その鳥は、一言で言うと不機嫌だった。
折角呼ばれた殺戮の場。
言い換えるなら、自由の楽園。
幸せばかり訪れるはずのその環境で、二度も連続で辛酸を舐めた。

「………………」

羽ばたく度に翼が痛む。
飛べない程の痛みではないが、決していい気分ではない。
スタンドで殴打され、棒っきれで殴打され、小さな体はそれなりにボロボロである。

けれども鳥は飛行をやめない。
何故か。

理由は簡単。
鳥は理解しているのだ。
この痛みを、少しでも和らげる方法を。

――獲物を嬲り、ぶち殺す。

それだけが、この苛立ちと痛みを和らげてくれる。
だから鳥は獲物を探す。
“自分が有利なあるエリア”に向け飛行しながら。

「………………!」

そして鳥は発見した。
その相手は、人間ではない。
そして、それは鳥の知ってる相手だった。

鳥は内心ほくそ笑む。
そして、その相手に目掛け――――






 ☆  ★  ☆  ★  ☆






その犬は、一言で言うと不機嫌だった。
いきなり呼ばれた殺戮の場所。
もうそれだけで、不満を溜め込むには十分だ。

「…………」

となると、勿論目指すは脱出だ。
脱出といえば聞こえはいいが、実際思っていることは「めんどくせーわさっさと帰ろ」程度のことだ。
そのために仲間を探す程度の知能は持っているが、危機感はあまり持っていない。
花京院という仮にも仲間だった男がワイルドなことをしでかしていたが、犬にとってそれはどうでもいいことだった。

対岸の火事はどうでもいい。
大事なのは、自分にふりかかる火の粉を振り払うことだ。

「!?」

そして、火の粉は唐突に訪れた。
空の上から氷柱が降ってきたのである。
当然のように、犬の体目掛けて。

だがしかし、その氷柱は犬の体に触れること無く地面に落ちる。
犬と氷柱の間に突如として現れた砂のドームに勢いをそがれ、着弾点をずらされて。

「グルルルル」

唸り、そして威嚇する。
傍に立つは、スタンド『愚者(ザ・フール)』
砂のドームから襲撃者を睨みつけるは、犬――ただの犬じゃない。血統書付きのボストン・テリアだ――『イギー

襲撃者は、上空に居座っている。
その鳥は、『ペット・ショップ
だがその名を、イギーは知らない。
鳥と犬とは話せないのだし、知る方法など存在しない。

とはいえ、もう少し“後”でイギーがここに拉致されていれば、イギーはこの鳥公を知っていたことになる!
いや! このまなざしとこの氷のスタンドを知っている、という状況になっているはずであった!!
そのことは、少なからずイギーの対応に影響を与えただろう。

だがしかしッ!
ここで大切なことはそんなことなどではないッ!
本来戦う運命にあった者が、こうして再び違う形でまみえたということ!
それこそが、真に大事なことなのだ!
人の出会いとは『重力』であり、出会うべくして出会うものだからだッ!

そしてその『重力』に従い、イギーは臨戦体勢を取る!
犬好きの少年がいなくとも、殺し合いという環境が、戦闘へと二匹を誘う!
更に加えると、砂のドームを突き抜けてきた氷柱に前足を軽く切られたことも、イギーの怒りを買った。

――上等だ、この鳥公!来るなら来い!ブッ殺してやる!

それが、イギーの今の想いだった。
だがそれでも、イギーは至極冷静である。
無闇矢鱈に突っ込まず、砂のバリアを展開していた。
そのバリアは、正方形の厚めの盾といった風だ。
先程ドームに穴を開けられ、ドームで凌ぐという戦法は棄てたのだ。

砂の形を変えたのは、氷柱が発射されてから次の氷柱が訪れるまでの間に長めの時間があったことが挙げられる。
それで砂をドーム状から変形させる猶予が生まれ、それならばと砂の形を変えたのだ。
その猶予が、二人の少女がペット・ショップに与えた傷によるものだと、イギーは知らない。


ボボンッ! ボシュ――――z______ッ!!!


インターバルを挟んで、再び氷柱ミサイルが発射される。
それらをすべて砂の盾でガードする。
イギーの目論見通り、氷柱ミサイルは砂のバリアに突き刺さるだけで貫通まではしなかった。

勝てる、とイギーは確信をした。
愚者(ザ・フール)は、自由自在に形を変える。
再び氷柱ミサイルの雨が止んだ際、氷柱を投げ返せるような形になることも十分可能だ。
空気圧を利用したミサイル返しをしてもいい。

そしてイギーは走り出す。
ペットショップの真下に向かって。
少しでも近く、氷柱ミサイルをお返ししてやれるよう。
ちょこまかと動き、氷柱ミサイルをかわしながら。

――氷柱ミサイルをかわすことくらい、今のイギーには造作も無い。
何せ相手は防御を優先しているためか上にいるのだ。
つまりそれは、『攻撃は上空からしか来ない』ということを意味する。
来る方向がわかっていて、なおかつそちらに盾を展開しているのだから、前足を負傷していても無傷で切り抜ける事はできる。
もっとも、傷のせいで近づき難くはあるけれども。

「………………!」

にやり。
イギーの顔が不敵に笑んだ。
ペット・ショップがよろけ、氷柱ミサイルが止んだのだ。

素早く砂をドーム状に展開し、中に空気を包み込む。
ドームの上方、即ちペット・ショップに向いている方に、氷柱がそのまま生えていた。
そのドームをグシャリと潰せば、氷柱ミサイル・イギーバージョンの完成だ。

だが――――――

発射しようとしたその時、首に鋭い痛みが走った。
イギーは思う。一体何があったのかと。
イギーは見る。視界の端に魚のような生物を。

イギーは知る。
敵は、一匹ではなかったのだと。






 ☆  ★  ☆  ★  ☆






時間は少し遡る。
鳥ことペット・ショップが、“見知った人外”を見つけた時の時間まで。

――助かったぜェェ!! もう水なんて近寄りたくもねェーーーー!!

“見知った人外”ことアヌビス神は、再び陸へと姿を現しその身を乾かしていた。
その体に触れ、“見慣れぬ人間”スクアーロは呆れたように言葉を返した。

「オレのスタンドは水があった方が強いんだがな」
――分かってるよ。でもお前も人を探してるってんなら、いつまでもここに居るわけにゃあいかねェだろォ!?
「まぁ、確かにな」

スクアーロは、既にあらかたアヌビス神から情報を入手していた。
アヌビス神が戦ったという、恐ろしい男の情報を。

(ゾンビ、ね。信じたくもない話だが、実際この目で見ているしな)

アヌビス神に聞かされたゾンビのような存在を、スクアーロは思いの外すんなりと受け入れられた。
スクアーロ自身そのことには驚いている。
だがしかし、涙目のルカという『生き返った死んだ人間』を見ている以上、信じるのが道理とも思っていた。

――とにかく操ることが出来ない以上、俺達はチームだ。
「……接近戦は苦手だからな。お前の切れ味には期待するぞ」

チームじゃねえ、お前は道具だ。俺の相棒はティッツァーノただ一人。
そう思ったが、それをいちいち口にするほどスクアーロは子供ではない。
サラっとアヌビス神の言葉を流して、出発の準備をする。

――けけけっ! お前運がいいぜ。俺と組めば無敵だからなァッ!
「お前、聞いただけでも2回も負けてるじゃねえか」

それでもこれはツッコまずにはいられなかった。
呆れたように溜息を吐く。

――ばっか、お前、それはよう、相性が悪かったんだよ、相性が。
「相性、ねぇ」
――その点俺らは相性バッチリ! 俺の切れ味を持ってすれば、素人だろうと触れさせるだけで血しぶきを出させられる!
「……なるほど、確かに相性抜群だ」

例えそこに水がなくとも、血しぶきという水をつくれる。
そういう意味で切れ味のいい刀というのは非常に魅力的だった。
情報を引き出せた今、喋るオプションは正直邪魔なだけだけど。

――ん? あれは……

一応、前言を撤回しよう。スクアーロは早々にそう思った。
やかましいのは勘弁してほしいところだが、自分の死角を代わりに見て情報をくれるというのは有り難い。
現に、今もこうして自分では気付けなかったことを教えてくれた。

「また鳥か……!」

スクアーロは舌打ちする。
つい先程、小鳥のビジョンのスタンドと一戦交えて来たばかりだというのに、ここに来てまた鳥である。

――待て待て! 多分だが、あいつは敵じゃねえ。
「……根拠は? 鳥だから、なんて言ったら重石をつけて海に放り込んでやる」
――落ち着けよ、あいつはスタンド出してねえだろ! やる気があったらスタンドとっくに出してるって!

確かに、一理ないわけでもない。
あの高度で飛行していて、こちらに気付いてないわけがない。
もしもあの鳥が参加者かつ殺す気満々であるなら、とっくの昔にスタンドくらい出しているだろう。
だが――

「あいつがスタンドビジョンだって可能性もあるし、何よりあいつを殺して困る理由がない」

殺しておいて損はない。
スクアーロの臨戦態勢を説明するには、その言葉だけで十分だった。
参加者ではなかったり、あるいは殺る気のない者であった場合でも、殺してしまって困るということはない。
役に立つこともないだろうし、人間をそうするのに比べて罪悪感も薄いだろうから。

――ああ、それなら心配いらねぇよ。俺はあいつを知っている。
「はぁ?」
――確か、名前はペット・ショップっつったかな? ディオ……ああ、俺らのボスな。そのボスの館の門番だ、あいつは。

ボスを守る門番という役割に、僅かながら親近感を覚えてしまう。
相手は鳥だし、そんな気持ちもすぐに消え去ったけど。

「鳥が、刀に対して仲間意識を持っているものなのか?」
――知らねえけど、多分アイツ頭相当いいからな。命令の一貫として、同志の俺には牙を剥かないと考えてもいいだろうぜ。

そんなことを喋っている間に、ペット・ショップはスクアーロの直ぐ側までやってきていた。
高度が下がり、スクアーロの足元へと降りてくる。

――あ、そうだ。いいこと思いついた。スクアーロ、っつったっけ。ちょっと俺を離してくれ。
「別に、構わないが……」

うるさいし、と心の中で付け加え、スクアーロはアヌビス神を地面へと横たえる。
それを見て、ペット・ショップがアヌビス神へと降り立った。
その足を柄にかけ、じっと止まり続けている。

(……後で、あの刀からディオとかいう奴とその仲間についての情報も引き出さないとな)

海に捨てると脅せば引き出せるだろう。
なんてことを考えながら、3分ほどアヌビス神を手放しておく。
それから、またうるさくなるな、なんて考えながらアヌビス神を手にした。

――おお、ナイスなタイミングだぜ! 丁度話が終わったところだ。
「ああ、そうか、そいつはよかった」
――俺の睨んだ通りだ! ペット・ショップは俺らには味方! 同盟を組めたぜェ!

アヌビス神は、手にした者の脳に直接語りかける。
その際別に特定言語を口にしているわけではない。
精神に直接訴えかけるため、相手の言語を選ばない。
訴えかけられる側の用いる言語で訴えかけるようなものだ。
だから動物でも操れるし、勿論動物と会話することだってできる。

そう、ペット・ショップとて例外ではない。
柄さえ掴んでもらえば、ペット・ショップと意思疎通を図ることが可能である唯一の存在なのだ。

――情報を交換しておいたぜェ! お前のスタンド能力を明かしちまったけど問題ねェよな?
「………………」
――わーーーーーッ! 悪かった! 悪かったよッ! 謝るから大きく振りかぶらないでェェェーーーーッ!

スタンド能力がバレることは致命的である。
少なくとも、搦手や奇襲を用いるスクアーロやティッツァーノみたいなタイプにとってはそうだった。
一方で、アヌビス神のように真っ向からパワーで押すタイプはさほどバレたところで問題がない。
その差が、この情報提供へと繋がってしまったと言えよう。

――それに! そのおかげでペット・ショップの能力も聞けて、すげーことが分かったんだよ!!
「すげぇこと?」
――ああ! 俺とお前だけじゃなくてよォーーー! ペット・ショップとお前も相性最高だってェことだ!
「なんだと……?」

確かに、クラッシュは単独で挑める力を持っているが、誰かと組んでも使いやすいスタンドだ。
相性のいい能力は多いだろう。
ならば、ティッツァーノと合流するまで、もしくはティッツァーノがいないと判明するまでは、この鳥と組んでもいいかもしれない。
本当に、相性抜群だとしたら。

――こいつの能力は、周囲の気温を下げて氷を生み出すものらしいぜ!
「氷のスタンド使いか……」

水を凍りつかせるそれは、クラッシュにとって天敵の一つと言えよう。
相性は、最高どころか最低である。

――あ、疑ってやがんな! なら見せてやるぜェー!! 俺を置きなッ! スクアーロッ!!

言われた通り、アヌビス神を地面に置く。
そして、意図を汲み取り、ペット・ショップを見つけたあと、顎でアヌビス神に触れるよう促した。
ペット・ショップもそれに従い、再び柄へと足をかける。
数十秒の会話と思しき時間を経て、ペット・ショップは空を飛んだ。

(おいおい、どこかに行かせる気か?)

そうでなくても、目立つ飛行はあまり感心出来ない。
空に注意を払う者など決して多くはないだろうが、それでも上策とは言えまい。
そんなことを思いながら、アヌビス神に意図を聞こうと拾いあげたその時。


ドッシュゥゥ――――――――z_______ンンッ!


ペット・ショップによって、氷柱ミサイルが発射された。
聞き齧りのギアッチョの情報故に、このような形での氷タイプのスタンドというのは想定していなかった。
故に、少々目を丸める。

――へっへっへ! 本番はここからだぜェ!!

打ち出された氷柱は、地面に刺さる。
そして、それは急速に溶けてなくなっていった。

――スタンドは生命エネルギーによる超能力ッ! その能力は一般常識を凌駕するッ!!
「自在に気温を下げて氷を作れるということは、溶けやすい氷を作れるということ、か……」
――まあ、もっと単純に、気温を下げて氷を作って気温を上げながら発射させただけだけどな!

そして溶けた氷柱は、小さな水たまりとなった。
クラッシュが発現できる、小さな小さな水たまりに。

「……そいつのスタンドってよォー……気温を下げて氷を生み出す力なんだろォ?」
――ああ、そうだが?
「なら――途中で解除したらどうなる?」
――は?

スクアーロは、川にスタンドを発現させる。
そして沈んでた死体の腕を食いちぎらせると、水溜まりへと腕ごと発現させた。
その腕を、クラッシュが目の前で噛み砕く。
がぶりとやると、細い腕は真っ二つになった。

「俺のクラッシュは……“最後まで使えば”腕を食い進み真っ二つに出来る……」
――ん? ああ、そうだな、知ってるよ。
「そして途中で解除すると――」

再び千切れた腕にがぶりとかぶり付く。
その最中、クラッシュを消滅させた。
歯形の付いた二の腕だけが残される。

「クラッシュは消えるが、腕は残る。それまでに与えたダメージを残してッ」
――そりゃあ、スタンドが与えた物理的ダメージは残るからな。
「ならばッ! ペット・ショップが同じ事をしたらどうなるッ!?」

クラッシュを、ホルス神に置き換えたら。
腕を、大気に置き換えたら。
凍らされるべく冷やされていた大気が、中途半端な時期で冷やされるのを止められたら。

「アイツは、水を生み出せるんじゃあないのかッ!?」

そこには、水が残るのではないか。
スタンドが消えても、与えたダメージは残るように。

――まあ、確かに、俺の洗脳とかバステト女神の磁力と違ってスタンドが支配して何かする系統じゃなく、物理的に影響与えるタイプなわけだからなァ。

アヌビス神も考える。
スタンドには、解除されたらその効果がまるっとキャンセルされるものもある。
バステト女神がそんな感じだったように、アヌビス神は記憶していた。

本体候補を探し、スタンド使いに持ってもらおうと画策した際、マライアとは会っている。
「磁力だから刀とは相性がよくない」としてお断りされたわけだが、その際にバステト女神の能力は聞いていた。
細かく聞いたわけではないが、どうも相手に磁力を纏わせる力らしい。

その能力は、スタンドを解除したら消えてしまうだろう。
自分の洗脳と同じく、スタンド側が常に能力を発揮し続け、影響を与え続ける必要性があるからだ。
物理的に影響を一度与えてハイおしまいなスタンドは、基本的に解除しても影響は残るのではないだろうか。

「だとしたら、俺はツいているッ!」

スクアーロは、死人への支給品を回収し損ねていた。
スタンド使いを倒したとは言え、すぐに頭が冷静にはならなかった。
あまりの事態に混乱していたというのが一番の理由だが、スクアーロ自身は精神に働きかけるスタンドの後遺症だと思っている。

とにかく、おかげで手ぶらとなっていた。
しかしそこで、血を流させやすい得物を手に入れた。
そしてここに来て、ティッツァーノと合流するまで繋ぎとなる同盟相手が手に入った。
更にそいつが相性最高となれば、言うべきことなど何もない。
もっとも、相性という点で、ティッツァ以上のヤツなんざァ存在するわけないんだがね。


ボバオンッ!!


奇妙な発射音が聞こえ、視線を移す。
どうやらスクアーロの言葉を聞き、ペット・ショップはやりたいことを理解したらしい。
空高く舞い、川から陸地へ氷柱ミサイルを発射した。
まるで飛び石のように、一定の間隔を明けて氷柱ミサイルが大地に刺さる。
最初から露でぬらぬらに濡れた氷柱達は、比較的すぐにその身を溶かした。

「ベネッ!」
――ああ、でも、やっぱり普通の使い方じゃねぇからなぁ。時間はかかるみてーだぜ。乱発も厳しそうだし。

どうやらアヌビス神はペット・ショップが浮上した所から見ていたらしい。
氷形成にそれなりに時間がかかるようだ。
そもそも二人は知らないことだが、ホルス神は精密動作に向いていない。
大雑把に冷やすだけが攻撃の手段であった。
故に氷を形成していく過程で、冷やしを弱めるなどといった高度な行為は本来不向き。
結局生命エネルギーで溶けやすい氷を作り、その表面をもう少し溶けにくい大きな氷でコーティングして発射するしか出来なかった。

――それに、中にいっぱいの水を発生させる、とまでは、やはり厳しいみたいだぜ。

その溶けやすい氷にしても少量であり、あまり水の量には期待できそうにない。
本当なら一瞬で周囲に水を発生させて欲しいと思っていたが、そんなことを求めたら精神力の限界を超えて死んでしまってもおかしくなかった。

「となると……小さいクラッシュを発生させ、奴を援護するくらいしか出来ないか……」
――ま、それはなんとか出来そうなのが救いだなァ。

最高ではなかったが、この結果は最低ではない。
とりあえず戦闘にならなければクラッシュは開封した支給品のペットボトルに入れておけるので、ペット・ショップは休ませておけるだろう。
欲を言えば飛んで周囲を見てもらいたいが、飛行もふらふらと安定性に欠き、明らかに負傷の影響が出ていた。
陸上戦では決め手を持つ者としてメインで戦ってもらわなくてはならない以上、休息は取らせるべきとスクアーロは判断している。

「よく分かった。もう大丈夫だ。とりあえず俺の肩にでも止まっていてくれ」

あちらさんは、人の言葉を理解することが出来るようだ。
そう判断したスクアーロが、ペット・ショップに声をかける。
勿論、あまり声が響かぬように気を使って。

一応声は届いたらしく、ペット・ショップはよろよろと高度を下げる。
しかし。

――な、何だァ!?

不意に顔を横に向けると、ペット・ショップが氷の弾丸を発射した。
そして再び高度を上げる。
驚きの声をあげているアヌビス神を、スクアーロは握り直した。
そして姿勢を低くする。

(誰かが居た、か……? クソッ、ティッツァーノじゃないだろうなッ……)

ペット・ショップは好戦的な性格だと、ここで初めてスクアーロは思い知る。
同僚にでなきゃ容赦をする気0らしい。
身を屈め、アヌビス神を握りながら、クラッシュを先程作った大きな水溜まりに転移させていく。
やはり、時間をかけて非常に溶けやすい氷を巨大な氷でくるんで射出させたものが、一番大きい水溜まりを作れるようだった。
そんなことを思いながら、最初の実験で作った“溶けやすい氷をただ溶かしただけの小さな水溜まり”へとクラッシュを転移させる。

――やれやれ、アイツ作戦忘れてやがるな。
「作戦?」
――ああ、アイツが言い出したんだよ。水辺ってのは、アイツ自身に有利な場所らしいからな。

氷柱ミサイルから逃れようと水に潜ってしまったら、水を凍らされジ・エンド。
つまり回避の方面が限られるため、ペット・ショップに非常に有利な環境だと言うことらしい。
ペット・ショップは鳥ながらその発想に自力で至り、水の確保に訪れる参加者を待ち伏せる気で居たようだ。

「にも関わらず自ら仕掛けたということは、相手はこちらに向かう気はなかったということか……?
 先に向こうに気付かれた、という可能性もあるが……」

他にも、可能性としてはもう一つ。
そんな小賢しい真似をせずとも勝てる相手が見つかったから、自ら仕掛けたという可能性。
知能の優れたペット・ショップが、怪我をしていても自ら仕掛けようと思えるような相手。
つまり。

「弱者、か……?」

その予想は、間もなく的中と判明する。
追撃で放たれた氷柱が溶けて出来た水。
先程放たれたのが分厚く溶けにくい通常の氷柱だったため、水の量は更に少なくなっていた。
故に攻撃に転じられるほどではないサイズだが、クラッシュを潜伏させる。
スタンドを通し、襲撃相手を見るために。
その姿が、ティッツァーノかを確かめるために。

――どんな奴だ!? 俺らの仲間じゃあないんだろうが……

その姿に、スクアーロは一瞬硬直をした。
間の抜けた顔で。

「……犬だ」
――は?
「ボストン・テリアが戦っている」

小鳥のスタンド、大猿の化物、喋る刀、スタンド使いの隼ときて、今度はスタンド使いの犬。
もうなんでもありだった。
人間以外に縁がありすぎて笑えてくる。

「……よし、いいぞ」

真面目に戦況の分析をすると、こちらがかなり有利だった。
犬は、逃げること無く攻めてきている。
つまり、川辺の方に来ているのだ。
そうなれば、広い場所でクラッシュを使い戦闘に参加できる。

スクアーロは、この犬を始末することに決めた。
スタンド使いであっても、意思の疎通は難しいと判断してのことだ。
わざわざこちらから仕掛けた相手と和解するだけのメリットもない。
だから、さっさと始末する。

――おいッ! やべェぞ!

アヌビス神の声を聞き、意識をペット・ショップに向ける。
スタンドを介し見ているビジョンに異変がなく、犬を見られないアヌビス神がそう言うということは、ペット・ショップに何か異変が起きたのだろう。
実際、ペット・ショップは怪我の影響かよろめいて、氷柱ミサイルを撃ち損ねていた。

「食い破れ、クラッシュッ!!」

クラッシュに、犬の喉元へ飛びつかせる。
犬が大分こちらに近付いてきており、最初に撃った氷柱出てきた水溜まりに近かったことが幸いした。
クラッシュは犬の肉を食い破る。
そしてその身を勢いのままに犬の向こうの溶けた氷柱へと飛び込ませた。

「ベネッ! 犬なんざ攻撃したことなかったから急所をヤるのには失敗したが……十分だッ!」

首輪がついていたこともあり、喉元はあまり食いちぎれなかった。
致命傷には成り得まい。
それでも十分血は出させた。
これで、直接攻撃することができる。
それも、更に大きめのクラッシュでだ。

「やれ、クラッ――――がぼっ!?」

そしてクラッシュを血液から飛び出させ、犬に飛びかからせた所で、スクアーロは前歯数本をまき散らしてのけぞった。






 ☆  ★  ☆  ★  ☆






首を噛まれたイギーの次の行動は早かった。
全身に、砂を纏う。
砂のドームを更に凝縮させたような防御体制。
攻撃を察知したら、一箇所に砂を集めてすぐさま防御出来るようにだ。
集めるよりも早く食らっても、少しでも砂があるならダメージもマシになろう。

そしてそれは、予想外の効果をイギーにもたらした。
スタンドが、砂の一部が盛り上がるのを感じたのだ。
勿論それは、クラッシュが潜伏した結果である。

イギーは、とりあえず砂の一部を使い、そちらめがけて攻撃を仕掛けた。
クラッシュは、既に跳びかかっている。
跳びかかったクラッシュに攻撃を避ける術はなく、開いた口に打撃を受け、間抜けにもそのまま吹っ飛ばされた。

勿論、クラッシュをすぐさま近くの水に飛び込ませるようスクアーロは試みる。
溶けた氷柱が近場に数本あったはずであり、逃げこむ場所には困らない。
しかし――――

「な……にィィ――――!? 水が消えただとッ!?」

スクアーロがペット・ショップと相性最高だったようにッ!
スクアーロがアヌビス神と相性が最高だったようにッ!
スタンドには相性があるッ!
そしてスクアーロとイギーは相性が最悪であったッ!

何故ならば、クラッシュは“水”しか瞬間移動できないッ!
“泥”も! “湿った砂”もッ! 移転対象にすることは敵わないッ!

「あの犬ッ! 砂のスタンド使いめッ!
 全ての水を砂で覆い被せやがったッ!!!」

溶ける氷柱の本数が少なければ、そのくらいは造作もない。
砂を操り水を覆う、ただそれだけの単純作業。
それが出来ぬほど、愚者(ザ・フール)は弱くない。

イギーは嗤う。
とりあえずは一矢報いた。
これで戦略的撤退を図ったとしてもプライドは保たれる。
あれだけ強く殴れたのだ、ケッコー痛いんじゃなかろうか。

それに、戦うにしても鮫のスタンドは対処できると判明した。
血から飛び出す敵スタンドを無効化するため、止血しようと己の首から流れる血を砂で固めた際、思い至った敵能力。
血から飛び出してきたのは、二度目の攻撃の時のみ。
初回の時は、血から飛び出たような角度ではなかった。
その事から、血液にも共通する『何か』から攻撃しているのではと思い――とりあえず、『液体』を全て砂で封殺してみることにしたのだ。
そしてそれは、追撃が来ないことから見ても、どうやら正解だったらしい。

「あんまり……ナメてんじゃねーぞ、鳥公にサメ公ッ!」←と犬語で吠えている。

イギーは吠える。
それに呼応するように、ペット・ショップが氷柱ミサイルを吐き出して、第二ラウンドのゴングが鳴らされたのであった。






【C-4 ティベレ川河岸・1日目 早朝】

【イギー】
[時間軸]:JC23巻 ダービー戦前
[スタンド]:『ザ・フール』
[状態]:首周りを僅かに噛み千切られた、前足に裂傷
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~2(未確認)
[思考・状況]
基本行動方針:ここから脱出するため、ポルナレフのように単純で扱いやすそうなやつを仲間にする。
1:この状況を切り抜けるッ(逃げるとしても出来ることなら一発痛い目あわしてやりたい)
2:花京院に違和感。

【ペット・ショップ】
[スタンド]:『ホルス神』
[時間軸]:本編で登場する前
[状態]:全身ダメージ(中)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:サーチ&デストロイ
1:犬をデストローイ!今度こそ完勝したい
2:犬の始末後、体力の回復を図る
3:自分を痛めつけた女(空条徐倫)に復讐
4:DIOとその側近以外の参加者を襲う
※アヌビス神から「スクアーロはアヌビス神の現在の本体」と聞いているため、今のところは攻撃対象外です

【スクアーロ】
[スタンド]:『クラッシュ』
[時間軸]:ブチャラティチーム襲撃前
[状態]:脇腹打撲(中)、疲労(中)、かすり傷、前歯数本消失
[装備]:アヌビス神
[道具]:基本支給品一式
[思考・状況]
基本行動方針:ティッツァーノと合流、いなければゲームに乗ってもいい
1:まずはティッツァーノと合流。
2:そのついでに、邪魔になる奴は消しておく。
3:そんなわけで犬、恨みはねーが死んでもらう。

[備考]
※スクアーロの移動経路はA-2~A-3へ進んだのち、川に沿って動いています
※川沿いのどこかに、支給品である料理が放置されています



投下順で読む


時系列順で読む


キャラを追って読む

前話 登場キャラクター 次話
024:intersection point イギー 097:君は引力を信じるか
061:アルトリアに花束を ペット・ショップ 097:君は引力を信じるか
070:Beyond the Bounds スクアーロ 097:君は引力を信じるか

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最終更新:2012年08月07日 03:02