男はじっと穴の中を見つめている。
炎に照らされた横顔。
その目は何を見ているのだろうか。
いや、何かが映っているかすら怪しい。
ただ何もない虚空を見ている――そう言われても納得出来るような、そんな暗い瞳。
褐色の肌のその男は、高い背を丸めるようにして岩の上に座っていた。
彼の胸の奥に渦巻く炎。
その熱さを一番良く知る男は既にいない。
※※※
ビーティーと呼ばれる少年は、
ジャイロ・ツェペリと別れた後に南へ進んでいた。
ドレス研究所から道に沿いつつ南進、つまり杜王町住宅街へ。
デイパックの中から見つけた地図は、全く不可解かつ出鱈目な物だった。
その地図の正確さを確かめるために移動することに決めたのだが、杜王町を目指したのには他にも理由がある。
「杜王町」その地名自体に聞き覚えはない。
しかし、その地域には唯一日本らしい地名がつけられている。
公一がこの場にいるとするなら、他に比べて多少馴染みのあるこの日本エリアを目指すかもしれない。
しばらく南へ進むと、日本の住宅街のような街並みが現れる。
どこにでもあるようなありふれた街。
地図は間違えていなかったようで、すぐに学校らしき施設にぶつかった。
「ぶどうが丘高校」――やはりビーティーに聞き覚えはない。
音を立てないようにしながら、校門から中を覗いたビーティーは視界の左端に灯りを見つけた。
炎に照らされて浮き上がっていたのは一人の男。
門柱に身体を隠したビーティーは、その男から異様な空気を感じた。
案外近いと内心焦りながらも、息を殺してその様子を伺う。
褐色の肌と、編み込まれた長い髪、余裕のある服を着ていてもわかるほどしっかりとした体型である。
明らかに日本人ではないとわかる容姿。
男はビーティーに横顔を向けたまま、じっと穴の中を見ていた。
高いであろう背を丸めて、暗闇の中の更なる闇を覗く。
全くみじろぎ一つ起こさず、あの体制のまま死んでいるのではないかとすら思えた。
学校という空間においてその姿は異常。
だがバトルロワイヤルという舞台の上ならば、何か自然な姿でもあるようだった。
穴の底には何があるのか、それはビーティーの位置からでは知ることは出来ない。
だが、暗闇の中で男の彫りの深い顔はハッキリと見える。
ビーティーが最初に見た灯り、それは男の目の前に浮かぶ「火の玉」だった。
球体の炎が幾つか組み合わさったようなそれは、男とその周囲を煌々と照らす。
(あれは……火の玉を作り出すトリックなら幾つか知っている。
だが、もしかするとあの男の言っていた「スタンド」というものか?)
スタンドとは――ジャイロ・ツェペリは超常現象を起こす能力だと言っていた。
だとしたら、このように火の玉を作り出すことだって出来るのかもしれない。
あれはあの男のランプ代わりなのか?
そして、ビーティーにはもう一つ気になるものがあった。
それは、炎に照らされ不気味に浮かび上がっている。
ただでさえ異常を感じさせるその男を、更に不気味に見せていた。
男の足元に転がる白いそれは――。
「そろそろ出て来てもらえないか?」
「……!?」
突如響いた声に、ビーティーは身体を門柱へ隠す。
今、言葉を発したのは間違いなくあの褐色の肌の男だ。
ビーティーを撃ち抜くような声だった。
「門の柱の裏に隠れている君だ。どうやら一人のようだが」
やはり……ビーティーの事だ。
どうしてビーティーの位置が分かったのだろうか。
男の視線は穴に向けられたまま、口だけが動いていた。
ハッタリかと、一瞬考える。
しかし、男はビーティーの場所を言い当てた。
(これも妙な超能力だか技術のせいだっていうのか!?このぼくがニ度もこんなヘマを……!)
ビーティーは息を殺したまま、開始時より重くなったデイパックの肩紐を握りこんだ。
※※※
どのくらい思考の砂漠を彷徨っていたか、分からない。
アヴドゥルは目の前に開けた空っぽの穴を見つめていた。
しかしそれは、突然中断される。
アヴドゥルの目の前に浮かぶ炎が揺れた。
半径15メートルのあらゆる生き物の呼吸を探知できる炎のレーダー。
右手の方向、平行位置に反応がある。
何者かが此方を伺っている――アヴドゥルはそう確信した。
レーダーに反応したその一つの呼吸は一瞬大きく燃え、その後急速に反応を小さくする。
どうやら、その相手は息を潜めているようだ。
向こうに潜む者は、どうやら先ほどの吸血鬼たちのようにいきなり襲いかかってくるような連中ではないらしい。
コイツは敵か味方か。殺人者か協力者か。
「そろそろ出て来てもらえないか?」
先手必勝、とばかりにアヴドゥルは声を上げた。
呼吸がわずかに乱れる。
相手に揺さぶりをかけることが出来れば、戦闘にしろ交渉にしろ有利に立てるかもしれない。
「門の柱の裏に隠れている君だ。どうやら一人のようだが」
もう一度、今度は止めだ。
逃げられないと匂わせた言葉の裏に、相手も気がつくだろう。
重い腰を岩の上から上げると、その何者かが潜む門の方へ身体を向ける。
しばらくの沈黙の後、門柱の裏から出てきたのは少年だった。
左手に支給品の入ったデイパックを掲げたまま、ゆっくりと近づいてくる。
東洋人らしき少年だ。
承太郎や花京院が着ていた、日本の学生服らしい格好をしているが日本人だろうか?
しかし二人に比べると、まだ幼い印象を受ける。
デイパックを見せるその姿は、一見すると敵意はないという合図にも見えるが些か妙だ。
なぜ、目の前の男がいきなり殺しにかからない保証も状況で近づいてくる?
距離を取って話せばいいだけだ。
気づけば少年との距離はかなり狭まっている。
そこまで近づいてアヴドゥルは――少年は薄く笑みを浮かべていることに気付いた。
「君は……」
「『話し合い』をする前に一つ伝えておかなくちゃあいけない事があります」
少年は大仰な仕草でデイパックを示しながら言葉を続ける。
「実は此処に来るまでの間に、大量に薬品を手に入れる機会がありまして……。
この中にはそれが詰まっている。もちろん……起爆性が高いのも。
貴方がその能力だかトリックだか武器だか、まあ何でもいいですが。
とにかく此方を攻撃した瞬間貴方も一緒に爆発――なんて事になるかもしれませんよ?
運よく逃れても、爆発に気づいた参加者が集まってくるでしょうし」
少年はアヴドゥルから目を逸らさない。
冷や汗一つかかず、愉快でたまらないといった笑顔を見せたまま。
――全く、日本の学生はこんな奴らばかりなのか?
炎の生物探知機を見てアヴドゥルが炎を操ると推測したのだろう。
幼く見えるからと言って侮ると痛い目を見るかもしれない。
この殺し合いでは油断は最も危惧すべきもの。
その事実はもう、痛いほどにアヴドゥルの身体に突き刺さっていた。
「いや、私は君を攻撃するつもりはない。殺し合いに乗るつもりもない」
アヴドゥルは少年の突き刺さるような警戒を受け流すように、努めて柔らかい声を出す。
しかし彼はその鋭い視線も、上げたバックも下ろさないままだった。
「それはぼくも同じだ」
「なら互いに情報を交換しよう」
「こちらもそのつもり……ならばまずは……」
少年の言葉は途切れる。
アヴドゥルは、そこで初めて少年の表情が崩れるのを発見した。
僅かに眉を潜め、アヴドゥルの足元に視線を移す。
彼は自分の足元にあったものを認め――少年の次の言葉を察した。
「『ソレ』が何なのか、教えてもらおうかッ!」
その声と共に、少年の右手が『ソイツ』を指さした。
そこに、白い人形が転がっている。
正確には白い布に包まれたミイラのような人型だった。
だが布は所々赤黒く染まっていて、それが何なのか容易に推測できる。
アヴドゥルは、それが誰か知っている。
「……コイツは、私の仲間だ。つい先ほど、何者かに……」
「ふうん……仲間、ね」
「簡単に埋葬してやろうかと思ったのだが……やはりコイツは祖国に返してやりたい。
家族の眠るフランスに……ッ!」
ポルナレフの最後の呼吸を見届けた後、アヴドゥルは彼の遺体をカーテンに包んだ。
痛々しいその姿を見ていられなかったのかもしれないし、彼の死を見ていることで自分の背にかかる後悔を更に重いものにしたくなかったのかもしれない。
校庭の隅に穴を開けてから、ふとポルナレフの生前の言葉が幾つも蘇った。
そして、アヴドゥルは彼を埋めることをやめた。
フランスに、彼が愛した妹と家族の眠る地に、共に眠らせてやろう。
自らの掌をキツく握りしめるアヴドゥルの姿を見ながら、少年は鼻を鳴らす。
彼は先ほどまでの笑いとは違う嘲笑を貼りつけていた。
「そんな話が信用されると思っているのか?
お前が殺して、証拠隠滅でもしようとしている……そう言われた方が納得出来る」
アヴドゥルは自分の表情が歪むのを感じた。
この少年相手に動揺は見せないようにしていたが、その言葉にはどうしても揺さぶられてしまう。
ポルナレフを殺したと、そう言われているのだから。
アヴドゥルは冷静を取り繕うことは諦める。
やはり、自分はこういうギャンブルめいたことは苦手だ。
「残念ながら、私は君に信用してもらう手段を持っていない……。言葉以外はな」
「いや……一つだけ」
少年は薄い笑顔を繕ったまま。
アヴドゥルは自らの手をきつく握り込んだまま。
「君の『能力』を教えてくれ。それでぼくは君と『協力』しようじゃあないか」
おそらく少年は、アヴドゥルが殺人者だと本気で思っている訳ではないのだろう。
ただ、自らが優位に立つために策を尽くしている。
それは確実に生き残るためなのか、少年自身の気質からくるものなのか、アヴドゥルはそれを判断出来るほど彼を知ってはいない。
アヴドゥルは顎に手を当てて、考え込む仕草をとる。
それを見た少年は笑みを引っ込めて、彼の判断を待った。
「君もスタンド使いか?」
「…………」
「なるほど……そういう情報も此方が能力を見せてから、ということかな」
再びの静寂。
しかしそれはあまり長くは続かなかった。
アヴドゥルが掌を見せるように少年へ向け、少年はその仕草にわずかに身構える。
そして、男の低い声が暗闇に響いた。
「『魔術師の赤』ッ!」
アヴドゥルの背中から突如飛び出した男。
鳥の頭、男の身体、鋭い爪。
一見すると仮装をした人間にも思えるが、人間のそれとは明らかに違った空気を醸し出している。
そして何より、何もいなかったはずの空間からソレは飛び出した。
その姿を目にした少年は、明らかに目の色を変えた。
無意識だろうが、半歩下がった彼は年相応の驚愕を見せている。
しかし一呼吸二呼吸の間には平静を取り戻した辺り、やはり只者ではない。
ただ、空いた右手はしきりに自身の耳を撫でていた。
アヴドゥルは上げた掌を握る。
再び開けば、その手の上には光が灯っていた。
炎を手の上で弄びながら、アヴドゥルは笑う。
「『魔術師の赤』……。これが私のスタンドだ。
能力は単純、『炎を操る』これだけだ」
少年はしばらくアヴドゥルの手中の炎を見つめた。
彼の大きな瞳にチカチカと揺らぎが映りこむ。
アヴドゥルが炎を握り込むように消しされば、ようやく呪縛が溶けたように、少年は視線を戻した。
「なるほど……いいだろう。情報交換に応じようか」
「ああ。ならば最初に一つ」
「なんだ……」
「君はスタンドを持っていないのではないか?」
「……」
少年の苦虫を噛み潰したような顔に、アヴドゥルは改めて確信する。
「ただの勘だがね……。君は『スタンド』という言葉を今まで使わなかったな」
「……ふん、その勘は当たっている。
そのスタンドという存在も、ここに来て初めて聞いたものでね」
少年は上げていたデイパックをようやく下ろす。
しかしその顔は「弱点を晒されて実に不快だ」とありありと語っていた。
この少年がスタンド使いではないことは分かった。
しかし、ならばなぜ少年にスタンドが見えたのだろう。
もしかすると、自身気がついていないだけで潜在的に能力を持っているのかもしれない。
何者かの別のスタンド能力で「スタンドを持たない者でも見えるようになっている」という可能性もある。
もしかすると、主催らしいあの老人の能力の一部か?
いつまでも考えたところで、謎ばかりが増幅していく。
本当に黒幕はDIOで、あの老人が九栄神の最後の一人――?
もっと、何か、別の意図が紛れているのでは……。
一体、ポルナレフは何を知っていたのだろう。
「いつまで一人で考え込んでいる」
少年の不機嫌な声が聞こえる。
そこ子供らしい感情の染み出した声に、アヴドゥルは思考を切る。
まずは、「情報」そして「仲間」だ。
彼はアヴドゥルにとってのそれらになりえるのか、判断はまだつかなかった。
※※※
吸血鬼、波紋、スタンド、百年の眠りから目覚めた化物DIO、その部下たちとの戦いの旅路、突如巻き込まれた殺し合い。
モハメド・アヴドゥルと名乗ったそのエジプト人は、警戒心を解いてビーティーに語った。
此方が「スタンド使い」でないことが分かり、友人の仇ではないと安心出来たそうだ。
到底信じられない話ばかりだったが、実際に奇妙な体験ばかりだし、スタンドそのものを見せられては信じるしかなった。
そして、どうやらアヴドゥルはこの殺し合いで既に二人の仲間を失ったらしい。
一人はあのホールでの見せしめの一人、もう一人は自らの油断が原因で死なせてしまった男。
その話を聞いて、ビーティーは焦る。
もしこの場に公一がいるとしたら……真っ先にターゲットにされるだろう。
このアヴドゥルという男は見た目は暑苦しいブ男だが、実に理知的な人物らしい。
ビーティーは戦う術を持っていない、認めたくはないが圧倒的に不利な立場にいる。
アヴドゥルは立場的には有利な位置にいるはずだが、あくまで「対等な情報交換」という姿勢は崩さない。
力とか年齢とか、そういうものに左右それない高潔な男だ。
アヴドゥルからの話が終わると、ビーティーからも出せる程度の情報は出すことになった。
親友である
麦刈公一、そばかすの謎の少年をやり込めたこと、その直後気づけば先ほどホールのような場所にいたこと。
此処に来てすぐ出会ったジャイロという男、「利害の不一致」で仕方なくジャイロと別れたこと。
アヴドゥルは一人で何やら考え込みながらビーティーの話を聞いていた。
互いに語り終わると、自然とその場に静寂が広がった。
アヴドゥルは顎に手を当て、ビーティーは耳を撫でながら考えをまとめる。
そんな空気がしばらく続いた後、アヴドゥルはふと伏せていた目をビーティーへ向けた。
「君に一つ相談があるのだが」
「何だ?」
「――私に君の理性を貸してもらえないだろうか」
ビーティーは耳を触る手を止めた。
「私は短気で熱くなりやすい性格でね。おまけに柔軟な発想、というものも苦手だ。
……ポルナレフを殺した奴に出会った時、自分が冷静でいられるとは思えない」
冷静な自己分析を口にしておいて何を。
だが友人のためにそこまで感情を荒げられるのならば、やはりこの男は信頼に足る人物なのだろう。
「私はわが友であり仲間であったポルナレフに、必ずや『復讐』と『勝利』を捧げると誓ったッ!
だが復讐も勝利も、ただ感情的になっただけでは成し遂げることは出来ない……。
だからこそ、君のその策士的な理性を貸してほしい。
頼む。ポルナレフの仇を討ち、このバトルロワイヤルの謎を解く、そのために協力してくれないか」
ビーティーはまだ、アヴドゥルの内に潜む熱さを知らない。
そしてアヴドゥルもまだ、ビーティーの悪魔的な本性に気付かない。
少年はアヴドゥルの言葉を聞くと、至極楽しそうにその唇を歪ませた。
「……友のために報いをくらわせる、という訳ですね。
いいでしょう。好きですよ、そういうの……。
お互い、二つの点で協力することを誓約しませんか?」
「二つ?」
「まず貴方は、第一に『友人の復讐をする』第二に『バトルロワイヤルの裏を暴く』
そして僕は、『公一を見つけ出す』そして『バトルロワイヤルの主催者に報いを与える』
貴方の目的のために僕はこの理性を貸しましょう。
そして僕の目的のために、貴方はその能力――力を貸して下さい」
アヴドゥルは底知れぬ少年の瞳を見つめた。
ビーティーはアヴドゥルの返答を待ち、彼に右手を差し出す。
アヴドゥルはその手を握ることを一瞬ためらった。
特に論理的な問題があった訳ではない。
むしろその条件は、アヴドゥルにとって願ってもないことだった。
だが、この少年の漂わせる空気が誰かに似ている気がする。
しかし自分にはこの手を取る以外に道はない。
魔術師は魔少年の手をとった。
【C-7 ぶどうが丘高校 校庭/1日目 黎明】
【モハメド・アヴドゥル】
[スタンド]:『魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)』
[時間軸]:JC26巻
ヴァニラ・アイスの落書きを見て振り返った直後
[状態]:健康、肩に一発だけ弾丸を受けた傷(かすり傷)、ポルナレフを死なせたことへの後悔
[装備]:六助じいさんの猟銃(弾薬残り数発) (
ボーンナムの支給品)
[道具]:無し
[思考・状況]
基本行動方針:ゲームの破壊、脱出。DIOを倒す。
1.この少年の理性を借りる。そのために「公一を探す」ために少年に力を貸す。
2.ポルナレフを殺した人物を突き止め、報いを受けさせなければならない。
3.
ディアボロとは誰だ?レクイエムとはなんだ? DIOの仕業ではないのか?
4.ポルナレフは何故年を取っていたのか? ポルナレフともっと情報交換しておくべきだった。
5.ブチャラティという男に会う。ポルナレフのことを何か知っているかもしれない。
6.ポルナレフを置き去りにしてしまった。俺はバカだ。
7.承太郎……何故……
【ビーティー】
[スタンド]:
[時間軸]: そばかすの不気味少年事件、そばかすの少年が救急車にひかれた直後
[状態]: 健康
[装備]:なし
[道具]:
基本支給品、薬物庫の鍵、鉄球、薬品数種類
[思考・状況]
基本行動方針:主催たちが気に食わないからしかるべき罰を与えてやる
1.この男の力を利用する。そのために「ポルナレフの仇討ち」のために男に理性を貸す。
2.公一をさがす
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最終更新:2012年07月20日 01:52