「クロスファイヤ――――――! ハリケ―――ンッ!!!」
「オゴァ―――ッ!!!」
十字架をかたどった灼熱の業火が、地獄から甦った亡者(アンデット)の一人をとらえる。
モハメド・アヴドゥルの『マジシャンズ・レッド』の炎に焼かれ、
プラントと名乗った屍生人の身体は食塩にまみれたナメクジのようにドロドロに溶かされた。
ここは日本のとある高等学校の教室だ。
普段なら学生たちの楽しそうな笑い声が聞こえてくるようなのどかな日常が送られているのだろうが、今発せられる物音は、灼熱の中で息絶える醜い屍生人の断末魔のみ。
長身のエジプト人モハメド・アヴドゥルは、プラントが動かなくなったことを確認すると、仲間の元へ駆け寄る。
先ほどの屍生人の攻撃を受け、怪我を負ってしまったジャン・ピエール・ポルナレフだ。
「た… 助かった…… メルシィ、ボークー…… お前、本当に… アヴドゥルなのか……?」
★ ★ ★
ポルナレフは油断していた。
コロッセオで待っていたポルナレフの元へブチャラティが連れてきた少女が、突如
ディアボロへと姿を変えた。
そしてディアボロの『キング・クリムゾン』への敗北を悟り、自らのスタンドに矢じりを突きたてようとした瞬間―――
彼はものすごい人数の群衆が集められた見知らぬホールに召喚された。
そこで突然殺し合いゲームへの参加を強制させられたかと思うと、今度はステージ上で首を吹き飛ばされる3人の男――― うち2人はあの
空条承太郎と、ブチャラティの部下である
ジョルノ・ジョバァーナだった。
承太郎が死んだ。ジョルノが死んだ。こんなにもあっけなく……。
絶望の底に叩き落とされ、ポルナレフの思考はそこで停止してしまった。
気が付けば、まわりの群衆は消え失せ――否、再び自分が移動させられた―― 真夜中の学校の教室に、ポルナレフは一人ぼっちだった。
ディアボロはどこへ行った? 弓と矢は、奴の手に渡ってしまったのだろうか。
ここはどこだ? 日本の学校か? 何故私はこんな所にいる?
ジョルノ・ジョバァーナ――― 矢を手にするブチャラティたちの仲間の一人、希望の光が一人潰えてしまった。
承太郎――― 連絡を取れなくなって久しい、12年前ともに旅をした仲間―――
死んでしまったというのか……? 承太郎が――――――
ほんの5分ほどの間に立て続けに起こった数々のできごとに、ポルナレフの集中力は完全に失われてしまっていた。
教室の後ろ側の扉が開かれ、背後から忍び寄る黒い影にも気がつかないほどに……
普段ならまず間違いなく返り討ちにできるであろう不意打ちに、対応することができなかった。
「グギィ――ッ 血管針攻撃ッ!!」
「ぬおぉッ!!」
突如背後から現れた2本の角を持った何者かが襲いかかる。
咄嗟に身体を捻って直撃は回避するも、鋭い刃がポルナレフの脇腹をえぐり取った。
傷口を押さえながら標的の姿を確認し、ポルナレフは息を飲む。
明らかに人間ではない異形の化け物―――スタンドによる肉体強化か、奴自体がスタンドなのか判断はつかないが、邪悪な存在であることは間違いない。
ポルナレフは剣士の姿をした彼のスタンド『シルバーチャリオッツ』を出現させる。
過去の戦いで戦士として再起不能となった彼は両足を失っており、車椅子も無いため――コロッセオまでは座っていたのだが――討って出ることはできない。
ゆえに迎え討つことしかできないのだ。
しかしポルナレフが背中を回した窓の外から、さらにもう一体、別の丸顔の化け物が出現した。
「俺の名はプラント」
「
ペイジ」
「グゥ……オオオオッ!!!!!」
2本角の奴は囮…… 敵は2体いた。
いつの間にか囲まれていたのだ。
なんという不覚――― 承太郎たちの死が、これほどまで精神を乱してしまっていたのか。
スタンドの左足を出現させ、跳躍する。
しかし、もともとパワーの強くないポルナレフのスタンドの脚力では、回避スピードもあまり速くはなかった。
プラントと名乗った化け物が牙をむけ、宙に逃げたポルナレフを追撃する。
「血管針払いッ!! クアァァーッ!!」
「そこだッ! 『シルバーチャリオッツ』!!」
目の前の屍生人にスタンドの剣撃で応戦する。『チャリオッツ』の刃がプラントの身体を切り裂き、吹き飛ばす。
戦闘者として再起不能となったポルナレフであったが、それでも下級屍生人に力負けするほどやわな能力ではない。
だが、それは相手が一体だったらの話だ。
(ム? ―――もう一体の奴はどこへ行った?)
最初に襲ってきた方の(ペイジと名乗っていた)2本角の化け物の姿がない。
いや、いないのではない。ポルナレフには『見えていないだけ』だった。
「ゴァァァァッ!!!!」
咄嗟に右足の義足を高く持ち上げる。そこへ右斜め後ろに回り込んだペイジの渾身のタックルが炸裂した。
ポルナレフの右目は失明している。とっさに右側を守る癖をつけておいて正解であったが、この化け物…この短時間にそれを見抜いたというのか?
窓を挟んでの挟み撃ちをしたことといい、こいつらただの無能な化け物ではない。
ましてや屍生人の攻撃の威力は人間の数十倍である。
スタンド使いの存在により軽視されがちだが、過去に
ワンチェンという屍生人がたったひとりの力で豪華客船のシャフトをへし折り沈没させたこともある。
要するに、屍生人の怪力はパワータイプの人型スタンドに匹敵する――生身で喰らったらひとたまりもない威力なのだ。
義足を犠牲にして直撃を回避したポルナレフであったが、それでも勢いは止まらずポルナレフの身体は教室後ろの壁に叩きつけられた。
「TEEEEE!! 痛デェェェェェェ――――――!!!!
ペイジ気をつけろォォォ こいつ妙な剣術を使ぜぇぇぇ!!! 直接血を吸うのは諦めた方がよさそうだァ――!!」
先ほどの剣撃で切り刻まれたプラントが起き上がった。この程度じゃあ倒せない。
太陽や波紋にはめっぽう弱いが、物理的なダメージではそうそう倒すことができないのが屍生人だ。
そして、『シルバーチャリオッツ』は近距離パワー型のスタンドだが、プラントはもうその射程内には入らない。
プラントは腰に差した拳銃を抜いた。
やはりだ。こいつらはただの化け物ではない。しっかり物を考えられる敵だった。
ポルナレフが自分で歩くことができないのも、接近戦しか行えないことも、見抜かれている。
しかも、まさか拳銃まで扱えるとは―――なんて化け物だ。
(ウグッ― ダメだ…… 銃弾を見切るだけのパワーは…… もう無いッ―――)
「まさか~~~死んでからも拳銃なんて使うことになるとは思わなかったぜぇぇぇぇぇ!!
くたばりなぁぁぁァァァ~~!!!」
「いいや、くたばるのはお前の方だ吸血鬼!」
突如広がる炎上網。
激しく燃え盛る火炎が壁を作り出し、ポルナレフとプラントを分断した。
ポルナレフの瞳に映るのは、鳥人を象った屈強なスタンドヴィジョン。
炎を操るという、単純ながらも強力なパワーを持つスタンド『マジシャンズ・レッド』。
「安心しろ。 ポルナレフ」
「まさか…… 死んだはずの…… 暗黒空間にバラまかれて…… 死んだはずの……」
長い旅の中で苦楽を共にした、かけがえのない仲間の一人……
「モハメド・アヴドゥル!!」
「YES I AM!」
ポルナレフは、さらにもう一度混乱させられることになった。
そして物語は冒頭に戻る。
★ ★ ★
学校の校庭に送り出されたアヴドゥルは校舎内の戦いの気配を感じとった。
1年C組の教室だ。窓が割れていたのですぐにわかった。自分も窓をぶち破って教室に踏み込む。
そこでアヴドゥルの目に飛び込んできたのは、もはや人間だった頃の面影もない吸血鬼(とアヴドゥルは誤認している。正確には屍生人)と、その吸血鬼に拳銃を向けられる仲間の姿だった。
アヴドゥルは素早く炎上網を引き、屍生人・プラントの注意を自分に引き付けた。
そして拳銃が火を吹くよりも素早くクロスファイヤーハリケーンを放ち、一瞬のうちにプラントを焼き殺したのだった。
「アヴドゥル…… なのか…… お前、いったい……?」
「どうしたポルナレフ? 幽霊にでもあったような反応だが、こんな吸血鬼ごときに良いようにやられるなどお前らしくも…… ムゥッ?」
驚くほどの早業で屍生人の一体を片づけたアヴドゥルは、すかさずポルナレフに駆け寄り、そこで初めて彼の身体の異変に気が付いた。
「ついさっきまで」一緒にいた彼の姿は、歳をとっていた。
一回り近く年下のはずのポルナレフが、おそらく自分と同年代にまで年齢を重ね……しかも右脚を失い、左脚も義足となっていた。
ポルナレフが何らかの……例えば『老いさせるスタンド』の攻撃を受けたのかもしれないが、それにしてはどうも様子がおかしい。
まるで、『未来からタイムスリップしてきた』ような印象を受けた。
あれこれ疑問が頭に浮かぶが、いや…… いまはよそう……
「脚が悪いのか? ポルナレフ……」
「あ、ああ―― そうだが、いや、そんなことよりもよ、アヴドゥル…… お前……」
「話は後だッ!! まだ敵が残っているッ! 足を負傷しているんだろう? 俺の傍を離れるなよッ!!」
「キィエエエエ!!! よくもプラントをォォォォォォ!!」
上方からまた新手の屍生人の叫び声。
口が裂け前歯の鋭い屍生人が教室の天井に張り付き、そしてアヴドゥルに襲いかかった。
「俺の名は
ジョーンズ! プラントの仇だッ! 地獄に堕ちろ!」
「危なァ――いアヴドゥル!! 上から襲ってくるゥゥ―――ッ!!!」
ジョーンズの牙がアヴドゥルの後頭部に迫る――――が、アヴドゥルは反撃しない。
アヴドゥルの攻撃はもう終わっていた。
「ナッ― ニィィ――――ッ!!」
寸前で止まるジョーンズの牙。その身体には炎で作った荒縄がネットのようにして巻きついていた。
「チッチッチッ…… 炎を自在に操る『魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)』にはこんな使い方もあるのだ。
速さが『とりえ』なのが吸血鬼だからな…… まずはそれを封じさせてもらう―――
後ろからおびき寄せてからの――― 『赤い荒縄(レッド・バインド)』の虫捕り網よ…… そしてェ――」
「グォ…… 熱ッ…… 苦しッ……」
ドッゴォォォーン!
「ギャッバァァァァァ―――――ッッ!!!!」
「動けなくなったところで強烈な一撃を浴びせてやるという手順だッ!!」
ナパーム弾のような強力な爆発がジョーンズの身体を吹き飛ばし、黒板をぶち破り突き抜けて行った。
隣の教室まで飛ばされたジョーンズの身体は痙攣しているようにピグピグ蠢き、やがて活動を停止した。
(すげえ…… 久々に見たが、アヴドゥルの『マジシャンズ・レッド』はやはりムチャクチャ強えッ……
この破壊力――― 俺を庇ったりしなければ、あのヴァニラ・アイスにも勝っていたに違いねえぜ)
衰えたとはいえ、過去は歴戦の戦士だったポルナレフ。
そのポルナレフの苦戦した屍生人を難なく2体片づけたアヴドゥルは、次に教室の自分たちの周囲に炎の壁を生み出した。まだ敵が残っている可能性があるからだ。
いや、可能性ではない。まだ残っているはずなのだ。
「アヴドゥルよう…… 奴らの仲間はまだ1体残っているぜ―――
2本角の―― 最初に俺を後ろから攻撃してきた…「ペイジ」とか名乗っていた奴だ。
タックルの後、姿が見えねえ――― どこかに隠れているはずだぜ」
「いや、あと2体……だ。少なくとも、な……」
ポルナレフは気が付いた。アヴドゥルは炎の壁だけではなく、頭上に炎の探知機をも作り出していたのだ。
炎の探知機は半径15メートル以内に隠れているものを見つけ出すことができる。
探知機の炎が、教室を出た廊下の左右に振れていた。
少なくともあと2体、教室の外に潜んでいる。
適わねえなあ…と、ポルナレフはしみじみ思う。
戦いの最中だが、妙に懐かしいこの感じ……
アヴドゥルはそのスタンドのパワーだけではなく、知識に長け状況判断力も高く、いつも頼りになる存在だった。
「ボーンナムゥゥゥゥ!! おめぇの銃を片方貸せェェェェ!!! 一気に仕留めるぞォォォ!!」
教室の外からペイジの仲間を呼ぶ声が聞こえた。
ジョーンズを瞬殺された残る2体の屍生人は接近戦を避け、銃火器による戦闘を試みるようだ。
まずい、とアヴドゥルは感じた。
動けないポルナレフを庇いつつ、二方向からの銃撃を回避し攻撃することができるだろうか―――
ドウッ! ドウゥ! ドウゥ!
ドガガガガガガガガガガガガガガッッ!!!
教室の前後の扉が同時に開かれると同時に、2種類の轟音が鳴り響く。
片方はマタギが狩猟に使うような散弾の猟銃。
そしてもう一つは、型は古いが高性能で強力なマシンガンだ。
「うおおおお!!! 『マジシャンズ・レッド』!!!!」
炎の範囲をさらに広げ、流星のような弾幕を高温の炎で溶かしにかかる。
鉛の融解温度は327℃と大して高くは無いが、時速2000km以上のスピードで飛来する鉛弾を一瞬で溶かしきるには強力なエネルギーを要する。
それが2方向から、それも毎秒50発以上もの弾幕として襲いかかってくるのだ。
予想以上に銃の威力が高すぎる。これでは防戦一方だ。
「ッガ!! うおおおおおお!!!!!」
溶かしそこねたマシンガンの弾丸の一発がアヴドゥルの肩口に刺さる。
このままではジリ貧だ。一気に片を付けてしまわなければ押し切られてしまう。
「C・F・H・S(クロスファイヤーハリケーンスペシャル)!!!!」
マシンガンの弾幕がリロードでやむタイミングを見極め、一瞬炎の壁を解除し、アヴドゥルの炎による連続攻撃が放たれる。
廊下と教室を仕切る壁ごと、アヴドゥルのはなった十字架の連射が破壊しつくす。
すさまじい爆発音と共に、教室と廊下との仕切りは消えてなくなってしまった
そして、嵐のような二つの銃の弾幕も止んだようだ。
敵はどうなった? 炎の探知機は―――――
「くっ…しぶとい奴らだ。炎を警戒して逃げやがった。炎の反応が二つ、上をさしている……
2人とも生きている…… 2階へ逃げたな――――――」
このままヒットアンドアウェイで攻められ続けるとまずい。
すでに5分以上も高温の炎を操り続けて、スタンドパワーが低下しつつある。
早急に仕留め無ければ…… 持久戦になると厄介なことになる。
しかし、奴らの速さの前ではクロスファイヤーハリケーンはもう少し近づかなければ当たらない。
ポルナレフを庇いながら戦い続けるのは不可能だ。
アヴドゥルは息を飲んで決意し、そしてポルナレフに語りかけた。
「ポルナレフ…… 『さっきも言ったが』、自分の身は自分で守れよ? 冷酷な発想だが、俺は今からお前を置き去りにする。
奴らを仕留めたらここへ戻ってくるが、そのあいだ俺はお前を助けられない。だからお前も俺のことは構わず自分の身の安全を第一に考えるのだ。
あの吸血鬼どもは、恐らくDIOの生み出した家来どもだ。スタンド使いではなくあんなザコ共をけしかけてくるという事は、DIOの奴も相当焦っているのだろう。
恐らくこの『殺し合いゲーム』自体がDIOのスタンド『世界(ザ・ワールド)』の正体なのではないかと俺は考えている。
DIOの元までもう少しだッ! 気合を入れろよポルナレフ」
カマ掛けのようなアヴドゥルの言葉に、ポルナレフは複雑な表情を浮かべる。
しかし、いまアヴドゥルに余計な事を言って混乱させてしまってはまずい。
とにかく今は、あの2体の吸血鬼どもを仕留め無ければいけないのだ。
「―――ああ、わかったぜアヴドゥル…… 『嘘つき』は無しだぜ。
それから、生きて帰ったら約束通り『豪勢な夕飯』奢れよッ! ……頼むぜ!!」
これは賭けだ。
ここでポルナレフを一人にしてしまうのは気が引けるが、あの2体の屍生人を長生きさせるメリットは無い。
あのメガネの老人によると、この殺し合いの参加者は100人以上…… おそらく長い戦いとなるだろう。
あんなザコ共に消耗戦を強いられてしまうわけにはいかないのだ。
「フンッ! 何か言いたいことがあるようだが今はあえて聞かないでおこうッ!
俺の荷物を預けておく。俺はまだ確認していないが、武器が入っていると言っていたからな。何かあればそいつで身を守れ。俺には必要ない―――」
ポルナレフにデイパックを渡し、アヴドゥルは廊下へ出た。炎の反応は依然、上方向を指している。
闘志を燃やし、アヴドゥルは階段を駆け上がっていった。
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最終更新:2011年12月05日 01:08