実に奇妙な光景だった。
家、家、家、スペースシャトル、家………スペースシャトル?
そう、D-4に忽然と現れたスペースシャトルはまるで「ここが自分のいるべき場所だ!」と主張しているかのように、ドンッと置かれていた。

その奇妙な光景のなかに一人の男が現れた。身長は180…190はあるだろうか?白いコートを着込み、同じく真っ白な帽子をかぶっている。なかなか上等な服のようだ。
顔は日本人離れしている高い鼻や整った顔立ちをしている。しかし、なにより目立つのがそのギラリと鋭く光る、揺るぎない意志を持つその目だろう。しかし今その目は輝きを失い、確かにその中には絶望の色が宿っていた。
その男、空条承太郎が最初に想ったのは“悲しみ”であった。

なぜ“彼女”が殺されなくてはならなかったのか?

さきほどの光景を見てから彼はこの答えの出ない迷宮に入り込んでしまったのだ。自問自答を繰り返し、決して答えの出ない問いを自分自身に問い続ける……。

自分が“空条承太郎”だからだろうか?やはり自分のせいなのか?
“彼女”を助けることは不可能だったのだろうか?荒木をなんとか止める手段はなかったのか?
そして……どうして“スタープラチナ ザ・ワールド”を使わなかったのか?
いや…、使わなかったのではない。正確に言えば承太郎は“止めなかった”のではなく、“止められなかった”のだ。

大勢の人を一度に集めるほどの力を持つ荒木を恐れたから?
首輪がはめらていて、自分の命を握られていたから?
いや、違う。

答えは…ひとつの声だった。空条徐倫の声だったのだ。
微かに聞こえた自分の愛娘、徐倫の声は承太郎に“自分の命だけでなく、娘の命も握られている”という事実を認識させた。
だからだ…。動かなかったのではなく、動けなかったのである。子を想う気持ちがあったからこその悲しい決断であった。
“彼女”が“自分”の立場でも娘の命を優先しただろう。母も当然娘の命は大切なのだから。しかしそれは仮定でしかない。でも…、もしかしたら…。それでも…。
いくつもの“if”がシャボン玉のように浮かんでは消え、弾けては生まれる。そうして大きな喪失感と罪悪感、そしてなによりも抑えきれないほどの悲しみが彼を襲う。

思い出される彼女の死の瞬間。目の前で散っていった命。
そして思い出される…あの男。まるで人の命をおもちゃかのように扱うあの男。
だから次に湧き出たのは“怒り”。燃え滾るマグマのような、熱く濃厚で底なしの怒り。
ゆらりと承太郎はスペースシャトルに近づく。血がにじみ出そうなほどにきつく握られた拳。その拳をゆっくりと持ち上げる。そのかげにもうひとつの影が重なる。
そして、刹那、

まるで自動車をスクラップにするような音とともにぼろぼろになっていくスペースシャトル!
その様はファンタジーやメルヘンに出てくるトロールやオーガが透明になって、その強靭な拳を力任せにふるっているかのようだ。
怒り狂った獣かのように。

そう、空条承太郎は“怒っている”のだ、“逆上”しているのだ。かつてないほどに。
エジプトでDIOを倒すために出た旅よりも。
平和な町、杜王町に潜んでいた吉良吉影の行為を知ったときよりも。
あの冷静でクールな承太郎がスタンドを使ってものに八つ当たりをしたくなるほど怒っているといったら今の彼の怒りがどのほどかわかるだろう。

(野郎ッ……!荒木飛呂彦ッ……!!)
彼の怒りを映しだすかのようにスタープラチナ、承太郎のスタンドは拳を振るう。鈍い音をたててへこんでいたスペースシャトルの扉が完全に壊れ、音をたてて落ちてきた。
(荒木……てめーがやっていることは“悪”だ!それも吐き気をもよおすほどの極上のな!)
またふるわれる拳。響く音。
(DIOを倒すと誓った俺達には確かな“覚悟”があった…。杜王町の吉良を退治した俺達には“決意”があった…。だが今のこのゲームにはッ!)
さらに激しさを増すスタープラチナの拳。
(なにも知らねー一般人をッ!戦うことも知らねー女子供をッ!てめーの勝手でもてあそぶ行為ッ!てめーは俺を怒らせたぜ…ああ、怒らせたッ!)
その速度は一般人では、いや、スタンド使いにさえ目で追えないほどのスピードで次々と突き刺さっていく!その一発一発の重いこと!
(だから…荒木!てめーはこの空条承太郎がじきじきにぶっ飛ばすッ!この俺が…裁くッ!)
まっ平らな箇所は一撃目で30センチほどへこみ、続けて繰り出される打撃がひびを入れ、三発目には粉々になるほどであった。もはやただの鉄屑となったスペースシャトルはものすごい轟音とともに崩れさった。

凄まじい破壊の後を目にする承太郎。くるりと、その場で回り轟音を背にし、スタンドを消して承太郎は歩き出した。
「……やれやれだぜ」
その言葉はこの殺し合いの場で軽率にも八つ当たりしてしまった自分に対してだろうか?いまだ収まらない怒りにだろうか?悲しみを引きずっている自分に対してだろうか?
ただわかることは今の彼を突き動かすのは怒りではない。悲しみでもない。娘を守ろうとする父親の心だった。その顔を上げ、この場を去ろうとする承太郎。
けれども彼の歩みがピタリと止まった。

ふいに雨が降ってきたのだろう…。承太郎の顔はいくつかの水滴で濡れている。雨だろうか?しかし天気は晴れだ。星空が見える、月が見える。

雨など降ってはいなかった。ただ彼の“心の中”では雨が降っているのだ。
降り止まない心の雨。流れ続ける涙。けれども承太郎は涙を止めない。
この涙が止まったとき一人の女を愛した“空条承太郎”は死ぬのだ。この涙が止まったときから彼は彼女の死を受け入れ、一人の親であり、怒り狂う男であり、最強のスタンド使いであるただの“空条承太郎”
にならなければいけないのだ。

だから…だから、せめてそれまでは彼が泣き止むの待ってあげよう。彼の中の心の荒れ狂う悲しみに身をゆだねる時間を与えよう。一人の、最愛の女性を亡くした男にしてあげよう。それが彼を再び立ち上がる足となるのなら…。


暖かい風が吹き承太郎を包んだ。その風の温かさが“彼女”を思い出させた。
思い出される最愛の彼女。幸福な時間。親子三人で過ごした時間。微笑む彼女と母に甘える娘。
そして―――

彼の瞳から一粒の涙が流れ、風に運ばれていった…。


【J-3 スペースシャトルの傍/1日目 深夜】
【空条承太郎】
[時間軸]:4部終了後
[状態]:荒木に対する怒り、抑えきれないほどの悲しみ、“彼女”に対する罪悪感
[装備]: なし
[道具]:支給品一式不明支給品1~3(本人未確認)
[思考・状況]
基本行動方針:荒木をぶっ飛ばす
1.――――ッッ!!
2.徐倫を自分の命にかけても守る。

※名簿はチェックしてません。
※スタンドが悲しみで一時弱体化してます。時を止められかどうかもわかりません。ただ、一時的なもので心の整理がついたらもとに戻ると思われます。
※D-4にあるスペースシャトルが破壊され、破壊音が周り一帯に響きました。どこまで響いたかはほかの書き手さんにお任せします。
※徐倫の姿は見てませんが、声を聞きました。またその声のちがいに違和感を感じてます。また妻の容姿の変化にも気づいていますが今はそのことを意識していません。


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空条承太郎 49:静かな二人

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最終更新:2008年07月17日 21:36