液が散らばってもそのまま。そのまま。

「止めろおおおお! こんなことをすれば、俺が作り出した世界は……歴史は! 変わってしまうんだぞッ!」

DIOは、気紛れで子を残し、その子供がディオを討つ。
ディオは、ディアボロの首輪を外すため、『キング・クリムゾン』をDISC化した。
全ては出会いが生んだ力。ディオの出会いが、自身に敵対する運命となる。

人の出会いも「重力」。ディオは、そしてDIOは因縁を断ち切れなかった。

「このディオが! この……ディオがァァァァァ~~~~~~~~!」

バキバキと骨が軋む音を響かせながら、ディオ・ブランドーの筋組織が、頭蓋が、破片と化した。
ディオ・ブランドーは吸血鬼でもなければ、生物の進化を極めた存在でもなく。
誰より人間を忌み、化け物に焦がれた男だった。

百余年にわたる因縁の発端。
あまりに早く、そして、ようやくの終焉が訪れる。

「終わった……の?」
「いや、これは……」

埃が舞った。
粉塵は不気味なほどに規則正しく、渦巻いていく。
回る、周る、廻る。
いや、あらゆる事象が、回転という運動の元で巻き戻る。
まるで、ムービーショーやカートゥーンが逆再生されているかのよう。

「ディアボロさん……」
「ジョルノ……」

近くにも、遠くにもあるような星屑の渦を、大小問わず全生物が目撃する。
その流転が、巻き戻されていく様を。

「こうやって復活できたのが、奇跡みたいな、もんだったん、です……」

宇宙の再構成。
生まれるものと、滅びるものがそこにはある。
世界が新生する代わりに、ジョルノ・ジョバァーナが滅びて行く。

「きっと、能力の、限界なんだ……」

土クズみたいにボロボロと、細胞単位でジョルノの肉体が崩れ落ちる。
繋いだ首はおろか、足から指先に至るまで、隅々が。
自然、支える四肢はその形を失い、達磨のようになって尚、消え続ける
旧世界に置いてけぼりにされるかのように。

まだだ、お前はまだ夢を叶えちゃあいないだろう。
言ったはずだ。自分はギャングスターを目指すジョルノ・ジョバァーナだと。
ならば手にしろ。生きなければ、夢は夢のままだ。
全ては終わったが、始まったばかりだ。あるべき未来を手にするんだ。

伝えたいのに。
伝えなければならないのに。

ディアボロは眩しい渦に吸い込まれていき、ジョルノは取り残される。
渦は、生ある者を一切の例外なく呑みこんでいく――そういうことなのだろう。
ジョルノが最後の力を振り絞り、口を開く。

「ありがとう、ございました。これで僕は、自分が何者であるか……証明できた」

あくまでも、自分のために。
あくまでも、他人を立てて。
もっと生きることに執着したっていいだろうに。

ディアボロがジョルノに手向けの言葉など贈る間もなく、世界は再編される。







――人類は、新しい世界を迎え入れた。







【花京院典明 死亡】
【ジョルノ・ジョバァーナ(汐華初流乃) 死亡】

【ディオ・ブランドー 完全敗北 ―― 死亡】


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最終更新:2012年01月10日 19:20